将来結婚しようね、と約束した幼馴染が剣聖になって帰ってきた~奴隷だった少年は覚醒し最強へ至る~

 リーフランドに向かうには、南の山脈を超えないといけない。
 ただ、山越えなんて無謀。

 今は春だから、冬ほど厳しくはないのだけど……
 それでもかなりの体力を奪われてしまう。

 それに山に慣れていないと迷うことが多い。
 最悪、滑落などで命を失うこともある。

 でも、リーフランドに行く分には問題はない。
 今から十年以上前に、トンネルの建設計画が立ち上がり……
 一年ほど前に開通したからだ。

 このトンネルのおかげで、ソフィアと再会することができたといっても過言ではない。
 感謝だ。

 そして今日。
 そのトンネルを使い、山を超える。

「おー」
「どうしたのですか、フェイト?」
「トンネルなんて初めてだから、なんか、すごいね」

 馬車が二台並走できるだけの横幅があり。
 高さは、五メートルくらいだろうか?

 等間隔で照明の魔道具が設置されている。
 さらに、壁と地面はしっかりと舗装されていて、歩きやすい。

「これ、もしかしたら外の街道よりもしっかりとしているんじゃない?」
「あ、それ、あたしも同じこと思ったわ」
「歩きやすい……ね」

 リコリスとアイシャもトンネルは初めてらしく、ちょっと楽しそうにしていた。
 僕も子供に戻ったかのように、一緒になってはしゃぐ。

「まったくもう……油断してはいけませんよ?」

 やれやれとばかりに、ソフィアがそう言う。
 ただ、その口元には笑みが。
 なんだかんだで、僕達が一緒にはしゃいでいることを微笑ましく思っているみたいだ。

「ところで、油断っていうのは?」
「トンネルはダンジョンと似たようなものですからね。魔物に気をつけないといけません」
「え、魔物が出るの?」
「はい。雨風をしのぐことができて、休憩所なんてものもあります。定期的に駆除は行われていますが、たまに完全に駆除することができず、魔物と鉢合わせることがありますよ」
「そうだったんだ」

 これだけしっかりしているから、魔物なんて出てこないと思っていた。

 でも……そっか。
 入り口に門が作られているわけじゃないから、魔物が入りこむことはあるのか。

「なら、気をつけないといけないね」
「はい。ですが、魔物と遭遇するケースは稀です。冒険者が数日ごとに見回りをしていますから、襲われるという事件はなかなかありませんね」
「それなら……」

 安全だね。
 そう言おうとしたところで、トンネルの先から悲鳴が聞こえてきた。

「え? なになに? 今の悲鳴よね?」
「ソフィアは、アイシャとリコリスをお願い!」
「はい! フェイトも、気をつけてください!」
「うんっ」

 放っておくわけにはいかない。
 すぐに体が動いて、雪水晶の剣を手に駆け出した。

 一分ほど走ったところで、馬車が見えた。
 荷台にたくさんの荷物が積まれているところを見ると、たぶん、商人のものだろう。

 馬車を取り囲むウルフの群れ。
 低ランクの魔物だけど、その数は数えるのが面倒になるほどで、決して油断はできない。

 護衛の冒険者らしき人が二人、必死に戦っている。
 しかし、数の暴力に押され、けっこう危ない感じだ。

「くっ、こいつら……!」
「アクセル、焦らないで! しっかりと対処すれば問題のない相手だから」
「リナの言う通りだけどよ……くそっ! だからって、数が多すぎるだろ! こんな……」
「アクセル、危ない!!!」

 女性の冒険者が叫ぶ。

 一匹のウルフが、男性の冒険者の喉に食らいつこうとしていた。
 男性の冒険者は防ごうとするが、気づくのが遅かったせいで、間に合わない。

 ウルフの牙がそのまま……

「このっ!」

 男性の冒険者の喉元に食らいつくよりも先に、全力で踏み込んで、ウルフの頭を斬る。
 頭部を失ったウルフは絶命して、そのまま地面に倒れた。

「あんたは……」
「助太刀します!」
「おうっ、感謝するぜ!」
「ああもう、アクセルったら。どこの誰かわからないのに、簡単に受け入れて……」
「この状況で文句なんて言えるわけねえだろうが!」
「そうかもしれないけど……わかったわよ、やればいいんでしょ!」

 どうやら、男性の冒険者がアクセル。
 女性がリナというらしい。

 アクセルは斧を武器とする前衛。
 リナは杖を使い、魔法を操る後衛……というところかな?

 今までは、敵の数が多すぎてリナも攻撃にさらされて、陣形が崩壊していたみたいだけど……
 僕が参戦したことで、前衛がきっちりと安定した。

 後衛であるリナのところまでウルフを行かせることはなくて。
 しっかりと迎撃。
 そして、リナが魔法を使い、まとめてウルフを葬り去る。

 一度安定すれば問題はまったくなしで……
 五分ほどでウルフの群れを殲滅することに成功した。

「ふう……これで終わりか?」
「みたいね……うん、大丈夫よ。周囲に魔物の気配はないわ」

 魔法を使ったらしく、リナが確信めいた様子で言う。

 それを聞いて、僕とアクセルは、それぞれ武器を収めた。

「助太刀、助かったぜ! サンキューな!」
「ううん、どういたしまして」

 アクセルの握手に応じて、互いに笑みを浮かべる。

「俺は、アクセル・ライナー。冒険者だ、よろしくな!」
「私は、リナ・インテグラル。同じく冒険者よ、よろしくね」

 初めて会うんだけど……
 なんていうか、気持ちのいい人だ。
 なにかしら縁があれば、良い友だちになれるような気がした。

「僕は、フェイト・スティアート。それと、連れがいて……」
「フェイトー!」

 ソフィア達のことを話そうとしたところで、ちょうど、彼女達の姿が見えた。
 ソフィアの頭にリコリスが座り、アイシャは抱っこされている。

「大丈夫ですか?」
「うん。今さっき、片付いたところ。あ、そうそう。アクセル、リナ、紹介するよ。この子は……」
「「ソフィアお嬢さま!?」」

 紹介しようとしたところで、アクセルとリナがそんなことを言い、驚くのだった。
 アクセルとリナは、ソフィアを見て驚いている。
 ソフィアもまた、二人を見て驚いていた。

「知り合い?」
「はい、そうですが……それよりも、まずは後始末を優先しましょう」
「あ、そうだね」

 ソフィアに言われて、魔物の死体をそのままにしておいたことを思い出した。

 焼却処分などをしておかないと、他の魔物を誘い出してしまうし……
 最悪、アンデッドになって復活してしまう。
 そうならないように、きっちりと処分しておかないと。

「あたしも手伝うわ」
「ありがとう、リコリス」

 魔物の死体を一箇所に集めて……
 そして、リコリスが魔法を使い燃やしてくれる。

 威力は抜群。
 周囲の気温がいくらか上がるくらい盛大に燃えた。
 これならアンデッドとして蘇ることは絶対にないだろう。

 その後は、怪我人の治療。
 それと、念の為に周囲の探索。

 それらを一通りこなした後……
 僕達は、トンネルの途中に設けられている休憩所へ移動した。
 そこで改めて自己紹介をした後、ソフィアとアクセル達の関係を問う。

「お嬢さまは、お嬢さまだな。あと、俺の恩人でもあるぜ」
「すごく強くて、ホントに同じ人間なのかしら? って疑う時があったわね」

 と言う二人の説明に、

「あのですね……そのような説明では、なに一つ、理解できませんよ」

 ソフィアが呆れていた。

 うん。
 二人には悪いのだけど、関係性がさっぱりわからない。

「ソフィア、どういうことなの?」
「まったく、私が説明するのが一番ですね……えっと、私が使う剣の流派は覚えていますか?」
「神王竜剣術、だよね?」
「はい。神王竜は各地に継承されていて、我が家、アスカルト家もその一つです。お父さまが免許皆伝となり、『剣王』を名乗ることを許されました」

 『剣王』といえば、確か、『剣聖』の一つ下の称号だ。
 単独でドラゴンを討伐できるほどの実力がなければ、与えられることはない。

「そして、お父さまはリーフランドで神王竜の道場を開いて、剣を教えることにしたのです」
「なるほど」
「娘の私も自然と剣を習うようになり、色々な方々と肩を並べて競い合い、切磋琢磨してきました。その中で、共に剣を学んだのが……
「俺と」
「私、っていうわけ」
「なるほど」

 同じ言葉を繰り返して、ようやくソフィアと二人の関係性を理解することができた。

 同じ道場で同じ剣を学んだ。
 門下生。

 ただし、師匠はソフィアのお父さん。
 だから、お嬢さま、って呼んで敬っているわけか。

 まあ、ソフィアのことを敬うのは、ただ単に師匠の娘だから、っていう理由だけじゃないだろう。
 彼女が剣の道をほぼほぼ極めて、『剣聖』の称号を得るに至ったからだろう。
 剣の道に触れて間もない僕だけど、ソフィアが成し遂げた偉業のすごさは理解できる。

「まさか、こんなところでお嬢さまと再会できるなんてなあ」
「うんうん、思ってもいなかったわね」
「私もです。てっきり、アクセルとリナは、まだリーフランドにいると思っていたのですが……免許皆伝に至ったのですか?」
「まさか。俺らは、お嬢さまみたいな天才じゃないからな。まだまだ修行の途中さ」
「師範から、各地を旅して武者修行をしてくるように言われたの。それで、不本意だけどアクセルと組んで旅をしていた、っていうわけ」
「おい、なんで俺と組むのが不本意なんだよ?」
「不本意に決まってるでしょ。ガサツで気遣いゼロ。猪突猛進で考えなし。何度、私が苦労させられたか」
「ぐっ……」

 あからさまなため息をこぼすリナ。
 しかし、アクセルは反論できない。
 きっと、それなりに心当たりがあるのだろう。

「ケンカはダメ……だよ?」

 アクセルとリナを見て、おろおろとした様子でアイシャがそう言う。
 実際には軽口の応酬なのだけど、アイシャはケンカしているように見えたらしい。

 出会ったばかりの二人のことを気にするアイシャ。
 うん。
 僕達の娘はすごく優しいな。

「親ばか」

 僕の考えていることを見抜いた様子で、リコリスがため息をこぼした。

「おぉ……安心してくれ。俺らは、別にケンカしてるわけじゃないんだよ」
「そうそう、これはいつものことっていうか……とにかく、お嬢ちゃんが気にするようなことじゃないわ」
「そっか……よかった」

 安心したらしく、アイシャがにっこりと笑う。
 その笑顔に癒やされた様子で、アクセルとリナもほっこりとした笑顔に。

 次いで、はたと気がついた様子で問いかけてくる。

「ところで……その子は?」
「もしかして、お嬢さまの娘さん?」
「ははっ、まさか。そんなわけないだろ」
「そうよね、そんなことあるわけないわね」
「「あはははっ」」

 二人は笑い、

「アイシャは、私の自慢の娘ですよ」
「「……」」

 ピシリ、と二人は石化した。

 そのまま固まること五分。

「「娘ぇ!!!?」」

 同時に我に返り、二人は大きな声で叫んだ。

 驚いたらしく、アイシャがビクリと震える。
 そんな娘を見て、ウチのアイシャを驚かせないでくれますか? と、ソフィアが殺気混じりに睨みつける。

「す、すんません……いや、でも、まさかお嬢さまに娘ができていたなんて……」
「思いもよらなかったから、さすがに驚いて……えっ、もしかして、相手は毎日のようにのろけていた幼馴染?」
「フェイトが相手……なのか?」
「うん、僕が父親かな。でも、僕とソフィアの血を引いているわけじゃないんだ」

 簡単に話せるようなことじゃないので、詳細は省くものの……
 アイシャを義理の娘として引き取ったことを説明した。

「なるほど、そういうことか……驚いた。めっちゃ驚いたわ」
「よくよく見れば、その子、獣人ね。お嬢さまもフェイトも普通の人間だから、二人が産んだ子供じゃないのは明白か」
「確かに、アイシャは私が産んだ子ではありませんが……でも、そんなことは関係ありません。出会ってからの時間も関係ありません。アイシャは、大事な大事な私の娘です」
「んっ」

 ソフィアがアイシャを抱きしめる。
 それをうれしそうに、アイシャが微笑む。
 そんな二人は、紛れもない親子だと断言できた。

 微笑ましい光景に、アクセルとリナは笑顔になり……
 しかし、すぐに顔を曇らせる。

「どうしたのですか?」
「いや、お嬢さまに娘ができたことはうれしいんだけどさ……」
「師匠に知られると、かなり厄介なことになりそうだな、って……」
 エドワード・アスカルト。

 リーフランドの領主。
 兼、神王竜剣術リーフランド道場師範。

 そして……
 ソフィアの父親である。

「驚いた。ソフィアのお父さんって、領主さまだったんだ……」
「言っていませんでした?」
「聞いていないよ」
「同じく」

 僕とリコリスは、同時に首を横に振り、

「りょーしゅ?」

 意味がわからないらしく、アイシャは小首を傾げた。
 そんな彼女の頭を撫でつつ、説明をする。

「えっと……簡単に言うと、街で一番偉い人かな?」
「おーさま?」
「王さまよりは偉くないかな。王さまに街を任されているというか、だから、その次くらいに偉いというか……」
「んー?」

 アイシャは、ますます不思議そうに。
 困った。
 小さい子にものを教えるって、かなり大変なことなんだな。

「つまり、私とフェイトのような関係なのですよ」
「おとーさんとおかーさん?」
「フェイトはとても強くて、かっこいいでしょう? でも、私に夢中で、なんでもお願いを聞いてくれます。つまり、そういうことです」
「おー」

 そんな説明でいいのだろうか……?
 色々と訂正したいのだけど……

 でも、アイシャが目をキラキラとさせて、納得しているものだから訂正しづらい。

「お父さまは今、どのような感じですか?」
「あー……」
「えっと……」

 アクセルとリナは互いの顔を見て、どうする? という感じで視線をさまよわせた。
 あまり良い感じではないのだろう。

「怒らないでくださいよ?」
「師匠ってば、お嬢さんが道場を継がないで旅に出たことをかなり不満に思っているみたいで……」
「結婚させることで、道場を継いでもらう。さらに、そのまま街にずっと残ってもらう」
「なんてことを考えているみたい」
「……ヘェ」

 ソフィアが絶対零度の殺気を撒き散らして、ゾクリと背中が震えた。

 殺気を我が娘に向けるなんて真似はしていないため、アイシャはキョトンとしているが……
 それ以外の人……つまり、僕達は汗だくだ。

 ものすごい怒っている。
 こうなったソフィアは、本当に怖い。

「私の意思をまったく確認しないで、そのようなことを勝手に計画して、推し進めるなんて……ふふっ、おかしいですね。おかしすぎて、笑いがこぼれてきました」
「お嬢さま、こええ……」
「怒らないで、って言ったのに……」

 アクセルとルナは、ガタガタと震えていた。
 同じ門下生だから、怒った時のソフィアの恐ろしさを知っているらしい。

「穏便に、話をするだけで説得しようと思っていましたが……これは、実力行使をした方が早いかもしれませんね。お父さまは、色々と勘違いされているみたいですし……ふふっ。これを機会に、思い改めてもらう必要がありそうですね」
「……ねえ、フェイト」
「……なに、リコリス」
「あんたの好きな人、怖いんですけど」
「僕も怖いから、我慢して」
「ふふっ」

 リーフランドに到着するまでの間……
 ソフィアは、ずっとクスクスと笑っていたのだった。



――――――――――



 リーフランドに到着した後、宿を探すことなく、すぐにソフィアの実家を訪ねた。

 僕と一緒にいることに、なに一つ問題はない。
 やましいことなんて欠片もないし、むしろ、プラスしかない。

 そんなことを示すように、ソフィアは、実家にある道場の扉をくぐる。

「ただいま戻りました」
「「「っ!?」」」

 突然ソフィアが現れて、練習中だった門下生達は、すごく動揺していた。

 最近、道場に通い始めたのか、いくらかの門下生は不思議そうな顔をしていたが……
 それは一部だけ。
 大半の門下生はソフィアのことを知っているらしく、彼女の突然の帰還に驚いている。

「……早かったな」

 動揺する門下生達が左右に移動して、道ができる。
 そこから姿を見せたのは……

 エドワード・アスカルト。
 リーフランドの領主であり、神王竜剣術リーフランド支部の師範。
 ソフィアのお父さんだ。

 ソフィアは遅くに生まれた子供らしく、エドワードさんは六十を超えている。
 白髪が混じった髪。
 年齢を重ねると共に、細くなる体。

 しかし、背筋はピンと伸びていて、体もしっかりとしている。
 鋭い眼圧に、抜き身の刃のような鋭いオーラ。
 年齢による衰えは一切感じない。
 むしろ、今こそが全盛期なのだと、そう語っているかのようだ。

「あと二週間くらいはかかると思っていたが……」
「少しでも早く、お父さまとお話をしなければいけないと思い、急ぎました」
「……」
「お父さま?」
「いや、なんでもない」

 なんだろう?
 今、エドワードさんの顔が、一瞬、ニヤけたような?

 気のせいかな。
 とても厳しい人という記憶があるし……
 ニヤニヤするなんて、ありえないか。

「話というのならば、儂からもたくさんあるのだが……まずは、ソフィアの話から聞こうか」
「はい、ありがとうございます、お父さま」

 ソフィアはにっこりと微笑み、

「では……」

 そのまま剣を抜いた。
 予備の剣ではなくて、聖剣エクスカリバーを抜いた。

「ふざけたことを仰るお父さまは、ちょっと痛い目に遭ってくださいね?」
 ダンッ!!! という音と共に、ソフィアが消えた。

 いや、消えたわけじゃない。
 視認できないほどの速度で駆け出したのだ。

 その行き先は……

「はぁっ!!!」
「ふんっ!」

 ソフィアは、エドワードさんに向けて全力で剣を振る。
 抜き身の剣。
 しかも聖剣。
 かするだけでも大怪我は免れない。

 そんな剣聖の一撃を、エドワードさんは難なく受け止めてみせた。
 ミシリと、片足が道場の床に沈むものの、それだけ。
 剣を折られることなく、断ち切られることもなく、防いでみせる。

「はぁあああああっ!!!」

 ソフィアの連撃。
 音の速さで剣を振る。

 それだけじゃない。
 右、下、上、左、斜め下、斜め上……一撃ごとに剣筋を変化させて、ありとあらゆる角度から刃を叩き込む。
 並の者であれば、なにが起きたかわからないまま、全身を細切れにされていただろう。

 しかし、エドワードさんは並の者じゃない。
 リーフランドの領主であり……そして、神王竜剣術の師範だ。
 その驚異的な身体能力で、ソフィアの攻撃を全て防いでみせる。

 ソフィアは一度離れて、ニヤリと笑う。

「久しぶりに剣を合わせましたが、さすがお父さまですね。これだけの攻撃を叩き込んで、かすり傷一つ負わないなんて」
「日々、鍛えているからな。ソフィアも、なかなかのものだ。旅に出たことで、腕が鈍らないか心配していたが、それは無用のものだったな」

 エドワードさんもニヤリと笑う。

 ……この二人、戦闘狂なのだろうか?
 とても失礼なのだけど、ついついそんなことを考えてしまう。

「す、すげえ……お嬢さま、あれからさらに強くなってるぜ……」
「っていうか、お嬢さまと師匠の真剣勝負が見られるなんて……」

 アクセルとリナを始め、門下生達は、突然始まった勝負に驚きつつ、見入っていた。
 二人の剣に見惚れているみたいだ。
 誰も止めようという発想には至らないらしい。

「ねえ、フェイト。これ、止めなくていいの?」
「止められると思う?」
「止められないわよねえ……」

 二人の間に割り込んだら、そのままスパッと斬られてしまうだろう。

 ソフィアなら、寸止めしてくれると思うけど……
 エドワードさんのことはよく知らないんだよね。
 そのまま斬られてしまうことも考えられる。

「ねえ、おとーさん」

 アイシャが、不安そうな顔をしてこちらを見上げる。

「おかーさん、どうして戦っているの? あの人、おじーちゃんなんだよね?」
「えっと……」

 ものすごく回答に困る。
 本気で、しかも真剣でケンカをする親子なんて、まずいないからなあ……

「あれは、二人なりの挨拶なんだよ」
「ご挨拶?」
「そうそう。二人は剣を習っているから、ああして勝負をすることで、お互いの健康を確認するというか……つまり、そんな感じ?」
「そうなんだ」

 苦しい説明だと思ったものの、アイシャは納得してくれたみたいだ。
 助かった。

 でも、真剣で切り合うところは不安に思っているらしく、尻尾がしゅんと力なく垂れている。

「おいで、アイシャ」
「ん」

 少しでも落ち着いてほしいと思い、アイシャを抱き上げた。
 アイシャも僕に抱きついて、甘えてくれる。

「む」

 ちらりとこちらを見たソフィアは、とてもうらやましそうな顔をした。

 アイシャを抱っこしたいのなら、今すぐにケンカを止めてね?
 そう思うのだけど……

「……お父さま、そろそろ終わりにしますね」

 ソフィアは勝負を止めるという考えには至らず、決着を急ぐという、とんでもなく武闘派な思考を叩き出してみせた。
 どうして、そうなるの……?

 いや、まあ。
 ソフィアは、幼い頃からこんな感じなんだけどね。
 穏やかな令嬢に見えて、実は気が強く、我も強い。
 一度始めた勝負を途中で放り出すなんてこと、絶対にしないだろう。

「ふんっ。剣聖という称号を得て自惚れたか? その程度の剣では、儂には到底届かぬ」

 今のやりとりで、その程度、と言ってしまえるエドワードさんは相当なものなのだ。
 ソフィアは、どうするつもりなのだろう?

「その程度、ですか……ふふっ」
「なにがおかしい?」
「お父さまともあろう方が、対峙する者の実力を見誤るなんて」
「なに?」
「……全力でいきますね?」

 今まで全力じゃなかったの!?

 誰もが驚く中、ソフィアが剣を鞘に収めた。
 勝負を中断するわけではない。
 その状態で、右足を前に出して半身に構える。

「神王竜剣術、四之太刀……」

 超高速の抜剣。
 音速……いや、神速の一撃。

 ギィンッ!!!

 なにが起きたのかわからない。
 なにも見えなかった。

 気がつけば、エドワードさんの剣が折れていて……
 そして、ソフィアはエドワードさんの背後を取っていた。

「……蓮華」

 これで終わり。
 そう言うかのように、ソフィアは、再び剣を鞘に収めた。

「ぐっ……み、見事だ」

 エドワードさんは膝をついた。
 苦悶の表情を浮かべているのだけど……
 でも、娘の成長を喜んでいるようにも見えた。
 壮絶な親子ケンカの後……
 俺達は、アクセルとリナによって、アスカルト家の客間に案内された。

 領主の屋敷なのでとても広いのだけど、シックな作りなので落ち着くことができた。
 ソファーに座り、お茶をいただきながらエドワードさんを待つ。

 勝負はソフィアの圧勝に終わったのだけど、一応、手加減していたらしい。
 エドワードさんは大きな怪我を負うことはなくて、軽い打撲で済んだとのこと。
 それでも手当はしなければいけないので、今はここにいない。

「おかーさん、大丈夫? 怪我していない?」
「ふふっ、大丈夫ですよ。アイシャちゃんのお母さんは、とっても強いですからね」
「うん……お母さん、かっこよかった」
「あーもうっ、アイシャちゃん、かわいすぎです! 私の娘、最高です!」
「むぎゅ」

 アイシャに心配されて舞い上がるソフィア。
 デレデレの笑顔になって、おもいきりアイシャを抱きしめる。

 アイシャは、ちょっと苦しそうにしていたものの、なんだかんだでソフィアに抱きしめられることがうれしいらしく、にっこり笑顔だ。
 ちょっとうらやましい。

「ソフィア。どうして、いきなりあんなことを?」
「だって……とても勝手なことをするので、お父さまに対する鬱憤が溜まっていたのです。そんな状態で、お父さまがとても偉そうな態度を見せるから……つい」

 てへ、という感じでソフィアが舌を出して笑う。

 おどける彼女もかわいい……じゃなくて。

「気持ちはわからないでもないけど、でも、アイシャがいたんだから」
「うっ」
「いきなり、母親と祖父がケンカをしたら……ケンカなのかな、あれは? 私闘を通り越して、死闘になっていたような……まあいいや。とにかく、あんな派手なケンカをしたら、不安になっちゃうよ。現に、アイシャはこうして不安になっているし」
「うぅ……」
「もちろん、僕も不安だよ」
「はぅ……」
「だから、もうあんなことはしないでね?」
「……申しわけありませんでした」

 さすがのソフィアも反省したらしく、シュンと肩を落とした。

「私、まだまだ子供ですね……あそこまで、自分がコントロールできなくなるなんて、思ってもいませんでした。情けないです」
「僕は気にしていないよ。人間だから、足りないところがあるのは当然だと思うし……そういうところは僕が補うから」
「……フェイト……」
「あー……ちょっと、二人共? こんなところなのに、二人の世界を作らないでくれる?」
「あ、あはは……ごめんね、リコリス」
「まったく」

 リコリスはあからさまなため息をこぼしてみせて、ふわりと飛び、アイシャの頭の上に。
 最近は、アイシャの頭の上がお気に入りらしい。
 アイシャもリコリスのことが好きらしく、喜んで頭の上に迎え入れている。

「……またせたな」

 ややあって、エドワードさんが姿を見せた。
 それなりのダメージを受けたとは思えないほど、しっかりとした足取りで歩いて、対面のソファーに座る。

 その眼光は厳しく、自然と背筋が伸びた。

「えっと、僕は……」
「アクセルとリナから、だいたいの話は聞いた。自己紹介は不要だ」
「……」
「そうか、お前がフェイトか……」
「っ!?」

 ものすごい殺気をぶつけられた。
 ともすれば、そのまま窒息してしまうのではないかと思うほど、濃密で深い殺気だ。

 なんであろう?
 僕は、エドワードさんにはなにもしていないのだけど……
 ここまで恨まれる覚えがない。

「あぅ……」
「お父さま……? なにをしていらっしゃるのですか?」
「……すまない」

 アイシャが巻き添えをくらい、涙目に。
 それを見たソフィアが殺気を返して……

 そこで、ようやく我に返ったらしく、エドワードさんからの殺気が消えた。
 どうやら、今のはわざとではなくて、反射的にこぼれ出てしまったものらしい。

 ついつい殺気がこぼれてしまうほど、僕は恨まれているのだろうか?
 ますます謎だ。

「まあいい……よく帰ってきたな、ソフィアよ。儂からの手紙は読んでいるな?」
「はい。だからこそ、こうして戻ってきました」
「なら、すぐにでも相手を紹介しよう。場は儂が準備するから、ソフィアは相手の資料を読み……」
「お父さま。そのことですが、私は、その話をお断りさせていただきます」
「……なに?」

 予想外の展開らしく、エドワードさんは目を大きくした。
 その間に、ソフィアは言葉を畳み掛ける。

「私の知らない間に勝手に婚約者を決めて、勝手に話を進める……そのような勝手なことをされて、素直に従うとでも? ありえません。そのような勝手をしないでください……今回は、文句を言うために帰郷したのです」
「つまり、婚約はしたくないと?」
「当たり前です。見ず知らずの相手と、なぜ結婚しなければならないのですか?」
「確かに、今はなにも知らないかもしれない。しかし、儂が選んだ相手だ。誠実な人柄で、頭も良く、腕も立つ。顔を合わせれば、きっと気に入るだろう」
「ありえませんね」

 エドワードさんの言葉を、ソフィアはバッサリと一刀両断した。

「どのような方かわかりませんが、私が好意を寄せるということは、絶対にないかと」
「どのような相手か知らないのに、言い切れるのか?」
「言い切れます」
「なぜだ?」
「私には、すでに将来を誓い合った殿方がいるからです!」
「……っ……」

 ピクリと、エドワードさんのこめかみの辺りが動いた。

「面白い話だな。ソフィアには、すでに恋人がいると?」
「もちろんです」
「……将来を誓い合っていると?」
「もちろんです」
「……愛していると?」
「世界で一番愛しています」

 ちょっと照れた。
 リコリスがこのこのと肘で突っついてきて、アイシャは自分のことのようにうれしそうで笑顔だ。

「もしかして、とは思うが……それは、お前の隣にいる男のことか?」
「はい、そうです」
「……」
「お父さまも覚えていますよね? 私の幼馴染の、フェイト・スティアートです」
「……」
「私は、彼を愛しています。フェイト以外の殿方と一緒になるなんて、欠片も想像したことがありません。というか、無理です。フェイト以外、絶対に無理です」
「……」
「今日は、そのことを報告に……いえ。できるのなら、私とフェイトのことを認めてくれませんか?」

 できることなら、僕達のことをエドワードさんに認めてほしい。
 その想いはソフィアも共通するらしく、途中で言葉を言い換えていた。

「……」

 エドワードさんは、不気味な沈黙を保っていた。

 なんだろう?
 火山が噴火する前の不気味な静寂というか、嵐の前の静けさというか。
 とにかく、嫌な予感がした。

「……ん」
「え?」

 エドワードさんは、僕を今まで以上にきつく睨みつけて、

「貴様などに娘はやらんっ!!!」

 屋敷中に響き渡るような大きな声で、そう言い放つのだった。
「どこぞの馬の骨ともわからんようなヤツに、娘をやれるものかぁっ!!!」

 二度目の怒声。
 ビリビリと空気が震えてしまうほどで、もう少し近くにいたら鼓膜が破れていたかもしれない。

 そんなことを心配するくらい、声が大きい。
 それだけ、エドワードさんは怒っているのだろう。

「お父さま、なぜ反対するのですか?」

 少しムッとした様子で、ソフィアは問いかけた。
 いきなり反対されるとは思っていなかったのだろう。

 ただ……僕としては、反対されるだろうなあ、とは思っていた。

 いくらソフィアの幼馴染だとしても、十年近く会っていなかったのだ。
 エドワードさんからしたら、突然現れた見知らぬ男としか見えないだろう。

「フェイトは、どこぞの馬の骨ではありません。小さい頃はよく一緒に遊び、そして、道場に通ったこともあるではないですか」
「あれ、そうだっけ?」
「忘れたのですか? 剣は習っていませんが、体力作りのために、一緒に運動をしたではありませんか」
「……あっ、そういえば」

 小さい頃は、ソフィアと一緒にいることがなによりも楽しくて、とにかく一緒にいたいと思った。
 そんなことを思っていたから、道場で一緒に運動をすることもあった。

 定期的に通っていたわけじゃないから、今まで忘れていたけど……

「そっか、そんなこともあったね。懐かしいなあ」
「ふふっ。あの頃のフェイトは、私の後をいつもついてきて、とてもかわいらしかったです」
「それくらい、ソフィアのことがかわいかったから」
「も、もう……」
「儂の前でなにをイチャイチャしておるかぁあああああっ!!!」
「「あっ」」

 すっかりエドワードさんのことを忘れていた。
 ソフィアも同じだったらしく、しまった、というような顔に。

 放置されたエドワードさんの怒りは沸騰。
 泡を飛ばしそうな勢いで叫ぶ。

「幼馴染だろうがなんだろうが、貴様などに娘をやれぬ! 絶対にやれぬぅうううううっ!!! 今すぐに、出てゆけいっ!!!」
「お父さま。今は、私が悪いと思います。しかし、話を聞かずに追い出すなんて……」
「出てゆけぇえええええっ!!!」
「フェイトは、とても強い力を持つ冒険者です。それだけではなくて、剣の才能もあります。神王竜剣術を学び、跡継ぎとして……」
「出て行かぬというのならば、叩き切ってくれるわっ!」
「……」

 あ、ソフィアがイラッとした顔に。

 エドワードさんの怒りは仕方ないと思うのだけど……
 でもソフィアは、そんなことは知るか、というようなことを考えているっぽい。

 人の話を聞こうとせず、一方的に要求を突きつける。
 それが大人のやることか……と。

 ソフィアの苛立ちがどんどん増していき……
 こちらも臨界突破。
 ソフィアはニコニコと笑い……そして、再び剣の柄に手を伸ばす。

「「っ!?」」

 部屋の端で待機していたメイドさん達が、剣呑な雰囲気を感じ取りビクリと震えた。

「ほう……都合が悪くなると剣を抜くか」
「お父さまが、まったく私の話を聞こうとしないのがいけないのです」
「おもしろい。では、またやり合うか? 言っておくが、今度は本気でいくぞ? さきほどの戦いでは、半分ほどの力しか出していなかったからな」
「では、私は、半分ほどの力でいきましょうか」
「……なんだと?」
「先の戦いでは、私は、十分の一くらいの力でした」
「……」
「いくらなんでも、親に本気で剣を向けるほど、親不孝ではありません。しかし」

 ソフィアは刃のように鋭い顔をして、剣の柄を握る。

「フェイトを罵倒したことは許せません。本気で相手をしましょうか?」
「ぬぐっ」

 エドワードさんに向けて、ソフィアの本気の威圧が放たれた。
 思いもよらないところで娘の成長を実感することになり、エドワードさんがたじろぐ。

 しかし、ここで退くという選択肢はないようだ。
 すぐに気持ちを立て直して、やるのならやるぞ? とソフィアを睨み返す。

 なんていうか……
 二人共、大人げない。
 子供みたいな親子喧嘩だ。

 とはいえ、片方は剣聖。
 片方は道場の師範。
 そんな二人が本気で激突をしたら、今度こそ、どうにかなってしまうかもしれない。

「ソフィア、ストップ。エドワードさんも、落ち着いてください」
「どうして止めるのですか?」
「小僧、儂に命令するか!?」

 二人は、息をぴたりと揃えて言う。
 こういうところを見ていると、親子だなあ、って思う。
 タイミングがぴったりなところとか、邪魔をされると怒るところとか、よく似ている。

「ソフィア、僕達は話し合いに来たんだよ。それなのに、ケンカをしてどうするのさ」
「それは……ですが、お父さまがぜんぜん人の話を聞かないから……」
「それに、怖い顔をしていたら、アイシャが怯えちゃうよ」
「うっ……」

 急所を突かれた様子で、ソフィアがたじろいだ。

「エドワードさんも、落ち着いてください。僕のことが気に入らないのはわかりますが、だからといって、それが領主の取る態度ですか。僕達の倍以上生きているのなら、それ相応の態度を見せてください」
「むぐっ……」

 至極まっとうな正論に反論できないらしく、エドワードさんは苦い顔に。

「はい、二人共剣を収めて。まずは、しっかりと話し合いをしましょう。力を行使するのは、それからです」
「「しかし……」」
「僕達は人間なんですよ? 力を振るうことしかできないなんて、魔物と同じ。そんなことでいいんですか?」
「「……よくないです」」
「なら、話し合いましょう」
「「はい……」」

 良かった、二人は納得してくれたみたいだ。
 それぞれ、ソファーに座り直した。

「ふふっ、見事です」

 ふと、第三者の声が割り込んだ。
 客間の扉が開いて、一人の女性が姿を見せる。

 長い髪は銀色に輝いていた。
 その身にまとう衣服は、銀髪を栄えさせるかのようなもの。
 女性としての魅力にあふれていて、ついつい見惚れてしまう。

 ……って、そうか。

 ソフィアがいるのに、この人に見惚れてしまうのは、それなりの理由があった。
 それは……

「お母さま!?」

 そう……この人が、ソフィアのお母さんだからだ。
 名前は、確か……エミリア・アスカルト。

「旦那さまとソフィアの喧嘩を仲裁してしまうなんて、なかなかできることではありません。その力、心の強さ、確かに見させていただきました」

 そう言い、エミリアさんはにっこりと笑うのだった。
「エミリア! なぜ、こんなところへ来た! この小僧の対応は、儂がすると言ったはず」
「話が進むかどうか不安だったので、様子を見に来ました。そうしたら、案の定なので……ここからは、私も同席いたしますね」
「ならぬ! このような馬の骨と同席するなど、アスカルト家の品位に……」
「同席いたしますね?」
「だ、だから、それはならぬと……」
「いたしますね?」
「……う、うむ」

 エドワードさん、エミリアさんの笑顔の圧に押し負けた。

 もしかして、奥さんに頭が上がらないのだろうか?
 だとしたら、ちょっとした親近感を覚える。

 ちょっと意味合いは違うのだけど……
 僕も、ソフィアに対しては頭が上がらないからなあ。

「久しぶりですね、スティアートくん。私のことは覚えていますか?」
「あ、はい。久しぶりです、エミリアおばさん……エミリアおばさんですよね?」
「はい、そうですよ。私の顔、忘れてしまいましたか? まあ、十年以上も前のことなので、それも仕方ないかもしれませんが」
「いえ、覚えています。ただ……記憶とぜんぜん変わらないというか、むしろ、あの時よりも綺麗になっている気がして。それで、ちょっと戸惑いが」
「あら。あらあらあら」

 素直な気持ちをぶつけてみると、エミリアさんは笑みを深くした。

「こんなおばさんに、そんなうれしい言葉をかけてくれるなんて。スティアートくんは、女の子泣かせになりそうですね」
「い、いえ。そんなつもりは……」
「ふふっ、冗談です。スティアートくんは、ウチの娘……ソフィア一筋なのでしょう?」
「は、はい……そうですね。ソフィア以外の女の子は、考えられません」
「……フェイト……」

 隣に座るソフィアがうっとりとして、

「ぐぐぐ……」

 エドワードさんが、射るような勢いでこちらを睨みつけてきた。

 おばさんからは笑みを向けられて、おじさんからは睨みつけられる。
 なかなかにカオスな状況だ。

「久しぶりの娘の帰郷。スティアートくんを連れてきて、それだけではなくて……なにやら、おもしろそうなお客さまもいる様子」

 エミリアさんは、ちらりとリコリスとアイシャを見た。

「本来ならば、盛大におもてなしをしたいのですが……残念ながら、旦那さまがこのような感じでして」
「ふんっ。どこぞの馬の骨に、アスカルト家の娘をやるわけにはいかん。当たり前の話だろう?」
「旦那さま。ソフィアとスティアートくんの仲の良さは、よく知っているでしょう? こうなることも、簡単に想像できたはず。それなのに、なぜ反対するのですか?」
「それは……」

 エドワードさんは、一瞬、言いよどみ、

「……そんな貧弱な小僧に、娘を任せられるものか!」

 くわっと目を見開いて、こちらを再び睨みつけてきた。

「ソフィアの伴侶になるということは、儂の跡継ぎ候補にもなる。それなのに、軟弱者、愚か者に任せられるわけがないだろう!」
「……お父さま? それは、私のフェイトが軟弱という意味でしょうか? 愚かという意味なのでしょうか?」

 最初にソフィアがキレて、

「旦那さま? いくらなんでも、それは、スティアートくんに失礼というものですよ? 最近、剣にかかりきりになっていたせいか、貴族としての品位をお忘れになったのですか?」
「うっ……そ、それは」

 エミリアさんにも睨まれた。
 娘と母、二人を敵に回してしまい、エドワードさんはたじたじに。

 それでも、僕とソフィアの仲を認める気はないらしく、反論する。

「し、しかし、儂は領主であり、神王竜剣術の師範でもある! ソフィアと交際をしたいというのならば、強く、賢くないと務まらないではないか!」
「それは……まあ、旦那さまの言う通りですね」
「そうだろう、そうだろう!? なればこそ、ソフィアにふさわしい伴侶を儂が決めなければいけない。これは、正しいことなのだ!」

 エドワードさんが力強く言う。

 うーん?
 なんだろう?
 ふとした違和感というか……

 エドワードさんの態度は、どことなくおかしい。
 最初、顔を合わせた時は、とても威厳があったのだけど……
 今は、なぜか子供のような印象を受けた。

 なんでだろう?

「なるほど……わかりました。強く、賢くなければ、ソフィアの伴侶は務まらない。旦那さまのその意見に関しては、私も納得するところです」
「エミリアよ、わかってくれたか」
「そんなっ、お母さま!?」

 エドワードさんを擁護するような発言に、ソフィアが頬を膨らませる。
 母親に対する怒りというよりは、どうしてエドワードさんの味方なんてするの? と、ちょっと拗ねているみたいだ。

 二人は、とても仲が良いんだよね。
 小さい頃の話だけど、ソフィアはいつもエミリアさんに甘えていた。
 エミリアさんも、ソフィアを思う存分にかわいがっていた。

 だから、敵になるような発言に驚いたのだろう。
 でも、話は続きがあった。

「でしたら、スティアートくんの能力をテストすればいいのではないでしょうか?」
「なに?」
「本当に力が足りないのか? 本当に知識がないのか? まずは、それらを確かめるべきでしょう」
「し、しかし、そのようなことをしなくても、こんな小僧に……」
「あら。旦那さまは、一目見ただけで、相手の能力を完全に把握することができるのですか? それとも……気に入らないからという理由だけで、話を聞こうとせず、門前払いをするという愚行をなさるのですか?」
「うぐっ」

 痛いところを突かれたという様子で、エドワードさんは言葉に詰まる。

 なんだかんだで……
 エミリアさんは、基本的にソフィアの味方なのだろう。
 一気に畳み掛ける。

「旦那さまの立場は理解されていますから、私も、無条件でスティアートくんを認めるつもりはありません。とはいえ、門前払いをするつもりもありません。ですので、スティアートくんの能力を測ることにいたしましょう」
「いや、しかし、それは……」
「もしも、落第するようならば、そこで終わり。ソフィアとの仲は認めません。しかし、無事に合格するようならば、きちんと認めましょう」
「こ、こんな小僧を……」
「力もあり、知識もあると証明されたのなら、なにも問題はないではありませんか。しかも、ソフィアと相思相愛。どこに文句をつける余地が?」
「うぐぐぐ……」
「異論はありませんね?」
「そ、それは……」
「ありませんね?」
「うっ……」
「旦那さま?」
「……異論はない」

 がくりとうなだれつつ、エドワードさんはエミリアさんの提案を受け入れた。

 喜ぶべきことなのだけど……
 同じ男として、ちょっとエドワードさんに同情してしまう。

 好きな女性にこんなことを言われたら、反論なんてできない。
 どう考えても、論破されてしまいそうだし……
 嫌なことだとしても、賛成するしかないだろう。

 母は強し。

 ふと、そんな言葉が思い浮かんだ。

「ということで」

 エドワードさんと話をしている時は、とんでもない威圧感を放っていたのだけど……
 それを捨て去り、にっこりとした笑顔を浮かべて、こちらを見る。

「こちらの勝手な都合で申しわけありませんが、スティアートくんは、私達のテストを受けていただけませんか? それに合格をすれば、スティアートくんこそが、ソフィアの正式な婚約者となりますから」
「はい、わかりました。そのテストを受けて、絶対に合格してみせます!」
「あら、即答ですか。ふふっ、とても頼もしいですね」

 俺の返事に満足したように、エミリアさんは優しい顔で笑うのだった。
 まずは、僕の実力をテストしたい。
 そんな話になり、場所を道場に変えた。

「では、これより力のテストを行う」
「ルールは簡単よ。私達が指名した相手と戦い、勝利すること」
「ふんっ……簡単に勝てると思うな? それと、戦士にあるまじき卑怯なことをすれば、その時点で失格だ。追い返すだけではなくて、牢に叩き込んでくれよう」
「あ、ですが、剣だけで戦う必要はありませんよ? 実戦を想定していますから、体術でも魔法でも、なんでも問題ありません」
「え……か、母さん、それは……?」

 予定外のことを言われたらしく、エドワードさんが戸惑いを見せた。
 対するエミリアさんは、平然と言葉を続ける。

「旦那さまは、なにか反論が?」
「ここは剣の道場なのだから、剣だけで戦うべきでは……」
「あら、おかしなことを言うのですね。神王竜剣術は、実戦を想定しているではありませんか。試合でも、剣以外を使うことは認められているはず。それなのに、どうして今回に限り、剣のみにしようというのですか?」
「そ、それは……」
「もしかして……スティアートくんに対して有利な立場に立ちたいから、剣だけにしようと? 旦那さまは、そのような浅ましい戦略を考えていたのですか?」

 エミリアさんは笑顔なのだけど、しかし、その目はまったく笑っていない。
 むしろ、怒っているようだ。
 妙な威圧感を覚えるほどで、いくらか気温が低下したような気がした。

「そ、そのようなことはない! ないぞ!?」
「そうですか。なら、薬を使うなどの卑怯な手を除いて、なんでもありということで問題ありませんね」
「……ない」

 がくりとうなだれつつ、エドワードさんはエミリアさんの言葉を全面的に受け入れた。
 僕としては、喜ぶべきことなのだろうけど……
 それでも、ちょっとエドワードさんに同情してしまうのだった。

「それにしても……」

 道場内を見回す。

 人、人、人。
 話を聞いたらしく、たくさんの門下生達が見学に訪れていた。

「こんなにたくさんの人がいると、ちょっと緊張するね」
「緊張する必要なんてありませんよ。フェイトなら、どのような相手であれ、打ち勝つことができると信じています」
「うん。ありがとう、ソフィア」
「ふふっ。フェイトの将来の伴侶として、あなたを信じることは当たり前のことですから」
「だからさあ……あんたら、イチャイチャする時は、場所を選びなさいよ」
「「あ……」」

 リコリスに言われて、僕とソフィアは同時に赤くなる。
 少し……いや、かなり恥ずかしい。

「えへへ。おとーさんとおかーさん、仲良し」

 でもまあ、アイシャはうれしそうにしていたから、それでよしとするか。

「では、テストを……試合を始める!」

 エドワードさんの声が響いて、僕の対戦相手が姿を見せる。
 それは……

「アクセル?」
「よう」

 気軽に挨拶をされた。

「僕は、アクセルと戦うの?」
「みたいだな。まあ、俺としてはお嬢さまの想い人に剣なんて向けたくはないんだが……師範の命令となると、断ることはできなくてな。悪いが、手加減はしないぜ」
「うん、それでお願い」
「へ?」
「勝ちたいと思うけど、でも、手を抜かれて勝っても嬉しくないからね。一応、僕も男だから、その辺りのプライドはあるよ」

 アクセルはぽかんとして、

「はははっ」

 楽しそうに笑った。

「さすが、お嬢さまが選ぶ相手というか……おもしろいな、お前。勝っても負けても、恨みっこなしだぜ」
「うん。正々堂々と戦おう」

 前に出ようとして、

「……フェイト」

 ソフィアに引き止められる。

「最近のアクセルは知らないのですが……しかし、彼は、才能がある剣士ということは覚えています。魔物に襲われて慌てていた、ということで楽観せず、気を引き締めてくださいね?」
「わかっているよ。絶対、油断なんてしないから」
「それでこそ、フェイトです。いってらっしゃい」
「いってきます」

 ソフィアの笑顔に見送られて、アクセルと対峙する。

 その際、周囲の門下生達から刺すような視線が飛んできた。
 嫉妬の感情があるみたいだけど……
 ソフィアのことで、やっかみを覚えているのだろうか?

 ソフィアは綺麗で優しくて、とても素敵な女性だから、僕のことをおもしろく思わないのは当然かもしれない。
 でも、手を引くつもりはない。
 全力で挑み、そして、認めてもらうつもりだ。

「両者、構え!」

 エドワードさんの合図で、僕とアクセルは一定の距離を保ち、それぞれ剣を構えた。

 今回は、あくまても試合。
 力を測るためのテストなので、殺傷力のない木剣を使うことに。

 それでも、アクセルから放たれる威圧感はすさまじい。
 戦場で対峙しているかのようなプレッシャーと危機感。
 覚悟なしに対峙したら、すぐに飲み込まれてしまうだろう。

 アクセルは、それほどの相手だ。

「はじめ!」

 戦闘開始。
 僕とアクセルは同時に道場の床を蹴り……

「はぁっ!」
「うらぁっ!!!」

 ギィンッ! と剣と剣を交差させた。
 力比べをするかのように、アクセルと鍔迫り合いを繰り広げる。

 剣の柄をしっかりと両手で握り、右足を一歩前に出して踏み込み、力で押し切ろうとする。
 ソフィアは、僕はSランク並の身体能力があると言ってくれた。
 なら、多少、強引にいくことは問題ないはず。

 しかし、アクセルも負けていない。
 力には技術で。
 そう言うかのように、こちらの力をうまく受け流してしまう。

 手応えはゼロ。
 空気を切ったかのように、スルリと剣が抜けてしまう。

 その隙を見逃すことなく、アクセルは斬撃を叩き込んでくる。
 でも、それは見えていた。
 木剣を横にして、盾のように構える。

 アクセルの斬撃を受け止めた後、足払いを繰り出す。
 簡単に倒れてくれるほど甘くはないのだけど、それでも、これ以上の攻撃はまずいと思わせることができて、アクセルは一度後ろへ引いた。

「その程度か、小僧。技術はなく、力だけで押し切るなど、剣士にあるまじき愚行! 誰に剣を教わったか知らぬが、貴様もその師も、どうしようもないな!」

 僕の問題点をしっかりと見抜いたらしく、エドワードさんがそんなことを言うのだけど……

「……お父さま。フェイトに剣を教えたのは私なのですが、へぇ……私はどうしようもないのですか。どうしようもない娘なのですか」
「え」

 僕に剣を教えてくれたのは、ソフィアなんだよね……
 なので、当然、ソフィアはものすごい不機嫌に……というか、殺気すら放つ。

「エドワードさん。僕の剣の師はソフィアですが、僕がまだまだなのは修行途中だからです。なので、責めるのなら僕だけを」
「う、うむ……」

 ソフィアの殺気に当てられ続けているせいか、エドワードさんは、ダラダラと汗を流していた。
 よくよく見てみたら、エミリアさんにも殺気をぶつけられていた。
 妻と娘に、「ふざけたことを言うなら殺す」と言われているようなもので……
 ちょっとかわいそうだった。

「どこ見てやがる!」
「油断はしていないから大丈夫!」

 アクセルが斬りかかってくるけれど、それをしっかりと受け止めた。
 ソフィアとの未来がかかっているのだから、油断なんてしない。

「ちっ、やるな。剣技はまだまだだが、身体能力がデタラメに高いな」
「ありがとう。アクセルも、剣はすごいね」
「まあな。これでも、何年も道場に通っているからな。さすがに、素人には負けてられねえさ」
「あれ? 僕が剣を握って少しだっていうこと、話したっけ?」
「こうして、やりあえばわかるさ。剣筋は、ソイツの人柄が出るものだからな」
「へー」

 試合の最中なのだけど……
 こうして、アクセルと話をするのは楽しい。

 思えば、同世代の同性の友達がいなかったからなあ。
 アクセルならぴったりだ。
 試合が終わった後、友達になってくれないかな?

「よし、がんばろう」

 そのためにも、まずは勝たないと。

「はぁっ!」
「うらぁっ!!!」

 互いに気合を吐き出して、何度も何度も剣をぶつける。
 激突を繰り返して、技をぶつけ合う。

 僕は力に優れていて。
 アクセルは技に優れている。
 一長一短で、なかなか勝負の決め所が見つからない。

 うーん、強敵だ。
 ソフィアと出会ったばかりの僕だったら、たぶん、すぐに負けていただろう。

 でも、今は、それなりの修羅場を潜ってきたという自負がある。
 それが僕を成長させて、強くしてくれていた。

「神王竜剣術……」

 僕は、一度大きく後ろへ引いて、剣を上段に構えた。

 ここで勝負をつける。
 その意思、気合を入れて、剣の柄を強く強く握る。

 それを見たアクセルは、ニヤリと笑う。

「いいな……うん、すげえやりがいがあるよ、お前。ここで潰すのは惜しいが……でも、俺も剣士だ。負けられねえよ!」

 アクセルも剣を上段に構えた。
 同じく、勝負をかけるつもりなのだろう。

 うん、予想通り。

「壱之太刀……」

 男同士しか通じないような、妙な共感。
 互いに小さく笑い、

「「破山っ!!!」」

 同時に、必殺の技を繰り出した。
 極大の一撃が真正面から激突する。

 ガァンッ!!!

 ただの木剣なので、技の威力に耐えきれず、共に半ばからへし折れてしまう。
 アクセルは、ちっ、と舌打ちをして……

 一方の僕は、さらに一歩、前に踏み出した。

「なっ!?」

 互いに技をぶつければ、こうなるだろうと予想していた。
 だから、迷うことなくすぐに動くことができた。

 アクセルの懐に潜り込むと同時に、肘打ちを見舞う。
 彼の体がぐらりとよろめいたところで、その眼前に折れた木剣を突きつけた。

「勝負あり……だね」