「うーん……そっか、残念」

 意外というか、レナはあっさりと納得してくれた。

「でもでも、ボクは諦めないからね? 略奪愛っていうのも燃えるよね!」

 訂正。
 ぜんぜん諦めていなかった。

「ふふ。ボク、狙った獲物は一度も逃したことがないんだから」
「それは、なんていうか……」
「だから、フェイトも覚悟してね? 必ずボクのものにしてみせるから」

 レナはとびっきりの笑みを浮かべて、投げキッスを送ってきた。
 ちょっと仕草が古い。

 でも、不思議と似合っていて……
 思わずドキリとしてしまう。

 って、いけない。
 僕にはソフィアがいるんだ。
 他の女の子に惑わされていたらダメだ。

「まあ、勧誘も失敗したし魔剣も回収したし、そろそろお暇させてもらおうかな?」
「あ、待って」

 立ち去ろうとするレナを呼び止める。

 レナはゆっくりと振り返り……
 とんでもないプレッシャーを放ちつつ、しかし、笑顔で問いかけてくる。

「なに? もしかして、逃さないぞ、っていう展開?」
「ううん、好きに逃げていいよ」
「あら」
「僕がレナを止められると思えないし、どうやっても魔剣を奪うことはできそうにないから。そこに関しては、もう諦めたよ」
「なら、どうしたの?」
「恋人は無理だけど、友達ならいつでもいいよ」
「……」

 レナはテロ組織の一員で……
 おそらく、一連の事件を背後で操っていた。

 悪い子なのだけど、でも、悪い子には見えない。
 根っこの部分は純真で……
 どうしようもない悪人には見えないんだよな。

「あはっ、あははははは!」

 おもいきり笑うレナ。
 僕は、そんなにおかしなことを言っただろうか?

「そ、そんなことを言うなんて……ぷっ、くふふふ。ダメ、ホントおかしい。もう、フェイトってばボクを笑い殺すつもり?」
「そんなつもりはないんだけど……」
「あー……ますますフェイトのことが欲しくなっちゃった。今日はこの辺で帰るけど、絶対にボクのものにしてみせるからね?」

 レナは、ウインクと共に投げキッスを送ってきた。
 彼女がやるとすごく様になっていて、正直、かわいいと思う。

 そして……

「あ、あれ?」

 いつの間にか消えていた。

 どのようにして、いつ立ち去ったのか、まったく見えなかった。
 なにをしたのかさっぱりわからない。
 たぬきに化かされたような気分だ。

「でも……レナは、現実の脅威として、そこにあるんだよね」

 彼女を素直に帰したのは、僕じゃあ絶対に相手にならないからだ。
 剣の腕も、基礎的な身体能力も、心の強さも……
 なにもかも負けている。

「いつか、僕も……」

 レナの領域にたどりつけるだろうか?
 そして、ソフィアの隣に並ぶことができるだろうか?

 がんばらないといけない。



――――――――――



「ソフィア」

 いくらか屋敷を探索して、ソフィアを発見した。
 ベッドに寝ている。

 特に怪我はないようだし、乱暴をされた跡もない。
 安心した。

「起きて、ソフィア」
「……んぅ?」

 軽く体をゆすると、軽く目を開けた。
 薬で眠らされていたのだろうけど、ちょうど効果が切れていたのだろう。

「……フェイト」
「うん、僕だよ」
「……」
「ソフィア?」
「イヤですぅ……まだ起きませぇん」
「え」
「眠いから、寝ていますぅ……」

 くるっと反対側を向いてしまう。

 その態度は子供みたいで……
 寝ぼけているのかな?

「ソフィア、起きて。エドワードさんもエミリアさんも、アイシャもリコリスも心配しているから、早く戻らないと」
「やですぅ……眠いんですぅ……」
「ダメだよ、起きないと」
「うぅ……なら、キスしてください」
「えっ」

 思いがけないことを言われて、硬直してしまう。

「おはようのキス、してほしいですぅ……」
「いや、あの、その……そ、そんなことを言われても」
「でないと起きません……」
「えっと……」

 これは……キスしないといけない流れなの、かな?

 寝ている女の子に、そんなことをしてしまうなんて……
 いや、でも、ソフィアが望んでいることだから……
 でもでも、寝ぼけているから不意打ちのようなもので……
 だけど僕ならあるいは……

 ぐるぐると思考が回り、半ば混乱していると、

「っ!?」

 ガバっと、勢いよくソフィアが跳ね起きた。
 眠そうな目は消えて、いつものソフィアだ。
 ただ、顔はものすごく赤い。

「……あの、フェイト」
「うん」
「……今、私、寝ぼけていてとんでもないことを口にしたような気がするのですが、その……聞いていましたか?」
「……うん」

 ウソをついても仕方ないと思い、僕は素直に頷いた。

 その後……
 屋敷中にソフィアのとても恥ずかしそうな悲鳴が響いたとかなんとか。