「……」

 夜。
 リコリスは、スティアート家のテラスに出て、ぼーっと夜空を眺めていた。

 今日は比較的温かいけれど、それでも、スノウレイクは寒冷地帯だ。
 夜風は凍えるほどに寒く、吐息は白い。

 それでも、リコリスは夜空を眺めていた。

 そんなリコリスに、そっと上着がかけられる。
 旅に出る前に買った、妖精用の防寒具だ。

「あ……」
「どうしたんですか、こんなところで」

 振り返るとソフィアがいた。
 防寒具も彼女が用意してくれたらしい。

「んー……別に。なんとなくかしら」
「友達のことを考えていたのですか?」
「……まーね」

 いつになくおとなしいリコリスは、ゆっくりと語る。

「ノノカのこと、気持ちの整理はしたつもりだったんだけど……なーんか、こんなところで話を聞くとは思ってなくてさー」
「そうですね。私も、意外なところで知り合いの話を聞くと驚いてしまいます」
「あたし、ノノカの一番の理解者だと思ってたのよねー。ずっと長いこと一緒にいたし? 冒険に行っている以外は、やっぱり一緒にいたし? ノノカのことはあたしが一番知っている、みたいな?」
「そうですね」
「でも……」

 リコリスは軽く下を向いた。
 その表情は、ソフィアの方からは見えない。

 ただ、リコリスがどんな顔をしているのか、ソフィアには想像できた。
 できたけど、それについて触れるようなことはしない。

 いつもと変わらない様子で……
 ただ、隣に寄り添う。

「ノノカって、けっこう無茶してたのねー……」
「そうみたいですね」
「煉獄竜とか、とんでもないヤツを相手にしてて、さすがにあれはビックリしたわ」
「なかなかにワイルドですね」
「そうなのよ。いつもボロボロになって帰ってくるし……そのくせ、笑顔だし」

 リコリスはさらに下を向いた。

「……冒険者に襲われた時も、自分のことよりもあたしのことを心配していたし」
「そうですか……」
「普通、逆でしょ。自分の心配をしなさいよ。あたしなんか、かばってる場合じゃないでしょ。まったく……フェイトと似て、本当にお人好しなんだから」

 ぽつりと、なにかが地面に落ちた。

 とても小さな雫。
 リコリスの涙だ。

「こんな……不意打ち、みたいに……思い出させない、でよ……もう……」

 一度、涙がこぼれると、もう我慢できなかった。
 次から次に雫が落ちていく。

「……」

 ソフィアはなにも言わず、そっとリコリスに手を伸ばした。
 そのまま自分の肩に乗せて、頬を寄せる。

「寂しい時や悲しい時は、泣いていいと思いますよ」
「……」
「大事な人のことを思い返して泣くことは、悪いことではありません。心配をかけてしまう、ということもありません」
「あんた……」
「だから……思い切り泣くといいと思います」
「……っ……」

 リコリスの顔がくしゃりと歪んで……
 そして、夜空に妖精の泣き声が響いた。



――――――――――



「……さっきのあたしは忘れなさい、ずびっ」

 ほどなくして泣き止んだリコリスは、いつもの調子に戻っていた。

 目が赤く。
 鼻水がちょっと垂れているものの、その表情はスッキリとしたものだ。

「さっきのリコリスというのは、私にすがりついて、思い切り泣いていた時のリコリスでしょうか?」
「ばっ……!? だから忘れなさいって!」
「ええ、そうですね。そうしたいところはやまやまですが、あのようなリコリスは初めて見るので、なかなかインパクトが強く……簡単に忘れられるかどうか」
「ぐぬぬぬ」
「これは、フェイトやアイシャちゃんに相談するしかないですね。このようなことがあったのですが、どうすれば忘れることができますか、って」
「だーーー!!! そんなことしたら、暴れるわよ!? めっちゃ暴れるわよ!?」
「すでに暴れているじゃないですか」

 ぽかぽかぽか、とリコリスはソフィアを叩く。
 しかし、所詮は妖精の腕力。
 剣聖相手にどうにかすることはできず、子供が駄々をこねているようにしか見えない。

「リコリス」
「なによ!?」
「今は、私達が一緒にいますからね」
「……ふんっ」

 リコリスはそっぽを向いた。
 その耳は赤くなっていた。

 どんな表情をしているのか?
 それは、当の本人にしかわからない。