将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 あれからリコリスの指導の元、アイシャは魔法の練習に励んだ。

 がんばって、がんばって、がんばって……
 しかし、うまくいかない。

 あまりにも魔力量が多いせいで、制御の難易度が格段に跳ね上がっているらしい。
 魔法が発動することなく失敗してしまうか……
 発動したとしても、さっきのようにとんでもない効果を生み出してしまうか。

 その二択で、なかなか思うようにいかない。

 そして……

「うっ……うううぅ……!」

 どうにもこうにも思い通りにいかなくて、アイシャが涙目になってしまう。

 そんなアイシャの頭を、リコリスがぽんぽんと撫でた。

「そんな顔しないの」
「でも……」
「最初からうまくいくなんてこと、ないわ。この天才美少女リコリスちゃんでさえ、魔法をうまく扱えるようになるまで何年もかかったもの」
「そう……なの?」
「ええ、そうよ。だから、落ち込まないの。これから何日もがんばらないといけないんだから」
「……」
「それとも、そんなにがんばれない? もうやめる? 別に、あたしはそれでもいいわよ。無理して辛いことする必要はないものね」
「……ううん、がんばる」

 アイシャは指先で涙を拭い、ふんす、と鼻息を荒くした。

「がんばって、魔法を覚えるの。それで、おとーさんとおかーさんの力になるの」
「うんうん、そうやって努力をすることが……」
「アイシャちゃん!」
「ふぎゅ!?」

 リコリスがドヤ顔で語るものの……
 途中で、娘の愛らしさに我慢できなくなった様子で、ソフィアがアイシャを抱きしめた。

 ……間にいるリコリスは潰されていた。

「あーもう、アイシャちゃんは健気でかわいくて、かわいいですね!」
「おかーさん、苦しい……」
「アイシャちゃんが悪いんですよ? そうやって、お母さんを誘惑するんですから」
「ふあ……?」

 キョトンとするアイシャ。
 目をハートマークにして、ひたすらに娘を愛でるソフィア。

 うん。
 一時はどうなるかと思ったけど、うまい具合に場がほぐれてよかった。

 ただ……

「ぐえええ……し、死ぬぅ……」
「ソフィア……そろそろリコリスが大変だから、一度、離れようね?」

 アイシャのことになると、周囲が目に入らなくなるのがソフィアの悪い欠点だった。



――――――――――



 翌朝。

 鈍らない程度に体を動かして……
 みんなで一緒に朝食を食べて……

 それから、再び海へ。

「おとーさん、おかーさん。見て?」

 水着姿のアイシャは、尻尾をぶんぶんと振りつつ、元気よく海を泳いでいた。
 すっかり泳ぎ上手だ。

 ライラの話によると、獣人は人間よりも優れているらしいから……
 泳ぎをすぐにマスターすることができたのだろう。

 いや。
 そんなことは関係ないかな?
 単純に、アイシャがとても優れているからなのかもしれない。

 ……なんてことを考える僕は、親ばかなのだろうか?

「よかった、アイシャちゃんが元気になって」
「うん、そうだね」

 僕とソフィアは水着に着替えているものの、まだ泳いでいない。
 パラソルの下に並んで座り、楽しそうに泳ぐアイシャを眺めている。

 海で遊ぶのは楽しいんだけど、でも、こうしてのんびりする時間も楽しい。
 大好きな人が一緒だとなおさらだ。

 ただ……

「ん……海の風は気持ちいいですね。ちょっとひんやりしてて、心地いいです」
「そ、そうだね」

 ソフィアの水着姿は昨日も見たんだけど……
 でも、慣れない。

 色々なところが露出していて。
 ついつい、変なところに目がいきそうになって。
 ドキドキして。

 うぅ……こんなことを考えているのが知られたら、幻滅されてしまうかも。

「ふふ。フェイト、顔が赤いですが、どうしたのですか?」
「え? い、いや、なにもないけど……」
「本当に?」

 ソフィアが身を乗り出すようにして、こちらの顔を覗き込んできた。

 ち、近い。
 それに、見上げるようにしているものだから胸元が強調されて……

「ふふ」

 ソフィアがニヤリと笑う。
 わかってやっているのだろうか?
 だとしたら、ソフィアは剣聖じゃなくて小悪魔だ。

「……ふがっ」
「「っ!?」」

 ふと、隣からリコリスのいぶきが聞こえてきた。
 体を大の字にして、だらしない格好で寝ている。

 二人きりの世界を作っていた僕達は、途端に恥ずかしくなり……

「「……」」

 共に顔を熱くして、黙り込んでしまうのだった。

 恥ずかしいけど……
 でも……うん、平和だ。
 こんな時間がずっと続いてほしいと思う。

「……あれ?」

 でも、そこでふと気がついた。
 泳いでいるはずのアイシャが、いつの間にか姿を消していることに。
 たくさん泳いで、たくさん遊んで。
 喉の乾きを覚えたアイシャは浜に戻った。

 おとーさんとおかーさんに、飲み物を買ってもらおう。
 あと、できれば甘いお菓子を食べたい。

 かき氷がいいな。
 冷たくて甘くておいしい。
 頭がキーンとするところも楽しい。

 そんなことを思いつつ、両親の姿を探すアイシャなのだけど……

「あれ?」

 二人の姿が見当たらない。
 正確に言うのならば、どこにいるのかわからない。

 先日と比べると、海水浴場は混んでいた。
 倍近い客がいる。

 そのせいでフェイトとソフィアが隠れてしまい、アイシャは見つけることができないでいた。

「おとーさん? おかーさん?」

 呼びかけてみるものの、返事はない。

 ちなみに……
 リコリスは呼ばれていない。
 ただ単に忘れているだけなのか、そもそもリコリスに頼るということをしないのか。
 どちらかなのか、それは謎だ。

「おとーさん……おかーさん……」

 アイシャはあちらこちらを歩き回り、二人の姿を探す。
 しかし、そのせいで余計に二人がいる場所から遠ざかってしまい……
 さらに、今自分がいる場所もわからなくなってしまう。

 犬耳がシュンと垂れ下がる。
 尻尾は落ち着きなく揺れていた。

「うぅ……」

 気がつけば浜辺を越えて、見知らぬ路地に移動していた。

 当然、誰もいない。
 浜辺に戻ろうとしても、その路地は入り組んでおり、迷路のようだった。
 戻ることができず、どんどん街の深部に迷い込んでしまう。

「おとーさぁん……おかーさぁん……」

 不安と恐怖がどんどん蓄積されていき……
 ついに限界点を超えて、アイシャはポロポロと涙をこぼしてしまう。

 本当に家族と離れ離れになり、一人になった時のことを思い出した。

 誰もいない。
 自分一人だけ。

 近くの大人は怖い人。
 おとなしくしていないと鞭で打たれた。
 ごはんを食べさせてもらえなかったことも多々ある。

「ひっく、ひっく……うぅ、うあぁあああーーーん!」

 奴隷だった頃の不安と恐怖を思い出してしまい、アイシャは我慢できずに大泣きした。

「おとうさーん! おかあさーん! リコリスぅー!」

 大事な人達を呼ぶものの、姿を見せてくれない。

 悲しい。
 寂しい。
 怖い。

 負の感情が連鎖して、アイシャの心を蝕んでいく。
 アイシャはなにもすることができず、ただ泣くことしかできない。

 ……そんな時だった。

 ガサッ。

「ひぅ!?」

 物陰で音がした。

 アイシャは怯え、その場に尻もちをついてしまう。
 そんな彼女に狙いを定めるかのように、物音を立てた主が飛び出してきた。

 ソイツは風を切るような速度で走り、アイシャに向けて突撃をして……

「オンッ!」

 目の前で急ブレーキをかけて、元気よく鳴いた。

「……わん、ちゃん?」
「オンッ!」

 小さな犬だった。
 アイシャでも抱っこできそうなくらいのサイズだ。

 ただ、その毛は銀色に輝いていて、瞳はエメラルドグリーン。
 そんな犬種は存在しない。

 しかし、そんなことを知らないアイシャは子犬を警戒することはない。
 むしろ子犬の愛らしさに心奪われてしまい、不安や恐怖を忘れて笑顔になる。

「わぁ……わんちゃん、かわいいね。おいで?」
「クゥーン」

 子犬は人懐っこく、アイシャに顔をスリスリした。
 その仕草はとても愛らしく、アイシャは自分が置かれている状況も忘れて、瞳をキラキラと輝かせた。

「かわいい!」
「ハッ、ハッ、ハッ」

 アイシャにぎゅっと抱きしめられるものの、子犬は嫌がらない。
 むしろ喜んでいる様子で、尻尾をぶんぶんと横に振っていた。

「オンッ、オンッ!」

 スルッとアイシャの腕から抜け出した子犬は、トテトテと歩いて、少し行ったところで振り返る。
 アイシャがついていくと、さらに子犬は歩いて……
 一定のところで止まり、振り返る。

 こっちへ来て? と言っているかのようだ。

「えっと……?」
「オンッ!」
「あ、まって」

 子犬に誘われるまま、アイシャは街の裏路地を後にした。
「僕のせいだ……もっと、ちゃんとしっかり見ておけば……」
「いいえ、私のせいです……少しくらいならと、アイシャちゃんを視界から外してしまうなんて……」

 アイシャが迷子になったことで、僕達は顔を青くして慌てていた。
 もしもアイシャになにかあったら?
 誘拐でもされていたら?

 どうしよう? どうしよう? どうしよう?

「落ち着きなさい!」
「「っ!?」」

 慌てる僕達をリコリスが一喝した。

「あんた達がそんなんでどうするのよ? もっとしっかりとしなさい、シャキっとしなさい!」
「……そ、そうだよね」
「……恥ずかしいです」

 リコリスのおかげで冷静になることができた。
 感謝だ。

「フェイト、憲兵隊のところへ顔を出してくれませんか? もしかしたら、アイシャが保護されているかもしれません」
「うん、了解」
「リコリスは空から探してくれませんか? 見つけられるかどうか、難しいところですが……それでも、やれるべきことはやっておきたいのです」
「ふふん、この飛行マジカルフェアリーリコリスちゃんに任せなさい!」

 『飛行』ってつける意味、あったのかな……?

「ソフィアはどうするの?」
「地道な方法ですが、私は足を使い、アイシャちゃんを探します。私なら、一時間もあれば街全体を駆けることができると思うので」
「なるほど」

 デタラメな身体能力を持つソフィアだからこそできる探索方法だ。

 ただ、超高速で街中を駆けていたら、人々を驚かせてしまうかも……
 いや。
 でも、アイシャのため。
 悪いことをするわけじゃないから、我慢してもらおう。

「では、一時間後にまた合流して……」
「……さん……さん!」
「「えっ」」

 アイシャの声が聞こえたような気がした。
 慌てて周囲を見ると、

「……おとーさん、おかーさん!」
「アイシャ!」
「アイシャちゃん!」

 不安そうな顔をして、涙をポロポロと流していて……
 しかし、どこも怪我はなく無事な様子で、アイシャがこちらに駆けてくるのが見えた。

 僕とソフィアもほぼ同時に走り、アイシャを胸に抱く。

「よかった! 無事だったんだね、アイシャ」
「ああもう、どれだけ心配したか……!」
「あううう、おとーさん! おかーさん! リコリスぅ! うえええっ」

 よほど心細かったのだろう。
 僕達が抱きしめると、アイシャは大泣きしてしまう。

 でも、それは元気な証拠。
 よしよしと頭を撫でて、無事でいてくれたことを喜ぶ。

「うんうん、自力で帰ってくるなんてやるじゃない。あたし、見直しちゃったわ」

 ぱくり。

「ぱくり?」
「「えっ」」

 アイシャを落ち着かせて……
 妙な音に反応して振り返ると、子犬に噛まれ、すっぽりとその口に収まったリコリスの姿が!

 一拍遅れて自分が置かれている状況を理解したらしく、リコリスの顔がサァーっと青くなる。

「ぎゃあああああ!? た、食べられるうううううっ!!!?」
「リコリス!?」
「このっ、リコリスを離しなさい!」

 どこに携帯していたのか、ソフィアが剣を取り出すのだけど、

「ま、まって!」

 慌てた様子でアイシャが止めに入る。

「わたし、この子に助けてもらったの……」
「え? それは、どういうこと?」
「あのね」

 話によると、この子犬がここまでアイシャを連れてきてくれたらしい。
 恩人ならぬ恩犬だ。

「そっか……ありがとう」
「オンッ!」
「ぎゃー!? あたしを咥えたまま吠えないでー!?」
「えっと……その子は僕達の大事な仲間なんだ。食べ物じゃないから、離してくれないかな?」
「オフ」

 言われるまま、子犬は素直にリコリスを離した。
 賢い子だ。

「うえー……べとべとよぉ」
「よし、よし」

 すっかり落ち着きを取り戻したアイシャは、凹むリコリスを慰めていた。

「この子、犬ではありませんよね?」
「うん。逃げるけど、銀色の毛や宝石みたいな瞳を持つ犬なんて、知らないよ」
「狼でもありませんし……しかし、魔物というには、あまりにも邪気がなさすぎる……なんでしょう?」
「なんだろうね?」
「クゥーン」

 僕達の訝しげな視線を受けて、自分に害はないよ? というような感じで、子犬が小さく鳴いた。
 すごくかわいい。
 ソフィアなんて、どういう存在なのか考えるのをやめて、子犬の頭を撫でていた。

「うーん」

 ものすごく気になるんだけど……
 でも、悪い子ではなさそう。
 それがわかっているのなら、いいのかな?
 ちょうどいい時間なので、そろそろ宿へ戻ることに。
 水着から私服に着替えて、荷物を背負う。

 そして、海水浴場を後にしようとするのだけど……

「オンッ!」

 アイシャはまだ子犬と遊んでいた。
 助けてもらったからなのか、とてもかわいがっている。

 一方の子犬も、アイシャにとても懐いていた。
 愛嬌があって、僕達にも笑顔を見せてくれるのだけど……
 アイシャに対する態度とは全然違う。

 犬と獣人。
 やっぱり相性がいいのかな?

「アイシャ、そろそろ宿に戻りますよ」
「えっと……」

 アイシャは名残惜しそうにしつつ、一歩後ろへ。
 すると、子犬も一歩前へ。
 つぶらな瞳をアイシャに向けて、忠犬のごとく彼女の後に続く。

 そんな健気な子犬に心を撃ち抜かれたのだろう。
 アイシャは子犬を胸に抱いて、上目遣いにソフィアを見る。

「おかーさん……この子、飼いたい」
「うぐっ」

 とんでもなくかわいらしい愛娘の姿に、アイシャは胸元をおさえてよろめいた。

 うん、気持ちはよくわかる。
 僕も、アイシャのあまりのかわいらしさに、ちょっと気絶してしまいそうになった。

「親ばかねー」

 一人、マイペースなリコリスだった。

「こほんっ……アイシャちゃん、その子を飼うことはできません。元の場所に戻してきなさい」
「でも……」
「生き物を飼うことを反対するわけではありません。ただ、私達は根本的に旅人です。どこかに定住しているわけではありません。そのような環境で生き物を飼うということは、とても大変なことでしょう。私達だけではなくて、その子犬にも過酷な生活を強いることになってしまいます」
「それは……」
「そしてなによりも、生き物を飼うということはとても大変なことなのですよ? 命を預かるということなのです。なにか失敗をしたら、その子が死んでしまうかもしれません。大きな責任が伴うのです」
「うぅ……」

 ソフィアは正論でアイシャを説き伏せようとした。
 でも、彼女は忘れている。

 アイシャは、まだ幼い子供なのだ。
 正論をぶつけられても、それを全て理解することは難しい。

「……ねえ、ソフィア」

 少し考えて、僕は口を開いた。

「この子、飼ってもいいんじゃないかな?」
「フェイトまでそのようなことを言うのですか!?」
「アイシャはこの子をすごく大事にすると思うし、この子もアイシャにすごく懐いているし……引き離すのはかわいそうだよ」
「もうっ、フェイトはアイシャちゃんに甘いです!」

 そう言うソフィアも、十分にアイシャに甘いと思う。

 そんなことを思ったものの、口にはしないでおいた。

「僕達は旅人だけど、犬なら体力もあるし、十分についてこれると思うんだ」
「まだ子犬ですよ?」
「それでも体力はあると思うよ。ずっとアイシャと遊んでいたけど、まだまだ元気そうだし」
「それは……」

 アイシャが戻ってきて……
 今まで、ずっと遊んでいたにも関わらず、子犬は息一つ切らしていない。
 見たことのない犬種だけど、たぶん、相当に体力があるに違いない。

「危ない時はあるかもしれないけど、でも、そういう時は僕達ががんばるべきじゃないかな? なんでもかんでも飼う子供の責任にしないで、ちゃんと手助けをすることが親の役目じゃないかな?」
「うっ……」

 旅に連れて行くと、色々と危険はある。
 命を預かる責任がある。

 でも、それを全て子供に押しつけるというのは無責任だ。
 というよりは不可能だ。
 いくらがんばったとしても、子供が一つの生き物を問題なく育てることはできない。
 どこかで親や周囲の助けが必要になってくる。

「たぶん、ソフィアはアイシャの意思を確かめるためにわざと厳しいことを言ったんだよね? でも、その必要はないよ。アイシャは、とてもしっかりした子なんだから」
「……はあ」

 ややあって、ソフィアはため息をこぼした。

 やれやれという感じで頭を振り……
 真面目な顔で娘を見る。

「アイシャちゃん、その子の面倒をきちんと見ることができますか?」
「できる!」
「どんなことがあっても、絶対に見捨てませんか?」
「しない!」
「いっぱい愛してあげることができますか?」
「する!」

 全部、即答だった。
 アイシャの本気がよくわかる。

「……仕方ないですね」
「それじゃあ……」
「飼ってもいいですよ」
「おかーさん、ありがとう!」

 アイシャはとびっきりの笑顔を浮かべて、ソフィアの胸に飛び込んだ。
 よほどうれしいらしく、今までにない勢いで尻尾がぶんぶんと横に振られている。

「おとーさんも、ありがとう」
「僕は大したことはしていないよ。ソフィアは、アイシャの本気がわかれば許可を出すつもりだったから……ちょっとだけ手助けをしただけ」
「それでも、ありがとう。えへへ、うれしい」

 にっこりと笑うアイシャ。
 その笑顔は反則だ。
 かわいすぎて気絶してしまいそうになる。

「親ばかじゃなくて、極親ばかね」

 リコリスの呆れるような声が聞こえたような気がした。
 陽の光が届かないような裏路地に、複数の人影があった。

 その中の一人……商人風の男は、顔全体を蒼白にしていた。
 武装した見知らぬ男達に囲まれて、恐怖に体を震わせている。

「ぎゃあっ!?」

 商人風の男はいきなり斬りつけられて、悲鳴をあげた。
 血が流れる腕をおさえつつ、その場にうずくまってしまう。

「はははっ、いい気味だ!」
「あくどいことをしてるから、こうして天罰がくだったんだよ」
「もっと泣いてみせろ、命乞いをしてみせろ!」

 暴漢達は、大きな声で笑う。
 人を傷つけることをなんとも思っていない様子で、むしろ、楽しんでいる雰囲気すらあった。

 そんな暴漢達の異様な様子に、商人風の男はさらなる恐怖を覚えた。

「だ、誰かっ……!」

 助けを呼ぶものの、それに応える者はいない。
 商人風の男は絶望的な表情になり、涙を浮かべる。

 そんな彼を笑いつつ、暴漢達はゆっくりと距離を詰めて……
 そして、剣を振り上げた。

 その剣の刀身は漆黒で、柄に紅の宝石が埋め込まれていた。



――――――――――



 宿に戻りごはんを食べる。
 それから部屋で今後について話し合う。

「これからどうしようか?」
「そうですね……またライラさんの話を聞いてみたいですね。少し時間を置けば、新しい情報が出てくるかもしれません」
「うん、それは賛成」

 獣人についての知識は少し得られたものの……
 どうしてアイシャが狙われているのか、そこについては、まだ確信が得られていない。

 もっともっと情報収集をしておきたい。

「それと、できればライラさん以外の情報源を確保しておきたいですね」
「でも、ライラさん以上に、獣人に詳しい人はいるかな?」
「逆ですよ、フェイト」
「え?」
「確かに、ライラさんは獣人に詳しいです。ですが、詳しくない人からの話も聞いてみたいのです。専門家は、専門家であるために単純なことを見落としてしまうことがあります。素人は、素人であるために意外な発見をすることがあります」
「なるほど」

 思いもよらない発見があるかもしれない。
 だから、ライラさんにこだわらず、幅広く情報を集めていこう、っていうことだね。

「それじゃあ、ここの冒険者ギルドに行ってみるのはどうかな? やっぱり、情報収集といえば冒険者ギルドだと思うんだ」
「はい、とても良いアイディアだと思います。さすが、フェイトです」
「ううん、ソフィアのおかげだよ。僕は、普通の人から情報を集めるなんていう発想、なかったから」
「いいえ、私のおかげなんてことはありません。フェイトは柔軟な発想を持っていますからね」
「いやいや、ソフィアが……」
「いえいえ、フェイトが……」
「そういや、あんたら親ばかだけじゃなくて、バカップルでもあったわね」
「「……」」

 リコリスの呆れるような視線を受けて、僕達は顔を赤くしてしまうのだった。

 ソフィアと仲が良い、って言われるのはうれしいんだけど……
 でもまだ慣れなくて、ちょっと照れてしまう。

「こほん……では明日は」

 気を取り直して、明日の予定についてソフィアと話し合う。

 結果、二手に分かれることに。
 ソフィアとアイシャは、再びライラさんのところへ。
 僕とリコリスは冒険者ギルドを尋ねることになった。

 細かいスケジュールについては、明日で。
 ぶっつけ本番。
 臨機応変に対応していこう。

「ところで……」

 子犬と遊ぶアイシャを見る。

「アイシャ、どうかしたの?」

 さっきまで楽しそうに遊んでいたのだけど、今は難しい顔をしていた。

「この子の名前、考えているの」
「あ、そっか。飼うなら名前をつけないとダメだよね」
「もしかして、名前が思い浮かばないのですか?」
「うん……どうしたらいいのかな?」
「なら、みんなで考えましょうか」

 ソフィアが笑顔で言うと、その笑顔がうつったかのようにアイシャもにっこり顔に。

「ここは、センスあふれてあふれまくり、オーラを隠しきれないリコリスちゃんの出番ね! そうね……ワンダフル、なんてどうかしら? 犬だけに」
「「「……」」」
「え、なによ、その沈黙は?」
「フェイトはどうですか?」

 「無視しないでよ!」とリコリスが叫ぶものの、気にせずに考える。

「うーん……あ、待って。その前に、この子はオスなのかな? それともメス?」
「メスみたいですね」
「そっか。なら、えっと……スノウ、なんてどうかな?」
「雪……ですか?」
「うん。この銀色の毛が綺麗で、朝日で輝いている雪にそっくりかな、って思ったんだけど……アイシャ、どうかな?」
「……スノウ……」

 アイシャは小さくつぶやいて繰り返した。
 ややあって、子犬の毛並みと同じように、瞳をキラキラと輝かせる。

「うん! スノウ、すごくいい!」
「よかった、喜んでくれて」
「今日からキミはスノウだよ?」
「オンッ!」

 子犬……スノウも喜んでいるみたいで、うれしそうに大きく鳴いた。
 翌日。
 事前に話して決めた通り、僕はリコリスと一緒にブルーアイランドの冒険者ギルドを尋ねた。

 冒険者は、なんでも屋のようなものだ。
 人々の生活に深く関わり、なくてはならないものになっている。

 この国だけじゃなくて、ほとんどの国で冒険者制度が採用されている。
 だから、ギルドがない街はないと言ってもいい。

 ブルーアイランドにも、当たり前のように冒険者ギルドがあるのだけど……

「なんだろう?」

 ギルドに入ってみると、やけに慌ただしかった。
 職員らしき男女が忙しそうに走り回り……
 冒険者らしき人々も、険しい顔であちらこちらを移動している。

「なーんか、きな臭い雰囲気ね」
「きな臭い、というか……ピリピリしている感じだね。事件でもあったのかな?」

 忙しそうにしているところ、声をかけるのはちょっとためらわれる。

「えっと……」
「ねーねー、ちょっといい?」

 怯む僕と違い、リコリスはガンガン前に行く。
 こういうところは、素直にすごいと思う。

「あ、はい。なんでしょうか?」

 僕達に気がついて、女性のギルド職員が足を止めた。

「この街での冒険者登録でしょうか? でしたら、あちらのカウンターで……」
「あ、ううん。それもあるんだけど、それだけじゃないというか……」
「なんかやたら忙しそうなんだけど、どうかしたの? 事件? 事故? それとも、このセクシー美少女アイドルリコリスちゃんがやってきて、慌てているの?」
「それは……」

 リコリスのボケは無視されて、ギルド職員は難しい顔に。

 それから、なにかに気がついた様子で、ハッとした顔に。

「あの……もしかして、剣聖のパートナーの方ですか?」
「え? あ、うん。そうだけど……でも、なんでそのことを?」

 まだ、この街では冒険者登録はしていないんだけど……

「剣聖にもなれば、とても注目されますからね。自然と情報が入ってきますし……ちょっとやり方は悪いのですが、こちらも軽く探りを入れます」
「なるほど」

 有名税みたいなものかな?
 探りを入れられることも、まあ、仕方ないのかなと思う。

 僕も、こんな風になれるのかな?
 なれるようにがんばりたい。

「僕は、フェイト・スティア―トです」
「あたしは、ハイパーミラクルワンダフルダブルスカイ……」
「妖精のリコリスです」
「あたしの超かっこいい自己紹介!?」

 かっこいいと思っていたんだ、それ。

「私は、ブルーアイランドの冒険者ギルドの職員、ファーナといいます。よろしくお願いいたします」

 ファーナさんは、ペコリと丁寧に頭を下げた。
 慌ててこちらもお辞儀をする。

「スティアートさんは……」
「あ、フェイトでいいですよ」
「わかりました。フェイトさんは、どのような用事で当ギルドへ?」
「今、獣人について調べてて、それでなにか情報ないかな……って思ってやってきたんだけど……」

 軽く周囲を見る。

「なんだか、すごく慌ただしいけど、なにか事件でも?」
「……はい」

 ファーナさんは、その場で説明をしてくれる。
 人払いをしないということは、ここにいる誰もが知っているようなことなのだろう。

「実は……暴行、強盗、殺人事件が多発していまして」

 意外な話だ。
 ブルーアイランドは観光地だから、そういう事件が起きないように、厳しい取り締まりがされていると思ったのだけど。

「治安が悪化しているんですか?」
「はい。それも、急激に……」
「急激に? どういう意味ですか?」
「そのままの意味です。この一週間で、事件が十倍に増加しました」
「十倍!?」

 例えば、隣国が崩壊したとする。
 その場合、難民や元騎士などが一気に押し寄せてきて、治安が悪化してしまうことがある。

 でも、それでも十倍はありえない。
 多く見ても三倍くらいだ。

「どういうことなんですか?」
「わかりません……本当に前触れもなく、いきなり犯罪件数が増えているんです」
「そんなこと……」

 ありえるのだろうか?

 でも、実際に起きている。
 だから、ファーナさんも困惑して、慌てているのだろう。

「今、ギルドは対応に追われていまして……ちらっ」

 手伝ってくれませんか?
 そんな感じで、ファーナさんがこちらを見た。
 ちょっとあざとい。

「う、うーん……」

 こんな事件が起きているのなら、協力したいと思う。
 ただ、ファーナさんが求めているのは、ソフィアの力だろう。
 僕が協力をすれば、ソフィアもセットになると思っているはず。

 でも……

 そんな状況でアイシャを一人にするわけにはいかない。
 安全を考えるなら、ソフィアに一緒にいてもらうのが一番だ。
 そうなると彼女は動けないわけで……

「ちょっと、戻って相談してみますね」

 今は、そう返すのが精一杯だった。
 ソフィアとアイシャは手を繋いで、街中を歩いていた。

「えへへー」

 ライラの家に向かわなければいけないのだけど……
 途中、商店街の方から良い匂いが漂ってきて、アイシャが釣られてしまう。

 露店の肉串を前にして、アイシャの尻尾ははちきれんばかりに横に振られていた。
 ただ、アイシャはいい子だ。
 ほどなくして我に返り、本来の目的があると、ごめんんさいと謝る。

 必死に我慢する幼子。
 しかも、それは愛しい娘。

 そんな子供のわがままを聞かず、なにが親か?

 というわけで、ソフィアは肉串を買い……
 今に至る。

「あむ」

 空いている手に肉串を持つアイシャは、ぱくりと二口目を食べる。

 肉はしっかりと焼かれていて、ほろほろと溶けるように柔らかい。
 おそらく、焼く前に煮込まれているのだろう。
 そして、最後に焼き目を付けて旨味を閉じ込めて、客に提供する。

「あぅ♪」

 アイシャはとても幸せそうな顔をして、やはり尻尾をブンブンと横に振る。

 そんな娘を見るソフィアも、とても幸せそうな顔をしていた。
 うちの娘、世界一かわいい。
 最強だ、無敵だ。
 アイシャこそ、世界の至宝であり、最強の天使なのだ。

 そんなよくわからないことを考えていると、

「どけどけぇっ!」

 突然、街中が騒がしくなった。

 目を血走らせた男が騎士と争っていた。
 男は片手に赤ん坊、もう片方の手に剣を持っている。

「おいっ、バカな真似はやめろ!」
「子供を離すんだ!」
「うるせえうるせえうるせえ! コイツは俺のガキだ、俺の子供だ! 俺のものなんだよぉっ!!!」

 男は目を血走らせて、泡を吹き飛ばすような勢いで叫ぶ。

 子供を抱えているということは、妻から離婚を切り出されたか?
 そして、親権を奪われそうになったのか?
 それを拒み、凶行に及んだか。

 ソフィアは、一瞬でだいたいの状況を見抜いて……
 そして、腰の剣を抜いた。

「アイシャちゃん、少し、ここで待っていてくださいね? 決して、私の目の届く範囲から出てはいけませんよ」
「うん。おかーさん、がんばって」
「はい」

 娘の応援で元気百倍。

 ソフィアは、アイシャに優しく笑いかけて……
 そして視線を男に移して、冷たく目を細くする。

「詳しい事情は知りませんが……」

 一歩。そしてまた一歩、前へ進んでいく。

「おいっ、こっちに来るな!」
「見てわかるだろう! この男を下手に刺激したら……」
「あ……いや、待て。この人は……」

 ソフィアの接近に気がついた騎士達は警告を発して……
 次いで、その正体を知り、驚きの表情に。

「なんだてめえは!? くるな、俺に近づくんじゃねえ!」

 男もソフィアに気がついて、剣の切っ先を向けた。

「この子は俺のものだ、俺が育てていくんだ! 俺の幸せを奪うっていうのなら、お前ら、みんな敵だぁあああああ!」
「うぇ、えええ……!」

 叫ぶ男に恐怖を覚えたのか、子供が泣き出した。
 それでも構うことなく、男は叫び続けて、剣を振り回している。

 ソフィアの視線が絶対零度に。

「同じ親として、子供から引き離されたくないという気持ちは理解できなくはありませんが……」

 ソフィアは剣の柄を強く握りしめて……

「子供を泣かせる親は、親失格です!」

 フッ、とその姿が消えた。

 騎士も男も、突然のことに唖然とする。
 どこにいった?
 慌てて周囲を見るが、もう遅い。

「がっ!?」

 一瞬で男の背後に回り込んだソフィアは、剣の腹で脇腹を打つ。
 骨を砕く感触。

 たまらずに男は倒れて……
 それに巻き込まれる前に、ソフィアは子供を救い出した。

「よしよし、もう大丈夫ですよ」
「……うぅ」

 ソフィアがにっこりと笑いかけると、子供はほどなくして泣き止んだ。
 まだまだ未熟とはいえ、ソフィアも母だ。
 子供のあやし方は慣れたものだった。

「ご協力、ありがとうございます! おい、そいつを捕縛しとけ」
「はっ!」

 騎士達はすぐに我に返り、ソフィアのところにやってきた。
 同時に、地面に転がり悶えている男を拘束する。

 その際、ソフィアの目が驚きでわずかに大きくなる。
 あの剣、魔剣に似ていないだろうか……?

「はい、この子をお願いします」
「騎士団の名誉にかけて、母親のところへ戻しましょう」

 ソフィアは誠実そうな騎士に子供を預けた。

「ところで……つかぬことをお聞きしますが、あなたは、かの有名な剣聖、ソフィア・アスカルとさまでは?」
「私のことを知っているのですか?」
「もちろん。アスカルトさまの年齢で剣聖となった者は、他におりませんから」
「ちょっと照れくさいですが、ありがとうございます」
「その……もしお時間があるのなら、ご相談させていただきたいことがあるのですが」
「相談ですか? うーん……」

 今日、そちらに行くと、すでにライラに連絡をしている。
 今になって約束を覆すのはどうか?

 しかし、騎士はとても真剣な顔をしている。
 ファンとか武勇伝が聞きたいとか、そんなくだらない用事ではないだろう。

「この後、約束があるので……その後でもいいですか? たぶん、夕方か夜になってしまうのですが……」
「はい、それでも構いません! 私達はずっと騎士団支部にいると思うので、いつでもどうぞ」
「わかりました。では、また後で」

 どんな話なのだろうか?
 少し嫌な感じがすると、ソフィアは軽く眉をたわめるのだった。
「こんにちは」
「こん……にちは」
「おー、いらっしゃい、お二人さん」

 ライラの家を訪ねると、笑顔で迎えられた。
 ただ、アイシャは若干人見知りが発動しているらしく、ちょっと挨拶がぎこちない。

 母としては、もっと明るく元気に育ってほしいと思うが……
 アイシャの過去を考えると、無理はさせられない。
 強引なことはしないで、しっかりとサポートをすればいい。

「んー、人見知りするアイシャちゃんもかわいいわね。どう? ちょっと採血を……いえウソですごめんなさい」

 途中でソフィアに睨まれて、ライラは慌てて頭を下げた。

「もう、ちょっとした冗談なのに、そこまで反応しなくてもいいじゃないのさ」
「冗談だったのですか? 本当に?」
「……半分くらいは本気だったかも」
「まったく……」

 やれやれと、ソフィアはため息をこぼした。

 ライラはとても困った人ではあるが……
 でも、嫌いではない。
 知識欲が暴走することはあるものの、それ以外は優しく、誠実な人なのだ。

 ソフィアはそのことを知っているため、注意程度で済ませる。
 彼女が本気でアイシャの血を狙っていたとしたら、容赦なく殴り飛ばしていただろう。

「今、お茶を淹れるねー」
「ありがとうございます」
「ありがと」
「ふふ、アイシャちゃんはかわいいねー。よし、クッキーもおまけしよう!」
「わぁ」

 クッキーと聞いて、アイシャが笑顔に。
 うれしそうに尻尾がぶんぶんと横に揺れる。

 それを見て、ソフィアは思う。

 出会った頃に比べると、アイシャはだいぶ感情が豊かになってきた。
 子供らしく笑い、子供らしく泣く。

 それはとても喜ばしいことなのだけど……
 お菓子一つでここまで喜ぶなんて、ちょっと心配だ。
 悪人に、お菓子で誘われて誘拐されたりしないだろうか?

「あれから、アイシャちゃんについてわかったことはありますか?」
「んー」

 本題に入ると、ライラはなんとも言えない表情に。

 あると言えば、ある。
 ないと言えば、ない。
 そんな感じだ。

「私も、一応学者だからね。根拠のない話はしたくないんだよね」
「この前、していたではありませんか」
「や。あれは、私なりの根拠があったんだよ。証拠はないのだけど、でも、色々な情報をまとめると他の答えはない。だから、確信に近いものはあった」
「なるほど」
「ただ、これからする話は、根拠なんてなにもないんだ。おとぎ話みたいなもの。だから、私としては変な情報を与えない方がいいんじゃないか? って迷うんだよねー」
「それでも、教えてください」

 獣人は強い力を持っている。
 人間を敵視して、姿を消した。

 現状、判明したのはそれくらいだ。
 もっと深い情報を得ないと、アイシャが狙われる理由がわからない。
 そして、その理由を突き止めないと、原因を排除することも難しい。

 なればこそ、不確定なものであれ情報を欲する。

 その真偽はさておき……
 今はどんな話でも拾っておきたい。
 情報の精査は後ですればいい。

「ふう……仕方ないなあ。まあ、アイシャちゃんのおかげで私の研究が進んだところもあるし。話すよ」
「ありがとうございます」
「ただ、根拠がないってことは理解してね? ほんと、おとぎ話みたいな内容だから」

 重ねて、そう前置きをしてライラが話を紡ぐ。

「以前も話したと思うけど、獣人はとても強い力を持っている。そんな獣人の中で、特別な存在がいるらしいんだよね。それが……巫女」
「巫女……?」

 聞いたことのない単語に、ソフィアは小首を傾げた。
 その隣で、アイシャはクッキーを両手で持ち、ぱくぱくと食べている。

「女神さまは知っているよね?」
「この世界を作ったと言われる神さまですよね? で、人間はその女神さまから魔法を盗んだ」
「へえ、よく知っているね。そんな感じで、人間は女神さまから嫌われているんだけど、獣人は好かれているっぽいんだ。強い力を持ちながらも、純粋で愚かな真似はしない。女神さまはそんな獣人を気に入り、己の使徒として迎え入れたとか」
「使徒というのは?」
「まあ、部下みたいなものかな。女神さま専属の騎士みたいなものさ」
「ふむ」
「で……その使徒は強い力をもらい、女神さまのために働いた。なにをしたのか、そこはわからないんだよね。それから役目を終えた使徒は、仲間の元に戻った。使徒は妻を迎えて、子供を作り、家族を手に入れた」
「……もしかして、その子供が巫女なのですか?」
「正解。使徒の血を引いて生まれた子供は、特別な力を持っていたらしい。故に、他の獣人達から巫女と崇められていたとか」

 おしまい、という感じでライラは唇を閉じた。
 以前と同じなら、ここからさらに話が続いて、解説や独自の見解が挟まるのだけど、そんなことはない。

 事前に言っていた通り、この話は根拠が薄いのだろう。
 だから補足することもなく、ここで話が終わる。

「なるほど……大変興味深い話でした」
「私が言うのもなんだけど、信じるのかい? 根拠なんてほとんどない、おとぎ話のようなものだよ? 学会で発表したら、爆笑されるか蹴り出されるか、そんな内容だ」
「そうかもしれませんが、ですが、私はしっくりと来ました」

 アイシャは普通の獣人ではなくて、強い魔力を持っている。

 巫女だから、特別なのでは?
 巫女だから、狙われているのでは?

 そう考えると、色々なことに説明がつく。

 とはいえ、この後のことを考えると、なかなか困りものだ。
 アイシャが巫女と仮定して……
 これから先、どうすればいいか、それがわからない。

 巫女について、ライラはこれ以上の情報を持っていない。
 自分で調べるしかないのだけど、情報源はゼロ。
 振り出しに戻ってしまった。

 一歩進んだものの、一歩下がった。
 そんな感じで、有効な対策を考えることができず、悩みは残ったまま。
 頭が痛い。

「……とはいえ」
「おかーさん?」

 ソフィアは優しい母の顔をして、クッキーを食べている娘を抱きしめた。

 なにがあろうと、守ってみせますからね。
 心の中でそうつぶやいて、ソフィアはアイシャの額にそっとキスをした。
「ところで……」

 ライラの視線がアイシャの後ろに向けられた。

「……」

 スノウが礼儀正しくおすわりをして、じっと待機していた。
 話の途中、鳴くこともない。
 拾ったばかりとは思えないくらい、しっかりとした犬だった。

「その子は? この前は見ませんでしたけど……」
「アイシャちゃんが拾ってきて、そのまま飼うことになったんですよ」
「なるほど。それにしても、うーん」

 ライラの興味がスノウに移ったらしく、前に移動して、じっと覗き込む。

「オフゥ……?」

 目の前に接近されたせいで、さすがのスノウも戸惑い気味に鳴いた。

 でも、暴れるということはない。
 ライラを噛んで撃退する、ということもない。

 あくまでも礼儀正しく、おとなしくしていた。
 立派だ。

「よしよし」

 スノウが誇らしいという様子で、アイシャがなでなでした。
 スノウはおすわりを続けたままではあるが、とてもうれしそうに尻尾を横にぶんぶんと振る。

 それに合わせるかのように、アイシャも尻尾を振る。
 尻尾の二重奏だ。

「スノウがどうかしましたか?」
「スノウちゃんっていうんですか、この子……うーん」

 ライラはスノウの顔を触ったり、体に触れたり、あちらこちらを調べる。
 スノウは迷惑そうにしていたものの、それでもじっとしていた。

 主の知人で……
 それと、悪意がないと判断したため、されるがままになっているようだ。

「この瞳、この毛……見たことがない犬種だね」
「ライラさんも知らないのですか?」
「知らないなー。獣人研究家なんてものをやってるから、犬とかにもそこそこ詳しいんだけど、でも、見たことがないかも」
「そうですか……謎ですね」

 ソフィアは困ったような顔に。

 今更、スノウのアイシャに対する親愛を疑うつもりはない。
 ただ、どんな犬種でどんな性質を持つのか?
 それを知ることができれば、今後、なにかあった時に対応しやすくなる。

 なので、ライラがスノウに興味を持った時、犬種を知ることができるのでは? と期待したのだけど……
 そうそううまくいかないらしい。

「なんだろ? ホントに謎だなあ……この子、一週間くらい借りてもいい?」
「だ、だめ!」

 ソフィアではなくて、アイシャがダメ出しをした。
 スノウをぎゅうっと両手で抱きしめて、涙目でライラを睨む。

「うー……!」
「あ、あはは。ごめんごめん、冗談だから。そんなことはしないわ」
「……ホント?」
「ほんとほんと。ごめんね、変なこと言って」
「あんたが言うと、本気にしか聞こえないのよねー。まったく、人騒がせね。迷惑をかけたらダメなのよ?」
「それ、リコリスが言いますか……?」

 そんな軽い騒動があり……

 それぞれが席について、話を仕切り直す。

「そのワンちゃん、もしかしたら神獣様の末裔かもしれないわね」
「神獣?」
「使徒や巫女と同じようなもの。女神さまの従僕で、その動物バージョン」
「そのような存在がいたのですか?」
「裏付けはとれてなくて、仮説なんだけどね。でも、私はいると確信しているわ。確かな証拠はないんだけど、でも、それに近いものはたくさん発見しているもの」
「……その神獣について、教えてくれませんか?」

 もしもスノウが神獣だとしたら?
 その末裔だとしたら?

 正体を知るきっかけになるかもしれない。
 スノウのことは信頼しているが、ただ、なにか起きた時のために色々と知っておいた方がいいことは事実。
 なので、ソフィアは質問を追加してみることにした。

 ただ、ライラは渋い顔になる。

「んー、教えたいのはやまやまなんだけど、私もよく知らないんだよねー」
「そうなんですか?」
「巫女に関する資料は残ってても、なんでか、神獣に関する資料はほとんどないんだ。まったく別の他の資料をたくさんつなぎ合わせて、神獣という存在がいた、という推論を立てているの」
「妙な話ですね……」

 もしも神獣が存在したのなら、隠蔽することは難しいだろう。
 大きな力を持つ者は、なにかしらの形で後世に伝えられるものだ。

 それが一切なされていないということ、どういうことか?

 神獣は存在していないか……
 あるいは、思いつかないような理由が隠されているのか。

「私の推理で、裏付けはないんだけど……神獣は、人を守ることを使命としていたんじゃないかな? 女神さまと同じようにね。そして、人は何度も神獣に救われたことがあると思う。色々な文献を見て、情報をつなぎ合わせると、そういう結論に至るんだ」
「ということは……スノウは、いい子なのでしょうか?」
「スノウ、いい子」

 ソフィアの言葉を肯定して、アイシャがスノウを撫でる。
 スノウはうれしそうに鳴いて、アイシャに顔を寄せた。

「ま、わからないことはたくさんだけど……でも、問題ないんじゃないかな?」
「そうですね」

 楽しそうに嬉しそうに、アイシャとスノウがじゃれ合う。
 そんな二人を見て、自然と笑みをこぼすソフィアだった。

将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

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