「このぉっ!!!」
「はぁあああああ!!!」
ソフィアと同時に前へ出た。
剣を構えつつ駆けて……
僕は右から。
ソフィアは左から。
交差するように、同時に剣を払う。
「ぐっ!?」
僕とソフィアのタイミングが完全に一致して、レナに重い一撃を叩き込むことに成功した。
防がれてしまうけど、でも、彼女は顔をしかめている。
たぶん、予想外に重い一撃に手が痺れたのだろう。
今がチャンスだ。
「これで……」
追撃の一閃。
しっかりと捉えたと思ったんだけど、でも、脅威的な反射神経で防がれてしまう。
手が痺れていてコレなのだから、レナは本当に強い。
でも、僕だけじゃない。
「終わりです!」
続けて、ソフィアが前に出た。
レナに激突するような勢いで駆けて、その勢いを乗せた突きを繰り出す。
狙いはレナの急所じゃない。
彼女の右手だ。
「あっ、ぐ!?」
ソフィアの剣がレナの右手の甲を貫いた。
レナの顔が苦痛に歪む。
それでも、彼女は反撃に移ろうとした。
痛みに耐えつつ、剣を振ろうとするが……
カラン。
しかし、剣を握ることができず落としてしまう。
右手の甲を貫かれたことで、指に繋がる神経がいくらか断たれたのだろう。
うまく指を動かせない様子で、その場に膝をついてしまう。
そんなレナに、ソフィアは剣を突きつけた。
「終わりですね」
「くっ……」
レナは、血の流れる右手の甲を押さえつつ、ソフィアを睨みつけた。
もう剣は持てない。
戦うことはできない。
でも闘志はまったく衰えていない様子だ。
剣がないなら拳がある。脚がある。
どちらも断たれたとしたら、噛みついてでも戦ってやる。
そんな意思を感じることができた。
それだけじゃない。
魔剣が持つ力を使えば、人を捨てる代わりに、レナは大きな力を得ることができるだろう。
まだまだレナは戦うことができる。
だから僕は……
「……ねえ、レナ」
ぴくりとレナが震えた。
そっと、彼女がこちらを見る。
そんなレナに僕は……首を小さく横に振る。
「もうやめよう?」
「……」
「レナにも色々あるのわかったよ。譲れないものがあるっていうのもわかった」
「なら……」
「でもさ」
本当の想いを口にする。
「僕は、レナと争いたくないよ」
レナはひどいことをしてきたと思う。
アイシャやスノウを傷つけて、他の人にも剣を向けてきた。
でも……
「どうしても、君を嫌いになることはできないんだ」
泣いているレナを見たら、僕は、胸が苦しくなってしまう。
そんな顔は見たくない、って思う。
僕とレナは同じだ。
抱えているものの大きさはぜんぜん違うけど……
僕達は、共に虐げられてきた。
「安い同情なんかしないで……!!!」
レナが強く睨みつけてきた。
怒りが全身からあふれている。
同情なんてするな。
心に踏み込んでくるな。
優しいフリをするな。
……そんな感じで、レナは僕を拒絶する。
「フェイト」
そっと、ソフィアが隣に立つ。
「いまいち状況が掴めていないのですが……」
「え? そうなの?」
てっきり、レナや黎明の同盟のことを突き止めて、応援に来てくれたと思っていたんだけど。
「妙に嫌な感じがしまして。それでフェイトを探してみたら、あの泥棒猫がいたので、とりあえず斬りかかってみました」
「とりあえず、って……」
直情的すぎないかな?
いや、まあ。
そのおかげで助けられたから、強くは言えないんだけど。
「詳しいことは後で説明するよ」
「わかりました。では、この泥棒猫の処刑を……」
「まってまってまって」
「はい?」
どうして止めるの?
と、本気で不思議そうな顔をするソフィア。
怖いから。
「レナのことは僕に任せてくれないかな?」
「心配です」
「僕なら大丈夫。それに、レナもきちんと話せばわかってくれると思うんだ」
「……わかりました。フェイトにお任せいたします」
ソフィアは小さく頷いて、剣を鞘に収めてくれた。
ただ、その状態のまま、柄は握ったままだ。
「ですが、いざという時は斬るので」
「うん、それでいいよ」
ソフィアが過剰に反応しているのは、僕を心配してくれているからだ。
その気持ちを否定するようなことはしたくない。
よし。
改めてレナと向き合う。
「ねえ、レナ」
「……なに?」
「僕は、同情は悪いことじゃないと思うんだ。相手の気持ちになって考えること、共感すること、っていう意味だもの」
押し付けがましくなったり。
勝手に、かわいそうだ、と決めつけたり。
それは微妙なことかもしれないけど……
でも、無視されるよりはいいと思う。
どうでもいいとか思われるよりは、ずっとマシだと思う。
少なくとも、同情してもらっているということは、関わろうとしてくれていること。
そこから関係が発展することもあると思うんだ。
「レナは知らないかもしれないけど……僕、騙されて奴隷にされていたことがあるんだ」
「え?」
「十年くらいかな? ずっとひどい扱いを受けていて……だから、レナの気持ちはわかるつもりなんだ」
「……」
「他人に思えなくて、だから嫌いになりたくなくて……」
そっとレナに手を差し出した。
「だから、もうやめよう?」
「……フェイト……」
「友達になってくれませんか?」
「あ……」
レナの目が大きくなる。
僕の手を見て、自分の手を見て……
交互に見て、それからそっと口を開いた。
「ボクは……」
レナは少し声が震えていた。
そこで言葉が止まっていた。
でも、焦って促すようなことはしない。
あくまでも彼女の自主性に任せたい。
「ボクは……!」
「うん」
「うぅ……くううう!」
どこにそんな体力が残っていたのか。
レナは大きく後ろへ跳んで逃げてしまう。
「レナ!」
「どうしたらいいか、わからないよ……」
「……レナ……」
「ボクは使命があるはずなのに。ボク達から全部を奪った世界に復讐しなくちゃいけないのに。でも……」
レナは泣きそうな顔でこちらを見る。
「フェイトと戦うのは……嫌だよ」
「なら!」
「でも、ボクは……ボクは!」
レナはうつむいた。
ぽつりと、涙が落ちる。
「……またね」
魔道具を隠し持っていたのだろう。
彼女の足元に魔法陣が展開されて……
そして、そのまま姿が消える。
最後、レナがどんな顔をしていたのか?
それはわからなかった。
――――――――――
「いたたたっ」
獣人の里に戻り治療を受ける。
最後まで立っていられたものの、実はあちらこちらがボロボロで、かなりの重傷だったらしい。
まずは、リコリスの魔法で治療を。
それから獣人が使う特製の秘薬を分けてもらい、ソフィアに塗ってもらっているところだ。
「まったく、こんなになるまで無茶をするなんて……私が駆けつけていなかったら、どうなっていたことか」
「ありがとう、ソフィア。本当に感謝……あいたたたっ」
「しているのなら、あまり心配をかけさせないでください!」
「ごめん……」
もっともな話なので、頭を下げることしかできない。
「まーまー、そんなに責めたらかわいそうよ」
意外というべきか、リコリスが間に入ってくれた。
「突発的な遭遇だったんでしょ? なら、どうしようもないじゃない。里の場所を知られるわけにもいかないし、あそこで食い止めるのは正解よ」
「それはそうかもしれませんが……」
「というか、ソフィアは嫉妬してるだけでしょ? あの女とフェイトが密会してた、許せないー、って」
「うっ!?」
図星だったらしく、ソフィアが苦い表情に。
「そうなの?」
「……」
ソフィアは顔を背けてしまう。
代わりにリコリスが答える。
「そうなのよ。ソフィアったら、『泥棒猫の匂いがします』とか言って、いきなり飛び出していったんだもの。里を守るとか、そういうことは考えてなかったわね。嫉妬よ、嫉妬」
意外……でもないのかな?
ソフィアって、わりと独占欲が強い。
そういう行動に出ても不思議じゃないと思う。
「そっか……ありがとう、ソフィア」
「え? ど、どうしてお礼を言うのですか? 私は……」
「でも、ソフィアのおかげで助かったから」
理由はどうあれ、ソフィアが駆けつけてくれなかったら僕は死んでいたと思う。
それに……
「身勝手な話だけど、嫉妬してくれるのはうれしいよ」
「っ……!」
ソフィアは顔を赤くして、
「……その言い方、ずるいです」
唇を尖らせるのだった。
レナの襲来があったこと。
そして、黎明の同盟の目的。
それらの情報を、クローディアさんと獣人の里の長を含めたみんなで共有した。
「そうですか、彼らが……」
「あの馬鹿者共め」
長はしんみりとした様子を見せた。
そしてクローディアさんは、苛立たしいような悲しんでいるような、そんな複雑な表情になる。
僕が話をするまでもなく、黎明の同盟の目的、正体を知っていたのだろう。
それでもなにもしなかったのは……
たぶん、信じたかったから。
これ以上、とんでもないことはしないと。
いつか分かり会えるはずだ、と。
そう信じていたから、あえてこちらからはなにもしなかったんだと思う。
甘い考えだ、って言われるかもしれない。
でも、僕はその方が好きだ。
「申しわけありません、私達の事情に巻き込んでしまいました……」
クローディアさんが頭を下げるものだから、ついつい慌ててしまう。
「そんな、気にすることないですよ!」
「そうですね」
「しかし……」
「アイシャちゃんとスノウのことがあるので、どちらにしろ、私達も巻き込まれていた……いいえ、この言い方はよくありませんね」
「僕達も関係者です」
アイシャとスノウは家族だ。
そして、家族の問題は僕達の問題でもある。
放っておけるわけがないし、見てみぬ振りもできない。
「なにができるかわからないですけど、協力させてください」
「ひとまずは、用心棒として私達を雇いませんか? お代は、里にいる間、宿を提供していただく、ということで」
「フェイトさん、ソフィアさん……」
クローディアさんはぐっと言葉を詰まらせて……
それから、深く頭を下げた。
そこまでしてもらわなくてもいいのに。
どちらかというと、僕達、人間のせいでこうなっているわけだから。
「とにかく、対策を考えないといけませんね」
「たぶん、レナは里を探していたんだと思う。まだ見つけていないみたいで、追い払うことはできたけど……」
この様子だと、里が見つかるのは時間の問題だ。
そうなると、どうなるか?
黎明の同盟は、目的と手段を履き違えている。
獣人の里を見つけたとなれば、復讐のための力を得るために、生贄にしてさらなる魔剣を作ろうとするだろう。
里の人に犠牲を出すわけにはいかないし……
下手をしたら、アイシャやスノウも連れ去られてしまうかもしれない。
それだけは絶対に避けないと。
「ふむ……ならば、結界の修復が急務ですな」
少し考えてから、長がそう言った。
「結界は、魔物だけではなくて悪意あるものからも守ってくれます」
「そんな便利な機能が」
「もちろん、絶対無敵というわけではありません。その気になれば破壊されてしまうでしょうが……それでも、我らの存在を隠して、時間を稼ぐことはできるでしょう」
「なら、決まりですね」
次にやるべきことは結界の修復だ。
「アイシャとスノウの力が必要って言ってましたけど、具体的にはどうするんですか?」
「姫様と神獣様に祈りを捧げていただくのです」
「祈りを?」
「想いは、時に強い力となる。姫様や神獣様の祈りとなれば、結界を形成するほどに」
「なるほど」
火事場の馬鹿力、っていう言葉があるように、想いの力は確かにあると思う。
そして、それは思いがけない力を発揮するものだ。
「なにか力になれませんか?」
「でしたら、姫様と神獣様と一緒にいてください。お二人のことをとても信頼しているみたいなので」
「わかりました。それくらいなら、もちろん」
言われなくても二人の傍にいるつもりだ。
「では、さっそく……」
「た、大変です!」
扉を蹴破るような勢いで、一人の獣人が長の家に入ってきた。
「なにごとじゃ、騒々しい」
「姫様と神獣様がいません!」
アイシャとスノウが消えた。
話によると、二人は空き家で待機していたのだけど……
ちょっと目を離した隙に消えてしまったらしい。
自分達で移動したのか?
それとも、誰かにさらわれたのか?
後者だろうか?
その可能性は考えたくないけど、でも、レナの件があるから疑り深くなってしまう。
なんて慌てていたら……
「姫様と神獣様を発見しました!」
ほどなくして朗報が飛び込んできた。
やけに早い。
「二人はどこに?」
「それが、その……」
報告に来た獣人は、なにやらとても困った顔をしていた。
――――――――――
「すぅ……すぅ、すぅ……」
「スピー……スピー……」
村の外れにある大きな木。
その木陰で、アイシャとスノウが抱きしめ合うようにして昼寝をしていた。
木の葉の隙間から差し込む陽光。
それと、そっと吹く穏やかな風。
それらがとても心地良い様子で、二人は幸せそうな顔をしている。
「散歩をして、そのままここで昼寝をしてしまったみたいですね」
やれやれ、とソフィアがため息をこぼす。
ただ、怒っているわけじゃない。
やんちゃをして泥まみれになった子供を見て、仕方ないわね、と苦笑する母親そのもので……
とても優しい顔をしていた。
「どうしようか?」
「もう少し寝かせてあげましょう。起こすのは、なんだかかわいそうです」
「そうだね」
幸せそうに昼寝をするアイシャとスノウの隣に座り、僕とソフィアも穏やかな時間を過ごした。
――――――――――
その後……
一時間くらいしたところでアイシャとスノウが起きた。
二人を連れて、改めて村長の家へ。
そこで今後のことを話し合う。
「アイシャ、スノウ。二人の力を借りて、ここに結界を作りたいんだ。お願いしてもいいかな?」
「わたし……そんなことできるの?」
「うん、できるよ」
「……」
アイシャは不安そうだ。
それも仕方ない。
膨大な魔力を持っていることは判明したものの、結界の構築なんてしたことはない。
やっていないことをやってほしいとお願いされて、不安を覚えない人なんていない。
「大丈夫よ」
自信たっぷりに言うリコリスだ。
「あたし、結界の構築にはそれなりの知識と経験があるの。あたしがいれば成功間違いなしね!」
「リコリスって、なんでもできるんだね」
「ふふん、万能無敵妖精リコリスちゃんって呼んでもいいのよ?」
ちょっと長いかな。
「結界はすぐに構築できるのですか?」
「んー……さすがに準備と軽い練習が必要ね。三日は欲しいわね」
「三日ですか……」
ソフィアは渋い顔に。
なにしろ、少し前にレナがやってきたばかりだ。
三日も守りきれるか、難しいだろう。
でも、結界を構築すれば里の安全は確保できる。
絶対安全って言い切れないけど……
今よりはだいぶマシになるだろう。
そのためにどうすればいいか?
「うーん」
みんなで考えて……
ちょっとしたアイディアを閃いた。
「こういうのはどうかな?」
「……ここか」
黎明の同盟の工作員は、獣人の里の手前にやってきた。
幹部のレナが獣人の里の位置を特定。
先遣隊として工作員が派遣されることになったのだけど……
「これは……」
「ずいぶんと荒れているな」
確かに集落があった。
しかし人気はない。
それに草木も伸び放題だ。
倒木で道が塞がれている。
家屋に蔓が巻き付いている。
「この様子、放置されて数年は経っているな」
「これじゃあ手がかりなんて残っていないだろうし、探すだけ時間の無駄だな」
「そうだな、次へ行こう」
ここは放置された獣人の里。
残っている者はいないし、手がかりもない。
そう判断した工作員はろくに調べることなく、この地を後にした。
――――――――――
「……行ったかな?」
「……はい、行ったみたいです」
廃屋のような家の奥に潜んでいた僕達は、そっと外に出た。
誰もいない。
ソフィアが言うように、黎明の同盟の斥候はここをスルーして立ち去ったみたいだ。
斥候としてはお粗末だけど、それも仕方ないと思う。
リコリスのおかげで、獣人の里は樹海に飲み込まれているように見えたのだから。
「ふふーんっ、あたしのおかげね!」
「うん、そうだね。ありがとう、リコリス」
「えっ、いや……素直にそう言われると、ちょっと照れるんだけど……」
「ありがとうございます、リコリス」
「ありがとー」
「オンッ!」
「や、やめなさい、あんたら!?」
顔を赤くしたリコリスがあたふたと慌てた。
その様子がおかしくて、ついつい笑ってしまう。
「里を木々で覆い、廃墟のように見せかけてしまうなんて……とんでもないことを考えるのですね」
遅れてクローディアさんがやってきた。
「ごめんなさい、こんなことをして」
「謝る必要はありません。私達も賛成していますし、なにより、敵に見つかることはなかった。今は、そのことが一番大事です」
リコリスは妖精なので、普通の魔法だけじゃなくて、木々の成長を促すというような特殊な魔法を使うことができる。
それを利用して、里全体を植物で覆ってもらった。
そうすれば廃墟に見えるし、それに、成長した植物の隙間に身を隠すことができる。
そうやって、斥候の目を欺いた……というわけだ。
「よし。これで時間を稼ぐことができたね」
完全に欺いた、っていうことはないと思う。
ほどなくしたら再び斥候が派遣されるはず。
でも、三日は稼ぐことができただろう。
その間に結界を展開して、この地を浄化することができれば……
うん。
ひとまず、僕達の勝ちだ。
「アイシャ、スノウ」
「なーに?」
「オフゥ?」
「ここを二人の力で守ってほしいんだ。僕達にはできなくて、アイシャとスノウにしかできないことなんだ」
「「……」」
二人は幼い。
でも、僕の言葉をしっかりと理解している様子で、真面目な顔で話を聞いていた。
「二人にしかできないことは、たぶん、大変なことだと思う。辛いかもしれない」
「「……」」
「でも、ここにいる人達を助けることができるのは二人だけなんだ。だから、がんばってほしい。どうかな? できるかな?」
アイシャは、決意を示すかのように小さな拳をぎゅっと握る。
「わたし、がんばるよ!」
「オンッ!」
続けて、スノウも高く鳴いた。
「ありがとう、二人共」
「えへへ」
「クゥーン」
アイシャとスノウの頭を撫でると、二人はくすぐったそうなうれしそうな、そんな顔をした。
ついでに、後ろの尻尾がぶんぶんと横に振られている。
「よし、がんばろう!」
「おー!」
「オンッ!!!」
結界を構築して、この地を浄化するため、僕達を含めて里のみんなが動いた。
必要な素材を集めて。
準備を進めて。
その一方で、二度目の襲撃に備えて警戒も怠らない。
斥候の目は欺くことができたけど、もしかしたらすぐにバレてしまうかもしれない。
あるいは、二度目の斥候がやってくるかもしれない。
そういった時に備えての行動だ。
そうやってみんなで協力して準備が進められて……
翌日。
結界構築の準備が完了した。
「こちらへ」
クローディアさんの案内で、里にある神殿へ。
普段は、ここで祈りが捧げられているらしい。
人間で言うと教会のようなものだ。
そんな神聖な場所だからこそ、結界の起点としてうってつけらしい。
すでに準備は整えられていた。
床には魔法陣が。
前後左右に魔力が込められたクリスタルなどなど。
「姫様、神獣様、こちらの魔法陣へ」
クローディアさんが二人を魔法陣へ導いた。
「えっと……」
「大丈夫だよ」
「私達はここにいますからね」
ちょっとだけ不安そうにするアイシャに、僕達は笑ってみせた。
それで不安がとれたらしく、アイシャは、がんばるぞ! と小さな拳をぎゅっと握り、魔法陣の上へ。
「そこで祈りを捧げてください」
「祈り……?」
「はい。姫様や神獣様の想いが一番大事な力となるので……後の細かいことは、私達が引き受けます」
「……がんばる」
アイシャは膝をついて両手を合わせた。
スノウは床にお尻をつけて、ピシリと座る。
そして、共に目を閉じて祈りを捧げる。
「「……」」
アイシャとスノウの体から光があふれていく。
それらはとても優しく温かくて……
意味もなく泣いてしまいそうになるほど、懐かしいものでもあった。
――――――――――
結界は無事に構築された。
同時に里の浄化も完了して、溜め込まれていた負の感情は綺麗さっぱり消失した。
大成功だ。
「すぅ、すぅ……んゅ……」
「スピー……スピー……」
アイシャとスノウは、ベッドで抱き合うようにして寝ていた。
結界の構築で疲れたらしい。
今はゆっくりと休んでほしい。
僕とソフィアは二人の寝顔を少し見た後、そっと部屋の扉を閉じた。
そのまま一階に降りて、クローディアさんと合流する。
ちなみに、ここは僕達のために用意された家だ。
アイシャとスノウがいるからなのか、里で一番良い家を用意してくれた。
「姫様と神獣様は……?」
「ぐっすり眠っています。少し疲れちゃったみたいです」
「そうですか……」
クローディアさんが難しい顔に。
結界の構築や里の浄化は必須だったけれど、アイシャとスノウに負担をかけてしまったのではないか? と気にしているらしい。
「クローディアさんが気にすることはありませんよ」
「しかし……」
「アイシャとスノウがやるって決めたことです。だから、大丈夫です」
それに、二人はまったく気にしていないと思う。
むしろ、里を助けることができて誇らしく思っているはず。
「それより、次のことを考えましょう」
「フェイトの言う通りですね。黎明の同盟の目的がハッキリした以上、放置なんてしておけませんから」
ちょっと意外だった。
ソフィアが、まさかここまでやる気を見せるなんて。
「あんな泥棒猫を放置しておいたら、どうなるかわかったものではありません。フェイトは、私だけのものです!」
ぎゅうっと、抱きしめられてしまう。
やっぱり、ソフィアはソフィアだった。
「でも、次はどうすればいいのかな……?」
黎明の同盟の目的は判明した。
でも、組織の規模や構成員。
本拠地も場所も、わからないことの方が多い。
「……ふむ」
クローディアさんが考えるような顔に。
ややあって口を開く。
「では、釣りをしてみるというのはいかがでしょう?」
クローディアは一人、里から離れた場所を歩いていた。
剣は腰に下げたまま。
代わりに弓と矢を手にして、獣を追う。
狩りだ。
人間との交流を持たないクローディア達獣人は、自給自足が基本だ。
たまに、スノウレイクの商人と取り引きをすることはあるけれど……
それは例外で、基本、人間と関わることはない。
「……フッ!」
クローディアが矢を放ち、鹿が倒れた。
この一頭で村全体を満たすことができる。
命をありがたくいただこう。
軽く祈りを捧げた後、クローディアは鹿を持ち帰ろうとして……
「何者ですか?」
「……」
音もなく五人の男達が現れた。
黒装束で、いずれも覆面で顔を隠している。
ただ、体格から男ということはわかる。
クローディアの問いかけに答えず、男達は短剣を抜いた。
刃がわずかに濡れている。
毒が塗られているようだ。
それを見抜いたクローディアは、わずかに厳しい顔に。
「毒ですか……私を殺すことが目的なら、そのようなものは必要ありません。おそらく、それは麻痺毒……目的は私を連れ去ることですか?」
「……」
男達は答えない。
ただ、無言でクローディアを囲み、じりじりと距離を詰めていく。
そして必殺の間合いに達したところで、男達は一斉に動いた。
四方から囲むようにして突撃して、クローディアの逃げ場を潰す
その上で、同時に刃を振る。
前後左右から迫る攻撃。
しかも同時攻撃のため、全てを防ぐことは難しい。
男達は勝利を確信するが……
しかし次の瞬間、それは消える。
「なっ!?」
刃を振ると、クローディアの姿が蜃気楼のように消えた。
担いでいた鹿も一緒に消えてしまう。
狐に化かされていたのだろうか?
男達は動揺して……
だから、それに気づかなかった。
――――――――――
「スーパーリコリスちゃんストラーーーイクッ!!!」
動揺する男達の中心に光弾が放たれて、そのまま炸裂した。
衝撃が吹き荒れるが、それはあまり大したことはない。
それ以上に強力なのが音と光だ。
キィイイイン! と甲高い音が響いて男達の聴覚を奪う。
その上、強烈な閃光が視界を焼いてしまう。
二重苦に耐えられなくて、男達は次々と倒れていった。
「ふふんっ! 敵を必要以上に傷つけることなく、一瞬で倒す。これこそがリコリスちゃんのウルトラパワーよ!」
「オンッ」
「ぎゃー!? なんで!? なんであたしを食べるのよ!?」
調子に乗るな、という感じでリコリスがスノウに食べられていた。
まあ、本気で食べているわけじゃなくて甘噛みしているだけ。
それならいいかと、今はスルー。
「フェイト、いきましょう」
「うん。クローディアさんも」
「はい!」
あらかじめ周囲に隠れていた僕達は前に出て、倒れた男達を捕縛した。
「うぅ……なんだ、貴様らは……」
「敵だよ」
「見事に誘い出されてくれましたね」
つまり、これが『釣り』だ。
クローディアさんにエサになってもらい、里の外に出てもらう。
そうすれば、里の手がかりを求める黎明の同盟の関係者はクローディアさんを襲い、誘拐しようとするだろう。
それを予期しておいた僕達は、逆に罠を張り、黎明の同盟の関係者を捕まえる……という作戦だ。
レナのような幹部クラスが出てきたら危ないところだったけど、そこは賭けだった。
そして、僕達は賭けに勝った。
おかげで、こうして黎明の同盟の関係者を五人も捕まえることができた。
ただの野盗という可能性は?
それはない。
だって、彼らが使う紋章を身に着けているからね。
それを確認した上で行動した。
「さてと……」
「では……」
ソフィアとクローディアさんがにっこりと笑う。
「「色々と教えてもらいましょうか」」
この二人に捕まったのは災難だったなあ……と、敵なんだけど同情してしまうのだった。
その後、捕虜の尋問が行われた。
担当は、ソフィアとクローディアさん。
他、複数の獣人達だ。
僕は外で待機することに。
そういうのは向いていないのと……
あと、がんばって結界を構築してくれたアイシャとスノウを労わないといけない。
二人が望むまま、思い切り遊ぶ。
そして夕暮れ。
「アイシャ、スノウ。そろそろ帰ろうか」
「えー」
「オフゥ……」
まだまだ遊び足りないらしく、二人は不満そうだ。
「もう日が暮れるから。それに、これ以上遊んだら、ごはんが遅れちゃうよ」
「ごはん!」
「オンッ!」
不満は一瞬で消えて、目をキラキラを輝かせる。
現金な二人だった。
「今夜はどのようなメニューですか?」
「確か、鹿肉のステーキって聞いているけど……って、ソフィア!?」
いつの間にかソフィアがいた。
まったく気づかなかったけど……
なんで気配を消して近づいてきたんだろう?
「ふふ、ちょっとしたいたずらです」
ものすごく驚くからやめてほしい。
「でも、ソフィアがここにいるっていうことは……」
「その話は後にしましょう。アイシャちゃん達もいますから……まずは、ごはんを」
「そうだね」
――――――――――
ごはんを食べて、お風呂に入って。
そうやって夜がふけて、アイシャとスノウがベッドに入る。
すやすやと寝たところを確認して、別の部屋に。
「おまたせ」
部屋にはソフィアとリコリス。
それと、クローディアさんと長がいた。
「遅くに申しわけありません」
「いえ、気にしないでください。それよりも、こうして集まるということは進展が……?」
「ええ。詳細は……」
「私が説明します」
ソフィアが口を開いた。
「私とクローディアさんのごう……尋問の結果、貴重な情報を得ることができました」
今、拷問って言おうとしなかった……?
「黎明の同盟のアジトが判明しました」
「それは……」
本当だとしたら、とても貴重な情報だ。
でも、偽情報を掴まされていないか? という疑問がある。
アジトを知られるということは、組織にとって致命的な問題だ。
それなのに、簡単に情報を入手できるものなのか?
「あー……心配はしなくていいぞ」
僕の疑問を察した様子で、長が言う。
「絶対とは言い切れぬが、しかし、偽情報の可能性は限りなく薄いじゃろう」
「それは、どうして?」
「あのようなごう……尋問を受けて、なお嘘を吐こうとする者はいないじゃろう」
だから、拷問って言おうとしたよね……?
いったい、ソフィアとクローディアさんはなにをしたんだろう?
ものすごく気になるけど、踏み入ったら危ない気がしたのでスルーしておいた。
「えっと……うん、了解。それで、アジトはどこに?」
「それは……」
ソフィアが少し迷うような顔に。
迷うような場所、っていうことかな?
でも、ここで黙っていても意味がないと判断したんだろう。
そっと口を開く。
「……王都です」
ソフィアの口から告げられたのは、この国の中枢の名前だった。