「やっほー」

 宿の表で、レナはにっこりと笑みを浮かべていた。
 その笑顔を向けている相手は、年老いた男……リケンだ。

「レナか。なぜ、ここにいる?」
「決まってるでしょ。リケンの邪魔をするためだよ」
「裏切り者め……ここまで面倒を見てやった恩を忘れたか」
「ボクを育ててくれたのはお父さんとお母さんだよ? 二人が死んだ後は、ボク、自分の力で好きに生きてきたからね。面倒なんて見てもらった覚えはないんだけど」

 そんなことを言われるなんて納得できない、とレナは唇を尖らせた。

「儂の邪魔といったな? 具体的には、どうするつもりだ?」
「わんちゃんズを連れて行くつもりなんでしょ? それを邪魔するの」
「巫女と神獣の重要性は理解しているな?」
「そだねー。二人を材料にすれば、とんでもない魔剣を作りあげることができる。そして……その魔剣を使えば、始祖の封印を完全に解くことができる。黎明の同盟の悲願を達成できるね、おめでとう。まあ、ボクが邪魔するんだけど」
「……」

 リケンはなにも言わずレナを睨みつけた。

 常人なら失神してしまうような殺気を浴びせられる。
 いや。
 失神では済まなくて、そのままショック死してしまうかもしれない。

 それでもレナはけろりとしていた。
 頭の後ろで手を組んで、ぴゅーぴゅーと口笛を吹いている。

「どけ」
「やだよ」
「なぜ、連中に味方をする? 我らの願いを忘れたか? 恨みを忘れたか?」
「うん、忘れた」

 レナはあっさりと言う。
 あまりにもあっさりと言うものだから、リケンは呆気に取られてしまう。

「まあ、気持ちはわかるよ? 酷い目に遭わされて、その事実をなかったことにされて、そうした連中は今ものうのうと生きているんだからね。ボクも昔はむかついていたよ?」

 「でも」と間を挟み、レナは言葉を続ける。
 その表情は優しくて、温かくて……
 そして、年頃の女の子のものらしい笑みを浮かべていた。

「でもさ、復讐よりも大事なことってあると思うんだ。冷たいことよりも温かいことが必要な時って、あると思うんだ」

 レナはフェイトのことを思い返した。

 彼を好きになったこと。
 敵として剣を交わしたこと。
 そして、色々な言葉をかけてもらったこと。

 そのどれもが温かい思い出だ。
 思い返す度に胸が温かくなる。
 復讐という冷たくて暗い感情は浄化されていく。

「ボク、フェイトのおかげで、本当の意味で人間になることができたような気がするんだ。それまでは『復讐』っていうものに突き動かされる殺人人形で、自分の意思を持っていなくて……でも、今は違う。ボクは、ボク。レナ・サマーフィールド。そう言うことができる。自分を持つことができた」
「……」
「『今』が好きなんだ。ボクは、本当の意味でボクらしく生きることができる。だから……」

 レナは腰に下げているティルフィングの柄に手を伸ばす。

「それを壊そうとするのなら、リケンは敵だよ」
「……残念だ」

 リケンも己の魔剣に手を伸ばした。

「儂はお主のことを買っていたのだがな。お主なら、いずれ、黎明の同盟を背負って立つことができる、と」
「買いかぶりじゃない? ボク、好き勝手していただけなんだけど」
「お主は勘がいい。だから、勘で動いていたとしても、結果的に良しとなることが多いのだよ」
「ふーん。ま、今はどうでもいいけどね」
「そうじゃな、どうでもいいことだ」

 二人の闘気が高まる。
 剣に手を伸ばして、睨み合う。
 ただそれだけなのに、すでに死闘を繰り広げているかのような緊張感があった。

 いくらかの人がレナ達に気がついて、危ういものを感じたらしく、慌てて逃げていく。
 なにが起きるのだろう? と眺める者もいるが、十分に距離をとっている。

「やる?」
「ああ、そうしよう」
「じゃあ、これを合図にしようか」

 レナは銅貨を取り出した。
 リケンから視線を外すことなくて、パチンと弾いて宙に放る。

 銅貨はくるくると回転しつつ舞い上がり……
 一定の高さまで来たところで止まり、落下を始める。

「……」
「……」

 二人の視線の間を銅貨が落ちていき、

「「はぁっ!!!」」

 チャリン、と銅貨が地面に落ちると同時にレナとリケンは剣を抜いた。