将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 フェンリルを討伐するため、ソフィアはすぐに砦を出発した。

 残った僕は、医務室へ。
 なにかできることはないかと思い、怪我人の手当を手伝うことにしたのだ。

「うぅ……いてぇ、いてぇよぉ……」
「もうダメだ、俺はもうここで……ちくしょう、ちくしょう、こんなところで……」
「誰か助けてくれ……イヤだ、まだ死にたくない、助けてくれ……」

 医務室は戦場だった。
 三十あるベッドは全て埋まり……
 それでも足りず、床の上に寝かされている負傷者もいる。
 まるで戦場だ。

 奥にゲイルとラクシャが見えた。
 ゆっくり休んでいるらしい。

 彼のような軽傷者もいるが、それは少数。
 大半が重傷者だ。

「あっ、あああぁ!?」

 突然、ベッドに寝る負傷者が大きな声をあげた。
 ビクビクと痙攣を繰り返す。

「な、なんだ!? おい、どうしたっ、大丈夫か!?」
「あああっ、あああああ!!!」

 負傷者達の様子を見ていた男が慌てて声をかける。
 しかし、痙攣を繰り返すだけでまともな返事が返ってくることはない。

 たぶん、怪我で体力や神経が削られて、ショック状態に陥っているのだろう。
 このまま放っておいたら、まずいことになるかもしれない。

「くそっ、いったいなにが……ど、どうすれば……」

 この人、医者じゃないのか?
 もしかして、ただの素人で、ここに医者はいない……?

 どちらにしろ、放っておくことはできない。

「どいてください!」
「な、なんだ、あんたは……」
「ここに置いてある薬は!?」
「そんことを聞いてどうするつもりだ? 大体、あんたは医者なのか? 冒険者のように見えるが、勝手に薬を使うなんて……」
「いいから答えて! この人を助けたくないんですか!?」
「っ!? え、えっと……こ、これが全部だ。しかし、これじゃあどうすることも……」

 大きく怒鳴りつけると、その迫力に負けた様子で、男は薬の入った箱を差し出してきた。

「えっと……うん、これなら大丈夫です」

 薬箱を確認して、大丈夫だろう、と希望を抱いた。
 二つの瓶を取り、別の小瓶を使い合成。
 それをガーゼに染み込ませて、痙攣を繰り返す人の鼻に当てる。

 最初の十秒はさらに激しく暴れるものの……
 一分が経つ頃には落ち着いて、穏やかな呼吸を取り戻す。

「ふぅ……うまくいってよかった」
「あ、あんた、なにをしたんだ……?」
「この人、怪我のせいでショック症状を起こしていたんですよ。だから、それを鎮めるための薬を作ったんですよ」
「ショック症状だったのか……しかし、ショック症状を抑える薬なんてなかったはずだが」
「合成して、即興で作りました。これとこの薬を調合することで、代替品になるんですよ」
「そんなことが……なるほど、深い知識を持っているんだな」

 勉強になる、というような顔をしていた。

「これくらいは、当たり前の知識だと思うのだけど……もしかして、違う?」
「いやいやいや、当たり前なんてこと、あるわけがないだろう!? 薬の知識なんて、普通の人は知らない。冒険者でも知らない。キミは何者なんだ?」
「何者、と言われても……普通の冒険者だけど?」
「普通の定義がおかしいからな、絶対に!」

 そんな風に、ツッコミを入れられつつも……
 僕は、他の人の治療を行う。

 なぜそんな知識があるのかというと、これもまた、奴隷時代に得た知識だ。
 毎日、怪我が絶えないため、治療方法を自力で学び、習得したのだ。
 薬の知識も、その時に得たもの。

 奴隷の僕が身につけられるものだから、大したことはないと思っていたのだけど……
 そうか、割と普通じゃないことなのか。

 うん。
 また一つ、賢くなった。

「ところで、あんたは?」
「あ、すみません。名乗り遅れました。僕は、フェイト・スティアート。援軍に来た一人です」
「援軍が来たのか!?」
「はい。もう一人は、ソフィア・アスカルトといって……」
「もしかして、あの剣聖!?」

 有名だなあ」

「はい、その剣聖です。今は、彼女がフェンリルの討伐に向かいました」
「よ、よかった……絶望しかないと思っていたが、まだ、なんとかなるかもしれないんだな」
「僕は砦に残ることになったので、怪我人の手当を手伝おうと思って」
「そうか、助かるよ。あんたは、俺よりも知識が深いようだ。他の怪我人も診てくれないか?」
「わかりました」

 拒む理由なんてないので、快諾した。
 薬箱を手に、怪我人を診て回る。
 重傷者が多く、手持ちのキットだけではかなり難しいところもあったのだけど……

「よし、これで、なんとか大丈夫」

 二時間ほどかけて、なんとか全員の治療を終えた。
 完治というわけにはいかないけど、死の危険は、全員脱したと思う。

「ありがとう、あんたはみんなの命の恩人だ!」
「いえ、僕にできることをしただけなので」
「こんなこと、なかなかできることじゃないさ。あんたがいなかったら、俺の仲間は全員、死んでいたかもしれない。剣聖だけが来ていたら意味はなかった。十分に誇っていいことさ」
「そう……なのかな?」

 元奴隷の僕が……
 なんの価値もないと思っていた僕だけど……
 誰かの役に立つことができた?
 命を救うことができた?

 それは、とてもうれしいことだった。

「ありがとうございます」
「ははっ、なんであんたが礼を言うんだよ。こっちが言わないといけないのに」
「えっと……なんとなく?」
「それと、もっと気楽な口調にしてくれないか? 恩人にそんな口調でいられたら、落ち着かない」
「それじゃあ……うん、そうさせてもらおうかな」

 彼は笑顔で手を差し出してきた。
 僕も笑顔で握手に応じる。

 温かい手の温もり。
 ソフィアだけじゃなくて……
 人って、温かいんだな。

 長い奴隷生活で、僕は、そんなことも忘れていたみたいだ。

「た、大変だ!」

 青い顔をしてセイルが駆け込んできた。

 男は思わずという様子で顔をしかめる。

「おい、ここは負傷者がたくさんいるんだ。ようやく寝た人もいるんだから、もう少し声を……」
「それどころじゃないっ、やばいやばいやばい、もう終わりだ!」
「ゲイルの言う通りよ、もうダメ。今度こそおしまいよ……

 二人は尋常ではないほど慌てていた。
 まるで、この世の終わりを告げられたかのようだ。

「……ひとまず外へ」

 どのような内容であれ、ここでする話ではないと判断して、セイルを外に連れ出した。
 それから、会議室へ移動する。

「相当に慌てているみたいだけど、いったい、なにが?」
「やばいんだよ! 今すぐにここから逃げないと!」
「無茶を言わないで。動けない人がたくさんいるんだ。そんなことをしたら、半分くらいの負傷者は、せっかく閉じた傷が開いて、出血で死んでしまう」
「それでも全滅するよりマシだ! 一途の希望に賭けた方がいい!」
「そうよ、今すぐにここを離れないと!」

 全滅するよりもマシ?
 気になる台詞に、僕は眉をひそめた。

 ここにいると全滅してしまう。
 その可能性は……フェンリルだろうか?

 ヤツの襲来が?
 でも、フェンリルの対処はソフィアがあたっている。
 砦への襲撃を許すわけがないし、逃がすことも絶対にないはずだ。

「詳しく聞かせて。いったい、なにが起きているの?」
「フェンリルが……フェンリルが……」

 が絶望に満ちた声で言う。

「もう一匹現れたんだよ!!!」
 じっとしていることはできないと、セイルは偵察に出たらしい。
 ソフィアがフェンリルの対処をするといっても、その間に、他の魔物に襲われる可能性がある。
 その可能性を危惧して、偵察に出たのだけど……

 ……砦から少し離れたところで、もう一匹のフェンリルを見つけたという。
 幸いにも見つかることはなくて、命からがら砦に戻ってきた……というわけだ。

「本当に、もう一匹のフェンリルが? 最初に襲ってきたヤツと間違えている、っていうことはないのかな?」
「いや……あれは、別の個体だ。最初に襲ってきたヤツは雌で、俺が見つけたヤツは雄だった」
「見ただけで区別が?」
「雄は雌よりも大きいからな。十五メートルほどはあったから、間違えようがない」
「その雄のフェンリルは、今どこに?」
「……ゆっくりとだけど、この砦に向かっている」

 ソフィアがいない時に、こんなことになるなんて。

「どうしたんだ?」
「なにを慌てているの?」

 セイルの様子が気になったらしく、ゲイルとラクシャが姿を見せた。
 そんな二人に事情を説明する。

「マジかよ……フェンリルがもう一匹、いるなんて……」
「フェンリルは賢いって聞くし、苦しまないように殺してくれって頼んだら、聞いてくれるかしら……?」

 ゲイルとラクシャは絶望に表情を歪めた。
 セイルも似たような顔だ。

 その気持ちは、わからないでもない。
 Sランクの魔物から逃げ切ることは難しいだろうし、かといって、砦も限界だ。
 次の襲撃に耐えることはできず、陥落して、そのままフェンリルの餌となるだろう。

 待ち受けているのは絶望の未来。

 でも……
 それが確定したというわけじゃない。
 死ぬと決まったわけじゃない。

「僕が戦うよ」
「なっ……!?」

 僕は剣を握る。
 その手は……正直に言うと、震えていた。

 相手はSランクの魔物だ。
 ソフィアは、僕がすでにSランク並と言ってくれているのだけど……
 でも、まだまだ色々と足りていないと思う。
 フェンリルなんかに立ち向かえば、どうなることか。

 でも、逃げることはできない。
 無様に死ぬつもりもない。

 可能性が低いとしても、戦って戦って戦って……
 最後まで抗い抜いてみせる。

 自慢じゃないけど、僕は、今までに一度も諦めたことがない。
 奴隷にされていた時、何度も何度も絶望したけれど……
 でも、いつかソフィアと再会できると信じて、諦めて全てを投げ出すようなことはしていない。

 生きている限り、道はある。

 そう信じて、前に進み続けてきた。
 だから、今も前に突き進むだけだ。

「お前、なにをバカなことを言っているんだ!? 相手は、フェンリル。敵うわけがないだろう!?」
「そうよ! 私達は剣聖じゃないのだから、戦ったとしても、一分保つかどうか……犬死よ!」
「でも、一分は保つかもしれない」
「「……」」
「僕がなんとかしてみせるから、その間に、ソフィアを呼んできてくれないかな? たぶん、ソフィアを連れてくることが、一番の解決方法だと思うから」
「でも、あんたは……」
「大丈夫」

 力強く言う。
 不安なんて表に出さないで、秘策があるという感じで、自信たっぷりな顔をする。

「僕を信じて」
「……わかった。俺、すぐにアスカルトさんを呼んでくるから!」
「俺はトラップを設置することにしよう」
「わ、私も……! どうにかして砦の守りを固めてみる。一分一秒でも長く持ちこたえてみせる。だから……
「「「絶対に死ぬな!!」」」
「了解」

 三人の大きな声援を受けて、僕は砦の外に出た。

 歩いて十分ほど。
 今のところ、それらしい気配はない。
 Sランクの魔物だから、離れていても悪寒とか肌を刺すような気配がするものかと思っていたけど、そうでもないみたいだ。

 いや。

 そもそも、Sランクの魔物ならば、意味もなく殺気をばらまいたりしないか。
 獲物に不必要な警戒を与えないために、普段はおとなしくしているに違いない。
 そして、狩りの時に最大限の力を発揮するのだろう。

「うん、そうに違いない」

 一人納得したところで、僕はさらに森の奥に進む。
 剣をいつでも抜けるように柄に手を伸ばしつつ、ゆっくりと前進。

「うーん……おかしいな? それらしい気配がまったくしないし、姿を見せることもないし。もしかして、別のところに?」

 そんな楽観的な考えを抱いた時、

「グルァアアアアアッ!!!」

 天まで響くような、凶悪な咆哮が響き渡る。
 大地を鳴らし、木々をなぎ倒し。
 その体を見せつけるかのようにしつつ、巨体が目の前に跳んできた。

「コイツがフェンリル……なのかな?」
「グルァッ!!!」

 巨大な獣が咆哮を響かせる。
 ビリビリと空気が震えた。

 視界の端で、動物や他の魔物が一斉に逃げていくのが見えた。
 小さな家以上に大きな魔物が現れたのだから、当然の反応だろう。

 ただ……

「うーん……なんか、フェンリルじゃないような?」

 体はでかい。
 十五メートル以上はあると思う。
 牙も鋭いし、爪も槍のようだ。
 その特徴は聞いていた特徴と一致するし、僕の中の知識とも一致する。

 ただ……威圧感というものが皆無だ。

 コイツは怖くない。
 僕ならなんとかできる。

 そういう感覚が湧いてきて、恐怖というものをまるで感じないのだ。
 そんな存在が、本当にフェンリルなのか? 本当にSランクなのか?
 かなり疑わしい。

「似た個体なのかな?」
「ぐ、グル……?」

 一切、僕が恐怖していないことを怪訝に思ったのだろう。
 大きな魔物は不思議そうに鳴く。

 ああ、なるほど。
 理解したぞ。

 コイツは、はったりをかますのが得意な魔物なんだ。
 大きい体で相手を威圧して、恐怖などで動けなくする。
 そうして、相手を食らってしまう。

 あるいは、擬態が得意としているのか……
 とにかくも、そのようなタイプの魔物なのだろう。

 でも残念。
 僕は、ソフィアという本物の強者を知っている。
 故に、ただ体がでかいだけの魔物に惑わされることはない。
 必要以上の恐怖を覚えることはない。

 ただ……

 ここでコイツを放置してたら、面倒なことになるかもしれない。
 砦はボロボロで、コイツを相手にしても陥落してしまうかもしれない。
 それに、ソフィアがフェンリルと戦う間に、コイツが現れたら面倒だろう。

「悪いけど、ここで倒させてもらうよ」

 僕は剣を抜いて、正眼に構えた。
「はぁっ!」

 恐怖を感じるような相手ではないけれど、この巨体は厄介だ。
 まずは様子を見るための一撃を叩き込む。

 ギィンッ!

 鉄の塊を叩いたかのように、剣が弾かれてしまう。

「コイツ……硬い!?」

 毛の一本一本が鋼でできているかのようだ。
 フェンリルの特徴とそっくりなのだけど……

「でも……うーん、違うよな」

 コイツがフェンリルだとしたら、Sランクの魔物。
 相当な恐怖を覚えるはずなのだけど……
 大したことはない。
 体が震えることはないし、いつも通りに過ごすことができる。
 故に、どうしてもSランクの魔物とは思えない。

「って、コイツの正体はどうでもいいや。今は、なんとかしないと!」

 コイツと戦っている時に、本命のフェンリルが現れたりしたら、かなり厄介なことになる。
 なるべく早く、コイツを倒さないと。

 大丈夫。
 コイツは怖くない。
 だから、僕なんかでも倒せるはずだ。
 これだけの巨体でもなんとかなるはずだ。

「ガァッ!!!」

 魔物が吠えて、丸太のような前足を叩きつけてきた。
 剣を盾のようにして受け止める。

「ガッ!?」

 受け止められるとは思っていなかったらしく、魔物が動揺したような声をこぼす。

 視界を全て塞ぐような攻撃は圧巻なのだけど、でも、力が足りていない。
 多少の重さは感じたものの、しっかりと耐えることができる。

 うん。
 やっぱりこの魔物、見掛け倒しだ。
 やはり、見た目で相手を威圧して怯んだところを一気にやる……というような、特殊な生態を持つ魔物なのだろう。

 元奴隷の僕ではあるけれど、中身のないヤツに負けるほど、落ちぶれてはいないつもりだ。

「グルァッ、ガァアアア!!!」
「とはいえ、どうしたものか……」
「ガッ、ガァ……!?」

 魔物は前足を乱打するものの、僕は全て受け止めて、耐えてみせた。
 思わずという感じで動揺する魔物。
 一方の僕は、ガードの体勢のまま考える。

 この魔物、やたらと硬い。
 生存本能に特化して、そのように進化したのかもしれない。

 ソフィアに教わった剣技なら、断ち切れるかもしれないのだけど……
 今の僕では、きちんと集中しないとダメなので、時間がかかる。
 その間に魔物が攻撃をして、邪魔をされて……たぶん、うまく発動できないだろう。

「ガアアアアアッ!」
「おっと」

 魔物がさらに力を入れてきた。
 まだ耐えられるけど、いい加減、重い。

「考え事をしているんだから、どいてくれるかな?」
「グアッ!?」

 魔物の前足を押し返して、そのまま、さらに吹き飛ばす。
 巨体が人形のように転がり、木々を薙ぎ倒しつつ、地面に転がる。

「グ、グァ……?」

 なにが起きた?
 というような感じで、魔物が目を白黒させていた。

 吹き飛ばされたことが信じられないみたいだけど……
 キミ、軽いよ?
 ソフィアと一度だけ模擬戦をしたことがあるけれど、その経験を考えると、彼女の方が圧倒的に重い。
 それに比べて、この魔物は、身も心も魂もなにもかもが軽い。

 あ、いや。
 今の言い方だと、ソフィアの体重が重いと勘違いされそうだ。
 ものすごく怒りそう。
 心に秘めておくことにして、絶対に口にしないようにしないと。

「というか……チャンス!」
「グア!?」

 魔物は尻もちをつくような形で、腹部をさらけ出していた。
 この機会、逃す手はない。

 突撃。

 剣を腰だめに構えて、槍のように突き出す。

「グギャアアアアアッ!?」

 刃が魔物の腹部に突き刺さる。
 どうやら、腹部は柔らかいらしい。

「なら!」

 突き刺したまま剣を横に薙いで、さらに縦に叩き落とす。
 さらなる傷をつけられて、まものがのたうち回る。

「おっと」

 暴れ回る魔物に巻き込まれないように、一度、後ろへ引いた。
 魔物は痛みに悶えていて、こちらのことをまるで気にしていない。
 気にする余裕がない。

 これならば。

「神王竜剣術・壱之太刀……」
「ガァアアアッ!!!」

 こちらが攻撃をしようとしていることを察して、魔物が我に返り、怪我を気にせず突撃してきた。
 凶悪な牙で噛みつこうとするが、それよりも僕の方が速い。

 スゥ……と息を吸い、意識を集中。
 剣と体と心を一つにして、唯一、僕が使える技を放つ。

「破山!!!」

 剣を上から下に叩き下ろす。
 刃の鋭さで斬るのではなくて、圧力で強引に断ち切る。

 そんな方法で、魔物の頭部を両断した。

「ふぅ」

 無事に討伐完了。

 でも、これで安心してはいけない。
 本命のフェンリルは、まだどこかにいるはずなのだから。
 砦に向かう前に、すぐに探しに行かないと。

「フェイト!!!」

 聞き慣れた声。
 振り返ると、慌てた様子のソフィアが。

「フェイト、大丈夫ですか!? フェンリルがもう一匹いると聞いて、それをフェイトが足止めするために……って、その魔物……死体? 死んでいるのですか? これは、あなたが……?」
「うん、そうだよ。フェンリルを探している最中に、偶然、出会ったんだ。コイツも砦に向かったら厄介だと思って、倒しておいたよ。これくらいの魔物なら、僕でもなんとかなるからね。あ、それよりも、早くフェンリルを探しに行かないと」
「……そこで死んでいる魔物が、フェンリルの雄なのですが」
「え?」
 信じられないことだけど、僕が倒した魔物はフェンリルの雄だったらしい。

 まさか、そんなことがあるわけない。
 冗談でしょ?

 なんて感想を抱いたのだけど、ソフィアも、彼女を連れてきてくれたゲイル達も口を揃えてソイツがフェンリルの雄だと言う。

「フェンリルの雄が出たと聞いて、慌てて戻ったのですが……まさか、フェイトが倒しているなんて。しかも、無傷で」
「えっと……本当に、コイツがフェンリルなの?」
「そうですよ。フェイトは、幼馴染の私の言葉を疑うのですか?」
「そんなことはないけど……でも、なんか信じられなくて」

 僕なんかが、フェンリルを倒してしまうなんて……

「実はフェンリルって、大したことない魔物とか?」
「「「ありえないから!!」」」

 ソフィアとゲイル達に揃って否定されてしまう。

「フェイトは、Sランクの魔物の脅威をきちんと理解していますか? 下手をすれば、一匹で街が壊滅するような力を持っているのですよ。私でも、それなりに時間をかけなければ倒せないのに、大したことないなんて、口が裂けても言えませんよ」
「そんなフェンリルを倒してしまうなんて、あんた、とんでもない力を持っていたんだな……剣聖並か? いや、もしかしてそれ以上か?」
「なんとかアスカルトさんを見つけることができたから、すぐに応援に駆けつけたんだけど……」
「生き延びていてくれれば、と思っていたのに、まさか、倒してしまうなんて……」
「いやいや、そんな……運が良かっただけだよ」
「「「運が良いだけで倒せる魔物じゃないから」」」

 再び、声を合わせて否定されてしまう。

「まったく……本当にもう!」
「ソフィア?」

 ぎゅうっと、ソフィアが抱きついてきた。

 突然のことに驚くのだけど、彼女は小さく震えていた。
 たぶん、怖かったのだろう。
 僕が死ぬんじゃないかと、その可能性を考えて、怯えていたのだろう。

「こんなとんでもないことを勝手にして、私に心配をかけて……もう、フェイトは、本当にもう……!」
「ごめんね、ソフィア。心配をかけてごめん」
「本当ですよ、まったく……」

 抱きしめて、頭を撫でて……
 しばらくしたところで落ち着いたらしく、ソフィアが赤い顔をして離れる。

「うぅ……私としたことが、こんなにも取り乱してしまうなんて」
「え? どうして、恥ずかしそうにしているの?」
「それは、だって……」
「心配してくれたことは、不謹慎かもしれないけどうれしいよ。ソフィアが同じようなことになったら、僕も、夜眠れないくらい心配して、ずっとソフィアのことを考えるだろうから」
「……その台詞、わざとですか?」
「え、なにが?」
「いえ……もういいです」

 拗ねたような照れたような、不思議な顔に。

「とにかく、一度、砦に戻りましょう」
「そうだね。って、そういえばフェンリルの雌は?」
「きちんと、私が倒しておきましたよ」
「そうなんだ、さすがソフィアだね」
「フェンリルの雄をあっさりと倒してしまうフェイトにそう言われると、ちょっと複雑な気分になりますけどね」

 苦笑するソフィアと一緒に、僕達は砦に帰還した。



――――――――――



 フェンリルを排除したことで、救助を呼びに行くことができるように。
 搬出できない人もいるし、砦の補修も難しい。
 とにかくも人が足りていないのだ。

 念の為にソフィアが同行して、ゲイルとラクシャとセイルの三人が街へ。

 その間に、僕は怪我人の手当や砦の復旧に手をつけていた。
 奴隷生活の間、野営地を構築するのは僕の役目だったため、その応用で砦の復旧もなんとかなった。
 本格的な修理をするとなると専門の職人が必要になるだろうけど、応急処置としては十分だ。
 しっかりと獣と魔物の侵入を防いでくれるだろう。

 その後、数日で救援部隊がやってきた。
 治癒師が怪我人の治療をして、建築士が砦の本格的な修復を行う。

 ソフィアも戻ってきたため、ゲイル達を連れてフェンリルの死体のところへ。
 素材を解体して、持てるだけ持ち、残りは焼く。
 数日経っていたから肉はダメになっていたが、皮や牙は十分に利用できる。
 Sランクの魔物の素材は高く売れるらしいので、少し楽しみだ。

 そんなこんなで、慌ただしい日々が過ぎて……
 僕とソフィアは砦を発つ日を迎えた。



――――――――――



「フェイト、準備はどうですか?」
「うん、問題ないよ」

 ゲイル達から馬車を借りることができた。
 荷台にフェンリルの素材を乗せている。

「そろそろ行くのか?」

 ゲイルとラクシャとセイルが見送りに来てくれた。

「うん。寄り道みたいなものだから、そろそろ帰らないと」
「そっか……改めて、ありがとう。本当に世話になった」
「あなた達がいなかったら、私達はどうなっていたか……命の恩人よ」
「この恩は絶対に忘れない。二人は、俺達の英雄だ。本当にありがとう!」

 三人が揃って頭を下げた。
 さらに……

「ありがとうなー! あんたらのことは、ずっと忘れないぜ!」
「よかったら、また来てくれ。いつでもこの砦を利用してくれよ!」
「今度、ぜひ一杯奢らせてくれ! 待ってるからな!」

 他の冒険者達、砦に務める人達も出てきて、見送りをしてくれる。
 みんな、笑顔を浮かべて手を振っていた。

「えっと……」

 盛大な見送りに、なんともいえない照れを覚える。
 どう反応していいか困っていると、隣のソフィアが僕の背中を軽く叩く。

「手を振って、応えてあげてください」
「でも、僕は大したことはしていないし……」
「まだそんなことを言っているのですか。雄のフェンリルを倒して砦を救っただけではなくて、怪我人の治療も行ったじゃないですか。砦の応急処置もして、獣や魔物の侵入も防いだ」
「それを言うなら、ソフィアも……」
「私は、雌のフェンリル、一匹倒しただけですよ。フェイトに比べたら、大したことはしていません。その点、フェイトはさすがの一言です。あなたは、英雄と呼ばれるにふさわしいですよ」
「……英雄……」
「ほら、手を」
「……」

 迷いつつも、言われるままに手を振る。
 すると、みんなが大きな声をあげた。

「この光景は、フェイトが守ったものなのですよ」
「僕が……」
「私は、そんなフェイトを誇りに思っていますからね」

 ソフィアはにっこりと笑うのだった。
「くそっ!!!」

 場末の酒場にシグルドの声が響いた。

 すでに何杯も酒を飲んでいるらしく、顔は赤い。
 瞳もとろんとしていて、焦点が合っていない。
 それでもまだ酒を飲む。

「あの無能が英雄とか、めっちゃありえないんですけどぉ? ねえ、マジありえないんだけど」
「本当にありえない出来事ですね……どのような経緯で、こんなことになったのか。女神でさえ、このようなことは予測できないでしょう」

 同席するミラとレクターも、かなりの量を飲んでいた。
 酔いで頬を赤くしつつ、愚痴のような台詞をこぼす。

 彼らの話題の中心にいるのは……フェイトだ。

「あのクソ雑魚の無能奴隷が英雄だぁ? はっ、バカも休み休みに言え。英雄なんて、そんなわけあるわけないだろ」
「でもさー、フェンリルを倒して、陥落寸前だった砦を救ったらしいじゃん? それで、英雄って呼ばれるようになったらしいじゃん?」
「フェンリルを倒したのは、あの剣聖でしょう。無能に倒せるような魔物ではありませんし、逆に、一瞬で食べられてしまうのがオチです」
「ああ、そうだ……あの無能野郎、剣聖の手柄を自分のものにしやがったんだ! くそっ、許せねえ……胸糞悪い話だぜ」

 実際は、ソフィアがフェイトに助けられた形になるのだけど……
 そのような事実を知らず、また認めようとしないシグルド達は、不満を燻ぶらせていく。

 どうにかして、フェイトに痛い目に遭わせてやりたい。

 フェイトは、自分達の誘いを断った。
 それだけではなくて、試験の際に恥をかかせた。
 許せることではない。

 実際は純粋な勝負で負けただけなのだけど……
 それを素直に受け入れられるほど、彼は素直ではない。

 フェイトはなにかしらのイカサマをした。
 その結果、自分達は負けて、醜態を晒すことになった。
 彼らはそう思い込んでいた。

 それだけではない。
 フェイトを奴隷にした件や、その他、試験の妨害をした容疑をかけられてしまい、ギルドマスターからの査問を受けてしまった。

 幸いというべきか、決定的な証拠がないために冒険者資格の剥奪は免れた。
 犯罪者に堕ちることもない。
 ただ、ギルドからの評価は大きく下がり……
 今のランクが適正かどうか、考え直されれることに。
 さらに、三ヶ月の活動禁止も言い渡された。

 悪いことしかない。
 そのことで、余計にフラストレーションが溜まっていた。

「これは、私の独自の情報網を使い得た情報ですが……ギルドは、あの無能のEランク昇格を決定したらしいです」
「なんだと!?」
「えっ、ありえないっしょ。あの無能が冒険者になって、まだ一週間くらいでしょ?」
「どんなヤツでも、ランクアップするには、最低一ヶ月以上の期間を必要とする。それが、ギルドが定めたルールだろうが!」

 シグルドは荒い言葉を放ち、テーブルを強く叩いた。
 客がいないわけでもないが、場末の酒場で荒れる者は多く、日常茶飯事なので誰も気にとめることはない。

「他の冒険者からの要望が相次いだそうですよ。今回の成果にふさわしい報酬を、って」
「規則規則っていうギルドだけど、さすがに無視できない数の要望が来て、それで特例を認める気になったみたい。ったく、どんなイカサマを使ったんだか」
「このままだと、彼は史上最速で昇格した期待の新人冒険者、として名を馳せることになるでしょう」
「くそっ、そんなことが許されていいわけねえだろ!? あんな無能が、俺達がいなけりゃなにもできない無能が……!」

 飲まなければやっていられないというかのように、シグルドはさらに酒を飲む。
 煽るような飲み方で、ジョッキからあふれる酒がテーブルの上に垂れ落ちた。

「っていうかさ……あたしらに関する噂、知ってる?」
「どういうことだ?」
「あー……今の二人に話すのはなんだけど……」
「いいから話せ」
「わかったわよ。でも、あたしが言ったんじゃないってことは、覚えておいてよ? あたしに怒ったりしないでね?」

 何度も念を押した後、ミラが不愉快そうに言う。

「あたしら『フレアバード』の評価が落ちているの」
「なんだと?」
「あの無能が抜けて……その後、アイツは剣聖と組んだでしょ? それで、大活躍。このままだと、史上最速で異例のランクアップ。そんな有能な人材を手放した『フレアバード』は、いったいなにを考えているんだろう? ってね」
「なっ……!?」

 ミラの言うことは、至極当たり前の評価だ。

 手放した人材が、実はとんでもなく優秀だった。
 そのことが判明したら、手放した側の評価が落ちることは当然。
 見る目がなかった、ということになるのだから。

 それともう一つ。
 ミラは隠していたが……

 最近、依頼を立て続けに失敗していた。
 そのことに関連して……
 フェイトがいなくなったから、失敗しているのでは?
 『フレアバード』はフェイトがいたからこそ成立していたのであり、彼がいなくなった今、Aランクをキープすることは難しいだろう、という評価もあった。

 そして、今回の査問。
 次回のランク評価会議で、Bランクに降格する可能性が高い。
 いや、それで済めばマシな方。
 最悪、Cランクまで落ちるだろう。

「それは、実に不愉快な話ですね。私達が低く評価されて、あの無能が高く見られるなんて、あってはならないミスですよ」
「ってか、あたしらが追放したわけじゃないし。あの剣聖が余計なことをしたのが悪いんだし」
「そもそも、私達は、一度、彼に手を差し伸べています。戻ってきてもいいと、好条件で改めて迎え入れようとしました。それを断ったのは、他ならぬあの無能です」

 無理矢理奴隷にされたフェイトからすれば、戻るわけのない話だが……
 そんなことを自覚している様子はなく、レクターは憮然とした表情になる。

 ミラもふてくされたような顔だ。
 シグルドに至っては、殺意に近い怒気を放っている。

 三人はフェイトの活躍が気に入らない。
 彼が上に登り、自分達が下に落ちているなどという現状を、絶対に認めない。

 認めたら最後。
 彼らのプライドは粉々に砕けてしまうだろう。

 もっとも……

 三人のプライドはとても安いもので、まったく価値のないものではあるが。

「くそ、このままじゃ……」

 焦りを覚えている様子で、シグルドが舌打ちをする。
 それから酒を煽り、今後を考える。

 考えて。
 考えて。
 考えて。

 どうしようもない案を思いついた。

「なあ……やっぱ、俺は天才みたいだぜ?」
「ん? どしたの、いきなり」
「なにか思いついたのですか?」

 シグルドは、ニヤリと悪い笑みをこぼす。

「なあに、簡単な話さ。そう、とても簡単な話だ」
「もったいつけないで教えてよー」
「あの無能が名声を手に入れるなんてことは、ありえねえ。それが間違った認識だっていうことを、他のやつらにしっかりと教えてやらないとな。本当はとんでもない無能で、クズなのさ」
「ほう……私には、シグルドの考えていることが、なんとなくわかってきましたよ」

 レクターも悪い顔に。

 一人、事情を飲み込めないミラは頬を膨らませる。

「だーかーらー、どういうこと?」
「シンプルな話さ。あの無能は、剣聖の力を借りたことで、手柄を立てた。大勢の証人もいるって話だから、今更それを覆すことは難しい、なかったことにもできねえ。ただ……」
「史上最速のランクアップという功績が撤回されるほどの失態を犯したのならば、どうなると思いますか?」
「あー……なるほどなるほど、そういう話ね」

 二人の企みを理解したミラは、唇の端を吊り上げた。

「あの無能になにかしら失敗をさせて、雑魚っぷりをアピールしよう、っていうことね?」
「そういうことです。彼を陥れることになりますが……しかし、私達の行いは正しいのです。本当の彼の実力、性根を世間に晒すことこそが、必要なのですからね」
「いいぜいいぜ、おもしろくなりそうだ。アイツの化けの皮を剥いでやろうぜ」

 ここから先は、さすがに他の者に聞かれるとまずい。
 三人は声を潜めて、フェイトを陥れる策を考えた。
 フェンリルを倒すことができたものの、あれは、やっぱり偶然だと思う。
 運が良いだけで、僕の実力は、まだまだ足りない。

 なので、ソフィアに稽古をつけてもらった。
 今は十分だと思いますが……
 とソフィアは呆れていた様子ではあるが、僕はひたすらに稽古に励んだ。

 そして、一週間。
 多少の自信を身につけることができたので、改めて、冒険者業を再開することにした。
 そして、ソフィアと一緒にギルドを訪ねたのだけど……

「連続殺人事件?」

 思わぬ話を聞かされることに。

 ギルドの受付嬢は、ほとほと困り果てた様子で説明してくれる。

「ここ最近、街を騒がせている殺人鬼の噂はご存知ですか?」
「殺人鬼? 僕は知らないけど……」

 ソフィアを見る。

「私も知らないですね。ここ最近は、フェイトの稽古に忙しかったもので」
「ごめんね」
「そこは、違う言葉がほしいです」
「……ありがとう?」
「はい、どういたしまして」
「ごほんっ」

 目の前でイチャイチャしないでくれる?
 というような感じで、受付嬢にジト目を向けられてしまう。

 僕とソフィアは顔を赤くしつつ、話の続きに耳を傾ける。

「最初の犠牲者は、とある冒険者でした。ダンジョンの攻略に挑む予定でしたが、時間になっても姿を見せない。不思議に思ったパーティーメンバーが迎えに行ったところ、宿で死体となっているところを発見されたのです」
「ふむふむ」
「次の犠牲者は、冒険者ギルドの関係者です」
「ギルドにも犠牲者が出ているのですか?」
「はい……」

 知り合いなのか、受付嬢は悲しそうな顔になる。

「こちらも似たような感じで……真面目な方で無断欠勤などしない人でした。しかし、三日連続の無断欠勤。不思議に思った上司が家を訪ねたところ、死体を発見したのです」
「確かに、似たような内容だね」
「三人目の犠牲者は、憲兵隊の一員です。その日、たまたま被害者は一人で街の見回りをしていました。通常、最低でもペアで行動することが義務付けられていますが、その日はたまたまバディが体調不良で、一人で見回りをしていたみたいです。そして……翌朝、無残な姿で発見されました」
「憲兵隊にも被害が出ているなんて……」

 ソフィアが難しい顔になるが、それもそのはずだ。

 憲兵隊は、街の治安、秩序を維持する部隊だ。
 とても仲間意識が強く、身内に手を出すような敵には容赦しない。
 徹底的な捜査が行われて、苛烈な報復をされる。

 そんな憲兵隊に手を出すようなことは、普通はしない。
 犯罪者でも迷うほどだ。

「今のところ、犠牲者はこの三人です。四人目が出る前に、なんとしても捕まえなければなりません。とはいえ、相手は正体不明の殺人鬼。情報も少ないため、誰も依頼を請けてくれず……」
「あら? その事件は、ギルドが管理しているのですか? 殺人事件となれば、憲兵隊の管轄になると思いましたが」
「もちろん、憲兵隊でも捜査は行われていますよ。ただ、どのような手を使っているのか、犯人の目撃情報がゼロで、手がかりもゼロ。このままでは、四人目の被害者が出るのは時間の問題。なので、冒険者ギルドも協力することにしたんですよ」
「なるほど、面子にこだわっている場合ではない、ということですね」

 冒険者は人々の依頼に応えて……
 憲兵隊は、治安や秩序を乱す犯罪者を捕まえる。

 そのような役割分担ではあるが、似たような部分もあるため、互いにライバル視しているところがある。
 仲良く活動することは少ないのだけど……
 今回は、そうは言っていられない、ということか。

 それほどの事件……
 心がざわざわとした。

「と、いうわけで……」

 受付嬢が極上のスマイルを浮かべた。

「スティアートさんとアスカルトさんは、今は、特に依頼は請けていませんよね? どうでしょうか? 殺人鬼の事件を解決したら、報酬は、なんと金貨四百枚です!」

 金貨四百枚といえば、一般的な人の年収に相当する。
 かなりの額だ。
 それだけ、ギルドは力を入れているのだろう。

 ただ……

「うーん」
「乗り気じゃないですか?」
「えっと……この前、フェンリルを倒して、その素材を売ったから、お金なら余るくらいに持っているんだよね」

 あの時の素材は、全部で、金貨三千枚で売れた。

 その情報を知っているらしく、受付嬢が頭を抱える。

「そういえば、そうでしたね……」
「……でも」

 事件のことを考える。
 姿の見えない殺人鬼が街のどこかに潜んでいる。

 三件、事件が起きた。
 これで終わりと考えるのは、あまりにも楽観的だろう。

 計画的なものなのか快楽目的なのか、犯人の目的はわからないけど……
 おそらく、犯人は味をしめている。
 また繰り返すだろう。
 そんな予感がした。

 四件目の事件が起きた時、その被害者が知り合いだとしたら?

 朝、いつも挨拶をしてくれる宿の店主とか。
 今話をしている受付嬢とか。

 あるいは……ソフィアとか。

 そんなことになったら、僕は、とても後悔するだろう。
 あの時、事件の解決に身を乗り出していればと、一生、考え続けることになるだろう。

 そんなことはイヤだ。
 せっかく自由の身になって、冒険者になったんだ。
 大変なことだとしても、逃げずに立ち向かいたい。

「ソフィア、僕は……」
「はい、いいですよ」
「えっと……まだなにも言ってないんだけど?」
「依頼を請けるのでしょう?」
「そのつもりだけど、よくわかったね」
「私を誰だと思っているのですか? フェイトの幼馴染ですよ。あなたのことは、世界で一番知っています」
「……」
「どうしたのですか、ぽかんとして」
「いや、うん……なんだか、うれしくて」

 ソフィアの言葉はいつも温かくて、一人じゃないと教えてくれる。
 彼女が隣にいれば、なんでもできるような気がした。
 それこそ、今回の依頼もきちんと解決できると思う。

「でーすーかーらー……」

 受付嬢のジト目、再び。
 イチャイチャしているつもりはなかったのだけど、そう見えていたらしい。

 やや恥ずかしい。
 反省。

「と、とにかく」
「ごまかしましたね」
「ですね」

 ソフィアまで裏切らないでくれないかな?

「その依頼、僕達で良ければ請けるよ」
「ありがとうございます! 期待の新星のフェイトさんと、剣聖のソフィアさんなら、きっと解決できると信じています」

 そんなわけで……
 僕達は、殺人鬼の捕縛、もしくは討伐の依頼を請けたのだった。
 まずは、現時点で判明している情報をギルドで受け取る。

 犯人の正体は不明。
 手がかりゼロ。
 目撃者もゼロ。

 気がつけば、被害者が殺されているという状況。
 物音がしたという話はないし、争う声も聞いていない。

 被害者に共通点はなし。
 その他、犯人に繋がる情報もない。

「これはまた……」
「犯人を探すということは、雲をつかむような話なのかもしれませんね」

 宿の食堂で情報を整理した僕とソフィアは、共に悩ましげな顔をした。

「情報がここまでないと、どこから手をつけていいものか……こうなると、本当に殺人鬼がいるのかさえ怪しく思えてしまいますね。死神の仕業と言われたら納得してしまいそうです」
「でも、犯人は必ずいる。絶対に捕まえないと」
「はい、そうですね。さすが、フェイト。正義感の強いあなたなら、そう言うと思っていました」
「まあ、探す方法はまったくわからないんだけどね。目撃者はゼロで、誰にも気づかれることなく事件を起こしている。それに、被害者の共通点もなしで……あれ?」

 共通点はないと思っていたのだけど、あった。
 よくよく見てみることで、そのことに気がついた。

「どうしたのですか?」
「共通点……見つけたかも」
「え!? どういうことですか?」
「ただの偶然かもしれないんだけど、被害者は……全員、僕の顔見知りだよ」
「えっ」
「最初の被害者の冒険者は、奴隷だった頃、何度か情報交換をしたことがあるんだ。二人目の被害者のギルド職員も同じ感じで、何度か話をしたことがある。三人目の被害者の憲兵も同じく、話をしたことがあるよ。シグルド達は、よく酔っ払って事件を起こしていたから、その仲裁として話をしたことが……」

 顔見知り程度ではあるのだけど、犠牲者は、全員、僕と関わりがある。
 一人なら偶然で済ませることができただろうけど、三人となると……

「これは、一つの手がかりになるかもしれませんね」
「うん。でも……」
「下手をしたら、フェイトが疑われてしまいます」

 容疑者ゼロの状態で、こんな情報が浮上したら、どうなるか?
 さすがに犯人扱いされることはないだろうけど、参考人として憲兵に話を聞かれることはあるかもしれない。
 あとは、監視されるとか……

「うーん……なんか、変な方向に動いてきたな」

 うまく言葉にできないのだけど、イヤな予感がした。



――――――――――



 連続殺人事件の調査を始めて、三日目。
 進展は芳しくない。

 一方で、僕と被害者の間に接点があるという話が、どこからともなく浮上してきた。
 誰がそんな話をしたのか?
 調べてみたけれど、手がかりを掴むことはできず……

 ついには、憲兵に事情聴取をされるハメに。

「よし、事情聴取はこれで終わりだ。すまないな、わざわざ足を運んでもらって」
「いえ、気にしていませんから。僕も事件を解決したいと思っていますから、できることがあるのなら、なんでも協力しますよ」
「実のところ、最初はちと疑ってたんだが……あんたが犯人なんてこと、ありえないな。あんたは、あんな事件を起こせるような人間じゃない。俺が保証する。仲間達にもそう伝えておくよ」
「ありがとうございます。でも、そんなに簡単に信じていいんですか? いや、僕が言うのもアレな話ですけど……」
「俺は、これでも憲兵を十年やっててな。色々なヤツと接してきたから、善人と悪人の区別はつく。人を見る目はあるつもりだ。あんたは……とびきりの善人だよ」
「そう言ってもらえると、うれしいです。信じてくれて、ありがとうございます」
「俺らも全力を尽くすから、あんたも力を貸してくれると助かる」
「はい、もちろん。犯人を絶対に捕まえましょう」

 気の良い憲兵と別れの挨拶をして、僕は詰め所を後にした。

「フェイト!」

 外で待っていたらしく、すぐにソフィアが駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか? ひどいことをされていませんか? 疲れていませんか? 精神的な疲労は? お腹は空いていませんか? 睡眠不足になっていませんか?」
「いや、うん、大丈夫」

 ソフィアは、ものすごく心配性だなあ。
 なんとなく、故郷にいるであろう母さんを思い出した。

 母さん、元気にしているだろうか?
 そのうち故郷に帰って、元気なところを見せないと。

「よかった……憲兵隊がフェイトの事情聴取とすると聞いて、しかも、フェイトがそれに素直に応じて……でも、私は外で待機。どうなってしまうのかと、心配で心配で心臓が潰れてしまうかと思いました」
「心配してくれてありがとう、それと、ごめん。でも、僕は大丈夫だから」
「本当に?」
「本当」

 事実、憲兵はさきほどの人を始め、皆、紳士的だ。
 噂を元に事情聴取をしたものの、僕が犯人とは思っていない様子だった。
 ひとまず話を聞いてみよう、という程度なのだろう。

「少しでも手がかりがほしいから、念の為、僕に話を聞いたみたい。他にも、同じような人はいくらかいたよ」
「そうなのですね……よかった、何事もなくて」
「うん。それと、事情聴取に応じた甲斐はあったよ?」
「どういうことですか?」
「ちょっと気になる情報を聞くことができたんだ」

 憲兵隊によると……

 僕のことではなくて、もう一つ、別の共通点を発見したらしい。
 その共通点というのは、犯行時間。
 犯行は、全て昼に行われていたという。

 些細なポイントかもしれないが、それでも、手がかりは手がかり。
 この手がかりを元に、さらに精度の高い情報を得てみせると、憲兵は意気込んでいた。

「犯行時間ですか……それは確かに大事ですね。昼というのも気になります。普通は、昼から堂々と犯行に及ばないと思うのですが」
「うん。だから、昼でないとダメな理由があるのかもしれない」
「昼でないといけない理由……」

 少し考えて、

「……ダメですね。私には、その理由が思いつきません」

 答えに辿り着くことはできず、ソフィアは難しい顔に。

「フェイトは、なにかわかりましたか?」
「うん。多分だけど、犯行方法はわかったよ」
「えっ、本当ですか!? 私でも、まだなにもわからないのですが……」
「たまたま、アレのことを知っているから」
「アレ?」
「ちょっとした魔道具のこと」

 この情報については、まだ公にすることはできない。
 確たる証拠がないため、迂闊なことを口にしたら、こちらが不利になる。

「僕の想像が正しいのなら、犯人も、たぶん、わかる」
「す、すごいですね……フェイトは、身体能力だけではなくて、頭の回転も早いのですね」
「うーん、どうだろう? ただ、奴隷だった頃はあれこれと雑用を押しつけられていたし、交渉も全て担当していたから、考えることは得意な方かな?」

 奴隷時代の経験が活きている、ということなのだろうか?

「ただ、証拠がない。あと、犯人の次のターゲットもわからない。ついでに言うと、動機もわからない」
「わからないことだらけですね。それらを一気に解決する方法は?」
「あるよ」
「……実際に犯行現場に立ち会う、ですか?」
「正解。ソフィアも頭の回転が早いね」
「犯行現場を見つけて、そして犯人を捕まえる。一番、確かな方法ですが……とはいえ、どのようにして次の事件を突き止めるか。あと、被害者を増やすわけにはいかないので、先手を打つ……罠などをしかけておく必要もありますね」
「そこが問題なんだよね。罠とかはどうとでもなると思うんだけど、次のターゲットをどうやって突き止めればいいのか」
「難しいですね」

 「うーん」と二人で頭を悩ませる。

 一人目は冒険者、二人目は冒険者ギルドの職員、三人目は憲兵。
 少しずつではあるけれど、順々に、社会的地位の高い被害者が選ばれている。

 この法則が適用されるのならば……
 最終的に狙われるのは、貴族だろうか?

「……だとしたら、過程を飛ばさせるようにして、狙いを絞り込ませることも可能かな?」
「なにか思いついたのですか?」
「うん、ちょっとね」
 僕はとある作戦を思いついて、それを実行に移した。
 ただ、その作戦は、どうしても時間がかかる。

 その間に第四の事件が起きてしまわないか?
 それは賭けになるのだけど……

 僕は賭けに勝った。

 第四の事件が起きることなく三日が過ぎて、犯人を特定するための準備は完了。
 最後の仕上げをするために、僕とソフィアは領主の屋敷を訪ねた。

 突然の来訪なので、普通は会ってくれないのだけど……
 ソフィアの剣聖の称号が役に立ち、面会に応じてくれることに。
 彼女を利用しているようで心苦しいのだけど、

「大丈夫ですよ。私は、フェイトの力になりたいのですから。剣聖の称号が必要なら、どんどん利用してください」

 なんてことを言ってくれた。
 ホント、僕にはもったいないくらい、素敵な幼馴染だ。

「こちらへどうぞ」

 客間で待たされた後、さらに、メイドさんに案内される。
 そして、領主の執務室へ移動した。

「やあ、ようこそ。私が、この街の領主を務めている、ライト・ロスレイズだ」
「はじめまして。剣聖、ソフィア・アスカルトです」
「彼女の友人の、フェイト・スティアートです」

 ソフィアがスカートを両手でつまみ、優雅にお辞儀をする。

「この度は、突然の訪問に応じていただき、感謝いたします」
「なに。他ならぬ剣聖殿の頼みだからね。多少の無理はしても、話は聞くさ」
「ありがとうございます」

 僕も頭を下げた。
 話のわかる人でよかった。

「それで、今日はどうしたのかな?」
「それは……」

 ソフィアがこちらを見た。
 この後はどうするの? と、目で問いかけてくる。

 ここは僕に任せてほしいと目で合図をして、前に出る。

「ここ最近、街を騒がせている連続殺人事件について、話したいことがあります」
「なんだと?」
「犯人の正体がわかりました」
「それは本当か!? いったい、誰なのだ?」
「それは、これから明らかにします」
「どういう意味かね?」
「犯人は……ここにいます」
「「っ!?」」

 領主が驚いて、続けて、ソフィアも驚いた。
 詳しいことは話していないから、まあ、当たり前の反応だよね。

 後で怒られそう。
 怖い。

「ここにいるだと? 私とそなたと剣聖殿しかいないが……」
「つまり、こういうことです」

 僕は抜剣して、領主に向けて突撃する。

「フェイト!?」

 ソフィアが慌てるものの、今は説明している時間はない。

 領主との間を一気に駆け抜けて……
 彼を無視するような形で、その隣を抜ける。

 そこで剣を水平にして、横に薙ぎ払う。

「がっ!?」

 なにもないところに剣の腹が当たり、なにもないところから悲鳴が聞こえてきた。
 ややあって、やはりなにもないところから、ドサリと、なにかが倒れるような音。

「え?」
「な、なにが……」

 呆然とする二人。
 そんな二人に説明するかのように、僕は、音がした辺りに手を伸ばす。

 たぶん、この辺りだと思うのだけど……
 あった。

「見つけた」

 なにもないはずなのだけど、指差に伝わる感触。
 それを掴み、引き剥がす。

「えっ……なにないところから人が……?」
「ど、どういうことだ?」
「コイツが犯人なんだ」

 コイツというのは……ミラだ。

「な、なんで……あたしのことが?」
「隠れているつもりでも、けっこうわかりやすかったからね」
「このあたしが、こんな無能に……」
「その無能に、こんな風にされているんだよ」
「うぅ……く、悔しい」

 そこで限界に達して、ミラは気絶した。

「ねえ、フェイト。どういうことなのか教えてくれませんか? さっぱり事情がわかりません」
「うん、そうだね。まずは、そうだな……この魔道具について。見えないかもしれないけど、僕は今、右手に魔道具を掴んでいる。形状からして、ローブかな? かぶると周囲の景色と一体化して透明になる、っていう代物なんだ。弱点は、昼しか使えないということ。えっと、解除方法は……あ、できたできた」

 いじり回すと、ローブを実体化させることに成功した。

「そのようなものが……」
「これを着たミラが……あるいは、シグルドかレクターが犯行を繰り返していた、っていうこと。ミラがここにいるのが、その証拠だね」
「フェイトは、その魔道具の存在を知っていたのですか?」
「うん。以前は、荷物の管理も任されていたからね。シグルド達がコレを持っていたことは知っていたよ。だから、犯人の当たりをつけることができたんだ。もしかしてシグルド達が、って」
「なるほど……ですが、よく見つけることができましたね? 視覚をごまかすだけではなくて、気配も完全に遮断していたように思えましたが……」
「領主さまを狙おうとした時、殺意が漏れたからね」
「殺意が漏れたとはいえ、それは一瞬だったはずですが……それを見逃さないとは、さすがですね」

 たぶん、ソフィアも気がついていたと思うけど……
 事前情報を持っている分、僕が先に動くことができた、ということだろう。
 同じ情報を持っていたのなら、ソフィアの方が先に動いていたと思う。

「でも、どうして領主さまが狙われるとわかっていたのですか? あと、タイミングが……」
「この三日間で、色々な情報をバラまいたんだ。領主さまの身辺警護が薄いとか、そんな感じの。より大きな犯行をさせるように、情報操作をして、そうするように仕向けたんだ。その情報に、ミラはまんまと釣られたわけ」
「私を餌にしたというわけか」
「あ、あはは……すみません」
「まあ、犯人を捕まえることができたのだから、よしとしよう。しかし、なぜ、今このタイミングで襲ってくるとわかったのだ?」
「それは、僕に罪を被せるためかな」

 いまいち動機が不明なのだけど……
 シグルド達は、僕のことを疎ましく思い、社会的に抹殺しようとした。
 そのために今回の事件を引き起こした。

 連続殺人事件を引き起こして……
 適当なタイミングで、凶器を僕の部屋にこっそりと置く。
 後は、憲兵を連れてくれば現行犯逮捕、というわけだ。

 長い間一緒にいたから、彼女のとりそうな行動はよくわかる。

 ……ということを説明した。

「なるほど……元々は、キミが狙われていたということか」
「僕が動けば、彼らも動くと思ったんです。直接、領主さまを尋ねれば、その時を狙って動くかな? という予想もしていました。領主さまを殺して、誰かに目撃させて、自分は逃げる……たぶん、ミラは、そんな計画を立てていたんじゃないかな?」
「つまり、自分のことも囮にした?」
「もう……フェイトってば、そのような危険なことを考えていたなんて。一歩間違えれば、本当に殺人犯として逮捕されていたのかもしれないのですよ? わかっているのですか? フェイトは無茶をしすぎです!」
「えっと……ごめんなさい」

 ソフィアが本気で怒り、本気で心配してくれているのがわかるため、素直に頭を下げた。

「今回の事件、ミラの単独行動じゃないと思う。シグルド達も関わっていて、今なら証拠も隠滅されていないだろうから、色々と出てくるのではないかと」
「うむ、そなたの言うとおりにしよう。すぐに憲兵隊に連絡を取る」

 こうして、シグルド達のAランクパーティー『フレアバード』は壊滅して、犯罪者の烙印を押されることになるのだった。
「はっ……! はっ……! はっ……!」

 人気のない裏路地を、シグルドとレクターが走っていた。
 息が切れていて、体力もどんどん奪われている。

「シグルド、止まってください」
「どうした?」
「この先に、なにかの気配が……どうやら、魔法のトラップみたいですね。範囲内に侵入すると、大きな音を立てるというものです」
「解除できるか?」
「少し時間をください」

 レクターはトラップの解除を試みる。

 それを待つ間、シグルドは舌打ちをして、苛立たしそうに頭をかいた。

「ちくしょう……なんで、こんなことになるんだ!」

 今回の事件を計画するにあたり、裏の情報屋を使っていたのだけど……
 その情報屋から、ミラが失敗して逮捕されたと知らされた。

 それだけではない。
 シグルド達が共謀していることがバレて、冒険者資格は剥奪。
 三件の殺人事件と領主の暗殺未遂で指名手配されることに。

「くそっ、完璧な計画だったはずだ。現に、誰も気づかなかった。俺達を捕まえることはできなかった。後は、あの無能に罪を被せるだけだったっていうのに……くそくそくそっ、ちくしょう!!!」
「……その無能が、ミラの逮捕に貢献したらしいですよ」

 トラップの解除を終えたレクターは、苦い顔で言う。

「なんだと、それは本当か?」
「本当かどうか、わかりませんが……最後に、あの情報屋がそのようなことを言っていました」
「バカな!? あの無能が、いったいどうやって、俺達の犯行を見破ったっていうんだ! 俺達の計画は完璧だ。あの剣聖ならともかく、無能ごときに、俺達を捕まえられるわけがねえ!!!」
「それは、私も同意見なのですが……しかし、情報屋は……」
「くそっ……あのガキ! 俺達が使ってやっていた恩も忘れて、こんなことをするのかよ! ふざけやがって!!!」

 フェイトは、シグルド達に感謝したことはない。
 逆に、無理矢理奴隷にされたことを恨んでいる。

 そのことは、ハッキリと伝えていたはずなのだけど……
 シグルド達は、自分達に都合の良いことしか考えることができない。
 そんな思考回路しか持っていない。

 故に、破滅を迎える。

 今まで好き勝手してきたツケが回ってきたのだ
 その引き金となったのがフェイトというのは、なんとも皮肉な話ではある。

「この俺が、こんな惨めな思いをするなんて……!」
「今は辛抱の時です。遠くに逃げて、再起を図りましょう。いずれミラを助け出して、あの無能に礼を返して、逆襲してやりましょう」
「……ああ、そうだな。いつか、後悔させてやる。覚えていろよ、フェイト・スティアート……この借りは、絶対に返すからな」
「悪いけど、そういうわけにはいかないよ」
「「っ!!!?」」



――――――――――



 ソフィアと一緒に街を探すこと、しばらく……
 裏路地で、シグルドとレクターを発見した。

 剣を抜いて構える。

「ソフィア、冒険者と憲兵隊に連絡を」
「はい、わかりました」

 ソフィアが笛を鳴らす。
 ピィイイイと甲高い音が響き渡る。
 五分もすれば応援が駆けつけてくるだろう。

「さて……おとなしく投降してくれませんか?」

 ソフィアも剣を抜いた。
 たったそれだけで、空気がビリビリと震える。

 剣聖の境地に至る者が闘気をまとった結果だ。
 並の者ならば、これだけで失神しているだろう。

「ふざけんじゃねえっ、誰がてめえらなんか投降するかよ!」
「剣聖とはいえ、無能が足を引っ張っているため、大したことはできないはず。シグルド、コンビネーションでいきますよ」
「ああ、いいぜ」

 シグルドとレクターも戦闘態勢に入る。

 そして、戦闘が始まる……まさにその瞬間。

「レクター、後は頼んだぜ!」
「ぐっ!? し、シグルド、なにを……!?」

 シグルドがレクターを蹴り飛ばした。
 まったくの予想外だったらしく、レクターはまともに吹き飛ばされて、こちらに飛んでくる。

 シグルドの行動は、こちらも予想外だ。
 彼を避けることができず、僕とソフィアは、折り重なるようにして倒れてしまう。

「お前の献身は忘れないぜ!」
「シグルド、まさか、仲間である私を……そんな、どうして!!!?」

 レクターは悲痛な叫び声をあげるものの、無視して、そのまま走り去る。

「……」

 見捨てられた。
 それだけではなくて、捨て石にされた。

 相当にショックだったらしく、うなだれている。

「邪魔なので、どいてくれませんか?」
「うぐっ」

 ソフィアは容赦なくレクターを蹴り飛ばして、どかす。

「ソフィア、容赦ないね……」
「邪魔をする方が悪いのですよ」

 ソフィアも鬱憤が溜まっていたのだろう。
 なかなかに怖い笑顔をしていた。

「援軍が到着するまで、ソフィアはレクターを頼める? 茫然自失、っていう感じだけど……さすがに、見張りは残しておかないと」
「フェイトは、シグルドを追うのですか?」
「うん」
「……」
「どうしたの?」
「うまく言葉にできないのですが、なにかイヤな予感がするのです」

 ソフィアは深刻そうな顔で言う。
 ただ、具体的な言葉は見つからないらしく、もどかしそうだ。

 そんな彼女の言葉を無視するなんて、ありえない。

「最大限に警戒するよ」
「できることなら、私が向かいたいのですが……」
「……ごめんね。今回だけは、僕にやらせて。完全に僕の都合でしかないんだけど……シグルドと決着をつけるのは、僕じゃないとダメなんだ。模擬戦とかじゃなくて、しっかりとした戦いで過去に決着をつけたいんだ」
「わかりました。もう引き止めることはしません。ただ……」

 ぎゅうっと、ソフィアが抱きついてきた。
 ちょっと痛い。
 でも、彼女は僕のことを心配してくれているわけで……

 とてもじゃないけれど、離れて、なんて言うことはできない。

「がんばってくださいね」
「うん」
「……よし」

 どこか納得した様子で、ソフィアが離れた。

「この男を援軍の方に引き渡したら、私もすぐに追いかけます。なので……」
「無理は禁物、だね」
「先に言われてしまいました」
「ソフィアのことだから、なんとなくわかるんだ」
「ずるいです」
「じゃあ、行ってくるね」
「はい……気をつけて」

 過去に決着をつけることは大事だけど、ソフィアを泣かせないことは、もっと大事だ。
 絶対にそんなことにならないように、細心の注意を払わないと。

 そう決意して、僕はシグルドの追撃に移行した。