将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 リーフランドの郊外にある、小さな一軒家。
 その中に、二人の人影があった。

 一人は、年老いた男性だ。
 白髪は肩の辺りまで伸びていて、綺麗に揃えられていた。
 髭も長く伸びていたが、丁寧に手入れされているからか、落ち着いた雰囲気を与える結果となっている。

 八十近いと思われる外見なのだけど、しかし、肉体の衰えは感じられない。
 背はまっすぐと伸びていて、筋肉こそないものの、その体は鋼鉄のような力強い印象を受ける。
 今こそが全盛期なのだと、そう肉体が主張していた。

 もう一人は、十五歳くらいの少女だ。
 十五ならば成人はしているのだけど、幼さが残る顔立ちのせいか、大人には見えない。
 大人と主張したら、うそだ、と多数の人に言われてしまうだろう。

 外見に引っ張られるかのように、体つきも幼い。
 でなければいけないところは引っ込んでいて、背は低く、体も小さい。
 愛らしさはあるものの、女性としての魅力には欠けているだろう。

 ただ、その顔は宝石のように綺麗に整っていた。
 優しく、甘く、綺麗な顔。
 まぎれもない美少女だ。

「ドクトルが敗れたようだ」

 老いた男が、静かにそう言った。
 それを聞いて、少女が目を大きくする。

「えっ、本当に? 今日、なんで呼ばれたかわからなかったんだけど……もしかして、そのこと?」
「うむ。レナには教えておいた方がいいと思い、こうして呼び出したわけだ。忙しいところ、すまないな」

 レナと呼ばれた少女は、気にしないでと手を横に振る。

「ううん、いいよ。それに、忙しいっていうなら、リケンの方が忙しいよね? ボクなんかより、色々なことをしているからね」
「まあ、色々と言えば色々ではあるが……誰かがやらねばならぬこと。ならば、大した力を持たない儂がやるべきであって、レナが気にすることではない」
「そういうものかな?」
「そういうものだ」
「って、話が逸れちゃったね。ドクトルが負けたっていうのは、本当のことなの? 確か、ドクトルにはティルフィングを与えたと思うんだけど……なにも能力を持たない低ランクの魔剣とはいえ、そこらの人が勝てるわけないのに」
「相手がまずかった」
「相手? もしかして、剣王とか魔法王が出てきたとか?」
「剣聖らしい」
「わぉ」

 リケンと呼ばれている老人の言葉に、レナはやや大げさに驚いてみせた。

「ちなみに、誰かわかる?」
「最年少で剣聖の座に辿り着いた天才……ソフィア・スティアートだ」
「あー……なるほど。会ったことはないけど、色々と常識外れの噂は聞いているよ。山を斬ったとか、一万の魔物の大群を薙ぎ払ったとか。それらの噂、誇張されているわけじゃなくて、むしろ、控えめに表現されているっぽいんだよね。あー、そっか。あの剣聖が相手なら、ドクトル程度じゃあ、魔剣を手にしても歯が立たないか」

 なるほど、とレナは納得した。

 しかし、すぐに不思議そうに小首を傾げる。

「あれ? でも、ドクトルは素材を手に入れていたんだよね? それなら、ティルフィングの真の力を引き出すこともできたと思うんだけど……もしかして、それでも負けたの?」
「いや。どうやら、力を引き出すことには失敗したらしい。儀式を行うよりも前に襲撃を受けたようだ」
「なるほど。それじゃあ、剣聖の相手なんて務まらないか。ティルフィングは?」
「戦闘で破壊されたらしい」
「あー……ちょっと惜しいことをしたね。下級の魔剣とはいえ、素材さえあれば、中級くらいにはなっていただろうから。ドクトルにあげたのは失敗だったかな?」
「仕方あるまい。あれは、金は持っていた。金がなければ、我々も活動できないからな」
「世知辛いねー」
「それに、ドクトルも剣の腕が悪いというわけではない。今回は、相手が悪すぎた」
「最年少の剣聖、ソフィア・アスカルト……か。どんな子なのかな?」

 そう語るレナは、幼い子供のような顔をしていた。
 おもちゃを与えられたような感じで、とてもわくわくした様子だ。

「どれくらい強いのかな? 想像の上をいったりするのかな? うーん、戦いたい!」

 レナはバトルマニアだった。
 戦いの中でこそ、もっとも輝くことができて、自分の価値を見出すことができる。
 命を賭けた真剣勝負なら、なお良い。

「ねえねえ、リケン。ボクを呼んだのは、ドクトルのことを教えるだけ? それだけ?」
「まったく……勘が鋭いな」
「えへへー。褒め言葉として受け取っておくよ」
「今、この街……リーフランドに剣聖ソフィア・アスカルトがいるらしい」
「え、なんで?」
「さてな。家の問題と聞いているが、詳細は知らぬ」
「っていうことは、ビッグチャンス?」

 ソフィアと戦えるかもしれないと、レナはニヤリと笑う。

「この街で進めている計画は知っているな?」
「アレを使って、魔剣の増産。それと、改良でしょ?」
「うむ。剣聖が街に来たのは偶然と思いたいが……もしかしたら、という可能性もある。計画をかぎつけられては厄介だし、敵対されても厄介だ」
「そうなる前に潰せ、っていうこと?」
「焦るな。まずは、様子見だ。敵になると決めつけて下手に動けば、逆に気取られてしまうかもしれぬ。レナは、剣聖の動きを探ってほしい。儂は、できる限り、計画を前倒ししておこう」
「オッケー」

 レナは気軽に頷いてみせた。

 これで話は終わり。
 リケンは外に出ようとして……
 途中で足を止めて、思い出したように言う。

「そうそう、言い忘れていた。気にし過ぎかもしれないが、もう一人、気をつけた方がいいかもしれない者がいる」
「うん? 誰、それ?」
「フェイト・スティアートという少年だ」
 リーフランドは緑の多い街だ。
 公園がいくつもあるだけではなくて、街の至るところに木や花が生えていた。

 個人の家にも、花壇などがたくさん飾られていて……
 街全体が緑に包まれていると言っても過言ではない。

 心地良い自然の匂い。
 虫の鳴き声に、花の香り。
 それらを感じていると、とても心が安らぐ。

 街を散歩して三十分くらい……
 僕は、すぐにこの街が好きになった。

 とはいえ……

「のんびり散歩なんていてていいのかな?」

 ソフィアは、絶賛、エドワードさんと喧嘩中だ。
 夜まで終わらないだろうとエミリヤさんに言われ、散歩を勧められたのだ。

 ソフィアはおしとやかに見えるのだけど、本気で怒ると手がつけられない。
 僕でも、彼女を止めることはできない。

 そのことをよく知っているため、屋敷に残っても仕方ないと、アイシャとリコリスを連れて散歩に出たのだけど……
 でも、気になる。
 ソフィア、無茶をしていないかな?

「こら!」
「いた」

 僕の頭の上に乗るリコリスが、ぱかん、と頭を叩いてきた。

「なにするのさ?」
「子供の前でそんな顔するんじゃないわよ。親なんでしょ? なら、どんな時もどっしりと構えていないと、アイシャが不安になるわ」
「あ……」

 まさにその通りだ。
 僕の不安が伝わってしまったらしく、アイシャは落ち着かない様子で、こちらを何度も何度も見上げていた。

「アイシャ」

 僕は優しく笑い、彼女の頭を撫でる。
 気持ちよかったらしく、尻尾がぴょこぴょことうれしそうに揺れた。

「ごめんね、心配かけちゃった」
「おかーさん……大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。だって、ソフィアは世界で一番強いからね」
「……うん」
「それよりも、お腹は空かない?」

 そう問いかけた時、きゅるるる、というかわいらしい音が響いた。
 アイシャの顔が赤くなり、お腹を押さえる。

「あう……」
「お菓子だけじゃ、ちょっと足りないよね。まだ、お昼も食べていないし……ソフィアには悪いけど、ごはんにしようか?」
「うん!」
「あたし、肉が食べたいわ! 肉! 脂たっぷりのジューシーな肉がいいわ!」
「リコリスは妖精なのに、ものすごくガツガツとしているんだね」

 苦笑しつつ、適当な店を探す。

 ほどなくして、店頭にたくさんの花を飾る飲食店を発見した。
 店の中から、食欲を誘う香ばしい匂いが漂ってくる。

 昼のピークは過ぎているものの、それでも、それなりの人がいる。
 たぶん、この街の人気店なのだろう。

「ここにしようか?」
「うん」
「肉があたしを呼んでいるわ!」

 二人が賛成してくれたので、店の中へ。
 席に移動すると、店員が子供用のイスを持ってきてくれた。
 さらに、妖精用の小さなコップも用意してくれる。

 サービス満点だ。
 こういう店は、きっと料理もおいしいに違いない。
 期待を膨らませつつ、メニューを見る。

「えっと……僕は、レモンソースのステーキのセットと、オムレツにしようかな。二人は決まった?」
「あたしは、ステーキ特盛よ!」
「えっと、えっと……お魚おいしそう。でも、ハンバーグもおいしそう」
「迷っているなら、アイシャがお魚を頼んで、僕もハンバーグを頼もうか? それで、はんぶんこにする?」
「うん!」

 決まりだ。
 オーダーをして、料理ができあがるのを待つ。

「んー」

 アイシャがソワソワしていた。
 料理が楽しみらしい。

「きっと、おいしいと思うよ。匂いだけでお腹が空いてきちゃうくらいだからね」
「おとーさんも、お腹が、ぐーってなっちゃう?」

 ぐう、とリコリスのお腹が鳴る。

「……あたしで悪かったわね!」

 恥ずかしそうにするリコリスを見て、僕とアイシャはくすくすと笑った。

「なあ、いいだろ? この後、一緒に来いよ」

 食事を楽しみにしていた時……
 ふと、ねちっこい声が聞こえてきた。

 振り返ると、大柄な男が、僕と同じかちょっと下くらいの女の子に絡んでいるのが見えた。
 大柄な男は酔っているらしく、頬が赤い。
 馴れ馴れしく女の子の肩に手を回し、酒臭い息を吐きつつ、彼女を誘う。

「絶対に後悔はさせないぜ? 最高に気持ちよくしてやるよ。女に生まれた悦び、ってのを俺が教えてやるよ」
「お客さま、当店でそのような行為は……」
「うるせえ! 俺の邪魔をする気か、あぁん? 俺は、Aランク冒険者のギルさまだぞ!? 痛い目に遭いたくなければ、引っ込んでろ!」

 大柄な男……ギルの言葉にウソはないのだろう。
 Aランク冒険者と呼べるだけの威圧感を放っていた。

 ただの店員では、どうすることもできない。
 店員は、一度、店の奥に引き下がる。
 このままにしておくことは考えられないから、騎士団に訴えに行ったのだろう。

 でも、騎士が駆けつけてくるまでに時間がある。
 その間に、女の子は……

「……あーもう、この店の料理おいしいって評判だから、楽しみにしていたのに」

 ポツリと、女の子がつぶやいた。
 瞬間、ゾクリと背中が震えた。

 なんだ?
 今、なにが起きた?

 女の子から、すさまじい殺気が放たれたような気がしたのだけど……
 でも、今はなんともない。
 気のせいだろうか……?

 って、呑気に見ている場合じゃないか。

「そこまでに……」
「そこまでよ、このろくでなし!」

 僕が割り込むよりも先に、リコリスがビシリと言い放った。
「ここは飲食店でしょ! ナンパがしたいなら、そういう店に行ってくれる? あ、でも、あんたみたいな顔じゃあ、無理か。お金でしか相手してくれないものね。かわいそう……あ、ダメ、泣けてきちゃう。でも、同情はしてあげないわ! 顔がダメだとしても、それはそれでいいの。私、内面を重視するタイプだから。でも、あんたはダメダメのダメ。心がとんでもないブサイクよ! だから、とっとと家に帰りなさい!」

 リコリスの怒涛の攻撃。

 というか……
 そこまで言うの? と、僕もちょっと引いてしまう。
 あと、アイシャの教育に悪いから、少し控えてほしい。

「……」

 大柄な男はポカンとして、

「なんだとてめえ!?」

 やや遅れて、ものすごい勢いで罵倒されたことを理解したらしく、激怒した。

 リコリスは、ササッと僕の後ろに隠れる。

「さあ、やっちゃいなさい、フェイト! 正義の裁きを与えるのよ!」
「なんかもう、色々と台無しだよ……」

 煽るだけ煽っておいて、最後は僕に頼るなんて。
 プライドはないのだろうか?

 まあ、リコリスなら……

「プライド? そんなもので飯が食えるのなら苦労はしないわ!」

 なんて、言いそうだけど。

「このチビをかばう気か? なら、まずはてめえからだ!」
「うわわわ」

 いきなり殴りかかってきた。
 なんて気が短い。

 アイシャがいるため、避けることはできない。
 男の拳を手の平で受け止める。

「な、なに!? 俺の拳を受け止めただと?」
「あのー……今のはリコリスも悪いと思うから、お互いさま、っていうことで手打ちにしませんか? ほら、こんなところで騒ぐわけにも……」
「うるせえ! バカにされたまま、黙っていられるかよ!」
「……仕方のない人だな」

 お酒を飲むなとは言わないけど、飲まれないでほしい。

「がっ!?」

 足を払い、倒れたところに拳を叩き込む。
 一応、手加減はしておいた。

 男は苦しそうな声をこぼして……
 そのまま気絶する。

 すると店内から、よくやった、いいぞ、なんていう歓声が湧き上がる。
 どうやら、みんな、この男の行いに辟易としていたらしい。

 店の人にも感謝されてしまい、僕達に対してはお咎めなし。
 一方、男は、店員が通報してやってきた騎士によって連行されていった。

「ふう……これで、ゆっくりとごはんを食べられるかな」
「お腹、減った……」

 のんびりと、アイシャがそんなことを言う。
 この子、意外と大物になるのかもしれない。

「ねえねえ」

 ふと、男に絡まれていた女の子に声をかけられた。
 女の子は興味津々という様子で、キラキラとした顔をしている。

「助けてくれて、ありがとう」
「ううん、大したことはしていないよ。それに……」
「それに?」
「キミなら、僕の助けなんていらなかったんじゃないかな、なんて」
「へえ」

 女の子は感心したような顔に。
 そんな反応をするということは、やっぱり、助けは不要だったのだろう。

「ボクが強いってこと、知っていたの?」
「いや、なにも。キミのことは初めて見るし……ただ、一瞬だけど、ものすごい圧を放つから、強いのかな、って」
「ふーん……お兄さん、鋭いんだね。ねね、ボクも一緒していいかな?」
「えっと……」

 リコリスとアイシャを見ると、問題ないというように頷いた。

 アイシャは、少し人見知りをしてしまっているのだけど……
 でも、いつまでもそのままというわけにはいかない。
 ついでという感じで悪いのだけど、この子で練習をしてもらおう。

「うん、いいよ。一緒に食べようか」
「ありがと♪ あ、店員さん。ボク、こっちの席に移るから、注文したヤツもこっちにお願いね」

 女の子は、こちらのテーブルに移動して、

「あ、自己紹介を忘れていたね。ボクは、レナ。レナ・サマーフィールド。よろしくね」
「僕は、フェイト・スティアート。こっちはリコリス、そして、アイシャだよ」
「ふふん、よろしくしてあげるわ!」
「よろ、しく……お願いします」
「うんうん。みんな、よろしくねー!」

 レナは、とても人懐っこい性格をしているみたいだ。
 会ったばかりなのに、長年の友達のような感じで接している。

 でも、不快な感じはしない。
 むしろ、その距離感が心地いいとさえ感じてしまう。
 これは彼女の才能なのかもしれないな。

「フェイトって、すごく強いんだね」
「そんなことないよ」
「えー、謙遜は良くないと思うな。だって、あんな大男を、一発で倒しちゃったじゃん」
「うーん……そこそこ鍛えているとは思うけど」

 今でも、毎日、ソフィアに訓練をつけてもらっている。
 だから、それなりの自信はついてきた。

 でも、まだまだだ。
 ドクトルのような強敵もいるし、世界には、僕の知らないとんでもない相手がゴロゴロしているに違いない。

「強い、って言えるような自信は、まだないかな」
「そうなの?」
「僕よりも強い相手なんて、それこそ星の数ほどいるだろうし……」

 なにより、一番身近にいる存在……ソフィアが、とんでもなく強いからね。

「ただ、いつか、胸を張って僕は強いんだぞ、って言えるようになりたいから、そのための努力は欠かさないよ」
「おー……なんか、かっこいいね」
「そ、そうかな?」
「うん、すごくかっこいいと思うよ。そんな風に言える男って、なかなかいないと思う。ほら、さっきのヤツみたいに、男って妙にプライドが高かったりするじゃない?」

 同じ男として、耳が痛い。

「でも、フェイトはそんなことないからね。自分がまだまだ、っていうことをきちんと認めた上で、さらに高みを目指している。そういうところは、すごくかっこいいと思うよ」
「あ、ありがとう」

 ここまで褒められるなんて、ソフィア以外で初めてだ。
 ついつい、顔を熱くして照れてしまう。

「うーん」

 レナは、じっと僕の顔を見つめる。

「……うん、決めた!」
「どうしたの?」
「フェイト、ボクの彼氏にならない?」
「……今、なんて?」

 僕の聞き間違いじゃなければ、レナは……

「ボクと付き合ってよ」

 聞き間違いじゃなかった。

「えっと、いや、えっと……えぇ!?」
「あはは、驚きすぎだよー」
「そ、そう言われても……」

 女の子から告白されるなんて、十数年ぶり。
 というか、ソフィア以来だ。
 驚いて、慌ててしまうのも仕方ない。

「うわ……フェイトってば、ソフィアがいるのに、他の子にモーションかけていたわけ? サイテー」
「おとーさん、サイテー?」
「そうよ。あんたのパパは、やっちゃいけないことをしたの」
「待って待って待って!」

 お願いだから、誤解をしないでほしい。
 あと、アイシャにとんでもないことを吹き込まないでほしい。

「僕はなにもしていないよ! そもそも、レナとは会ったばかりなんだから」
「本当に? 実は以前に、っていう展開はない?」
「ないよ!」
「即答ね……ま、信じてあげますか」
「ほ……」

 リコリスが信じてくれて、安堵の吐息がこぼれた。

 彼女のことだから、おもしろおかしく囃し立てるかと思ったのだけど……
 アイシャのことを考えてくれているらしく、それはしないみたいだ。
 助かる。

「というか……君は」
「レナ、って呼んで♪」
「……サマーフィールドさんは」
「レナ♪」
「……レナさんは」
「呼び捨てで♪ でないと、あることないこと言いふらすぞ」

 この子は、悪魔だろうか?

「レナは、本気なの?」
「もちろん、本気だよ。ボク、フェイトのことを気に入っちゃった」
「だからって、いきなり告白なんて……普通は、もっとこう、色々と段階を踏んでいくものじゃないかな?」
「フェイトってば、価値観が古いなー。でも、そういうところもいいね」

 にっこりとレナが笑う。
 無邪気な笑顔で、ウソを吐くような子には見えない。
 だから、告白も本当なのだろう。

 でも、なんで僕?
 物語に出てくるような英雄ではないし、二枚目でもない。
 どこにでもいるような、普通の男なんだけど……

「一目惚れ、に近い感じかな? フェイトと一緒にいたら、すごく楽しそうだからね! だから、ボクと付き合おう?」
「そんなことを言われても……」
「ボク、こう見えて、けっこう尽くすタイプだよ? フェイトのためなら、毎日、おいしいごはんを作るし、お掃除もするし、ペットを飼うなら世話もするよ。あと……夜も、いっぱいご奉仕してあ・げ・る」

 レナは、艷やかな顔をして妖しく微笑む。
 悪魔じゃなくて、サキュバスかな?

 普通の男なら、レナの魅力に一瞬で虜になっていたのかもしれない。
 ただ、あいにくだけど、僕にはソフィアがいる。
 レナも魅力的だけど……
 でも、それ以上に、ソフィアの方が魅力的だ。

「悪いけど、僕にはもう……」
「……フェイト、なにをしているのですか?」
「っ!?」

 ゾクリと背中が震えた。
 極寒地帯に放り込まれたかのように、とんでもない寒気がする。

 恐る恐る振り返ると……にっこりと、すごく良い笑顔を浮かべるソフィアの姿が。

「そ、ソフィア!? どうして、ここに……」
「お父さまへのお仕置きが終わったので、私も合流しようと。そうしたら……あらあらあら。そこの泥棒猫は誰なのでしょうか? 私にも紹介していただけませんか?」

 ものすごいプレッシャーだ。
 怒気と殺気が撒き散らされている。

 アイシャとリコリスにはぶつけないという、器用な真似をしているものの……
 他の客や店員はまともに浴びてしまい、ガクガクと震えている。

 レナも、当然、そのオーラを浴びているのだけど……
 しかし、彼女は平然としていた。

「ねえねえ、フェイト。この女、誰?」
「え?」
「それは私の台詞ですよ、フェイト。この女は、誰ですか?」
「え?」

 なんで、二人共、僕に聞くの?
 相手に尋ねるということはしないの?

「ボク、フェイトと楽しくおしゃべりしているんだけど、邪魔しないでくれる?」
「あなたこそ、私とフェイトの間に割り込もうとしないでくれませんか?」
「なにさ。キミ、誰? フェイトのなんなの?」
「私は、ソフィア・アスカルトです。フェイトの幼馴染であり、将来を誓い合った仲ですよ」

 そう言うソフィアは、ちょっと得意げだ。
 あなたなんか敵じゃない。
 そんな声が聞こえてきそう。

 でも、レナはまったくへこたれない。
 むしろ、不敵な笑みを浮かべる。

「っていうことは、まだ結婚はしていないんだ? なら、ボクにも十分チャンスはあるよね」
「なっ……」
「ボク、ここまで興味を持った男の人って、フェイトが初めてなんだよね。だから、絶対に逃さない。ボクのものにするよ。フェイトも、ボクのこと、全部好きにしていいからね?」
「え? いや、それは……」
「フェイト! なにをデレデレしているのですか!?」
「してないよ!?」
「そ、そんなにえっちなことがしたいのなら、その……わ、私がいるではありませんか! 私なら、なんでもしてあげますし、どのような性癖も受け止めてみせますし、どこまでも尽くしてみせます!」
「こんなところでなにを言っているの!?」
「リコリス、せーへき、ってなに?」
「アイシャにはまだ早いわ」

 ほら、アイシャが興味を持っちゃったじゃないか。

「まあ……あまり目立ちたくないし、今は退いてあげようかな」

 いつの間にか、レナは自分の料理を食べ終えていた。
 テーブルの上に代金を置いて、席を立つ。

「じゃあ、またね。フェイト、今度会ったら、デートしようね。約束だよ?」
「すぐに消えなさい!」
「怖い怖い。じゃあねー!」

 レナは手を振り、元気よく立ち去った。

 嵐のような女の子だったな……
 僕のことが気になると言うのだけど、あれは、本当なのだろうか?

「フェイト」

 氷点下のように冷たいソフィアの声。

「詳しく、詳しく、詳しくぅううう話を聞かせてもらいますよ?」
「ハイ」

 詳細は省くのだけど……
 とにかく、ソフィアが恐ろしかった。
 リーフランドの領主は、上から任命されるのではなくて、選挙によって選ばれる。

 珍しい形式ではあるのだけど……
 以前、国が任命した領主が、権力を盾に悪逆の限りを尽くして、治安は悪化。
 あわや、反乱一歩手前という事態になった……という汚点がある。

 その反省を活かして、領主は民衆の投票で選ばれることになった。

 たとえ、それで愚かな領主が誕生したとしても、投票したのはあなた達だよね? と、上層部は言い訳ができるわけだ。
 それに、市民達もバカではない。
 自分達の生活に関わってくるのだから、領主は慎重に選ぶ。

 事実、前回の選挙で当選したエドワード・アスカルトは、善政を敷いていた。
 きっちりと法を守り、当たり前のことをする。
 たったそれだけのことではあるが、人として、なによりも大事な部分だ。

 そういった部分が評価されて……
 エドワードは、次の選挙で再当選するだろうと言われていた。
 それだけの信頼を市民から得ていた。

 そんな彼を疎ましく思うのは、政敵のアイス・ニードルだ。

 彼は、前回の選挙でエドワードに大差で敗れた。
 その時の屈辱を思い返す度に、激しい怒りがこみ上げてきて、夜も眠れなくなってしまう。

 次の選挙は、半年後。
 雪辱戦に備えて、着々と準備を進めているものの……
 手応えは薄い。
 市民達の心はエドワードにガッチリと掴まれていて、誰もアイスのことを見ない。

「くそっ」

 自宅の執務室で、アイスは酒を飲み、悪態をこぼしていた。

 エドワード、エドワード、エドワード……
 街のどこへ行っても、彼の話を聞く。

 彼ならば、さらにこの街を発展させてくれるはずだ。
 次の選挙も、必ずエドワードに投票しよう。

 アイス?
 誰、それ?

 街の声を耳にして、アイスはひたすらに腹立たしくなる。
 前回の雪辱戦として、立候補を誰よりも早く表明したものの……
 誰もアイスに期待していない。

「この俺こそが、この街の領主にふさわしいというのに……くそっ、なぜだ! なぜ、誰も俺のことを見ない!?」

 街を治めるための学問を専攻して、首席になったことがある。
 知識を詰め込むだけではなくて、実際に仕事に携わり、実務経験を十年、積んできた。
 斬新なアイディアを打ち出して、学者達を驚かせたこともある。

 それなのに、どうして自分が選ばれない?
 なぜ、誰も自分を見ようとしない?

 この街は、より優れた者が統治するべきなのだ。
 堅実だけが取り柄のエドワードになんて任せておけない。
 自分こそが、真にふさわしい統治者になることができる。

 ……とまあ、アイスはそんなことを真面目に考えていた。
 その独善的な思考のせいで、市民の心は離れているのだけど、そのことに彼が気がつくことはない。
 基本、このような独裁者のようなタイプは、己を省みるということをしないものだ。

「失礼する」

 扉が開いて、初老の男……リケンが現れた。
 彼は、馴染みの店に足を運ぶような感覚でソファーに座り、勝手に紅茶を淹れる。

「なにやら、話があると聞いたが?」
「……貴様らの力を借りたい」

 アイスがリケンと知り合ったのは、少し前のことだ。

 どこからともなくリケンが現れて、自分の腕を買わないか? と、取引を持ちかけてきたのだ。
 当然、信じるわけがない。
 うさんくさい冒険者崩れだろうと判断して、追い返そうとしたのだけど……
 彼は、一瞬で警備兵を叩きのめしてみせた。
 なにをしたか、まったく見えなかった。

 普通なら、とんでもない問題行動なのだけど……
 性格に問題を抱えているのはアイスも同じ。
 リケンの腕を買い、懐に招き入れることにした。

「ふむ、儂らの力を借りたい……と?」
「今まで、まともな仕事は与えていなかったからな。ここらで、きちんと役に立ってもらうことにしよう」
「構わないが、なにをすればいい?」
「エドワード・アスカルトを知っているな? ヤツを……殺せ」

 非常に短絡的な手段だ。
 しかし、焦りと苛立ちで平常心を奪われているアイスは、その方法がまずいものであることを理解していなかった。

 エドワードを消したい。
 ただ、その一心で動いていた。

「相手は、リーフランドの領主……か。そして、神王竜剣術の師範でもある」
「できないのか?」
「できる」

 リケンは即答した。
 虚勢ではなくて、確かな自信を感じ取ることができた。

「が、やめておいた方がいいな」
「なんだと?」
「非常に短絡的な考えだ。儂は捕まらない自信はあるが、お主はどうだろうか? 下手をしたら、全てを失うぞ?」
「ぐっ……」

 リケンのもっともな指摘に、アイスは少しだけ冷静さを取り戻して、うめいた。

「ただ……お主が領主を疎ましく思っているのなら、儂に力になれることがある。どうだ、聞くか?」
「聞こう」
 リーフランドの住宅街にある広場。
 緑が多く景色も良い場所で、普段は住民達の憩の場となっている。

 お茶やお菓子を持ち寄り、おしゃべりをしたり。
 子供たちがボールを手に遊んだり。

 いつも和やかな光景が広がる場所なのだけど……
 今朝、その光景は一変した。

 慌ただしい様子を見せる騎士達。
 遠巻きに広場を見る住民達は、一様に不安の表情を浮かべている。

 そして……
 広場の中心には、事切れた遺体があった。



――――――――――



「殺人事件?」

 エドワードが執事よりその報告を受けたのは、事件発生から数時間が経過した、午後のことだった。

 ソフィアに家に戻るように言い、しかし断られて……
 昨日と同じく、壮絶な親子喧嘩を繰り返しそうになりつつも、仕事をしなければいけないためなんとか我慢して……

 簡単な昼食を済ませて、いくらかの書類に目を通している最中に、その報告がもたらされた。

「今朝、住宅街の広場で、明らかな他殺と思われる死体が発見されました。散歩をしていた住民が発見、騎士団に通報。現在は、現場検証が行われています」
「明らかな、ということは、切り傷でもあったのか?」
「はい。詳細は、後ほど騎士団から改めて報告が上がってくると思いますが……目撃者の話によると、事故などでは起きないような、酷い切り傷ができていた、と」
「それは、どういうものなのだ?」
「剣で斬りつけたようなものでありながら、ノコギリを使ったかのように、傷口はズタズタになっていた、と聞いております」
「それは、獣や魔物の類とは違うのか?」
「一応、傷は剣の形となっていたので、人為的な犯行で間違いはないかと」
「ふむ」

 ソフィアを相手にすると、威厳をどこかに捨ててしまうエドワードではあるが、領主としては有能だ。
 キリッとした顔で、事件について考える。

 が、いかんせん情報が少ない。
 現段階では、なんとも言えない。

「騎士団には、念入りに捜査するように伝えろ。それと、街の警備の警戒度を、一段回引き上げるように」
「また事件が起きると考えているのですか?」
「なんとも言えないが、その可能性も考えて行動しておいた方がいいだろう。無論、そうならないことを祈るが」

 エドワードは憂い顔で、窓の外を見上げた。
 空は曇り、今にも雨が降り出しそうだった。



――――――――――



「むう」

 宿の一室。
 紅茶を飲みつつ、しかし心は晴れないらしく、ソフィアは膨れ顔だ。

 エドワードさんに挨拶をしてから、数日。
 未だ僕達の仲は認められていない。

 当然、諦めるつもりはないし、何度でも話をするつもりだ。
 ただ、今は忙しいらしく、面会の機会をもらえないでいた。

 状況が進展しないことに苛立っている様子で、ソフィアの機嫌は悪い。

「おかーさん、元気ない……?」

 そう勘違いしたアイシャが、心配そうにソフィアを見る。

 こんな小さな子に心配をかけてしまった。
 ソフィアは慌てて笑顔を浮かべて、アイシャを抱き寄せて、抱っこする。

「大丈夫ですよ。心配してくれて、ありがとうございます。ふふ、アイシャは優しい子ですね」
「あうー」

 頬をスリスリされて、アイシャはくすぐったそうな顔に。
 でも、とても喜んでいるみたいで、犬尻尾がフリフリと揺れていた。

 いいな。
 僕も、アイシャとスキンシップをしたい。

 でも、アイシャは女の子だから、嫌がるかもしれない。

「おとーさん」

 あれこれ考えていると、今度は、アイシャが僕のところに。
 そして、膝の上に乗り、なにかおねだりするようにこちらを見た。

「……よしよし」
「えへへ」

 正解だったみたいだ。
 頭を撫でると、アイシャは尻尾をブンブンと横に振る。

 そんな僕達を、ソフィアが優しい顔をして見て……
 うん、よかった。
 どうやら、機嫌は直ったみたいだ。

「あんたら、呑気ねー」
「でも、エドワードさんは忙しいみたいだから、今はなにもできないし」
「本当に忙しいのか、疑わしいですけどね。私達の話を聞きたくないために、忙しいとウソを吐いている可能性がありますよ」
「うーん、それはないと思うんだけど」

 ちょっと詩情が混じるところがあるみたいだけど……
 基本、エドワードさんはピシリとした立派な人に見えた。
 仕事を言い訳にするようには思えない。

「ま、それなら他の方法を探しておいた方がいいんじゃない?」
「他の方法?」
「認めてもらうのは、話をするだけじゃないでしょ? なんか、こう……大きな手柄を立てるとか。そうしたら、あのおっちゃんも、少しはフェイトのことを認めるんじゃない」
「おー、なるほど」
「リコリスの口から、そんな知的な案が出るなんて、驚きですね」
「ソフィアは、あたしにケンカを売っているの……?」

 リコリスのジト目を無視しつつ、ソフィアが張り切り出す。

「よし! がんばりましょうね、フェイト! まずは街に出て、手柄を立てるための話がないか、情報収集をしましょう」
「うん。ソフィアのため、アイシャとリコリスのため、がんばるよ」
「それでこそ、私の大好きなフェイトです♪」

 ソフィアは頬を染めつつ、にっこりと笑うのだった。
 エドワードさんに認めてもらうため、まずは、大きな手柄を立てることを考えた。
 そのために、リーフランドの冒険者ギルドを訪ねる。

「うわぁ」

 リーフランドの冒険者ギルドは、他のところと違い、たくさんの自然にあふれていた。
 至るところに観葉植物が飾られていて、とてもおしゃれだ。
 冒険者ギルドの看板がなければ、カフェかなにかと勘違いしていたかもしれない。

「ふーん、なかなか良いところじゃない。あたしの別荘にしてあげてもいいわ」
「ここは冒険者ギルドで、家ではありませんよ」
「お花……良い匂いだね」
「はい、そうですね。アイシャに似て、とてもかわいいお花ですね」
「ソフィア、あんた……あたしとアイシャで、扱いの差が激しすぎない……?」

 リコリスが唖然とする中、カウンターへ。

「ようこそ、冒険者ギルドへ。依頼でしょうか? それとも、冒険者の方でしょうか?」
「冒険者だよ。ここで活動をしたいから、その登録をしたいと思って」
「かしこまりました、登録ですね? では、冒険者カードをお願いします」

 新しい街で活動をする時は、そこの冒険者ギルドで登録をしないといけない。
 事前に登録を求めることで、問題行動のある冒険者を排除できる。
 さらに、後々で問題が起きた時、スムーズに解決することができるし……

 そのような感じで、登録が義務づけられているのだ。

 ちなみに、ソフィアのような、限られた人しか与えられていない称号を持つ人は、登録は免除されている。
 有名すぎるから、そのようなことをしなくても問題はないだろう、という判断らしい。

「……はい、登録が完了しました。フェイト・スティアートさんですね? しばらくは、リーフランドで活動を?」
「うん、そのつもりだよ」
「なるほど。スティアートさんの活躍、お祈りしています。そして、パーティーメンバーは……そ、ソフィア・アスカルトさん!?」

 さすが、剣聖。
 ソフィアのことは知っているらしく、受付嬢は目を大きくして驚いていた。

「アスカルトさん、リーフランドに戻ってきていたのですね」
「まあ、色々とありまして」
「……本当に色々とありそうですね」

 受付嬢の目が、チラリとアイシャとリコリスに向いた。
 ただ、深くは突っ込まないでくれて、次の話に移る。

「今日から活動を開始されますか?」
「うん。ちょっと理由があって、できるだけ大きな手柄を立てたいんだけど、なにか良い依頼はないかな?」
「そうですね……それなら、連続殺人事件の調査なんていかがでしょう?」

 既視感を覚える依頼だ。

 以前は、シグルド達が逆恨みで起こした事件だったのだけど……
 リーフランドでも、似たようなことが起きているのかな?

 ひとまず、疑問はそのままにして、話を聞くことに。

「最近、リーフランドで殺人事件が多発しています。検死の結果、魔物などによる被害ではなくて、人の犯行によるものだということがわかりました。目撃情報もいくらかあり、全身黒尽くめの者が、同じく黒い剣を手に、街の裏路地に消えていくところを見た……という人がいます」
「今度は目撃者がいるんだね」
「今度は?」
「あ、ごめん。こっちの話だから、気にしないで」
「続きを聞かせてくれませんか?」
「はい。騎士団は、捜査本部を設置。犯人を、『漆黒の剣鬼』と名付けて、捜査を開始したのですが……なかなか尻尾を掴むことができません。そのうち、犠牲者は三人に。このままでは、被害は拡大するばかり。管轄にこだわっている場合ではないと、冒険者ギルドに依頼が回ってきた……ということになります」
「なるほど」

 以前と状況が似ているのだけど……
 さすがに、シグルド達は関与していないだろう。

「漆黒の剣鬼を捕まえればいいのですか?」
「はい。場合によっては、斬り捨てても構いません」
「それはまた、過激だね……」
「すでに、犠牲者は五人。犯人の人権なんて、尊重していられる状況ではありませんからね」

 犠牲者が五人も出ているのなら、納得だ。

 犯人の命と、これから出るかもしれない犠牲者の命。
 どちらを選ぶのかと言われれば、間違いなく後者を選ぶ。

「ただ、漆黒の剣鬼の正体は未だわからず、神出鬼没。その目的も不明でして……なので、漆黒の剣鬼に関する情報提供も求めています。逮捕、もしくは討伐に繋がる有力な情報があれば、そちらも高価で買い取りますよ」
「そんなに困っているの? もしかして、漆黒の剣鬼は、情報を掴ませないような特殊な能力を持っているとか?」
「いえ、そのような話は、まだ聞いていないのですが……まあ、判明していないだけかもしれませんけどね。ただ、恐ろしく腕が立つみたいです」
「恐ろしく……」
「被害者の中には、Bランクの冒険者もいまして……しかも、ほとんど抵抗できずにやられてしまったらしく」
「それが本当なら、確かに恐ろしい話ですね」

 仮に、ソフィアがBランクの冒険者と戦ったとしよう。
 圧倒的な力の差があるから、勝負はすぐに終わるだろうけど……
 Bランクにもなれば、少しは粘ることができるはずだ。

 それすらもできないなんて、漆黒の剣鬼はよほどの力があるに違いない。

「フェイト、どうしますか?」
「うーん」

 迷う。
 危険度の高い依頼ではあるものの、解決できたのなら、その手柄は大きい。
 もしかしたら、エドワードさんに認めてもらえるかもしれない。

 いや。
 この際、手柄とかどうでもいいや。
 エドワードさんのことも、ひとまず保留。

 五人も犠牲者が出ている。
 一人は、同じ冒険者仲間。
 会ったこともないのだけど……でも、とても悔しかっただろうな、って思う。

 その無念を晴らしてあげたい。

「僕は、請けたいと思う。僕にとって、リーフランドは関係ない街じゃない。ソフィアの故郷だから、そこが荒らされているとなると、なんとかしたいよ」
「フェイト……ふふ、ありがとうございます」

 ソフィアの笑顔があれば、やる気百倍だ。

「というわけで、この依頼、請けるよ」
「はい、わかりました。すでに、いくらかの冒険者がこの依頼を請けており、漆黒の剣鬼が討伐された場合は、早いものがちになりますが……よろしいですか?」
「うん、いいよ」
「では、こちらをどうぞ」

 受付嬢からファイルを渡された。

「こちら、事件の情報をまとめたものになります。全ての情報が載っているわけではありませんが、なにかしら役に立つのではないかと」
「ありがとう」
「では、健闘をお祈りしています。そして、このリーフランドに平和を取り戻してくれることを期待しております」

 受付嬢に見送られて、僕達は冒険者ギルドを後にした。

「良いタイミングで依頼がありましたね。この依頼を解決できれば、きっと、お父さまもフェイトのことを認めてくれるでしょう」
「うん……そうだね」
「どうしたのですか? 暗い顔をしていますが……」
「依頼があったことはうれしんだけど、でも、犠牲者がたくさん出ているから、それは喜べないかな……って」
「フェイトは優しいですね……その優しさは、犠牲のためにとっておいて、そして、怒りは犯人にぶつけてやりましょう」
「うん、そうだね! がんばらないと」

 リコリスが、「またイチャついてるし……」とぼやくのが聞こえたけど、聞こえないフリをしておいた。

「さてと、それじゃあ、まずはこのファイルを読んでみて……」
「おとーさん、おかーさん」

 アイシャが、僕とソフィアの服の端を掴んだ。

 どうしたのだろう?
 不思議に思って視線を落とすと、耳をぺたんと沈めて、怯えた様子のアイシャが。

「あっちの方で……怖い感じがするの」
 アイシャはなにかを恐れている様子で、ソフィアに抱きついた。
 娘の異常を察したソフィアは、アイシャを抱き上げて、怖くないよ、というように背中をぽんぽんと叩く。

「大丈夫ですよ、アイシャ。私がいますからね」
「うん……」

 少し落ち着いたらしく、アイシャの震えが止まる。
 ただ、完全に恐怖が消えたわけではなくて、尻尾がくるっと丸まっていた。

「アイシャってば、どうしたのかしら? 変なものでも食べた?」
「あのね、リコリスじゃないんだから……でも」

 アイシャは獣人族だ。
 僕達にはわからない、なにかを感じ取っているのかもしれない。

「ねえ、アイシャ。あっちの方で怖い感じがするって言っていたけど、それは、どんな感じなのかな?」
「えっと……怒ったような声とか、そういうのが聞こえてくるの。あと、剣の音……」
「ソフィア」
「はい」

 僕達は聞こえないのだけど……
 でも、獣人族のアイシャの聴覚はとても優れている。
 そんな彼女が言うのなら、間違いはないだろう。

「ソフィアは、アイシャと一緒にここにいて。僕は、リコリスと一緒に様子を見に行くよ」
「えっ、あたしも!?」
「リコリスは偵察能力に優れているから、力を貸してほしいんだ」
「へ、へぇー、そこまであたしを買ってくれているのね。ふふんっ、まあ、当然ね。この完璧超人パーフェクト美少女妖精リコリスちゃんにできないことはなにもふぎゅ!?」
「いいから、早くフェイトの力になってください」

 あれこれと言うリコリスを、ソフィアが僕の頭の上に強引に乗せた。
 リコリス、潰れていないよね……?

「でも……フェイトとリコリスだけで大丈夫ですか? 私も一緒に……」
「ううん。万が一のことも考えて、アイシャは離れていた方がいいし……ソフィアが一緒にいてくれないと」
「それはそうですが……」
「安心して」

 僕は、にっこりと笑う。

「僕は、いつまでもソフィアに助けられてばかりじゃないよ。僕も一人でできる、っていうことを証明してみせないと。でないと、エドワードさんに認めてもらえないと思うし……いつまで経っても、ソフィアに追いつくことができないからね」
「フェイト……もう、もう。かっこよすぎです、私のフェイトは、どこまでかっこよくなって、私のハートを鷲掴みにすれば気が済むのでしょうか? もう、たらしです」
「この剣聖、こういうところがなければいいんだけどねー……ま、いいわ。こうなったら、とことん付き合ってあげる。いくわよ、フェイト!」
「うん」

 ソフィアとアイシャに気をつけるように言い残して、僕とリコリスは裏路地に駆けた。

 リーフランドは綺麗な街で、とても栄えている。
 それでも裏路地というものは存在するし、そこは日当たりが悪く、犯罪が起きやすい。

 ……現に、犯罪が起きていた。

 人が倒れていた。
 身なりからすると、たぶん、冒険者だろう。

 彼は恐怖の感情を顔に貼り付けていて……
 そして、大量の血を流して、すでに事切れていた。

「……」

 そんな彼の近くに立つのは、黒尽くめの男。
 血に濡れた漆黒の剣を左手に持っている。

「依頼を請けたばかりで、まさか、こんなにも早く犯人と対峙するなんて……」
「チャンスよ、フェイト! やっちゃいなさい!」
「いや、これは……」

 雪水晶の剣を抜いて、両手で構えた。
 しかし、体は動かない。
 動かすことができない。

 直感が告げていた。
 下手に動いたら……死ぬ。

「……」
「……」

 黒尽くめの男も剣を構えた。
 ピリピリと緊張感が増して、空気が張り詰めていく。

「っ!?」

 最初に動いたのは、黒尽くめの男だった。

 ふっ、と姿が消えたかと思うと……
 いつの間にか横に回り込んできて、漆黒の剣を叩きつけてくる。

 片足を軸に、四十五度回転。
 剣の腹を盾にして、かろうじて防ぐことに成功。
 ソフィアに稽古をつけてもらっていなかったら、対応できず、斬られていた。
 そのことを考えると、ゾッとする。

「りゃあああっ!!!」

 後手に回っていたら勝てない。
 そう判断した僕は、裂帛の気合と共に剣を振る。

 黒尽くめの男の動きは早く、僕の剣をあっさりと受け止めてみせた。
 その後も、何度か叩き込むものの、やはり防がれてしまう。

 この男、強い!
 ソフィアほどではないけど、その技量は、今の僕よりは圧倒的に上だ。

 剣と剣を交わして、力比べをして……
 ギィンッ! と刃を弾いて、互いに距離を取る。

「ちょ、ちょっとフェイト、大丈夫なの? なんか、劣勢に見えるんだけど……」
「……正直なところ、ちょっと厳しいかな」

 本当は、ちょっとどころではなくて、かなり厳しいのだけど……
 男としてのつまらないプライドが、そんな台詞を僕に言わせた。

「……」
「……」

 剣を構えて睨み合う。
 隙は見当たらない。
 逆に、僕が斬られる未来しか見えない。

 まずい。
 様子を見に行ったら、まさか、こんな化け物が待ち構えているなんて。
 予想外もいいところだ。

 男として情けないのだけど、ソフィアに助けを求めたい。
 ただ、それを許してくれるかどうか……

「フェイト!」

 少し離れたところに、ソフィアの姿が見えた。
 アイシャを誰かに預けて、応援に来てくれたのだろう。

「……あ」

 ふと、黒尽くめの男から闘気が消えた。
 ソフィアまで相手にするのはまずいと思ったのだろう。
 黒尽くめの男は僕に背を向けて、そのままどこかへ駆けていった。

「……ふう」

 助かった。
 あのまま戦闘を続けていたら、間違いなく、僕が斬られていた。

 あの男は……

「あれが……漆黒の剣鬼、だよね?」
「だと思うわ。このリコリスちゃんを怖がらせるなんて、な、なかなかやるじゃない。ふ、ふふふ」

 頭の上で、リコリスはガタガタと震えていた。
 彼女も怖がらせてしまったみたいだ。
 申しわけなくて、あと……自分の力のなさが不甲斐ない。

「僕は……」

 己の手の平を見て……そして、ぎゅうっと拳を作った。
 広場にある時計塔。
 その頂点にレナの姿があった。
 時計塔のてっぺんに人がいるなんて、まず考えることはないため、今のところ誰にも気づかれていない。

 レナは街を見下ろして……
 とある一点を見て……

「はぁ」

 がっかりしたようなため息をこぼした。

「フェイトってば、あんな駒に苦戦するなんて……うーん? 魔剣を渡しているとはいえ、ちょっとなー、がっかりだなー。もっと強いと思ってたんだけどなー」

 レナが時計塔に登った理由は、フェイトの行動を観察するという、至極単純なものだった。
 街で一番高いところから見下ろせば、どこにいるか簡単に把握できるし、おそらく、監視がバレることもない。

 とはいえ、普通に考えてそんなことは実行しない。
 時計塔に登れば視界は確保できるが、視力が足りない。

 足りないはずなのだけど……
 視力を含めて、レナの身体能力は常人を遥かに超えていて、問題なく監視を実行することができていた。

「はぁ、期待はずれかも」

 再びため息をこぼす。

 ただ……
 なぜか、視線はフェイトを追ってしまう。

 強くなかった。
 自分達が用意した駒に殺されかけるほど、弱かった。

 弱い相手に興味はない。
 それなのに、なぜか、未だにフェイトのことが気になる。

「うーん……なんだろう?」

 レナは考える。
 時計塔にいることも忘れて、じっくりと考える。

「今は弱いけど……この先、とんでもなく強くなるのかな? だから、ボクが興味を持ったのかな? うん、それなら納得」
「お主は、このようなところでなにをしておる?」
「あ、リケンだ。やっほー」

 振り返ると、いつの間にかリケンの姿があった。

 どのようにして登ったのか。
 いつ、レナを見つけたのか。

 わからないことだらけなのだけど、レナは気にしない。
 元々、リケンは神出鬼没ではあったし……
 そもそも、リケンがよからぬことを企んでいたとしても、問題はない。

 だって、自分の方が強いのだから。

「剣聖の監視だよ」
「それにしては、別の小僧を見ていたようだが?」
「うっ、バレちゃった?」
「儂は年老いているが、そこまで耄碌しておらぬ」
「ごめんねー、バカにしたわけじゃないんだよ?」
「知っておる。ごまかそうとしただけじゃろう」
「むう」

 叱られた子供のように、レナがしょぼんとなる。

 レナの方が圧倒的な力を持つのだけど……
 しかし、なんだかんだでまだ幼い。
 長い時を生きたリケンには、色々と敵わないのだ。

「……ごめんなさい」
「構わん。一応、剣聖も傍におるからな。それに……それだけ気になる相手なのじゃろう?」
「うん、そうだね。期待はずれかな? って思っているんだけど、でも、もしかしたら成長途中なのかも? って思っていて……うーん、悩ましい感じ」
「我らの計画の障害になりそうか?」
「剣聖と一緒にいるし、なると思うよ。ボクやリケンなら敵じゃないけど、下っ端だと厳しいかな? あの魔剣を渡した人なら、ちょうどいい感じ」
「ふむ」
「障害になる可能性が少しでもあるのなら斬っておこう……っていうのはダメだよ?」

 レナが鋭い目になる。
 突然、季節が冬になったかのように、冷たい空気が流れた。

 レナの闘気が放たれて、自然を怯えさせているのだ。

 しかし、リケンが怯むことはない。
 いつものことというように、落ち着いて対処をする。

「慌てるでない。お主の獲物を横取りしようなんて、バカなことは考えぬよ」
「ホント?」
「ただ、剣聖は別じゃ。ヤツの剣は、儂らに届く可能性が高い。機会があれば排除するが、構わないな?」
「うん、そっちはいいよ。ボクが気になるのは、フェイトだけだからねー」
「それを聞いて安心した。これで、計画を進められるというものじゃ」
「順調? 魔剣を適当な男に渡して、治安を乱す。そうやってアイスのお願いを叶えてあげる……フリをしつつ、適合者を探す。もしくは、取り返す、っていう話だよね?」
「順調ではあるが……新しい適合者は見つからぬな。やはり、アイシャとやらを取り返した方が早いかもしれぬ」
「ま、その場合は剣聖が敵になるから、なるべくしたくないんだけどねー」

 そんなことを口にしつつも、レナは笑っていた。

 できることなら、剣聖と戦いたい。
 朝から晩まで殺し合いをしたい。
 そんな物騒なことを考えていた。

「もうしばらく、様子を見よう。適合者は魔剣に誘い出される傾向にあるからのう」
「面倒だねー。バッサリいっちゃった方が早いのに」
「儂らは力は持っていても、数が少ない。まずは適合者を探し出して、魔剣を増産して、仲間を増やす……それが一番じゃ」
「そうなんだけど、面倒だねー」
「お主、面倒が多いな」
「ま、いいや。ボクが剣聖の方を見張って、ちょいちょい誘導しておくから、その間に、リケンは適合者を探しておいてね。あと、できればリーフランドの壊滅も」
「言われなくても、儂の役目はきちんと理解しておる」

 そこで言葉が途切れた。

「……」
「……」

 沈黙が流れる。

 二人は空の彼方を見た。
 青く晴れた空の中を、白い雲がゆっくりと流れている。

 とても穏やかな光景で……
 その光景を手に入れたいと、二人は心の底から思う。

「じゃ、ボクは監視に戻るね。フェイト達、どこかに移動するみたいだから」
「油断するでないぞ?」
「りょーかい。ちゃんと気をつけるよー」

 レナはにっこりと笑い、敬礼をした。

「リケンも気をつけてね?」
「わかっておるわい。下手なミスはしないし、うまく愚者共を使ってみせよう」
「うんうん、期待しているね」
「儂の台詞じゃ」

 レナとリケンは、互いに拳を差し出して……
 がんばれ、というかのように、コツンとぶつける。

「またね」
「うむ」

 そして……
 最初からなにもいなかったかのように、二人は時計塔から消えた。