振り返るとソフィアが。
ゴゴゴゴゴ……というような音が聞こえてきそうな顔をして、レナを睨みつけている。
「あ、剣聖も一緒だったんだ。ちぇ、つまらないなー」
「なにをしているのですか、と聞いているのですが?」
「ボクのフェイトをナンパしているんだよん」
「ボクの……?」
ソフィアのこめかみがヒクヒクと動く。
同時にすさまじい怒気……いや、殺気が放たれる。
相当なプレッシャーだ。
近くを歩いて巻き込まれた人が腰を抜かしたりしているのだけど、レナはなんのその。
涼しい顔をして、なんてことない様子で立っていた。
「フェイトはあなたのものではありません、私のものです」
「そんなこと、いつ決められたのさ? フェイトはボクのものだよ」
「いいえ、私のものです!」
「ボクのもの!」
えっと……
僕は誰のものでもないんだけど。
そうツッコミを入れたいものの、二人が散らす火花と圧がすごくて口を挟むことができない。
「フェイトは私のものです!」
「うわっ」
ソフィアが僕の右腕に抱きついてきた。
水着姿でそんなことをするものだから、柔らかい感触がダイレクトに……
「ううん、ボクのものだからね!」
「ええっ」
レナも反対側に抱きついてきた。
ソフィアほどじゃないけど、でも、ふわっとした感触が……
って、僕はなにを考えているんだ!?
「フェイトは、私と一緒にいたいですよね!?」
「ボクと一緒がいいよね!?」
「え、えっと……」
二人が左右からグイッと詰め寄ってきた。
いや、だから……
そんなに抱きつかないで。
その、色々と当たって……
どうしていいか、すごく困る。
「えっと……と、とりあえず落ち着いて? まずは深呼吸を……」
「落ち着いてなんていられません!」
「落ち着いてなんかいられないよ!」
二人は、本当は仲が良いんじゃないかな?
そんなことを思うくらい、息がぴったりだ。
「フェイトから離れなさい!」
「いたたた!?」
ソフィアがおもいきり僕の腕を引っ張る。
「そっちこそ離れてよ!」
「いててて!?」
レナもおもいきり僕の腕を引っ張る。
痛い痛い痛い!?
グイグイと左右に引っ張られて、体が二つに裂けてしまいそうだ。
「ちょ……そ、ソフィア? レナも……は、離してくれないと体が……」
「言われていますよ!?」
「キミの方だよ!」
「いたたたたた!!!?」
さらに強く引っ張られて、体が悲鳴をあげる。
このままだと、冗談抜きで裂けてしまいそうだ。
「り、リコリス……アイシャ……!」
少し離れたところで様子を見ていた二人を見つけて、助けを求める。
「おとーさんが大変なことに……」
「大丈夫よ、アイシャ」
「ふえ?」
「あれは、世の男連中がうらやましがる、ラブコメ的修羅場、っていうやつね。大変そうに見えて、実は喜んでいるのよ」
「そうなの?」
「そうよ。ほら、ソフィアとレナとかいう女に抱きつかれているでしょ? 男は、ああやって抱きつかれると喜ぶものなのよ」
「……」
リコリスのでたらめのせいで、アイシャの視線が痛いものに!?
「巻き込まれたくないし、あたしらは向こうで遊んでましょ」
「ん」
「ま、待って……! これ、本当に大変で……いたたた!?」
「フェイトは私のものです!!!」
「フェイトはボクのものだよ!!!」
僕の悲鳴と、二人の声が砂浜に響いたとかなんとか。
――――――――――
夜。
宿へ戻り、部屋でくつろぐのだけど……
「うぅ……まだちょっと痛いかも」
「ごめんなさい、フェイト……」
昼間の騒ぎのせいで、僕はベッドにつっぷしていた。
妙な感じで負荷がかかったらしく、筋肉痛のような感じで体を動かすと痛みが走る。
その原因であるソフィアは、しゅんとした様子で肩を落としていた。
そんな姿を見ていると、なにも言えなくなってしまう。
「ううん、僕は気にしていないから」
「本当にすみません……」
「僕も、態度をハッキリさせておくべきだったというか……レナに対して、もっと強く出ておくべきだったと思うから」
女の子にあんなことを言われるなんて初めてなので、ついつい動揺してしまったのだけど……
ハッキリと断っておくべきだった。
それができていないから、ソフィアが怒ったとしても仕方ないと思う。
「でも、僕が好きなのはソフィアだけだから……それだけは覚えておいてほしいな」
「フェイト……はい。私も、フェイトのことが大好きですよ」
笑顔を交換して、
「アイシャ、あれがバカップルよ」
「おー」
互いに顔を赤くした。
「ところでさー」
何気ない様子でリコリスが言う。
「レナって、黎明の同盟とかいうやばいヤツなんでしょ? なんで、この街にいたのかしら? というか、捕まえなくてよかったの?」
「「……あ」」
とても大事なことを忘れていて、僕とソフィアは揃って頭を抱えるのだった。
ブルーアイランド。
とある屋敷の客間にレナの姿があった。
ラフな格好に身を包み、大きなソファーに座る。
片手にグラスを持ち、琥珀色の酒をぐいっと喉に流す。
「はぁ……」
レナは落ち込んでいた。
肩を落として、あからさまに落ち込んでいた。
その理由は……
「せっかくフェイトと運命的な再会をしたのに、関係を進めることができないなんて。うぅ、一生の不覚だよ。ボクとしたことが、こんなミスをしちゃうなんて……」
フェイトのことで落ち込んでいた。
もしもここに仲間であるリケンがいたのなら、本来の目的を忘れるな、と説教されていただろう。
「あーあ、任務なんて放り出して、フェイトのところへ行こうかな? こういうところだと男は獣になるって聞くし、ボクのことを襲ってくれるかも♪」
レナは笑顔でそんなことを言う。
冗談などではなくて、彼女が本気なのは明らかだった。
「でも、それやるとリケン辺りがうるさいだろうからなー……仕方ない。任務に励むとしますか」
そうやって気持ちを切り替えるのと同時に、扉がノックされた。
屋敷で働くメイドが扉を開けて……
そこから、きらびやかな服に身を包んだ男が現れる。
ブルーアイランドを拠点とする貴族だ。
「すまないね、待たせてしまったかな?」
「いいえ、そのようなことはありません」
さきほどまでの態度はどこへやら。
レナはスッと立ち上がると、優雅に一礼する。
口調だけではなくて、声のトーンまで変わっていた。
魔法を使っているわけではなくて、ただの手品のようなもの。
もっと簡単に言うと、猫をかぶっているだけだ。
「突然、押しかけた私が責められるべきで、あなたさまが謝罪をされる必要は一切ありません」
「そう言ってもらうと助かるよ。どうしても今日のうちに片付けておかないといけない仕事があってね」
「そのようにお忙しい中、私のために時間を割いていただき感謝いたします」
レナはにっこりと笑う。
本来の性格はかなり問題があるのだけど……
それでも、こうして猫をかぶっている時のレナはとんでもない美少女だ。
貴族は今年で四十になるのだけど、それでも彼女の魅力に惹かれてしまい、視線を奪われてしまう。
ドレスを着ているわけではなくて、ただの動きやすい服。
しかし、それこそがレナの魅力を引き立てるのだというかのように、彼女は輝いていた。
そうやって貴族が自分に惹かれていることを感じて、レナは内心でほくそえむ。
これなら商売がやりやすそうだ。
「どうかされましたか?」
内心は欠片も表に出さず、静かに問いかける。
「あ……いや、なんでもないさ」
レナに見惚れている場合ではない。
本気で口説きたいのなら、他の機会がある。
今は商談を進めるべきだ。
そう思い直した貴族は、場を仕切り直すようにこほんと咳払いをして口を開く。
「それで、例のものは?」
「はい、こちらに」
レナはテーブルの上に置いておいた木製のケースを指差した。
「開けても?」
「もちろんです」
貴族がゆっくりと木製のケースを開ける。
中に収められていたのは、剣だ。
漆黒の刀身。
血のような赤に濡れた宝石。
魔剣。
一本だけではない。
細部は異なるが、合計で五本の魔剣が収められていた。
「ほう……これはまた素晴らしい」
貴族は声のトーンを少し高くした。
彼は剣を学んでおらず、武に関しては知識が薄い。
それでもこの剣は素晴らしいと、直感でわかるほどの業物だ。
素晴らしい剣ということは理解できるが……
しかし彼は、これが魔剣ということを知らない。
適性のない者が扱えば、破滅しか待ち受けていない。
そんな呪われた剣であることを知らない。
「良い剣を持つ商人がいると知人に紹介されて、最初は半信半疑だったけれど……いやはや、これは本当に素晴らしい。レナさん、あなたを疑ったことを許してほしい」
「お気になさらず」
「この剣があれば、私の家はさらに発展することができる。そして、より多くの民の命を守ることができる」
貴族は……端的に言うと、善人だった。
武器を求めるのは、部下の安全のため。
そして、より広い活動を行うため。
そうすることで民のためになる……そう信じて、日々、精力的に活動を行っている。
そんな善人に、レナは魔剣を売りつけようとしている。
破滅が待っていると知っていても構うことはない。
「お気に召されたでしょうか?」
「ああ、とても。いくらか試してみたいが、構わないだろうか?」
「ええ、問題ありません」
すぐに発狂することはないからね。
レナは、心の中でそう付け足した。
「この剣は、ここにある五本で全部だろうか? できるなら、もう少し欲しいのだが……」
「そうですね……まだいくらかはあるのですが、特定の方が独占することは私としては望むことではなく」
「なるほど……まあ、道理だな。このような業物を独占したら、どうなるか。嫉妬を受けるくらいならいいが、良からぬ者が独占すれば厄介なことになりえる」
「申しわけありません」
「いや、こちらこそ無理を言ってすまない。これだけの業物を一気に放出してしまうと、そちらにも問題が出てしまうだろう。そのことを忘れていた」
「いえ、大丈夫です」
「では、試し切りなどをした後になるが……この五本は全て購入させてもらおう。さっそく、商談をまとめたいがどうだろう?」
「はい、喜んで」
レナはにっこりと笑う。
それは演技ではなくて、本心からの笑みだ。
黎明の同盟の活動資金を確保するために、こうして適当な魔剣を売り捌く。
その企みは順調に進んでいた。
そしてもう一つ。
本命の目的は別にあるのだけど……
(ま、こっちはもう少し時間がかかるだろうから、気長にやっていこうかな)
昼は海を満喫していたのだけど……
「むう」
夜。
みんなで一緒にごはんを食べるのだけど、ソフィアの機嫌は斜めだった。
ムスッとした表情で、私怒っています、とわかりやすくアピールしている。
「えっと……ソフィア?」
「なんですか?」
「昼間のことはごめんというか、僕にその気はないというか……」
「フェイトはなんの話をしているのですか?」
「その……謝罪を」
「謝られる理由がわからないのですが。そもそも、私は怒ってなんていませんが」
ウソだ。
ものすごい不機嫌そうにしている。
「おとーさん、おかーさん……ケンカ?」
「大丈夫よ、アイシャ。あれはケンカっていうよりは、ちょっとしたじゃれ合いのようなものだから」
「じゃれ合い?」
「そうよ。ソフィアも意地悪というかひねくれているというか……フェイトも大変ねー」
不安そうにするアイシャをリコリスがなだめていた。
すごく助かるのだけど……
ソフィアがひねくれているというのは、どういう意味だろう?
「フェイトは、私より、あのレナという女性の方が好みなのでは?」
「そ、そんなことないよ!」
「本当に?」
「本当に!」
無実を訴えるように、ソフィアの目をじっと見つめる。
「……っ……」
一瞬、ソフィアがニヤリとしたような?
でも、今はムスッとした表情に。
見間違えだったのかもしれない。
「なら、言葉と行動で証明してくれませんか?」
「言葉はわかるけど……行動っていうのは?」
「答えを提示したら意味がないでしょう? フェイトが自分で考えてください」
「うーん」
言葉は簡単だ。
ソフィアに対する想いをそのまま口にすればいいと思う。
でも、行動と言われても……
抱きしめる……とか?
いや、でも。
人前でそんなことをするのはどうかと思うし、そもそも、いきなり抱きついたりしたらセクハラになりそうだ。
なら……
「そ、ソフィア」
「はい」
緊張しつつ、考えた内容を実行する。
「僕が好きな女性は、これまでもこれからも、ソフィア一人だけだよ」
「……そうですか」
「それを証明しようと思うんだけど、ちょっといいかな?」
「はい、どうぞ」
ソフィアの手を取り、そっと手の甲にキスをする。
騎士などが主に忠誠を捧げるためのキスだ。
僕の場合は、ちょっと意味合いは違うのだけど……
でも、彼女のために全部を捧げる、という想いは本物だ。
「……」
ソフィアは目を丸くして、
「ふふ」
鈴を転がすように笑う。
「フェイトってば、どこでこんなことを覚えたんですか?」
「えっと……」
ついつい言葉を濁してしまう。
アイシャに読んであげた本の中で、こんなシーンがあったというのはちょっとどうかと。
「たぶん、本などで見かけた、という感じでしょうか」
「うぐ」
読まれている。
「ですが、とてもうれしかったです」
ソフィアはにっこりと笑う。
よかった。
どうやら機嫌が治ったみたいだ。
「あー……フェイト? ソフィアが不機嫌そうにしていたの、アレ、演技よ」
「え?」
ふと、横からリコリスが口を挟んできた。
「ど、どういうこと?」
「多少、不機嫌になっているのは事実だろうけど、それは演技。フェイトにあれこれしてほしいから、わざとあんな態度をとっていたのよ」
「そ、そうなの……?」
ソフィアを見ると、ペロッと舌を出されてしまう。
「すみません。フェイトに甘い言葉をささやいてほしくなり、つい」
「……そ、そういうことなんだ」
がっくり。
体の力が抜けてしまい、床に膝をついてしまいそうになる。
ソフィアとケンカなんてしたことがないから、どうしようかと慌てていたんだけど……
まさか、全部演技だったなんて。
「でも……そっか。そうだよね」
ソフィアは演技と言うけれど……
でも、不機嫌になったことも事実らしい。
そうさせてしまったのは、僕がレナにハッキリとした態度をとれなかったからだ。
心配させることのないよう。
不機嫌にさせないよう。
次、出会うことがあれば、きちんと対応しないと。
「僕、がんばるよ、ソフィア」
「はい、期待していますね」
こちらの考えていることを察した様子で、ソフィアはうれしそうに微笑む。
「雨降って地固まる、っていうヤツかしらねー」
「雨……?」
「ケンカをして仲直りして、もっと仲良くなる、っていうことよ」
「おー。おとーさん、おかーさん、仲良し」
アイシャはうれしそうに、尻尾をパタパタと振る。
「ところで……あたしとアイシャ、今夜は部屋を別にした方がいい? フェイトとソフィアは、二人で熱い夜を過ごしたいんじゃない?」
「「変な気をつかわないで!?」」
「くひひ」
一番上手なのはリコリスかもしれない。
ニヤリと笑う彼女を見て、そんなことを思うのだった。
数日後。
再び獣人研究家の家を訪ねてみると、中から生活音が聞こえてきた。
「よかった、帰ってきているみたいだね」
「はい。また留守だったらどうしようと思っていましたが、一安心です」
アイシャについて、なにか新しい情報を得ることができるだろうか?
期待しつつ、扉をノックする。
「すみま……」
「おわぁあああああ!!!?」
ガラガラガラドガシャーン!!!
ノックをした直後、悲鳴が聞こえてきた。
ついでに、なにかが崩落するような音。
「え?」
「今、なにが……?」
僕とソフィアは、思わずぽかんとしてしまう。
アイシャはちょっと怯えていた。
「このあたしを待たせるなんて、なってないわねー」
リコリスはマイペース……
というか、ちょっと偉そうだった。
「今の、なんだろう……?」
「なにかが起きたことは間違いないと思いますが……もしかして事故が?」
だとしたら大変だ。
すぐに状況を確認した方がいいかもしれない。
でも、その場合は強引に立ち入らないといけないわけで……
どうしよう?
「はいはーい、今出るよー」
迷っていると、そんな呑気な声が聞こえてきた。
よかった。
なにか起きたことは間違いないだろうけど、怪我をしたとかそういうわけじゃなさそうだ。
「はい、こんにちはー」
扉が開いて、メガネをかけた女性が姿を見せた。
見た目は幼く、十二歳くらいに見える。
背も低く、体も細い。
そんな姿なのに、とても大きな白衣を身に着けていた。
ダボダボで引きずってしまっているのだけど、それを気にしている様子はない。
「どちらさまかな?」
「あ……僕は、冒険者のフェイト・スティア―ト」
「私も冒険者で、ソフィア・アスカルトと言います。この子はアイシャちゃん。それと、妖精のリコリスです」
「こんにちは」
「はい、どうも丁寧に。私は……おっ……おおおおおぉ!!!?」
突然、女性が大きな声をあげた。
ぐぐっと詰め寄るようにして、アイシャに強い視線を注ぐ。
その目は、ぴょこぴょこと揺れる耳と、ふりふりと動く尻尾に向けられている。
「あなたは獣人!? 獣人だよね!?」
「は、はい……」
「うひゃあああああ!!! まさか、ウチに獣人がやってくるなんて! すごい、すごすぎる! なんていう日なの、今日は! 女神さまに感謝よ!」
「あう……」
ものすごいテンションが高くなり、狂喜乱舞という言葉がぴったりといった様子で、女性がはしゃぐ。
正直、異様だ。
アイシャはちょっと怯えていた。
「あの……」
「はっ!?」
思わず呆れた視線を送ってしまうの。
それに気がついた女性は、ピタリと硬直した。
そして、たははと困り顔をして頭をかく。
「いやー……ごめんごめん。獣人研究家をやっているんだけど、本物の獣人を見たことは数えるほどしかなくて。ついつい興奮しちゃった」
「え? それじゃあ、あなたが……」
「名乗り遅れたね。私は、獣人研究家のライラ・イーグレットだ」
――――――――――
ライラ・イーグレット。
獣人研究家。
見た目は幼いのだけど……
驚くことに、今年で三十になるという。
獣人よりも彼女の方が謎だ。
とにかくも。
自己紹介を終えた後、僕達は彼女の家の中へ。
「うわぁ……」
ライラさんの家は、あちらこちらに書物が積み重ねられていた。
よくわからない道具もたくさん転がっている。
足の踏み場がないほどで、ちょっと片付けなければいけなかったほど。
「いやー、ごめんね。来客なんてぜんぜんなかったから、ちょっと散らかってて」
「ちょっと……ですか」
ソフィアの顔がちょっと引きつっていた。
「あ、お茶くらいはあるよ。コップがないから、このビーカーになるけど。はい、どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ビーカーで飲むお茶……なんかシュールだ。
ただ、アイシャとリコリスは気にしていないらしく、さっそく口をつけていた。
そして、ほんわりと幸せそうな顔に。
なかなかどうして、味はおいしいらしい。
「それで、なにか私に用かな?」
「アイシャちゃん……というか、獣人について色々と知りたいと思いまして」
「ふむ? 獣人について教えてほしいというのなら、色々と語ろうじゃないか。講義は嫌いじゃないからね。ただ、どうして知りたいのか理由を教えてくれるかな?」
「それは……」
ソフィアが困った様子でこちらを見た。
僕達が獣人のことを知りたいと思ったのは、レナや魔剣の事件があったからだ。
果たして、それを話していいものか。
「……ソフィア、話してみよう」
「いいのですか?」
「うん。僕の勘だけど、ライラさんは信用できると思うんだ」
「わかりました。フェイトがそう言うのならば」
そうして、僕らは一連の事件について説明するのだった。
「……ふむふむ、なるほどねー」
こちらの事情を説明して……
ライラさんは、難しい顔をして頷いてみせた。
「魔剣か。そんなものがあるなんて、驚きだねー」
「一応、このことは内密にお願いします」
魔剣は大きな力を秘めていて、誰もが強くなることができる。
ただ、使用者を狂わせてしまうなど、呪われているような一面もある。
そんな武器があることが知られれば、どうなるか?
危険だとわかっていても、手を伸ばす人は出てくるだろう。
冒険者ギルドの上層部などには報告をしているものの、一般には公にしていない。
事故、事件を避けるためだ。
「うん、了解。安心して。私は口が硬い方だからね」
「お願いしますね」
ソフィアはにっこりと笑うものの、圧を放っている。
もしも喋ったらどうなるか? と釘を刺しているみたいだ。
ただ、そんなことは知らんとばかりに、ライラさんの態度は変わらない。
この人も、ある意味で大物なのだろう。
「で……その魔剣を使う連中が、この子を狙っていたと?」
「うん。そのことで、なにか知っていること、気づいたことはないかな……って、ライラさんに話を聞きたくて」
「なるほど、なるほど」
頷きつつ、ライラさんはアイシャをじっと見つめる。
「うぅ……」
アイシャは、少し居心地が悪そうだ。
ライラさんの最初のハイテンションな様子に怯えているのかもしれない。
「はいはーい、怯えないの」
「でも……」
「大丈夫よ。この女はちょっとおかしいだけで、悪いヤツじゃないわ。たぶん」
「そう、なの?」
「悪いヤツだったとしても、その時は、あたしがのしてあげる。こう、シュッシュッ、ってね。リコリスちゃんパンチは岩を砕くのよ」
アイシャの頭の上で、リコリスがパンチをしてみせる。
頼りになるというよりは微笑ましい感じだ。
それでもアイシャは安心したらしく、落ち着きなく揺れていた尻尾が止まった。
「私は悪い人じゃないわ。ただ、獣人にとても興味があるだけ」
「痛いこと、しない?」
「しないしない。約束するわ。むしろ、甘いものをあげる」
「わぁ」
飴をもらい、アイシャは笑顔になる。
「それで、アイシャが狙われる理由などはわかりませんか?」
「うーん……ちょっと心当たりはないわね」
ソフィアの問いかけに、ライラは首を横に振る。
「魔剣ってのは、今知ったばかりだから。それが、どんな風に獣人と関わりがあるのか? さすがにわからないわね」
「そうですか……」
「ただ、調べればある程度のことはわかると思うのよね。時間はかかるけど、私も興味があるからやってみたいけど……どうする?」
ソフィアがこちらを見る。
僕は頷いた。
「お願いします」
「うん、りょーかい。魔剣と獣人の関連について、これから調べてみるわ。あ、二人は情報提供お願いね」
「はい」
ひとまず話がまとまった。
ただ、せっくなので色々な話を聞いておきたい。
「獣人について教えてくれませんか?」
「お、少年も獣人に興味があるのかい?」
「はい」
ライラさんが持つ興味とは方向性が違うのだけど……
でも、興味があるのは事実だ。
アイシャに関することなので、獣人に関する知識を増やしておくことに問題はないはず。
ソフィアも同じ考えらしく、話を聞かせてほしいと言う。
「よーし。それじゃあ、獣人についての講義を始めようかな。私が先生で、キミ達が生徒だ」
ライラさんは楽しそうだ。
研究者だから、自分の成果を発表することはうれしいのかな?
「じゃあ、獣人についての講義を始めるけど……その前に、二人に質問。獣人について、どれだけの知識を持っている?」
「え、なんであたしはスルーなの?」
リコリスが不満そうに言うものの、ライラさんは気にしない。
「さ、どれくらい知っているのかしら?」
「えっと……僕達人間と似た種族で、動物の耳とか尻尾が生えている」
「身体能力は高く、とても長命。ただ、数が少なくて、ほとんど見かけない……でしょうか」
「なるほど、そんなところか」
僕達の話を聞いたライラさんは、考えるように頷いた。
ややあって、口を開く。
「二人の認識は間違ってないけど、ちょっと情報が足りないわね。私の研究で得た情報を足しておくわ」
そう言って、ライラさんは獣人についての情報を並べていく。
いつ、どこで誕生したのか?
それは不明だけど、獣人は遥か昔から存在している。
外見は人間とほぼ同じだけど、動物の耳と尻尾を持つという違いがある。
その身体能力、生命力はかなり高い。
大きな岩を片手で持ち上げたり、数百年を生きたりするという。
ただ、個体数はかなり少ない。
人前に姿を見せることなく、人気のない山奥などで集落を築いていることがほとんど。
人間を嫌っているのではないか? という推測も成り立つ。
「……とまあ、これが私が持つ、獣人についての基本的な情報ね」
「その話を聞いた限りでは、アイシャちゃんが狙われる理由は不明ですね……」
ソフィアと同じく、理由が思い浮かばない。
ただ、ライラさんは違うらしく、話を続ける。
「根拠はなにもないんだけど……一つ、仮説を立てることができるわ」
「それは?」
「彼女の魂を狙っている」
「魂を?」
どういうことだろう?
魂の定義はちょっと曖昧だけど……
でも、確かに存在する。
そのことは、教会や神官などによって証明されている。
ただ、魂を狙う悪人なんて聞いたことがない。
「そもそも魂とはなにか? それは、人を人とするもの。人を構成する上で、一番欠かせないもの。その人の全てといってもいい、心を司るもの。目には見えないけれど、確かに存在するの」
学習院の先生のように、ライラさんは講義を始めた。
話をすることに慣れている様子だ。
研究だけじゃなくて、講義をすることもあるのかな?
「魂については理解しているつもりですが、なぜ、それが狙われるのですか?」
「魂っていうのは、とても強い力を秘めているのよ。人を人たらしめるもの。全ての源。だから、あまり知られていないけど大きな力があるわ」
「魂の力……ですか」
「で、獣人は私達人間より強い魂を持っていると言われているの」
それはなぜか?
獣人の起源については明らかにされていないが……
人間の知識と獣の力を兼ね備えているとされている。
健全な肉体には健全な精神が宿ると言われているように。
強い肉体には強い魂が宿る。
故に、獣人は強く巨大な魂を秘めている。
それがライラさんの説だった。
まだ世間に認められていないものの、彼女としては確信に近いものがあるという。
「数値化するなら……そうね。私達人間の魂が100とするなら、獣人の魂は最低でも1000ね」
「十倍ですか……」
「それはすごいね……」
「だから、強い魂を持つ獣人を狙う、っていう可能性はあると思うの」
ただ、魂をエネルギーとして利用する技術は、まだ確立されていないらしい。
それに、魂を利用することは固く禁じられている。
その話を聞くと、普通ならありえないと思うのだけど……
でも、相手は黎明の同盟。
魔剣という、とんでもない代物を作ってしまう連中だ。
法を守るなんて思えないし……
ライラさんの知識を上回る技術を持っていたとしてもおかしくない。
「うーん……色々とわかったけど、逆に謎が増えた感じだね」
「ですが、前進していることは確かです。焦らず、一つ一つの物事に対処していきましょう」
「うん」
一気に問題が解決するなんて思っていない。
ソフィアが言う通り、ゆっくりと、でも着実に前へ進んでいかないと。
「他にも、獣人に関することを教えていただきたいのですが……」
「もちろん、いいわよ。ただ……」
「ただ?」
「その前に、アイシャちゃんのことを調べさせてもらってもいいかしら?」
「ふぁ?」
じっと成り行きを見守っていたアイシャが、自分に話の矛先が向いて、不思議そうに小首を傾げた。
「あわわ!?」
その拍子に、アイシャの頭の上で寝ていたリコリスが落ちる。
話が退屈で寝ていたらしい。
たまにだけど、リコリスの自由なところがうらやましくなる。
本当にたまにだけどね。
「調べる、っていうのは?」
「えっと……ほら。私は、獣人について誰よりも詳しいって思っているから? だから、どれだけの魔力を持っているのか、っていうのを調べてみたら、さらに情報が得られるかも? ね、ね、そう思わない?」
熱心に語るライラさんだけど……
なんていうか、その目は欲望にまみれていた。
本物の獣人が目の前にいる。
このチャンスを逃したくない。
色々な検査をしてみたい。
そんな考えが透けて見える。
とてもわかりやすい人だ。
「えっと……」
アイシャを見る。
問題ないというように、コクリと頷いた。
「わたし、大丈夫だよ?」
「本当に?」
「うん。おとーさんとおかーさんの役に立ちたいの」
「それは……」
「あと……わたしも、わたしのことを知りたいから」
「そっか……うん。ソフィア」
「はい。アイシャちゃんがこう言うのなら、私も問題はありません」
「おお、マジでいいの!?」
ライラさんはものすごく興奮した様子で喜ぶ。
本当に獣人のことが気になるんだなあ。
「ただし」
釘を刺すような感じで、ソフィアがギロリと睨む。
「痛いことや怖いことは禁止です。そんなこと、アイシャちゃんにさせるわけにはいきませんから」
「うんうん、わかってるって」
「あと、検査の際は私達も同席させてもらいますからね」
「オッケー、問題ないわ」
こうして、アイシャの魔力測定が行われることになった。
さて、どうなるかな?
「じゃあ、そこの椅子に座ってくれる?」
「うん」
言われるまま、アイシャは椅子に座った。
椅子は普通のものだけど、周囲によくわからないものが設置されていた。
「えっと……これはなんですか?」
「魔力とかを測定するための魔道具よ。害があるものじゃないから、安心して」
それならいいんだけど……
でも、見たことのないものがたくさんだ。
ソフィアも知らないらしく、一緒に首を傾げていた。
「へえ……マジックコントロールシステムに、エリアスペクトル。それに、思念測定装置まであるなんてすごいわね」
「え……リコリスは、これらの魔道具がなんなのか知っているの?」
「もちろんよ! この私を誰だと思っているの? パーフェクトビューティフル天才美少女妖精リコリスちゃんよ!」
「意外ですね……」
「ちょっとソフィア、しみじみと言わないでくれる?」
「……意外……」
「アイシャにまで言われた!?」
いつでもどんな時でも元気なリコリスだった。
ただ、そのおかげでリラックスできたらしい。
検査と聞いて、ちょっと緊張した様子を見せていたアイシャだけど、今は落ち着いた様子で尻尾をゆらゆらとさせていた。
「はいはーい、じゃあ測定するわよ」
合図をするように言うと、ライラさんは測定を開始した。
メジャーを取り出して、アイシャの身長を測る。
胸囲と座位も測定。
その次は体重。
そして、視力検査。
それから……
「……ねえ、ライラさん」
「なにかしら?」
「せっかくの機会だから、アイシャの体についての検査もしようとしてない?」
「ぎくっ」
わかりやすい反応だった。
「ライラさん?」
「ち、違うのよ? これは、えっと……ほら。もしかしたら、変な病気をどこかでもらっているかもしれないじゃない? あるいは、成長が遅れているとか、そういう問題もあるかもしれないし……そういうのも調べておいた方がいいかなー、なんて言い訳を……」
「「はあ」」
ソフィアと同時にため息をついた。
この人、獣人が関わるとちょくちょく暴走するな。
まあ、言う通り、害があるわけじゃないからいいけど。
「一理あるので、ひとまず、ライラさんの言う通りにしますが……アイシャちゃんが嫌がることはしないでくださいね? もしも、そんなことをしたら……ふふふ」
「約束します!!!」
ソフィアの怖い笑みに、ライラさんは直立不動で答えた。
それから、いくつかの検査をして……
ようやく、本題である魔力測定が行われることに。
「アイシャちゃん、そのままじっとしててね」
「ん」
ライラさんが、周囲の魔道具を一つずつ起動させていく。
ブゥンという音が響いた。
ただ、それだけ。
目に見えた変化はなにもない。
「んー」
ただ、アイシャはなにか感じているらしい。
落ち着きのない様子で、尻尾をパタパタとさせ始めた。
それを見たソフィアが心配そうな顔に。
「アイシャちゃん、大丈夫ですか? なにか痛いとか、ありますか?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そうですか……」
「お嬢さまにご不快な思いはさせないように、細心の注意を払いたいと思います!」
ソフィアに睨まれて、ライラさんは再び直立不動で答えた。
なんとなく、ソフィアがテイマーに見えた。
「ほうほう、これは……」
なにかしらの検査結果が見えているらしく、ライラさんは興味深そうな顔に。
ただ、それも少しの間だけ。
ほどなくして驚愕の表情に変わり、目が大きく開かれる。
「え……これ、マジで? こんな数値……」
ボンッ!」
「ひゃう!?」
「うわっ」
いきなり周囲の魔道具が壊れた。
一斉に煙を吹いて、停止してしまう。
「おかーさん!」
「大丈夫ですよ、アイシャちゃん。お母さんとお父さんがここにいますからね、よしよし」
怯えるアイシャをなだめるソフィア。
それから、ギッとライラさんを睨みつける。
「アイシャちゃんを怯えさせるなんて……どういうことですか?」
「ひぃっ」
「ソフィア、ストップ。別に、わざとやったわけじゃないと思うから」
ライラさんの反応を見る限り、突発的なトラブルだと思う。
それを攻めるというのは、さすがに酷な気がした。
「そ、そうなのよ。フェイトくんの言う通り。まさか、こんなことになるなんて……」
「いったい、なにが起きたんですか? アイシャに害はないですよね?」
「それは大丈夫。魔道具が壊れただけで、アイシャちゃんにはなにもないわ」
「よかった……」
でも、なにが起きたのだろう?
ライラさんを見ると、すぐに説明をしてくれる。
「どうも、魔道具の限界を超えちゃったみたい」
「と、いうと?」
「アイシャちゃんの魔力がとんでもなさすぎて、測定しきれなくて壊れちゃった、っていう感じかな」
「アイシャの魔力が……?」
思わずアイシャを見てしまう。
彼女は特に自覚がないらしく、キョトンとしていた。
「それは本当なのですか?」
「十中八九、間違いないと思うわ。アイシャちゃんは、とんでもない魔力を持っている」
「どのくらいなのです?」
「規格外、って言葉がぴったりかしら? 最上位の魔法使いに送られる称号『賢者』。その賢者でさえ、足元に及ばないほどの魔力を持っていると思う」
「アイシャちゃんが……」
「そんなことに……」
思わぬ事実を告げられて、僕とソフィアは驚きの目をアイシャにやる。
獣人は、とても強い魂を持っているという。
なればこそ、魔力も強いのだろうか?
「わたし、つよい?」
アイシャは、どことなく誇らしげだった。
現状を理解していないけれど、でも、すごいということは理解したらしい。
「そうですね。アイシャちゃんは強くて、そしてなによりもかわいいです」
「はぐ」
ソフィアがアイシャを抱きしめた。
えへん、と胸を張る娘がかわいくて仕方なかったのだろう。
「アイシャの魔力がとんでもないのは、もしかして獣人だから?」
「そう、ね……」
ライラさんは歯切れ悪い反応だ。
ややあって、頭を振る。
「ううん。いくら獣人でも、ここまでの魔力はないわ。あるわけがない」
「そうなんですか?」
「私は少し魔法を使えるからわかるんだけど、これ、本当に規格外なんだもの。獣人は強い魂を持つけど、でも、ここまでなんて……あ、いや? 一つ可能性があるか……」
なにか思いついた様子で、ライラさんは指先で顎を撫でた。
「もしかしたら、この子は希少種なのかも」
「希少種?」
「獣人は珍しい種族なんだけど、その中でもさらに希少な獣人がいるの。人前に姿を見せることはほとんどない……というか、記録では数度しか目撃例がないわ」
「そんな獣人が……」
「見た目は普通の獣人と変わらないんだけど、その魂の質は桁違い。普通の獣人の数十倍の……ううん。数百倍の力を持っていると言われているわ」
とんでもない話だった。
まさか、アイシャにそんな秘密があったなんて……
でも、納得はできる。
それほどの力を持っているのなら、黎明の同盟から狙われても不思議じゃない。
まあ、なにを目的としてアイシャの力を求めているのか?
そこはわからないんだけどね。
「その希少種の名前は……神子、と呼ばれているわ」
「……神子……」
女神さまの子供……?
そんな意味にもとれるのだけど、でも、本当のところはわからない。
「まとめると、アイシャは貴重な子、っていうことでオーケー?」
リコリスがそんなことを言う。
身も蓋もない言い方だけど、でも、間違ってはいない。
「……」
ふと、アイシャが暗い顔に。
どうしたんだろう?
「どうしたんですか、アイシャちゃん」
「……おかーさん……」
アイシャは迷うように口を開いたり閉じたりして……
ややあって、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「わたし、怖い?」
「え?」
「わたし、変なじゅーじん、みたいだから……怖い?」
どうも、自分が希少種ということを知り、不安になっているみたいだ。
そのせいで、自分が嫌われるかもしれないと思いこんでいる。
でも、それはありえないこと。
「そんなことありませんよ」
「ふぁ」
ソフィアは女神さまのように優しい笑みを浮かべると、そっとアイシャを抱きしめた。
そのまま、頭をなでなでする。
「アイシャちゃんが希少種というものだとしても、なにも関係ありません。アイシャちゃんは、私のかわいいかわいい娘ですよ」
「……おかーさん……」
「うん、ソフィアの言う通りだよ。僕は、アイシャのことが大好きだよ」
「……おとーさん……」
アイシャは、ソフィアを抱き返してその胸に顔を埋めて……
「うー……」
ちょっとだけ泣いた。
そんな僕達のことを、ライラさんは温かい顔で見守っていた。
――――――――――
またなにかわかったら連絡する。
そんな言葉をもらい、僕達はライラさんの家を後にした。
「ん~♪」
右手は僕、左手はソフィアと繋いで、真ん中にアイシャ。
頭にリコリスを乗せて、アイシャとてもうれしそうに楽しそうに鼻歌を歌っていた。
元気になって良かった。
やっぱり、子供は笑顔が一番だよね。
「……フェイト」
僕にだけ聞こえる声で、ソフィアが小さく言う。
「……アイシャちゃんのことですが」
「……うん。もっと、色々と調べてみないとね」
アイシャが、希少種という獣人であるらしいことはわかった。
でも、それだけ。
なんで黎明の同盟から狙われていたのか、そこは不明だ。
原因がハッキリしないと、今後の安全を確保することが難しい。
僕達がなんとかしないといけない。
……ただ、がんばりたいと思っているのは僕達だけじゃなかった。
「おとーさん、おかーさん」
「はい、なんですか?」
「えっと……お願いがあるの」
思わずソフィアと顔を見合わせてしまう。
アイシャがおねだりをするなんて、初めてのような気がした。
できるなら叶えてあげたいけど……
いったい、どんなお願いなんだろう?
「わたし……魔法を覚えたい」
「魔法を?」
思わぬ話に、ついつい首を傾げてしまう。
ソフィアも不思議そうにしていた。
アイシャが学びたいというのなら、特に危険なものではないし反対はしないけど……
でも、なんで魔法なんだろう?
アイシャは今まで、魔法に興味を見せたことはないのだけど。
「アイシャちゃん、どうして魔法なのですか?」
「わたし、すごい魔法を覚えられる……?」
「えっと……はい、そうですね。その可能性はあると思います」
「なら……おとーさんとおかさんと、リコリスの力に……なりたいの。わたしも、がんばりたい」
小さな手をぎゅっとして、アイシャはいつになく強い様子で言う。
守られるだけはイヤ……という感じかな?
その気持ちはわかる。
僕も最初はなにもできなくて……
色々なところでソフィアに助けてもらっていた。
でも、それじゃあダメ。
きちんと自立したいと思うし……
いざという時は、好きな人の力になりたいと思う。
守られるだけじゃなくて、互いに支え合う。
それが理想なんだと思う。
「とはいえ……うーん」
「おとーさん、ダメ?」
上目遣いは反則だよ。
なんでも、いいよ、って即答してしまいそうになる。
「反対はしないよ。アイシャががんばりたい、っていう気持ちは本物だろうから。なら、僕は応援したい」
「私も同じ気持ちです。ただ……」
「僕達、魔法を使えないからどうしようかな、って」
魔法を覚えるための教室はあるんだけど……
でも、アイシャから目を離したくない。
獣人によからぬ感情を持つ人はいる。
悪いことを企む人もいる。
そして、希少種ということが判明した今、片時も離れず一緒にいた方がいいはず。
「ふっふっふ」
どこからともなく得意げな声が。
リコリスだ。
彼女は腕を組み、アイシャの頭の上で得意そうに胸を張る。
「魔法といえば、このあたし! マジカルミラクルプリティピュア妖精、スーパーリコリスちゃんの出番ね!」
いつも思うのだけど、名乗るのに疲れないのかな?
「リコリスが教師になるの?」
「そういうこと」
「それは……」
「不安ですね……」
「なんでよ!?」
だって、
「「リコリスだから」」
僕とソフィアの声がシンクロした。
「このバカップル、めっちゃ失礼なんですけど」
ごめんなさい。
「あたし、こう見えても魔法のエキスパートなんですけど? めっちゃ頭いいんですけど? 人間で言うなら、賢者っぽいんですけど?」
「ごめんね、リコリスの魔法の腕は疑っていないよ」
「まるで、他は疑っているかのような言い方ね……ま、いいわ。それで、あたしなら教えてあげられるけど、どうする?」
どうしようか? と、ソフィアと顔を見合わせた。
リコリスなら良い魔法の教師になれると思うし……
アイシャに危険が及ぶこともないはず。
でも、変なことまで教えないか、それが心配だ。
同じことを考えているらしく、ソフィアも微妙な顔だ。
「リコリス」
「なによ?」
「なら、お願いしたいと思うのですが……魔法だけを教えてくださいね? くれぐれも、余計なことを教えないでくださいね?」
「ふふーん、任せておきなさい!」
「もしも余計なことを教えたら、その時は……ふふ、夕飯のおかずが一品、増えることになりそうですね」
「誠心誠意、お嬢さまに魔法を教えさせていただきたいと思います」
器用に空中で深くお辞儀をしつつ、リコリスは魔法の教師を引き受けた。
ソフィアがここまで釘を刺したのなら平気だろう。
たぶん、余計なことはしないはず。
「リコリス、魔法を教えてくれるの?」
アイシャがわくわくした様子で問いかけた。
「ええ、そうよ。このあたし、スペシャリテマジックマスターミラクルキューティーガール、魔法少女リコリスちゃんが教えてあげる!」
「わー」
ぱちぱちと、律儀に拍手をするアイシャ。
それが心地よかったらしく、リコリスはドヤ顔に。
「このあたしが、アイシャを一流の魔法使いに育ててあげる。でも、修行の道は険しいわよ? ついてこれるかしら?」
「がんばる」
「いい答えね! ならば、今日からあたしのことは、マスターと呼びなさい!」
「ますたーど?」
「マスターよ、マスター! あたしは調味料じゃないわよ!」
「おー」
「なんで拍手するのよ!? 今、どこに感心する要素があったの!?」
「ますたーど、かっこいい」
「だからマスターよ!!!」
二人のやりとりを見て……
「これなら問題なさそうですね」
「そうだね」
僕とソフィアは、微笑ましい顔をするのだった。