将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「あぁああああああああああ!!!」
「おぉおおおおおおおおおお!!!」

 ソフィアとゼノアスが激突した。
 己の持つ力を全力で相手にぶつける。

 剣と剣が交差して……

「くっ!」

 わずかにソフィアが押された。

 力で負けている。
 その事実を即座に感じ取ったソフィアは、力比べを避けてすぐ後ろに跳ぶ。

 逃さないとゼノアスが追撃してくるが、彼が剣を振り下ろすよりも先に、ソフィアはさらに別の場所に移動していた。
 そこからさらにステップを踏んで移動を繰り返す。
 一秒と同じ場所に留まらない。

 ゼノアスを中心に円を描くように駆ける。
 途中、ソフィアは踏み込みつつ剣を振る。

 大きなダメージは期待しない。
 あくまでも牽制の一撃だ。

 ただ、それを何十、何百と繰り返せば驚異となる。
 剣の嵐だ。
 それに襲われたゼノアスは自然と足を止めてしまい、防戦に追い込まれていく。

「……やはり」

 力はゼノアスが上。
 しかし、速度はソフィアが上だ。
 こうして翻弄を続ければ負けることはない。

 ただ、勝つこともない。

「厳しいですね……」

 攻撃と移動を繰り返しつつ、ソフィアは苦い顔をした。

 速度はソフィアの方が上。
 ゼノアスも彼女を追いきれない様子で、防御に撤していた。

 固い。
 なんて固い鉄壁の防御なのだろう。
 まるで砦相手にしているかのようだ。
 何度攻撃を繰り返しても崩すことはできない。

 ゼノアスは防御に徹しているため、大きく動くことはない。
 しかしソフィアは足を使っているため、体力の消耗が激しい。
 この状態が長く続けば、いずれ体力が尽きてしまうだろう。
 剣聖とて体力は無限ではない。

「ならば!」

 ソフィアはさらに速度を上げた。
 同時に攻撃の頻度も上げた。

 攻撃が届かないのなら、さらに加速すればいい。
 ゼノアスが反応しきれないほどの超高速の攻撃を叩き込めばいい。

 わりと脳筋な考えではあるが、この場は正しい。
 攻撃が届かない、防御を崩せないからといって力で勝負をしたら、ソフィアはあっさりと負けていただろう。
 得意分野を捨てて相手の舞台で戦うようなことをすれば不利になるだけ。
 そのことをきちんと理解していたからこそ、ソフィアは己の武器……速度をさらに上げるという選択を取った。

「やるな」

 防御に徹するゼノアスは小さく笑う。
 その笑みはとても満足そうなものだ。

 ソフィアの攻撃は苛烈で、一瞬でも気を抜けば切り刻まれてしまいだろう。
 しかし、そうやって生と死の狭間に立つことで、今までにないほど充実しているのだろう。
 己の存在意義を見つけることができているのだろう。

 ソフィアが奮戦すればするほど、ゼノアスの戦意は高まっていく。
 士気が高揚する。
 皮肉な話だ。

「いい加減、倒れてくれても構いませんよ?」
「そのようなつまらないことはしない。もっとこの時間を楽しもう」
「私は楽しくなんてありません!」

 ソフィアは吐き捨てるように言い、さらに足に力を込めた。

 加速。
 加速。
 加速。

 いい加減に届け!
 半ば祈りつつソフィアは剣を繰り出して……

「そこだ」
「っ!?」

 しかし、その祈りは砕かれた。
 最悪のタイミングでゼノアスの剣が振られ、ソフィアが吹き飛んだ。
「かはっ!?」

 重力が横になったかのように、ソフィアの体が飛ぶ。

 木の幹に激突して……
 しかし、それでも止まらない。
 木の幹を折り、さらに吹き飛んで、家の塀に叩きつけられた。

 ビシリと蜘蛛の巣状に塀にヒビが走る。
 ようやくそこでソフィアの体が止まるものの、全身を激しく打ち付けていた。

「うっ……ぐ……」

 意識は消えていない。
 手足の感覚は残っている。

 鈍い痛み。
 鋭い痛み。
 その両方が同時に襲ってきた。

 ただ、それは良いことだ。
 痛みがあるということは、まだ体が壊れていない証拠。
 戦うことができると、ソフィアは立ち上がる。

「はぁっ、はぁっ……なかなか、やりますね……」

 どうにかこうにか再び剣を構えることができた。
 ただ、切っ先が揺れてしまっている。

 肺がやられてしまったのかもしれない。
 口から血があふれ、その度に体力が失われていく。

 ゼノアスはゆっくりと歩み寄り、剣の切っ先をソフィアに向ける。

「終わりだな」
「いいえ、まだです」
「いや、終わりだ。確かに、まだ戦えるかもしれないが……その様子では、俺を相手に一秒と保たないだろう」

 万全の状態で拮抗していた。
 しかし今のソフィアは3割ほどの力しか出せない。
 おまけに即座に治療が必要なレベルの怪我を負っている。

 詰んでいた。

「お前は強い。男とか女とか関係なく、最強に並ぶ剣士と呼べるだろう」
「それ、皮肉ですか?」
「本心だ。一歩間違えれば、運が悪ければ、そうなっていたのは俺の方だっただろう」

 それもまた事実だ。

 ソフィアとゼノアスの力は互角だった。
 ソフィアは速度。
 ゼノアスは力。
 それぞれ特化したところはあるものの、総合力は互角で、どちらが勝つかわからない戦いだった。
 今回はたまたまゼノアスに勝敗が傾いただけ。
 またやれば、次はソフィアが勝つかもしれない。

 ただ……
 『また』は訪れないだろう。

「お前のおかげで、俺はまた一つ、生を感じることができた。己の存在意義を確かめることができた礼を言おう」
「……」
「せめてもの情けだ。苦しまないように一撃で終わらせてやる」
「……勘違いしないでもらえませんか?」
「なに?」
「まだ、終わってなんていませんよ」

 ソフィアはゼノアスを睨みつけた。

 手足に力が入らない。
 剣をまっすぐ構えることができない。
 それでも、戦う意思は消さない。
 むしろ、今まで以上に闘志を燃やす。

「勝敗はついた。そのことがわからないほどバカではないだろう?」
「そうですね。このまま戦っても、私は負けるかもしれません。でも、勝てるかもしれません」
「なにをバカな……」
「私は……負けるわけにはいかないのです」

 ここで負ければ、アイシャ達が危険に晒されてしまう。
 それはダメだ。
 絶対にダメだ。

 故に、ソフィアは戦う。
 母として子を守るために戦うのだ。

「……ならば、最後まで全力でいかせてもらおう」

 ゼノアスは剣士としてソフィアに最大限の敬意を払う。
 おそらく生涯名前を忘れることはないだろう。

 そして……

 ゼノアスは地面を蹴り、超速で駆けて、剣を振り下ろした。
「……あ……」

 どこをどう歩いてきたのだろう?
 そして、ここはどこだろう?

 気がつけば、僕は見知らぬ場所にいた。
 王都のどこかであることは間違いないけど、場所がさっぱりわからない。

「いたっ」

 ふらついて転んでしまう。
 でも、鞘に入ったままの剣は離さない。
 反射的に抱えていた。

 でも……

「僕は……僕には、この剣は必要なのかな……?」

 心が折れてしまったという自覚があった。

 ゼノアスと戦い、剣を交わして……
 そして、恐怖に負けた。

 どうやっても勝てない。
 死ぬのが怖い。
 逃げるしかない。

 そして、僕は逃げて……
 どこをどう移動したかわからなくて、今、ここにいた。

「……」

 疲れた。
 疲れ果てた。
 その場に腰を下ろして、剣を抱く。
 その上で膝を抱えるようにして座った。

「……みんな……」

 ソフィア、リコリス、アイシャ、スノウ、レナ、エリン、クリフ……
 今、なにをしているんだろう?

 いや、考えるまでもない。
 たぶん、黎明の同盟と戦っているはずだ。
 詳細な相手は想像できないけど、王都を守るために戦っていると思う。

 それなのに僕は、こんなところで一人、膝を抱えて丸くなっている。
 なんて情けない。

 でも……動くことができない。
 足が震えていた。
 手が震えていた。
 体に力が入らない。

 怖い。
 怖い。
 怖い。

「あんな相手……どうやって戦えばいいのさ……」

 どうすることもできない。
 僕は身を縮こまらせて……

 ドォンッ!!!

「え?」

 ふと、少し離れたところから轟音が聞こえてきた。
 なにかが爆発するような音。
 ただ、魔法や火薬の類じゃないと思う。
 なにか物を思い切り叩きつけたような音だ。

「……ゼノアス……」

 すぐに彼の仕業ということを理解した。
 一度剣を交わしたからこそ、そのことがよくわかる。

 誰かが戦っている。
 ソフィア? それとも、レナ?
 誰なのかわからないけど、命を賭けて戦っている。

「……僕は……」

 ふと、我に返った。

 死にたくない、負けたくない、失いたくない。
 でも、ここで丸くなっていたらなにも意味がない、奪われるだけだ。
 なにかを守りたいというのなら立ち上がるしかない。他に方法はない。

 ソフィアのことを想う。
 彼女の笑顔を思い浮かべると、それだけで力が湧いてくるような気がした。
 折れたはずの心が元に戻っていくような気がした。

「そうだ……こんなことをしている場合じゃない。思い切り負けた。殺されるところだった。怖い、すごく怖い……でも、大事な人を失うことの方がもっと怖い。それに比べたらなんだ。死ぬくらい、どうってことない。それよりもっと怖いことがあるんだ。絶対に避けないといけないんだ。なんとかするんだ。だから……だから!!!」

 僕は剣を手に立ち上がる。

「僕は、戦う!!!」
 ゼノアスが剣を振り下ろして……
 しかし、僕はその前に割り込み、受け止めた。

「む?」
「……ふぇい、ト……?」

 相変わらずの剛剣だ。
 手が痺れるものの、なんとか受け止めることができた。

 ゼノアスが後ろへ。
 警戒しつつ、倒れているソフィアを背中にかばう。

「……ごめんね、ソフィア。遅くなっちゃった」
「そんなことは……それよりも、フェイトは大丈夫なのですか? 怪我は……ごほっ」
「それ、僕のセリフだよ」

 ソフィアはボロボロだった。
 あちらこちらが傷ついていて、流れた血で服が赤に染まっていた。
 内蔵が傷ついているのか、唇から血があふれている。
 見ただけじゃわからないけど、骨折の一つや二つ、しているだろう。

 そんな彼女を見て、僕は怒りを覚えた。
 ゼノアスに対してじゃない。
 自分自身に対してだ。

 ソフィアはこんなにボロボロになるまで戦っていた。
 それなのに僕はなにをしていた?
 逃げて、逃げて、逃げて……
 怖いと丸くなっていただけ。

 そんな情けない自分に、どうしようもなく腹が立つ。

 でも、致命的なミスは犯していない。
 こうして間に合った。

 ごめんね、ソフィア。
 僕がどうしようもないせいで、君の力になることができず、一緒に戦うことができなくて、こうして傷ついてしまった。

 でも、それはここまで。
 これ以上はさせない。
 ここからは……僕が戦う。

「お前か」

 ゼノアスが冷たい目で僕を見る。
 その瞳に僕に対する興味はない。
 道端の石ころを見るのと同じだ。

 逃げた僕に失望しているのだろう。
 斬る価値もないと思っているのだろう。

 敵にさえ哀れまれてしまう。
 無価値に思われてしまう。
 なんて情けない。

 でも……うん。
 どう思われようが関係ない。
 僕は僕のやることをやるだけ。
 大事な人を守るために剣を握る。

「これ以上はやらせないよ」
「ふむ」

 ゼノアスは少し驚いたような顔をして、

「……いい顔だ」

 小さく笑い、巨大な剣を構えた。
 どういう心境の変化があったのかわからないけど、再び僕のことを敵として認識してくれたらしい。

 彼ほどの剣士に認められるのは嬉しいのだけど……
 でも、厄介でもある。
 どうせなら敵ではないと油断しててほしかった。

「すぅ……はぁ……」

 こうして対峙すると、ゼノアスの圧倒的な力が伝わってくる。
 素直に怖い。
 死にかけた恐怖を思い出して、体が震えてしまいそうだ。

 でも。

 それ以上に、ソフィアを失うことの方が怖い。
 アイシャやスノウ、リコリスが傷ついてしまうことの方が怖い。
 それだけはダメだ、絶対にダメだ。

 今度は絶対に退かない。
 絶対に守ってみせる。
 この命に賭けて!

「いくよ」
「来い」

 そして……リベンジマッチが始まる。
「二度、落胆させてくれるなよ」

 そう言うと、ゼノアスが先に動いた。
 巨体に似合わない速度で踏み込んでくると、その勢いを乗せて剣を振り下ろしてきた。
 まともに受ければ、文字通りバラバラになってしまうだろう。

 かといって、今度は剣で受け止めることも難しい。
 流星の剣でも折れてしまうかもしれない。

 防御は無理。
 なら……!

「……ここだ!」
「む?」

 剣を盾のように構えた。
 刃を合わせた瞬間、斜めに倒す。
 さらにゼノアスの剣圧に合わせて剣の角度を傾けていき、その軌道を変えてやる。

 その試みは成功した。
 ゼノアスの剣は僕に届くことはない。
 横にズレて地面を叩く。

 彼の剣をまともに受け止めることはできない。
 でも、受け流すことはできる。

「で……反撃!」
「ちっ」

 今度はこちらから踏み込んだ。
 ゼノアスの巨体に隠れるかのように、懐に潜り込む。
 その状態で突きを繰り出した。

 ゼノアスは剣を振り下ろしたままで、まだ引き戻せていない。
 防御はできないはずだ。

 ただ、回避は問題なく可能だ。
 体を捻り、僕の刃をスレスレのところで避けた。

 でも、まだまだ。
 手に力を入れて、突き出した剣の軌道を強引に横に曲げた。
 さらに下から上に。
 斜め上に跳ね上がる軌道で追撃をかける。

「……っ……」

 ゼノアスは大きく後ろに跳んだ。
 初めて後退させることができたような気がする。

「やるな」

 小さくつぶやいたゼノアスの頬は、わずかに切れていた。
 赤い血がにじむ。

「なぜだ?」
「えっと……」
「前に戦った時は、ここまでの力はなかったはずだ。これほどのプレッシャーを感じることはなかったはずだ。それなのに……」

 ゼノアスの顔に余裕の色はない。

「なぜ、ここまで強くなっている?」
「……」
「この短時間で修行をした? いや、そんなはずはない。そんなことをしても意味がない。ならば心の問題か?」
「そうだね、正解」

 どうにかこうにか、僕の剣がゼノアスに届いた。
 その理由は二つある。

 一つは、ゼノアスに徹底的に負けたこと。
 心折れるほどに負けて、死にかけて……
 でも、なんとかそれを乗り越えたことで、色々と吹っ切れることができたのだと思う。
 単純な話、吹っ切れた人間は強い。
 色々と思い切りがよくなって、ズンズンと前に進むことができるからだ。

 それともう一つは……

「……フェイト……すごいです……」

 ちらりと、後ろにいるソフィアを見る。

「もう一つの理由は、あなたにはわからないかも」
「どういう意味だ?」
「ちょっとくさい台詞だけど……愛の力、っていうやつかな」

 大好きな人がいる。
 守りたい人がいる。
 そのために戦うのなら、いつも以上の力を出すことができる。
 まったく理に適っていない話なのだけど……
 でも、そんなものだ。
 そういう曖昧で適当なものが、時に真理だったりする。

「今度は勝つよ。僕のためじゃなくて、ソフィアのため、大事な人のため……あなたを倒す」
「……っ……」

 一瞬。
 ほんの一瞬だけど、ゼノアスが怯んだ。

 なんだろう?
 特に身体能力が上がったわけじゃないし、傷も完治していないから、わりとボロボロなんだけど……

「……以前、俺はお前を敵と認めたが、それは訂正しよう」
「出直してこいとか、そういう感じ?」
「まさか」

 ゼノアスは小さく笑う。
 その笑みは喜びの色があふれていた。

「お前はただの敵ではない。俺の糧となるための、好敵手だ」
「あまり違いがわからないんだけど……」
「以前のお前は強くはあったが、しかし、刃を向けられたから戦うだけ。意思も覚悟もない」

 なかなか痛いところをついてくる。

 確かに、前回ゼノアスと戦った時は特になにも考えていなかった。
 アイシャとリコリス、スノウを守らないと、とは考えていたものの……
 それだけ。
 それ以上のこと、その先のことは考えず……
 とにかく状況を切り抜けることだけを思っていた。

 でも、今は違う。

 大事なものを守る。
 今、この時だけじゃない。
 これから先、ずっと……ずっと、ずっと、ずっと。
 なにがなんでも守り続ける。

 そんな決意を固めたからなのか、ゼノアスに対する恐怖はない。
 体が震えることもない。
 やることをやるだけ、と開き直ったせいかもしれない。

「……フェイト……」
「はい、ポーション」
「ありがとう……ございます」

 ソフィアにポーションを渡す。
 彼女は動けないほど傷ついていたものの、致命傷は負っていないはず。
 ポーションを飲んでじっとしていれば、それなりに回復すると思う。

「フェイト……がんばってください」
「うん、任せて」

 好きな人の応援があれば元気百倍だ。
 力も勇気も無限に湧いてくる。

 改めてゼノアスに向き合う。

「わざわざ待っていてくれたんだね」
「余計なことをして、お前の気を散らしたくないからな。俺が求めるものは最高の殺し合いだ」
「厄介な性格だなあ……」

 ちょっとレナと似ているような気がした。
 そんなことを思ったら、彼女は怒るだろうか?

「さて……準備はいいか?」
「いいよ」

 恐怖はない。
 かといって、必ず勝つという自信はない。
 ゼノアスを相手にそんなものを持っているとしたら、それは過信でしかない。

 これから始まるのはギリギリの戦い。
 命を賭けた殺し合いだ。
 絶対に勝つ、なんてことは言えない。

 でも。

「僕は、大事な人達を守る」

 その台詞だけは言えることができた。

「俺は全てを斬り、そして己の存在を証明してみせよう」

 それが彼の戦う理由なのだろうか?
 その想いを理解することはできないけど……
 でも、ゼノアスはゼノアスなりに大事なものを抱えて戦っているということは理解した。

 彼は殺人鬼じゃない。
 剣士だ。

 なら……

「いくよ」
「ああ」

 いざ、尋常に……
 勝負!!!
「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」

 互いに気合を放ちつつ、真正面から激突した。

 ギィンッ!!!

 衝撃で刃が震える。
 少しでも力を抜けば剣が吹き飛ばされてしまいそうだ。

 でも……大丈夫。
 耐えることができるし、次の行動に繋げることができる。
 僕は負けていない。

「こっ……のぉおおおおお!!!」
「む!?」

 力に力でぶつかっても仕方ない。
 特にゼノアスのような相手だと意味がなさすぎる。
 そんなことをしたら押し負けて、あっさりと殺されてしまうだろう。

 だから、こうする。
 前回と同じように、刃を斜めにしてゼノアスの剣を受け流した。
 同時にさらに前へ出て、踏み込み、回転しつつ剣を右から左に薙ぐ。

 ゼノアスは受け流された剣を素早く引き戻して、それを盾とした。
 再び刃と刃が交差して火花が散る。

 こちらも剣を引いて……
 しかし、すぐに前に出す。
 上から、右から、左から、斜め上から、下から。
 ありとあらゆる角度から斬撃を叩き込んでいく。

 ゼノアスはその全てをさばいていた。

「さらに速度が上がっている……やるな」
「どうも」
「しかし、それでは俺に届かない」
「それ、ちゃんとわかっているよ」
「なに?」
「だから、僕はこうするんだ」

 攻撃の合間に蹴りを叩き込む。

 剣と剣の勝負を予想していたであろうゼノアスは、これに対処できなかった。
 直撃。
 大したダメージはないものの、軽く体勢を崩す。

 そこを狙い、ありったけの力で叩き込む。

「壱之剣……破山っ!!!」

 ガッ!!!

 攻撃魔法が炸裂したような音が響いた。
 同時に衝撃が撒き散らされて、その中にゼノアスが飲み込まれる。

 山を断つ一撃。
 しかし、ゼノアスは無事だった。

「やるな」
「ほんと、とんでもない人だなあ……」
「今の一撃、見事だった。その歳で神王竜をマスターしているのか?」
「ソフィアはマスターしているよ。僕は、少し教わっているだけ」
「ふむ……本当に恐ろしいな。少し、でここまでの威力を出すことができるとは」

 殺し合いの最中なのだけど、でも、呑気に話をする。
 妙な話だけど、ゼノアスとは気が合うような気がした。
 敵味方でなかったら親友になれていたかもしれない、なんて思うほどに。

「神王竜を知っているの?」
「黎明の同盟の一部が使っていた流派だ」
「……そうなの?」
「黎明の同盟をよしとせず、抜けた者達がいつか訪れる戦いに備えて、後世に力を残したのが神王竜。一方で、いつか来る復讐の時に備えて力を磨き続けたのが真王竜だ」
「へえ」

 だからレナが使う剣はとても似ていたのか。
 納得だ。

「あなたは真王竜を?」
「いや。俺は、ただの我流だ」

 他人を信じていない。
 信じられるのは自分だけ。
 故に、誰にも教わることなく助けられることもなく、一人で力を磨き続けてきた。

 きっと、そんな感じなのだろう。
 それがゼノアスの強さの源でもあり……
 そして、悲しみと孤独の根源でもあるのだろう。

「俺は、俺の力だけで勝つ。他人の助言などはいらない」
「僕は、みんなの力で勝つよ」

 ソフィアが教えてくれた剣で。
 アイシャとリコリス、スノウの想いを背負って。
 ゼノアスという巨大な壁を打ち崩す!
 剣と剣が激突する。

 叩き合い。
 押し切ろうとして。
 交差する。

 何度も何度も剣を交わしているのだけど、でも、決着がつくことはない。

「くっ!」
「むぅ!」

 僕が前に出れば、ゼノアスも前に出る。
 僕が後ろに退くと、ゼノアスも同じタイミングで距離を取る。

 僕達の戦い方はとてもよく似ている。
 いや。
 というよりは、僕の戦い方がゼノアスに似てきたんだろう。

 彼は超一流の剣士だ。
 すでにその力、戦術は完成されている。

 一方で、僕はまだまだ未熟者。
 学ぶべきことは多い。

 ただ……
 足りない部分を今、まさに学習していた。
 ゼノアスと剣を交えることで、体で覚えていた。

 結果、少しずつだけど彼に追いつき始めた。
 動きが最適化されていき、無駄な動作が消えていく。
 完成された動きを身に着けていく。

「驚きだな」

 剣を交わしつつ、ゼノアスが言う。

「まさか、この戦いの中でさらに成長するとは」
「お礼を言うべきなのかな?」
「むしろ、俺が言うべきだな。貴様のような好敵手に出会えたこと、感謝しなければならない」
「僕としては、あまり嬉しくないけど……ね!」

 体を回転させて、その勢いを利用してゼノアスの剣を上に弾いた。
 剣を飛ばすことはできなかったけれど、彼はわずかに体勢を崩す。

 そこを狙い剣を走らせるものの、わずかに届かない。
 偶然避けられた、というわけじゃない。
 ゼノアスはこちらの攻撃を見切り、反撃に転じやすいように、ギリギリのところで避けているのだろう。

「あなたは本当にすごい剣士だ」
「それだけの修練は重ねてきたつもりだからな」
「それなのに、黎明の同盟なんてところにいるのは残念」
「今更、説教をするつもりか?」
「ううん」

 正直なところ。
 今、この瞬間は、黎明の同盟とかどうでもよくなっていた。

 頭にある想いは二つ。
 大事な人を守る。
 そして……この人を超えたい。

「ちょっとだけだけど、あなたの気持ちがわかったかも」
「ほう?」
「あなたと戦って、そして、勝ちたいと思う」

 この人は壁のようなものだ。
 突然、目の前に現れて行く手を塞いで……
 強引に足を止められてしまい、どうすることもできなくなってしまう。

 一時は絶望した。
 恐怖に負けて、体を縮こまらせるしかなかった。

 今も恐怖はある。
 でも、それ以上に勝ちたいという気持ちの方が強い。

「いくよ」

 深く集中。
 そして、足に力を込めて地面を蹴る。

「紅」

 超高速の突き。
 しかし、ゼノアスはそれすらも対応してみせて、必要最小限の動きで避けてみせた。

 でも、僕の攻撃は終わらない。

 ガンッ! と音がするくらい地面を踏みしめて、体を捻り、強引に姿勢を変化させた。
 頭を低く。
 そして、体全体を前に。

 紅を攻撃のためじゃなくて移動のために使ったのだ。
 そうして、うまくゼノアスの懐に潜り込むことができた。

 そして……

「このぉっ!!!」

 剣を一閃させた。
「ぐっ……!?」

 ゼノアスの顔が苦痛に歪む。

 僕の剣は届いた。
 彼の肩に深い裂傷を刻むことに成功する。

 とはいえ、これで勝ったなんて思わない。
 彼ほどの剣士になれば傷なんて当たり前。
 多少、動きは鈍るかもしれないけど、戦闘不能に陥ることなんてない。

 まだまだ戦いは続く。

「やってくれるな!」

 ゼノアスが吠えて、カウンターを繰り出してきた。
 超高速の突き。
 紅と似ているから、真王竜なのかもしれない。

 復讐を果たすために作られた剣術。
 それはとても鋭く、殺意にあふれていた。

 すぐに跳んで避け……
 いや、避けられない!
 ゼノアスの攻撃の方が早い。

 それを理解した僕は、逃げるのではなくてあえて前に出た。

「うくっ」

 ゼノアスの剣が脇腹を貫いた。
 ただ、咄嗟にこちらから前に出たことで致命傷は避けることができた。

 痛い。
 泣けるほどに痛い。
 でも、まだまだ動くことはできる。

 ゼノアスの行動を真似するかのように、今度は僕がカウンターを叩き込む。

 ……そこから先は剣と剣の応酬だ。
 刃を叩き込み、叩き込まれて。
 斬りつけて、斬られて。
 突いて、突かれて。
 ほぼほぼゼロ距離で互いに剣を振り、自分と相手に傷を刻んでいく。

「うぁあああああっ!!!」
「おぉおおおおおっ!!!」

 どんどん傷が蓄積されていく。
 血が流れすぎたせいか、痛みは感じなくなってきた。

 でも、体が止まることはない。
 むしろ今まで以上に加速して、強く速く剣を振ることができるようになっていた。

 頭はどこまでもクリアだ。
 思考が冴えわたる。
 その中で、どこをどうすればゼノアスに剣を届かせることができるか? どのように戦うことが最適なのか?
 そんなことを考えつつ、彼の一歩上をいくために、戦い続ける。

 それはゼノアスも同じだ。
 僕の一歩上に行こうと、ありとあらゆる角度から攻撃を叩き込んでくる。
 フェイントや視線をズラすなどの技術も織り交ぜてくる。

 一つ選択を間違えれば、その瞬間に僕の命は終わっていただろう。

 でも、僕は生きている。
 こうして剣を振ることができる。

 僕は……まだまだ戦うことができる!

「僕は、絶対に負けない!」

 命を賭けても大事な人を守る覚悟がある。
 でも、本当に命を失うつもりはない。
 それは最低最悪、最後の手段だ。
 最後の最後、本当にどうしようもならなくなった時まで諦めない。
 絶対に諦めない。

 僕が死ぬことで大事な人達を守ったとしても、しかし、それは守ったことにならない。
 きっと心に傷を残してしまう。

 だから、僕は生きて帰る。
 この戦いを生きて乗り越えてみせる。

 それは生に対する執着だ。
 ともすれば醜く映るかもしれない。

 でも……

 どんな形であれ、『生きる』と思う者は強い。
 そのことが証明されるかのように、決着の時が近づいていた。