「魂を?」
どういうことだろう?
魂の定義はちょっと曖昧だけど……
でも、確かに存在する。
そのことは、教会や神官などによって証明されている。
ただ、魂を狙う悪人なんて聞いたことがない。
「そもそも魂とはなにか? それは、人を人とするもの。人を構成する上で、一番欠かせないもの。その人の全てといってもいい、心を司るもの。目には見えないけれど、確かに存在するの」
学習院の先生のように、ライラさんは講義を始めた。
話をすることに慣れている様子だ。
研究だけじゃなくて、講義をすることもあるのかな?
「魂については理解しているつもりですが、なぜ、それが狙われるのですか?」
「魂っていうのは、とても強い力を秘めているのよ。人を人たらしめるもの。全ての源。だから、あまり知られていないけど大きな力があるわ」
「魂の力……ですか」
「で、獣人は私達人間より強い魂を持っていると言われているの」
それはなぜか?
獣人の起源については明らかにされていないが……
人間の知識と獣の力を兼ね備えているとされている。
健全な肉体には健全な精神が宿ると言われているように。
強い肉体には強い魂が宿る。
故に、獣人は強く巨大な魂を秘めている。
それがライラさんの説だった。
まだ世間に認められていないものの、彼女としては確信に近いものがあるという。
「数値化するなら……そうね。私達人間の魂が100とするなら、獣人の魂は最低でも1000ね」
「十倍ですか……」
「それはすごいね……」
「だから、強い魂を持つ獣人を狙う、っていう可能性はあると思うの」
ただ、魂をエネルギーとして利用する技術は、まだ確立されていないらしい。
それに、魂を利用することは固く禁じられている。
その話を聞くと、普通ならありえないと思うのだけど……
でも、相手は黎明の同盟。
魔剣という、とんでもない代物を作ってしまう連中だ。
法を守るなんて思えないし……
ライラさんの知識を上回る技術を持っていたとしてもおかしくない。
「うーん……色々とわかったけど、逆に謎が増えた感じだね」
「ですが、前進していることは確かです。焦らず、一つ一つの物事に対処していきましょう」
「うん」
一気に問題が解決するなんて思っていない。
ソフィアが言う通り、ゆっくりと、でも着実に前へ進んでいかないと。
「他にも、獣人に関することを教えていただきたいのですが……」
「もちろん、いいわよ。ただ……」
「ただ?」
「その前に、アイシャちゃんのことを調べさせてもらってもいいかしら?」
「ふぁ?」
じっと成り行きを見守っていたアイシャが、自分に話の矛先が向いて、不思議そうに小首を傾げた。
「あわわ!?」
その拍子に、アイシャの頭の上で寝ていたリコリスが落ちる。
話が退屈で寝ていたらしい。
たまにだけど、リコリスの自由なところがうらやましくなる。
本当にたまにだけどね。
「調べる、っていうのは?」
「えっと……ほら。私は、獣人について誰よりも詳しいって思っているから? だから、どれだけの魔力を持っているのか、っていうのを調べてみたら、さらに情報が得られるかも? ね、ね、そう思わない?」
熱心に語るライラさんだけど……
なんていうか、その目は欲望にまみれていた。
本物の獣人が目の前にいる。
このチャンスを逃したくない。
色々な検査をしてみたい。
そんな考えが透けて見える。
とてもわかりやすい人だ。
「えっと……」
アイシャを見る。
問題ないというように、コクリと頷いた。
「わたし、大丈夫だよ?」
「本当に?」
「うん。おとーさんとおかーさんの役に立ちたいの」
「それは……」
「あと……わたしも、わたしのことを知りたいから」
「そっか……うん。ソフィア」
「はい。アイシャちゃんがこう言うのなら、私も問題はありません」
「おお、マジでいいの!?」
ライラさんはものすごく興奮した様子で喜ぶ。
本当に獣人のことが気になるんだなあ。
「ただし」
釘を刺すような感じで、ソフィアがギロリと睨む。
「痛いことや怖いことは禁止です。そんなこと、アイシャちゃんにさせるわけにはいきませんから」
「うんうん、わかってるって」
「あと、検査の際は私達も同席させてもらいますからね」
「オッケー、問題ないわ」
こうして、アイシャの魔力測定が行われることになった。
さて、どうなるかな?
「じゃあ、そこの椅子に座ってくれる?」
「うん」
言われるまま、アイシャは椅子に座った。
椅子は普通のものだけど、周囲によくわからないものが設置されていた。
「えっと……これはなんですか?」
「魔力とかを測定するための魔道具よ。害があるものじゃないから、安心して」
それならいいんだけど……
でも、見たことのないものがたくさんだ。
ソフィアも知らないらしく、一緒に首を傾げていた。
「へえ……マジックコントロールシステムに、エリアスペクトル。それに、思念測定装置まであるなんてすごいわね」
「え……リコリスは、これらの魔道具がなんなのか知っているの?」
「もちろんよ! この私を誰だと思っているの? パーフェクトビューティフル天才美少女妖精リコリスちゃんよ!」
「意外ですね……」
「ちょっとソフィア、しみじみと言わないでくれる?」
「……意外……」
「アイシャにまで言われた!?」
いつでもどんな時でも元気なリコリスだった。
ただ、そのおかげでリラックスできたらしい。
検査と聞いて、ちょっと緊張した様子を見せていたアイシャだけど、今は落ち着いた様子で尻尾をゆらゆらとさせていた。
「はいはーい、じゃあ測定するわよ」
合図をするように言うと、ライラさんは測定を開始した。
メジャーを取り出して、アイシャの身長を測る。
胸囲と座位も測定。
その次は体重。
そして、視力検査。
それから……
「……ねえ、ライラさん」
「なにかしら?」
「せっかくの機会だから、アイシャの体についての検査もしようとしてない?」
「ぎくっ」
わかりやすい反応だった。
「ライラさん?」
「ち、違うのよ? これは、えっと……ほら。もしかしたら、変な病気をどこかでもらっているかもしれないじゃない? あるいは、成長が遅れているとか、そういう問題もあるかもしれないし……そういうのも調べておいた方がいいかなー、なんて言い訳を……」
「「はあ」」
ソフィアと同時にため息をついた。
この人、獣人が関わるとちょくちょく暴走するな。
まあ、言う通り、害があるわけじゃないからいいけど。
「一理あるので、ひとまず、ライラさんの言う通りにしますが……アイシャちゃんが嫌がることはしないでくださいね? もしも、そんなことをしたら……ふふふ」
「約束します!!!」
ソフィアの怖い笑みに、ライラさんは直立不動で答えた。
それから、いくつかの検査をして……
ようやく、本題である魔力測定が行われることに。
「アイシャちゃん、そのままじっとしててね」
「ん」
ライラさんが、周囲の魔道具を一つずつ起動させていく。
ブゥンという音が響いた。
ただ、それだけ。
目に見えた変化はなにもない。
「んー」
ただ、アイシャはなにか感じているらしい。
落ち着きのない様子で、尻尾をパタパタとさせ始めた。
それを見たソフィアが心配そうな顔に。
「アイシャちゃん、大丈夫ですか? なにか痛いとか、ありますか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そうですか……」
「お嬢さまにご不快な思いはさせないように、細心の注意を払いたいと思います!」
ソフィアに睨まれて、ライラさんは再び直立不動で答えた。
なんとなく、ソフィアがテイマーに見えた。
「ほうほう、これは……」
なにかしらの検査結果が見えているらしく、ライラさんは興味深そうな顔に。
ただ、それも少しの間だけ。
ほどなくして驚愕の表情に変わり、目が大きく開かれる。
「え……これ、マジで? こんな数値……」
ボンッ!」
「ひゃう!?」
「うわっ」
いきなり周囲の魔道具が壊れた。
一斉に煙を吹いて、停止してしまう。
「おかーさん!」
「大丈夫ですよ、アイシャちゃん。お母さんとお父さんがここにいますからね、よしよし」
怯えるアイシャをなだめるソフィア。
それから、ギッとライラさんを睨みつける。
「アイシャちゃんを怯えさせるなんて……どういうことですか?」
「ひぃっ」
「ソフィア、ストップ。別に、わざとやったわけじゃないと思うから」
ライラさんの反応を見る限り、突発的なトラブルだと思う。
それを攻めるというのは、さすがに酷な気がした。
「そ、そうなのよ。フェイトくんの言う通り。まさか、こんなことになるなんて……」
「いったい、なにが起きたんですか? アイシャに害はないですよね?」
「それは大丈夫。魔道具が壊れただけで、アイシャちゃんにはなにもないわ」
「よかった……」
でも、なにが起きたのだろう?
ライラさんを見ると、すぐに説明をしてくれる。
「どうも、魔道具の限界を超えちゃったみたい」
「と、いうと?」
「アイシャちゃんの魔力がとんでもなさすぎて、測定しきれなくて壊れちゃった、っていう感じかな」
「アイシャの魔力が……?」
思わずアイシャを見てしまう。
彼女は特に自覚がないらしく、キョトンとしていた。
「それは本当なのですか?」
「十中八九、間違いないと思うわ。アイシャちゃんは、とんでもない魔力を持っている」
「どのくらいなのです?」
「規格外、って言葉がぴったりかしら? 最上位の魔法使いに送られる称号『賢者』。その賢者でさえ、足元に及ばないほどの魔力を持っていると思う」
「アイシャちゃんが……」
「そんなことに……」
思わぬ事実を告げられて、僕とソフィアは驚きの目をアイシャにやる。
獣人は、とても強い魂を持っているという。
なればこそ、魔力も強いのだろうか?
「わたし、つよい?」
アイシャは、どことなく誇らしげだった。
現状を理解していないけれど、でも、すごいということは理解したらしい。
「そうですね。アイシャちゃんは強くて、そしてなによりもかわいいです」
「はぐ」
ソフィアがアイシャを抱きしめた。
えへん、と胸を張る娘がかわいくて仕方なかったのだろう。
「アイシャの魔力がとんでもないのは、もしかして獣人だから?」
「そう、ね……」
ライラさんは歯切れ悪い反応だ。
ややあって、頭を振る。
「ううん。いくら獣人でも、ここまでの魔力はないわ。あるわけがない」
「そうなんですか?」
「私は少し魔法を使えるからわかるんだけど、これ、本当に規格外なんだもの。獣人は強い魂を持つけど、でも、ここまでなんて……あ、いや? 一つ可能性があるか……」
なにか思いついた様子で、ライラさんは指先で顎を撫でた。
「もしかしたら、この子は希少種なのかも」
「希少種?」
「獣人は珍しい種族なんだけど、その中でもさらに希少な獣人がいるの。人前に姿を見せることはほとんどない……というか、記録では数度しか目撃例がないわ」
「そんな獣人が……」
「見た目は普通の獣人と変わらないんだけど、その魂の質は桁違い。普通の獣人の数十倍の……ううん。数百倍の力を持っていると言われているわ」
とんでもない話だった。
まさか、アイシャにそんな秘密があったなんて……
でも、納得はできる。
それほどの力を持っているのなら、黎明の同盟から狙われても不思議じゃない。
まあ、なにを目的としてアイシャの力を求めているのか?
そこはわからないんだけどね。
「その希少種の名前は……神子、と呼ばれているわ」
「……神子……」
女神さまの子供……?
そんな意味にもとれるのだけど、でも、本当のところはわからない。
「まとめると、アイシャは貴重な子、っていうことでオーケー?」
リコリスがそんなことを言う。
身も蓋もない言い方だけど、でも、間違ってはいない。
「……」
ふと、アイシャが暗い顔に。
どうしたんだろう?
「どうしたんですか、アイシャちゃん」
「……おかーさん……」
アイシャは迷うように口を開いたり閉じたりして……
ややあって、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたし、怖い?」
「え?」
「わたし、変なじゅーじん、みたいだから……怖い?」
どうも、自分が希少種ということを知り、不安になっているみたいだ。
そのせいで、自分が嫌われるかもしれないと思いこんでいる。
でも、それはありえないこと。
「そんなことありませんよ」
「ふぁ」
ソフィアは女神さまのように優しい笑みを浮かべると、そっとアイシャを抱きしめた。
そのまま、頭をなでなでする。
「アイシャちゃんが希少種というものだとしても、なにも関係ありません。アイシャちゃんは、私のかわいいかわいい娘ですよ」
「……おかーさん……」
「うん、ソフィアの言う通りだよ。僕は、アイシャのことが大好きだよ」
「……おとーさん……」
アイシャは、ソフィアを抱き返してその胸に顔を埋めて……
「うー……」
ちょっとだけ泣いた。
そんな僕達のことを、ライラさんは温かい顔で見守っていた。
――――――――――
またなにかわかったら連絡する。
そんな言葉をもらい、僕達はライラさんの家を後にした。
「ん~♪」
右手は僕、左手はソフィアと繋いで、真ん中にアイシャ。
頭にリコリスを乗せて、アイシャとてもうれしそうに楽しそうに鼻歌を歌っていた。
元気になって良かった。
やっぱり、子供は笑顔が一番だよね。
「……フェイト」
僕にだけ聞こえる声で、ソフィアが小さく言う。
「……アイシャちゃんのことですが」
「……うん。もっと、色々と調べてみないとね」
アイシャが、希少種という獣人であるらしいことはわかった。
でも、それだけ。
なんで黎明の同盟から狙われていたのか、そこは不明だ。
原因がハッキリしないと、今後の安全を確保することが難しい。
僕達がなんとかしないといけない。
……ただ、がんばりたいと思っているのは僕達だけじゃなかった。
「おとーさん、おかーさん」
「はい、なんですか?」
「えっと……お願いがあるの」
思わずソフィアと顔を見合わせてしまう。
アイシャがおねだりをするなんて、初めてのような気がした。
できるなら叶えてあげたいけど……
いったい、どんなお願いなんだろう?
「わたし……魔法を覚えたい」
「魔法を?」
思わぬ話に、ついつい首を傾げてしまう。
ソフィアも不思議そうにしていた。
アイシャが学びたいというのなら、特に危険なものではないし反対はしないけど……
でも、なんで魔法なんだろう?
アイシャは今まで、魔法に興味を見せたことはないのだけど。
「アイシャちゃん、どうして魔法なのですか?」
「わたし、すごい魔法を覚えられる……?」
「えっと……はい、そうですね。その可能性はあると思います」
「なら……おとーさんとおかさんと、リコリスの力に……なりたいの。わたしも、がんばりたい」
小さな手をぎゅっとして、アイシャはいつになく強い様子で言う。
守られるだけはイヤ……という感じかな?
その気持ちはわかる。
僕も最初はなにもできなくて……
色々なところでソフィアに助けてもらっていた。
でも、それじゃあダメ。
きちんと自立したいと思うし……
いざという時は、好きな人の力になりたいと思う。
守られるだけじゃなくて、互いに支え合う。
それが理想なんだと思う。
「とはいえ……うーん」
「おとーさん、ダメ?」
上目遣いは反則だよ。
なんでも、いいよ、って即答してしまいそうになる。
「反対はしないよ。アイシャががんばりたい、っていう気持ちは本物だろうから。なら、僕は応援したい」
「私も同じ気持ちです。ただ……」
「僕達、魔法を使えないからどうしようかな、って」
魔法を覚えるための教室はあるんだけど……
でも、アイシャから目を離したくない。
獣人によからぬ感情を持つ人はいる。
悪いことを企む人もいる。
そして、希少種ということが判明した今、片時も離れず一緒にいた方がいいはず。
「ふっふっふ」
どこからともなく得意げな声が。
リコリスだ。
彼女は腕を組み、アイシャの頭の上で得意そうに胸を張る。
「魔法といえば、このあたし! マジカルミラクルプリティピュア妖精、スーパーリコリスちゃんの出番ね!」
いつも思うのだけど、名乗るのに疲れないのかな?
「リコリスが教師になるの?」
「そういうこと」
「それは……」
「不安ですね……」
「なんでよ!?」
だって、
「「リコリスだから」」
僕とソフィアの声がシンクロした。
「このバカップル、めっちゃ失礼なんですけど」
ごめんなさい。
「あたし、こう見えても魔法のエキスパートなんですけど? めっちゃ頭いいんですけど? 人間で言うなら、賢者っぽいんですけど?」
「ごめんね、リコリスの魔法の腕は疑っていないよ」
「まるで、他は疑っているかのような言い方ね……ま、いいわ。それで、あたしなら教えてあげられるけど、どうする?」
どうしようか? と、ソフィアと顔を見合わせた。
リコリスなら良い魔法の教師になれると思うし……
アイシャに危険が及ぶこともないはず。
でも、変なことまで教えないか、それが心配だ。
同じことを考えているらしく、ソフィアも微妙な顔だ。
「リコリス」
「なによ?」
「なら、お願いしたいと思うのですが……魔法だけを教えてくださいね? くれぐれも、余計なことを教えないでくださいね?」
「ふふーん、任せておきなさい!」
「もしも余計なことを教えたら、その時は……ふふ、夕飯のおかずが一品、増えることになりそうですね」
「誠心誠意、お嬢さまに魔法を教えさせていただきたいと思います」
器用に空中で深くお辞儀をしつつ、リコリスは魔法の教師を引き受けた。
ソフィアがここまで釘を刺したのなら平気だろう。
たぶん、余計なことはしないはず。
「リコリス、魔法を教えてくれるの?」
アイシャがわくわくした様子で問いかけた。
「ええ、そうよ。このあたし、スペシャリテマジックマスターミラクルキューティーガール、魔法少女リコリスちゃんが教えてあげる!」
「わー」
ぱちぱちと、律儀に拍手をするアイシャ。
それが心地よかったらしく、リコリスはドヤ顔に。
「このあたしが、アイシャを一流の魔法使いに育ててあげる。でも、修行の道は険しいわよ? ついてこれるかしら?」
「がんばる」
「いい答えね! ならば、今日からあたしのことは、マスターと呼びなさい!」
「ますたーど?」
「マスターよ、マスター! あたしは調味料じゃないわよ!」
「おー」
「なんで拍手するのよ!? 今、どこに感心する要素があったの!?」
「ますたーど、かっこいい」
「だからマスターよ!!!」
二人のやりとりを見て……
「これなら問題なさそうですね」
「そうだね」
僕とソフィアは、微笑ましい顔をするのだった。
「というわけで、ウルトラメガかわいいリコリスちゃんお魔法講義を始めるわ!」
宿に戻り。
すぐに勉強をしたいということで、リコリスによる魔法講義が始められた。
学習用の机や椅子はないので、ベッドを代わりにして、僕、アイシャ、ソフィアの順番で座る。
そして、リコリスはテーブルを壇上代わりにしていた。
「そもそも、魔法ってなにかしら? はい、フェイト!」
「え、僕が答えるの?」
「講義を受けている以上、あんたも生徒よ。ほら、早く答えなさい」
「えっと……」
魔法というのは、世界を生み出したと言われている女神さまが生み出した技術だ。
無から有を生み出して、奇跡を体現する秘術。
ただ、なんでもできるというわけじゃなくて……
できることとできないこと、限度はある。
それと、魔法を使うには、魔力を糧としなければいけない。
魔力というのは、人が持つ精神的なエネルギーのこと。
個人によって差があり、大きな魔力を持つ人もいれば小さい魔力を持つ人もいる。
「……という感じかな?」
おぼろげな知識を掘り返しつつ、そう答えた。
「まあまあの回答ね。八十点、褒めてあげるわ」
「ありがとう」
「ですが、フェイトは満点の回答をしていたように思えますが? 私が同じ質問をされたら、同じ答えを返していたと思います」
「んー、そうね。人間なら、魔法の知識はそれだけで止まっているわね」
「ということは、僕達の知らないなにかが?」
「女神さまが生み出した技術を、なぜ人間が手にしているのか? それについての説明がないじゃない」
「「あ」」
言われてみると、なるほど、と納得してしまう。
魔法についての情報は色々と持っているのだけど……
よくよく考えてみると、リコリスが言う通り、なぜ魔法を人間が手にすることができたのか?
そこは謎のままだ。
アドバンテージをとることができたのがうれしいのか、リコリスはニヤニヤとしつつ魔法について語る。
「いい? 人間は女神さまの魔法を盗んだのよ」
「盗んだ……?」
「過去、女神さまは何度か地上に降臨したわ。そして、困っている人間達の力になった。その際、奇跡……魔法を使ってみせたわ」
「ふむふむ」
「女神さまの軌跡を目の当たりにした人間は、その力をうらやましく思ったわ。自分達もあの力がほしい、って」
「それで……盗んだ、と?」
「ソフィア、正解」
さらりと、とんでもないことが暴露された。
魔法について、深く考えることはなかったのだけど……
まさか、女神さまの技術を盗んだものだったなんて。
「人間が起点となって、あちらこちらの種族に魔法が伝わっていったの。それから、独自の路線を辿り、人間だけの魔法が開発されたの」
「そんなことが……」
「女神さまは怒らなかったのですか?」
「めっちゃ怒ったわよ」
リコリスが言うと、事の重大さを理解しづらいなあ。
「だから、女神さまは人間の前から姿を消したの。ここ数千年、女神さまが現れた、なんていう記録はないでしょ? それは、魔法を盗まれたことに怒っているからよ」
「そうだったんだ……」
魔法は僕達人間の性格に深く関わっている。
なくてはならないものだ。
でも、本当は女神さまから盗んだもので……
とても微妙な気持ちになってしまう。
「まあ、女神さまの器は大きいから。怒ってはいるけど、だからといって人間をどうこうしようなんて考えてないわ。そこは安心なさい」
「質問です」
「なに、ソフィア?」
「リコリスは、どうしてそのようなことを知っているのですか?」
「あ、それは僕も気になるかも」
人間が知らないようなことを知っているリコリス。
彼女が特別なのか、それとも妖精が特別なのか。
「んー。あたしが超天才っていうのもあるんだけど、あと、妖精ってのが関係してるのよ」
「妖精は特別な存在なの?」
「そうね。妖精は女神さまに愛されているの」
リコリス曰く……
女神さまは人間に愛想を尽かしたものの、他の種族に対しては優しく、愛を持っているらしい。
その中で特に愛されているのが、妖精だ。
人間と違い、無邪気で汚れを知らない。
そして優秀で、いざという時はとても頼りになる。
そんな妖精には女神さまは心を許していて、今も時々、交流があるらしい。
だから、女神さまに関することをそれなりに知っている……とのことだった。
「知りませんでした……まさか、妖精が女神さまと交流を持っていたなんて」
「まー、あたしら妖精はすごいからねー。プリティだからねー」
リコリスはものすごいドヤ顔だ。
「まあ、そのうち人間も許されるんじゃない? そのためにも、あたしら妖精を見習いなさい? おほほほっ」
「……フェイト。ちょっと、リコリスにデコピンをしてもいいですか?」
「……やめてあげて。どこかに飛んでいっちゃいそうだから」
とにかくも。
予備知識を得るための講義はこれで終わり。
本格的な魔法の練習が始まるのだった。
「じゃあ……簡単楽ちん大爆笑! アレをするだけで、今日からあなたも魔法使い! リコリスちゃんの魔法教育を始めるわ」
「なんか、怪しい商品を販売しているみたいだね……」
「そこ、うるさいわよ!」
リコリスに睨まれてしまう。
「というわけで、さっそく魔法を使ってみましょう」
即座に気持ちを切り替えた様子で、リコリスが明るく言う。
そんな彼女の言葉に疑問を挟んだのは、ソフィアだ。
「さっそく、と言いますが、そんなに簡単に使えるものなのですか?」
「使えるわよ」
僕も同じような疑問を抱いたのだけど、リコリスはあっさりと言う。
「魔法って、そんなに難しいものじゃないのよ。そこそこの魔力があって、詠唱を間違えなければ普通に発動するの」
「そうなのですか? 私は剣一筋だったため、詳しいことは知りませんでした」
「ま、簡単な魔法に限るけどね。難しい魔法になると、色々と制御が必要になってくるから大変なんだけど……簡単な初心者用の魔法なら、なんだったらソフィアでも発動できると思うわ」
「なるほど」
リコリスの話を聞いて、ソフィアの目がキラリと輝いた。
「ソフィア、ダメだからね? 今は、アイシャのための練習なんだからね?」
「わ、わかっていますよ」
すまし顔を作るのだけど……
本当は心揺れているんだろうなあ。
ちょっとかわいそうだけど、でも、今はアイシャを優先しなければ。
「というわけで……アイシャ、まずはこう、手の平に魔力を集めてみて?」
「えっと……?」
「目を閉じて、自分の体の中に意識を向けるの。体温とかそういうのとは別に、なにか温かいものを感じるはずよ」
「ん」
言われた通り、アイシャは目を閉じた。
そのまま集中して……
「……あ」
リコリスが言う温かいものを見つけることができたらしく、目を開けて小さな声をあげた。
「見つけた? それが魔力よ」
「これが……」
「それを手の平に集めるの。実際に手で動かすことはできないから、ここは、そういうイメージをすることが大事ね。頭の中で、よこらせっと魔力を運んでいくのよ」
「うん、やってみる」
アイシャは再び目を閉じて集中する。
ふわっと、なにか温かい波のようなものを感じた。
もしかして、今のはアイシャの魔力なんだろうか?
「フェイト、今……」
「う、うん。僕も感じたよ」
「それはアイシャの魔力ね。たくさん魔力を持っていると、他の人も感じることがあるらしいわ」
「へぇ」
魔法に限って、リコリスは物知りだ。
ちょっと失礼な感想を抱いていると、
「魔法に限り、リコリスは博識ですね」
ソフィアが同じことを口にしてしまう。
「……それ、他のことはダメダメ、っていう風に聞こえるんだけど?」
「すみません、つい本音が」
「謝らないでよ! なんかこう、余計にムカつくわ!」
そんなことをしている間に、アイシャは手の平に魔力を集めることに成功した。
その手の平は、柔らかに輝いている。
僕らでも見えるくらい、濃密な魔力が形成されているんだろう。
「あとは、詠唱をするだけね。熟練者になれば、初心者用の魔法は詠唱なしでもいけるんだけど、アイシャは初心者だからきちんと詠唱すること」
「うん、がんばる」
「じゃあ、あたしに続いて言ってみて」
「はい」
「光の精霊よ、ここに顕現せよ」
「光の精霊よ、ここに顕現せよ」
「汝の力は、深き暗黒を切り払う希望なり」
「汝の力は、深き暗黒を切り払う希望なり」
「優しい輝きを今ここに……ライト」
「優しい輝きを今ここに……ライト」
瞬間、世界が白に染まる。
「うわっ!?」
「きゃっ!?」
間近に太陽が出現したかのようだ。
熱はないけど、でも、とんでもない量の光があふれる。
目を開けていることなんてできなくて、すぐに閉じた。
それでも眩しいくらいで、目が痛い。
「ぎゃー!? 目がー! 目がー!」
強烈な光を直視したらしく、リコリスの悲鳴が聞こえてきた。
見えないんだけど……たぶん、空中で転げ回っていると思う。
ややあって光が収まり、目を開けることができた。
「あうー……おかーさん、おとーさん」
アイシャも相当に辛かったらしく、泣きそうな顔でソフィアに抱きついた。
抱きつくとしたら母親。
ちょっと寂しい……
「アイシャちゃん、大丈夫ですか? 目、痛くありませんか? 私達のこと、ちゃんと見えますか?」
「うん、大丈夫……でも、ちょっと痛い……」
「えっと……うん。見た限りは問題なさそうですね。強烈な光を見たせいで、ちょっと混乱しているのかと。ただ、念の為に目薬を差しておきましょう。持っているので」
「はう……」
アイシャのことはソフィアに任せておけば問題ないだろう。
「ぎゃー!? ぎゃー!? あたしの目がー! 目がー!」
「リコリス、大丈夫?」
「大丈夫じゃないわよ! めっちゃくちゃ目が痛いわ! あたしの宝石のように綺麗でかわいい目、ちゃんとある?」
「痛いとか言うわりに、元気だよね……大丈夫。おかしなことになってはいないよ」
「はあ、よかったわ。かわいいリコリスちゃんになにかあったら、世界の損失だもの」
本気でそこまで言うことができるリコリスは、相当な大物だと思う。
「今のはどういうこと? 確か、ライトって小さな明かりを灯すだけの魔法だよね?」
「ええ、そうね。そのはずなんだけど……どうも、アイシャの魔力量が桁違いなせいか、制御に失敗したみたい。それで、あんなに強烈なものになった、っていうわけ」
「それは……」
アイシャの魔力量は相当なものと聞いていたけど……
まさか、ここまでなんて思っていなかった。
きちんと練習しないと、とんでもないことになりそうだ。
あれからリコリスの指導の元、アイシャは魔法の練習に励んだ。
がんばって、がんばって、がんばって……
しかし、うまくいかない。
あまりにも魔力量が多いせいで、制御の難易度が格段に跳ね上がっているらしい。
魔法が発動することなく失敗してしまうか……
発動したとしても、さっきのようにとんでもない効果を生み出してしまうか。
その二択で、なかなか思うようにいかない。
そして……
「うっ……うううぅ……!」
どうにもこうにも思い通りにいかなくて、アイシャが涙目になってしまう。
そんなアイシャの頭を、リコリスがぽんぽんと撫でた。
「そんな顔しないの」
「でも……」
「最初からうまくいくなんてこと、ないわ。この天才美少女リコリスちゃんでさえ、魔法をうまく扱えるようになるまで何年もかかったもの」
「そう……なの?」
「ええ、そうよ。だから、落ち込まないの。これから何日もがんばらないといけないんだから」
「……」
「それとも、そんなにがんばれない? もうやめる? 別に、あたしはそれでもいいわよ。無理して辛いことする必要はないものね」
「……ううん、がんばる」
アイシャは指先で涙を拭い、ふんす、と鼻息を荒くした。
「がんばって、魔法を覚えるの。それで、おとーさんとおかーさんの力になるの」
「うんうん、そうやって努力をすることが……」
「アイシャちゃん!」
「ふぎゅ!?」
リコリスがドヤ顔で語るものの……
途中で、娘の愛らしさに我慢できなくなった様子で、ソフィアがアイシャを抱きしめた。
……間にいるリコリスは潰されていた。
「あーもう、アイシャちゃんは健気でかわいくて、かわいいですね!」
「おかーさん、苦しい……」
「アイシャちゃんが悪いんですよ? そうやって、お母さんを誘惑するんですから」
「ふあ……?」
キョトンとするアイシャ。
目をハートマークにして、ひたすらに娘を愛でるソフィア。
うん。
一時はどうなるかと思ったけど、うまい具合に場がほぐれてよかった。
ただ……
「ぐえええ……し、死ぬぅ……」
「ソフィア……そろそろリコリスが大変だから、一度、離れようね?」
アイシャのことになると、周囲が目に入らなくなるのがソフィアの悪い欠点だった。
――――――――――
翌朝。
鈍らない程度に体を動かして……
みんなで一緒に朝食を食べて……
それから、再び海へ。
「おとーさん、おかーさん。見て?」
水着姿のアイシャは、尻尾をぶんぶんと振りつつ、元気よく海を泳いでいた。
すっかり泳ぎ上手だ。
ライラの話によると、獣人は人間よりも優れているらしいから……
泳ぎをすぐにマスターすることができたのだろう。
いや。
そんなことは関係ないかな?
単純に、アイシャがとても優れているからなのかもしれない。
……なんてことを考える僕は、親ばかなのだろうか?
「よかった、アイシャちゃんが元気になって」
「うん、そうだね」
僕とソフィアは水着に着替えているものの、まだ泳いでいない。
パラソルの下に並んで座り、楽しそうに泳ぐアイシャを眺めている。
海で遊ぶのは楽しいんだけど、でも、こうしてのんびりする時間も楽しい。
大好きな人が一緒だとなおさらだ。
ただ……
「ん……海の風は気持ちいいですね。ちょっとひんやりしてて、心地いいです」
「そ、そうだね」
ソフィアの水着姿は昨日も見たんだけど……
でも、慣れない。
色々なところが露出していて。
ついつい、変なところに目がいきそうになって。
ドキドキして。
うぅ……こんなことを考えているのが知られたら、幻滅されてしまうかも。
「ふふ。フェイト、顔が赤いですが、どうしたのですか?」
「え? い、いや、なにもないけど……」
「本当に?」
ソフィアが身を乗り出すようにして、こちらの顔を覗き込んできた。
ち、近い。
それに、見上げるようにしているものだから胸元が強調されて……
「ふふ」
ソフィアがニヤリと笑う。
わかってやっているのだろうか?
だとしたら、ソフィアは剣聖じゃなくて小悪魔だ。
「……ふがっ」
「「っ!?」」
ふと、隣からリコリスのいぶきが聞こえてきた。
体を大の字にして、だらしない格好で寝ている。
二人きりの世界を作っていた僕達は、途端に恥ずかしくなり……
「「……」」
共に顔を熱くして、黙り込んでしまうのだった。
恥ずかしいけど……
でも……うん、平和だ。
こんな時間がずっと続いてほしいと思う。
「……あれ?」
でも、そこでふと気がついた。
泳いでいるはずのアイシャが、いつの間にか姿を消していることに。
たくさん泳いで、たくさん遊んで。
喉の乾きを覚えたアイシャは浜に戻った。
おとーさんとおかーさんに、飲み物を買ってもらおう。
あと、できれば甘いお菓子を食べたい。
かき氷がいいな。
冷たくて甘くておいしい。
頭がキーンとするところも楽しい。
そんなことを思いつつ、両親の姿を探すアイシャなのだけど……
「あれ?」
二人の姿が見当たらない。
正確に言うのならば、どこにいるのかわからない。
先日と比べると、海水浴場は混んでいた。
倍近い客がいる。
そのせいでフェイトとソフィアが隠れてしまい、アイシャは見つけることができないでいた。
「おとーさん? おかーさん?」
呼びかけてみるものの、返事はない。
ちなみに……
リコリスは呼ばれていない。
ただ単に忘れているだけなのか、そもそもリコリスに頼るということをしないのか。
どちらかなのか、それは謎だ。
「おとーさん……おかーさん……」
アイシャはあちらこちらを歩き回り、二人の姿を探す。
しかし、そのせいで余計に二人がいる場所から遠ざかってしまい……
さらに、今自分がいる場所もわからなくなってしまう。
犬耳がシュンと垂れ下がる。
尻尾は落ち着きなく揺れていた。
「うぅ……」
気がつけば浜辺を越えて、見知らぬ路地に移動していた。
当然、誰もいない。
浜辺に戻ろうとしても、その路地は入り組んでおり、迷路のようだった。
戻ることができず、どんどん街の深部に迷い込んでしまう。
「おとーさぁん……おかーさぁん……」
不安と恐怖がどんどん蓄積されていき……
ついに限界点を超えて、アイシャはポロポロと涙をこぼしてしまう。
本当に家族と離れ離れになり、一人になった時のことを思い出した。
誰もいない。
自分一人だけ。
近くの大人は怖い人。
おとなしくしていないと鞭で打たれた。
ごはんを食べさせてもらえなかったことも多々ある。
「ひっく、ひっく……うぅ、うあぁあああーーーん!」
奴隷だった頃の不安と恐怖を思い出してしまい、アイシャは我慢できずに大泣きした。
「おとうさーん! おかあさーん! リコリスぅー!」
大事な人達を呼ぶものの、姿を見せてくれない。
悲しい。
寂しい。
怖い。
負の感情が連鎖して、アイシャの心を蝕んでいく。
アイシャはなにもすることができず、ただ泣くことしかできない。
……そんな時だった。
ガサッ。
「ひぅ!?」
物陰で音がした。
アイシャは怯え、その場に尻もちをついてしまう。
そんな彼女に狙いを定めるかのように、物音を立てた主が飛び出してきた。
ソイツは風を切るような速度で走り、アイシャに向けて突撃をして……
「オンッ!」
目の前で急ブレーキをかけて、元気よく鳴いた。
「……わん、ちゃん?」
「オンッ!」
小さな犬だった。
アイシャでも抱っこできそうなくらいのサイズだ。
ただ、その毛は銀色に輝いていて、瞳はエメラルドグリーン。
そんな犬種は存在しない。
しかし、そんなことを知らないアイシャは子犬を警戒することはない。
むしろ子犬の愛らしさに心奪われてしまい、不安や恐怖を忘れて笑顔になる。
「わぁ……わんちゃん、かわいいね。おいで?」
「クゥーン」
子犬は人懐っこく、アイシャに顔をスリスリした。
その仕草はとても愛らしく、アイシャは自分が置かれている状況も忘れて、瞳をキラキラと輝かせた。
「かわいい!」
「ハッ、ハッ、ハッ」
アイシャにぎゅっと抱きしめられるものの、子犬は嫌がらない。
むしろ喜んでいる様子で、尻尾をぶんぶんと横に振っていた。
「オンッ、オンッ!」
スルッとアイシャの腕から抜け出した子犬は、トテトテと歩いて、少し行ったところで振り返る。
アイシャがついていくと、さらに子犬は歩いて……
一定のところで止まり、振り返る。
こっちへ来て? と言っているかのようだ。
「えっと……?」
「オンッ!」
「あ、まって」
子犬に誘われるまま、アイシャは街の裏路地を後にした。
「僕のせいだ……もっと、ちゃんとしっかり見ておけば……」
「いいえ、私のせいです……少しくらいならと、アイシャちゃんを視界から外してしまうなんて……」
アイシャが迷子になったことで、僕達は顔を青くして慌てていた。
もしもアイシャになにかあったら?
誘拐でもされていたら?
どうしよう? どうしよう? どうしよう?
「落ち着きなさい!」
「「っ!?」」
慌てる僕達をリコリスが一喝した。
「あんた達がそんなんでどうするのよ? もっとしっかりとしなさい、シャキっとしなさい!」
「……そ、そうだよね」
「……恥ずかしいです」
リコリスのおかげで冷静になることができた。
感謝だ。
「フェイト、憲兵隊のところへ顔を出してくれませんか? もしかしたら、アイシャが保護されているかもしれません」
「うん、了解」
「リコリスは空から探してくれませんか? 見つけられるかどうか、難しいところですが……それでも、やれるべきことはやっておきたいのです」
「ふふん、この飛行マジカルフェアリーリコリスちゃんに任せなさい!」
『飛行』ってつける意味、あったのかな……?
「ソフィアはどうするの?」
「地道な方法ですが、私は足を使い、アイシャちゃんを探します。私なら、一時間もあれば街全体を駆けることができると思うので」
「なるほど」
デタラメな身体能力を持つソフィアだからこそできる探索方法だ。
ただ、超高速で街中を駆けていたら、人々を驚かせてしまうかも……
いや。
でも、アイシャのため。
悪いことをするわけじゃないから、我慢してもらおう。
「では、一時間後にまた合流して……」
「……さん……さん!」
「「えっ」」
アイシャの声が聞こえたような気がした。
慌てて周囲を見ると、
「……おとーさん、おかーさん!」
「アイシャ!」
「アイシャちゃん!」
不安そうな顔をして、涙をポロポロと流していて……
しかし、どこも怪我はなく無事な様子で、アイシャがこちらに駆けてくるのが見えた。
僕とソフィアもほぼ同時に走り、アイシャを胸に抱く。
「よかった! 無事だったんだね、アイシャ」
「ああもう、どれだけ心配したか……!」
「あううう、おとーさん! おかーさん! リコリスぅ! うえええっ」
よほど心細かったのだろう。
僕達が抱きしめると、アイシャは大泣きしてしまう。
でも、それは元気な証拠。
よしよしと頭を撫でて、無事でいてくれたことを喜ぶ。
「うんうん、自力で帰ってくるなんてやるじゃない。あたし、見直しちゃったわ」
ぱくり。
「ぱくり?」
「「えっ」」
アイシャを落ち着かせて……
妙な音に反応して振り返ると、子犬に噛まれ、すっぽりとその口に収まったリコリスの姿が!
一拍遅れて自分が置かれている状況を理解したらしく、リコリスの顔がサァーっと青くなる。
「ぎゃあああああ!? た、食べられるうううううっ!!!?」
「リコリス!?」
「このっ、リコリスを離しなさい!」
どこに携帯していたのか、ソフィアが剣を取り出すのだけど、
「ま、まって!」
慌てた様子でアイシャが止めに入る。
「わたし、この子に助けてもらったの……」
「え? それは、どういうこと?」
「あのね」
話によると、この子犬がここまでアイシャを連れてきてくれたらしい。
恩人ならぬ恩犬だ。
「そっか……ありがとう」
「オンッ!」
「ぎゃー!? あたしを咥えたまま吠えないでー!?」
「えっと……その子は僕達の大事な仲間なんだ。食べ物じゃないから、離してくれないかな?」
「オフ」
言われるまま、子犬は素直にリコリスを離した。
賢い子だ。
「うえー……べとべとよぉ」
「よし、よし」
すっかり落ち着きを取り戻したアイシャは、凹むリコリスを慰めていた。
「この子、犬ではありませんよね?」
「うん。逃げるけど、銀色の毛や宝石みたいな瞳を持つ犬なんて、知らないよ」
「狼でもありませんし……しかし、魔物というには、あまりにも邪気がなさすぎる……なんでしょう?」
「なんだろうね?」
「クゥーン」
僕達の訝しげな視線を受けて、自分に害はないよ? というような感じで、子犬が小さく鳴いた。
すごくかわいい。
ソフィアなんて、どういう存在なのか考えるのをやめて、子犬の頭を撫でていた。
「うーん」
ものすごく気になるんだけど……
でも、悪い子ではなさそう。
それがわかっているのなら、いいのかな?