急いで鉱山を出ると、

「これは……」

 街のあちらこちらで火の手があがっていた。
 風に乗って人々の怒声と悲鳴が聞こえてくる。

「ひどい……」
「どうして、こんなことに……」
「アスカルト殿! スティアート殿!」

 振り返ると、アルベルトが駆けてきた。
 普段の冷静な姿はどこへやら、大粒の汗を流して、焦りの表情を浮かべている。

「よかった! 二人共無事だったか」
「いったい、なにが起きているんですか?」
「……いいようにやられてしまった」

 アルベルトは苦い顔をして語る。

 グルドは、アルベルトの簒奪計画を見抜いていたらしい。
 圧政を敷く愚者だとしても、悪知恵は働くようだ。

「父は……グルドは、この機会に私を含めて、反乱分子をまとめて潰すことを計画した」
「と、いうと……まさか」

 とある可能性に思い至り、顔を青くした。

 アルベルトは、その通りというように頷く。

「グルドは、巧みに情報を操作して、私達とは別の革命軍を動かしたのだよ。本来なら、まだ猶予があるはずなのに……うまいこと動かされてしまったのだろう」
「そうやって反乱分子を煽り出して……それだけじゃなくて、僕達の行動を阻害するために、ぶつける?」
「ああ、その通りだ。おかげで、私達の計画は大きく狂ってしまった。そして……」

 とても苦い顔をして、アルベルトは街を見た。

 火の手はどんどん大きくなる。
 怒声と悲鳴も、それに合わせて大きくなる。

「ひどい……」
「グルドは愚かな為政者ではあるが、まさか、平然と守るべきはずの民を巻き込むなんて……」

 人の心がないのか。
 そんな怒りの感情を宿して、アルベルトは拳を強く握っていた。

「……街の状況はわかりますか?」

 一人、努めて冷静を貫いているソフィアは、静かにそう尋ねた。

「もう一つの革命軍が、街のあちらこちらでデタラメに暴れている。彼らはグルドを探し出して処刑するつもりのようですが……残念ながら、ヤツの方が上手です。うまい具合に誘導されて、このままだと各個撃破されてしまうでしょう」
「被害状況は?」
「……見ての通りですよ。街全体に及んでいる」

 この事態を止められなかった責任を感じているらしく、アルベルトはとても悔しそうだ。

 でも、今は後悔している時じゃない。
 この事態を止めることだけを考えないと。

「このような事態を招いてしまい、巻き込んでしまい、申しわけない……ただ、これ以上悪化させるわけにはいきません。お二人共、どうか力を貸してください!」
「すみませんが、私は無理です」
「えっ」

 断られるとは思っていなかったのか、アルベルトは呆気にとられた表情に。

 ただ、僕はソフィアの考えていることを理解した。
 というか、ほぼほぼ同じことを考えている。

「私は、アイシャちゃんとスノウとリコリスを守らないといけません。彼女達のところへ向かいます」
「し、しかし、この惨事を止めなければいつまでも……」
「そちらはフェイトに任せます」
「うん」

 ソフィアなら、そう言うと思っていた。
 だから、すぐに頷くことができた。

 ソフィアは家族を守る。
 そして僕は、家族に害を成す根源を断つ。
 適材適所だ。

「グルドの居場所に心当たりは?」
「……あります」
「では、フェイトと一緒に……お願いします。私は、大事な家族を守らなければいけないので、動くことはできません」
「しかし……いや、うむ。わかりました。彼と一緒に、必ずこの事態を収拾してみせましょう」

 僕は剣聖ではなくて、ただの冒険者。
 信じられるのかどうか、アルベルトは迷っていた様子だけど……
 それも少しで、すぐに納得してくれた。

 こういうところ、彼は本当にすごいと思う。
 疑問は色々とあるだろうけど、それらを全て飲み込んで、今できることをやる。
 最善の手を打つ。

 なるほど。
 アルベルトの方が、よっぽど領主にふさわしい。

「スティアート殿、行きましょう!」
「はい!」

 駆け出そうとして、

「フェイト」

 声をかけられて、ソフィアの方を見る。
 彼女は心配そうにしつつ、でも、微笑んでいた。

「がんばってくださいね」
「うん!」

 ソフィアの応援があれば百人力だ。
 僕は気合を入れて、今度こそ、アルベルトと一緒に駆け出した。