魔王を倒した元勇者、元の世界には戻れないと今さら言われたので、好き勝手にスローライフします!

「ふうん、今日から侍祭と暮らすの。いきなり大丈夫?」

 カトリナが蒸してくれた芋を、丸太に腰掛けてむしゃむしゃやっていたヒロイナ。
 今後の予定を話したら、ちょっとだけ目を見開いた。
 もしや、カトリナが侍祭候補の娘たちを教育する期間があるとでも思っていたのか。
 いや、あるんだけどな。

「そうそう。ヒロイナ一人だとまともに生活できないだろ」

「うっ、そ、それは……。ショートの顔を見に行くのも兼ねて、そっちにお邪魔しようかなって」

「うちはうちで困るので……! ということで、しばらく昼間はカトリナが二人に色々教えるので、ヒロイナは彼女たちと生活するように。二人ともー」

 リタとピアを呼ぶと、、二人はぺこりと頭を下げた。

「よろしくお願いします、司祭さま!」

「あのヒロイナ様のお世話ができるなんて夢みたい!」

「よっ、よろしくねえー」

 ちょっと引きつった笑いを浮かべるヒロイナなのだった。
 さて、その日は大工チームに俺も加わり、急ピッチで教会の居住スペースを作り上げていった。

 何のことはない、生活用のログハウスが教会の横にくっついているだけなのだが、三人分の部屋となるとなかなか手間がかかる。
 俺のコピー魔法バイニナル(俺命名)で増やしてもいいのだが、たまに魔力暴走して増え続けるから止めておいたほうが良かろう。

「よし、とりあえず二部屋できた! お嬢ちゃんたちは二人で一部屋使ってもらえばいいだろ。ヒロイナはこっちの部屋な」

 完成した居住スペースの前で、ブルストは満足げだ。
 設計図はブレインが作ったものがあるから、それを再現するだけ。
 そして、俺を入れて大工が三人になり、作業速度も倍近くに上がったのだ。

 布だけは山程あるので、これと枯れ草で布団を作っておく。
 この辺りは南国なので、暖かさよりは通気性が大事だ。
 その点、枯れ草のベッドはいいぞ。

 たまにかき回して、虫が湧かないようにしないといけないが。

 リタとピアが、きゃっきゃと笑いながらベッドの用意をしている。
 これを見て、ヒロイナがため息をつき、笑った。

「仕方ないわねえ。あたしも腹を決めて、司祭としてちゃんと仕事をしますか。ショート、今度ミサをやるから、みんな集めて来なさいよ」

「へいへい」

 ユイーツ神のミサ。
 それは、宗教的な集まりというだけではない。

 月の中で、十日ごとに開催され、その地域の住民が顔を合わせてお互いの話をし合ったり、地域の長が大切な話をしたりする……言わば地域の集会みたいな役割もあるのだ。

 教会は地域住民の集まる場でもあるのだ。
 信心の有無は関係ない。
 十日間ごとに生活に区切りをつけて、また新たな十日間を皆と一緒に生きていく。

 そういう確認をするための場だ。
 これってなかなか重要。

 この世界、ワールディアでは一人じゃ生きていけないからな。
 特にヒロイナは三日でくたばる。自信を持って言えるね。

 幾ら性格に難のある彼女でも、それでは寝覚めが悪い。

「リタ、ピア、ヒロイナのことを頼むぞ……。主に生活全般。その代わり、この司祭は神学とか学問系は結構詳しいからな。文字や絵だって教えてくれるぞ」

「はい、勇者様!」

「わかりました!」

 少女コンビがいいお返事をする。
 ヒロイナは二人の後ろで、腰に手を当てて、解せぬ……という表情だ。

「ねえショート、それ褒めてる? けなしてる? ま、どっちでもいいけど。ほらほらあんたたち。まずは教会の飾り付けをしてくわよ! がさつな男たちじゃ、ガワは作れても中身まではぜーったいに手が回らないんだから」

「はい、司祭様!」

「わかりました!」

 うんうん、素直ないい子たちではないか。
 孤児院出の子どもとしても、手に職がつくのはいいことなのだ。

 教会もまだ仕事は少なかろうし、そのうち俺が畑仕事なども教えるとするか。
 肥溜めをかき回させるのは……ヒロイナじゃないし勘弁してやろう。

 今度、そういう畑作の雑用ができるようなのもスカウトしてきたいな。

 ブレインは万能で何かと忙しいので、クロロックの補助に回れないことが多いのだ。
 うちのカエルは文句も言わず、日々淡々と肥料を作ったり、畑の土を改良したりしているが……。

 何も言わないから任せっぱなしにはしないのだ。
 仕事なんてのは少しでも楽な方がいいからな!

 教会の外に出ると、ちょうどクロロックが迎えに来たところだった。

「ショートさん、畑を休ませる期間が終わりましたので、新しく作物を植えます」

「おう、やろうやろう」

 俺が威勢のいい返事をすると、カエル氏はコロコローと鳴いた。
 満足してるっぽい。

「私とフックさんで、苗を用意していました」

「いつの間に……」

「ショートさんが忙しくあちこち飛び回っているので、その間に少しでも農作業を楽にしようと思いまして」

「なんと抜かりのない!」

 やはりこのカエル、できる。

「しかもこれは……。荒れ地用の実りが少なめなものとは言え、なんと、待望の麦です」

「なん……だと……!?」

 いつの間にか、クロロックは麦を手に入れていたらしい。
 ついに念願であった麦の栽培が、勇者村で開始されるのだ。

 麦があればいろいろなことができるようになるぞ!
 パンを作ったり、パスタを作ったり、ラーメンを作ったり……。
 ラーメン……。

 ハッ、いかんいかん!!
 パンだ。パンを作るんだろうショート!

 この世界にはラーメンはない。
 パスタっぽいものはあるが。

 パンというのは手間暇がかかるので、この世界の住人にとってはなかなかのごちそうなのだ。
 発酵させないナンみたいなタイプのパンなら、すぐ作れるかな?

 何もかも、麦を育てて収穫してからだ。

「よし、やるか!」

「やりましょう」

「やろうぜ!」

 フックも途中で加わってきて、三人で声を掛け合う。
 そういう事になったのだった。
 ミーが産気づいたので、勇者村は騒ぎになった。
 よく考えたら、産婆さんをできる者などいないのである。

 悩む時間はない。
 助産師探しリアルタイムアタックだ。

「俺に任せろ」

「ショートがやるの!?」

「いや、困った時は神頼みだ。おーい、ユイーツ神」

 祈る真似をしたら、チャンネルが開いた。

『なんです?』

「ちょっと一人産気づいてるので助産師さんやって」

『別にいいですけど、その間はショートさんが神様の代わりやっててくださいよ』

「えっ、俺が!?」

『願いには代償が伴うんですよ。っていうかショートさん、私をユイーツ神に推薦した時、他の神様方から次の時代の最高神にするからって言われてましたよね? 満場一致で決まってたでしょ』

「うむ……地球に帰るつもりですっかり忘れてた」

『そうですねえ。これまでこっちの世界からあっちに帰った記録はゼロですからね。普通に一方通行ですからね。さあ、やるんですかやらないんですか』

「ミーの赤ちゃんのためだ。やろう」

 そういうことになったのだった。
 空間に扉が生まれ、そこから光り輝く男が出現する。

 カトリナがそれを見て「うわー!」と驚き、偶然通りかかったヒロイナとリタとピアが腰を抜かした。

「ひょええええ……。ショート……その人だれよう」

 ヒロイナがぶるぶる震えながら指差す。
 ここでユイーツ神だと言ってしまってはショックで失神するかも知れない。

「ユイーツ神のお使いの人だ」

「ひええええ! 天使様!」

『そんな感じです』

 ユイーツ神はフランクに頷いた。

「お産の手伝いをするために来てくれた。カトリナ、彼をミーのところに案内してくれ。神のパワーで安産させてくれるぞ。もと地方神だからな」

『作物の実りとか司ってました。任せて下さい』

 ユイーツ神は、グッと力こぶを作ってみせた。
 なかなかの盛り上がりである。
 肩にちっちゃいジープが乗っているかも知れない。

「うん、うん分かった! 天使さん、こっちだよ!」

 カトリナがユイーツ神の手を引っ張って走っていく。
 ヒロイナと侍祭の娘二人が、後を追った。

「ひええ~! 恐れ多い、恐れ多い」

 ヒロイナにも信仰心というやつがあったのだなあ。
 かくして俺は、ユイーツ神代行として仕事をすることになった。

 あいつが空間に開けた扉に入ると、玉座がある。
 フカフカで、肩こり防止なのか、腰掛けると背もたれの一部がうにうに動いてマッサージしてくれる。

『あっ、これはショート様!』

『次代の神ショート様!』

「次の世代はうちのトリマルじゃないの?」

『トリ……?』

 おっと、トリマルのことは認知されてないんだったな。
 そうだ。
 俺はあいつを立派な神様に育て上げ、次のユイーツ神にしてやればいい。

 そうしようそうしよう。
 腹の中で今後の予定を決めながら、上がってくる仕事を捌いていく。

 ここは神界というところで、言うなればこの惑星ワールディアの頭脳であり心臓部分に当たる。
 かつてここまで、魔王マドレノースは攻め込んできて、多くの神々を殺した。
 お陰でワールディアは機能不全になっていたのだ。

 今の神界は、俺が推挙した地方神をユイーツ神代行とし、生き残った他の地方神たちで合同運営されている。
 強力な神様はほとんどやられてしまったので、新しい神の育成が急務なのだ。

『あ、これはこれは鍛冶神様』

 神界の使いが、俺の腰の剣、エクスラグナロクカリバーに頭を下げる。
 剣が鷹揚に頷く感じで、ぶるぶるっと震えた。

 そうか。
 一応俺の剣が、唯一生き残った古い神ということになるのか。
 ほとんど剣になってて、自我はほぼ無いが。

「さてさて、神界のリソースはっと。うわー、少ないなあ」

『はあ。神々の多くがお隠れになられまして。こちらが供出できるリソースは以前の一割にも満たないのです。ただ、祈りはたくさん届けられておりますから、祈りをリソースにコンバートする作業で、神界はてんてこまいでして』

「よし、祈りをリソースにする仕事に、神界の人員半分裂こう。その上でやる気がありそうなのをスカウトして、教育してくれ。今は頭数が必要だ」

『はっ!』

「地上から上がってくる願いの成就は、この世界に対する影響度が高いものから処理していく。バンバン上げてくれ。俺一人でやれる」

『はいっ! あー、ショート様がこちらにいて下さったらなあ。ユイーツ神様はお神柄はいいのですが、お仕事が丁寧なぶんゆっくりで……世界に加護が行き渡らないのですよね』

「そこは仕方ない。多少、加護にムラがある方がむしろ神様っぽいだろ」

 そんな話を使いとしながら、作業に勤しんだ。
 数時間ほど、世界に加護をもたらす仕事をしていただろうか。

 空間に開いた扉から、ユイーツ神が帰ってきた。

『お疲れさまですショートさん。どうです、このまま神様やりません?』

「やだよー。俺には待っててくれる可愛い奥さんもいるのに……」

『それは残念です』

 俺は立ち上がり、扉をくぐった。
 向こうでは、目をキラキラさせたカトリナと、青くなってげっそりしたヒロイナ、そして何やらやる気に満ち満ちている侍祭候補の少女たちがいる。

『皆さんに実践しながら助産のやり方を教えました。特に、司祭ヒロイナは覚えがいいですね。真っ青になってますが。侍祭の娘たちはこれからでしょう』

「そうか! 何から何まで済まないな」

『それと、ショートさんが隠していた神様候補と会いましたよ。なるほど素晴らしい神気です。彼を育て上げくださることを期待しています』

「他の地方神に相談しなくていいの?」

『ショートさんが育てたって言えば、みんな両手を上げて賛成するでしょうね』

 つまり、俺がトリマルをどう育てても、神様になること確定か。
 責任重大ではないか。

 だが、今はそれよりも大事なことがある。

「ショート! 赤ちゃん可愛いの! 見に来て!」

「よしよし!! 俺も予習しに行くか……!!」

 カトリナと連れ立って、ミーの赤ちゃんを見に行くのだ。
 また特戦隊がやって来た。

「陛下が、約束を果たせとの仰せです。つまり、ハナメデル皇子殿下についての話ですが」

「なるほど、あいつを勇者村で教育するわけだな」

 俺は頷いた。
 王都からここまで、片道でも一週間近くある。
 なのに特戦隊がついたのは、俺とカトリナが王都を訪れてから十日後のことなので、あの後すぐにトラッピアは決断したらしい。

 そもそもこの世界、恋愛結婚なんかほぼ無いからな。
 俺とカトリナがとてもめずらしいパターンなのだ。

 大体は、家どうしのお見合いで決まる。
 個人幸福よりも、家や血筋を存続させることを重視するのだ。

「ほーら、赤ちゃん! べろべろばー」

「鳥さんですよー」

 フックとミー夫妻と、生まれたばかりの息子、ビン。
 彼を、リタとピアが構っている。

 ピアなど、トリマル奥さんズの一羽、トリミを抱っこして見せている。

 トリミ、じーっとビンを見る。
 鳥にも赤ちゃんということは分かるのか。
 ビンはまだほとんど目が開いてないので、無表情である。

 お地蔵さんのようだな。
 あれでおっぱいが欲しくなると、あばばーっと泣き出すのだ。

「どれくらい大きくなったら抱っこさせてもらえるかな」

 カトリナがそわそわしている!

「首があとちょっと据わってきたらじゃないか? まだまだ生まれたてだからなあ」

 おっと、赤ちゃんの話題ではなかった!
 フックとミーも、家が隣同士で、親が結婚させようと決めて結婚したんだそうだ。

 なのでこの世界だとむしろ、恋愛結婚は地に足の付いていない、放浪民などがするものだと思われているところがある。
 物語で描かれたりはしていて、みんな憧れはあるみたいなんだがな。

 基本、結婚は恋愛という不安定な感情に左右はされないことになっている。

 ということで。
 トラッピアが決心したなら、迎えに行かねばなるまい。

「カトリナ、ちょっとハナメデル皇子を迎えに行ってくる」

「前に話してた、皇子様がうちに泊まるってお話だよね? 行ってらっしゃい!」

「行ってきます」

 俺はフワリで浮かび上がり、バビュンで飛んだ。
 グンジツヨイ帝国はそこそこ遠いし、間には海まである。

 ということで、途中途中にシュンッで使えるような、セーブポイントを設置していった。
 これで、瞬間移動を連続してハナメデルを連れてこれるぞ。

 今回はマッハまで速度を出す……つもりだったが、ポイントポイントで降りたせいで、思ったよりも時間が掛かった。
 三時間くらいかな?

 向こうに、巨大な城塞都市が見えてくる。
 グンジツヨイ帝国である。

 そこの人々は、轟音と共に俺が飛来すると、誰もが空を見て気づいた。

 ウワーッ!!という大歓声が上がる。
 懐かしいなあ。ここの人々とともに、魔将軍師チュータッツと激闘を繰り広げたものだ。
 あの一ヶ月間の戦いは忘れない。

「ゆっ、勇者ショート!!」

 門の前に降り立ったら、門番が集まってきて敬礼した。
 みんな目をキラキラ輝かせて、頬を紅潮させている。

「ようこそおいでくださいました!! 勇者にこうして間近でお目にかかれるとは、光栄であります!!」

「おう! なんか上から見たら、あちこち再建されて来てるみたいじゃないの。頑張ってるなあ」

「はい! ありがとうございます!!」

「ちょ、ちょっと元帥閣下を呼んできます!!」

 一人が猛烈な勢いで走り去っていく。
 門の内側で、ピョルルーッと声が聞こえたので、軍事用ハシリトカゲにでも乗ったのかも知れない。

 軍事用ハシリトカゲは、ハシリトカゲを特殊な育成方法で人間が乗れるサイズまで育てたものだ。
 二本足で、凄まじい速度で走るぞ。

 馬に比べて乗りこなしにコツが必要で、安定感も低い。
 だが、圧倒的な速度と踏破性、そしてハシリトカゲ自体の戦闘力も相まって、戦場では大活躍するのだ。

 門番がお茶を入れてくれたので、その辺に座ってのんびりした。

「申し訳ありません……。軍の規律として、偉大なる勇者様でも無許可で国に入れることはできません」

「気にするな。分かってるからこうやって門の前に降りたんだ。町中に降りて俺が崇められたりしてたら、軍の顔が潰れちまうからな」

「なんというお気遣い……!! 感謝いたします」

 門番たちが感激している。
 うーむ、新鮮な反応だ。

 手前村の住人なんか、俺が行くと、なまはげが訪れた家の子どもみたいな反応するからな!
 俺、すっかり勇者ってのは恐怖を振りまくものだと思いかけてたぞ。

 しばらくすると、複数のハシリトカゲがやって来る気配がした。

「かいもーん!!」

 大声が響き渡り、「開門!」「開門!」と門のあちこちで復唱される。
 そして開いていく、巨大な門。

 門の中には、もの凄い数の正装の軍人たちと、そして背後にはもっとすごい数の民衆。
 先頭には、ずらりと揃った三人の旅団長と元帥。
 それから、ちょこんと傍らに立っている線の細い男。

「うおおおお!! ショート殿!! よくぞお越し下さいました!! ついに我が国に住んでくれることに!?」

 元帥が駆け寄ってくる。
 禿頭でカイゼル髭で、2mくらいあるガチムチのおっさんだ。
 俺と仲良しなおっさんの一人でもある。

「ああ、いや。今日はな。トラッピアの頼みでハナメデル皇子を迎えに来た」

「おお、なんと!! だから殿下が一緒にいらっしゃったのですな」

 元帥が振り返ると、隅っこにいた線の細い男が手を振ってきた。
 周りにお花のエフェクトが浮かびそうな、ほんわかした笑顔である。

 軍事の国に生まれたとは思えないほど、優しくふんわりした男……。
 それがハナメデル皇子なのだった。

 これで、軍略の才能は魔将軍師チュータッツにライバルと認められるほどなのだから、人間というのは分からないな。

「よく来てくれたねショート。僕は嬉しいよ。うん、とっても嬉しい」

 もじもじしながら言ってくるのだ。
 昔から俺、彼から並以上に好意を向けられてる気がするのだった。

 ハナメデルと一緒に皇帝に会う。
 本来、臣下がいる関係で、皇帝というのは他人に頭を下げられないものだ。
 軍事国家であるグンジツヨイ帝国ならなおさら。

 だが、その他人がグンジツヨイ帝国と共に戦い、帝国の危機を何度も救い、帝国の皇子と友誼を交わした勇者となると話は別だ。

「あっ、本当にショート殿!!」

 皇帝がびっくりして玉座から立ち上がった。
 俺がやってくるまで半信半疑だったらしい。

 外見は、たっぷりとしたヒゲを蓄えた、強そうな顔をした大柄なおっさんなのだが。
 若い頃はハナメデル皇子みたいに、蝶よ花よと育てられた可愛い系男子だったらしい。
 グンジツヨイ帝国の血筋は、成人してから大きいおっさんになる遺伝子でも含まれてるのかも知れない。

「ああ、俺だ。ハナメデルがハジメーノ王国に婿入りする予定なんだろ?」

「うむ。かの国の女傑、トラッピア女王は味方に取り込んでおくべきだと考えてな。何より、あれだけ頭のいい女性でなければ、ハナメデルとは釣り合うまい」

「なるほど、そういう人選だったか……。だが、トラッピア曰く、今の虚弱体質のハナメデルだと激務に耐えられないかもなので、うちで鍛えて欲しいとか」

「ほう、ショート殿が!? 世界を救った勇者直々に、我が息子を鍛えてくださるとはありがたい。ハナメデル、しっかりと体を鍛えてくるのだぞ……。ショート殿、お願いしますぞ」

「うむ」

 上座の皇帝が頭を下げ、下座の勇者が堂々と立っているという不思議な光景だ。
 だが、この国の人間はほぼ全員、俺が国を救ったことを知っている。
 誰もこの光景に疑問を抱かない。

 そういうことで、ハナメデル皇子を正式に、勇者村に連れて行くことになったのだった。

 皇子をお姫様抱っこしてフワリと舞い上がる。
 こいつは男だからお姫様抱っこしてもノーカンなのだ。
 あと、華奢だからこの方が持ちやすい。

「殿下ー! お達者でー!」

「強い男になってくだされー!!」

「トラッピア様によろしくー!」

 帝国の民が、わいわいと集まって手を振っている。
 民に慕われている皇子だ。

 ハナメデルは優しく微笑みながら、彼らに手を振った。

「がんばって、父上のようにマッチョになって来ます!」

「それはちょっと……」

 民衆、一斉に微妙な顔になる。
 皇子は皇帝の肉体に憧れてるんだな。だけどせっかくの、今の儚い系美男子が台無しになるのだ。
 難しい問題である。

 かくして、円満に皇子は旅立っていくのだ。
 彼を抱っこしながら瞬間移動を小刻みにやっていく。

「ところでさ、ハナメデルはトラッピアのこと好きなの?」

「うーん、どうだろう。僕はちょっと、恋愛とかはよく分からないな。でも、あの人は頭がいい人だし、人を陥れるのが大好きだし、行動はカッとなって過激なことをするけど、好ましく思ってるなあ」

 今、どこに好ましく思う要素あった?
 頭がいいところ?
 しかしなんというか、相変わらずふわっとした答え方をする男だ。

「僕はあの人の力になりたいって思ってるんだ。本当ならショートがあの人の隣にいるべきなんだけど……ショート、ああいうタイプ苦手でしょ」

「天敵だ」

「やっぱり。だから、僕の番が回ってきたんだ。それでも、僕は体が弱いからさ。トラッピア陛下にもお願いして、君に僕を鍛えてくれるよう伝えたんだよ」

「ハナメデル、お前だったのか」

 まさか自ら、勇者流ブートキャンプに志願していたとはな。
 死なないように回復させながら、肉体改造してやるしかない。

 行きは長かったが、帰りは一瞬だった。
 シュンッの移動を連続すると、本当に早い。
 ポイントをあちこちに設置してきてよかった。

 勇者村に帰ると、ヒロイナがぶうぶう言いながら畑を耕しているところだった。
 その横で、侍祭候補の娘二人も畑を耕している。

 麦畑の準備は順調だな。

「なんで! 司祭のあたしが! 畑仕事してんのよー!」

「おや、肥料を作るほうが良かったのですか。では今すぐ行きましょう」

 肥料を撒いていたクロロックが、いつもの無表情フェイスで告げると、ヒロイナは青くなった。

「けけけけけ、結構です! あー、畑仕事たのしいなー! がんばるぞー!」

「肥料くさいもんねえ」

「司祭様くさいの苦手だもんねえ」

「なぜ、皆は肥料を嫌うのでしょう。ワタシは悲しい」

 クロロックが別に悲しくもなさそうに呟いた。

「おーい、クロロック」

「おや、ショートさん。その腕の中の男性はどなたですか」

「あーっ! あたしですらお姫様抱っこされたこと無いのに、ハナメデル皇子が!! く、悔しいーっ!!」

 ヒロイナの叫びはスルーしようじゃないか。
 俺は皇子を下におろした。

 ハナメデルはクロロックに一礼する。

「僕はグンジツヨイ帝国のハナメデル皇子です。男としてショートに鍛え直してもらうために、勇者村に来ました。これからよろしくお願いします」

「なるほど、おおよそ理解しました」

 クロロックが頷く。

「では肥料をかき混ぜましょう」

「このカエルは必ずそこに話を持っていくんだ」

 俺がカエルの人の特徴について口にするが、クロロックは全く効いた様子もない。
 勇者村最強の心臓を持つカエルである。

 だが、ハナメデルは以外な反応を示した。

「肥料を自分たちで作るのかい!? 今までは業者から買い付けるだけだったから、原材料と作成方法は知っていても実感がなかったんだ。僕が、肥料を作ってもいいのかい……!?」

 するとクロロックは、パカッと口を開いた。
 しばらく動かなくなる。
 あ、いや、ちょっと手がふるふるしてるな。

 ありゃ、感動してるんだ。

「ブレインさん以外で初めて理解を得ました。ハナメデルさん。ワタシは必ずや、あなたを一流の肥料コーディネーターに育て上げましょう」

 そんなことは誰も頼んでないぞ!

「ああ、よろしく、クロロック!」

 カエルと皇子がガッチリと固い握手を交わす。
 そして二人で鼻歌交じりに、肥料をかき混ぜに行ってしまった。

 ハナメデル、帝国にいた時よりも生き生きしてないか?

「大変ですショートさん」

「どうしたどうした。あっ、クロロックが背負っているのはハナメデル皇子ではないか」

「倒れました」

「いきなり肥料づくりはハードルが高かったかあ」

 ということで、ハナメデルはこの間までヒロイナが泊まっていた部屋に寝かせた。
 ここは客間にしてあるのだ。

 ブルストからすると、部屋が少々窮屈らしく、ブレインも特に個室にこだわったりしないので、しばらくこちらはハナメデル専用としておく。
 臭いがついたらよろしくないので、皇子を脱がして風呂に入れ、頭を洗ってよく水気を拭き取り、寝間着に着替えさせてベッドに寝かせた。

「ショート、今凄い手慣れた動きで皇子様を寝かしつけたねえ」

 カトリナが目を丸くしている。

「うむ。グンジツヨイ帝国に加勢していたころ、ハナメデルはよく過労でぶっ倒れたからな。慣れている」

「いやあ……面目ない。肥料づくりは思った以上に体力勝負なんだねえ……」

 布団の中で、ハナメデルがか細い声を出す。

「うむ。お前の基礎体力の無さを侮っていた。終戦後、またちょっと弱くなったんじゃないか?」

「実は過労のツケで倒れてね。半年近く寝込んでいたんだ」

「なるほど。では肥料どころではないな」

「面目ない」

「いやいや。俺の仕事は、お前に体力をつけさせ、トラッピアに負けないように鍛え上げることだ」

 俺は鼻息を荒くした。
 俺の身を守るためにも、トラッピアの夫になろうという奇特な男を鍛えねばならぬ。

「だけど、この僕の体力で何ができるんだい?」

「なに、こういう小さい村というのは幾らでも仕事がある。負荷が少ないが、絶対に必要な仕事と言えば例えば……」





「げえええっ!? なんで教会の小間使いをグンジツヨイ帝国のハナメデル殿下がやるの!?」

 ヒロイナが目を見開いて、プラチナブロンドの美少女が上げてはならぬ叫びを漏らした。

「労働負荷が低いが、重要度が変わらない仕事ということで紹介したのだ。リタ、ピア、ハナメデルに仕事を教えてやってくれ」

「はいっ!」

「はぁい」

 気が強いリタと、おっとりしたピアで彼女たちらしい返事が上がった。

 教会の仕事と言うのは、主に掃除、水汲み、料理に洗濯……。
 まあ日常的な作業だ。

 だが、ヒロイナが壊滅的にそういう仕事ができないので、リタとピアの二人がかりで日常業務をバリバリこなしているのだった。

「それじゃあ、ハナメデルさん! お洗濯物を干して下さい!」

「やり方おしえますねえ」

 二人の少女が、皇子を連れて教会の裏口に行く。
 がんばれよ、ハナメデル!

 そして俺がフックと二人でバリバリ畑を耕し、麦の苗を植えて畑作を推し進め、昼飯を食ってからまた作業を再開し、そろそろ夕方近いから本日の仕事終わり! となった頃合い。

 さて、ハナメデルはまた倒れてはいないだろうか?
 俺は心配になって見に行った。

 すると、彼がせっせと洗濯物を取り込んでいるところだった。

「おお、無事だったかハナメデル!」

「ショート! どうにかこれくらいはね。二人がとっても働き者なんだ。僕も負けてはいられないよ。ただ、僕が頑張ろうとすると二人が止めてきてね」

「大変だったの!」

「体が弱いんでしょ? 無理しちゃだめだよねえ」

「リタ、ピア、ナイスだ!」

 俺は二人を褒め称えた。
 気遣いのできる子たちだ。
 さすがはあのヒロイナの世話を任されているだけのことはある。

 連れてきたばかりの頃は、まだ子供っぽいところが見られた。
 しかし、彼女たちは自分たちよりも危なっかしく、放置すると無限に堕落しているヒロイナを見て決意したのだろう。
 自分たちがこの司祭を世話しなければならないと。

 偉い。

「今度王都まで行ってお菓子を買ってきてやる……!!」

「ほんとう!?」

「やったあ!」

 飛び上がるリタとピア。
 こういうところはまだ子どもだな。

「ほんと!? やったわ!!」

 お前もか、ヒロイナ!
 こいつはこいつで、魔力を使って教会そのものがもつ神聖力とでも言うべきものを高めていっている。

 司祭が日々祈りを捧げることで、その祈りの力を教会が貯めていくのだ。
 これによって教会は、神聖魔法を使うための電池みたいな働きをするようになる。

 この教会は特に、勇者パーティに加わった司祭ヒロイナの祈りが詰まっているので、復活の神聖魔法すら使える様になるかも知れないな。
 こんな小さな村の教会が……。

 願わくば、そんな魔法は使わずに済ませられるようになりたいな。
 ちなみに俺は単体で、確定で人を復活させられる復活魔法ヨミガエール(俺命名)を使えるぞ。
 だが、死んだ人間を蘇らせると必ずどこかに障害が残るからな。おすすめはしない。

「よし、帰るぞハナメデル。お前ができそうな労働をピックアップしていく。そして体力の付き方に応じて、徐々に労働の強度を上げていくんだ」

「分かったよ、ショート。それじゃあね、リタ、ピア。今日はありがとう」

「皇子様またねー!」

「いつでも手伝いに来てねえ」

 すっかり二人と仲良しになってしまったな。
 皇子に惚れるなよ……?
 この男、美形で能力があって人格者という、体力以外は完璧超人だからな?

 その辺りも考えねばならんな……。
 考え事をしながら家に帰ると、カトリナが出迎えてくれた。

「お帰りなさいショート! 皇子様! お父さん!」

「えっ、いつの間にブルストが!?」

「俺は常に教会の仕上げ作業をしてるからな。ショートが来たからついでに戻ってきたんだぞ」

「これはすまん、気付かなかった……!!」

「がはははは、いいってことよ!」

「ショートは何か考え事をしてたみたいだ。何を考えていたんだい?」

「いやな、ハナメデルはめちゃくちゃモテるだろ? リタとピアがお前に惚れないかなって心配でな……。絶対悲恋になるやつじゃん」

「そうなのかい? 僕はそこまで女性に好かれるとは思えないなあ」

「だな。ショート、お前、自分を基準にし過ぎだぞ。この皇子様お前と並び立って魔王軍と戦った軍師なんだろ? そんな次元が違う奴、恋愛対象として見れねえだろ」

 それはブルスト、間接的に俺を褒めてないか?
 褒めても何も出ないぞ……。

「あっ、ショートがニヤニヤしてる! もう! みんな、お料理冷めちゃうから早く入って! お夕食にしよう!」

 ということで、今日の仕事は終わっていくのである。


 ビンの目が開いたらしい。
 それ以外は、いつも同じ赤ちゃんぶりで、ミーのおっぱいをたくさん飲むのだとか。

「ショートさん、あいつは大物になりますよ」

「ほう、大物になるか」

「そうですよ。一日五回もおっぱい飲むんですよ」

「食事回数多いなあ」

「あとはほとんど寝てます」

「食って寝てるのか。そりゃあ大きくなりそうだ」

 おしめを替えて欲しい時と、お腹がへった時以外泣かないらしく、夜泣きも無いらしい。
 夜に泣いたら、お腹がへったかおしめを替えて欲しいかのどっちかだ。

「最近、トリマルの奥さんたちがビンを見に来るんですよね。ひよこも孵ったじゃないですか」

「ああ、そうだなあ。すごい数のひよこだ」

 俺たちは畑仕事を終え、昼休憩に入っているのだが、目の前をトリマル一家が歩いていく。
 彼らは畑に降りると、雑草を食べて帰っていくのだ。
 時々、麦の苗を食いそうになると、トリマルがホロホロ鳴いて指導している。

 英才教育だ。

 トリマルの奥さんたちは、完全に旦那にベタぼれな目でトリマルを見ている。
 うーむ、雄として優秀。

 トリマルの驚くべき成長ぶりに、俺は唸った。
 この唸りを、フックが何か変な方向に勘違いしたらしい。

「そうだ! うちのビン見に来ませんか! このあいだ司祭様にも見せたんですけど」

「ヒロイナのところにも通ってるのか」

「はい! なんか謎の助産師さんが助けてくれて、お礼はユイーツ神にしろって言ってたんで。そしたら司祭様が俺らの言葉遣いが雑だって、色々教えてくれるんですよね」

 そんなことになっていたのか。
 俺が知らんところで、村の人間関係ができていっているなあ。
 これは面白い。

「よし、参考になるかも知れないのでおたくのビンちゃんを見に行くぞ」

「やった! じゃあすぐ行きましょう!」

 俺たちは弁当を素早く腹に入れると、その足で赤ちゃんを見に行くのだった。




「ね、目が開いてるでしょ」

「開いてるなあ。なんかじーっと俺を見てる」

「ショートさんが珍しいんでしょう」

「あぶーばー」

「何か言ってるぞ」

「赤ちゃんですからね。ほーら、ビン、パパだぞー」

 ミーからビンを受け取り、フックが顔をすりすりしている。
 ヒゲがちくちくしたのか、ビンが嫌がった。

「あばうばー」

「あー、もう、ほら! パパが抱っこするとすぐすりすりするんだから! ちゃんとヒゲ剃りなさい!」

 ミーに怒られ、ビンも取り上げられてしゅんとするフック。
 まあ、新米パパがはしゃいじゃう気持ちも分かるな。

「よーし、俺も抱っこさせてもらっていいか」

「はい、ショートさん」

 なんか気軽に手渡してきた。
 うーむ、ぬくぬくしているな、赤ちゃんというやつは。
 天然の湯たんぽみたいだ。

 そして相変わらず、俺を瞬きもせずにガン見してくる。

「なんだ、俺の顔に何かついてるか」

「ぶぶぶぶー」

「なるほど分からん」

 生まれてまだちょっとしか経ってないからな……。

「ビンはね、夜になると目を開けてたんです」

「なんだと」

「生まれたときから目は見えてるみたいです。でも、昼は眩しいから目を閉じてたみたい」

「そうだったのか……」

 赤ちゃんが開眼したのではなく、明るさに慣れただけだったか。
 その後、ビンを連れてカトリナの手伝いに行くというので、俺とフックの男衆もつていくことにした。

「まあ! なーに。ショートとフックさんもついてきて! 畑のお仕事は終わったの?」

「大体苗は植え終えてな。しばらくは様子見だ」

「そうなんだ?」

 ごく自然な手付きで、ミーからビンを受け取るカトリナ。
 そして布を畳んで、あっという間に赤ちゃん用のおくるみを作ってしまった。
 そこから、ビンを抱っこ状態のまま、ヒモでくくりつける。

「あぶー」

 ビンはカトリナに抱っこされると、すぐに寝てしまった。
 おお、赤ちゃんを安心させる圧倒的安心力。

「みんなのぶんのご飯を仕込まないとだからね。私はほら、パワーがあるから、ビンちゃん抱っこしたままで大丈夫。ミーには縫い物とかしてもらってるの」

「気分転換になってて助かるのよ。カトリナさん、ビンをあやすの上手いし……んーっ! のびのび仕事ができるー!」

 うちの女衆も、役割分担しているのだなあ。
 俺とフックで並んで、うんうんと頷きながらこの光景を見る。
 すると、カトリナがくるりと振り返り。

「ほらほら! 中にいたら邪魔でしょ。外でお仕事! ショートなら幾らでもやることあるでしょ!」

「へーい」

 追い出されてしまった。

「なるほどー」

 フックが俺を見てニヤニヤしている。

「なんだよ、どうしたんだよフック」

「いやあ、仲良さそうだなって思って。俺もミーと仲良しなんですけど、あいつがいっつも機嫌いいの、カトリナさんがああやって手伝ってくれてたんだなって。ショートさん、いい嫁さんもらいましたね」

「だろ?」

 俺もニヤニヤした。

「二人とも、外でぺちゃくちゃしなーい!」

「へーい!」

 ということで、家から離れるように言われてしまった。
 それもそうだ。
 幾らでもやることはあるのだった。

 サボテンガーから油を取らなくちゃいけないし、綿花の手入れもあるし……。

「手が空いていますか」

「クロロック! お前が来たということは」

「現状は私一人なので、お二人の手を借りたいのです」

「よし、肥料やるか! フックも来い」

「うっす!」

 かくして日が暮れるまで、男三人で肥溜めをかき混ぜるのだった。

 秋になった。
 と言っても、南国であるこの勇者村に四季みたいなのはあんまりない。

 四季っていうか二季だな。
 乾季と雨季がある。
 もうすぐ雨季が来る。

 うちで育ててる麦は変わっていて、乾季のうちに実をつける。
 ブレインいわく、

「この麦は魔法的な力を持っていて、種籾のうちに雨季の水をどこかに溜め込んでしまうようです。そして、その水を使いながら乾季に育つ。この時期にはライバルとなる植物が少ないですから、土の養分を独り占めできるのでしょう」

 なんだそうだ。
 植物も生存競争は激しいな。

 実はあまり多くない麦だが、その代わり乾季に収穫できるのでありがたい。

 教会の建造も完全に終わり、今日は村人総出で麦刈りだ。

「うんとこしょ、どっこいしょ」

 カトリナが堂に入った動作で刈り取っていく。
 前の住まいでは、麦畑の手伝いなどをしてお駄賃をもらっていたんだそうだ。

「一年後に勇者様の奥さんになって、自分の畑の収穫をしてるなんて思ってもいなかったよ」

「だろうなあー。俺もまさか、魔王を倒してから畑作やるとは思ってなかった」

 肩を並べて、二人でわっせわっせと麦を刈り取る。
 散々世話した上に、クロロック入魂の最上級の肥料を使ったので、とんでもない豊作だ。

 害虫の類は、トリマル一家が片付けてくれたもんな。
 ひよこもみんなホロホロ鳥になり、毎日がホロホロと賑やかである。

「ホロホロ―」

「あぶばー」

「ほろほろー」

「きゃあー」

 ホロホロ鳥に混じって、ビンが猛烈な勢いでハイハイをしている。
 一日五回おっぱいを飲んで暮らした赤ちゃんは、実に強靭に育った。
 これを嬉しそうに見つめるフックとミーは、ここに来て半年ですっかり父親と母親の顔になった。

 俺もああなっていきたいものである。

「赤ちゃん欲しいねえー」

「欲しいなあー。だが焦る必要は無い気もする。カトリナはまだ若いしな」

「そうだけどねえー。欲しいものは欲しいの」

 そうかそうか。
 では今夜も頑張るか……!

 二人でそういうアイコンタクトをしていたらば、手前村に通じる道の辺りが騒がしくなった。
 馬のいななきが聞こえる。
 馬車が来るとは珍しい。

 しかも、やって来たのは豪華な馬車だった。

「ショート!」

 降りてきた人物を見て、俺は目を剥く。

「トラッピア! 女王がこんなとこ来てていいのか」

「たまの休暇よ!! で、どう? ハナメデルは鍛えられてる? うちに婿に来たはずのハナメデルが、半年も姿が見えないからって、外国の新聞があることないこと書いてるのよね」

「なんだ、まだあの新聞は出てるのか。出してるところ分かったのか?」

「ええ。ポリッコーレ共和国の人民新聞社よ」

「ははあ、名前からしてろくでもなさそうだ」

「また戦争を煽ってるみたいね。ハジメーノ王国を諸悪の根源とか言って。でも、ショートのお陰で王国だけで、油を生産できるようになったから困ってないわ」

「うむ。経済制裁できないとなると、軍事で叩くしかなくなるからな。だが軍事は俺が叩き潰す。それでも、外国でちくちく悪口を言ってくるのはよろしくないな。ちょっとその新聞社を潰してこよう」

「世話をかけるわねえ」

「女王が直々に来たってことは、それを依頼しに来たんだろ。流石に一国の長の顔を潰すほど俺もバカではない。カトリナ、昼飯までには戻るー」

「はーい」

 ということで、俺はフワリで浮かび上がり、バビュンで飛んだ。
 海上に出たところで、最高速になる。
 速度的には、地球なら五時間で一周する程度である。

 あっというまにポリッコーレに到着した。
 人民新聞社とやらに、正面から突撃する。

「新聞を発行するのはいいが、ハジメーノ王国のことをあれこれ想像で書くのやめなさい」

「な、なんだお前は!!」

 記者たちが俺を見て驚愕する。

「勇者ショートだ。ハジメーノ王国には俺が住んでいるので、それの邪魔をするようなことはやめなさい」

「い、いや、それはできない!! 俺たちの記事は正義のために書かれてるんだ」

「そうだ! ハジメーノ王国こそ諸悪の根源! あれを叩かなければ正義はない!」

「そうだそうだ! さらに、グンジツヨイ帝国とも結びついたらしいじゃないか!」

「魔王がいない時代に軍事力なんて不要だ! 連合国でグンジツヨイ帝国も屈服させるべきだ!」

「そうだ! 世論もそう言っている!」

 俺は彼らの言葉を一通り聞いた後で、うんうん頷いた。

「言いたいことはそれだけか。では話を聞かなそうなので、お前たち全員を洗脳する」

「エッッッッッ」

 記者たちが揃って目を剥く。

「ゆ、勇者ショートがどうしてそんな暴虐を!!」

「ハジメーノ王国に毒されてしまったのか!」

「聞いたことがある! たしか勇者ショートに取り入ってオーガの女が妻に」

「エターナルナイトメア!!! 貴様はこれから五十年悪夢の中だ!」

「ウグワーッ!!」

 カトリナに対して大変シツレイなことを言うやつがいたので、ちょびっとお仕置きしておいた。

「ちっ、力で我々を黙らせようなんて、横暴だ!」

「そうだそうだ! 勇者がたとえ敵に回っても、我々は神に誓って正義を貫く……」

「その神は、俺が任命した神様で、しかも元々の神は全滅してて、唯一残った前時代の神は俺の剣になっている……」

「!?」

 記者たちが揃って目を剥く。

「な、何を……」

「お前たちはどうやら真実が知りたいようだ。では、真実を教えてやろう……。情報転送魔法、コピッペー(俺命名)!!」

「ウグワーッ!!」

「そ、そんな! 神はもうみんな殺されている!?」

「ヒギィ! 魔王はあれで終わりではなくて、世界の外から無限にやって来る!!」

「ギエエーッ! わ、我々のしていたことが世界にとって無意味!! 無価値!!」

 全ての真実を流し込んでみた。
 全員真っ白に燃え尽きたので、ここで優しい俺はそっと彼らに洗脳魔法を掛けてやったのである。

「これからお前らは、どこどこの赤ちゃんが生まれました、とか、どこの村おこしがされてます、とか、とっておきグルメニュースだけを書いて暮らしていくのだ……!! わははははは!! 二度とゴシップ記事など書けんぞ!! あっ、やべえ、昼飯の時間だ。じゃあな」

 俺はシュンッで消えた。
 昼飯には間に合ったのである。

「どうだった、ショート?」

「とりあえずオハナシして来た」

 俺の簡易な説明に、トラッピアは満足げに頷くのだった。

「せっかく魔王を倒して、世界でだんだん失ってた体力みたいなのを回復させようって時にな。わざわざ悪者見つけて叩いて、世界的な戦争なんざ起こさせようとするのはアホの所業だ。もうちょっと世界に体力が戻ったらやればいいんだ」

 昼飯が終わって俺が奮然と言ったので、ハナメデル皇子が目をぱちくりとさせた。

「ああ、昼食前にショートが行ってきたっていう、新聞退治だね? そうだね、実際には戦わない人間が戦う人間を焚きつけるんだよね。帝国では、そういうものは全て排除して、国家直轄にしたよ」

「行動が早い」

「ハジメーノ王国でも、今は情報に制限を掛けているわね。中途半端で断片的な情報なんか毒にしかならないものね」

「確かになあ。ただ、俺が知る限りの真実を転送したら奴らはとても悶え苦しんでたなあ」

 俺がうんうん頷く。
 俺とトラッピアとハナメデルの三人で、政治的な話をしているので、カトリナが口をもごもごさせながら入ってこれないでいる。

「はい、難しい話は終わりです……! おおーカトリナ、マイハニー。なんだい」

「ショートにお疲れ様って言いたかったの。お疲れ様、ショート!」

「ありがとう!! うーん、やっぱりカトリナは最高だな……」

「うふふ、うふふふふ」

 俺と彼女のやり取りを見て、トラッピアがげんなりした。

「ほんっと目の毒だわ……。それでハナメデル殿下。どうなの?」

 どう、とは、ハナメデル皇子の仕上がり具合について聞かれているのだ。
 皇子はにこやかな笑顔を見せた。
 彼の肌は、驚くべきことに小麦色に焼けている。

 つまり、外での作業を継続的にできるくらい体力がついたのだ。

「僕はね、一人でも肥溜めをかき混ぜられるようになったんだ」

「な、なんですって!?」

 トラッピアがめちゃくちゃ驚いた。
 こいつがここまで驚くのは初めて見た気がする。
 ……いや、よく見るな。

「あの病弱だったハナメデルが、肥溜めを……?」

「見に来てみるかい? とは言っても、乾季の終わりだからもうカチコチになってるけど」

「へえ、見せてもらおうじゃない」

「肥溜めを見に行くのですね。ワタシも行きましょう」

「クロロック!」

 ということでクロロックもやって来た。
 そもそも、肥溜め、肥料と言えばクロロックなのだ。
 この男抜きにして肥溜めは語れない。

 さまざまな素材を放り込み、ゆっくりと発酵させていた肥溜めからは、もう臭いが漂ってこない。
 雨季の間に、少しずつ畑に撒いて土を作っていくのだそうだ。

 そして半分は、苗などを植えてから足していく。
 その間に、新しい肥溜めを作り、そこで肥料をじっくり育てていくと。

「南国では、一年中が肥料を作る期間です。素晴らしい実りが期待できるでしょう。全て我々の活躍に掛かっているのです」

「とってもやりがいがあるんだ!」

 ハナメデルが誇らしげに胸を張る。
 彼は手にした棒で、カチカチの肥溜めの表面を叩いた。
 パリッと割れると、よく発酵した中身が見える。

 これを柄杓で掬うのだ。

「うん、よく仕上がってる。見てみてよ」

「近づけないで!?」

 すごい勢いで跳び下がったトラッピア。
 機敏だ。

「でも、ハナメデルが見違えるほど健康になったのは分かったわ。これならわたしの職務をサポートできるでしょうね」

「ということは、僕を迎えに……?」

「ええ」

 トラッピアが手を差し出し、ハナメデルがその手を取る。

 美男美女が演じるこの光景は、実に絵になる。
 場所が肥溜めの前でなければ。

「肥溜めが繋いだ絆ですね」

「違うわよ!?」

 クロロックの言葉を、むきになって否定するトラッピアなのだった。



 短い期間だったが、ハナメデルが旅立つことになった。
 彼はこれから、ハジメーノ王国の王配となり、トラッピアの仕事を補佐していくことになる。
 女王、王配ともに優秀だからな。これからのハジメーノ王国は強くなる。

「誰かさんが素直にわたしの横にいてくれれば、回り道をしないで済んだのだけど」

「もう政治とかに関わるの嫌なのでな。今回みたいに力で解決するほうが楽でいい……」

 俺のバーバリアン思考に、ハナメデルが笑った。

「ショートらしい。じゃあ、皆さんお世話になりました。今度、王都にも遊びに来て下さい。歓迎します」

「おう! 良い若者だなあ」

 ブルストが感心している。
 今度、ブルストを連れて王都に行くのもいいな。
 このおっさんは勇者村に籠もって働き詰めだからな。

「あーん皇子様かえっちゃう」

「またねえー」

 リタとピアが、去りゆく馬車に向かってぶんぶんと手をふる。
 すっかりハナメデルに懐いたな。
 あの皇子、見た目も中身もイケメンだからな。

 後ろで、ヒロイナが大変に難しい顔をしていた。

「正直、殿下がうちの洗濯物を畳んでるのを見た時はどうしようかと思ったけど……いなくなるといなくなったで寂しいのよねえ……」

「ヒロイナはいい加減、家事を覚えるべきではないか」

「失礼ね! あたしだって洗濯がちょっとできるようになったんだから!」

「そうそう、司祭様ちょっぴりずつやれるようになってるよね!」

「まだ力入れすぎて服を破いちゃうけどねえ」

 ああ、それでヒロイナの今の服、肩のあたりに継ぎ接ぎを当ててるのか。
 だが、ちょっとずつ成長しているようで何より。

「よーし、それじゃあみんな、雨季の準備に入ろう。雨が凄いらしいからな! あと、虫が出るぞ! 虫対策もする!」

 俺の宣言に、おーっと村のみんなが応える。
 新たな季節の到来に、また忙しくなってくるのだ。
 我が勇者村にまた変な事件が起きた。
 というか、既に起こっていたと言うべきか。

 俺が呼んだユイーツ神によって取り上げられた赤ちゃん、ビン。
 こいつ、どうもそのあまりにも特殊な生まれから、聖なるパワーを宿してるっぽいのだ。

 証拠の一つは、ビンがハイハイする時。
 土がむき出しの地面の上でも、平気でハイハイするビンだが、砂利なんかが痛くて普通の赤ちゃんならできない。
 だが、ビンがハイハイすると、砂利が自ら道を開け……地面が平らにならされるのだ……。

「普通に奇跡を起こしてるなこの赤ちゃんは」

「あーばーうー」

 ビンが俺とカトリナがいるところまでやって来て、抱っこをせがんできた。

「はいはい。ビンちゃん、抱っこするたびに重くなるねえー。ぷくぷくしてかわいいー」

 カトリナが、ぶちゅーっとビンのふっくらほっぺにキスをする。
 すると、ビンがキャーッと甲高く叫んで、上機嫌で手をバタバタさせた。

 赤ちゃんのうちから可愛い女子にキスされる喜びを知っているとは……。
 末恐ろしい……! カトリナは俺のだぞ。

 俺が赤ちゃん相手に対抗意識を燃やしていると、フックとミー夫妻がやって来た。
 今は朝なので、仕事前。
 集まって朝飯を食うところなのだ。

「またビンがカトリナに抱っこしてもらってるなあ」

「ごめんねカトリナ。その子、おっぱいが大きい女の人が好きだから……」

「なるほど」

 俺は納得した。
 カトリナは勇者村一立派なものをお持ちである。
 オーガという種族上、男はむきむきに、女はむっちりとしやすいらしいが、それが顕著に出てるのだろうな。

「いいんだよー。ビンは可愛いし。ねえ、ビン」

「ばーうー」

 この赤ちゃんめっ、カトリナの胸に顔を埋めるだと……!?
 俺が衝撃にわななわ震えていると、ヒロイナとリタとピアもやって来た。

 クロロックは既にやって来ているので、これでほぼ勇者村の全員が集まったことになる。

 俺、カトリナ、ブルスト、クロロック、フック、ミー、ビン、ブレイン、ヒロイナ、リタ、ピア。
 この十一人が勇者村の人族メンバーだ。
 これに加えて、ホロホロ鳥軍団が二十羽くらいいる。

 今回はそれも朝食の議題に上ることになる。
 全員が集まる朝食は久々で、これはつまり、村で話し合う議題があると言う意味でもあるのだ。
 この村で一番大きいスペースは教会だが、その次に大きいのはうちの居間なので、ここが実質集会所みたいになっている。

 カトリナの蒸した芋が並べられ、昨日の作りおきのシチューが、グツグツと煮立つまで火を入れられて出される。
 うむ、高温で殺菌もバッチリだな。

 ヒロイナが音頭を取り、みんなで祈りを捧げてから食うことにする。
 近況の報告などしあい、談笑しながら食事は進んでいく。

 みんながほぼほぼ食べ終わった辺りで、本題だ。
 ピアがまだ、お代わりした芋と格闘しているが。

「集まってもらったのは他でもない。うちで飼ってるホロホロ鳥だが……トリマルと話し合いながら、いよいよ肉にしていこうと思う」

 ざわっとざわめく一同。
 いや、主にざわめいたのは、カトリナとヒロイナとリタとピアだ。

「や……ちゃっちゃうの、ショート」

「ひいいい、愛着の湧いた鳥を食卓に!?」

「かわいそう……!」

「かわいそ……でも美味しそう」

 ピアは食欲に意識を持っていかれたな。
 ブルストは屠畜して肉にするのは慣れてるようだし、フックとミーもそうだ。

 クロロックはそういうところはデジタルに対応できそうだし、ブレインに至ってはこいつは絶対家畜を解体して肉にしたことがある顔をしてる。

「ばーう!」

 食事の間中、ずっとカトリナの膝の上にいたビンが無邪気な声を上げる。

「あぶぶぶぶぶ!」

 むむっ、カトリナの胸をぺたぺたし始めたぞ!

「あ、お腹へったみたい」

 ミーが立ち上がって、ビンを受け取った。
 ビンのご飯タイムである。
 もうすぐ離乳食が始まるのではないだろうか。

「みんな聞いてくれ。この話をしたのは理由がある。このままで行くと、ホロホロ鳥はとても増える。うちには外敵がいないからそうなるんだ。だが、そんなたくさんのホロホロ鳥を養う余裕は村にはない。それに、ホロホロ鳥を村に迎えた理由は、卵と肉を得るためなのだ」

「ああ、ショートのいう通りだ。俺らはみんな、ホロホロ鳥の料理を食ったことがあるだろう? あれだって誰かが飼ってた鳥だ。そいつを肉にして、みんなで頂いてたってわけだ。そういうもんなんだよ」

 ブルストが人族とホロホロ鳥の関係を説明する。
 昔は野生の鳥だったホロホロ鳥は、人族と共存することで大いに栄えるようになった。

 世界中のどこにでもホロホロ鳥はいて、人族が育て、増やしてくれる。
 人間、オーガ、ドワーフ、ウルフェン、ラミア……エルフ以外のどの人族も、ホロホロ鳥を飼っているな。

 ホロホロ鳥は種を繁栄させる助けとして、人の手を使った。
 その代わり、彼らは人族に肉と卵を提供する事になったわけだ。

 既に今回の話は、ホロホロ鳥代表であるトリマルとも話がついている。
 俺たちは勇者村ホロホロ鳥の繁栄を約束し、代価として肉と卵を受け取るのだ。

 こういうのは不意打ちでやるとトラウマになるそうだから、きちんと告知して行うのだ。
 ホロホロ鳥への敬意を示すために、村としての行事にした方がいいな。

「祭りにしよう。勇者村のホロホロ祭りを開催する! そこで、肉になったホロホロ鳥をみんなで美味しくいただくのだ!」

 俺は宣言した。
 謝肉祭ならぬ、迎肉祭の開催である。

「そっか。うん、そうだよね。私もホロホロ鳥のお肉大好きだもん。だったら、あの子たちに感謝して食べないとね……!」

「うっ、あたしはしばらくホロホロ鳥ダメだわ……!」

「わ、私、頑張って食べます!」

「うち、お肉になるところ見てみたい」

 ピアが強い。
 全てを食欲が凌駕してくるような娘だな。

 そんなわけで、勇者村迎肉祭、ホロホロ祭りが始まるのだった。