ダンッ!!! という音と共に、ソフィアが消えた。

 いや、消えたわけじゃない。
 視認できないほどの速度で駆け出したのだ。

 その行き先は……

「はぁっ!!!」
「ふんっ!」

 ソフィアは、エドワードさんに向けて全力で剣を振る。
 抜き身の剣。
 しかも聖剣。
 かするだけでも大怪我は免れない。

 そんな剣聖の一撃を、エドワードさんは難なく受け止めてみせた。
 ミシリと、片足が道場の床に沈むものの、それだけ。
 剣を折られることなく、断ち切られることもなく、防いでみせる。

「はぁあああああっ!!!」

 ソフィアの連撃。
 音の速さで剣を振る。

 それだけじゃない。
 右、下、上、左、斜め下、斜め上……一撃ごとに剣筋を変化させて、ありとあらゆる角度から刃を叩き込む。
 並の者であれば、なにが起きたかわからないまま、全身を細切れにされていただろう。

 しかし、エドワードさんは並の者じゃない。
 リーフランドの領主であり……そして、神王竜剣術の師範だ。
 その驚異的な身体能力で、ソフィアの攻撃を全て防いでみせる。

 ソフィアは一度離れて、ニヤリと笑う。

「久しぶりに剣を合わせましたが、さすがお父さまですね。これだけの攻撃を叩き込んで、かすり傷一つ負わないなんて」
「日々、鍛えているからな。ソフィアも、なかなかのものだ。旅に出たことで、腕が鈍らないか心配していたが、それは無用のものだったな」

 エドワードさんもニヤリと笑う。

 ……この二人、戦闘狂なのだろうか?
 とても失礼なのだけど、ついついそんなことを考えてしまう。

「す、すげえ……お嬢さま、あれからさらに強くなってるぜ……」
「っていうか、お嬢さまと師匠の真剣勝負が見られるなんて……」

 アクセルとリナを始め、門下生達は、突然始まった勝負に驚きつつ、見入っていた。
 二人の剣に見惚れているみたいだ。
 誰も止めようという発想には至らないらしい。

「ねえ、フェイト。これ、止めなくていいの?」
「止められると思う?」
「止められないわよねえ……」

 二人の間に割り込んだら、そのままスパッと斬られてしまうだろう。

 ソフィアなら、寸止めしてくれると思うけど……
 エドワードさんのことはよく知らないんだよね。
 そのまま斬られてしまうことも考えられる。

「ねえ、おとーさん」

 アイシャが、不安そうな顔をしてこちらを見上げる。

「おかーさん、どうして戦っているの? あの人、おじーちゃんなんだよね?」
「えっと……」

 ものすごく回答に困る。
 本気で、しかも真剣でケンカをする親子なんて、まずいないからなあ……

「あれは、二人なりの挨拶なんだよ」
「ご挨拶?」
「そうそう。二人は剣を習っているから、ああして勝負をすることで、お互いの健康を確認するというか……つまり、そんな感じ?」
「そうなんだ」

 苦しい説明だと思ったものの、アイシャは納得してくれたみたいだ。
 助かった。

 でも、真剣で切り合うところは不安に思っているらしく、尻尾がしゅんと力なく垂れている。

「おいで、アイシャ」
「ん」

 少しでも落ち着いてほしいと思い、アイシャを抱き上げた。
 アイシャも僕に抱きついて、甘えてくれる。

「む」

 ちらりとこちらを見たソフィアは、とてもうらやましそうな顔をした。

 アイシャを抱っこしたいのなら、今すぐにケンカを止めてね?
 そう思うのだけど……

「……お父さま、そろそろ終わりにしますね」

 ソフィアは勝負を止めるという考えには至らず、決着を急ぐという、とんでもなく武闘派な思考を叩き出してみせた。
 どうして、そうなるの……?

 いや、まあ。
 ソフィアは、幼い頃からこんな感じなんだけどね。
 穏やかな令嬢に見えて、実は気が強く、我も強い。
 一度始めた勝負を途中で放り出すなんてこと、絶対にしないだろう。

「ふんっ。剣聖という称号を得て自惚れたか? その程度の剣では、儂には到底届かぬ」

 今のやりとりで、その程度、と言ってしまえるエドワードさんは相当なものなのだ。
 ソフィアは、どうするつもりなのだろう?

「その程度、ですか……ふふっ」
「なにがおかしい?」
「お父さまともあろう方が、対峙する者の実力を見誤るなんて」
「なに?」
「……全力でいきますね?」

 今まで全力じゃなかったの!?

 誰もが驚く中、ソフィアが剣を鞘に収めた。
 勝負を中断するわけではない。
 その状態で、右足を前に出して半身に構える。

「神王竜剣術、四之太刀……」

 超高速の抜剣。
 音速……いや、神速の一撃。

 ギィンッ!!!

 なにが起きたのかわからない。
 なにも見えなかった。

 気がつけば、エドワードさんの剣が折れていて……
 そして、ソフィアはエドワードさんの背後を取っていた。

「……蓮華」

 これで終わり。
 そう言うかのように、ソフィアは、再び剣を鞘に収めた。

「ぐっ……み、見事だ」

 エドワードさんは膝をついた。
 苦悶の表情を浮かべているのだけど……
 でも、娘の成長を喜んでいるようにも見えた。