「……」
剣を突きつけられたレナは、信じられないという様子で目を丸くした。
そのまま、しばらくの間、呆然として……
やがて、ニヤリと笑みを作る。
「あはっ」
小さな笑い声。
それは哄笑に変わる。
「あはははははっ!!!」
レナの戦意が膨れ上がる。
やる気か……?
距離を取り、剣を構える。
ただ、レナは剣を抜くことなく、とにかく楽しそうに笑っていた。
「あーもうっ、ものすごくおもしろいんだけど。まさか、そんな風に言われちゃうなんて……ふふ、あははっ。思い出したら何度でも笑っちゃう」
「……」
「ボク、本気でフェイトのことが好きなんだよ?」
笑顔を消して。
冷たい表情でレナがこちらを見る。
「っ……!?」
その瞳は、深い深い闇で満たされていた。
どれだけの修羅場を潜れば、こんな目ができるようになるんだろう?
「本当に好きなんだけど……」
ゆっくりと、レナは剣を抜いた。
魔剣ティルフィング。
修理は終わっていたらしく、刃には傷一つない。
「ボクの邪魔をするなら、死んでもらうしかないね」
「っ!?」
強烈な殺気が放たれた。
質量を感じてしまうほどのもので、思わず、一歩後ろへ下がってしまう。
って……ダメだ!
戦う前から気持ちで負けていたら、絶対に勝つことはできない。
負けるわけにはいかない。
絶対に!
「……」
軽い深呼吸をして、乱れた心を落ち着かせる。
体の震えが止まる。
呼吸が正常に戻る。
剣を構えて、レナをまっすぐに見据えた。
「へぇ」
レナが笑う。
楽しそうに笑う。
心底楽しそうに……嗤う。
「この殺気は本物で本気なんだけど……耐えるんだ。耐えるだけじゃなくて、立ち向かおう、って思えちゃうんだ。これに耐えられるのって、あの剣聖くらいだと思っていたんだけど……」
「いつまでもソフィアに守られてばかりじゃいられないから」
「あはっ」
レナが笑い声をこぼした。
「うんうん、うんうんうん! いいよ、すごくいいよ。ボクの予想をこんなにも上回ってくるなんて……あー、ホントにやばい。もうダメ。今日、絶対にフェイトをボクのものにしてみせるんだから」
レナも剣を構えた。
そして、笑みを消す。
「フェイト……ボクのものになって?」
その問いかけに、僕は……
「嫌だ」
レナの求めに対して、僕は首を横に振る。
そんな反応は予想していたのか、レナの表情は変わらない。
「うーん、どうしてダメなのかな? ボク、自分で言うのもなんだけど、けっこうかわいいと思うよ? スタイルは……まあ、ちょっと残念かもだけど。でもでも、その分、なんでもしてあげるよ? フェイトがしたいこと、全部してあげるよ?」
「……そういう問題じゃないよ」
「?」
「なんでもしてあげるとか、そんなこと気軽に言われても……困るよ。それに、そんな一方的な関係は嫌だ。なにかをしてあげて、されて……そんな支え合う関係がいいんだ、僕は」
「なるほど」
レナはうんうんと頷いて、
「わからないなー」
キョトンとした顔で小首を傾げた。
「ボクのこと好きにできるんだから、それでよくない? ボクがいっぱいいっぱい尽くして、それでよくない?」
「なんで、そんな偏った考えになるのかな……」
理想論かもしれないけど……
恋人とか夫婦って、支え合うものだと思う。
どちらか一方が寄りかかっていたら、すぐに壊れてしまうような気がする。
助け合い。
苦楽を分かち合い。
ずっと一緒にいること。
そんな理想を僕は叶えていきたい。
……ソフィアと一緒に。
「もしかしたら……ソフィアよりも先にレナに会っていたら、君に惹かれていたかもしれない」
レナは黎明の同盟に所属しているけど……
でも、極悪人とは思えない。
一緒にいると楽しいと思えるかもしれない。
でも。
「僕は、ソフィアのことが好きなんだ」
「……」
「レナは、彼女の代わりになることはできない。僕が好きなのは、ソフィア一人だけだよ」
「……そ」
再び殺気があふれる。
先程の比じゃない。
今度は嵐のように激しく、ここにいるだけで意識を失ってしまいそうだ。
たぶん……
これがレナの本気。
「……う……」
正直なところを言うと……怖い。
それなりの修羅場を潜り抜けてきたつもりだったけど、甘かった。
本気のレナと戦うということは、天災を相手にするようなもの。
普通に考えて立ち向かえるわけがない。
手が震えてしまう。
足も震えてしまう。
それでも。
「っ……!!!」
唇を噛む。
小さな痛みが気を引き締めてくれる。
ここで退くわけにはいかない。
ソフィアが狙われてしまうかもしれない。
リコリスにアイシャ、スノウに害が及ぶかもしれない。
それだけじゃなくて、獣人の里も危ないかもしれない。
僕にできることなんて、たかがしれている。
どうあがいてもレナに勝つことはできない。
退けることもできない。
「だからといって、諦めてたまるもんか!」
やらない後悔より、やってからの後悔がいい。
「ふーん」
レナは面白そうに言う。
その顔に再び笑顔が戻っているものの、殺気は消えていない。
むしろ、さっきよりも鋭く濃厚になっていた。
「ボクの本気を前にしても怯まないんだ。やっぱり、フェイトはすごいね」
「……ありがとう」
「でも、ボクのものにならないなら、いらないや」
ふっ、と。
突然、レナの姿が消えた。
「死んじゃえ」
背後からの声。
それは死神を連想するほど冷たいものだった。
「くぅっ!!!?」
前に倒れ込むようにして身を低くした。
それと同時に、ほぼほぼ勘で後ろに剣を振る。
ギィンッ!
流星の剣とティルフィングが交差した。
前回は叩き折られてしまったけど、今回は無事だ。
剣の力は互角みたいで、十分に耐えている。
問題は……
僕の力が足りないこと。
「このっ!」
剣を斜めにして、刃を滑らせる。
わずかだけど余裕ができた。
その間に後方へ……
「いや、前だ!」
「へぇ」
レナの力量は、僕よりも圧倒的に上。
下手に逃げようとしたり防御に徹しようとしても無駄だ。
すぐに押し切られてしまうはず。
なら、危険を覚悟で懐に飛び込むしかない。
リスクは大きいけどリターンもある。
うまくいけば僕の攻撃も当たるかもしれない。
「はぁっ!!!」
踏み込むと同時に突きを放つ。
避けられてしまうけど、それは予想済。
下半身のバネを使い、そこから強引に剣の軌道を変える。
横へ薙ぎ払い、続けて縦に跳ね上げた。
定石にはない軌道で刃を叩き込むのだけど、
「やるね」
レナは全ての攻撃をあっさりと受け止めてみせた。
定石にない戦いなら、むしろ得意。
その程度? と言っているかのようだ。
「次はボクの番だね!」
「うぁ!?」
腹部に走る衝撃と痛み。
たぶん、蹴りを食らったんだと思う。
まったく見えなくて……
どうすることもできず、僕は後ろに吹き飛ばされてしまう。
そこにレナの追撃が襲う。
「真王竜剣術・裏之三……大蛇!」
視認できないほどの速度でレナが剣を振る。
衝撃波が生まれ、獣のように襲いかかってきた。
避けられない!
防ぐこともできない!
なら……迎え撃つ!
「神王竜剣術・壱之太刀……破山!!!」
渾身の一撃を繰り出した。
ただ、それでも衝撃波を相殺するので精一杯。
レナが突貫。
一瞬で目の前にやってきて、刃の嵐を見舞う。
ダメだ。
一撃一撃の威力が高い上に、なによりも早すぎる。
防ぐのがやっと。
反撃に転じる間を作ることができない。
「くっ……!!!」
必死に防いで。
ギリギリのところで避けて。
命の危機をヒシヒシと感じつつ、反撃の機会をうかがう。
負けられない。
間違えた感情で暴走するレナに、負けてなんていられない!
僕が負けたら……
負けたら……
大事な人が傷つくかもしれないんだ!!!
「こっ……のぉおおおおお!!!」
「えっ」
レナに隙なんてない。
それでも、あえて前に出た。
刃が左肩をえぐり、鋭い痛みが走る。
でも、こちらから前に出たせいでタイミングが狂ったらしく、そのまま切断、なんてことにはならない。
うまい具合に骨で受け止めることができた。
「神王竜剣術・参之太刀……」
「しま……!?」
「紅っ!!!」
全身全霊の一撃を至近距離で放つ。
強引に作り出した隙。
そのタイミングに合わせて、現時点で出せる全力を叩き込んだ。
タイミングは完璧。
攻撃も最大。
それなのに……
「あぶな!?」
レナはありえない速度で剣を戻して、こちらの攻撃を防いでいた。
刃を防ぐことでいっぱいいっぱい。
衝撃を逃すことはできなかったらしく、吹き飛ばされる。
でも……それだけ。
致命的なダメージではなくて。
決定的なダメージでもなくて。
千載一遇のチャンスを逃してしまう。
「まさか、自分の体を盾にするなんてね」
レナは体勢を立て直した。
ただ、すぐに攻撃に転じることはない。
さきほどまでの抜き身の刃のような雰囲気は消えた。
代わりに、今までと同じように明るく楽しい笑顔を浮かべている。
「うーん……! やっぱり、フェイトはいいなあ。うん、本当にいい!」
「それ、褒めてくれているの?」
「もちろん!」
「今の一撃でもダメだったのに?」
「いやいやいや、アレ、本当にすごかったよ? ボクじゃなかったら、ほとんどのヤツがやられていると思う。リケンでも倒されていたかな?」
リケン?
誰だろう?
「普通、傷つかないように戦うものだけど……まさか、その定石を覆して、あえて傷ついて隙を作るなんて」
「結局、届かなかったけどね」
「でもでも、普通、そんなことできないよ? 誰でも……ボクでも、体を盾にするなんてためらっちゃうもん。誰にもできないことをやってみせた……うん。素直にフェイトのことをすごいと思うよ」
「……ありがとう」
やたらと絶賛される。
ただ、裏があるのではないかと警戒してしまう。
その予感は正解。
「ねえ、フェイト。やっぱりボクのものにならない?」
「その話は……」
「イヤなんでしょ? でもでも、やっぱり惜しくなったんだ。ここまでできるフェイトを殺したくなんてないし……あと、惚れ直しちゃった」
レナは笑顔で言う。
平常時に言われたらうれしい言葉なんだけど……
今は殺し合いをしている最中だ。
一時も油断できない。
「ねえ、ボクのものになろう? そうすれば、ボクがフェイトを鍛えてあげる。今より、もっともっと強くなれるよ。フェイトも剣士だから、強くなりたい、っていう気持ちはあるよね?」
「それはあるけど……」
「あとあと、女の子に向ける欲求も満たしてあげる♪ ボク、尽くすタイプだからね。おいしいごはんを作ってあげるし、お風呂で背中も流してあげる。えっちなことも、なんでも受け止めてあげる」
えっちなこと、とあっけらかんと言わないでほしい。
その……
こんな時だけど、少し恥ずかしくなってしまう。
「あれ? さっきと同じことを言ってる? ま、いっか。それで、どうかな?」
物騒な場なのだけど……
これはたぶん、レナの告白。
彼女なりの本気の告白だ。
だから、僕も誠実に向き合わないといけない。
「……ごめんね」
頭を下げた。
「何度告白されても、僕の気持ちは変わることはないよ。僕が好きなのは……ソフィアだ」
「……」
一瞬だけど、レナが泣きそうになったような気が……した。
「なんで」
ゾクリと背中が震えた。
「なんでなんでなんでなんでなんで……!!!」
なんで、と。
呪詛を吐くかのように、レナがその言葉を繰り返す。
何度も何度も繰り返して……
その姿は、まるで子供のようだった。
「初めて欲しいものができたのに。ずっとずっと言う通りにしてきて、ボクの心なんて殺して……それなのに、初めて欲しいものが……! それなのに、また我慢するの? 諦めないといけないの? 仕方ないって、目をそらさないといけないの? そんなの、そんなこと……!!!」
「レナ……?」
「やだ、やだやだやだ……もう、奪われるのはイヤだ!!!」
レナのトラウマを踏み抜いてしまったのかもしれない。
彼女は明らかに正気ではなくて……
瞳から光が消える。
代わりに剣呑な色が宿った。
レナは剣を構えて……
そして、一気に踏み込んできた。
「はや……!?」
ダメだ、対応できない!?
僕はどうすることもできず、自分に迫る刃を眺めていた。
レナの刃が僕に迫る。
それを避けることはできない。
防ぐこともできない。
どうすることも……できない。
ギィンッ!!!
横から剣が割り込んできて、レナの刃を受け止めた。
その剣は見覚えがある。
聖剣エクスカリバー。
剣聖だけが持つことを許される剣。
そして、その主は……
「ソフィア!」
「まったく……少し目を離した隙に、とんでもないことになっています……ねっ!」
「くっ!?」
ソフィアは前に踏み込み、回転。
その威力を乗せて剣を薙ぎ払い、レナを吹き飛ばした。
とても強引な力技。
でも、だからこそ抵抗することは難しい。
ただ、レナは猫のようにしなやかに着地。
まったくダメージはない様子だった。
レナは座った目でソフィアを睨みつける。
「ボクとフェイトのデートに邪魔するなんて、野暮がすぎないかな?」
「今のがデートなのですか? だとしたら、相当に女子力が低いですね。そのようなデートでは、殿方を楽しませることはできませんよ」
「このっ……!」
苛立っている様子で、レナの視線がさらに鋭くなった。
「えっと……ソフィア? 助けてもらったことはうれしいんだけど、あまり挑発するようなことは……」
「挑発なんてしていませんが?」
「え? じゃあ、今のが素?」
「はい」
たぶん、本気で言っているのだろう。
ソフィアは、そんなに好戦的な性格じゃないけど……
レナが相手だと、無意識でスイッチが切り替わってしまうのかな?
色々な意味でライバルだから、そうなるのも仕方ないとは思うけど。
「邪魔しないでくれる?」
「イヤです」
「……」
「私はフェイトのパートナーです。この座は、あなたに譲るつもりは毛頭ありません」
「……フェイトも同じ考えなの?」
「うん」
即答した。
「レナには悪いけど……でも、ソフィアが僕のパートナーだよ。他の人は考えられない」
「……どうして」
レナがぽつりとつぶやいた。
「小さな幸せが欲しいだけなのに……がんばりたいだけなのに……なんで、なんで、なんで……」
「レナ……?」
レナは、がしがしと自分と頭をかいた。
剣を持ったままなので、時々、自分を傷つけてしまう。
それでも手は止まらない。
「どうしてどうしてどうして……なんで宗家の連中ばかり……!」
「宗家……?」
ソフィアが眉を潜めた。
そういえば……
レナが使う技、神王竜にとてもよく似ているけど、なにか関係性が?
「そっか」
ややあって、レナは動きを止めた。
とても無機質な瞳をして……
それは、なんの感情も宿していなくて……
ぽつりと言う。
「奪われるなら、先に奪っちゃえばいいんだ」
「「っ!?」」
瞬間、殺気の嵐が吹き荒れた。
質量を持つほどの圧倒的なオーラ。
気をしっかりと保っていないと、一瞬で意識を刈り取られてしまいそうだ。
「なんていう力……フェイト。ここは私がなんとかするので、フェイトは……」
「僕も一緒に戦うよ」
「フェイト!? ですが、それは……」
「僕はパートナーだからね」
「……あ……」
「だから、一緒に戦うよ」
そう。
僕達は二人で一つなんだ。
「いこう、ソフィア」
「はい!」
「つまらないもの……見せないでよっ!!!」
レナは眩しいものを見るかのような目をこちらに向けて……
次いで、ギンと鋭く睨みつけてきた。
怨嗟のような声を吐き出しつつ、地面を蹴る。
転移したかと思うような脅威的な加速力。
気がつけばレナの姿が目の前にあった。
でも、慌てることはない。
「このっ!」
魔剣を流星の剣で受け止めた。
力で押し切られてしまいそうになるけど、そこは我慢。
両足に力を込めて耐える。
「フェイトから離れなさい!」
「ちっ」
ソフィアの反撃に、レナはうっとうしそうに舌打ちをした。
ただ、下手な動きをしたらやられてしまうのは理解しているんだろう。
一度離れて……
「えっ」
なにを思ったのか、レナは魔剣を投擲する。
自ら武器を手放すという、ありえない行動。
虚を突かれてしまい、一瞬、反応が遅れてしまう。
それはソフィアも同じだった。
避けることは間に合わないと判断したらしく、その場に留まる。
そして剣を振り上げて、飛来する魔剣を弾いた。
魔剣がくるくると宙を舞い……
「死ねぇえええええっ!!!」
「なぁ!?」
あらかじめそうなることを予測していたのか、レナは、ベストな位置で魔剣をキャッチ。
そのまま斬りかかってきた。
剣を投げて、弾かれて、しかしそれをキャッチする。
まるでサーカスの曲芸だ。
「山茶花!」
「破山!」
僕とレナの技が真正面から激突した。
予想外の動きに翻弄されてしまい、こちらの方が初動が遅い。
でも、技の威力はこちらが上だったらしく、刃が競り合い、拮抗状態に持ち込むことができた。
今度は逃さない!
こちらから前に出て、ひたすらに力を叩きつけてやる。
そうして撤退を許さないでいると、横からソフィアが飛び込む。
「これで!」
「うるさいっ!!!」
レナは右手一つだけで魔剣を持つ。
そして、空いた左手に忍び持っていた短剣を。
短剣でソフィアの剣を受け止めた。
名のあるものではなかったらしく、ギィンッと一撃で砕け散ってしまう。
でも、防ぐことはできた。
それで十分というかのように、レナはさらに数本の短剣を左手に持ち、投擲する。
複数相手の戦いに慣れている。
これが真王竜の力……?
「ボクはもう、我慢なんてしたくないんだから……全部、全部手に入れてやるんだ!」
現状、戦況はレナに傾いている。
こちらは二人いるのだけど……
でも、レナの力が圧倒的だ。
加えて、複数相手の戦いに慣れているため死角がない。
隙もない。
攻めあぐねている状態で、これが続くとまずい。
まずいんだけど……
ただ、レナはレナで苦しそうだ。
自分の方が優位に立っているはずなのに、その表情に余裕はない。
むしろ、とても苦しそうだ。
それは……
もしかしたら、レナの心を表しているのかもしれなかった。
「うあああああぁっ!!!」
獣のように叫びつつ、レナが突撃をする。
速い!
まるで風の化身だ。
目で追うことができなくて、気がつけば距離を詰められている。
僕が対処するのは難しい。
でも……
「甘いです!」
ソフィアが前に出て、レナの突撃を止めてくれた。
「ありがとう、ソフィア」
「どういたしまして」
僕ができないことは、素直にソフィアを頼ればいい。
そして、頼った分、働いてみせればいい。
それだけのこと。
「破山!」
ソフィアがレナの動きを止めている間に、横から技を叩き込む。
レナはちらりとこちらを見た。
魔剣を右手だけで持ち、再び左手に短剣を抜く。
ギィンッ!
左手の短剣をこちらに叩きつけて、僕の剣の軌道を逸らしてみせた。
やっぱりというか、多対一の戦いに慣れている。
目が倍あるかのように、正確に戦場を把握していて、隙がまるでない。
でも……
「負けてたまるもんか!」
手数を増やしても意味がない。
そう考えた僕は、攻撃頻度を減らし、代わりに精度と威力を高めた一撃を繰り出していく。
一方のソフィアは、ひたすらに加速。
秒間、三撃放つような神業を披露しつつ、ひたすらに手数を増やしていく。
「くっ……!?」
対称的な攻撃を繰り出されて、レナは苦い顔に。
僕もそれなりに経験を積んだからわかる。
こんな攻撃をされると、ものすごくやりにくい。
レナも同じ気持ちらしく、苛立ちが溜まり、次第に攻撃が荒くなる。
「こんなところで、ボクは……!!!」
「ぐ!?」
ここに来てレナの剣が加速した。
それだけじゃなくて、重さも増す。
まだ全力じゃなかった!?
そう思うほどの急加速で、一気に戦況を盛り返していく。
僕とソフィアの二人がかりなのに、それでも押されてしまう。
それほどの相手……ということ?
いや、でも……
「ボクは、ボクは……もう二度と負けるわけにはいかないんだ!!!」
魂を震わせているような、そんな叫び。
その迫力に押されてしまいそうになる。
「フェイト」
「……あ……」
静かな声をかけられた。
ちらりと見ると、ソフィアが優しく笑う。
言葉はない。
でも、私が一緒にいます、と言っているかのようだった。
うん、そうだ。
僕は一人じゃない。
ソフィアがいる。
大好きな人が隣にいる。
それだけで人はどこまでも強くなれる。
「フェイト!」
「うん。いこう、ソフィア!」
ソフィアと一緒に前へ出た。
「このぉっ!!!」
「はぁあああああ!!!」
ソフィアと同時に前へ出た。
剣を構えつつ駆けて……
僕は右から。
ソフィアは左から。
交差するように、同時に剣を払う。
「ぐっ!?」
僕とソフィアのタイミングが完全に一致して、レナに重い一撃を叩き込むことに成功した。
防がれてしまうけど、でも、彼女は顔をしかめている。
たぶん、予想外に重い一撃に手が痺れたのだろう。
今がチャンスだ。
「これで……」
追撃の一閃。
しっかりと捉えたと思ったんだけど、でも、脅威的な反射神経で防がれてしまう。
手が痺れていてコレなのだから、レナは本当に強い。
でも、僕だけじゃない。
「終わりです!」
続けて、ソフィアが前に出た。
レナに激突するような勢いで駆けて、その勢いを乗せた突きを繰り出す。
狙いはレナの急所じゃない。
彼女の右手だ。
「あっ、ぐ!?」
ソフィアの剣がレナの右手の甲を貫いた。
レナの顔が苦痛に歪む。
それでも、彼女は反撃に移ろうとした。
痛みに耐えつつ、剣を振ろうとするが……
カラン。
しかし、剣を握ることができず落としてしまう。
右手の甲を貫かれたことで、指に繋がる神経がいくらか断たれたのだろう。
うまく指を動かせない様子で、その場に膝をついてしまう。
そんなレナに、ソフィアは剣を突きつけた。
「終わりですね」
「くっ……」
レナは、血の流れる右手の甲を押さえつつ、ソフィアを睨みつけた。
もう剣は持てない。
戦うことはできない。
でも闘志はまったく衰えていない様子だ。
剣がないなら拳がある。脚がある。
どちらも断たれたとしたら、噛みついてでも戦ってやる。
そんな意思を感じることができた。
それだけじゃない。
魔剣が持つ力を使えば、人を捨てる代わりに、レナは大きな力を得ることができるだろう。
まだまだレナは戦うことができる。
だから僕は……
「……ねえ、レナ」
ぴくりとレナが震えた。
そっと、彼女がこちらを見る。
そんなレナに僕は……首を小さく横に振る。
「もうやめよう?」
「……」
「レナにも色々あるのわかったよ。譲れないものがあるっていうのもわかった」
「なら……」
「でもさ」
本当の想いを口にする。
「僕は、レナと争いたくないよ」
レナはひどいことをしてきたと思う。
アイシャやスノウを傷つけて、他の人にも剣を向けてきた。
でも……
「どうしても、君を嫌いになることはできないんだ」
泣いているレナを見たら、僕は、胸が苦しくなってしまう。
そんな顔は見たくない、って思う。
僕とレナは同じだ。
抱えているものの大きさはぜんぜん違うけど……
僕達は、共に虐げられてきた。
「安い同情なんかしないで……!!!」
レナが強く睨みつけてきた。
怒りが全身からあふれている。
同情なんてするな。
心に踏み込んでくるな。
優しいフリをするな。
……そんな感じで、レナは僕を拒絶する。
「フェイト」
そっと、ソフィアが隣に立つ。
「いまいち状況が掴めていないのですが……」
「え? そうなの?」
てっきり、レナや黎明の同盟のことを突き止めて、応援に来てくれたと思っていたんだけど。
「妙に嫌な感じがしまして。それでフェイトを探してみたら、あの泥棒猫がいたので、とりあえず斬りかかってみました」
「とりあえず、って……」
直情的すぎないかな?
いや、まあ。
そのおかげで助けられたから、強くは言えないんだけど。
「詳しいことは後で説明するよ」
「わかりました。では、この泥棒猫の処刑を……」
「まってまってまって」
「はい?」
どうして止めるの?
と、本気で不思議そうな顔をするソフィア。
怖いから。
「レナのことは僕に任せてくれないかな?」
「心配です」
「僕なら大丈夫。それに、レナもきちんと話せばわかってくれると思うんだ」
「……わかりました。フェイトにお任せいたします」
ソフィアは小さく頷いて、剣を鞘に収めてくれた。
ただ、その状態のまま、柄は握ったままだ。
「ですが、いざという時は斬るので」
「うん、それでいいよ」
ソフィアが過剰に反応しているのは、僕を心配してくれているからだ。
その気持ちを否定するようなことはしたくない。
よし。
改めてレナと向き合う。
「ねえ、レナ」
「……なに?」
「僕は、同情は悪いことじゃないと思うんだ。相手の気持ちになって考えること、共感すること、っていう意味だもの」
押し付けがましくなったり。
勝手に、かわいそうだ、と決めつけたり。
それは微妙なことかもしれないけど……
でも、無視されるよりはいいと思う。
どうでもいいとか思われるよりは、ずっとマシだと思う。
少なくとも、同情してもらっているということは、関わろうとしてくれていること。
そこから関係が発展することもあると思うんだ。
「レナは知らないかもしれないけど……僕、騙されて奴隷にされていたことがあるんだ」
「え?」
「十年くらいかな? ずっとひどい扱いを受けていて……だから、レナの気持ちはわかるつもりなんだ」
「……」
「他人に思えなくて、だから嫌いになりたくなくて……」
そっとレナに手を差し出した。
「だから、もうやめよう?」
「……フェイト……」
「友達になってくれませんか?」
「あ……」
レナの目が大きくなる。
僕の手を見て、自分の手を見て……
交互に見て、それからそっと口を開いた。