「……へ?」

 あまりにも突然のことに、ソフィアは目を丸くしてしまう。
 さすがに、手の甲にキスをされると思っていなかったらしく、されるがままだ。

 一方、相手の男性はソフィアの手を握ったままだ。
 その状態で熱く語る。

「あなたがかの剣聖か。その実力はもちろん、それだけじゃなくて、とても美しい。まるで一流の美術家が描いた絵画のよう……いや、それ以上だ。神が作った奇跡としか思えない」
「え? あ、はあ……」

 とんでもない口説き文句だけど、ちょっと遠回しな言い方のせいか、口説かれているという実感がないらしい。
 ソフィアは生返事を返してしまう。

「そう……あなたは、女神。地上に降臨した女神そのものだ。この運命的な出会いに、全ての人々に感謝を捧げたい」
「えっと……」
「魔物に襲われた時は覚悟をしたが……なるほど。このような出会いがあるのならば、逆に感謝しなくてはならないな。女神と出会うきっかけをくれた魔物にも感謝を」
「あのー……」

 これはどうしたら?

 そう困った様子で、ソフィアがこちらを見て。

「あっ」

 ソフィアの困り顔を見て、ようやく我に返る。
 冷静に解説していないで、やるべきことがあろうだろう、僕!

「だ、大丈夫ですか!?」

 慌ててソフィアと男性の間に割り込んだ。

 無理に引き離したら不興を買うかもしれないと思い……
 慌てているフリをして、二人を引き離した。

「む、君は……?」

 そこでようやく僕の存在に気がついたらしく、男性は不思議そうな顔に。

 それから、護衛の兵士に耳打ちされて、納得顔になる。

「おお、そうか! 剣聖殿と一緒に助けてくれたのか。なるほど、なるほど。君にも感謝しなければいけないな。ありがとう」
「え? あ……はい。どういたしまして」

 邪魔をするな、とか。
 私と彼女の間に立つな、とか。

 そんなことを言われると思っていたけど、ぜんぜん違う。
 純粋に僕に感謝しているみたいだ。

 これで、実は違うことを考えていた、となったら、この人は相当な役者だ。

「剣聖殿に、将来有望な少年……うむ。このような出会いがあるなんて、今日はとても素晴らしい日だ。我が領の記念日にしたいな」
「えっと……」

 やっぱり、この人はとても偉い人だ。
 貴族であることは確定。
 それと、今のセリフから考えると、どこかの領主でもありそうだ。
 あるいは、その関係者。

「色々と話したいことはあると思うけど……思いますけど、まずは、ここを離れませんか? また、魔物に襲われないとも限らないので」
「おお、そうだったな。それもそうだ。それで……」
「はい、僕達も一緒に行きます」

 いいよね? とソフィアを見ると、迷う間があってから、小さく頷いた。
 いきなり口説かれて困っているのだろう。

「ただ、連れがいて……」
「ふーん、イケメンね。でも、この超超超プリティかわいいガールリコリスちゃんには敵わないわねー」
「おとーさん?」
「オンッ」
「ほう。リコリスに獣人の幼子に銀狼……これはまた、珍しい」

 男性の目が輝いた。
 ただ、悪巧みをしているという感じはしない。
 どちらかというと、正義のヒーローを目の前にしたような子供のような感じだ。

「この子達も一緒でいいなら」
「うむ、うむ。もちろんだ。その者達は、二人にとって大事な存在なのだろう? ならば、それを拒むような恥はせぬ。ぜひ、歓待をさせてほしい」

 ものすごく話がわかる人だ。

 ちょっと変なところはあるけど……
 でも、実は良い人なのかな?

「それと……招くと言っておいてすまないのだが、護衛を頼めないだろうか? ここは、思っていたよりも凶悪な魔物が多くてね。我が兵士達を信頼していないわけではないのだが、安全には安全を重ねておきたい。もちろん、相応の謝礼は払おう」
「はい、構いません」
「うむ、助かる。ではすまないが、頼んだ。ああ、そうそう。そちらのレディ達と子狼は、私の馬車に乗るといい。まだしばらく歩くことになるから、その方がいいだろう」
「あ、ありがとうございます」

 自分の馬車に乗せてくれるなんて……
 この人、変わっているだけで、ものすごく良い人?

 どんどん評価が上昇していく。
 でも……

「……」
「どうしたのですか、フェイト?」

 とあることを思い返して、ついつい、面白くない顔をしてしまう。
 それを見たソフィアは不思議そうな顔に。

「ううん、なんでもないよ」

 この人は、ソフィアの手の甲にキスをした。
 そのことがもやっとして……
 ついつい嫉妬してしまう僕だった。