「ソフィアがさらわれた!?」
その話を聞いたのは、夕暮れだった。
ソフィアの顔合わせのことが気になりつつも、邪魔をしてはいけないと、アイシャとリコリスと一緒に部屋で待機していて……
やけに遅いな? と思ったところで、顔を青くしたメイドさんが駆け込んできた。
連れて行かれた先には、顔色を悪くしたエドワードさんとエミリアさん。
そして、二人の口から許嫁候補だった男……アイザック・ニードルがソフィアをさらい、姿を消したことを伝えられた。
「まさか、そんなことが……」
「っていうか、あのソフィアをさらえるヤツなんているの?」
リコリスの指摘はもっともだ。
ソフィアは剣聖で、エドワードさん以上の力を持つ。
そんな彼女をさらうなんて……
メイドがひたすら申しわけなさそうにしつつ、言う。
「残っていたグラスを調べてみたところ、薬の痕跡がありまして……」
「なーる。いくらソフィアでも、薬には勝てないわよね」
「……犯人、アイザックのことを教えてください」
今すぐにソフィアを助けに行かないと!
本能に近い部分がそう叫んでいるものの、しかし、闇雲に調べても意味はない。
確実に、絶対に無事に救出できるように、万全を期さないといけない。
そのためにも、まずは犯人の情報が必要だ。
ここにきて仲違いしている場合ではないと判断したらしく、エドワードさんは素直に情報を提供してくれる。
「うむ……今回、ソフィアの許嫁候補として選んだのは、アイザック・ニードル。この街に居を構える貴族の一人息子じゃ」
「貴族ですか……人柄はわかりますか?」
「やや自信過剰なところはあるが、親と似ず、真面目な青年だ。剣の腕も立つ。候補としては、ピッタリの相手ではあったのじゃが……」
候補としては?
その言葉に引っかかりを覚える。
普通は、ソフィアの旦那としては、と言わないだろうか?
候補という言葉を使うと、まるで……
そこで終わってしまいそうじゃないか。
って、今はそれはいい。
もっと情報を聞いておかないと。
「真面目なのに、ソフィアをさらったんですか?」
「信じられないが、そうなるな……」
「目的はわかりますか? 推測でもいいので」
「もしかしたら、アイスによからぬことを吹き込まれたのかもしれぬ」
「アイス?」
「アイザックの父親じゃ。この街の有力貴族の一人で、儂のライバルというべきか。次の領主候補とも言われていて、敵視されているな」
「うーん?」
次期領主になりたいアイザックが、アイスにソフィアを誘拐するように命令した。
ソフィアを盾にして、領主を降りろとか譲れとか、そう要求するつもりだった。
そう考えると辻褄は合うのだけど……
「ちょっとずさんすぎないかな?」
辻褄が合うというだけで、とてもじゃないけれど綿密な計画とはいえない。
ちょっとしたミスが原因で一気に瓦解してしまうような、適当極まりない計画だ。
それに、アイザックな真面目な性格と聞くし……
例え父親の命令でも、そんな無茶無謀な計画に協力するだろうか?
なにか嫌な感じがする。
誰かの手の平の上で踊らされているような……
いつの間にかクモの巣に捕らえられていたかのような。
心がザワザワとした。
「フェイト、どうするの? 殴り込みでもかける?」
「い、いかん! アイザックの犯行であることは、ほぼほぼ間違いないが、証拠がないのじゃ。それに、アイスが関わっているという確証もない。それなのに無茶をしては、ヤツの好き勝手を許してしまうことになる!」
ソフィアを無事に助けるため、努めて冷静に物事を整理していたのだけど……
うん、ダメだ。
今の発言は無視できない。
「エドワードさんは領主だから、色々なことを考えないといけないと思います」
「む?」
「でも、今の発言は、ソフィアのことをまったく考えていません。今、彼女がどうなっているかわからないのに、他のことばかり考えて……立場もあると思いますが、でも、親ならこんな時くらい少しは娘のことを考えてあげてください!」
「う……ぬぅ……」
エドワードさんはなにか言おうとして、しかし、口を閉じてしまう。
エドワードさんは領主なのだから、色々とあるのだろうけど……
それでも、もう少しソフィアのことを気にかけてほしかった。
そんな僕の言葉は届いたらしく、エドワードさんは下を見てしまう。
己の言動を恥じているかのようだった。
「で、どうするの、フェイト?」
「えっと……」
考える。
考える。
考える。
「よし」
答えを出した。
「殴り込みはしない」
「えー」
なんで、そこでリコリスは残念そうにするのかな?
「でも、こっそりと忍び込む」
夜になるのを待ってから動いた。
本当は、すぐにでも動きたかったのだけど……
できる限りの情報収集をしておきたかった。
それと、闇夜に紛れるために、夜になるのを待った。
「けっこうチョロそうな警備ね」
ニードル家の屋敷は、街の中心部から少し離れたところに建てられていた。
大きな庭があり、家の裏手にプールも完備されていた。
アスカルト家よりも広く、屋敷も大きい。
ただ、リコリスに偵察に行ってもらったところ、警備の兵はさほどいないらしい。
ゼロということはないけど、ネズミ一匹通さない警備網ではないようだ。
「これなら、なんとかなるかな?」
「このスーパーウルトラハイパーミラクルワンダフルエクストラ美少女怪盗リコリスちゃんが先導してあげる!」
「長いよ……」
「でも、アイシャを置いてきてよかったの?」
そう。
リコリスが言うように、アイシャはソフィアの実家に置いてきた。
本人は一緒に行きたそうにしていたものの、なにがあるかわからないし、さすがに連れてくるわけにはいかなかったのだ。
「あの頑固じじいにいじめられたりしない?」
「大丈夫だよ」
エミリアさんがいるから、そんなことにはならない。
「それに、エドワードさんは僕が嫌いなだけで、アイシャのことは好きになると思うよ」
「そうかしら? まあ、アイシャがかわいい、っていうのはあたしも認めるけどね。でも、絶対とは言い切れないじゃない? なにか根拠でも?」
「あるよ」
「どんな?」
「おじいちゃんは孫に弱いものだからね」
――――――――――
「……あぅ」
アイシャは落ち着かない様子で、部屋の隅で膝を抱えて床に座っていた。
フェイトとリコリスがソフィアの救出に向かった後……
アイシャは留守番をすることになり、アスカルト家の客間の一つに滞在していた。
ただ、見知らぬ場所に一人。
頼れる人は誰もいない。
心細く、自然と部屋の隅で丸くなっていた。
尻尾が落ち着きなく揺れている。
耳がペタンと沈んでいる。
「おとーさん……おかーさん……」
早く帰ってきてほしい。
そう願いつつ、寂しさと不安を我慢していると……
コンコン、と扉がノックされた。
「は……はぃ」
「こんばんは」
「……ふん」
姿を見せたのは、エミリアとエドワードだった。
優しそうな人と怖い人が一度にやってきた。
アイシャはどうしていいかわからず、混乱して、カーテンを頭からかぶってしまう。
そんなことをしても意味はないのだけど、隠れずにはいられなかった。
「アイシャちゃん」
「……」
「おいしいお菓子を持ってきたの。一緒に食べませんか?」
「っ」
ピクリ、とアイシャの犬尻尾がはねた。
恐る恐るカーテンから抜け出して、エミリアを見る。
「焼き立てのアップルパイですよ。私が作ったものですが、とてもおいしいと思いますよ」
スンスンとアイシャが鼻を鳴らす。
香ばしいパイの匂いとりんごの甘い匂い。
たまらない。
アイシャは目をキラキラとさせて、ソファーに座り。フォークとナイフを手に取る。
ここにフェイトとソフィアがいたら、食べ物に釣られないように教育しなくては、と頭を抱えるだろう。
「おい……しそう」
アイシャの尻尾はブンブンと横に大きく揺れていた。
口の端から、ちょっとよだれも垂れていた。
アイシャの食欲がすさまじいのか。
それとも、エミリアの焼くアップルパイの破壊力がすさまじいのか。
なかなかに判断に迷う光景だ。
「ふふ、すぐに切り分けてあげますからね。あと、一緒に紅茶を飲むとおいしいですよ? あ、旦那さまもどうぞ」
「……うむ」
こうして、三人の奇妙なお茶会が始まった。
アイシャはびくびくしつつも……
アップルパイの誘惑に逆らえず、パクリと一口。
そして、目をキラキラと星のように輝かせた。
「おいしい」
「ふふ、ありがとうございます」
「……まあまあだな」
「もう。旦那さまは、いつもそればかり。作りがいがありませんね」
「悪くはないと言っておる」
「私は、アイシャちゃんのようなとても素直な感想が欲しいですわ」
「……むう」
「はぐはぐはぐっ」
エドワードの視線がアイシャに向けられた。
そのことに気づいた様子はなく、アイシャは一心不乱にアップルパイを食べている。
「そもそもの話」
「どうしたのですか?」
「この娘は、誰なのだ? ソフィアとあの小僧と一緒にいたようじゃが……」
「……はぁ」
やれやれと、本気で呆れた様子でエミリアはため息をこぼした。
「あの子達が、何度も何度も言っていたではありませんか」
「なんと?」
「アイシャちゃんは、ソフィアとスティアートくんの娘ですよ。つまり、私達の孫ですね」
「なん……だと!?」
衝撃的な事実を告げられて、エドワードは目を大きくした。
いや。
衝撃的というわけではない。
フェイトとソフィアは隠すようなことはしていないし、まったく気づいていないのはエドワードくらいだ。
フェイトに固執するあまり、他に目がいっていなかったのだろう。
「あ、あの小僧……儂のソフィアに手を、だ、出していたというのか……!?」
「好き合っているのですから、手を出していたとしても不思議ではありませんよ。二人共、もう子供ではないのですから」
「ぐ、ぐぬぬぬっ……!」
エドワードの怒りが爆発しようとするが、
「ただ、まだそういう関係には発展していないのでしょうね」
エミリアの一言で、怒りが保留される。
「どういうことだ?」
「ソフィアは、ああ見えて、そういうことに関しては奥手ですから。そういう雰囲気になっても恥ずかしがり、自分からは行動できないと思いますよ。スティアートくんは、とても誠実な子なので、結婚するまでは……なんて考えているのではないかと」
「仮にそれが正しいとしたら……この子はどういうことだ? 二人の……娘、なのだろう?」
「その辺りは、まだ詳細を聞いていないのでわかりませんが……養子ということでは?」
「むう」
「そもそも、種族が違いますよ? 血の繋がりがないことは明白だと思いますが」
「……」
そういえば、と今更ながら気づいた様子で、エドワードは再び目を丸くした。
「ですが、ソフィア達にとって血の繋がりは関係ないのでしょうね。アイシャちゃんを見ていれば、とても愛されていることがわかります」
そう言うエミリアは、とても優しい顔をアイシャに向けていた。
そんな視線を感じ取ったアイシャは、エミリアを優しい人と認識する。
「おいで」
「……ん」
エミリアが両手を広げると、アイシャそこにすっぽりと収まる。
少しおどおどしているのだけど、
「よしよし」
「んぅ」
頭を撫でられるとすぐに心を許したらしく、尻尾をうれしそうに振る。
時折、わんっ、と小さく鳴いていた。
そんな二人を、エドワードはどこかうらやましそうに見る。
そして、そんな自分に気がついて愕然とする。
儂は、妻と小娘のやりとりを見て、うらやましいと思っていたのか?
儂もああしたいと、そう思っていたのか?
エドワードの中で妙な葛藤が生まれて……
そんな夫を見たエミリアは、今度はエドワードの方に向けて、アイシャの背を軽く押す。
「旦那さまがアイシャちゃんとコミュニケーションをとりたいみたいなので、声をかけてあげてくれませんか?」
「あう……」
アイシャは迷うような感じで、尻尾をしゅんとさせた。
そんな反応を見て、エドワードは、胸に矢を受けたような衝撃を覚える。
味わう感情は……悲しみ。
ひたすらの悲しみ。
なぜだ?
なぜ儂は、たかが小娘に拒絶されたくらいで落ち込んでいるのだ?
わけのわからない感情に、エドワードは動揺してしまう。
「アイシャちゃん、大丈夫ですよ。ああ見えて、旦那さまは子供が好きなので」
「う?」
「ほら、旦那さまも怖い顔をしないでください。緊張しているのはわかりますが、孫の前ですよ?」
「……孫……」
それは、とても甘美な響きだった。
自然と体の力が抜けていき、心が温かいもので満たされる。
「……おじーちゃん?」
アイシャは首をコテンと傾けつつ、確認するようにそう言った。
「っ!!!?」
エドワードは胸元を押さえて、ぐらりとよろめいた。
おじいちゃん。
なんていう破壊力だろうか。
たったの一言で、剣術道場の師範とあろうものが倒されてしまいそうになるなんて。
「大丈夫?」
ふらついたエドワードを心配するように、アイシャはとてとてと歩み寄ってきた。
その仕草がたまらなくかわいい。
どこか小動物に似ていて、永遠に見ていることができそうだ。
「う、うむ……儂は大丈夫じゃ」
「んー」
アイシャは心配そうにした。
なにかを考えるような仕草を取り……
ややあって、閃いた様子で笑顔になる。
小さな両足をいっぱいに伸ばして、エドワードの胸元に手をやる。
そして……
「いたいのいたいの、とんでけー」
両親にたまにしてもらうおまじないをした。
「元気になった?」
アイシャは得意げだった。
これなら大丈夫、と思っているらしい。
そんな孫娘を見て、エドワードは……
「……尊い……」
「ふぁ?」
「うむ、うむ。ありがとう、アイシャ。おかげで助かった。このようなことができるなんて、アイシャはかわいいだけではなく、すごい子なのじゃな」
エドワード、陥落。
いかなる頑固者であろうと、孫に勝てる老人はいない。
孫娘の魅力にすっかりやられてしまったエドワードは、にへら、という決して弟子には見せられない情けない顔になる。
今のエドワードは怖くない。
むしろ、優しそうだった。
なぜそんな風になったのか?
アイシャはさっぱりわからなかったが……
ただ、優しいならそれでいいや、と途中で思考を放棄した。
「おじーちゃん♪」
「おー、よしよし」
祖父に甘えるアイシャ。
初孫ができたことを実感して、これ以上ないほどに甘やかそうとするエドワード。
そんな二人を見て、エミリアはやれやれと苦笑するのだった。
リコリスにナビゲートしてもらい、屋敷へ潜入した。
本気を出したリコリスはすごくて、今のところ誰にも見つかっていない。
屋敷の奥へ奥へ進んでいく。
そして……途中で、ふと気がついた。
「ねえ、リコリス」
「なによ?」
先を行くリコリスが羽を止める。
「道は合っているんだよね?」
「ええ。この天才美少女ナビゲーターハイパーリコリスちゃんによれば、こっちの方からソフィアの気配がするわ」
「うーん」
「なによ?」
「なんか、誘われている気がするんだよね」
けっこう奥まで来たのだけど、未だに誰とも出会っていない。
警備の兵も見かけていない。
少し都合が良すぎるような気がした。
そんな懸念を口にすると、
「フェイトは心配性ねー。なにもないんだから、それでいいじゃない」
「そうかな?」
「そうよ。きっと、女神さまがあたし達の味方をしてくれているの。だって、このあたしがいるんだから!」
たまに思うんだけど、リコリスのこの自信はどこから来ているのだろう?
とても不思議だ。
「ふむ、なかなかに鋭いようですね」
「っ!? 誰だ!」
不意に男の声が響いた。
いつからそこにいたのか?
振り返ると、細身の男の姿が。
エドワードさんとエミリアさんから聞いた特徴と一致する。
「あなたがアイザック・ニードル?」
「おや、俺のことを知っているとは。単なる賊ではないようですね。もしかして、我が愛しの妻ソフィアの関係者かな?」
「……」
僕は無言で剣を抜いた。
あなたにソフィアは渡さない。
そんな意思表示のつもりだった。
「やれやれ、いきなり剣を抜くとは。これだから庶民は困る。礼というものを知らないのですか?」
「あなたには、礼をもって接する必要はないと思うので」
「言ってくれますね」
アイザックは舌打ちをする。
「まあ、俺は寛容な男です。庶民ごときの失礼な言葉、見逃してやりましょう」
「それはどうも」
「ほら」
アイザックは革袋を僕の手前に放る。
警戒しつつ革袋の中身を確かめると、金貨がギッシリと詰まっていた。
「これは?」
「それで手を引きなさい」
「……」
「今なら不法侵入もなかったことにしてあげましょう。その金も、我が妻を連れてきてくれた礼として、くれてやりましょう」
「……」
「どうですか? 悪い話ではない……というか、良いことしかないでしょう? あなたのような者には、一生働いても手に入れることのできない大金ですよ」
うーん。
この人は、いったいなにを言っているんだろう?
自分に酔っているというか、人の話を聞かないというか……
僕がここまで来ている時点で、絶対にソフィアのことを諦めるわけがないと、そう理解してもおかしくはないのだけど。
「あんたバカ?」
僕の気持ちを代弁するかのように、リコリスが辛辣かつ、シンプルな暴言を吐く。
「お金でソフィアのことを諦めろとか、典型的な悪役のやることね。こんなところにいないで、舞台にでも上がった方がいいんじゃない? あんたみたいな悪役、今時、けっこう貴重よ? っていうか、あんた顔は良いけどモテないでしょ? 金で女の子をどうこうするなんてヤツ、腐りきってるからねー。だから、無理矢理なんでしょ? あ、かわいそ。モテなさすぎてこんなことするなんて、本気で同情するわ……よしよし」
「……」
プツン、とアイザックの理性が切れる音がした……ような気がした。
リコリスもそれを察したらしく、慌てて僕の頭の後ろに隠れる。
「さあ、フェイト! やっちゃいなさい! 悪の親玉を倒して、さらわれたお姫さまを取り返す時間よ!」
「いや、まあ、がんばるけど……リコリスのそれ、クセなの?」
煽るだけ煽っておいて、最後は僕にバトンタッチ。
アイシャの教育に悪そうだから、やめてほしいんだけど……
うーん。
でもリコリスのことだから、やめられないんだろうなあ。
意識的に煽ってるわけじゃなくて、たぶん、本能でやっているんだと思う。
「残念ですよ」
アイザックが一歩、前に出た。
僕はしっかりと剣を握り、構える。
「俺としては、穏やかに解決したかったんですけどね」
「ソフィアをさらっておいて、よくそんなことが言えるね」
「彼女は、俺の妻となる女性です。ならば、なにをしても問題ないと思いませんか?」
「思わないよ。女の子は、もっと優しくしないとダメなんだ。そんな基本もできないあなたが、ソフィアと結婚するなんてありえない」
「貴様……」
「まだまだ未熟な僕だけど……でも、これだけは言えるよ」
アイザックの目をしっかりと見て、力強く言う。
「ソフィアは、あなたなんかにふさわしくない。絶対に渡さない!」
「……」
プツンと、再びアイザックがキレる音が聞こえたような気がした。
リコリスは困ったことをするな、って考えていたけど……
でも、僕も同じことをしているような気がした。
自信たっぷりにする相手に、あなたの全部がダメですよ、と告げたようなものだからね。
でも、仕方ない。
うん、仕方ない。
僕も男だ。
好きな女の子が無理矢理さらわれているのに、黙っているわけにはいかない。
……怒っていないわけがない!
「本当は、あの女は二の次だったが……それでも、そこまで言われると頭にきますね」
「なんだって?」
ソフィアが二の次?
なら、アイザックの本当の狙いは?
「いくよ」
ここまでくれば実力行使あるのみ。
ソフィアを取り戻せば、アイザックに非があることが証明されるし……
証明されなかったとしても、ソフィアを取り返すことができたのなら、それでいい。
僕は床を蹴り、アイザックに迫る。
剣を右から左へ薙ぐ。
一応、刃は横にして、剣の腹で叩くようにするのだけど……
ギィンッ!
アイザックも剣を抜いて、僕の一撃を防いだ。
「なっ……!?」
僕の一撃が防がれたけど、それについて驚いたわけじゃない。
問題は、彼が抜いた剣だ。
刀身は夜の闇を凝縮したかのような漆黒。
柄に赤い宝石がハメこまれている。
「魔剣……?」
ドクトルが所有していたものと形状は異なるけれど……
アイザックが持つ剣は、確かに魔剣だった。
アイザックがニヤリと、悪意たっぷりの笑みを浮かべる。
「ほう、魔剣のことを知っていますか。少しは学があるようですね」
「どこで、それを……?」
「素直にしゃべるとでも?」
「だよね」
僕は、改めて剣の柄を強く握る。
「なら、力づくで吐かせてみせる!」
魔剣についての情報は大して持っていない。
わかっていることは、すごい力がある、ということだけ。
普通に考えるなら最大限に警戒をして、まずは様子を見なければいけない。
きっと、それが最善だと思う。
でも、僕はあえて踏み込むことにした。
先手を打ち、こちらから攻撃をしかける。
「神王竜剣術、壱之太刀……破山っ!!!」
天を突くように剣を構え、一気に振り下ろす。
ギィンッ!!!
アイザックは、こちらの一撃をしっかりと受け止めてみせた。
そして反撃に……
「まだまだ!」
「くっ」
反撃に移る間を与えず、連続で剣を叩き込んでいく。
下から上に跳ね上げる。
そこから斜め下に薙ぎ払い、体を回転させつつ、剣の腹をぶつける。
連続して突きを放ち、時折、蹴撃も織り交ぜてやる。
「く……この卑怯者め! 剣だけで戦わないか!」
「戦いに卑怯もなにもないよ!」
アイザックが吠えるけど、それは全て無視。
僕は、ひたすらに攻撃を繰り返して、ありとあらゆる角度から斬りつけてやる。
そうやって戦闘を続けることで理解した。
アイザックは怖くない。
魔剣を持っていたとしても、大して強くない。
ドクトルは強敵だった。
元冒険者ということで、かなりの戦闘技術を有していた。
そのため、魔剣の力を全開に引き出すことができて、僕とソフィアの二人がかりでないと倒せないほどだった。
でも、アイザックは違う。
剣は学んでいるみたいだけど、圧倒的に技術が足りていない。
実戦経験が少なすぎる。
そんなことで魔剣の力を引き出すことはできない。
「やっぱりだ」
「なに?」
「あなたは、大して怖くない。ドクトルと対峙した時と違って、なにも感じない。うん……大したことはない」
「貴様っ、この俺を愚弄するか!?」
「事実を述べたまでだよ」
「殺すっ、貴様だけは俺の手で殺してあげますよ!」
激高したアイザックは、でたらめに魔剣を振り回してきた。
怒りのせいで集中力が落ちていて、精度がとても甘い。
こんな剣に当たる気はしない。
こんな簡単な挑発にかかってしまうなんて……
うん。
本当に大したことはなさそうだ。
「ソフィアを返してもらうよ」
「貴様とて、自分のもののように言うではありませんか!?」
「僕とソフィアの心は同じだって、そう断言できるから」
わがままな考えかもしれないけど……
でも、ソフィアに関してだけは、そう言うことができる。
そう確信している。
だって彼女は……
「ソフィアは、大事な幼馴染なんだから!」
「このガキがぁっ!!!」
「神王竜剣術、四之太刀……」
剣を鞘に戻した。
ただし、手は柄に添えたまま。
深く、深く構える。
すぅうううと、息を吸う。
それと同時に力を貯めて、貯めて、貯めて……
一気に解き放つ!
「蓮華!」
超高速の抜剣術。
ちゃんと教えられたわけではなくて、見様見真似のものだけど……
それでも、成功した。
風を巻き取るように放つ刃が、アイザックの脇腹を撃ち抜く。
彼はまったく反応することができなかった。
「がっ……!?」
小さな悲鳴。
それと、肺から強引に空気が絞り出される音。
アイザックはぐらりとよろめいて……
そのまま、白目を剥いて倒れた。
さすがに殺すのはどうかと思うから、一応、刃は立てていない。
「……ふう」
アイザックが完全に気絶していることを確認してから、雪水晶の剣を鞘に戻した。
「おー、フェイトってば、めっちゃ強くなってるじゃない。なんか、あたしの予想を上回る成長速度?」
「この前の、ソフィアとの稽古がよかったんだと思うよ」
「なにしたかわからないけど、ボロボロになるまでやってたからねー。そこまでがんばれるのは、素直にすごいと思うわ。フェイトって、努力の天才なのね」
「そうかな?」
「そうよ。このリコリスちゃんが褒めてあげているんだから、少しは誇りなさい」
「うん。ありがとう、リコリス」
これで障害は排除した。
あとはソフィアを助けるだけなのだけど……
「その前に、魔剣を回収しておこうか」
ドクトルの魔剣は砕け散ってしまったけど、幸いというべきか、アイザックの魔剣は無傷だ。
こんなものを放置することはできないし……
鑑定などをすることで、なにかしら得られるものがあるかもしれない。
そう思い、僕は魔剣に手を伸ばして……
「うーん、それを回収されるのはちょっと困るかな?」
ふと、そんな声が割り込んできた。
「あむ、あむ、はむっ」
アイシャは小さな口をいっぱいに開けて、フォークをぐーの手で握り、ホットケーキをぱくぱくと食べていた。
はちみつで口の周りが汚れて、ホットケーキの欠片がぽろぽろと落ちてしまっている。
それでも止まらない。
尻尾をぶんぶんと勢いよく左右に振りつつ、夢中になって食べている。
それくらい、エミリアの焼くホットケーキは絶品だった。
「アイシャちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい!」
キラキラと目を輝かせつつ、アイシャは頷いた。
そんな孫娘を見て、エミリアはとてもうれしそうに笑う。
自分が作ったお菓子をおいしいと言ってもらえることは、とてもうれしい。
相手が孫娘であるのならば、なおさらだ。
「アイシャよ、おかわりはいるか? おじいちゃんが切り分けてやろうか?」
「もうちょっと、食べたいかも」
「よしよし。では、半分ほどか……せいっ」
エドワードは、日頃から鍛えている剣の腕を惜しむことなく使い、ホットケーキを綺麗に半分に斬る。
完全に技術の無駄遣いだ。
しかし、アイシャはパチパチと拍手をして喜ぶ。
その度に、エドワードはでへれというだらしのない笑みを浮かべる。
かわいい孫のためならば、最高級の剣と技でホットケーキをいくらでも斬ってみせよう。
わりと情けない決意を固めるエドワードであった。
「あー……」
アイシャはおかわりのケーキを食べようとして、
「……うぅ?」
ふと、フォークを持つ手が止まる。
尻尾がピーンと立ち、毛が膨れ上がる。
耳は落ち着きなくぴょこぴょこと揺れた。
「どうしたの、アイシャちゃん?」
「もしかして、お腹いっぱいになったのかい?」
「うう、ん……なにか、いやな感じがするの……」
「嫌な感じ、ですか?」
エミリアは周囲の気配を探るように、目を閉じて集中して……
次いで、険しい表情に。
「旦那さま」
「うむ……何者かわからぬが、不届き者が現れたみたいじゃな」
気がつけば、屋敷を取り囲むように複数の人の気配があった。
その存在を隠そうとしていないのか、いずれも強い殺気を放っている。
「エミリアよ。今、屋敷にいるのは儂らだけか?」
「はい。使用人達は皆、外に出ております」
「ふむ……ちょうどいい」
エドワードは部屋の端にある剣を持ち、刃を抜いた。
「守る者が一人ならば、かえってやりやすいというもの。そして……」
ガシャンッ! と窓が割れて、そこから覆面をつけた男が二人、飛び込んできた。
それぞれ短剣を手にしている。
刃が紫色に濡れているのは、毒を使用しているからだろう。
普通の人は、毒を見れば警戒するだろう。
しかしエドワードは違った。
「ふん、姑息な手を使う。そのような者に儂が負けるわけなかろう!」
エドワードは怯むどころか、逆に戦意を上昇させた。
敵が動くよりも先に自分が動く。
風のような動きで覆面の懐に潜り込み、剣の腹でその頭を殴り倒した。
返す剣で二人目の脇腹を打ち、ほぼほぼ同時に地に沈める。
「弱いな。一から訓練を詰み直してくるがよい」
覆面は決して弱くはない。
エドワードの門下生で覆面に勝てるものは、数えるほどしかいないだろう。
しかし、それ以上にエドワードの方が圧倒的に強い。
ましてや、今はアイシャがいる。
孫娘の前でかっこいいところを見せようとするエドワードは、普段の三割増しの力を発揮していた。
覆面が次々となだれ込んでくるものの、全て返り討ちにしていく。
そんな鬼神のごとき活躍を見せるエドワードに恐れをなしたのか、覆面達は作戦を変更する。
「お前達は男を止めておけ! その間に、俺達が目標を確保する!」
「むっ!?」
さらなる増援。
その半分がエドワードに向かい、もう半分がエミリアとアイシャを狙う。
いや。
正確に言うのならば、アイシャだけを狙っていた。
「エミリア!」
エドワードが叫ぶ。
しかし、それは悲鳴ではない。
「遠慮はいらん、叩き潰してしまえ!」
「もちろん、そのつもりです」
覆面が迫る中、エミリアはあくまでも笑みを浮かべたまま。
そして、覆面の攻撃をすり抜けるように避けてみせた。
「なっ!?」
必殺のはずの一撃が避けられて、覆面が動揺する。
その隙を見逃さない。
「がっ!?」
「ぐぅ!?」
「ぎゃあ!?」
いつの間にか、エミリアの手には剣が握られていて……
三人の覆面が宙に舞う。
「わぁ」
魔法でも見たような気分になり、アイシャは怖がるよりも先に驚いた。
そして、エミリアの活躍をすごいと思った。
「おばーちゃん、強い?」
「はい、そうですよ。アイシャちゃんのおばーちゃんは、とても強いのです」
「すごい、ね」
「ふふ、ありがとう」
エミリアは内緒の話をするように、そっと言う。
「実のところ、私は旦那さまよりも強いのです」
「おー」
「なので、アイシャちゃんは絶対に守るので、安心してくださいね」
アイシャを安心させた後、エミリアは愚かな襲撃者達に向き直る。
その顔は笑っているが、目はまったく笑っていない。
「屋敷に土足で踏み入るだけではなくて、孫娘を狙うなんて……ふふ、覚悟してくださいね?」
アイシャは思う。
やっぱり、エミリアはソフィアの母親なのだなあ……と。
「誰だ!?」
突然の声に、慌てて振り返る。
「やっほー」
「……レナ?」
この場にそぐわない呑気な挨拶をするのは、レナだった。
街の食堂で出会った女の子。
一度しか顔を合わせていないのだけど……
いきなり告白? をされたものだからよく覚えている。
「どうしてここに?」
剣を構えつつ、問いかける。
女の子に剣を向けるなんて……
と思わないのでもないけど、でも、レナは別だ。
こうして対峙しているだけでイヤな汗が止まらない。
まるで猛獣が目の前にいるかのようだ。
いや……猛獣で収まるだろうか?
それ以上のなにか。
それこそ、物語の中に出てくる悪魔や魔王というような、そんな類の存在に思えた。
そんな僕を見て、レナが不満そうな顔に。
「むうー。今はその気になっているとはいえ、その反応は傷つくなあ」
「え? あ……その、ごめんなさい」
「……」
頭を下げると、レナがぽかんとなる。
そして、大きな声で笑い始めた。
「あはっ、あははは! そこで素直に謝っちゃうの? もう、どこまでお人好しなのさ。あはははっ」
「そこで笑われても……」
「ごめんごめん。でも、フェイトがあまりにも予想外のことをするんだもん。フェイトのせいだよ? うん、フェイトが悪い」
「えぇ……」
「うーん、やっぱりフェイトはおもしろいなあ。是が非でもボクのものにしたくなってきたけど……まずは、その前に」
「え?」
蜃気楼のようにレナが消えてしまう。
幻と話をしていた?
いや、そんなわけがない。
いったい、どこへ……
「はい、回収完了」
「なっ……!?」
いつの間に回り込んだのか、レナは後ろに移動していた。
その手には魔剣が握られている。
「それをどうするつもり!?」
「今は回収するだけだよん」
「回収……?」
「この魔剣は、ボク達が提供したものだからね。レンタル形式だから、後で返してもらうのは当然だよね? そこそこのやつを渡したし、うまいこと剣聖を誘拐できたから、聖剣を手に入られると思ったんだけど……うーん、ダメか」
ということは、アイザックの本当の狙いはソフィアじゃなくて聖剣?
「レナ、キミはいったい……」
何者なんだ?
以前会った時は、高位の冒険者だと思っていた。
見た目はかわいい女の子だけど……
でも、とんでもない実力者という展開もある。
身近に、そういう例があるし。
でも、彼女は冒険者なんかじゃない。
それ以上の存在というか……
今まで出会ったことのタイプの人だ。
「やだなあ。私は、どこにでもいるような普通の冒険者だよ?」
「……」
「そんなわけないだろー、っていう目だね。うん。そうだよねー、今更、それは通用しないか」
考えるような仕草。
ややあって、レナはニヤリと笑う。
「んー……そうだね。せっかくだから自己紹介しておこうか」
レナが軽く手を振ると、その手に持っていた魔剣が消えてしまう。
いったいどこに……?
僕の驚きを気にすることなく、レナは優雅に一礼してみせる。
そして、己の正体を告げた。
「ボクは、レナ・サマーフィールド。『黎明の同盟』に所属する、魔剣士だよ」
「黎明の同盟……? 魔剣士……?」
聞いたことのない言葉に、思わず眉を潜めてしまう。
奴隷にされていた期間はあるのだけど……
一応、僕の冒険者歴はそれなりに長い。
色々なことを聞いて、色々な情報を頭に叩き込んできた。
でも、その中にない単語だ。
「なんのこと? っていう顔をしているねー。うん。そうだよね、普通わからないよねー。だから、ちょっとだけ教えてあげる」
「え、教えてくれるの?」
意外だ。
こういうことは、普通、秘密にするものじゃないのかな?
「ボク、優しいから。今回は特別サービス。聞きたいことを聞いていいよ? まあ、全部の質問に答えられるわけじゃないけどね」
「なら……魔剣っていうのは?」
「んー……どこまで言っていいものかな? 簡単に言うと、聖剣と対をなす存在だよ。聖剣が人々の祈りを力とするなら、魔剣は負の感情を力とする」
「なんで、そんなものが?」
「とある存在によって生み出されたんだけど……詳細は秘密♪」
パチンとウインクをされて、かわいらしく拒絶されてしまう。
なんていうか、掴みどころのない女の子だ。
「魔剣士っていうのは……魔剣を使う存在のこと?」
「うんうん、正解。ちなみに、ボクは第三位なんだ」
「三位?」
「組織内の序列だよ。えへん、ボクはけっこう偉いのさ」
第3位ということは……
最低でも、あと二人は魔剣士がいるというわけか。
それは、レナよりも強いのだろう。
「黎明の同盟っていうのは?」
「ぶっちゃけると、テロ組織」
「本当にぶっちゃけたね……」
「一応、ボク達なりの大義というか正義はあるんだけど、でもそれは、今の秩序を破壊するようなものだからねー。傍から見れば、テロ組織以外の何物でもないんだよね、あははは」
テロ組織と認めつつ、あっけらかんと笑ってしまうその根性は素直にすごいと思う。
「目的を話してもらうことは?」
「んー、今はそれはできないかな? まあ、おまけして話すとしたら、魔剣の増産。それと、魔剣士の育成……かな? いずれ来る戦いに備えて、ね」
たったの一本で、扱う者によっては剣聖に匹敵するほどの力を得ることができる。
そんなものを増産されたら、とんでもないことになってしまう。
レナが言うテロ組織という意味を理解した。
「……」
ふと、思う。
「もしかして、アイシャは魔剣に関係がある?」
「アイシャ? 獣人の女の子?」
「うん。犬……というか狼? の耳と尻尾が生えた、小さな女の子」
「あー……うん、そうだね。おもいきり関係があるね」
「やっぱり……」
「よくわかったね?」
「前に魔剣を持っていた相手……ドクトルが、アイシャにやけに執着していたみたいだから。それで、関連があるのかな、って」
「そっか……それは失敗だなあ」
アイシャが関連していることは知られたくなかったらしい。
レナは苦い顔に。
「それについて教えてもらうことは……」
「んー……ダメ。そこまでサービスしたら、さすがに怒られちゃう」
「そっか。ならいいや」
「ずいぶんあっさりと引き下がるんだね?」
「教えられない、って言っているから。無理矢理にでも聞きたいところだけど……でも、ボクはレナに勝てない」
「……へぇ」
レナがとても面白そうな顔になる。
「どうしてそう思うの?」
「なんとなく、かな?」
こうしてレナと対峙していると、全身が震えてしまいそうになる。
今の彼女は、普段は隠しているであろう圧を隠しておらず……
恐怖で失神してしまいそうなほどのプレッシャーがあった。
「そっか、そっか。ボクには勝てないって、理解しているんだ」
「なにもしていないのにそんなことを言うなんて、幻滅した?」
「ううん。むしろ、より評価が上がったかな? 相手の力をきちんと見極めることができる。これは、戦士にとってとても大事なことだよ。ボク、ますますフェイトのことが気に入っちゃった」
そう言って、レナは笑う。
お世辞とかそういうものではなくて、本心からの言葉みたいだ。
「でも、どうして色々と教えてくれるの? レナがテロ組織に所属しているなら、ボクは余計な目撃者で、普通に考えて始末した方が早いんじゃあ?」
「そうなんだけどね? でも、ボクはフェイトのことが気に入っているんだ。とてもまっすぐなところ。優しいところ。そして……強いところ」
「えっと……僕は大して強くないよ?」
「今はね」
レナは微笑みを浮かべる。
まるで、未来を見通しているかのような不思議な笑みだった。
「ボクの勘が告げているんだ。フェイトは、いずれとんでもなく強くなる。世界最強になって、剣神の称号を得るかもしれない」
「まさか……」
「ボクの勘は、けっこう当たるんだよ?」
「……」
そんなことを言われても実感がわかない。
「だから、できる限りのことは話しているんだ。それで……できれば、ボク達の仲間になってくれるとうれしいな」
「え?」
思わぬ提案に、ついつい目を丸くしてしまう。
「どうどう? ボク達の仲間にならない?」
「えっと……いきなりそんなことを言われても」
「仲間になれば全部を話すし、色々と特典もあるよ。今なら家とメイドさん付きで、お給料もアップ!」
「どういう勧誘……?」
「で……ボクの彼氏になって」
ごほっ、と咳き込んでしまう。
「前も言っていたけど、そ、それは本気なの……?」
「もちろん」
レナは即答した。
ウソをついている様子はない。
「ボク、フェイトのことが気に入っちゃった。一時はがっかりしたこともあるんだけど、でも、それは昔の話。今はすごくすごく気になってて……うん、これは恋だね。ボク、フェイトが好きになっちゃった」
「え、えっと……」
女の子から好意を向けられるなんて、ソフィア以外に初めてだ。
思わずしどろもどろになってしまう。
「ねえねえ、ボクと付き合おう? ボク、こう見えて尽くすタイプだよ? フェイトのためにおいしいごはんを作るし、お掃除もがんばるよ。もちろん、えっちなこともしてあげる♪」
「ごほっ!?」
とんでもないことを言われてしまい、さらに咳き込んでしまう。
いけない。
レナのペースに乗せられてしまっている。
「いや、その、えっと……」
「ダメ? 本当になんでもするよ? フェイトがちょっと常識じゃない性癖でも、ボクは受け入れるよ?」
「そ、そんなことはないけど……あ、いや。そうじゃなくて」
「うん」
「僕は……ごめん。心に決めた人がいるから」
レナがテロ組織の一員だとしても。
僕に向けてくれる好意は本物のように感じたから、こちらも誠実に答える。
「僕は、他に好きな女の子がいるんだ」
「うーん……そっか、残念」
意外というか、レナはあっさりと納得してくれた。
「でもでも、ボクは諦めないからね? 略奪愛っていうのも燃えるよね!」
訂正。
ぜんぜん諦めていなかった。
「ふふ。ボク、狙った獲物は一度も逃したことがないんだから」
「それは、なんていうか……」
「だから、フェイトも覚悟してね? 必ずボクのものにしてみせるから」
レナはとびっきりの笑みを浮かべて、投げキッスを送ってきた。
ちょっと仕草が古い。
でも、不思議と似合っていて……
思わずドキリとしてしまう。
って、いけない。
僕にはソフィアがいるんだ。
他の女の子に惑わされていたらダメだ。
「まあ、勧誘も失敗したし魔剣も回収したし、そろそろお暇させてもらおうかな?」
「あ、待って」
立ち去ろうとするレナを呼び止める。
レナはゆっくりと振り返り……
とんでもないプレッシャーを放ちつつ、しかし、笑顔で問いかけてくる。
「なに? もしかして、逃さないぞ、っていう展開?」
「ううん、好きに逃げていいよ」
「あら」
「僕がレナを止められると思えないし、どうやっても魔剣を奪うことはできそうにないから。そこに関しては、もう諦めたよ」
「なら、どうしたの?」
「恋人は無理だけど、友達ならいつでもいいよ」
「……」
レナはテロ組織の一員で……
おそらく、一連の事件を背後で操っていた。
悪い子なのだけど、でも、悪い子には見えない。
根っこの部分は純真で……
どうしようもない悪人には見えないんだよな。
「あはっ、あははははは!」
おもいきり笑うレナ。
僕は、そんなにおかしなことを言っただろうか?
「そ、そんなことを言うなんて……ぷっ、くふふふ。ダメ、ホントおかしい。もう、フェイトってばボクを笑い殺すつもり?」
「そんなつもりはないんだけど……」
「あー……ますますフェイトのことが欲しくなっちゃった。今日はこの辺で帰るけど、絶対にボクのものにしてみせるからね?」
レナは、ウインクと共に投げキッスを送ってきた。
彼女がやるとすごく様になっていて、正直、かわいいと思う。
そして……
「あ、あれ?」
いつの間にか消えていた。
どのようにして、いつ立ち去ったのか、まったく見えなかった。
なにをしたのかさっぱりわからない。
たぬきに化かされたような気分だ。
「でも……レナは、現実の脅威として、そこにあるんだよね」
彼女を素直に帰したのは、僕じゃあ絶対に相手にならないからだ。
剣の腕も、基礎的な身体能力も、心の強さも……
なにもかも負けている。
「いつか、僕も……」
レナの領域にたどりつけるだろうか?
そして、ソフィアの隣に並ぶことができるだろうか?
がんばらないといけない。
――――――――――
「ソフィア」
いくらか屋敷を探索して、ソフィアを発見した。
ベッドに寝ている。
特に怪我はないようだし、乱暴をされた跡もない。
安心した。
「起きて、ソフィア」
「……んぅ?」
軽く体をゆすると、軽く目を開けた。
薬で眠らされていたのだろうけど、ちょうど効果が切れていたのだろう。
「……フェイト」
「うん、僕だよ」
「……」
「ソフィア?」
「イヤですぅ……まだ起きませぇん」
「え」
「眠いから、寝ていますぅ……」
くるっと反対側を向いてしまう。
その態度は子供みたいで……
寝ぼけているのかな?
「ソフィア、起きて。エドワードさんもエミリアさんも、アイシャもリコリスも心配しているから、早く戻らないと」
「やですぅ……眠いんですぅ……」
「ダメだよ、起きないと」
「うぅ……なら、キスしてください」
「えっ」
思いがけないことを言われて、硬直してしまう。
「おはようのキス、してほしいですぅ……」
「いや、あの、その……そ、そんなことを言われても」
「でないと起きません……」
「えっと……」
これは……キスしないといけない流れなの、かな?
寝ている女の子に、そんなことをしてしまうなんて……
いや、でも、ソフィアが望んでいることだから……
でもでも、寝ぼけているから不意打ちのようなもので……
だけど僕ならあるいは……
ぐるぐると思考が回り、半ば混乱していると、
「っ!?」
ガバっと、勢いよくソフィアが跳ね起きた。
眠そうな目は消えて、いつものソフィアだ。
ただ、顔はものすごく赤い。
「……あの、フェイト」
「うん」
「……今、私、寝ぼけていてとんでもないことを口にしたような気がするのですが、その……聞いていましたか?」
「……うん」
ウソをついても仕方ないと思い、僕は素直に頷いた。
その後……
屋敷中にソフィアのとても恥ずかしそうな悲鳴が響いたとかなんとか。