「グルルルゥ……!」

 スノウが起き上がり、怒りに満ちた目をこちらに向けてくる。
 ソフィアの乱入は予定外だけど、十分にヘイトを稼ぐことができた。

「ソフィア、背中を向けて浜辺の方まで逃げるよ」
「えっ、逃げるのですか?」
「うん。今の状態なら、背中を見せて逃げれば、喜んで追いかけてくると思う。逆に下手に立ち向かうと、警戒して逃げられるかも」

 野生の動物と同じだ。
 獲物が自分より格下と判断したのなら、徹底的にやる。
 自分と同等か上と判断したら、撤退も考える。

「なるほど、魔物もそのような習性があるのですね。さすがです、フェイト」
「奴隷時代に学んだものだから、なんだかんだで、あの時の経験が活きているみたい」

 人生、どんなことが役に立つかわからない。

「でも、ソフィアは知らなかったの?」
「私の場合は、全て斬り伏せてしまえば済んでいたので」
「さ、さすがだね……」

 剣聖だからこそ、そんなことができるのだろう。

 たぶん、ソフィアの中に撤退の二文字はない。
 代わりにあるものが、殲滅か追撃、とかかな?

「浜辺まで誘導するよ」
「はい」

 背を向けて逃げると、予想通りスノウが追いかけてきた。

 逃さない。
 この牙を突き立ててやる。

 そんな感じで、殺意たっぷりだ。

 うまく誘導できたことは予想通り。
 でも、予想外のこともあって……

「は、はや!?」

 歩幅が圧倒的に違う。
 それだけじゃなくて、これだけの巨体なのに、しなやかに動くことができる。

 予想以上の速度で、浜辺まで誘導する前に捕まってしまいそうだ。

「フェイト!」
「あっ」

 ソフィアが手を引いてくれた。
 グンと加速することができて、スノウよりも速く駆けることができた。

「ありがとう、ソフィア」
「いえ、どういたしまして」

 とはいえ、これは大変だ。
 無理矢理走らされているようなものだから、足が追いつかなくて、転んでしまいそうになる。

 でも、我慢。
 気合でなんとか乗り切る。

 そして……

「見えた!」

 浜辺に到着した。
 不幸中の幸いというべきか、暴徒の事件で避難が行われていたらしく、遊泳客はゼロだ。
 浜辺を管理する冒険者が数人、残っているだけ。

「な、なんだ、あんたらは?」
「細かい話は後! 今すぐ、ここから逃げて!」

 強く言いながら、後ろから迫るスノウを指差した。
 冒険者達は一斉に顔を青くして、慌てて逃げ出す。

 スノウがそちらを追いかけないか心配だったけど、杞憂に終わる。
 第一ターゲットは僕達みたいで、まっすぐこちらに突撃してきた。

「フェイト、いきますよ」
「うん!」

 アタッカーはソフィア。
 僕はサポートだ。

 まだまだ圧倒的な実力差があるため、彼女がアタッカーを務めるのは当たり前。
 ただ、いくらソフィアでも、スノウのような相手と戦うのは初めてだろう。
 細かいところでミスが出るかもしれない。
 それをフォローするのが僕の役目だ。

「ガァッ!」

 スノウが吠えて、突撃をしてきた。
 その巨体を活かして、そのまま轢き潰してしまおう、という考えなのだろう。

 でも、甘い。

 ただの突撃なんて、ソフィアに通じるはずがなくて……
 ソフィアはミリ単位で攻撃を見切り、回避。
 同時にカウンターを叩き込む。

 スノウが悲鳴をあげて転がる。
 鉄のような毛で覆われているが、ソフィアの聖剣を防ぐことはできなかったみたいだ。

「ふふ、やりましたね」

 機動力を奪うことができて、ソフィアは満足そうに言う。

 だけど……

「ソフィア、まだだよ!」
「え?」

 スノウがゆっくりと立ち上がる。
 ソフィアにつけられた傷は、時間が逆再生するかのように急速に癒えていく。