将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「……」

 剣を突きつけられたレナは、信じられないという様子で目を丸くした。

 そのまま、しばらくの間、呆然として……
 やがて、ニヤリと笑みを作る。

「あはっ」

 小さな笑い声。
 それは哄笑に変わる。

「あはははははっ!!!」

 レナの戦意が膨れ上がる。
 やる気か……?

 距離を取り、剣を構える。

 ただ、レナは剣を抜くことなく、とにかく楽しそうに笑っていた。

「あーもうっ、ものすごくおもしろいんだけど。まさか、そんな風に言われちゃうなんて……ふふ、あははっ。思い出したら何度でも笑っちゃう」
「……」
「ボク、本気でフェイトのことが好きなんだよ?」

 笑顔を消して。
 冷たい表情でレナがこちらを見る。

「っ……!?」

 その瞳は、深い深い闇で満たされていた。
 どれだけの修羅場を潜れば、こんな目ができるようになるんだろう?

「本当に好きなんだけど……」

 ゆっくりと、レナは剣を抜いた。

 魔剣ティルフィング。
 修理は終わっていたらしく、刃には傷一つない。

「ボクの邪魔をするなら、死んでもらうしかないね」
「っ!?」

 強烈な殺気が放たれた。
 質量を感じてしまうほどのもので、思わず、一歩後ろへ下がってしまう。

 って……ダメだ!
 戦う前から気持ちで負けていたら、絶対に勝つことはできない。

 負けるわけにはいかない。
 絶対に!

「……」

 軽い深呼吸をして、乱れた心を落ち着かせる。

 体の震えが止まる。
 呼吸が正常に戻る。

 剣を構えて、レナをまっすぐに見据えた。

「へぇ」

 レナが笑う。
 楽しそうに笑う。
 心底楽しそうに……嗤う。

「この殺気は本物で本気なんだけど……耐えるんだ。耐えるだけじゃなくて、立ち向かおう、って思えちゃうんだ。これに耐えられるのって、あの剣聖くらいだと思っていたんだけど……」
「いつまでもソフィアに守られてばかりじゃいられないから」
「あはっ」

 レナが笑い声をこぼした。

「うんうん、うんうんうん! いいよ、すごくいいよ。ボクの予想をこんなにも上回ってくるなんて……あー、ホントにやばい。もうダメ。今日、絶対にフェイトをボクのものにしてみせるんだから」

 レナも剣を構えた。
 そして、笑みを消す。

「フェイト……ボクのものになって?」

 その問いかけに、僕は……
「嫌だ」

 レナの求めに対して、僕は首を横に振る。
 そんな反応は予想していたのか、レナの表情は変わらない。

「うーん、どうしてダメなのかな? ボク、自分で言うのもなんだけど、けっこうかわいいと思うよ? スタイルは……まあ、ちょっと残念かもだけど。でもでも、その分、なんでもしてあげるよ? フェイトがしたいこと、全部してあげるよ?」
「……そういう問題じゃないよ」
「?」
「なんでもしてあげるとか、そんなこと気軽に言われても……困るよ。それに、そんな一方的な関係は嫌だ。なにかをしてあげて、されて……そんな支え合う関係がいいんだ、僕は」
「なるほど」

 レナはうんうんと頷いて、

「わからないなー」

 キョトンとした顔で小首を傾げた。

「ボクのこと好きにできるんだから、それでよくない? ボクがいっぱいいっぱい尽くして、それでよくない?」
「なんで、そんな偏った考えになるのかな……」

 理想論かもしれないけど……
 恋人とか夫婦って、支え合うものだと思う。
 どちらか一方が寄りかかっていたら、すぐに壊れてしまうような気がする。

 助け合い。
 苦楽を分かち合い。
 ずっと一緒にいること。

 そんな理想を僕は叶えていきたい。
 ……ソフィアと一緒に。

「もしかしたら……ソフィアよりも先にレナに会っていたら、君に惹かれていたかもしれない」

 レナは黎明の同盟に所属しているけど……
 でも、極悪人とは思えない。
 一緒にいると楽しいと思えるかもしれない。

 でも。

「僕は、ソフィアのことが好きなんだ」
「……」
「レナは、彼女の代わりになることはできない。僕が好きなのは、ソフィア一人だけだよ」
「……そ」

 再び殺気があふれる。

 先程の比じゃない。
 今度は嵐のように激しく、ここにいるだけで意識を失ってしまいそうだ。

 たぶん……
 これがレナの本気。

「……う……」

 正直なところを言うと……怖い。

 それなりの修羅場を潜り抜けてきたつもりだったけど、甘かった。
 本気のレナと戦うということは、天災を相手にするようなもの。
 普通に考えて立ち向かえるわけがない。

 手が震えてしまう。
 足も震えてしまう。

 それでも。

「っ……!!!」

 唇を噛む。
 小さな痛みが気を引き締めてくれる。

 ここで退くわけにはいかない。
 ソフィアが狙われてしまうかもしれない。
 リコリスにアイシャ、スノウに害が及ぶかもしれない。

 それだけじゃなくて、獣人の里も危ないかもしれない。

 僕にできることなんて、たかがしれている。
 どうあがいてもレナに勝つことはできない。
 退けることもできない。

「だからといって、諦めてたまるもんか!」

 やらない後悔より、やってからの後悔がいい。

「ふーん」

 レナは面白そうに言う。
 その顔に再び笑顔が戻っているものの、殺気は消えていない。
 むしろ、さっきよりも鋭く濃厚になっていた。

「ボクの本気を前にしても怯まないんだ。やっぱり、フェイトはすごいね」
「……ありがとう」
「でも、ボクのものにならないなら、いらないや」

 ふっ、と。
 突然、レナの姿が消えた。

「死んじゃえ」

 背後からの声。
 それは死神を連想するほど冷たいものだった。
「くぅっ!!!?」

 前に倒れ込むようにして身を低くした。
 それと同時に、ほぼほぼ勘で後ろに剣を振る。

 ギィンッ!

 流星の剣とティルフィングが交差した。

 前回は叩き折られてしまったけど、今回は無事だ。
 剣の力は互角みたいで、十分に耐えている。

 問題は……
 僕の力が足りないこと。

「このっ!」

 剣を斜めにして、刃を滑らせる。

 わずかだけど余裕ができた。
 その間に後方へ……

「いや、前だ!」
「へぇ」

 レナの力量は、僕よりも圧倒的に上。
 下手に逃げようとしたり防御に徹しようとしても無駄だ。
 すぐに押し切られてしまうはず。

 なら、危険を覚悟で懐に飛び込むしかない。

 リスクは大きいけどリターンもある。
 うまくいけば僕の攻撃も当たるかもしれない。

「はぁっ!!!」

 踏み込むと同時に突きを放つ。
 避けられてしまうけど、それは予想済。

 下半身のバネを使い、そこから強引に剣の軌道を変える。
 横へ薙ぎ払い、続けて縦に跳ね上げた。

 定石にはない軌道で刃を叩き込むのだけど、

「やるね」

 レナは全ての攻撃をあっさりと受け止めてみせた。

 定石にない戦いなら、むしろ得意。
 その程度? と言っているかのようだ。

「次はボクの番だね!」
「うぁ!?」

 腹部に走る衝撃と痛み。
 たぶん、蹴りを食らったんだと思う。

 まったく見えなくて……
 どうすることもできず、僕は後ろに吹き飛ばされてしまう。

 そこにレナの追撃が襲う。

「真王竜剣術・裏之三……大蛇!」

 視認できないほどの速度でレナが剣を振る。
 衝撃波が生まれ、獣のように襲いかかってきた。

 避けられない!
 防ぐこともできない!

 なら……迎え撃つ!

「神王竜剣術・壱之太刀……破山!!!」

 渾身の一撃を繰り出した。
 ただ、それでも衝撃波を相殺するので精一杯。

 レナが突貫。
 一瞬で目の前にやってきて、刃の嵐を見舞う。

 ダメだ。
 一撃一撃の威力が高い上に、なによりも早すぎる。

 防ぐのがやっと。
 反撃に転じる間を作ることができない。

「くっ……!!!」

 必死に防いで。
 ギリギリのところで避けて。
 命の危機をヒシヒシと感じつつ、反撃の機会をうかがう。

 負けられない。
 間違えた感情で暴走するレナに、負けてなんていられない!

 僕が負けたら……
 負けたら……
 大事な人が傷つくかもしれないんだ!!!

「こっ……のぉおおおおお!!!」
「えっ」

 レナに隙なんてない。
 それでも、あえて前に出た。

 刃が左肩をえぐり、鋭い痛みが走る。
 でも、こちらから前に出たせいでタイミングが狂ったらしく、そのまま切断、なんてことにはならない。
 うまい具合に骨で受け止めることができた。

「神王竜剣術・参之太刀……」
「しま……!?」
「紅っ!!!」

 全身全霊の一撃を至近距離で放つ。
 強引に作り出した隙。
 そのタイミングに合わせて、現時点で出せる全力を叩き込んだ。

 タイミングは完璧。
 攻撃も最大。

 それなのに……

「あぶな!?」

 レナはありえない速度で剣を戻して、こちらの攻撃を防いでいた。

 刃を防ぐことでいっぱいいっぱい。
 衝撃を逃すことはできなかったらしく、吹き飛ばされる。

 でも……それだけ。

 致命的なダメージではなくて。
 決定的なダメージでもなくて。
 千載一遇のチャンスを逃してしまう。

「まさか、自分の体を盾にするなんてね」

 レナは体勢を立て直した。
 ただ、すぐに攻撃に転じることはない。

 さきほどまでの抜き身の刃のような雰囲気は消えた。
 代わりに、今までと同じように明るく楽しい笑顔を浮かべている。

「うーん……! やっぱり、フェイトはいいなあ。うん、本当にいい!」
「それ、褒めてくれているの?」
「もちろん!」
「今の一撃でもダメだったのに?」
「いやいやいや、アレ、本当にすごかったよ? ボクじゃなかったら、ほとんどのヤツがやられていると思う。リケンでも倒されていたかな?」

 リケン?
 誰だろう?

「普通、傷つかないように戦うものだけど……まさか、その定石を覆して、あえて傷ついて隙を作るなんて」
「結局、届かなかったけどね」
「でもでも、普通、そんなことできないよ? 誰でも……ボクでも、体を盾にするなんてためらっちゃうもん。誰にもできないことをやってみせた……うん。素直にフェイトのことをすごいと思うよ」
「……ありがとう」

 やたらと絶賛される。
 ただ、裏があるのではないかと警戒してしまう。

 その予感は正解。

「ねえ、フェイト。やっぱりボクのものにならない?」
「その話は……」
「イヤなんでしょ? でもでも、やっぱり惜しくなったんだ。ここまでできるフェイトを殺したくなんてないし……あと、惚れ直しちゃった」

 レナは笑顔で言う。

 平常時に言われたらうれしい言葉なんだけど……
 今は殺し合いをしている最中だ。
 一時も油断できない。

「ねえ、ボクのものになろう? そうすれば、ボクがフェイトを鍛えてあげる。今より、もっともっと強くなれるよ。フェイトも剣士だから、強くなりたい、っていう気持ちはあるよね?」
「それはあるけど……」
「あとあと、女の子に向ける欲求も満たしてあげる♪ ボク、尽くすタイプだからね。おいしいごはんを作ってあげるし、お風呂で背中も流してあげる。えっちなことも、なんでも受け止めてあげる」

 えっちなこと、とあっけらかんと言わないでほしい。

 その……
 こんな時だけど、少し恥ずかしくなってしまう。

「あれ? さっきと同じことを言ってる? ま、いっか。それで、どうかな?」

 物騒な場なのだけど……
 これはたぶん、レナの告白。
 彼女なりの本気の告白だ。

 だから、僕も誠実に向き合わないといけない。

「……ごめんね」

 頭を下げた。

「何度告白されても、僕の気持ちは変わることはないよ。僕が好きなのは……ソフィアだ」
「……」

 一瞬だけど、レナが泣きそうになったような気が……した。

「なんで」

 ゾクリと背中が震えた。

「なんでなんでなんでなんでなんで……!!!」

 なんで、と。
 呪詛を吐くかのように、レナがその言葉を繰り返す。

 何度も何度も繰り返して……
 その姿は、まるで子供のようだった。

「初めて欲しいものができたのに。ずっとずっと言う通りにしてきて、ボクの心なんて殺して……それなのに、初めて欲しいものが……! それなのに、また我慢するの? 諦めないといけないの? 仕方ないって、目をそらさないといけないの? そんなの、そんなこと……!!!」
「レナ……?」
「やだ、やだやだやだ……もう、奪われるのはイヤだ!!!」

 レナのトラウマを踏み抜いてしまったのかもしれない。

 彼女は明らかに正気ではなくて……
 瞳から光が消える。
 代わりに剣呑な色が宿った。

 レナは剣を構えて……
 そして、一気に踏み込んできた。

「はや……!?」

 ダメだ、対応できない!?
 僕はどうすることもできず、自分に迫る刃を眺めていた。
 レナの刃が僕に迫る。
 それを避けることはできない。
 防ぐこともできない。

 どうすることも……できない。

 ギィンッ!!!

 横から剣が割り込んできて、レナの刃を受け止めた。
 その剣は見覚えがある。

 聖剣エクスカリバー。

 剣聖だけが持つことを許される剣。
 そして、その主は……

「ソフィア!」
「まったく……少し目を離した隙に、とんでもないことになっています……ねっ!」
「くっ!?」

 ソフィアは前に踏み込み、回転。
 その威力を乗せて剣を薙ぎ払い、レナを吹き飛ばした。

 とても強引な力技。
 でも、だからこそ抵抗することは難しい。

 ただ、レナは猫のようにしなやかに着地。
 まったくダメージはない様子だった。

 レナは座った目でソフィアを睨みつける。

「ボクとフェイトのデートに邪魔するなんて、野暮がすぎないかな?」
「今のがデートなのですか? だとしたら、相当に女子力が低いですね。そのようなデートでは、殿方を楽しませることはできませんよ」
「このっ……!」

 苛立っている様子で、レナの視線がさらに鋭くなった。

「えっと……ソフィア? 助けてもらったことはうれしいんだけど、あまり挑発するようなことは……」
「挑発なんてしていませんが?」
「え? じゃあ、今のが素?」
「はい」

 たぶん、本気で言っているのだろう。

 ソフィアは、そんなに好戦的な性格じゃないけど……
 レナが相手だと、無意識でスイッチが切り替わってしまうのかな?

 色々な意味でライバルだから、そうなるのも仕方ないとは思うけど。

「邪魔しないでくれる?」
「イヤです」
「……」
「私はフェイトのパートナーです。この座は、あなたに譲るつもりは毛頭ありません」
「……フェイトも同じ考えなの?」
「うん」

 即答した。

「レナには悪いけど……でも、ソフィアが僕のパートナーだよ。他の人は考えられない」
「……どうして」

 レナがぽつりとつぶやいた。

「小さな幸せが欲しいだけなのに……がんばりたいだけなのに……なんで、なんで、なんで……」
「レナ……?」

 レナは、がしがしと自分と頭をかいた。
 剣を持ったままなので、時々、自分を傷つけてしまう。
 それでも手は止まらない。

「どうしてどうしてどうして……なんで宗家の連中ばかり……!」
「宗家……?」

 ソフィアが眉を潜めた。

 そういえば……
 レナが使う技、神王竜にとてもよく似ているけど、なにか関係性が?

「そっか」

 ややあって、レナは動きを止めた。

 とても無機質な瞳をして……
 それは、なんの感情も宿していなくて……

 ぽつりと言う。

「奪われるなら、先に奪っちゃえばいいんだ」
「「っ!?」」

 瞬間、殺気の嵐が吹き荒れた。
 質量を持つほどの圧倒的なオーラ。
 気をしっかりと保っていないと、一瞬で意識を刈り取られてしまいそうだ。

「なんていう力……フェイト。ここは私がなんとかするので、フェイトは……」
「僕も一緒に戦うよ」
「フェイト!? ですが、それは……」
「僕はパートナーだからね」
「……あ……」
「だから、一緒に戦うよ」

 そう。
 僕達は二人で一つなんだ。

「いこう、ソフィア」
「はい!」
「つまらないもの……見せないでよっ!!!」

 レナは眩しいものを見るかのような目をこちらに向けて……
 次いで、ギンと鋭く睨みつけてきた。

 怨嗟のような声を吐き出しつつ、地面を蹴る。

 転移したかと思うような脅威的な加速力。
 気がつけばレナの姿が目の前にあった。

 でも、慌てることはない。

「このっ!」

 魔剣を流星の剣で受け止めた。

 力で押し切られてしまいそうになるけど、そこは我慢。
 両足に力を込めて耐える。

「フェイトから離れなさい!」
「ちっ」

 ソフィアの反撃に、レナはうっとうしそうに舌打ちをした。

 ただ、下手な動きをしたらやられてしまうのは理解しているんだろう。
 一度離れて……

「えっ」

 なにを思ったのか、レナは魔剣を投擲する。

 自ら武器を手放すという、ありえない行動。
 虚を突かれてしまい、一瞬、反応が遅れてしまう。

 それはソフィアも同じだった。
 避けることは間に合わないと判断したらしく、その場に留まる。
 そして剣を振り上げて、飛来する魔剣を弾いた。

 魔剣がくるくると宙を舞い……

「死ねぇえええええっ!!!」
「なぁ!?」

 あらかじめそうなることを予測していたのか、レナは、ベストな位置で魔剣をキャッチ。
 そのまま斬りかかってきた。

 剣を投げて、弾かれて、しかしそれをキャッチする。
 まるでサーカスの曲芸だ。

「山茶花!」
「破山!」

 僕とレナの技が真正面から激突した。

 予想外の動きに翻弄されてしまい、こちらの方が初動が遅い。
 でも、技の威力はこちらが上だったらしく、刃が競り合い、拮抗状態に持ち込むことができた。

 今度は逃さない!

 こちらから前に出て、ひたすらに力を叩きつけてやる。
 そうして撤退を許さないでいると、横からソフィアが飛び込む。

「これで!」
「うるさいっ!!!」

 レナは右手一つだけで魔剣を持つ。
 そして、空いた左手に忍び持っていた短剣を。

 短剣でソフィアの剣を受け止めた。
 名のあるものではなかったらしく、ギィンッと一撃で砕け散ってしまう。

 でも、防ぐことはできた。
 それで十分というかのように、レナはさらに数本の短剣を左手に持ち、投擲する。

 複数相手の戦いに慣れている。
 これが真王竜の力……?

「ボクはもう、我慢なんてしたくないんだから……全部、全部手に入れてやるんだ!」

 現状、戦況はレナに傾いている。

 こちらは二人いるのだけど……
 でも、レナの力が圧倒的だ。

 加えて、複数相手の戦いに慣れているため死角がない。
 隙もない。
 攻めあぐねている状態で、これが続くとまずい。

 まずいんだけど……

 ただ、レナはレナで苦しそうだ。
 自分の方が優位に立っているはずなのに、その表情に余裕はない。
 むしろ、とても苦しそうだ。

 それは……

 もしかしたら、レナの心を表しているのかもしれなかった。
「うあああああぁっ!!!」

 獣のように叫びつつ、レナが突撃をする。

 速い!

 まるで風の化身だ。
 目で追うことができなくて、気がつけば距離を詰められている。

 僕が対処するのは難しい。
 でも……

「甘いです!」

 ソフィアが前に出て、レナの突撃を止めてくれた。

「ありがとう、ソフィア」
「どういたしまして」

 僕ができないことは、素直にソフィアを頼ればいい。
 そして、頼った分、働いてみせればいい。

 それだけのこと。

「破山!」

 ソフィアがレナの動きを止めている間に、横から技を叩き込む。

 レナはちらりとこちらを見た。
 魔剣を右手だけで持ち、再び左手に短剣を抜く。

 ギィンッ!

 左手の短剣をこちらに叩きつけて、僕の剣の軌道を逸らしてみせた。

 やっぱりというか、多対一の戦いに慣れている。
 目が倍あるかのように、正確に戦場を把握していて、隙がまるでない。

 でも……

「負けてたまるもんか!」

 手数を増やしても意味がない。
 そう考えた僕は、攻撃頻度を減らし、代わりに精度と威力を高めた一撃を繰り出していく。

 一方のソフィアは、ひたすらに加速。
 秒間、三撃放つような神業を披露しつつ、ひたすらに手数を増やしていく。

「くっ……!?」

 対称的な攻撃を繰り出されて、レナは苦い顔に。

 僕もそれなりに経験を積んだからわかる。
 こんな攻撃をされると、ものすごくやりにくい。
 レナも同じ気持ちらしく、苛立ちが溜まり、次第に攻撃が荒くなる。

「こんなところで、ボクは……!!!」
「ぐ!?」

 ここに来てレナの剣が加速した。
 それだけじゃなくて、重さも増す。

 まだ全力じゃなかった!?

 そう思うほどの急加速で、一気に戦況を盛り返していく。

 僕とソフィアの二人がかりなのに、それでも押されてしまう。
 それほどの相手……ということ?

 いや、でも……

「ボクは、ボクは……もう二度と負けるわけにはいかないんだ!!!」

 魂を震わせているような、そんな叫び。
 その迫力に押されてしまいそうになる。

「フェイト」
「……あ……」

 静かな声をかけられた。
 ちらりと見ると、ソフィアが優しく笑う。

 言葉はない。
 でも、私が一緒にいます、と言っているかのようだった。

 うん、そうだ。
 僕は一人じゃない。
 ソフィアがいる。
 大好きな人が隣にいる。

 それだけで人はどこまでも強くなれる。

「フェイト!」
「うん。いこう、ソフィア!」

 ソフィアと一緒に前へ出た。
「このぉっ!!!」
「はぁあああああ!!!」

 ソフィアと同時に前へ出た。

 剣を構えつつ駆けて……
 僕は右から。
 ソフィアは左から。
 交差するように、同時に剣を払う。

「ぐっ!?」

 僕とソフィアのタイミングが完全に一致して、レナに重い一撃を叩き込むことに成功した。
 防がれてしまうけど、でも、彼女は顔をしかめている。
 たぶん、予想外に重い一撃に手が痺れたのだろう。

 今がチャンスだ。

「これで……」

 追撃の一閃。

 しっかりと捉えたと思ったんだけど、でも、脅威的な反射神経で防がれてしまう。
 手が痺れていてコレなのだから、レナは本当に強い。

 でも、僕だけじゃない。

「終わりです!」

 続けて、ソフィアが前に出た。
 レナに激突するような勢いで駆けて、その勢いを乗せた突きを繰り出す。

 狙いはレナの急所じゃない。
 彼女の右手だ。

「あっ、ぐ!?」

 ソフィアの剣がレナの右手の甲を貫いた。
 レナの顔が苦痛に歪む。

 それでも、彼女は反撃に移ろうとした。
 痛みに耐えつつ、剣を振ろうとするが……

 カラン。

 しかし、剣を握ることができず落としてしまう。
 右手の甲を貫かれたことで、指に繋がる神経がいくらか断たれたのだろう。
 うまく指を動かせない様子で、その場に膝をついてしまう。

 そんなレナに、ソフィアは剣を突きつけた。

「終わりですね」
「くっ……」

 レナは、血の流れる右手の甲を押さえつつ、ソフィアを睨みつけた。

 もう剣は持てない。
 戦うことはできない。

 でも闘志はまったく衰えていない様子だ。
 剣がないなら拳がある。脚がある。
 どちらも断たれたとしたら、噛みついてでも戦ってやる。

 そんな意思を感じることができた。

 それだけじゃない。
 魔剣が持つ力を使えば、人を捨てる代わりに、レナは大きな力を得ることができるだろう。

 まだまだレナは戦うことができる。
 だから僕は……

「……ねえ、レナ」

 ぴくりとレナが震えた。
 そっと、彼女がこちらを見る。

 そんなレナに僕は……首を小さく横に振る。

「もうやめよう?」
「……」
「レナにも色々あるのわかったよ。譲れないものがあるっていうのもわかった」
「なら……」
「でもさ」

 本当の想いを口にする。

「僕は、レナと争いたくないよ」

 レナはひどいことをしてきたと思う。
 アイシャやスノウを傷つけて、他の人にも剣を向けてきた。

 でも……

「どうしても、君を嫌いになることはできないんだ」
 泣いているレナを見たら、僕は、胸が苦しくなってしまう。
 そんな顔は見たくない、って思う。

 僕とレナは同じだ。

 抱えているものの大きさはぜんぜん違うけど……
 僕達は、共に虐げられてきた。

「安い同情なんかしないで……!!!」

 レナが強く睨みつけてきた。
 怒りが全身からあふれている。

 同情なんてするな。
 心に踏み込んでくるな。
 優しいフリをするな。

 ……そんな感じで、レナは僕を拒絶する。

「フェイト」

 そっと、ソフィアが隣に立つ。

「いまいち状況が掴めていないのですが……」
「え? そうなの?」

 てっきり、レナや黎明の同盟のことを突き止めて、応援に来てくれたと思っていたんだけど。

「妙に嫌な感じがしまして。それでフェイトを探してみたら、あの泥棒猫がいたので、とりあえず斬りかかってみました」
「とりあえず、って……」

 直情的すぎないかな?

 いや、まあ。
 そのおかげで助けられたから、強くは言えないんだけど。

「詳しいことは後で説明するよ」
「わかりました。では、この泥棒猫の処刑を……」
「まってまってまって」
「はい?」

 どうして止めるの?
 と、本気で不思議そうな顔をするソフィア。

 怖いから。

「レナのことは僕に任せてくれないかな?」
「心配です」
「僕なら大丈夫。それに、レナもきちんと話せばわかってくれると思うんだ」
「……わかりました。フェイトにお任せいたします」

 ソフィアは小さく頷いて、剣を鞘に収めてくれた。
 ただ、その状態のまま、柄は握ったままだ。

「ですが、いざという時は斬るので」
「うん、それでいいよ」

 ソフィアが過剰に反応しているのは、僕を心配してくれているからだ。
 その気持ちを否定するようなことはしたくない。

 よし。

 改めてレナと向き合う。

「ねえ、レナ」
「……なに?」
「僕は、同情は悪いことじゃないと思うんだ。相手の気持ちになって考えること、共感すること、っていう意味だもの」

 押し付けがましくなったり。
 勝手に、かわいそうだ、と決めつけたり。
 それは微妙なことかもしれないけど……

 でも、無視されるよりはいいと思う。
 どうでもいいとか思われるよりは、ずっとマシだと思う。

 少なくとも、同情してもらっているということは、関わろうとしてくれていること。
 そこから関係が発展することもあると思うんだ。

「レナは知らないかもしれないけど……僕、騙されて奴隷にされていたことがあるんだ」
「え?」
「十年くらいかな? ずっとひどい扱いを受けていて……だから、レナの気持ちはわかるつもりなんだ」
「……」
「他人に思えなくて、だから嫌いになりたくなくて……」

 そっとレナに手を差し出した。

「だから、もうやめよう?」
「……フェイト……」
「友達になってくれませんか?」
「あ……」

 レナの目が大きくなる。

 僕の手を見て、自分の手を見て……
 交互に見て、それからそっと口を開いた。