将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 煉獄竜は悲鳴をあげて地面を転がる。

 当たり前のことだけど、翼を切り落とされたことなんてないのだろう。
 その激痛に悶え、ありえない現実にパニックに陥っていた。

 でも、まだ油断はできない。

 手負いの虎ほど厄介と言うし……
 もしかしたら、とんでもない切り札を隠し持っているかもしれない。
 焦らず、慎重に追い詰めて……

「ふっふーん、所詮、このリコリスちゃんの敵じゃないわね! さあ、覚悟なさい!」
「ちょっ!?」

 雪水晶の剣を届けに来ただけのはずのリコリスが、なぜか参戦。
 前に飛び出して、魔法を詠唱する。

「リコリスちゃんファイアー!」

 わりと大きな火球が離れて、煉獄竜に直撃。
 それなりの爆発が起きるのだけど……

「グルァッ!!!」
「ひゃあ!?」

 それなり、の攻撃では通用しない。
 怒りを買うだけで、リコリスは慌てて後方に退避した。

「フェイトー! ソフィアー! あと、おっちゃん。そんなドラゴン、さっさとやっつけちゃいなさい!」

 そして、応援。

 えっと……
 本当になにをしているんだろう?

 雪水晶の剣を届けてくれたことはうれしいけど、あまり無茶をしないでほしい。
 下手をしたら、リコリスが狙われるかもしれないのだから。

 決着は……僕達がつける。
 いや。

「おおおおおぉっ!!!」

 ホルンさんがつける。

「このっ!」
「はぁあああっ!」

 僕とソフィアは援護に徹した。
 というのも、片翼を失った煉獄竜が、今まで以上に暴れ始めたからだ。

 ただ、手負いの虎というような脅威は感じない。
 最後の悪あがきという感じで、デタラメに暴れまわっている印象だ。

 あと少し。

「全部持っていけっ!」

 ホルンさんは、ありったけの爆撃剣を投擲した。

 煉獄竜はそれを危険なものと学習して、避けようとするが……
 しかし、そんな隙間がないくらいに、雨あられと剣が降り注ぐ。

 結果、煉獄竜は避けることができず、無数の爆撃をその身に受けた。

 鱗がはがれ、肉が裂ける。
 血が流れて、悲鳴がこぼれる。

「グゥウウウ……」

 どんどん動きが鈍くなってきた。
 その口からこぼれる唸り声も、弱々しくなってきている。

 ここまでくれば、あとは……!

「フェイト!」
「うん! ホルンさん、トドメは任せました!」

 ソフィアの合図で、僕達は一緒に突撃した。

 かなり弱っているものの、未だ煉獄竜の攻撃は激しく、苛烈だ。
 爪を振り回して、尻尾を薙ぐ。
 ブレスも吐く。

 それらを回避しつつ、二人同時に攻撃を加えて……
 そして、僕の雪水晶の剣とソフィアのエクスカリバーが、それぞれ煉獄竜の足の付根を刺す。

 さらに刃を根本まで押し込んだ。
 そして、ぐるりと強引に回転させて、神経を断つ。

「ギァアアアアアッ!!!?」

 これで、ヤツはもうまともに動くことができない。
 防御をすることも逃げることもできない。

 だから……

「「ホルンさんっ!!!」」
「うむ!!!」

 ホルンさんが真正面から駆ける。
 そうすることで、あえて煉獄竜の注意を自分にひきつけているみたいだ。

 ホルンさんの様子から、なにかただならぬものを感じ取ったのだろう。
 煉獄竜は彼を第一の標的として、ブレスを放つ。

 ……でも、それが命取りになる。

「それを待っていたぞ!」

 それは、かつてノノカが手に入れたという宝物。
 どんな攻撃も一度だけ跳ね返すという、魔法の鏡。

 それによって、ブレスは正反対に跳ね返された。
 煉獄竜は自分の攻撃をまともに浴びることになって……

「これで……終わりじゃあああああっ!!!」

 そして、ホルンさんの渾身の一撃が煉獄竜の瞳を貫いた。
「っ……!!!?」

 ビクンッと、煉獄竜の巨体が震えた。

「……」

 しばらくの沈黙。
 僕もソフィアも。
 ホルンさんもリコリスも、油断なく構えたまま、煉獄竜の様子を見る。

 そして……

 ドォンッ……!

 煉獄竜は地に沈んだ。

「……」

 傷だらけの体はピクリとも動かない。
 呼吸もしておらず、完全な沈黙を保っていた。

 煉獄竜の討伐は……完了した。

「や……」
「やったあああああーーーーっ!!!」

 僕とソフィアは抱き合って喜んだ。
 そのまま、ぴょんぴょんとジャンプをして、さらに喜ぶ。

 ただ、そんな僕達以上に喜んでいる人がいた。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、煉獄竜の前で剣を掲げてみせた。

 討伐完了の証。
 それを誰に見せているのか?

 掲げた剣は天に向けられている。
 つまり……そういうことなのだろう。

 ホルンさんは、友達との最後の約束を果たすことができたのだ。

「いやー、すごいね」

 パチパチパチ、と拍手が響いた。

 慌てて振り返ると、レナの姿が。
 いったい、今までどこに潜んでいたのやら、まるで気配を感じなかった。

「いざとなったらボクも加勢するつもりだったんだけど、まさか、三人だけで倒しちゃうなんて。あ、小さな援軍もあったから、四人かな?」
「……なにをしに来たの?」

 僕は剣を構えた。
 ソフィアも、続いてエクスカリバーを構える。

 レナと面識のないホルンさんは、やや戸惑っている様子ではあったけど……
 僕達の様子を見て敵と判断したらしく、リコリスを背にかばい、刃の先を変える。

「んー、称賛? あ、心配しないで。こうなった以上、横からかっさらう、なんてことは考えてないから」
「信じられませんね」
「ホントホント。その煉獄竜は、好きにしていいよ。素材にするなり、そのまま埋葬するなり、お好きに」
「……」
「でも、フェイトのことは諦めていないけどね♪」
「ぶった斬ります!」
「お、落ち着いて」

 ソフィアが突撃しそうだったので、慌てて制止した。

「なにもする気がないなら、どうして僕達の前に?」
「だから、称賛だって。剣聖ならともかく、フェイトと見知らぬおっちゃんが煉獄竜を倒しちゃうなんて、思ってもいなかったからさー。すごいなー、って感心したの。だから、称賛したいと思って出てきたの。それだけ」
「……」

 嘘は言っていないように見えた。
 それに、レナの性格を考えると、そういうことをしてもおかしくない。

 って……

 なんだかんだで、レナともそこそこの付き合いになるんだよな。
 彼女の性格、行動が少しは読めるようになってきた。
 それを喜ぶべきなのか、どうなのか……悩ましい。

「それだけの力があるなら、資格はあるかもね」
「資格?」
「今、ふと思ったことなんだけどねー……フェイト。それにソフィアも。ボク達『黎明の同盟』の仲間にならない?」
「「なっ!?」」

 思わぬ誘いに、ソフィアと同時に驚きの声をあげてしまう。

 僕達がレナの仲間に……?
 そんなこと考えたこともなかった。

「ま、思いついただけだから、本格的な勧誘は後にしておくよ。頭の片隅にでもいいから、置いておいてくれるとうれしいな」
「そのようなふざけた誘い、考えるまでもありません」
「そうかな? ボク達の目的を知れば、きっと賛同してくれると思うよ。まあ……その辺りは、今度話すよ。ボクは、この辺で帰るね」

 レナはそう言うと、ちらりとホルンさんを見る。

「……さすがに、これ以上ドヤ顔して話をして、空気を壊すほどバカじゃないからねー」

 ばいばい、と手を振り、レナは姿を消した。
 たぶん、転移の魔道具を使ったのだろう。

「ふむ……今の少女は何者じゃ? 只者ではないようじゃったが……」
「色々とありまして」

 一言で説明することはできない。

 それよりも……

「撤退したのは本当だと思うから、今は、やるべきことをやりましょう」
「……そうじゃな。ありがとう」

 やるべきこと。
 それは、ホルンさんがノノカから受けた依頼を完遂することだ。

 ホルンさんがノノカから請けた依頼の内容は、煉獄竜をなんとかしてほしい、というものだ。
 なんとかしてほしいは、被害を出さないだけじゃない。
 素材を悪用されるなどして、二次被害を出さないことも含まれているのだろう。

 そう判断したホルンさんは、荷物から大量の油を取り出した。
 それを煉獄竜の死体にかけて、火をつける。

 たちまち全身が燃えて、ブスブスと焼け焦げた匂いと煙が充満する。

 僕達は洞窟の外に出て、しばらく様子を見る。
 そして、全部燃えただろうと、十分な時間をとってから……

「ノノカ嬢……遅くなったが、これで約束を果たすことができたぞ」

 ホルンさんは、あらかじめしかけておいた爆薬を起動させた。

 複数の爆音。
 そして、轟音と共に大量の土砂が崩落して、洞窟が埋まる。

 途方もない重さの大量の土砂だ。
 煉獄竜がゾンビになって復活することもないだろうし、その素材を悪用することもできない。

 これで、完全に終わりだ。

「……」

 ホルンさんはなにも言わず、空を見上げた。

 なにを考えているのか、それはわからない。
 でも……
 その頬を、一筋の涙が伝った。
 スノウレイクに戻った後、ホルンさんと別れ、自宅へ。

 父さんと母さんに迎えられて。
 ルーテシアに迎えられて。

 あと、ミントにも迎えられた。
 たまたま遊びに来ていたらしい。

 ミントを見たソフィアは、なにやら笑顔で彼女に話しかけて……
 ミントも笑顔で応対して……

 うん。
 二人は仲が良いのかな?

 そして、僕は……

「ふぅ」

 自室のベッドに横になり、ぼーっと天井を眺めていた。

 疲れた。
 肉体的な疲労だけじゃなくて、精神的な疲労も大きい。

 煉獄竜と戦い、無事に倒すことができた。
 それはうれしいのだけど……

 レナの言葉が気になる。

 僕とソフィアを黎明の同盟に誘う。
 思ってもいなかったことなので、まだ少し動揺していた。

 それと、気になることはもう一つ。

「これ……雪水晶の剣、なのかな?」

 父さんとアイシャとリコリスのおかげで、折れてしまった雪水晶の剣は修理された。
 でも、ところどころが以前と違っている。

 使い勝手は変わらないのだけど、切れ味や耐久力は格段に上がっていた。
 見た目は似ているけど、中身はまったくの別物だ。

「どうして、こんな風になっているんだろう……?」
「それはアイシャのおかげね」
「うわっ」

 いきなりリコリスが現れて驚いた。
 暗殺者じゃないんだから、音を消して忍び寄らないでほしい。

「アイシャのおかげって、どういうこと?」
「あの子の魔力を使って剣を修理したでしょ?」
「うん」
「思っていたよりもあの子の魔力がすごくてねー。必要以上の魔力を受けて、剣が自己進化したみたいなの」
「じ、自己進化……?」

 なにそれ、怖い。

 思わず雪水晶の剣をまじまじと見てしまう。
 自己進化っていうことは、この剣、生きているのかな……?

「例えよ、例え。剣が生きているなんて、そんなことはないわ」
「そ、そうなんだ……」
「でもまあ……ノノカの想いも詰まってるだろうから、ある意味では、生きているのかもしれないわね」
「……」
「色々な人の想いを受け継いでいく。そんな剣なのよ、これは」

 リコリスはしんみりとした表情で言う。

 雪水晶の剣が無事に修理されて。
 それに関連して、友達のことを思い返して。
 色々な想いが胸を巡っているのだろう。

「リコリスは説明をしに来てくれたの?」
「それもあるけど……あと、ちょっとした提案ね」
「提案?」
「剣の名前、新しくフェイトがつけてあげて」
「え」

 唐突な話に驚いてしまう。
 どういうことだろう?

「妖精が作る剣って、持ち主に応じて変わったり、与えられた役目によって変わったりするの。成長する剣なのよね」
「そんなものが作れるなんて、すごいね……」
「ノノカは、人間との友情の証として雪水晶の剣を作った。だから、ずっとあのままだったの。友情の証だから、変わったりしたらまずいからね」
「なるほど」

 だから成長しなかった。
 ずっと同じ形でいて……
 ホルンさんとの友情を示し続けた。

 そんなところだろう。

「ただ、折れちゃって、役目が終わったのよ。で、打ち直して……新しく生まれ変わった。だからその剣は成長したの」
「僕に名前をつけてほしい、っていうのは?」
「その剣は生まれたばかりのようなもので、なにも役目がないのよ。だから、フェイトが新しい主として、役目と名前をあげて」
「僕が……」

 とんでもなく重要な役目だ。

 ノノカが残した剣を、僕があれこれしていいのかな? っていう疑問はあるんだけど……
 でも、リコリスが言っているのだから、そこは問題ないのだろう。

「うーん」

 考える。

 剣の名前と、その役目。
 今、ふさわしいものは……

「……流星の剣、なんてどうかな?」
「悪くないわね。でも、どういう意味なの?」
「剣が新しく生まれ変わったとしても、託された願いとかは引き継いでいると思うんだ。だから、僕はそれをなくしたりしたくなんかない。受け継いでいきたい」

 それだけじゃなくて……

「新しい願いとかも受け止めていきたいと思うんだ。だから……」
「願いを捧げる流星の名前にした、っていうわけ?」
「うん」
「ふーん……いいんじゃない?」

 そっけなく言うリコリスだけど、笑みが浮かんでいた。
 たぶん、認めてくれたんだと思う。

「うん。今日から君は、流星の剣だ」

 よろしく、と心の中で相棒に声をかけた。
「それで……なんの用ですか?」

 スティアート家の裏手にソフィアとミントの姿があった。

 大きな冒険を終えて……
 ようやく家に帰ることができた。

 ゆっくりと疲れを癒やしたい。
 そう思っていた矢先、ソフィアはミントに呼び出されたのだ。

 正直なところ、ソフィアはミントの存在を忘れていた。
 自分とは別の、フェイトの幼馴染。

 とても気になる存在ではあるものの……
 色々なことがありすぎて、その存在は頭の中からすっかり抜け落ちていた。

 用があると言うが、いったいなんだろうか?
 改めて、恋の宣戦布告でもされるのだろうか?

 思わず身構えるソフィアだけど……
 それを気にした様子はなく、ミントは優しく微笑む。

「まずは、ごめんなさい」
「え?」

 ミントが頭を下げると、ソフィアはキョトンとした。

 それもそうだ。
 謝られるようなことをされた覚えはない。

 不思議に思っていると、ミントは申しわけなさそうに言う。

「二人がスノウレイクにやってきて……私、からかうというか、少し張り合うような態度をとっちゃったよね?」
「……あぁ、アレですか」

 ミントもフェイトに想いを寄せている。
 そして、同じ幼馴染。

 そう判断したソフィアは、ミントをかなり敵視したものだ。

 敵視といっても、魔物に向けるようなものではない。
 恋のライバル的な意味合いなので、苛烈なものではないが……

 それでも剣聖の圧というものがある。
 そんなものをぶつけられたミントは、さぞ苦労しただろう。

 そのことを考えると、謝るのはソフィアの方なのだけど……
 ミントは頭を下げるのをやめない。

「私はフェイトの幼馴染で、フェイトのことが大事」
「……」
「ただ、それは兄弟のような感情なの」
「え?」

 予想外のことを聞かされて、ソフィアは、再び間の抜けた表情に。

「安心して、恋愛感情はないから」
「……それは本当ですか?」
「うん、本当だよ。気遣っているとか身を引こうとか、そういうことじゃなくて、本当にないの。フェイトのことは好きだけど、それは、家族に対する好きと同じなんだ」
「そう、だったのですか……」

 だとしたら、ソフィアは一人で空回りしていたことになる。

 いや、待て。
 意味深な態度を取ってきたミントにも非があるのではないか?

 ああ、なるほど。
 だから、ごめんなさい、なのか。

 色々と納得するソフィアだった。

「どうして、そのようなことを?」
「全部、私の身勝手なんだけど……フェイトのことが心配だったから」

 フェイトは優しい。
 相手が苦しい思いをするなら、自分が肩代わりしてしまうくらい優しい。

 そんな幼馴染だから、いつもハラハラ、心配していた。
 スノウレイクを出て冒険者についていった時は、とても心配したものだ。

 十年くらいして帰ってきて、無事な姿を見て安心できたものの……
 隣には見知らぬ美少女。
 それに、獣人の女の子と妖精。白い狼に似た獣。

 よくわからない、予想を越えた状態で帰ってきた。

 心配して当然だろう。
 なので、せめてソフィアの人隣を確かめるために、あれこれとちょっかいをかけてみた……と、ミントは語る。

「そういうことだったのですね……」
「挑発するようなことをして、ごめんなさい。でも、ソフィアさんが本当にフェイトのことを想っていることがわかって……でも、これはこれで私の身勝手なことですね。本当にごめんなさい」

 三度、ミントは頭を下げた。

 確かに、ミントがやったことは身勝手なことだ。
 フェイトのことを気にしての行為とはいえ、ソフィアの許諾なしに場を荒らすようなことをした。

 ソフィアには怒る権利がある。
 あるのだけど……

「はい、わかりました。謝罪はしっかりと受け止めました」

 ソフィアは怒ることなく、笑顔で応えた。

「えっと……怒らないんですか?」
「少し腹立たしいですが、まあ、気にしません」
「でも、ソフィアさんには私を糾弾したり、フェイトに事実を報告する権利が……」
「そのようなことはしませんよ」

 ミントの言っていることは全て真実だ。
 嘘なんてついていない。

 同じ女だから、ソフィアはそのことがわかった。

 だとしたら、彼女を責めることなんてできない。
 感情のベクトルは違うものの、同じ男性を好きになった者同士。
 共感は生まれても、敵意が出てくることはない。

「私達、良い友達になれると思うんです。どうですか?」

 ソフィアはにっこりと笑い、手を差し出した。
 ミントは、少しの間ぽかんとして……

「はい、よろしくお願いします」

 ややあって、同じくにっこりと笑い、ソフィアの手を取った。
 雪水晶の剣の修理が完了して……
 雪水晶の剣改め、流星の剣を手に入れることができた。

 それに、すごく久しぶりに父さんと母さんと再会することができた。
 妹ができていたことは驚いたものの……
 みんな元気そうでなにより。

 ミントも昔と変わらず、とても元気そうにしていた。

 これで、スノウレイクでやるべきことは全部やった。

「これから、どうしようか?」

 ソフィア、アイシャ、リコリス、スノウ。
 みんなが部屋に集まった状態で、そんな話を切り出した。

「このままスノウレイクでスローライフを送る、という手もありますよ?」
「それは……」

 非常に魅力的な提案だ。

 いつまでも実家のお世話になるわけにはいかないから、家を借りるなり買うなりして独立して。
 ソフィアと一緒に、スノウレイクを拠点とした冒険者として活躍して。

 あるいは、父さんの跡を継いで鍛冶職人になるのもいいかもしれない。
 あと、いつの間にか生まれていた妹……ルーテシアの成長を見届けたい。

 でも……

「それはできないよ」

 アイシャのこと。
 そして、黎明の同盟のこと。

 これらの問題を放置するわけにはいかない。

 放置したら、なにかとんでもないことが起きるような……
 そんな気がした。

「わかっています。言ってみただけです」

 試されていたのかな?

「やっぱり、アイシャのことについてもっと知りたいよね」
「わたし?」

 アイシャの尻尾がくるっと丸くなる。
 『?』のマークを作っているみたいだ。

 かわいい。

「色々とわからないことが多いんだよね」

 アイシャの魔力量。
 神の子……巫女かもしれない、ということ。

 その辺りをハッキリとさせておきたい。
 そうすれば、自然と黎明の同盟の目的もわかると思う。

「なら、獣人族の里に行けばいいだろ」
「父さん?」

 いつから話を聞いていたのか、振り返ると父さんの姿が。

「わからないことがあるっていうのなら、同じ獣人に聞けばいいだろ」
「簡単に言うけど、里がどこにあるのかなんて……」
「俺は知っているぞ?」
「本当に!?」

 さらりと、とんでもないことを言われた。

 ついつい大きな声が出てしまい、驚いたアイシャの尻尾がピーンと立つ。
 ソフィアが、そんな娘を落ち着かせて……うん、ごめんなさい。

「えっと……どういうこと? もしかして、父さんは獣人の知り合いがいるの?」
「ああ、いるな。日々、色々な仕事をしているが、たまに獣人がやってくるんだよ」
「へえ……」

 さすが、鍛冶の神様に愛された男。
 その名は人間だけじゃなくて、獣人にも届いているようだ。

「ま、お前が言うように色々とあるからな。こっそり会って仕事を請けてるんだが……まあ、それなりの信頼関係は築いているつもりだ。俺の息子ってなら、話くらいは聞いてくれるだろ」
「……」
「なんだ、そのぽかんとした顔は?」
「父さんはすごいね」

 鍛冶職人として大成するだけじゃなくて。
 獣人の心を掴んでしまうほど、人脈に長けていて。

 本当にすごい。
 僕なんかとは比べ物にならない……

「おら」
「いたっ!?」

 いきなりげんこつを落とされた。

「今、つまらないこと考えていただろ?」
「つまらないことなんて……」
「俺は俺。お前はお前。そこにある差なんて気にするな」
「あ……」
「ってか、フェイトはまだまだガキだからな。これからだよ、これから」
「……うん、ありがとう」

 父さんの言葉が心に染み渡る。

 うん。
 卑屈になったりしないで、前を向いて歩いて行こう。

 そして、ソフィアにふさわしい男になって……
 あと、アイシャが誇れるような父親にならないと。

「で、どうする?」
「えっと……」

 みんなの方を見ると、任せる、という感じでうなずかれた。

「じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「わかった。今度、お得意さんの獣人が来る予定だから、その時に話をしてやるよ」
「それって、どれくらい先になるかわかる?」
「んー……一週間前後だろうな。正確な日付はわからん」
「一週間前後っていうだけでもわかっていれば十分だよ」

 それまでに旅の準備を進めておこう。

「それじゃあ……次の目的地は、獣人族の里、ということで!」
「あー……うー?」

 僕の腕の中には、妹のルーテシアが。
 こちらに向けて手を伸ばしたりしている。

 たくさん動くから大変だ。
 落としたりしないように注意して……
 あと、ぐずったりしないように、抱き方にも気をつけて……

「うぅ……赤ちゃんって大変だ」
「ふふ、がんばってくださいね、お兄ちゃん」

 母さんは、にこにこと笑っていた。

 料理をする間、ルーテシアの面倒を見ることにしたんだけど……
 これが思っていた以上に大変だ。

 すごく儚い感じがして、絶対にミスはできないと緊張する。

「うぅ……」
「わわ!?」

 いきなりルーテシアが涙ぐむ。

 な、なんで!?
 僕、なにもしていないはずなのに。

「ダメですよー、フェイト」

 料理をしつつ、母さんがアドバイスをしてくれる。

「赤ちゃんは相手の感情に敏感ですからねー。フェイトが不安に思っていたら、赤ちゃんも不安になっちゃうの。だから、どーんと構えないとダメですよ」
「どーん、と……」

 そんなことを言われても難しい。

 なにしろ、故郷に帰ってきて、初めて妹がいると知ったんだ。
 しかも、こんなに小さい。

 どうしていいかわからなくて……
 ついつい引け腰になってしまうのも仕方ないと思う。

 って……

 そんな言い訳をしても、ルーテシアには関係ないか。
 妹を不安にさせているのは僕で……
 そして、僕はお兄ちゃんだ。
 なら、それらしくならないと。

「ルーテシア」
「うー……?」
「えっと……大丈夫。うん、大丈夫だからね」

 にっこりと笑い、軽く揺らしてみる。

 ルーテシアは目をパチパチとさせて、

「きゃっきゃっ」

 ご機嫌を取り戻してくれたみたいで、笑ってくれた。

 よかった……
 赤ん坊は泣くのが仕事と聞くけど、でも、やっぱり笑顔の方がいいよね。

「うー」

 ルーテシアは手を伸ばして……
 小さな小さな手で、僕の指を必死になって、ぎゅっと掴んだ。

「あ……」

 なんて小さい手なんだろう。
 でも、温かくて……
 こうしていると、不思議な気分になる。

 そんな僕達を見た母さんは笑顔に。

「ふふ。ルーテシアちゃんは、お兄ちゃんを好きになったみたいね」
「僕のことを……?」
「そう。ルーテシアちゃんは、好きな人に触れたがるの。私とか。パパはまだね」
「……父さん……」

 なんてかわいそうな。

 でも、それよりも……

「……ルーテシア……」
「あうー……あうっ」

 今更だけど。
 ようやくだけど。
 ルーテシアのことを妹だ、って……そう強く実感することができた。

 そして、同時に思う。

 僕は今まで、ソフィアやアイシャ。
 リコリスやスノウのために旅をして、戦ってきた。

 でも、それだけじゃない。
 この人の力になりたい、守りたい。
 そう思う人は、他にもたくさんいるんだ。

 ……ルーテシアのように。

「黎明の同盟をなんとかしなくちゃいけない理由……一つ、増えたかな」
「あー……」

 エイジは困っていた。

 息子のため、お得意さんになった獣人に話をする。
 それは問題ない。
 まだ成功したわけではないが、お得意さんの獣人は話が通じる人で、ほぼほぼ問題はないと思っている。
 なので、彼女がやってくるまではいつも通り仕事をするだけだ。

 なのだけど……

「じー……」
「オフゥ」

 鍛冶場の隅からエイジに向けられている二つの視線。
 アイシャとスノウのものだった。

 エイジか、はたまた鍛冶に興味があるのか、じっと見つめている。
 しかし、声をかけようとはしない。
 一定の距離を保ち、見るだけだ。

「どうしたんだ?」

 エイジは作業を中断して、そう声をかけた。

「っ!?」
「オフゥ!?」

 アイシャとスノウは、息ぴったりという様子でびくりと震えて、さらに奥へ逃げてしまう。

 でも、完全に鍛冶場から出ていくことはなくて……
 ややあって、再び先ほどの位置に戻り、エイジを観察する。

 なにがしたいのだろう?
 エイジは混乱するが……

 少し考えた末に休憩を取ることにした。
 作業道具を置いて、火を落とす。

「あー……ちょっと休憩するんだが、一緒にお菓子でも食べないか?」
「「っ!」」

 アイシャとスノウの目がキラーンと光った。



――――――――――



「はむ……あむ、あむ」

 アイシャは両手で甘いパンを持ち、少しずつ口に運んでいく。
 飲み込むよりも口に運ぶ方が速いらしく、リスみたいに頬が膨らんでいく。

 その隣では、スノウが尻尾をぶんぶんと振りながらパンを食べていた。
 あまりにも尻尾を振りすぎているせいで、埃が舞い上がっている。

 後で掃除をしないとダメだな、とエイジは心の中で苦笑した。

「うまいか?」
「うん……おいしい」
「オンッ!」

 二人はとてもうれしそうだ。
 物で釣ってしまったけれど、少しは心を開いてくれたらしい。

「あー……アイシャ、って名前で呼んでもいいか?」
「……うん、いいよ」
「ありがとな。アイシャは俺の仕事に興味あるのか?」

 アイシャは、ふるふると首を横に振る。

「なら、俺に興味が?」

 今度は、こくりと縦に頷いた。

「そっか。話をしたいとか、そんな感じか?」
「うん……おじーちゃん、だから」
「うぐっ」

 不意に飛び出した、『おじーちゃん』という言葉。
 それはエイジの胸に深く突き刺さり、今まで味わったことのない感情をもたらしてくれる。

 喜び、感動、幸せ。
 それらをミックスしたような、不思議で温かい感情だ。

 いったい、これは……?

「おじーちゃんは、おとーさんに似ているね」
「んっ……お? あ……そ、そうか?」

 我に返ったエイジは、そのまま問い返してしまう。

「うん。似ているよ」
「ま、親子だからな。ちなみに、どんなところが?」
「かっこいい、ところ」
「ぐはっ」

 孫にかっこいいと言われた。
 これほどの名誉はあるだろうか?

 エイジはそんなことを思い……
 すでに孫バカになりつつあった。

「おとーさんに似てて、気になって……見ていたの。邪魔したら、ごめんなさい……」
「いやいや、邪魔なんてことはねえよ」
「本当に……?」
「ああ。興味があるなら、ずっと見ていればいい。なんなら、こうしておしゃべりをしてもいいぞ」

 むしろ、もっとしたい。
 色々な話をしたい。

 エイジは、一瞬でアイシャに魅了されてしまった。

 孫に勝てる者はいない。
 それが証明された瞬間だった。
「……」

 夜。
 リコリスは、スティアート家のテラスに出て、ぼーっと夜空を眺めていた。

 今日は比較的温かいけれど、それでも、スノウレイクは寒冷地帯だ。
 夜風は凍えるほどに寒く、吐息は白い。

 それでも、リコリスは夜空を眺めていた。

 そんなリコリスに、そっと上着がかけられる。
 旅に出る前に買った、妖精用の防寒具だ。

「あ……」
「どうしたんですか、こんなところで」

 振り返るとソフィアがいた。
 防寒具も彼女が用意してくれたらしい。

「んー……別に。なんとなくかしら」
「友達のことを考えていたのですか?」
「……まーね」

 いつになくおとなしいリコリスは、ゆっくりと語る。

「ノノカのこと、気持ちの整理はしたつもりだったんだけど……なーんか、こんなところで話を聞くとは思ってなくてさー」
「そうですね。私も、意外なところで知り合いの話を聞くと驚いてしまいます」
「あたし、ノノカの一番の理解者だと思ってたのよねー。ずっと長いこと一緒にいたし? 冒険に行っている以外は、やっぱり一緒にいたし? ノノカのことはあたしが一番知っている、みたいな?」
「そうですね」
「でも……」

 リコリスは軽く下を向いた。
 その表情は、ソフィアの方からは見えない。

 ただ、リコリスがどんな顔をしているのか、ソフィアには想像できた。
 できたけど、それについて触れるようなことはしない。

 いつもと変わらない様子で……
 ただ、隣に寄り添う。

「ノノカって、けっこう無茶してたのねー……」
「そうみたいですね」
「煉獄竜とか、とんでもないヤツを相手にしてて、さすがにあれはビックリしたわ」
「なかなかにワイルドですね」
「そうなのよ。いつもボロボロになって帰ってくるし……そのくせ、笑顔だし」

 リコリスはさらに下を向いた。

「……冒険者に襲われた時も、自分のことよりもあたしのことを心配していたし」
「そうですか……」
「普通、逆でしょ。自分の心配をしなさいよ。あたしなんか、かばってる場合じゃないでしょ。まったく……フェイトと似て、本当にお人好しなんだから」

 ぽつりと、なにかが地面に落ちた。

 とても小さな雫。
 リコリスの涙だ。

「こんな……不意打ち、みたいに……思い出させない、でよ……もう……」

 一度、涙がこぼれると、もう我慢できなかった。
 次から次に雫が落ちていく。

「……」

 ソフィアはなにも言わず、そっとリコリスに手を伸ばした。
 そのまま自分の肩に乗せて、頬を寄せる。

「寂しい時や悲しい時は、泣いていいと思いますよ」
「……」
「大事な人のことを思い返して泣くことは、悪いことではありません。心配をかけてしまう、ということもありません」
「あんた……」
「だから……思い切り泣くといいと思います」
「……っ……」

 リコリスの顔がくしゃりと歪んで……
 そして、夜空に妖精の泣き声が響いた。



――――――――――



「……さっきのあたしは忘れなさい、ずびっ」

 ほどなくして泣き止んだリコリスは、いつもの調子に戻っていた。

 目が赤く。
 鼻水がちょっと垂れているものの、その表情はスッキリとしたものだ。

「さっきのリコリスというのは、私にすがりついて、思い切り泣いていた時のリコリスでしょうか?」
「ばっ……!? だから忘れなさいって!」
「ええ、そうですね。そうしたいところはやまやまですが、あのようなリコリスは初めて見るので、なかなかインパクトが強く……簡単に忘れられるかどうか」
「ぐぬぬぬ」
「これは、フェイトやアイシャちゃんに相談するしかないですね。このようなことがあったのですが、どうすれば忘れることができますか、って」
「だーーー!!! そんなことしたら、暴れるわよ!? めっちゃ暴れるわよ!?」
「すでに暴れているじゃないですか」

 ぽかぽかぽか、とリコリスはソフィアを叩く。
 しかし、所詮は妖精の腕力。
 剣聖相手にどうにかすることはできず、子供が駄々をこねているようにしか見えない。

「リコリス」
「なによ!?」
「今は、私達が一緒にいますからね」
「……ふんっ」

 リコリスはそっぽを向いた。
 その耳は赤くなっていた。

 どんな表情をしているのか?
 それは、当の本人にしかわからない。
 一週間くらいが経って……
 父さんの知り合いの獣人はいつ来るのかな? と思っていた、その日。

 ようやく、待ち望んだ時がやってきた。

「フェイト、来たぞ」

 裏庭で素振りをしていると、父さんが工房から顔を出して、そう言った。
 それはつまり……

「すぐに用意する!」

 家の中へ戻り、タオルで汗を拭いた。
 顔を洗ってさっぱりとした後、私服に着替える。

 そうやって準備を終えて、急いでリビングへ。

 そして……

「姫様、よくぞご無事で……!」
「うー……?」

 感涙しつつ、アイシャに向かいひざまずく獣人の女性。
 そして、そんな女性にひたすらに困惑するアイシャ。

 そんな光景が飛び込んできて、

「……どういうこと?」

 ついつい、僕はそんなことを言うのだった。



――――――――――



「……さきほどは失礼しました」

 ややあって、女性は落ち着きを取り戻して……
 ひとまず、みんなで話をすることに。

 まずは僕達が自己紹介をして……
 そして、女性の番。

「私は、クローディア・バルネッタと申します。以後、よろしくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」

 僕とソフィアは挨拶をするのだけど……

「うー……」

 アイシャは僕の後ろへ隠れて、尻尾をピーンと立てている。
 いきなりひざまずかれたせいか、とても警戒しているみたいだ。

 ただの勘だけど……
 クローディアさんは、悪い人じゃないような気がした。

 見た目は、二十歳くらいだろうか?
 でも、獣人はとても長く生きている人もいるみたいだから、実年齢はよくわからない。

 背は高く、ソフィアよりも大きい。
 手足はスラリと伸びていて、美術品みたいに綺麗だ。

 そんなクローディアさんには、猫の耳と尻尾が。
 獣人だけど、アイシャとは種族がちょっと違うのかな?

 でも、燃えるような赤髪がとても綺麗で……
 女性に対する感想じゃないんだけど、かっこいい、と思える人だった。

「エイジから聞いているかもしれませんが、私はこの店の常連でして……月に一度くらいの間隔で利用させてもらっていました」
「クローディアは武具を求めているわけじゃなくてな。包丁とか鍬とか、そういったものが欲しい、って言われてたのさ」

 父さんが、そう補足してくれた。

 なるほど。
 父さんは一流の鍛冶職人だから、そういったものを作らせたら右に出る人はいない。

 ちょっと誇らしい気分だった。

「私にはとある目的があったのですが……それが、姫様を見つける、というものでした」
「えっと……その姫様っていうのは、アイシャのこと?」
「はい、そうでございます」

 とても硬い口調だ。
 アイシャの従者……とか?

 でも、そうなると、クローディアさんが言うように、アイシャは実はやんごとなき身分だった……?

「姫様っていうのは、どういうことなのでしょうか? 私達はアイシャちゃんと長いこと一緒にいますが、過去はよく知らず……」

 アイシャと出会い、保護をして、親子になった経緯を説明した。

「そうですか! お二人が姫様を保護して……誠にありがとうございます。このクローディア、感謝の念に絶えません」
「いえ、大したことはしていませんから。それよりも、アイシャのこと、教えてくれるとうれしいです」
「はい、わかりました」

 クローディアさん曰く……

 アイシャは元々、獣人の里で暮らしていたらしい。
 普通の獣人ではなくて、特別な存在である『巫女』。
 故に、姫様と呼ばれていたらしい。

「なるほど」

 アイシャが巫女という話は、以前、ブルーアイランドで聞いた通りだ。
 あの時は可能性の話だったけど……今、それが確信に変わった。

「私達は穏やかに暮らしていたのですが……ある日、人間達が襲いかかってきたのです」
「それって……」
「もしかして……」

 僕とソフィアは顔を見合わせる。
 たぶん、同じことを考えているのだろう。

 獣人の里を襲った人間。
 それは……おそらく、黎明の同盟ではないだろうか?