将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

「ガァアアアアアッ!!!」

 ブルーアイランドを覆い尽くすかのように、獣の声が響いた。

 その声は刃のように鋭く。
 怨霊のようにおどろおどろしく。
 そして、激しい怒りに満ちていた。

「な、なんだあの化け物は!?」
「おいおい、勘弁してくれよ……」
「くそっ、暴徒の対処で手一杯なのに、こんなやつが現れるなんて」
「なんなんだよ、今日っていう日は、いったいどうなっているんだ!?」

 その獣は災厄と呼ぶ以外にない。

 巨大な体は、歩くだけで大地を揺らして。
 鋭い爪は、石や鉄を簡単に貫いて。
 漆黒の毛は鎧のように固く、刃を通さない。

 冒険者や騎士、憲兵達は絶望する。

 こんなヤツ、いったいどうすればいい……?



――――――――――



「追いついた!」

 走ること少し……
 街の中心部で暴れているスノウに追いついた。

 すでに戦闘が開始されていた。

 冒険者や騎士達が武器や魔法で攻撃する。

 剣、斧、槍、弓、槌……
 火、水、土、風、雷……

 ありとあらゆる攻撃が撃ち込まれるものの、スノウは健在だ。
 どれもダメージを与えることができていない。

「ガァッ!!!」

 スノウは怒りに吠えて、突撃した。

 単なる突撃だけど、あの巨体でそんなことをされれば、それだけで即死級の兵器となる。
 冒険者や騎士達は、慌てて散開。

 ドガァッ!!!

 スノウは頭から2階建ての建物に突っ込み、崩落させた。
 巨大化したばかりだからなのか、自分の体をうまくコントロールできていないみたいだ。
 おかげで、というべきか、まだ死者はいなさそう。

 ただ、怪我人はたくさん。
 崩落した建物に巻き込まれそうになったり……
 飛んできた瓦礫がぶつかり、血が流れたり……
 次々と脱落者が増えていく。

 問題はそれだけじゃない。
 ある程度の数を減らしているものの、暴徒は未だ健在で、暴れ続けている。
 憲兵達が主導になって、市民達の避難をさせているが、スノウのせいでうまくいかない。

 ……状況は非常に厳しい。

「フェイト、どうするのよ!?」
「……おとーさん……」
「……」

 リコリスの焦り顔なんて、初めて見たような気がする。
 アイシャは泣きそうになっていて、すがるようにこちらを見ていた。

 少し考えて、結論を出す。

「リコリス、アイシャをお願い。少しなら、守れるよね?」
「そりゃ、まあ……フェイトは、どうするつもりなのよ? もしかして、スノウを……」
「うぅ……」

 リコリスは気まずい顔になり、その先の台詞は口にしない。
 でも、アイシャはそれだけで察したらしく、さらに表情が歪んでしまう。

 そんな娘の頭を、ぽんぽんと撫でた。
 それから、安心させるように笑顔を向ける。

「大丈夫だよ」
「おとーさん……?」
「スノウを殺したりなんかしない。でも、放っておくことはできないから、どうにかして止めてみせるよ」

 出会ったばかりだけど……
 でも、スノウは家族だ。

 見捨てるなんてことはしない。
 切り捨てるなんてこともしない。

 絶対に助けてみせる!

「とはいえ……」

 今のスノウは、たぶん、SSSランク級の力を持っているだろう。
 ソフィアならなんとかなるだろうけど、僕だと力不足。
 たぶん、返り討ちに遭う。

「それでも」

 僕だって、男だ。

 大事な娘の涙を止めるため。
 大事な家族を取り戻すため。

 ここで立ち上がらなければ、なんのために剣を持っているのか?
 なんのために冒険者になったのか?

「よし……いくよ!」

 僕は、雪水晶の剣をしっかりと握りしめて、暴れるスノウに向けて突撃した。
 スノウは見上げるほどに大きい。
 それなのに動きは速く、風のように動いている。

 暴れまわっているだけで、明確な攻撃はしていない。
 それなのに、冒険者と騎士達は蹴散らされている。
 建物が崩れ、噴水などが踏み潰されている。

「これ、どうにかしないと……!」

 こんなところで戦えば、周囲にどれだけの被害が出るか。
 スノウをうまく止められたとしても、街が半壊したら意味がない。

「まずは注意を引きつける!」

 タイミングを図り、前に出た。

 強く強く、剣の柄を握り……

「破山っ!!!」

 一番使い慣れていて、一番威力があるだろう技を繰り出した。

 やりすぎてしまわないか?
 という心配はない。
 ゼロだ。

 むしろ、これじゃあ足りない。
 もっともっと強い攻撃を繰り出さないと、今のスノウに届くことはないと感じている。

 その感覚は正しくて……
 刃はスノウの毛を切ることもできず、鈍器で叩くような結果に終わる。

「グルルルッ……!」

 刃は通らなかったけれど、衝撃は伝わったらしい。
 それなりのダメージも与えられたらしく、スノウが怒りに満ちた目でこちらを睨む。

 よし。
 うまいこと注意を引くことができた。

「こっちだよ!」
「ガァッ!」

 獣や魔物を前にした時、一番やってはいけないのは背中を見せることだ。
 そんなことをしたら、これ幸いと追いかけて攻撃してくる。
 奴隷時代の経験で、そんなことを学んだ。

 スノウも例外ではないらしく、勢いよく追いかけてきた。

 このまま、街の外まで誘い出したいところだけど……

「は、速い……!?」

 歩幅の差が圧倒的に違う上に、風のように速く動くことができる。

 こうして敵を引きつけることは何度もやっていたから、それなりの自信があったんだけど、すぐに追いつかれてしまう。

 スノウが前足を使い、僕を薙ぎ払おうとする。
 体を逸らすようにして、なんとか回避。

 目の前をスノウの前足が通り抜けていって……
 ゴォッ! という風が吹き荒れる。
 直撃していたら……と、ゾッとする。

「このっ!」

 カウンターで剣を叩き込む。
 刃が通らないことは確認済みなので、横にして、鈍器のように使う。

 ギィンッ!

 鉄を叩いたような感触と音。
 毛だけじゃなくて、体も固いらしい。

 ただ、小さいながらもダメージは受けている様子で、スノウは再び怒りに吠えた。
 うまい具合にヘイトを稼ぐことができている。
 それは良いことなんだけど……

「これ、どうやって街の外まで誘い出せば……うわっ!?」

 逃げる。
 しかし、すぐに追いつかれてしまう。

 その繰り返しで、なかなか進むことができない。

 このままだと被害が拡大する一方だ。
 それに、スノウの攻撃はとても強力で速い。
 何度も何度も避けられるかどうか。

「……ううん、ダメだ。弱気になったらいけない」

 泣き出しそうなアイシャの顔を思い出した。

 アイシャにあんな顔は似合わない。
 やっぱり、笑顔が一番だ。

 その笑顔を取り戻すために、僕は、できることを全力でやらないと!
 諦めたり絶望したり、そんなことをしているヒマはない。

「はぁっ!」

 攻撃と撤退。
 それを交互に繰り返しつつ、少しずつだけどスノウを砂浜の方へ誘い出していく。

 今のところ順調だ。
 スノウの注意は僕に向けられていて、街に対する被害も最小限に押さえられている。

 問題があるとすれば、僕の体力だろうか。
 まだ十分も経っていないのに、息が切れ始めていた。
 この状態のスノウと戦うことは、それだけ体力の消費が激しい。

 そして……それがミスを誘う。

「ガァアアアッ!!!」
「しまっ……!?」

 石を踏んでしまい、わずかに動きが止まってしまう。
 その隙は逃さないというように、スノウは吠えつつ、前足を叩きつけてきた。
 スノウの前足が目の前に迫る。
 あまりにも速く、そして、巨大だ。
 今から逃げることは難しい。

 なら受け止めるしかない!

 僕は気合を入れて、剣を構えて……

 ギィンッ!

 一つの影が割り込んだ。

 風にたなびく綺麗な髪。
 女神さまはこんな感じなのかな? と思うような容姿。
 そして、誰よりも力強い瞳。

「ソフィア!?」
「私のフェイトに……なにをしているのですか!!!」

 どこからともなく現れたソフィアは、スノウの一撃を軽々と受け止めてみせた。

 それだけで終わらなくて、怒りの形相でカウンターを繰り出す。
 まずは前足を弾いて……
 それから、クルッと回転しつつ、下から上に刈り上げるかのような蹴り。

 ウソみたいな光景だけど、スノウが吹き飛んだ。

「えぇ……」

 ソフィアの方が圧倒的に小さいのに、暴走状態のスノウを吹き飛ばしてしまうなんて。
 これが剣聖の力?

 頼もしいのだけど……
 でも、ちょっと怖いかも。

「どこの誰か知りませんが、見掛け倒しのようですね。これならまだ、あの泥棒猫の方が面倒でしたよ」

 泥棒猫って、レナのことかな?

「この混乱を収めるためにも、すぐに終わらせてあげますね」

 そう言って、ソフィアは追撃に移ろうとして……

「ソフィア、待って!」

 必殺の一撃を放とうとしていることに気がついて、僕は慌てて止めた。

 駆け出そうとしていたソフィアは、僕の声に驚いた様子で、軽く体勢を崩す。
 たたらを踏みつつ止まり、何事かと振り返る。

「なんですか、フェイト?」
「ちょっとまって。あの魔物は……」
「わかっています。あの泥棒猫が用意したもの、と注意してくれようとしたのでしょう?」
「え、レナが関わっているの?」
「はい、そうみたいですよ。詳細は知りませんが……彼女が魔剣をばらまいて、街の秩序を崩壊させて、あの魔物を召喚したらしいです。具体的な方法は不明ですけどね」
「レナが……」

 悪い子じゃないと思っていたけど……
 でも、やっぱり僕の考えが甘いのだろうか?

 これだけのことをしでかしている。
 普通に考えて、悪人確定だ。

「では、フェイトはここで待っていてください。すぐに片付けて……そういえば、アイシャちゃんとリコリスは?」
「えっと」

 今はレナのことは後回しだ。
 とにかく、スノウのことをなんとかしないと。

「アイシャとリコリスなら大丈夫。それよりも、あの魔物を殺したらダメ」
「え? なぜですか?」
「あれは、スノウなんだ」
「あの魔物が……スノウ?」
「信じられないかもしれないけど、でも、本当のことなんだ。スノウが突然苦しみだして、突然、あんな風になって……なんとかして止めないと!」
「それは……ですが……」

 ソフィアが迷うような表情に。

 ややあって、意を決した様子で言う。

「フェイト言われて気づきました。確かに、あの魔物はスノウだと思います」
「じゃあ……」
「助けたいのは私も同じです。しかし……助けられるのですか?」

 その問いかけに対する答えが思い浮かばない。

 絶対に助けたい。
 アイシャの友達ということもあるが、スノウは、もう僕達家族の一員だ。
 過ごした時間が短いとしても、それは変わらない。

 でも、どうやって助ければいい?
 元に戻す方法は?

 ……なにもわからない。

「あの魔物がスノウだというのなら、私だって、どうにかして助けたいとは思います。しかし、その方法がわからないことには……」
「それは……そうだけど」
「あの状態のスノウを放っておけば、どれだけの被害が生まれるか。いえ、すでにかなりの被害が出ています。放置することはできません。すぐに無力化しないと」
「まさか……」
「気絶させられるのなら、そうしますが……そうでない場合は。それが、剣聖としての役目です」

 ソフィアが気まずそうに目を逸らす。
 つまり、無力化が難しい場合は……殺すということだ。

 わかっている。
 ソフィアはなにも悪くない。
 むしろ、この緊急時に甘いことを言う僕の方が悪い。

 だけど……
 それでも僕は……!

「ですが」

 迷う僕に、ソフィアはまっすぐな視線を向けてきた。
 今度は、僕が知るいつものソフィアのものだ。

「私はアイシャちゃんのお母さんですから。お母さんとしての役目も果たさないといけません」
「ソフィア!」
「フェイトは、どうしますか?」
「もちろん、決まっているよ」

 ソフィアのおかげで迷いが晴れた。
 改めて、覚悟を決めることができた。

「スノウを取り戻す!」
「グルルルゥ……!」

 スノウが起き上がり、怒りに満ちた目をこちらに向けてくる。
 ソフィアの乱入は予定外だけど、十分にヘイトを稼ぐことができた。

「ソフィア、背中を向けて浜辺の方まで逃げるよ」
「えっ、逃げるのですか?」
「うん。今の状態なら、背中を見せて逃げれば、喜んで追いかけてくると思う。逆に下手に立ち向かうと、警戒して逃げられるかも」

 野生の動物と同じだ。
 獲物が自分より格下と判断したのなら、徹底的にやる。
 自分と同等か上と判断したら、撤退も考える。

「なるほど、魔物もそのような習性があるのですね。さすがです、フェイト」
「奴隷時代に学んだものだから、なんだかんだで、あの時の経験が活きているみたい」

 人生、どんなことが役に立つかわからない。

「でも、ソフィアは知らなかったの?」
「私の場合は、全て斬り伏せてしまえば済んでいたので」
「さ、さすがだね……」

 剣聖だからこそ、そんなことができるのだろう。

 たぶん、ソフィアの中に撤退の二文字はない。
 代わりにあるものが、殲滅か追撃、とかかな?

「浜辺まで誘導するよ」
「はい」

 背を向けて逃げると、予想通りスノウが追いかけてきた。

 逃さない。
 この牙を突き立ててやる。

 そんな感じで、殺意たっぷりだ。

 うまく誘導できたことは予想通り。
 でも、予想外のこともあって……

「は、はや!?」

 歩幅が圧倒的に違う。
 それだけじゃなくて、これだけの巨体なのに、しなやかに動くことができる。

 予想以上の速度で、浜辺まで誘導する前に捕まってしまいそうだ。

「フェイト!」
「あっ」

 ソフィアが手を引いてくれた。
 グンと加速することができて、スノウよりも速く駆けることができた。

「ありがとう、ソフィア」
「いえ、どういたしまして」

 とはいえ、これは大変だ。
 無理矢理走らされているようなものだから、足が追いつかなくて、転んでしまいそうになる。

 でも、我慢。
 気合でなんとか乗り切る。

 そして……

「見えた!」

 浜辺に到着した。
 不幸中の幸いというべきか、暴徒の事件で避難が行われていたらしく、遊泳客はゼロだ。
 浜辺を管理する冒険者が数人、残っているだけ。

「な、なんだ、あんたらは?」
「細かい話は後! 今すぐ、ここから逃げて!」

 強く言いながら、後ろから迫るスノウを指差した。
 冒険者達は一斉に顔を青くして、慌てて逃げ出す。

 スノウがそちらを追いかけないか心配だったけど、杞憂に終わる。
 第一ターゲットは僕達みたいで、まっすぐこちらに突撃してきた。

「フェイト、いきますよ」
「うん!」

 アタッカーはソフィア。
 僕はサポートだ。

 まだまだ圧倒的な実力差があるため、彼女がアタッカーを務めるのは当たり前。
 ただ、いくらソフィアでも、スノウのような相手と戦うのは初めてだろう。
 細かいところでミスが出るかもしれない。
 それをフォローするのが僕の役目だ。

「ガァッ!」

 スノウが吠えて、突撃をしてきた。
 その巨体を活かして、そのまま轢き潰してしまおう、という考えなのだろう。

 でも、甘い。

 ただの突撃なんて、ソフィアに通じるはずがなくて……
 ソフィアはミリ単位で攻撃を見切り、回避。
 同時にカウンターを叩き込む。

 スノウが悲鳴をあげて転がる。
 鉄のような毛で覆われているが、ソフィアの聖剣を防ぐことはできなかったみたいだ。

「ふふ、やりましたね」

 機動力を奪うことができて、ソフィアは満足そうに言う。

 だけど……

「ソフィア、まだだよ!」
「え?」

 スノウがゆっくりと立ち上がる。
 ソフィアにつけられた傷は、時間が逆再生するかのように急速に癒えていく。
「再生能力だ!」
「しかも、なんてデタラメな速度……自然治癒というレベルではありませんね」

 ソフィアが険しい表情に。
 その理由はよくわかる。

 世界には色々な魔物がいて、中には自然治癒という特殊能力を持つ個体がいる。
 その名前の通り、自然に傷が治ってしまうという能力だ。

 ただ、どれだけ強力な力を持つ魔物でも、足を斬られれば、その治癒に数日はかかると言われている。
 今、スノウが見せたように、十秒足らずで治ってしまうなんてありえない。

「規格外すぎますねっ!」

 ソフィアは剣を振り、スノウの突撃を防いだ。
 その間に、僕はもう一度、スノウの足を斬りつける。

 今度は刃が通る。

 しかし、その後の結果は変わらず。
 ソフィアの時と同じく、スノウの傷はすぐに治癒されてしまう。

「これじゃあ、どうやって無力化すれば……」
「時間があれば、罠を作成するのですが、それは難しいですね」
「罠を作れたとしても、うまくかかるかどうか、ものすごい微妙なところだよね」
「まったくです」

 スノウの攻撃をなんとか防ぎつつ、攻略法を探す。

 僕一人だけだったら、一分と保たなかっただろうけど……
 でも、今はソフィアが一緒だ。
 彼女と一緒なら、何分でも耐えられることができそうだ。

 とはいえ、街の被害やその後のことを考えると、早々に決着をつけたい。

「それに、泥棒猫がやらかす前に、なんとかしたいところです」
「レナがなにか企んでいるの?」
「スノウをこのようにしたのは、泥棒猫の仕業です。このままスノウを放置しておくとは思えません。なにかしら、どこかのタイミングでちょっかいをかけてくるはずです」
「……レナ……」

 悪い子には見えなかった。
 常識とか足りないところはあるけど、でも、笑顔の綺麗な女の子だった。

 それなのに、どうしてこんなことを……?
 黎明の同盟って、いったいなんなんだろう?

 思うところは色々とあるのだけど……
 でも、今は考えるのはやめておこう。

 今、最優先に考えるべきことはスノウだ。

「魔法で眠らせるとか?」

 スノウの前足を避けて、カウンターを繰り出しつつ、相談を続ける。

「スノウはそこらの魔物とは違います。魔法に対する高い抵抗力を持っているでしょう。並の使い手では……ふっ!」

 ソフィアも器用にカウンターを放ちつつ、話を続けていた。

 ただ、彼女の場合は、一度に数回の斬撃を繰り出している。
 スノウの治癒能力のこともあって、あまり遠慮はしていないみたいだ。

「リコリスならどうかな?」
「可能かもしれませんが……今、アイシャちゃんの傍を離れてしまうのは、ちょっと困りますね」
「そっか……うーん、そうなると……うわっ」

 スノウがくるっと回転したかと思うと、尻尾を鞭のように薙ぎ払ってきた。

 予想外の攻撃に、少し反応が遅れてしまう。
 危ういところで回避に成功するものの……

「なんか……攻撃速度が上がってきていない?」
「私達の動きに慣れてきたのか、あるいは、自分の体の動かし方を理解してきたのか……」

 スノウがこの状態になって、まだ時間が浅い。
 生まれたばかりの雛のようなもの。
 だから、今までは思うように体を動かせていなかったのだろう。

 でも、時間が経つことで慣れてきて……
 100パーセントの力を発揮しつつある。

 恐ろしい話だった。
 今までが全力じゃなくて、まだまだ余力があったなんて。

 これで全力全開になれば、どうなるか?
 どれだけの被害が生まれるか?

「くっ……」

 本当なら、スノウを討伐しなくてはいけないのかもしれない。
 元に戻す方法はなくて、無駄なことをしているのかもしれない。

 それでも。

 諦めるなんてことはしたくない。
 全力であがいて、あがいて、あがいて……
 ギリギリまで追いつめられたとしても、それでも諦めることなく、みっともなくてもあがき続けたいと思う。

 僕はもう、理不尽なんかに負けたくない!

「スノウッ!!!」

 だから、呼びかけた。

 強く、ありったけの声で。
 みんなで一緒に考えた名前を呼ぶ。

「スノウ! 僕だよ、フェイトだ!!!」
「グルルルゥ……!」
「こんなことをしたらダメだよ! 思い出して、キミはとても優しい子で、アイシャの友達だったじゃないか! 僕達の家族じゃないか!!!」
「グゥ……!」
「だから、戻っておいで……スノウッ!!!」
「ウゥ……」

 それは奇跡なのか。
 あるいは、必然なのか。

 僕の声が届いた様子で、スノウは動きを止めた。
「スノウ!!!」
「ウゥウウウウウ……」

 スノウが迷うような唸り声をこぼす。

 こちらを見て、いつものような甘える目をして……
 しかし、すぐ狂気に飲まれてしまい、殺意を宿す。

 その繰り返しで、一気に情緒不安定に陥った。

 説得できる可能性が生まれたことはうれしいことだけど、でも、情緒不安定というのは困る。
 今以上に暴走する確率が増えたようなもので、あまり好ましくない。

 どうにかして、正気に戻ってほしいのだけど……

「……フェイト」

 ソフィアは厳しい表情をして、聖剣を握りしめた。

「いざという時は……スノウを斬ります」
「ソフィア!?」
「常識はずれの再生能力があったとしても、今はまだ、能力的に不完全な様子。今ならまだ、斬ることができます」
「ダメだよ、ソフィア! 相手はスノウなんだよ? それなのに……」
「スノウだからこそ、です」

 ソフィアは強い決意を宿した顔で言う。

「大事な家族だからこそ、これ以上の暴走を許すわけにはいきません。そんなことは、スノウ自身が望まないでしょう。他の人を傷つけることなんて、したくないと思っているでしょうし……もしも、アイシャちゃんを傷つけるようなことがあれば?」
「それは……」
「そのようなことになれば、スノウ自身が深く後悔するでしょう。自分を責めるでしょう。だから……そのようなことになる前に、覚悟を決めないといけません」
「それは……わかる、けど……」

 ソフィアの言っていることは、圧倒的なまでの正論だ。
 正しさしかなくて、反論なんてできない。

 短い間だけど、一緒にいてわかったことがある。
 スノウはとても優しい子だ。
 アイシャのことが大好きで、僕達にも懐いてくれている。
 人を傷つけるなんて望んでいないし、ましてや、アイシャを傷つけるなんて絶対にしたくないはずだ。

 だから、そんなことになる前に……

「……ダメだよ! ダメだ、絶対にダメだよ!」
「フェイト?」

 ソフィアが正しいことはわかる。
 わかるけど……でも、心が納得してくれない。

 僕らは道具じゃない、人間だ。
 理屈だけで納得するものじゃなくて、心がある。
 それを無視していたら、人である意味がないじゃないか。

「スノウを斬っても、なにも救われないよ。終わりになるだけで、なにも始まらないよ」
「ですが、元に戻す方法がわかりません。これ以上の被害を出す前に、最悪の事態になる前に……」
「嫌だ」
「フェイト、聞き分けてください。戦場では、時に冷酷な決断を下す必要があります。そして、ここはもう戦場です。スノウに私達の声は届いているかもしれません。しかし、元に戻すことは難しく……ならばもう、後の選択肢は一つしかないじゃないですか」
「それでも、嫌だ」
「フェイト!」
「僕は!!!」

 強く言うソフィアに対抗して、僕も声を大きくした。
 今までにない様子に、ソフィアは気圧されたらしく言葉を止める。

「家族を見捨てるなんてこと、絶対にしたくないんだ」
「……フェイト……」
「そんなことをしたら、もう笑えないよ。幸せになんてなれないよ。僕は、ソフィアと一緒に幸せになりたい。でも、今は少し変わっていて……アイシャやリコリス。そして、スノウも……みんな一緒に、家族で幸せになりたいんだ。誰か一人でも欠けるなんてダメなんだ。そうやって幸せを掴むために、僕は強くなりたいと願ったんだ……だから、だから僕は……!!!」
「……すみませんでした」

 ソフィアに優しく抱きしめられた。

「そうですね、フェイトの言う通りですね。ここでスノウを斬ってしまえば、私達は、もう二度と笑えないでしょうね……そもそも、こんなに簡単に諦めるべきではありませんね」
「ソフィア!」
「あがいてあがいて、失敗してもあがいて……最後まで諦めることなく、あがき続けましょう!」
「うん!」

 一緒に剣を構えて、再び暴走するスノウを迎え撃つ。

 行動不能に陥らせるために、致命傷は避けて、足などへ攻撃を繰り返して……
 合間に何度も呼びかける。
 家族の名前を口にする。

「ウゥ……オォオオオオオ、グルァアアアアアッ!!!?」

 三十分ほど交戦を続けて、少しずつスノウの様子が変わってきた。

 暴走は続いている。
 でも、攻撃をためらうような場面が増えてきた。
 なにかを思い出すかのように、僕達をじっと見つめる機会が増えてきた。

「これなら、いけるかもしれないね!」
「ですが、あとひと押しが……」

 ソフィアの言う通り、決定打が足りない。

 少しずつだけど、スノウは正気に戻ってきている。
 攻撃が減っていることがその証拠だ。

 ただ、未だ暴走は続いていて……
 それに、元の子犬サイズに戻す方法もわからない。

 絶対に諦めない。
 諦めないのだけど、このままだとまずい。

 ただ単にあがくだけじゃなくて、解決策を見つけるために考えていかないと。
 どうする?
 どうすればいい?

 ……そうやって考えていたせいで、隙が生まれてしまう。

「ガァッ!」
「しまっ……!?」

 一瞬の隙を突かれてしまう。
 スノウの巨体が目の前に迫り、鋭い牙が迫る。

 防御は間に合わない。
 回避も不可能。

 これは……

「スノウっ!!!」

 その時、アイシャの声が響いた。
 振り返ると、リコリスを頭に乗せたアイシャの姿が。

 どうしてここに!?
 慌ててリコリスを見ると、目が合い、ごめんごめんというジェスチャーをされる。

 文句を言おうとして……
 でも、リコリスがぽんぽんとアイシャの頭を叩いた。

「この子を信じてあげなさいよ」

 そう言われたら、もうなにもできない。

 僕達がスノウのことを心配しているように、アイシャも気にかけている。
 どうにかしたいと思っている。
 そんな当たり前のことを忘れていた。

「っ」

 今すぐ駆け出して、安全なところに避難させたい。
 でも、それが正しい選択とは限らない。

 僕がやるべきことは、アイシャを見守ることだ。

「スノウ」

 アイシャは一歩、前に出てスノウに近づいた。

 頭の上のリコリスがビクリと震えて、怯えたような気がするが……
 まあ、それは見なかったことにしておく。

「ウゥ……!」
「大丈夫だよ」

 スノウは威嚇するが、アイシャは逃げない。
 怯えることもない。

 いつもの優しい顔をして、おいでというように両手を広げる。
 そんな彼女を見て、スノウの方が怯えるように、一歩下がる。

 アイシャはなにもしていない。
 ただ、いつものように微笑んでいるだけ。
 それなのに、スノウが気圧されていた。

「ガゥ……ウウウゥ……!?」

 スノウが苦しんでいた。
 たぶん、己の破壊衝動と戦っているのだろう。

 理由はわからないけど、今のような姿になって暴走してしまい、なにもかも壊してしまいたいという衝動に駆られた。
 それはアイシャも例外ではなくて、彼女に牙を突き立てようとした。

 でも、そんなことはしたくない。
 絶対にしたくない。
 そんな良心が戦っているらしく、スノウが苦しそうにする。

「がんばって」

 アイシャはさらに距離を詰めた。
 もう目と鼻の距離にスノウがいる。

 大きくなったスノウを見上げて……
 にっこりと笑う。

「帰ろう?」
「アァアアアアア……!!!」

 スノウが吠えて……

「スノウ」

 アイシャは、そっとスノウに触れた。

 瞬間、光があふれた。

「うっ……な、なんですか、これは!?」
「わからないけど、でも……」

 嫌な感じはしない。

 むしろ、温かくて心地よくて……
 この光を浴びていると、とても優しい気持ちになることができた。

「ん」

 光の源はアイシャだ。
 なにが起きているのかさっぱりわからないけど、アイシャが輝いていた。

 髪がゆらゆらと揺れて……
 尻尾がふわりと揺れて……
 そんな中で、白銀の光を放っている。

 膨大な魔力があふれている?
 いや、でも魔法という感じはしない。

 リコリスもなにが起きているかわからないらしく、ぽかんとしていた。

「スノウ、帰ろう?」
「……クゥン」

 すごい。
 スノウが少しずつ小さく……元の大きさに戻っていく。
 黒くなっていた毛も、元の銀色に戻っていく。

「これ……アイシャがやっていることなのかな?」
「わかりません……」

 僕とソフィアは、もう、呆然とするしかない。
 人智を超えた現象と言っても過言じゃないと思う。

 そして……

「オンッ! ハッハッハッ……!!!」
「ふふ、よしよし」

 元の姿に戻ったスノウは、母親に甘えるかのように、アイシャの胸に飛び込んだ。

 アイシャは、小さな子犬をしっかりと受け止めて……
 とびっきりの笑みを浮かべるのだった。
「ウソだぁ……」

 突然の第三者の声。
 慌てて振り返ると、レナの姿があった。

 いつもの笑顔はどこへやら。
 目を大きくして、とても驚いているみたいだ。

「完全に堕ちたはずなのに……あの状態から元に戻るなんて、聞いたことがないよ……堕ちた神獣を手に入れられるはずだったのに、それで新しい魔剣を作ることができるはずだったのに……」
「レナっ!」

 真っ先に動いたのはソフィアだ。
 攻撃対象をすぐに切り替えて、聖剣で斬りかかる。

「くっ」

 ほぼほぼ反射だけで、レナはソフィアの攻撃を防いでみせた。

 ただ、精神的なショックが大きいらしく、その動きにキレはない。
 ソフィアの連撃を防ぐことで精一杯な様子で、苦い顔をしていた。

「よく姿を見せることができましたね! 今すぐ、ここで、叩き切ってあげます!!!」
「あーもうっ、今は君なんかに構っているヒマはないんだよ!」
「くっ!」

 レナはその場でくるっと回転して、その勢いを乗せてソフィアを蹴りつけた。
 ソフィアは剣でガードするものの、勢いを殺すことはできず、吹き飛ばされてしまう。

「ソフィア!」
「私は大丈夫です! それよりも……」

 レナは今までにない焦りの表情を浮かべていた。
 そして、魔剣をアイシャとスノウに向ける。

「させる……かぁっ!!!」
「っ!?」

 アイシャとスノウ、それとリコリスを背中にかばい、レナと対峙する。
 彼女の放つ刃をガードして、カウンターを繰り出す。

「どいて!」
「どかないよ!」
「嫌いになるよ!?」
「君が勝手に言っていることだから!」

 何度か刃を交わす。

 いつものレナなら、僕なんかが相手になるわけがない。
 防ぐのは一度が限界で、そこで倒されてしまうだろう。

 でも、今は動揺しているせいか、剣が鈍い。
 おかげで、なんとか食らいつくことができた。

「一つ確認するよ!」
「なにさ!?」
「スノウにあんなひどいことをしたのは、レナでいいの!?」
「そうだよ、そうさ! でも、それのなにが悪いのさ! 正義はボク達にあるんだ!」
「そんなもの……!!!」

 レナの過去がどんなものなのか、それはわからない。
 スノウの正体がどういった存在なのか、それもわからない。

 だけど。

 あんなにも無邪気で優しい子を暴走させて……
 たくさんの悲しみと恐怖をばらまいて……

 それが正義?
 それが大義?

「認めてたまるかぁあああああっ!!!」
「っ!?」

 ありったけの想いを乗せて。
 ありったけの気持ちを込めて。

 全力で剣を振り下ろした。

 ギィンッ!!!

「……あ」

 雪水晶の剣が……折れた。

 負荷に耐えられず、刃が半ばから折れて、宙を舞う。
 破片がキラキラと舞い、輝いていた。

 でも……

「なっ!?」

 レナが持つ魔剣もタダでは済まなくて、その刀身にヒビが入っていた。
 折れるとまではいかないが……
 しかし、もう使い物にならない。

「う、うそだぁ……ボクの魔剣が、ティルフィングが……そこらの剣に傷つけられた……?」

 呆然とするレナだけど、状況を思い出したらしく、すぐ我に返る。

 こちらを睨みつけて……
 次いで、怒りの感情を消して、笑う。
 ものすごく楽しそうに、うれしそうに、喜びを携えて笑う。

「あはっ、あはははははは!!! あははははははははははははははははっ!!!!!!」
「レナ……?」
「ダメ。うそ、なにこれ。もう笑うしかないよ! ボクの魔剣が負けるなんて、しかも普通の剣に……あはははっ、すごいすごいすごい、本当にフェイトはすごいよ!!!」

 レナの目は子供のように、キラキラと輝いていた。
 英雄を見るような目を僕に向けている。

「あー……ホント、ダメだ。なんかもう、黎明の同盟の悲願とか、そういうのどうでもよくなってきちゃうよ。それよりも、とにかく、フェイトをボクのものにしたいな」
「……悪いけど、売約済みだから」
「そういう意思の硬いところも、好きだよ♪ ボク色に染め甲斐があるからね……ふふっ」

 レナは、一歩後ろへ下がる。

「ティルフィングを壊すなんていう、本当にすごいものを見せてもらったからね。今回は、おとなしく引くね。じゃあね、フェイト。いつか、絶対にボクのものにしてみせるから♪」

 レナは、パチリとウインクをして……
 その姿は、空気に溶けるかのようにして消えた。
 レナが撤退したからなのか、ブルーアイランドの騒動は急速に治まっていった。

 スノウは元に戻り……
 暴徒も数を減らして、ほぼ全て拘束された。

 こうして事件は解決したのだけど、被害は大きい。
 たくさんの人が傷ついて、たくさんの建物が壊れた。
 死者も少なくない。

 どうして、レナはこんな惨劇を引き起こしたのか?
 スノウを暴走させて、新しい魔剣を作るとか言っていたけど……
 そのために街を犠牲にしていいなんてこと、絶対にない。

 今度会った時は……

「なにをするつもりなのか、真意を確かめないと」

 レナを放っておくことはできない。
 黎明の同盟を放っておくことはできない。

 いつか……

 そんな覚悟を決めるのだった。



――――――――――



 それはそうと。
 街の復興が一段落したところで、スノウのことが問題になった。

 多くの人がスノウが暴走するところを目撃している。

 その獣はなんなんだ?
 また暴走するのではないか?
 処分した方がいいのでは?

 そんな意見が多発したものの……
 ソフィアが全て黙らせた。

 スノウは自分達が管理する。
 もしも同じことが起きた場合、その責任は、剣聖である自分が全て負う。

 そこまで言うのならと、街の人達は納得してくれた。
 ありがたい。

 そうして……
 色々とあったものの、再び穏やかな日常が戻ってきた。

 戻ってきたのだけど……

「お手」
「ワンッ」
「おかわり」
「ワンッ」
「お座り」
「オン!」

 ライラさんの家の庭で、アイシャはスノウと遊んでいた。
 今は躾をしているらしく、成功する度に褒めて、犬用のお菓子をあげていた。

 ほんわりとする光景に和みつつ、本の山に埋もれて、たくさんの資料とにらめっこをするライラさんに視線を戻す。

「結局、アイシャは巫女っていうことでいいんですか?」
「んー、断言はできないけどね。私も、巫女についてそれほど詳しいわけじゃないし。ただ、状況を聞く限り、巫女と考えるのが自然かな?」
「だよね……」

 膨大な魔力を持っていて……
 それだけじゃなくて、不思議な力で暴走したスノウを元に戻してみせた。

 あんなこと、普通の人にできるわけがない。
 ライラさんの言う、巫女という特別な存在と考えるのが正しいだろう。

「アイシャちゃんのことが気になるなら、私が身体調査を……」
「ふふ、斬られたいんですか?」

 ソフィアがにっこりと笑いつつ、剣の柄に手を伸ばした。

「ごめんなさい冗談です」

 絶対本気だった。

 ……と思うのだけど、話がこじれるだけなので、口にはしないでおいた。

「それで、スノウのことなんだけど……スノウは神獣なのかな?」

 女神さまの使い。
 世界の裁定者。
 救世主。

 色々な言葉が使われているものの、正しい情報は見つからない。
 伝説の存在とされていて、知っている人も少なく、文献もほとんど残ってなくて……
 そのせいで、なにが正しいのか間違っているのか、わからないんだよね。

「たぶん、神獣で間違いないと思うよ」
「でも、どうして神獣がこんなところに……」
「んー、これは私の想像なんだけど」

 そう前置きして、ライラさんは話を続ける。

「スノウくんは、この街の守り神とか、そういう存在だったんじゃないかな? あるいは、その後継者。子供なのは、そういうことだね」
「守り神がそこらを歩いているものなの?」
「うーん、それはなんとも。ただ、巫女を助けるために出てきたのかも」
「そういえば、スノウが初めて姿を見せたのは、アイシャちゃんが迷子になった時ですね」

 アイシャを助けるためだとしたら、納得できる話だ。
 それほどまでに、巫女は神獣に愛されているのだろう。

「暴走したのは?」
「それも証拠はないけど……たくさんの人がおかしくなって、負の感情があふれたせいじゃないかな? 神獣って、人の影響を受けやすいのかも。だから、街がおかしくなって神獣もおかしくなった」
「一応、話の筋は通っていますね」

 スノウは街の守護者。
 アイシャが困っていたから、助けるために出てきた。
 でも、街の人々がおかしくなったたまえ、その影響を受けて暴走してしまった。

 なるほど、と納得することはできる。
 できるのだけど……

「結局、全部、推論でしかないんだよね」

 それでもって、神獣がどういう存在なのかとか、肝心なところはなにもわからないままだ。

「これからどうすればいいのか……やれやれ、頭が痛いですね」
「悲観的になることはないんじゃないかな?」
「え?」
「わからないことは多いけど……でも、大事なところだけわかっていれば、それでいいと思うんだ」
「それは?」
「スノウも大事な家族、っていうことだよ」

 神獣だろうがなんだろうが、スノウはもう家族の一員だ。
 今更、どうこうと対応を変えることはない。

 それはソフィアも同意見らしく、優しく笑う。

「そうですね」
「君ら、お似合いだよ。まったく」

 僕達を見て、ライラさんはやれやれと苦笑するのだった。