ハナメデルと一緒に皇帝に会う。
 本来、臣下がいる関係で、皇帝というのは他人に頭を下げられないものだ。
 軍事国家であるグンジツヨイ帝国ならなおさら。

 だが、その他人がグンジツヨイ帝国と共に戦い、帝国の危機を何度も救い、帝国の皇子と友誼を交わした勇者となると話は別だ。

「あっ、本当にショート殿!!」

 皇帝がびっくりして玉座から立ち上がった。
 俺がやってくるまで半信半疑だったらしい。

 外見は、たっぷりとしたヒゲを蓄えた、強そうな顔をした大柄なおっさんなのだが。
 若い頃はハナメデル皇子みたいに、蝶よ花よと育てられた可愛い系男子だったらしい。
 グンジツヨイ帝国の血筋は、成人してから大きいおっさんになる遺伝子でも含まれてるのかも知れない。

「ああ、俺だ。ハナメデルがハジメーノ王国に婿入りする予定なんだろ?」

「うむ。かの国の女傑、トラッピア女王は味方に取り込んでおくべきだと考えてな。何より、あれだけ頭のいい女性でなければ、ハナメデルとは釣り合うまい」

「なるほど、そういう人選だったか……。だが、トラッピア曰く、今の虚弱体質のハナメデルだと激務に耐えられないかもなので、うちで鍛えて欲しいとか」

「ほう、ショート殿が!? 世界を救った勇者直々に、我が息子を鍛えてくださるとはありがたい。ハナメデル、しっかりと体を鍛えてくるのだぞ……。ショート殿、お願いしますぞ」

「うむ」

 上座の皇帝が頭を下げ、下座の勇者が堂々と立っているという不思議な光景だ。
 だが、この国の人間はほぼ全員、俺が国を救ったことを知っている。
 誰もこの光景に疑問を抱かない。

 そういうことで、ハナメデル皇子を正式に、勇者村に連れて行くことになったのだった。

 皇子をお姫様抱っこしてフワリと舞い上がる。
 こいつは男だからお姫様抱っこしてもノーカンなのだ。
 あと、華奢だからこの方が持ちやすい。

「殿下ー! お達者でー!」

「強い男になってくだされー!!」

「トラッピア様によろしくー!」

 帝国の民が、わいわいと集まって手を振っている。
 民に慕われている皇子だ。

 ハナメデルは優しく微笑みながら、彼らに手を振った。

「がんばって、父上のようにマッチョになって来ます!」

「それはちょっと……」

 民衆、一斉に微妙な顔になる。
 皇子は皇帝の肉体に憧れてるんだな。だけどせっかくの、今の儚い系美男子が台無しになるのだ。
 難しい問題である。

 かくして、円満に皇子は旅立っていくのだ。
 彼を抱っこしながら瞬間移動を小刻みにやっていく。

「ところでさ、ハナメデルはトラッピアのこと好きなの?」

「うーん、どうだろう。僕はちょっと、恋愛とかはよく分からないな。でも、あの人は頭がいい人だし、人を陥れるのが大好きだし、行動はカッとなって過激なことをするけど、好ましく思ってるなあ」

 今、どこに好ましく思う要素あった?
 頭がいいところ?
 しかしなんというか、相変わらずふわっとした答え方をする男だ。

「僕はあの人の力になりたいって思ってるんだ。本当ならショートがあの人の隣にいるべきなんだけど……ショート、ああいうタイプ苦手でしょ」

「天敵だ」

「やっぱり。だから、僕の番が回ってきたんだ。それでも、僕は体が弱いからさ。トラッピア陛下にもお願いして、君に僕を鍛えてくれるよう伝えたんだよ」

「ハナメデル、お前だったのか」

 まさか自ら、勇者流ブートキャンプに志願していたとはな。
 死なないように回復させながら、肉体改造してやるしかない。

 行きは長かったが、帰りは一瞬だった。
 シュンッの移動を連続すると、本当に早い。
 ポイントをあちこちに設置してきてよかった。

 勇者村に帰ると、ヒロイナがぶうぶう言いながら畑を耕しているところだった。
 その横で、侍祭候補の娘二人も畑を耕している。

 麦畑の準備は順調だな。

「なんで! 司祭のあたしが! 畑仕事してんのよー!」

「おや、肥料を作るほうが良かったのですか。では今すぐ行きましょう」

 肥料を撒いていたクロロックが、いつもの無表情フェイスで告げると、ヒロイナは青くなった。

「けけけけけ、結構です! あー、畑仕事たのしいなー! がんばるぞー!」

「肥料くさいもんねえ」

「司祭様くさいの苦手だもんねえ」

「なぜ、皆は肥料を嫌うのでしょう。ワタシは悲しい」

 クロロックが別に悲しくもなさそうに呟いた。

「おーい、クロロック」

「おや、ショートさん。その腕の中の男性はどなたですか」

「あーっ! あたしですらお姫様抱っこされたこと無いのに、ハナメデル皇子が!! く、悔しいーっ!!」

 ヒロイナの叫びはスルーしようじゃないか。
 俺は皇子を下におろした。

 ハナメデルはクロロックに一礼する。

「僕はグンジツヨイ帝国のハナメデル皇子です。男としてショートに鍛え直してもらうために、勇者村に来ました。これからよろしくお願いします」

「なるほど、おおよそ理解しました」

 クロロックが頷く。

「では肥料をかき混ぜましょう」

「このカエルは必ずそこに話を持っていくんだ」

 俺がカエルの人の特徴について口にするが、クロロックは全く効いた様子もない。
 勇者村最強の心臓を持つカエルである。

 だが、ハナメデルは以外な反応を示した。

「肥料を自分たちで作るのかい!? 今までは業者から買い付けるだけだったから、原材料と作成方法は知っていても実感がなかったんだ。僕が、肥料を作ってもいいのかい……!?」

 するとクロロックは、パカッと口を開いた。
 しばらく動かなくなる。
 あ、いや、ちょっと手がふるふるしてるな。

 ありゃ、感動してるんだ。

「ブレインさん以外で初めて理解を得ました。ハナメデルさん。ワタシは必ずや、あなたを一流の肥料コーディネーターに育て上げましょう」

 そんなことは誰も頼んでないぞ!

「ああ、よろしく、クロロック!」

 カエルと皇子がガッチリと固い握手を交わす。
 そして二人で鼻歌交じりに、肥料をかき混ぜに行ってしまった。

 ハナメデル、帝国にいた時よりも生き生きしてないか?