ちょうどいい時間なので、そろそろ宿へ戻ることに。
 水着から私服に着替えて、荷物を背負う。

 そして、海水浴場を後にしようとするのだけど……

「オンッ!」

 アイシャはまだ子犬と遊んでいた。
 助けてもらったからなのか、とてもかわいがっている。

 一方の子犬も、アイシャにとても懐いていた。
 愛嬌があって、僕達にも笑顔を見せてくれるのだけど……
 アイシャに対する態度とは全然違う。

 犬と獣人。
 やっぱり相性がいいのかな?

「アイシャ、そろそろ宿に戻りますよ」
「えっと……」

 アイシャは名残惜しそうにしつつ、一歩後ろへ。
 すると、子犬も一歩前へ。
 つぶらな瞳をアイシャに向けて、忠犬のごとく彼女の後に続く。

 そんな健気な子犬に心を撃ち抜かれたのだろう。
 アイシャは子犬を胸に抱いて、上目遣いにソフィアを見る。

「おかーさん……この子、飼いたい」
「うぐっ」

 とんでもなくかわいらしい愛娘の姿に、アイシャは胸元をおさえてよろめいた。

 うん、気持ちはよくわかる。
 僕も、アイシャのあまりのかわいらしさに、ちょっと気絶してしまいそうになった。

「親ばかねー」

 一人、マイペースなリコリスだった。

「こほんっ……アイシャちゃん、その子を飼うことはできません。元の場所に戻してきなさい」
「でも……」
「生き物を飼うことを反対するわけではありません。ただ、私達は根本的に旅人です。どこかに定住しているわけではありません。そのような環境で生き物を飼うということは、とても大変なことでしょう。私達だけではなくて、その子犬にも過酷な生活を強いることになってしまいます」
「それは……」
「そしてなによりも、生き物を飼うということはとても大変なことなのですよ? 命を預かるということなのです。なにか失敗をしたら、その子が死んでしまうかもしれません。大きな責任が伴うのです」
「うぅ……」

 ソフィアは正論でアイシャを説き伏せようとした。
 でも、彼女は忘れている。

 アイシャは、まだ幼い子供なのだ。
 正論をぶつけられても、それを全て理解することは難しい。

「……ねえ、ソフィア」

 少し考えて、僕は口を開いた。

「この子、飼ってもいいんじゃないかな?」
「フェイトまでそのようなことを言うのですか!?」
「アイシャはこの子をすごく大事にすると思うし、この子もアイシャにすごく懐いているし……引き離すのはかわいそうだよ」
「もうっ、フェイトはアイシャちゃんに甘いです!」

 そう言うソフィアも、十分にアイシャに甘いと思う。

 そんなことを思ったものの、口にはしないでおいた。

「僕達は旅人だけど、犬なら体力もあるし、十分についてこれると思うんだ」
「まだ子犬ですよ?」
「それでも体力はあると思うよ。ずっとアイシャと遊んでいたけど、まだまだ元気そうだし」
「それは……」

 アイシャが戻ってきて……
 今まで、ずっと遊んでいたにも関わらず、子犬は息一つ切らしていない。
 見たことのない犬種だけど、たぶん、相当に体力があるに違いない。

「危ない時はあるかもしれないけど、でも、そういう時は僕達ががんばるべきじゃないかな? なんでもかんでも飼う子供の責任にしないで、ちゃんと手助けをすることが親の役目じゃないかな?」
「うっ……」

 旅に連れて行くと、色々と危険はある。
 命を預かる責任がある。

 でも、それを全て子供に押しつけるというのは無責任だ。
 というよりは不可能だ。
 いくらがんばったとしても、子供が一つの生き物を問題なく育てることはできない。
 どこかで親や周囲の助けが必要になってくる。

「たぶん、ソフィアはアイシャの意思を確かめるためにわざと厳しいことを言ったんだよね? でも、その必要はないよ。アイシャは、とてもしっかりした子なんだから」
「……はあ」

 ややあって、ソフィアはため息をこぼした。

 やれやれという感じで頭を振り……
 真面目な顔で娘を見る。

「アイシャちゃん、その子の面倒をきちんと見ることができますか?」
「できる!」
「どんなことがあっても、絶対に見捨てませんか?」
「しない!」
「いっぱい愛してあげることができますか?」
「する!」

 全部、即答だった。
 アイシャの本気がよくわかる。

「……仕方ないですね」
「それじゃあ……」
「飼ってもいいですよ」
「おかーさん、ありがとう!」

 アイシャはとびっきりの笑顔を浮かべて、ソフィアの胸に飛び込んだ。
 よほどうれしいらしく、今までにない勢いで尻尾がぶんぶんと横に振られている。

「おとーさんも、ありがとう」
「僕は大したことはしていないよ。ソフィアは、アイシャの本気がわかれば許可を出すつもりだったから……ちょっとだけ手助けをしただけ」
「それでも、ありがとう。えへへ、うれしい」

 にっこりと笑うアイシャ。
 その笑顔は反則だ。
 かわいすぎて気絶してしまいそうになる。

「親ばかじゃなくて、極親ばかね」

 リコリスの呆れるような声が聞こえたような気がした。