「あむ、あむ、はむっ」
アイシャは小さな口をいっぱいに開けて、フォークをぐーの手で握り、ホットケーキをぱくぱくと食べていた。
はちみつで口の周りが汚れて、ホットケーキの欠片がぽろぽろと落ちてしまっている。
それでも止まらない。
尻尾をぶんぶんと勢いよく左右に振りつつ、夢中になって食べている。
それくらい、エミリアの焼くホットケーキは絶品だった。
「アイシャちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい!」
キラキラと目を輝かせつつ、アイシャは頷いた。
そんな孫娘を見て、エミリアはとてもうれしそうに笑う。
自分が作ったお菓子をおいしいと言ってもらえることは、とてもうれしい。
相手が孫娘であるのならば、なおさらだ。
「アイシャよ、おかわりはいるか? おじいちゃんが切り分けてやろうか?」
「もうちょっと、食べたいかも」
「よしよし。では、半分ほどか……せいっ」
エドワードは、日頃から鍛えている剣の腕を惜しむことなく使い、ホットケーキを綺麗に半分に斬る。
完全に技術の無駄遣いだ。
しかし、アイシャはパチパチと拍手をして喜ぶ。
その度に、エドワードはでへれというだらしのない笑みを浮かべる。
かわいい孫のためならば、最高級の剣と技でホットケーキをいくらでも斬ってみせよう。
わりと情けない決意を固めるエドワードであった。
「あー……」
アイシャはおかわりのケーキを食べようとして、
「……うぅ?」
ふと、フォークを持つ手が止まる。
尻尾がピーンと立ち、毛が膨れ上がる。
耳は落ち着きなくぴょこぴょこと揺れた。
「どうしたの、アイシャちゃん?」
「もしかして、お腹いっぱいになったのかい?」
「うう、ん……なにか、いやな感じがするの……」
「嫌な感じ、ですか?」
エミリアは周囲の気配を探るように、目を閉じて集中して……
次いで、険しい表情に。
「旦那さま」
「うむ……何者かわからぬが、不届き者が現れたみたいじゃな」
気がつけば、屋敷を取り囲むように複数の人の気配があった。
その存在を隠そうとしていないのか、いずれも強い殺気を放っている。
「エミリアよ。今、屋敷にいるのは儂らだけか?」
「はい。使用人達は皆、外に出ております」
「ふむ……ちょうどいい」
エドワードは部屋の端にある剣を持ち、刃を抜いた。
「守る者が一人ならば、かえってやりやすいというもの。そして……」
ガシャンッ! と窓が割れて、そこから覆面をつけた男が二人、飛び込んできた。
それぞれ短剣を手にしている。
刃が紫色に濡れているのは、毒を使用しているからだろう。
普通の人は、毒を見れば警戒するだろう。
しかしエドワードは違った。
「ふん、姑息な手を使う。そのような者に儂が負けるわけなかろう!」
エドワードは怯むどころか、逆に戦意を上昇させた。
敵が動くよりも先に自分が動く。
風のような動きで覆面の懐に潜り込み、剣の腹でその頭を殴り倒した。
返す剣で二人目の脇腹を打ち、ほぼほぼ同時に地に沈める。
「弱いな。一から訓練を詰み直してくるがよい」
覆面は決して弱くはない。
エドワードの門下生で覆面に勝てるものは、数えるほどしかいないだろう。
しかし、それ以上にエドワードの方が圧倒的に強い。
ましてや、今はアイシャがいる。
孫娘の前でかっこいいところを見せようとするエドワードは、普段の三割増しの力を発揮していた。
覆面が次々となだれ込んでくるものの、全て返り討ちにしていく。
そんな鬼神のごとき活躍を見せるエドワードに恐れをなしたのか、覆面達は作戦を変更する。
「お前達は男を止めておけ! その間に、俺達が目標を確保する!」
「むっ!?」
さらなる増援。
その半分がエドワードに向かい、もう半分がエミリアとアイシャを狙う。
いや。
正確に言うのならば、アイシャだけを狙っていた。
「エミリア!」
エドワードが叫ぶ。
しかし、それは悲鳴ではない。
「遠慮はいらん、叩き潰してしまえ!」
「もちろん、そのつもりです」
覆面が迫る中、エミリアはあくまでも笑みを浮かべたまま。
そして、覆面の攻撃をすり抜けるように避けてみせた。
「なっ!?」
必殺のはずの一撃が避けられて、覆面が動揺する。
その隙を見逃さない。
「がっ!?」
「ぐぅ!?」
「ぎゃあ!?」
いつの間にか、エミリアの手には剣が握られていて……
三人の覆面が宙に舞う。
「わぁ」
魔法でも見たような気分になり、アイシャは怖がるよりも先に驚いた。
そして、エミリアの活躍をすごいと思った。
「おばーちゃん、強い?」
「はい、そうですよ。アイシャちゃんのおばーちゃんは、とても強いのです」
「すごい、ね」
「ふふ、ありがとう」
エミリアは内緒の話をするように、そっと言う。
「実のところ、私は旦那さまよりも強いのです」
「おー」
「なので、アイシャちゃんは絶対に守るので、安心してくださいね」
アイシャを安心させた後、エミリアは愚かな襲撃者達に向き直る。
その顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
「屋敷に土足で踏み入るだけではなくて、孫娘を狙うなんて……ふふ、覚悟してくださいね?」
アイシャは思う。
やっぱり、エミリアはソフィアの母親なのだなあ……と。
「誰だ!?」
突然の声に、慌てて振り返る。
「やっほー」
「……レナ?」
この場にそぐわない呑気な挨拶をするのは、レナだった。
街の食堂で出会った女の子。
一度しか顔を合わせていないのだけど……
いきなり告白? をされたものだからよく覚えている。
「どうしてここに?」
剣を構えつつ、問いかける。
女の子に剣を向けるなんて……
と思わないのでもないけど、でも、レナは別だ。
こうして対峙しているだけでイヤな汗が止まらない。
まるで猛獣が目の前にいるかのようだ。
いや……猛獣で収まるだろうか?
それ以上のなにか。
それこそ、物語の中に出てくる悪魔や魔王というような、そんな類の存在に思えた。
そんな僕を見て、レナが不満そうな顔に。
「むうー。今はその気になっているとはいえ、その反応は傷つくなあ」
「え? あ……その、ごめんなさい」
「……」
頭を下げると、レナがぽかんとなる。
そして、大きな声で笑い始めた。
「あはっ、あははは! そこで素直に謝っちゃうの? もう、どこまでお人好しなのさ。あはははっ」
「そこで笑われても……」
「ごめんごめん。でも、フェイトがあまりにも予想外のことをするんだもん。フェイトのせいだよ? うん、フェイトが悪い」
「えぇ……」
「うーん、やっぱりフェイトはおもしろいなあ。是が非でもボクのものにしたくなってきたけど……まずは、その前に」
「え?」
蜃気楼のようにレナが消えてしまう。
幻と話をしていた?
いや、そんなわけがない。
いったい、どこへ……
「はい、回収完了」
「なっ……!?」
いつの間に回り込んだのか、レナは後ろに移動していた。
その手には魔剣が握られている。
「それをどうするつもり!?」
「今は回収するだけだよん」
「回収……?」
「この魔剣は、ボク達が提供したものだからね。レンタル形式だから、後で返してもらうのは当然だよね? そこそこのやつを渡したし、うまいこと剣聖を誘拐できたから、聖剣を手に入られると思ったんだけど……うーん、ダメか」
ということは、アイザックの本当の狙いはソフィアじゃなくて聖剣?
「レナ、キミはいったい……」
何者なんだ?
以前会った時は、高位の冒険者だと思っていた。
見た目はかわいい女の子だけど……
でも、とんでもない実力者という展開もある。
身近に、そういう例があるし。
でも、彼女は冒険者なんかじゃない。
それ以上の存在というか……
今まで出会ったことのタイプの人だ。
「やだなあ。私は、どこにでもいるような普通の冒険者だよ?」
「……」
「そんなわけないだろー、っていう目だね。うん。そうだよねー、今更、それは通用しないか」
考えるような仕草。
ややあって、レナはニヤリと笑う。
「んー……そうだね。せっかくだから自己紹介しておこうか」
レナが軽く手を振ると、その手に持っていた魔剣が消えてしまう。
いったいどこに……?
僕の驚きを気にすることなく、レナは優雅に一礼してみせる。
そして、己の正体を告げた。
「ボクは、レナ・サマーフィールド。『黎明の同盟』に所属する、魔剣士だよ」
「黎明の同盟……? 魔剣士……?」
聞いたことのない言葉に、思わず眉を潜めてしまう。
奴隷にされていた期間はあるのだけど……
一応、僕の冒険者歴はそれなりに長い。
色々なことを聞いて、色々な情報を頭に叩き込んできた。
でも、その中にない単語だ。
「なんのこと? っていう顔をしているねー。うん。そうだよね、普通わからないよねー。だから、ちょっとだけ教えてあげる」
「え、教えてくれるの?」
意外だ。
こういうことは、普通、秘密にするものじゃないのかな?
「ボク、優しいから。今回は特別サービス。聞きたいことを聞いていいよ? まあ、全部の質問に答えられるわけじゃないけどね」
「なら……魔剣っていうのは?」
「んー……どこまで言っていいものかな? 簡単に言うと、聖剣と対をなす存在だよ。聖剣が人々の祈りを力とするなら、魔剣は負の感情を力とする」
「なんで、そんなものが?」
「とある存在によって生み出されたんだけど……詳細は秘密♪」
パチンとウインクをされて、かわいらしく拒絶されてしまう。
なんていうか、掴みどころのない女の子だ。
「魔剣士っていうのは……魔剣を使う存在のこと?」
「うんうん、正解。ちなみに、ボクは第三位なんだ」
「三位?」
「組織内の序列だよ。えへん、ボクはけっこう偉いのさ」
第3位ということは……
最低でも、あと二人は魔剣士がいるというわけか。
それは、レナよりも強いのだろう。
「黎明の同盟っていうのは?」
「ぶっちゃけると、テロ組織」
「本当にぶっちゃけたね……」
「一応、ボク達なりの大義というか正義はあるんだけど、でもそれは、今の秩序を破壊するようなものだからねー。傍から見れば、テロ組織以外の何物でもないんだよね、あははは」
テロ組織と認めつつ、あっけらかんと笑ってしまうその根性は素直にすごいと思う。
「目的を話してもらうことは?」
「んー、今はそれはできないかな? まあ、おまけして話すとしたら、魔剣の増産。それと、魔剣士の育成……かな? いずれ来る戦いに備えて、ね」
たったの一本で、扱う者によっては剣聖に匹敵するほどの力を得ることができる。
そんなものを増産されたら、とんでもないことになってしまう。
レナが言うテロ組織という意味を理解した。
「……」
ふと、思う。
「もしかして、アイシャは魔剣に関係がある?」
「アイシャ? 獣人の女の子?」
「うん。犬……というか狼? の耳と尻尾が生えた、小さな女の子」
「あー……うん、そうだね。おもいきり関係があるね」
「やっぱり……」
「よくわかったね?」
「前に魔剣を持っていた相手……ドクトルが、アイシャにやけに執着していたみたいだから。それで、関連があるのかな、って」
「そっか……それは失敗だなあ」
アイシャが関連していることは知られたくなかったらしい。
レナは苦い顔に。
「それについて教えてもらうことは……」
「んー……ダメ。そこまでサービスしたら、さすがに怒られちゃう」
「そっか。ならいいや」
「ずいぶんあっさりと引き下がるんだね?」
「教えられない、って言っているから。無理矢理にでも聞きたいところだけど……でも、ボクはレナに勝てない」
「……へぇ」
レナがとても面白そうな顔になる。
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく、かな?」
こうしてレナと対峙していると、全身が震えてしまいそうになる。
今の彼女は、普段は隠しているであろう圧を隠しておらず……
恐怖で失神してしまいそうなほどのプレッシャーがあった。
「そっか、そっか。ボクには勝てないって、理解しているんだ」
「なにもしていないのにそんなことを言うなんて、幻滅した?」
「ううん。むしろ、より評価が上がったかな? 相手の力をきちんと見極めることができる。これは、戦士にとってとても大事なことだよ。ボク、ますますフェイトのことが気に入っちゃった」
そう言って、レナは笑う。
お世辞とかそういうものではなくて、本心からの言葉みたいだ。
「でも、どうして色々と教えてくれるの? レナがテロ組織に所属しているなら、ボクは余計な目撃者で、普通に考えて始末した方が早いんじゃあ?」
「そうなんだけどね? でも、ボクはフェイトのことが気に入っているんだ。とてもまっすぐなところ。優しいところ。そして……強いところ」
「えっと……僕は大して強くないよ?」
「今はね」
レナは微笑みを浮かべる。
まるで、未来を見通しているかのような不思議な笑みだった。
「ボクの勘が告げているんだ。フェイトは、いずれとんでもなく強くなる。世界最強になって、剣神の称号を得るかもしれない」
「まさか……」
「ボクの勘は、けっこう当たるんだよ?」
「……」
そんなことを言われても実感がわかない。
「だから、できる限りのことは話しているんだ。それで……できれば、ボク達の仲間になってくれるとうれしいな」
「え?」
思わぬ提案に、ついつい目を丸くしてしまう。
「どうどう? ボク達の仲間にならない?」
「えっと……いきなりそんなことを言われても」
「仲間になれば全部を話すし、色々と特典もあるよ。今なら家とメイドさん付きで、お給料もアップ!」
「どういう勧誘……?」
「で……ボクの彼氏になって」
ごほっ、と咳き込んでしまう。
「前も言っていたけど、そ、それは本気なの……?」
「もちろん」
レナは即答した。
ウソをついている様子はない。
「ボク、フェイトのことが気に入っちゃった。一時はがっかりしたこともあるんだけど、でも、それは昔の話。今はすごくすごく気になってて……うん、これは恋だね。ボク、フェイトが好きになっちゃった」
「え、えっと……」
女の子から好意を向けられるなんて、ソフィア以外に初めてだ。
思わずしどろもどろになってしまう。
「ねえねえ、ボクと付き合おう? ボク、こう見えて尽くすタイプだよ? フェイトのためにおいしいごはんを作るし、お掃除もがんばるよ。もちろん、えっちなこともしてあげる♪」
「ごほっ!?」
とんでもないことを言われてしまい、さらに咳き込んでしまう。
いけない。
レナのペースに乗せられてしまっている。
「いや、その、えっと……」
「ダメ? 本当になんでもするよ? フェイトがちょっと常識じゃない性癖でも、ボクは受け入れるよ?」
「そ、そんなことはないけど……あ、いや。そうじゃなくて」
「うん」
「僕は……ごめん。心に決めた人がいるから」
レナがテロ組織の一員だとしても。
僕に向けてくれる好意は本物のように感じたから、こちらも誠実に答える。
「僕は、他に好きな女の子がいるんだ」
「うーん……そっか、残念」
意外というか、レナはあっさりと納得してくれた。
「でもでも、ボクは諦めないからね? 略奪愛っていうのも燃えるよね!」
訂正。
ぜんぜん諦めていなかった。
「ふふ。ボク、狙った獲物は一度も逃したことがないんだから」
「それは、なんていうか……」
「だから、フェイトも覚悟してね? 必ずボクのものにしてみせるから」
レナはとびっきりの笑みを浮かべて、投げキッスを送ってきた。
ちょっと仕草が古い。
でも、不思議と似合っていて……
思わずドキリとしてしまう。
って、いけない。
僕にはソフィアがいるんだ。
他の女の子に惑わされていたらダメだ。
「まあ、勧誘も失敗したし魔剣も回収したし、そろそろお暇させてもらおうかな?」
「あ、待って」
立ち去ろうとするレナを呼び止める。
レナはゆっくりと振り返り……
とんでもないプレッシャーを放ちつつ、しかし、笑顔で問いかけてくる。
「なに? もしかして、逃さないぞ、っていう展開?」
「ううん、好きに逃げていいよ」
「あら」
「僕がレナを止められると思えないし、どうやっても魔剣を奪うことはできそうにないから。そこに関しては、もう諦めたよ」
「なら、どうしたの?」
「恋人は無理だけど、友達ならいつでもいいよ」
「……」
レナはテロ組織の一員で……
おそらく、一連の事件を背後で操っていた。
悪い子なのだけど、でも、悪い子には見えない。
根っこの部分は純真で……
どうしようもない悪人には見えないんだよな。
「あはっ、あははははは!」
おもいきり笑うレナ。
僕は、そんなにおかしなことを言っただろうか?
「そ、そんなことを言うなんて……ぷっ、くふふふ。ダメ、ホントおかしい。もう、フェイトってばボクを笑い殺すつもり?」
「そんなつもりはないんだけど……」
「あー……ますますフェイトのことが欲しくなっちゃった。今日はこの辺で帰るけど、絶対にボクのものにしてみせるからね?」
レナは、ウインクと共に投げキッスを送ってきた。
彼女がやるとすごく様になっていて、正直、かわいいと思う。
そして……
「あ、あれ?」
いつの間にか消えていた。
どのようにして、いつ立ち去ったのか、まったく見えなかった。
なにをしたのかさっぱりわからない。
たぬきに化かされたような気分だ。
「でも……レナは、現実の脅威として、そこにあるんだよね」
彼女を素直に帰したのは、僕じゃあ絶対に相手にならないからだ。
剣の腕も、基礎的な身体能力も、心の強さも……
なにもかも負けている。
「いつか、僕も……」
レナの領域にたどりつけるだろうか?
そして、ソフィアの隣に並ぶことができるだろうか?
がんばらないといけない。
――――――――――
「ソフィア」
いくらか屋敷を探索して、ソフィアを発見した。
ベッドに寝ている。
特に怪我はないようだし、乱暴をされた跡もない。
安心した。
「起きて、ソフィア」
「……んぅ?」
軽く体をゆすると、軽く目を開けた。
薬で眠らされていたのだろうけど、ちょうど効果が切れていたのだろう。
「……フェイト」
「うん、僕だよ」
「……」
「ソフィア?」
「イヤですぅ……まだ起きませぇん」
「え」
「眠いから、寝ていますぅ……」
くるっと反対側を向いてしまう。
その態度は子供みたいで……
寝ぼけているのかな?
「ソフィア、起きて。エドワードさんもエミリアさんも、アイシャもリコリスも心配しているから、早く戻らないと」
「やですぅ……眠いんですぅ……」
「ダメだよ、起きないと」
「うぅ……なら、キスしてください」
「えっ」
思いがけないことを言われて、硬直してしまう。
「おはようのキス、してほしいですぅ……」
「いや、あの、その……そ、そんなことを言われても」
「でないと起きません……」
「えっと……」
これは……キスしないといけない流れなの、かな?
寝ている女の子に、そんなことをしてしまうなんて……
いや、でも、ソフィアが望んでいることだから……
でもでも、寝ぼけているから不意打ちのようなもので……
だけど僕ならあるいは……
ぐるぐると思考が回り、半ば混乱していると、
「っ!?」
ガバっと、勢いよくソフィアが跳ね起きた。
眠そうな目は消えて、いつものソフィアだ。
ただ、顔はものすごく赤い。
「……あの、フェイト」
「うん」
「……今、私、寝ぼけていてとんでもないことを口にしたような気がするのですが、その……聞いていましたか?」
「……うん」
ウソをついても仕方ないと思い、僕は素直に頷いた。
その後……
屋敷中にソフィアのとても恥ずかしそうな悲鳴が響いたとかなんとか。
あれは寝ぼけていたことだから。
不可抗力だから。
特に気にしていないし、むしろかわいいところを見ることができてラッキー。
そんな感じでなんとか落ち着かせることに成功。
その後、領主の娘を誘拐したとして、アイザックは逮捕。
色々な手続きをしたり事情聴取に応じたり……
事件の後始末から解放されたのは、翌朝になってからだった。
「眠いです……」
「色々あった上で、さらに徹夜だからきついね……」
今すぐ宿へ戻り、ベッドに倒れ込んでしまいたい。
でも、それはできない。
遅くなってしまったから、アイシャが心配しているに違いない。
それに、エドワードさんとエミリアさんに、ソフィアが無事なことを伝えないと。
「帰ろうか」
「はい」
手を繋いで、僕達はソフィアの家に向かった。
――――――――――
「これは……」
「いったい……」
屋敷へ戻ると、予想外の光景が待ち受けていた。
調度品などが壊れ、床や壁が傷ついている。
そんな中を忙しそうに移動する使用人達。
これだけでも相当な驚きなのに……
「アイシャよ、そろそろ寝てはどうだ? ソフィアやあの小僧のことが気になるのはわかるが、もう限界じゃろう?」
「うう、ん……がんばる。おとーさんとおかーさん……お迎え、するの」
「うむ、うむ。そうじゃな、お迎えはしたいな。なら、もう少しだけがんばるとしよう。よし、眠気覚ましにちょうどいいお茶を淹れよう。あと、朝食にしようか。パンケーキなんてどうだい?」
「わぁ♪」
「おぉ、そうかそうか。パンケーキは好きか。クリームとフルーツたっぷりの、おいしいパンケーキを焼いてもらうからな、待っているのだぞ」
「うん、おじーちゃん」
エドワードさんが、アイシャに思い切りデレていた。
アイシャは子供なので、それほど厳しい態度はとられていなかったけど……
でも、関心はなかったと思う。
少なくとも、自分の膝の上に乗せて、頬が落ちてしまいそうなほどの笑みを向けることはなかった。
それなのに、今はどうだろうか?
どこからどう見ても、孫を溺愛するおじいちゃんだ。
「あら? ソフィア、おかえりなさい」
エミリアさんがこちらに気がついて、にっこりと笑う。
「スティアートくんに助けてもらったみたいですね。大丈夫ですか?」
「あ、はい……私はなにも問題はありません。ただ……」
「ソフィア!」
アイシャを一旦脇に移動させて、エドワードさんが立ち上がる。
ものすごく厳しい顔だ。
「……」
ソフィアも緊張した様子に。
剣聖として。
剣の娘として、薬なんかにやられるなんて情けない真似を見せた。
そのことを咎められる……そう思っているのかもしれない。
でも、現実はまったくの逆。
「よくぞ、無事に戻った……!!」
「え?」
エドワードさんは、ソフィアを抱きしめた。
強く強く……それでいて繊細なガラス細工を扱うように、大事に抱きしめた。
「あの馬鹿者共がなにか企んでいるのは察していたが、まさか、ここまで愚かな行動に出るとは思わず……儂の責任だ。すまない、本当にすまない……!」
「お、お父さま? その……怒らないのですか?」
「なぜ怒る?」
「それは、私が無様なところを見せたから……」
「あれは儂のせいでもある。ソフィアを一方的に責めることなどできぬ」
「……お父さま……」
「すまなかった。あのような男を許嫁になんて、儂の目が曇っていた……本当にすまなかった」
「……」
ソフィアはなにも言わず、エドワードさんを抱き返した。
無事に仲直り完了、かな?
「おとーさん!」
「アイシャ、ただいま」
「おかえり、なさい……えへへ。わたし、ちゃんとお留守番できたよ?」
えらい? えらい? というような感じでこちらを見る。
そんなアイシャの頭をなでなでした。
「うん、アイシャは偉いね。すごくがんばってね」
「えへへ」
アイシャの尻尾がぶんぶんと横に大きく振られる。
「おつかれさま、スティアートくん。それと、娘のことをありがとう」
「いえ、そんな……! 当たり前のことをしただけですから!」
エミリアさんに頭を下げられてしまい、ちょっと慌ててしまう。
そんな僕を見て、エミリアさんは微笑ましそうな顔に。
「やっぱり、ソフィアにはスティアートくんが一番ね。大丈夫です。今回のことで、旦那さまも目を覚ましてくれたでしょうから」
「それなら、うれしいんですけど……って、この有様はいったい?」
「ああ、それがですね。旦那さまは、孫娘のアイシャちゃんの魅力にやられてしまいまして」
「え?」
「旦那さまは鈍いというか、他のことに目がいかないというか……今まで、アイシャちゃんのことが孫娘だとは気がついていなかったようで。それで、さきほどそのことを理解されて、「おじーちゃん」と呼んでもらい……それで即アウトですね」
「な、なるほど」
僕は、まだまだ子供なのだけど……
それでも、エドワードさんの気持ちはわかるような気がした。
孫に対して、祖父母はとことん甘くなると聞くし……
なによりも、アイシャはかわいい。
とんでもなくかわいい。
その上、優しくて素直で良い子で、まるで天使のよう。
そんなアイシャが孫娘となれば、あのエドワードさんといえどデレデレになってしまうだろう。
「って、そうじゃなくて」
エドワードさんの豹変っぷりも確かに気になるけど、それ以上に見過ごしてはいけない問題がある。
「あちらこちらが荒れていますけど、これはどうしたんですか?」
「……そうですね。それについては、また後で話しましょう。ひとまず、撃退は完了しましたから」
「撃退……?」
「今は、ゆっくりと休んでください。とても疲れたでしょう?」
「でも……」
「アイシャちゃんも寝ていないので、一緒に寝た方がいいですよ」
「……わかりました」
アイシャのことを持ち出されたら、断ることはできない。
とても気になるのだけど……
ひとまず、お言葉に甘えて屋敷で休むことにした。
「やっほー」
『黎明の同盟』が使用するセーフハウスに、レナとリケンの姿があった。
先にセーフハウスで休んでいたのはリケン。
遅れてレナが現れて、とても機嫌良さそうに挨拶をした。
「機嫌が良さそうだな?」
「まあねー」
「計画は成功と見ていいのじゃな?」
「んにゃ。失敗だよ」
「……なんだと?」
リケンが眉をひそめる。
そんな様子を気にせず、レナは保冷庫からドリンクを取り出して、そのまま飲んだ。
「ふう、おいしいー。やっぱり、動いた後は喉が乾くよねー」
「どういうことだ? お主も失敗したというのか?」
「お主も? え、リケン、失敗しちゃったの?」
「……うむ」
リケンは苦々しい顔で頷いた。
「一部隊を投入したが、全て返り討ちに遭ってしまった」
「リケンは?」
「儂が出ればなんとかなったかもしれぬが……しかし、それでも時間がかかることは確実。あの状況では、あまり目立つわけにもいかぬからな……残念じゃが、素材の回収は諦めた」
「リケンにそこまで言わせるなんて、領主ってけっこう強い?」
「そうだな……強いが、それよりも女の方が厄介だな」
当時、リケンは屋敷から離れたところで状況を見極めていた。
すると、どうだろう。
十分な距離を持っているはずなのに、領主の妻……エミリアがリケンの方を見たのだ。
ただの偶然ではなくて、じっとこちらを見つめていた。
さすがに正体まで見抜いていないだろうが……
視線を感じていたのは確かだろう。
「まさか、あのようなことができるとはな。やりあってはいないが、相当な実力者に違いない」
「なるほどー。まあ、剣を習っていてもおかしくないよね。あそこの家、女の方が色々な意味で強いっぽいし」
「それで……レナよ。お主まで失敗してしまったのか?」
「正確に言うと、半分失敗かな?」
レナは語る。
魔剣を回収して、証拠は残していない。
しかし、アイザックが敗れ、依頼人のオーダーを果たすことができなかったことは確か。
だから、半分失敗なのだ。
「魔剣を渡して、おまけに剣聖を無力化するための特製の薬まで渡したのに。あれで失敗するなんて、無能だよねー」
「相手が厄介だったのかもな」
「一応、後始末はちゃんとしておいたよ」
「なるほど……まあ、それなら問題ないだろう。依頼人といっても、所詮、金の関係でしかない。すでに前金は受け取っているし、魔剣を回収したのなら問題はなかろう。成功する確率も低いと思っていたしな。依頼人は……」
「うん。帰り道に、ついでに殺しておいたよ」
大した繋がりがないとはいえ、彼には少ししゃべりすぎていたところがある。
余計な荷物となる前に消す。
レナにとっては当たり前のことだ。
「それならば半分失敗というのも頷けるが……しかし、なぜ機嫌が良いのだ?」
「んー……うふ、えへへー」
突然、レナがにへらと笑う。
今まで見たことのない相棒の顔に、リケンは首を傾げた。
「ボク、運命を見つけちゃったかも」
「は?」
「まさか、フェイトがあそこまですごいなんて……完全に予想外だったよ」
量産品の魔剣とはいえ、アイザックを圧倒してみせた。
それだけではない。
本気モードの自分を前にしても失神することなく、怯むこともなく、逃げようとしなかった。
なんて素晴らしいのだろう。
今はまだ、未熟な雛かもしれない。
しかし、育てば雄々しく空を飛ぶ鷹になるだろう。
その姿を想像するだけで、レナは胸がドキドキした。
体が熱くなった。
心がときめいた。
「うーん……ボク、絶対にフェイトをものにしたいかも!」
「なんの話をしているのだ……?」
「あ、ごめんねー。未来の旦那さまを見つけたから、わくわくしちゃって」
「なんだと? そのような相手がお前に……いや、待て。それは、剣聖の連れの、フェイトとかいう小僧か?」
「うん、そうだよ」
「なにをバカな……剣聖の連れである以上、あの小僧は敵であろう。大した力は持っていないように見えたが、まあ、警戒する必要はないが……それでも、味方にするなんてありえぬ。放っておけ」
「やだよ」
レナはにっこりと笑う。
笑いつつ、絶対零度の殺気を放つ。
「っ……!」
レナの圧を受けて、リケンは思わず体が震えた。
相手は二十にも達していない小娘。
そして自分は、何十年も剣を学んできた。
普通に考えて、その差は圧倒的。
レナに怯えるなんてありえないのだけど……
そのありえないことが現実に起きていた。
黎明の同盟、第3位の実力者。
その力は圧倒的で、まともに戦えばリケンでは足元にも及ばないだろう。
「ボク、絶対にフェイトをものにするんだから。もしもその邪魔をするなら……」
「う、く……」
「斬るよ?」
リケンが震えた。
もはや蛇に睨まれたカエル。
どうすることもできず、ただ彼女の意見を受け入れるしかない。
はあ、とため息。
「まったく……お主がそこまでの執着を見せるなんて、初めてのことだな」
「うん、ボクも驚いているよ。きっと、これが初恋なんだね♪」
「なにを言っても仕方ないし、儂では止められん。好きにするがいい」
「ありがと」
「ただ、同盟に迷惑をかけるではないぞ?」
「わかっているよ。そこは、きっちりとしていくから」
「やれやれ……」
本当にわかっているのか?
そんな感じで、リケンはため息をこぼす。
「うーん、早くフェイトをボクのものにしたいなあ。手合わせしてみたいし、でもでも、それだけじゃなくて色々としてあげたいな。ごはんを作ってあげたいし、耳掃除とか……あと、やっぱりえっちなこともしたいよね。えへへ♪」
――――――――――
「くしゅんっ」
「どうしたのですか、フェイト。風邪ですか?」
「ううん、そんなことはないと思うんだけど……なんだろう? 妙な寒気が……」
「……んぅ?」
窓から差し込む陽の光で目が覚めた。
カーテンが全部閉まっていなかったらしく、明るい空が見えた。
今日の天気は快晴。
うん。
良い一日になりそうだ。
「って……あれ?」
布団が盛り上がっていた。
なんだろう、これ?
不思議に思いつつ、布団をめくってみると……
「すぅ、すぅ……んん……くぅ……」
くるっと体を丸めて、アイシャが気持ちよさそうに寝ていた。
「いつの間に」
ソフィアと一緒に寝ていたと思うんだけど……
夜中、トイレに起きるなどして、その帰りで間違えてこっちに来ちゃったのかな?
「……わふぅ……」
そっと頭を撫でると、気持ちよさそうな顔に。
その顔を見ていると、なんともいえない温かい気持ちになる。
うん。
僕は、アイシャの父親だ。
そして、アイシャは大事な娘。
そのことを再認識した。
「だからこそ、これからのことをしっかりと考えないと」
――――――――――
「なるほど、そんなことが……」
みんなが起きて、朝食を済ませて……
それから、僕とソフィアとエドワードさんは情報交換をしていた。
ちなみに、リコリスとアイシャはいない。
子供に聞かせるような話じゃないので、エミリアさんに遊んでもらっている。
「謎の襲撃者、魔剣、そして黎明の同盟……」
「なにかが動き始めている、と言っても過言ではありませんね」
「そして、それにアイシャが関わっている可能性が高い……」
昨夜の話をまとめると、そんな結論に達した。
敵の狙いはアイシャ。
そして、魔剣が関わっている。
「厄介な状況ですね……」
「なにがどうなっているのか、情報がまったく足りていないところが問題だよね」
魔剣。
黎明の同盟。
そして、アイシャが狙われる理由。
それらの情報が圧倒的に足りていない。
どう動けばいいか、頭を悩ませてしまう。
「ふむ……ならば、魔剣については儂の方で調べておこう」
「いいのですか、お父さま?」
「儂が選んだソフィアの許嫁が魔剣を所持していた。そして、その父親は、儂の敵対者」
エドワードさんがアイザックを許嫁に選んだ理由は、敵対する派閥と講和するためだったらしい。
あと、アイザックもわりと好青年だったと聞くのだけど……
僕は、魔剣によって変貌した後の彼しか知らないので、そこはなんとも言えない。
「今回の一件、儂も無関係とは言えぬ。それに、黎明の同盟とやらも放置しておくわけにはいかないだろう。単純なテロリストではないようだが……その戦闘力、組織力を見るからに、放置できるものではない」
「お願いします、お父さま」
ソフィアがぺこりと頭を下げて、エドワードさんがしっかりと頷いてみせる。
うーん。
この二人、剣を交わしているところしか見ていないから、こんなやりとりは新鮮だ。
できるなら、このまま仲良くいてほしい。
「なら、僕達はアイシャのことを調べようか」
そもそも……
アイシャって、けっこう謎が多い。
なぜ捕まっていたのか?
ドクトルは、彼女になにをしようとしていたのか?
今回、狙われた理由は?
たぶん、魔剣が関わっているのだろう。
それと黎明の同盟も。
でも、今のところ情報はゼロ。
今朝、軽くアイシャに聞いてみたけど、彼女も心当たりがまるでないようだった。
「なんで、アイシャが狙われているのかな?」
「わかりませんが……ですが、よからぬ輩がいるというのなら、全て叩き斬るまでです」
「うん、そうだね。アイシャのことは、僕達が絶対に守らないと」
「……」
エドワードさんは、どこか眩しそうな顔をしてこちらを見ていた。
「エドワードさん? どうしたんですか?」
「……ソフィア」
「はい?」
「すまなかった」
エドワードさんが深く頭を下げた。
「お父さま……?」
「許嫁の件、お前に黙って勝手に進めたこと、間違いだったと反省している。今のお前を見て、ようやく理解した。お前が笑顔でいられるのは、そこの小僧……いや、スティアートくんのおかげなのだな」
「……お父さま……」
「スティアートくん」
「は、はい」
「散々、ひどいことを言っておいて今更と思うかもしれない。虫の良い話だ。それでも……どうか、これからもソフィアと一緒にいてくれないだろうか?」
ようやく、僕達の気持ちがエドワードさんに通じた。
そのことがうれしくて幸せで、ついつい感動で泣いてしまいそうになる。
でも、涙は見せない。
代わりに笑顔を。
「はい、もちろん!!」
「ありがとう」
色々とあったものの、最終的に和解することができた。
うん。
ソフィアの許嫁の件に関しては、ハッピーエンドと言ってもいいのではないだろうか?
まあ、アイシャの件に関しては、さらに問題と謎が増えたのだけど。
「これからどうしようか?」
アイシャのことを放置しておくわけにはいかない。
今回のように、また狙われてしまうかもしれない。
根本的な問題を解決するため、彼女の謎など、全てのことを知っておきたいのだけど……
うーん、どうしたものだろう?
「なら、ブルーアイランドへ行くといい。彼の地には、獣人に詳しい学者が住んでいると聞く。アイシャちゃんのことがわかるかどうか、なんとも言えぬが……なにも得られないということはないだろう」
「そう、ですね……そういうことならば……フェイト、どうしますか?」
「うん。他に手がかりもないし、ブルーアイランドを目指してみよう」
こうして、僕達の次の目的地が決まった。
「というわけで、明日にでもリーフランドを立とうと思います」
「なん、だと……!?」
みんなで食卓を囲む、アスカルト家の夕食の席。
そこでソフィアが今後の予定を告げると、エドワードさんが愕然とした表情に。
ものすごいショックを受けているらしく、硬直して、その手からぽろりとナイフとフォークが落ちる。
「あら、ソフィアはもう旅に出てしまうの?」
エミリアさんは落ち着いたもので、そう問いかけてきた。
「はい。アイシャちゃんのことを、少しでも早く解決したいので」
「そう……そういう理由なら仕方ないですね。明日はお見送りの……」
「……ならん」
「旦那さま?」
「ならぬぞ! すぐに家を出るなど、そのようなことはあってはならぬ!」
なぜかエドワードさんが怒る。
いや。
怒るというか、焦っている……?
「なぜダメなのですか?」
「それは、いや……つまりだな……そう! 休暇が必要だ。先の事件で疲労が溜まっているだろう? 無理をしてはいけないぞ」
「私は特に疲れていませんが……」
ソフィアがこちらを見る。
「えっと……僕も、そんなに疲れてはいないかな」
アイシャを見る。
「わたし、だいじょうぶ」
アイシャがリコリスを見る。
「ウルトラメガかわいいリコリスちゃんは、本当なら休暇をもらって、めいっぱい遊びたいところだけど……まあ、アイシャのためだからねー。すぐ出発しても問題ないわよ」
「と、いうことです」
「ぬぐぐ……」
ソフィアの塩対応に、エドワードさんがとても苦い顔に。
一応、二人は仲直りしているのだけど……
それでも、ソフィアは色々と思うところがあるのか、ちょっと対応が厳しい。
「で、では、ソフィアは家に残るということにすれば……」
「なにを言っているのですか? 私はフェイトの生涯のパートナーであり、アイシャちゃんの母親です。放っておけるわけないでしょう」
「むぐぐ……」
生涯のパートナー、のところでエドワードさんが、ものすごい勢いで僕を睨んできた。
ソフィアと仲直りしたものの、それでもなお、割り切れないものがあるのだろう。
なんていうか、ごめんなさい。
アイシャがいるから、一応、僕もエドワードさんの気持ちは少しわかるつもりだ。
「そ、それならば、アイシャを家に置いて……」
「アイシャちゃんのことを調べるための旅なのですよ? 当の本人がいなければ、色々とわからないことが出てきます」
「ぐぬぬ……」
エドワードさんは、どうにかしてソフィアとアイシャを引き止めたいみたいだ。
今ならわかる。
ソフィアの邪魔をしたいわけじゃなくて……
ただ単に、エドワードさんは大事な愛娘と一緒にいたいのだろう。
だから、勝手に許嫁を作った。
そうすれば、激怒したソフィアが戻ってくるとわかっていたから。
おそらく、最終的にはどうにかして許嫁はなかったことにしたのだろう。
そうすることと引き換えに、ソフィアを家に留める……そんなことを考えていたのだと思う。
以前、リコリスが言った、子離れできていない、という意味が理解できた。
エドワードさんは、本当にソフィアを大事に思っているんだなあ。
「ねえ、ソフィア」
「なんですか?」
「あと一週間くらい、リーフランドに滞在しない?」
「え?」
お父さまの味方をするのですか? というような感じで、ソフィアが驚いた顔に。
エドワードさんのことが気にかかるのは確かだけど……
でも、それ以外に滞在する理由がある。
「できるだけ急ぎたいのはわかるけど、でも、旅の準備は必要だよね」
「それはそうですが、急げば数時間で……」
「ブルーアイランドはけっこう遠いから、焦らないで、しっかりと準備をした方がいいよ」
ブルーアイランドまでは、約一ヶ月の行程となる。
というのも、途中、馬車が通っていない場所があるのだ。
徒歩が含まれるため、それだけの時間がかかってしまう。
「あと、久しぶりの故郷なんだから、色々と挨拶とかしておいた方がいいよ」
「それは……」
「次に来れるのはいつになるかわからないんだから。そういうことは、ちゃんとしておこう?」
「……はい」
「あと……」
小声で、ソフィアだけに聞こえるように言う。
「……急いた方がいいのはわかるけど、でも、アイシャにもっとこの街のことを見せてあげたいんだ。だって、ソフィアの故郷だもん」
「……フェイト……」
「……あと、体は問題なくてもストレスが溜まっているかもしれないし、少し遊んだ方がいいと思うんだ」
これはアイシャだけじゃなくて、ソフィアにも言えることだ。
リーフランドに来て、色々なことがあった。
ソフィアは剣聖だから、体力に問題はないだろうけど……
心の疲弊は、そうそうすぐに回復することはないだろう。
一週間くらい、ゆっくりとした方がいいと思う。
「……わかりました」
迷うような間を挟んでから、ソフィアはゆっくりと頷いた。
「フェイトの言うことはもっともなので、あと一週間、滞在することにしましょう」
「うん、そうした方がいいよ」
「お父さま、お母さま。そういうわけなので……あと一週間、こちらに滞在してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんですよ。ここは、ソフィアの家なのですから」
「そ、そうか……うむ。まあ、そういうことならば仕方ないな。お前の部屋は空いているし、小僧の部屋も問題はない。仕方ないから泊まっていくといい」
「あのおっちゃん、とんでもないツンデレねー」
うれしさを隠しきれないエドワードさんを見て、リコリスが呆れたようにつぶやくのだった。
「おとーさん、おかーさん。出発しないの?」
「うん。あと一週間、ここに滞在するよ」
「アイシャちゃんは、すぐに出発したいですか?」
「ううん。おじーちゃんとおばーちゃんと、一緒にあそびたい!」
「ぐふっ」
エドワードさんが胸を押さえて、そのまま倒れそうになっていた。
アイシャの尊さにやられたらしい。
「ふふ、うれしいことを言ってくれるのですね。アイシャちゃん、明日はなにを食べたいですか? 好きなものを作ってあげますよ」
「おばーちゃんの料理?」
「はい。おばあちゃんの料理です」
「えっと、えっと……甘いもの?」
「はい、了解です」
こうして、僕達はもう一週間、リーフランドに滞在することになった。
リーフランドは緑豊かな街だ。
こうして街を歩いていると、そのことを強く思う。
「うーん……ソフィア、遅いな」
街の中央にある噴水の前で、僕はのんびりとソフィアを待っていた。
今日は休暇にして……
ソフィアと一緒に、のんびりと街の観光をする予定だ。
アイシャとリコリスは、エドワードさんとエミリアさんと一緒にいるらしい。
なので、ソフィアと二人きり。
「デート……なのかな?」
言葉にすると、なんともいえない恥ずかしさがこみあげてくる。
それと同時に、うれしさも。
色々なことがあって忙しくて、のんびりすることができなかったらし……うん。
今日は、楽しい一日になるといいな。
「どうしたのかな?」
ただ、肝心のソフィアが姿を見せない。
「デートは待ち合わせが基本です!」
なんてことを言われて、噴水の前で待っているんだけど……
おかしいな?
もう時間は過ぎているんだけど。
「お、おまたせしました!」
「あ、ソフィア。よかった、なにかあったんじゃない……かと、思って……いた?」
息を切らしながら、ソフィアが駆けてきた。
その姿は、僕が知るソフィアとぜんぜん違う。
清潔感のあるワンピース。
それと、シンプルな帽子とバッグ、アクセサリーなどの小物。
それらを身にまとうことで、ソフィアは剣士ではなくて、深窓の令嬢という感じの装いに変化していた。
「すみません、準備に少し時間がかかってしまい」
「……」
「あの……フェイト? 怒っていますか……?」
「……」
「うぅ……フェイト、なにか言ってください。そこまで怒るなんて、私は……」
「……はっ!?」
ソフィアがあまりにも綺麗なものだから、言葉をなくしてしまうくらい見惚れてしまった。
「え? え?」
「あれ?」
ソフィアが真っ赤になる。
しまった。
今、考えていたことをそのまま口に出していたみたいだ。
「あ、ありがとうございます……」
「ど、どういたしまして……?」
「……」
「……」
互いに恥じらい、顔を熱くしてしまう。
「えっと……今日のデート、とても楽しみにしていまして、がんばっておしゃれをしてみたのですが……本当に似合っていますか?」
「う、うん。すごく似合っているよ。いつもの何倍も綺麗でかわいくて……ご、ごめんね。こんな言葉しか出てこなくて」
「いえ、そんな! フェイトにそう言ってもらえるだけで、私はとても幸せです」
ソフィアが、とてもうれしそうにはにかむ。
やばい。
その格好でそんな笑みを見せられたら、本気でどうにかなってしまいそうだ。
「……」
「……」
妙な沈黙。
でも、気まずいわけじゃなくて、一緒にいるだけで幸せというか……
とても温かい気持ちになる。
「い、いこうか」
「そ、そうですね」
こうして、僕とソフィアのデートが始まった。
――――――――――
「あっ、フェイト、見てください」
露店を見て回っていると、ソフィアが足を止めた。
手作りのアクセサリーが並べられている店で、リングにブレスレットにネックレスに、色々な種類がある。
「このリング、フェイトに似合うと思うますよ?」
「え、僕?」
「はい。派手ではなくて、しかし存在感がないわけではなくて、フェイトにピッタリだと思います」
「男の僕がリングなんてつけても……」
「ダメですよ」
ツン、と鼻先を指で押されてしまう。
「男性でもおしゃれは必須です。リングをつけるのも、特別おかしなことではありません」
「そうなの?」
「そうですよ」
なるほど、勉強になる。
最近は強くなることだけを考えていて、おしゃれなんてぜんぜん頭になかった。
でも……うん、そうだよね。
こんなにも綺麗なソフィアと一緒にいるんだから、少しでも釣り合いがとれるように、僕もがんばらないと。
「あ、あの……フェイト? そんな風に言われてしまうと、その……恥ずかしいです」
「ご、ごめん」
またしても言葉にしていたみたいだ。
いけない、いけない。
ソフィアとデートだから、今日は浮かれているのかもしれない。
「えっと……ソフィアのおすすめは、このシルバーのリング?」
「あ、はい。そうですね。それが一番、フェイトに似合うと思いますよ」
「そっか」
手作りだからなのか、そんなに高くない。
お手頃価格だ。
おもいきって買ってみようかな?
あ、待てよ?
それよりは、ソフィアとおそろいにして……
薬指にリングをつけて、にっこりと笑うソフィアを想像してしまう。
「いやいやいや!」
「フェイト?」
「な、なんでもないよ! うん、なんでも!」
確かに、それも同じリングだけど!
でも、まだそういうことは早いというか、僕にもっと甲斐性がないとダメというか!
いずれとは思うけど、今はまだダメ。
というか、今の妄想、口にしていなくてよかった……
「つ、次に行こうか!」
「え? あ、はい」
どうしても照れくさくなり、ソフィアの顔を見ることはできず……
でも、その手を掴んで引いて、他へ移動した。