魔王を倒した元勇者、元の世界には戻れないと今さら言われたので、好き勝手にスローライフします!

 対策本部には、見知った顔があった。
 エンサーツがいる。
 城の偉い連中がいる。

 あと、賢者ブレインがいる。

「あれっ!? 賢者ブレインじゃないか。久しぶりだなあ。今何やってるの」

 俺は賢者ブレインの隣に座った。
 俺のもうかたっぽうの隣には、カトリナが腰を下ろす。

 ブレインの横にはヒロイナが座った。
 すごい目でこっちを見ている。
 いや、カトリナと火花をバチバチ散らしている。

 恐ろしいなあ。
 しかし俺、モテ期かなあ。
 こんなモテ期、来てほしくなかったなあ……。

「やあショートさん。僕はですね、今は国の図書館で働いているんですよ。司書としてですね」

「元勇者パーティにしては地味な再就職先だな」

「僕は世渡りが下手なので、あっという間に権力闘争で負けて、ハニートラップで醜聞を作られたんですよ。お陰で一人暮らしギリギリの給料をもらって、賃貸で暮らしています」

「なんてことだ」

 俺はショックを受けた。
 お前めちゃめちゃ悲惨なことになってるじゃん。
 過去の栄光も何もあったものではない。

「ちなみにこの対策本部会議はお給料出るの?」

「無料ですね」

「うっ」

 俺は悲しくなって、ブレインの肩をばんばん叩いた。

「お前、この戦争が終わったらうちの村に来い」

「なんと! ショート君の村ですか」

「ブレインはさ、俺と活躍場所が被ってて、目立たなかっただろ。だけど何気に現地人では最高レベルの魔法の使い手だってのは、俺は知っているんだ。お前の活躍場所は、勇者村にある……!!」

「なるほど。今の仕事もお給料は安いですが気に入っているんですけど」

「世界を救った英雄が、安い給料でお仕事してていいわけないでしょ……! まあ、勇者村は貨幣っていう価値観自体が無い気がするが」

「ショート君がそこまで誘うなら行ってみましょう。実はハニートラップ仕掛けられてから、女の人が怖くて、仕事でもちょこちょこ困ってたんですよね」

「大問題じゃん……。カトリナ、こいつを連れて帰るけどいいよな」

「うん、もちろん!」

「あたしは? あたしは?」

「ヒロイナは絶対連れていかねえ」

「なんでーっ!!」

 ちなみにヒロイナは、ハジメーノ王国大神殿の特別大司祭とかいう役職についているそうだ。
 名誉職だが、各種イベント事に顔を出して、アイドル的な活動をするだけでガッポリと金がもらえる美味しい仕事だ。

 世界を救った英雄のために、国が作ったポジションだな。

 パワースは体育会系で割と世渡りができたので、騎士団顧問になっていたはずだが、今は地下牢に幽閉されているな。
 あいつの人生は終わったかもしれん。
 だが、奴は裏で俺の有る事無い事、悪い噂ばっかり広めてたみたいだから自業自得と言えよう。

「パワースはね、ショートにずっと嫉妬してたの。ショートってほら、あたしが好きだったでしょ?」

「うわっ、いきなり危険な話題を振るなヒロイナ!!」

 俺は戦慄した。
 真横で、カトリナから何かオーラのようなものが立ち上っているのが分かる。

「パワースは何をどう頑張っても、絶対ショートに勝てなかったもの。だから、昔の騎士仲間とかを抱き込んで、王国でロビー活動をしたりしたんだよね。あたしを口説いたのも、ショートから何かを奪いたかったからじゃない? 付き合ってみたけど、人間がちっちゃいのよね。前のあたしだったらパワースで良かったかもだけど、ショートみたいな得体のしれない凄い男子を知っちゃうと、パワースじゃ物足りなくって……」

 恐ろしいことを言う女だ。
 ちなみに既に会議は始まっており、俺とヒロイナに挟まれているのに、ブレインは平然と会議で発言をしている。
 トラッピアの刺すような視線が、ヒロイナに注がれているな。

 恐ろしい……。
 とんでもない三角関係である。
 俺を取り巻く、女子三人の火花をちらし合う三角関係。

 無論、既にカトリナが勝利確定している。

「ねえショート、今からでもいいわ。あたしと一緒になりましょう? あたし、凄いんだから。三年も一緒のパーティだったじゃない。あたしのこと好きなんでしょ?」

「ヒロイナ、何か勘違いしているようだから言っておくが……。モテない男は、女子としばらく一緒にいるだけで好きになるので、その感情は軽いものなのだ……。あと、俺はカトリナとハッピーに暮らしてるのでそっちにつくのはないです。ダメです」

「な、なんですって」

 カトリナが俺にピタッとくっついた。

「ショート、会議でもちゃんと喋らないと。エンサーツさんこっち見てるよ」

「あいつ、笑いをこらえる顔してやがる……!! あのおっさん、いい性格してるぜ……!」

 しかしまあ、ブレインを間に挟んで良かった。
 真隣にいたら、ヒロイナの誘惑でちょっと揺らいでいた可能性もある。
 俺のそっち方面の抵抗力は、スーパーベビー級なのだ。すぐ誘惑されるぞ。

 それを考えると、ハニートラップで地位が失墜し、慎ましく一人暮らしをしているブレインの気持ちも分かる……。
 いや、お前はあり得た未来の、もう一人の俺だ……!

「ちょっと! あたし、いきなりスルーされる感じになってるんですけど!」

「ええいさっきからぺちゃくちゃと色恋の話ばかりして!! 特戦隊! そこの女をつまみ出しなさい!!」

 トラッピアがキレた!
 特戦隊がわーっとやって来て、ヒロイナをわいわいと担ぎ上げる。

「ちょ、ちょっと!! 特別大司祭ヒロイナ様に何してるのよあんたたち!! うわーっ、やめろー! 外に連れてくのやめろー!」

 わっしょいわっしょいと、運ばれていってしまった。
 これには耐えきれず、この場にいたお歴々が爆笑する。

 くっそ、みんな耳をそばだててやがったな?
 後で聞いた話だが、パワースに同調して俺やブレインの追い出しを図った貴族や騎士が大勢いたようだ。
 そいつらは全員地下牢にぶちこまれている。

 この場は、トラッピア派か、風見鶏派か、勇者派しかいないというわけだ。

「では勇者ショート。連合軍を止める方法について、あなたの意見は?」

「方法も何もないだろ」

 トラッピアに問われて、俺は初めて意見を口にした。

「俺が突っ込んでいって、くだらん戦争は止めるようにオハナシしてくればいいんだ」

 簡単な話である。
 思い立ったが吉日と言う言葉がある。
 既に、ハジメーノ王国と連合国は開戦寸前というか、最前線では小競り合いが起こっているらしい。
 俺が戦争を止めるために動くと決まったので、すぐに戦地に向かうのが良かろう。

 戦争にかまけている暇はないのだ。
 俺は作物を育てねばならん。

 せっかく芋が収穫できて、次は何を育てようかという話になっていたところだ。

「芋の次は何がいいんだろうな。やっぱり芋かなあ。……あれ? 同じ作物を連続して育てると良くないって聞いたことがあるような、無いような……」

 俺はうんうん唸りながら、戦場へ向けて一直線に飛んでいった。
 すると、おおよそ十五分ほどで戦場に到着だ。

 この世界の一国は、そこまで広くないからな。
 バビュンは、風水圧遮断魔法を使うと、大体マッハ10くらいまで加速する。
 これだとほぼ一瞬で到着するな。

 ただし、俺が生み出したソニックブームで辺り一帯が大変なことになる。
 今回はジャンボジェット程度の飛行速度でのんびり行った。

 到着すると、既に双方の軍隊がわあわあと叫んでやり合っている。
 戦争もう始まってるじゃないか。

 俺は戦場の只中に、バビュンで速度を出したまま降り立った。

「ウグワー!」「ウグワー!」「ウグワー!」

 俺が着陸した衝撃で、辺り一帯の兵士がぶっ飛ばされる。

『戦争はまあちょっと待て』

 俺は拡声魔法スピッカー(俺命名)を用いて、戦場中に声を送り届けた。

『俺は魔王を倒した勇者ショートなのだが、戦争を止めに来たぞ』

「勇者ショート!? 我が国を暗黒竜ダルガスと大空中戦を繰り広げて救ってくれたあの勇者ショートか!」

「勇者ショート!? 我が国に押し寄せる大津波を食い止め、海底魔城に乗り込んで魔将オダゴンを打ち倒したあの勇者ショートか!」

「勇者ショート!? 魔王に寝返ったうちの王様を腹パンして引退させたあの勇者ショートか!」

 ほう、俺の評判が広まっている。
 これは楽勝な気配?

 ハジメーノ王国も、俺の登場に盛り上がっている。

「勇者ショートが来てくれたぞ!」

「来た! 勇者来た! これで勝つる!」

「今だ、攻めろー!!」

 うわーっと鬨の声をあげて、連合国に襲いかかろうと……。

「やめろっつってんだろうが念動魔法!」

「ウグワーッ!」

 聞き分けのないハジメーノ王国軍は、全員まとめて念動魔法で空に浮かすのだ。
 これで半日浮かびっぱなしで何もできない。

「おお……本当に勇者ショートだ……!」

「神の如き恐ろしい魔法の力……!」

 連合国軍は、一瞬で戦う気をなくした。
 俺は彼らの中にいる、偉そうなヤツに事情を聞いてみる。

「なんでいきなり戦争するって話になったの。ハジメーノ王国がアホなことしたのは分かるけどさ。クーデター起こって国王が地下牢に幽閉されたでしょ。あれもう一生外に出てこれないから、これで溜飲が下がるとかそういうの無いの」

「そ、それは分かってるが、国民感情が……」

 偉そうなヤツは、ちょっと青ざめながら解説してくる。
 なるほど。
 ハジメーノ王国のひどい仕打ちにキレた国民が戦争を望んで、それに乗っかって連合国軍が結成されて、一斉に攻めてきたというわけだ。

 それにしたって、魔王を倒してちょっとしか経ってないのに、すぐ戦争起こすとかアホすぎだろ。
 各国、まだ国力回復してないでしょ。

 これは責任者に会いに行かなくちゃね。
 俺は偉そうなヤツの脳内を読み取ると、そのまま連合国軍の本陣へと飛んだ。

 到着。
 近い。

「こんにちは、勇者ショートです」

「うわーっ」

 いきなり俺が本陣のテントに入ってきたので、そこにいた連中は飛び上がるほどびっくりした。
 とっさに切りかかってくる護衛の兵士を、デコピンでふっ飛ばしておく。

「ウグワーッ!!」

「デコピンなら死なないだろ。さて、俺は戦争を止めに来た。戦争を止めなさーい」

「ほ……本当の勇者ショートだ……!!」

「勇者ショートはあの外道なハジメーノ王国に味方するのか!! 人類の救い主は、人類の敵になるのか!」

「ハジメーノ王国民も人類でしょ。主語がでかい。あのな、魔王が君臨してた時代に、人間かなり死んでるだろ。ぶっちゃけ、向こう百年は戦争どころじゃないだろ。なんで今こういうことするの」

「そ、それは……」

 各国から来たらしい将軍が、もごもごした。
 それっぽい言い訳をしてくるが、俺が心の中を読む読心魔法テレパッシー(俺命名)で看破し、論破する。

 それで結論が出たのだが、どの国も国民が戦争を望んでいるではないか。
 なんか不自然だな?

 ということで、彼らの思考を詳しく調べてみた。
 調べられている間、将軍たちは白目を剥いて口を半開きにしている。
 傍から見るとヤバい光景だな!

 そこで判明。
 魔王との戦いで疲弊した各国に、謎の人物から救援物資が届いていた。

 この物資の中に、毎回新聞が入ってるんだそうだ。
 で、新聞には、ハジメーノ王国がいかに悪であるかが書かれている。

 娯楽なんてあんまりない世界なので、みんなこれによって、今の苦しい生活は何もかも、ハジメーノ王国が悪いんだと思ってしまたのだそうだ。

 まあ、大体半分くらい合ってるな。
 ハジメーノ王国のザマァサレ一世が全部悪い。

「しかし戦争をされると俺のスローライフの邪魔なので、止める。その新聞とやらを今持ってきている者はいないか?」

「あー」

 白目を剥いて口を半開きにしたどこかの国の将軍が、新聞を差し出してきた。
 ゾンビ状態っぽくてキモいな。

 俺は新聞を回収。
 正気に戻った将軍たちに、「戦争再開したらお前ら全員腹パンするぞ」と忠告してからハジメーノ王国へと戻るのだった。

 ふーむ、魔王との戦いの後、平和になろうとしている世界に再び戦乱を起こそうとしている者がいる。
 あの将軍たちを腹パンしても、新しい将軍が派遣されてきて戦争は続くだろう。

 各国の国民全員を腹パンすれば話は早いのだが、そうすると罪もない国民まで腹パンしてしまうことになるので気が引ける。
 この新聞を詳しく洗ってみなければならないな。

 だが、それはトラッピアの仕事なので丸投げしよう。

 その後、俺はハジメーノ王国軍と連合国軍をどちらも戦闘不能した。
 具体的には双方とも念動魔法で浮かせっぱなしにした。

 浮遊魔法を使ってもいいのだが、こっちは浮くだけで体の自由が効くんだよな。
 念動魔法は相手の全身を拘束できる。

 ということで、戦争にならなくなったので、一時停戦となった。
 戦場で得た情報を持って帰ってくると、もうすっかり夜である。

「あー、めんどくさいめんどくさい。他人が起こした戦争に関わってると、無駄に一日が過ぎてしまう。俺は勇者村をもり立てたり、カトリナとイチャイチャしたりで忙しいのに」

 ぶつぶつ言いながら、瞬間移動用のポイントにしていた対策室へと現れる。
 すると、突然俺が出現したので、周囲にいた連中がビクッとした。

「う、うわっ! 勇者殿か!」

「トラッピア陛下ー! 勇者殿が戻ってこられましたぞー!」

 トラッピアが陛下になっている!
 父王をクーデターで引きずり下ろしたのだから、まあ陛下か。
 女王トラッピアなんだな。

 向こうから、トラッピアが走ってきた。

「ショート! よく帰ってきたわね!! で、どうだったの?」

「ショート、怪我はない?」

「ショートー! 帰ってきた、そこはあたしをハグしなきゃでしょ!」

 カトリナは優しいなあ。
 あと、ヒロイナが放し飼いになってるぞ!
 あの危険人物をなんとかしてくれ!

 女子たちと、対策室の重鎮たちに囲まれ、俺は戦争の状況について説明した。

「停戦させてきた。だが、あれだな。連合国の国民が戦争を望んでるから、こりゃあ何回も起こるんじゃないか? この国は分かりやすい悪役にされてるから、魔王との戦いで溜まった鬱憤晴らしに利用されてるぞ」

「国民が……? 各国が統一してそういう意思を持つのはおかしくない? 誰かが先導しないと……」

「この新聞が先導してた。各国へ送られた支援物資に入ってたそうだ。支援物資の送り主は不明らしいが」

 新聞を前に、トラッピアとこの国の連中が、ああだこうだと騒ぎ始めた。

「よし、じゃあ状況は終了! 俺は帰宅! じゃあな!」

「あ、ちょっと待ってショート! やはり女王の傍らには最強の剣が必要だと思うのよ!」

「ショート! ずっと昔から、あたし、ショートの事が好きだったの! ねえ、今こそ昔の思いを叶えよう?」

「うるさいぞ!? 背筋がゾクゾクするからやめなさい!」

 俺は女子二名を振り払い、カトリナをお姫様抱っこした。

「ブレイン! 俺の背中に掴まれ!」

「あ、はい」

 ブレインがトコトコやって来て、俺の背におぶさった。

「で、さらばだ諸君」

 俺は彼らに告げると、瞬間移動魔法を使用した。
 今度の移動先は、城門だ。
 ここに降り立った時、ポイントを設置しておいた。

 そして、そこから浮遊して高速移動しながらの帰還となる。

「初めまして、ブレインです。ショートの奥様だとか。いやあ、どうも。ショートがいつもお世話になっています」

「いっ、いえいえ、こちらこそ! 勇者村はいいところだから、ブレインさんもきっと楽しく暮らせると思うよ!」

 ブレインとカトリナが、俺を挟んで挨拶している。
 やはり、ブレインは勇者村向きだな。

 この男は賢者と言うだけあって、それなりに広範な知識と、多種多様な魔法が使える。
 いろいろな仕事のヘルプ要員として活躍できるだろう。
 こいつほどの男が、王都の片隅でほそぼそと暮らすのはあまりにももったいない。

「というかブレイン、トラッピアからリクルートされなかったのか?」

「りくるーと? ああ、勧誘のことですね。実はトラッピア陛下の取り巻きの方々が猛反発しまして。自分たちの仕事が取られると」

「ははあ……。有能なやつを排斥しようとしたのだな。よくあるよくある」

 どっちにしろ冷や飯喰らい確定だったわけか。
 では連れてきて正解だったな。

 一時間ほどのんびり飛ぶと、勇者村が見えてきた。
 完全に真夜中なので、灯りも消えている。

 上空から見下ろすと、俺たちの家の近くに、建てかけのログハウスがある。
 フックとミー夫妻用の家だ。

「家も自分たちで建てているんですね。僕はですね、新たに建築学を学んだのでお手伝いできますよ」

「ほんとか! 家造りは元大工のブルスト一人がやってたから助かるなあ」

 勇者村へと降り立つ俺たち。
 詳しい話は明日にしよう、という事になった。

 大部屋に行くと、ブルストがぐうぐう寝ていた。

「ひとまずここで寝てくれ。お疲れー」

「お疲れさまです」

「また明日ね、ブレインさん」

 ということで、その夜は気疲れからか、俺は深く深く爆睡したのだった。
 あの二人が並ぶと、本当に体が持たない。
 もう王都には行きたくないな!

 朝になり、ブレインを仲間たちに紹介した。
 ブルストは、助手ができたと大喜びである。
 フックとミー夫妻の家造りも急ピッチで進みそうらしい。

 そしてクロロックが、ブレインと出会ってしまった。

「ほう、様々な知識を持つ賢者ですか」

「ほう、多様な知識を持つ学者ですか」

「ワタクシの専攻は農学でして。畑を耕し、肥料を作っていますよ」

「肥料……。興味があります」

「ありますか」

「やらせてもらえますか」

「是非」

 あっという間に意気投合した二人が、肥料をかき混ぜに行ってしまった。

「あの二人、キャラが被ってるよな」

「キャラ?」

 俺の言葉に、首をかしげるカトリナなのだった。

 かくして、万能お手伝い要員の賢者ブレインを仲間にしたぞ!

「な……なにぃ……!? 芋畑に、芋じゃないものが埋まっている!!」

 俺は衝撃を受けた。
 隣で、クロロックがパカッと口を開けた。
 ニヤリと笑う、みたいなニュアンスかな?

「芋をですね。連続で育て続けると、大変なことになります」

「大変なこと!?」

「土の中の栄養素が偏るので、育ちが悪くなり、作物への病気も発生するのです」

「ほうほう。ほう……?」

 何言ってるんだこいつ?

「クロロック、あまり難しいことを言うとショートが混乱しますよ。つまりですね、土は、同じ作物を連続して育てられるようにはできていないんです。なので、交代交代で別の作物を育てて、土を休ませるんですね」

「なるほどー!!」

 さすがはブレイン、付き合いが長いだけあって分かりやすい。

「それで、何を育ててるんだ、これ?」

「フックとミーが持ってきた綿花です」

「おおーっ! ついに!!」

 これが育って綿が取れるようになれば、布を自給自足できるようになる。
 これは凄いぞ!

「これを二毛作と呼ぶのです……!!」

「二毛作!? つ、強そう」

 クロロックの言葉に、震える俺。
 そして一つ賢くなった。

 さあ、本格的にスローライフの再開だ。
 戦争なんてアホらしいものに関わってしまった。

 何か進展があったらあっちから言ってくるだろ。



「ホロロッホー!」

「うおー! ついに、ついにトリマルが大人に!!」

 立派なホロロッホー鳥となったトリマルが、トテトテと辺りを走り回っている。
 奥さんたちも元気そのもの。
 トリマルに続いて、ぱたぱた走る。

 そして。

「ホロー!」

 ホロロッホー鳥となったトリマルの口から、見事な魔力光線が放たれる。
 それが木々を薙ぎ払い、ふっ飛ばした。

「これは、開拓がバリバリ進むぞ。トリマル!」

「ホロ!」

「お前のビームは、ホロロッ砲と名付ける!」

「ホロロー!」

 俺とトリマル、最強コンビの誕生だ!
 トリマルが幹をビームで破砕する!

「ホロー!」

 俺が切り株を引っこ抜いてバックドロップで投げ捨てる!

「ツアーッ!!」

 次々に森が開拓されていく!
 まあ、ありていに言って自然破壊だな!

 だが!
 人間は!
 自然では生きていけないのだ!!

 なので俺は自然を破壊するぞ!!
 穴だらけになった地面を埋め戻すのは後だ。
 今は農地を広げる。
 ただ、ひたすらに広げる……!

「いやあ、凄いなあショートさん……。あの鳥ともコンビネーションが凄い……」

「そりゃあ、ショートは勇者だし、トリマルはその勇者が卵を孵す魔法を使って孵した特別なホロロッホー鳥だからなあ。ありゃあちょっと凄いぜ」

「そうなんだなあ……。なんか、新しくやって来た人も凄く仕事ができるし、ショートさんの周りには凄い人たちが集まってくるよな」

「そりゃそうだ。魔王を倒して世界を救った男だぞ? ついで、俺の自慢の娘の、自慢の婿だ。凄いに決まってる。ほれほれフック! 手が止まってるぞ! お前ら夫婦の家を建ててるんだからな!」

「そうだった! うっす、俺、頑張るぜえ!」

 おっ、背後では槌音も高らかに、家ができあがっていく。
 いろいろな作業を並行でやっていたせいで、なかなか家を作る方は手つかずのままだったんだよな。
 だが、ブレインが増えて畑作が楽になり、トリマルが成長して俺とともに開拓を担当できるようになったことで、ブルストの手がようやく空いた。

 今こそ、建築シーズン!

 ちなみにブレインだが、ブルストと一緒に大部屋で寝起きしている。
 最近、本が読みたい読みたいと言い始めているので、どこかで本を入手してきてやらなければな……。

 それに、ブレインも家があった方がいいんじゃないのか?
 人が増えるたびに、家が必要になるな。

 この辺りは湿気が多くて、虫が多い。
 野宿をするにはちょっと危ないんだよな。

 温暖で、常夏みたいなところなのはいいところだが。

「みんなー! お昼ごはんだよー!!」

 カトリナの声が響く。
 男どもが一斉に集まってきた。

 昼のメニューは、芋を蒸したやつに、昨日俺が倒した鹿で作ったシチューだ。
 カトリナのレパートリーは基本的に、なんでもかんでも全部シチューになる。

 鍋料理は食材を無駄にしないので、これはこれで有効なのだ。
 そしてたまに飯の当番をするブルストだが、任せると飯が全部串焼きになる。

 豪快な親子だ。
 俺が飯の当番を引き受けると、豪快な丸焼きだな。
 それ以外の料理はできない。

 食材の内部に、極小のデッドエンド・インフェルノを打ち込み、内側からこんがりと焼くのだ。
 同時発生させた超小型デッドエンド・インフェルノで周囲をカリッカリに焼くと、これがもう美味い。
 味付けは塩とハーブだけというのが玉に瑕……。

「あたしとフックの里でさ、たまーにスパイスを売りに来る商人がいてさ」

 目に見えて分かるくらいお腹が大きくなってきているミー。
 彼女が、スパイスの話をしだした。

「スパイス……?」

「スパイスなあ」

「あれは直接肌にかけると粘膜に悪いです」

 クロロックは何でも触ってみて確かめてるな?
 どうやら、カトリナもブルストも、スパイスを知らんらしい。

 スパイスを使った料理は、もっと乾燥した地域でよく遭遇した気がする。

「ショート、スパイスは普段、私たちが使っているハーブと同じものですよ」

 ここでブレインが説明してくれて、俺もカトリナもブルストも、フックもミーもえーっとびっくりした。
 どうやら、ハーブを焙煎したり、乾燥したりしたものがスパイスになるらしい。

 この辺りでは、あまりにも新鮮なハーブが採れるので、そのまんま使ってしまっていた。
 ほうほう、耳寄りな話を聞いた。

「じゃあ、このハーブ、売り物になるんじゃないか?」

 俺は考えた。
 来るか?
 勇者村に、貨幣経済……!

 よく考えたら物々交換で十分だったし、貨幣を使う先も丁字路村……いや、今は勇者の手前村だったか。そこでしか使わない。
 万一に備えて金はあってもいいが、そもそも何もかも自給自足できることを目指しているので、いらないとも言える。

「貨幣経済、なし!!」

 俺は決定した。
 勇者村村長である勇者ショートの決定である。

 他の村人も、みんな賛成だった。

「そうだねえ。お金は使わないもんねえ」

 カトリナがうんうん頷いている。

「それに、欲しい物があったらショートが作ってくれそう」

「ああ。俺は手先の器用さは並だが、それをカバーするために魔法を使ったり、ブレインに外注したりするからな……!」

「パーティの縫い物や修理は私の担当でしたからね」

 賢者ブレイン、何気になんでもできる男。
 そのブレインすらもが舌を巻く、畑作と肥料づくりの専門家がクロロックだ。

「ここは天然資源の宝庫です」

 クロロックが静かに口を開く。

「肥料を作り、畑作をするために必要な全てのものが、森や川から得られるのです。素晴らしい……。開拓が一段落したら、ショートさん、資材調達に行きましょう」

 勇ましく、クロクローと喉を鳴らすクロロック。
 肥料や畑関連をブレインに任せておけるようにもなったので、彼はさらなる肥溜めのパワーアップを狙っているようだ。

 確かに、クロロックの肥料を使うようになってから、明らかに作物の育ちが良くなった。
 だが、このカエルの学者からすると、この程度の肥料の仕上がりはまだまだ序の口だと言う。

「貨幣経済は不要……その通りです。お金では手に入れることができない、貴重な財産がこの森には眠っているのです。それを手に入れ、肥料をより豊かなものにしていくことこそがワタクシたちには求められている」

 吸盤のついた指先で、ぎゅっとふにふにな拳を作るクロロックなのだった。

「なるほど……。俺たちはまだ、この森のことを何も知らないのかもしれないな……! 行くか、クロロック!」

「ええ、ショートさん」

「ホロホロー!」

「トリマルも来てくれるか!」

「ホロー!」

 多分、勇者村で二番目の戦闘力を誇るトリマルである。
 彼がともに来てくれるならば、怖いものなどない。

 さあ、森の奥に出発だ……!!

「おーい! 家ができたぞー!」

 ちょうど盛り上がってるところで、ブルストが呼びに来た。
 新たなる家の完成は、村にとって大きなイベントである。

 肥料はまあ、後でいいよねという話になり、みんなで家を見に行った。

 場所は、俺たちの家のすぐ隣。
 畑の近くだな。
 そこに、一回り小さいログハウスが完成していた。

「人間サイズだからな。あまりでかくはしてないぜ。一応、部屋は二つ作ってある。それから……この勝手口から、うちの勝手口まで直通だ」

「おおーっ!」

 いつの間にそんなものを作っていたのか。
 我が家の寝室と寝室の間にある扉から、削った板を並べて作った道が続く。
 道には可愛らしい屋根があって、それは我が家と、新しい家を繋いでいた。

「ついに俺たちの家ができたんだなあ……」

「うん。なんか感激だねえ」

 フックとミーも、ジーンと来ているところだ。
 ちなみにこの、お勝手が繋がっている構造だが、我が家からすぐに二人の家にいけるようにしているとのこと。

「ミーはもうすぐ赤ちゃんが生まれるでしょ。そうしたら、お手伝いに行ってあげないと。ここが繋がってたら、いつでもすぐに行けるし、そっちからもすぐ来れるでしょ」

 なるほど、この勝手口を繋ぐ通路は、カトリナの発案か。
 なんたる優しさ!!

「さっすが俺の嫁……」

「や、やだショートったら……!」

 俺が思わず呟いたら、カトリナが赤くなって俺の胸板をぺちぺち叩いた。
 照れると何かと叩く癖があるな?

「ありがとうね、カトリナ!」

 ミーが感激して、カトリナに抱きつく。

「いいんだよー。困った時はお互い様。元気な赤ちゃん産んでね」

「うんうん! カトリナだって予定あるでしょ! そしたらあたしが取り上げてあげるからね!」

「まっ、まだ先だよー!!」

 照れるカトリナ。
 思わずポカポカやりそうになり、ハッとした顔になる。
 振り上げた拳の行きどころはどこだ!

 俺である。

「よしカトリナ。俺を照れ隠しにポカポカやれ! なあに、俺のレベルならカトリナの打撃ではダメージが通らないから気にするな!!」

「ありがとうショート! えーい!」

 存分にポカポカされた。
 これをじっと見ているクロロックとブレイン。

「ふむ、あれが人族の習慣なのですね。勉強になります」

「違うと思います」

 間違った知識を得そうになったクロロックに、ブレインが即座の訂正を入れる。

「そうかそうか、カトリナにも子どもがなあ。すると、俺はおじいちゃんになっちまうな! がははははは!」

 ブルストは大変嬉しそうである。
 こいつもまだ若そうだし、枯れるには早いんじゃないかなーと思ったりもするのだが……。

「ちなみにブルストは今何歳なのだ」

「三十三だ」

「若い!!」

 俺は衝撃を受けた。 
 この世界の成人は十五歳なので、カトリナはブルストが十八の頃の子どもということか……。
 俺は若作りだが、異世界召喚される前は、一応高卒ながら就職活動をしていた身である。

 俺ともそこまで大きく年が離れていないのだな、この義父。
 フックとミー夫婦も、二人とも十代だし、この世界は人生のサイクルが早い……!

 だが、なればこそ、ブルストが枯れてしまうのは早いかなと思う俺。
 世話になったこの男に、何かいい目を見せてやりたいな。

 どうしたものかと考えるのであった。

 以前から話をしていた、肥料強化計画。
 俺はクロロックとトリマルを引き連れ、勇者村の奥にある森へとやって来ていた……!

『あばばばば! あばばばばばばばば!!』

「あ、何か出てきましたね。この森、ジャバウォックがでるんですね。これはワタクシ死にますね」

「おいおい! 素手技・勇者会心撃!」

 真横から突っ走ってきた、サンショウウオとハシリトカゲとコウモリを足して割らない感じの巨大なモンスター。
 ……を、俺は飛び上がって気合を入れ、ぶん殴った。

『ウグワーッ!!』

 粉々になって飛び散るジャバウォック。
 一撃レベルなら、せいぜい50レベルモンスターだろう。
 野生のモンスターとしては最上級の一種だが、そんなのがチョロチョロしているのかこの森。

「あっ、ショートさん。その破片、肥料としても価値がありますので回収をお願いします」

「このモンスター討伐まで予定のうちだったのかよ」

「はい。討伐が極めて難しいんですが、それができれば素晴らしい肥料が作れます。どうです、生臭いでしょう」

「くさいくさい」

 俺は悲しい顔をしながら、ジャバウォックの欠片を収納魔法アイテムボクースに収める。
 その横で、二匹目のジャバウォックとトリマルが激闘を繰り広げている。

「ホロホローッ!」

 飛び上がりながら、ジャバウォックの突進と鉤爪を前足一本でいなすトリマル。
 空中で一回転しながら、ジャバウォックの顎を蹴り飛ばし、正面を向くと同時にホロロッ砲をぶっ放した。

『ウグワーッ!!』

「あーっ、もうトリマルが一匹片付けてる!!」

「トリマルさん、恐ろしく強いですよね」

「あいつももうレベル限界突破してるからなあ。なんか俺とリンクしたみたい」

「よく分かりませんが肥料がたくさん作れるのは素晴らしいことです」

「動じないなカエルの人」

 淡々とするクロロックとともに、二匹目もアイテムボクースに詰め込む。
 その後、森の奥にいた食人植物とか、その辺り一帯全てを占める吸血森なんかを次々なぎ倒し、クロロックの指示に従ってアイテムボクースに詰めた。

「素晴らしいです。ワタクシの力ではここまでの収集はできませんでした。このデータを作った方も、当時世界最強だった魔法使いと一緒に世界中を行脚して素材を集めたそうです。ショートさんとなら、ワタクシは肥料の世界のトップを取れそうな気がします」

「肥料の世界ってこんな危険なことしないとトップになれないの……!? 奥深いなあ」

「より良き肥料を得るため、森や山に分け入り、帰ってこなかった者たちも多くおります」

「海は?」

「海は塩辛いので、むしろ畑作の敵なのですよ」

「なるほどお」

 一つ賢くなってしまった。
 そうこうしていると、トリマルがホロホロ言いながらジャバウォックの欠片をつついている。

「こらトリマル、お腹壊すぞ」

「ホロロー」

 大丈夫だよーとでも言いたげなトリマル。
 お母さんである俺の注意を無視して、ジャバウォックを食べてしまった。

 あー。

「後でお腹痛くなったら言うんだぞ」

「ホロホロ」

「ショートさんも過保護ですねえ」

「まあ、俺の第一子だからな。育て方の加減も分からんし、過保護なくらいでちょうどいいだろう……多分」

「ここで得た経験を、カトリナさんとの子どもに活かすわけですね」

「そう、それ! まあ、人間とオーガだからさ。混血だと、子どもが生まれづらいらしいんだよな。気長に毎晩頑張るよ」

「卵にかければいいわけではないのですから、実に胎生動物は大変ですね」

「えっ、なに!? クロロックたちの繁殖方法ってまんまカエルと一緒なの!?」

 なんて知的人種がいるもんだ。

「流石に数は少ないですがね。一度に一つか二つしか卵は生まれません」

「両棲人の生態も面白そうだなあ」

 だべりながら、森を三日三晩行脚した。
 そして、勇者村への帰還。

 俺たちが歩いた道は、獣道というか勇者道となって確かに刻まれた。
 今後はこのルートを辿ることで、容易に肥料集めができることだろう。
 腕に覚えがある仲間が同行していれば、だが。

「ホロホロー!」

「ホロロー」

「ホロロッホー」

 戻ってきたトリマルを、トリマルの奥さんたちが出迎える。
 我が子ながら、モテモテだなトリマル!

 まあ、並のモンスターであれば文字通り一蹴する実力を持ったホロロッホー鳥である。
 雄としては最強なのでモテるだろう。

「ホロロ」

「うむ、先に帰ってていいぞトリマル」

「ホロー!」

 トリマルは俺に向けて羽をぶんぶん振ると、奥さんたちを引き連れて鳥舎に戻っていった。

「あいつもあっという間に大人になってしまった。子どもの成長は速いなあ」

「ホロロッホー鳥は孵化した後、150日……五ヶ月で成鳥になりますからね」

「あいつを孵してからもう五ヶ月も経ったのかあ……。あっという間だな。勇者村は南国だから、一年の経過がさっぱり分からん。それだけ経てば、俺もカトリナとただならぬ関係になってしまうのも頷けよう」

 ちなみに、一般的なホロロッホー鳥の寿命は鳥舎飼いで卵を産ませることをメインとすると五年。
 大切にしてゆったり生かしてやれば十五年ほどだ。

 しかし、スーパーホロロッホー鳥となったトリマルが何年生きるかは見当もつかない。
 長く生きろよ、トリマル……!

「ショートさん、では早速肥料を作っていきましょう。ブレインさんにも声を掛けねばなりません」

「三人がかりだな……!! スローライフはまったく、休む暇もないぜ……!!」

 かくして、新たなる肥料づくりを始める俺たちなのだった。

 久方ぶりに、王都の様子が気になったので、遠距離接続魔法コルセンターを使った。

 いきなりエンサーツの顔がアップになったので、「うわーっ」と驚く俺。

「なんだいきなりコルセンター使いやがって! それで驚くとは失礼だなショート!」

 エンサーツがぷりぷりと怒っている。

「悪い悪い。なんかしばらくそっちを留守にしてたからな。どうだ? 戦争再開した?」

「今の所はどうにか平和だな。ハジメーノ王国を攻めると、勇者が出てきて何もかもひっくり返すって連合国の連中は学んだようだ。その代わり、交流が途絶えて物資が不足しているなあ」

「陰険だなあ」

「それが戦争ってもんよ。お陰で、トラッピア一世陛下が自給自足推奨令を出してだな。王都は今、空前の家庭菜園ブームだ」

「ハジメーノ王国自体がスローライフになったかあ」

 俺が王都から飛び出してきて、半年が経とうとしている。
 その短い間で、なかなかの激変ぶりだ。

「あ、それからな、せっかくお前がこうして顔を出してくれたんだ。一つ頼まれてくれないか」

「なんだなんだ」

「王都で油が不足しててな」

「ちょうどうちのサボテンガーチルドレンが大きくなってきたんだ。後で種を持っていくわ。あいつら油が採れるからな」

「おお、助かる! あとは、ヒロイナがそっちのこと探ってるからな、気をつけろよ」

「げげえ」

 恐ろしい情報を聞いてしまった。
 彼氏であるパワースが、やらかしで投獄されたヒロイナ。
 次なる相手として俺に唾を付けようとしてたのはよく分かった。

 まっぴらごめんである。
 まさか彼女、あんな性格だったとはな。
 恐ろしい恐ろしい……。

 俺の苦手なものがまた一つ増えてしまった。

 ここは一つ、ヒロイナ避けとしてうちの奥さんにお願いしよう。

「カトリナさん」

「はーい。後ろで見てたよ」

 話が早い!
 俺とエンサーツの喋る声が聞こえたので、それを眺めていたらしい。

「俺がヒロイナの魔手にかからぬよう、守って下さい」

「もちろん! 夫を守るのは妻の務めだもん」

 どーんと胸の上あたりを叩いて見せるカトリナ。
 とても頼もしい。

 そういうわけで、彼女をお姫様抱っこしつつ、サボテンガーの種を持って王都へと向かった。
 ついでに、もうすぐ赤ちゃんが生まれるミーのために、赤ちゃん用品を買うという目的もある。

「おっと、金が無いんだったな。ちょっと換金していくか」

「手前村だね」

「そうそう」

 勇者村の手前村に降りて、サボテンガーの種の一部を換金する。
 手前村でも油が不足してきているようで、大変喜ばれた。

 油を使わない料理はバリエーションが減るからな……!!

 じゃらじゃらとお金をポケットに、やって来ました王都。
 エンサーツと待ち合わせたのは、取引所の裏手である。

 そこに降り立つと、見慣れたスキンヘッドと、見慣れたくないのに見慣れた豪奢な金髪の美少女がいた。

「ト、トラッピア!!」

「せっかくショートが来ると言うから、仕事を大至急終わらせて来たのよ!!」

「すまんなショート。流石に最高権力者からの要請は断れん……」

 エンサーツが実に申し訳無さそうである。
 こいつも王宮務めだしな。
 仕方ない……。

「これ、約束の種」

「おお、すまんな。国家の重大事だから、トラッピア陛下に報告しないわけにはいかなかったんだ」

「ええ! わたし、ショートには感謝しているわ! このサボテンガーを王都中に増やして、油を採取できるようにすることを誓いましょう! お礼と言っては何だけど、王配の地位が空いているのだけど……」

「ストーップ!!」

 俺とトラッピアの間に、カトリナがむぎゅーっと入り込んできた。
 圧倒的パワーで、女王トラッピアをふっ飛ばして転がす。

「ウグワー!」

 女王陛下があげてはならん悲鳴をあげたな。

「人の夫を堂々と不倫に誘わないで!」

「不倫!? 女王の王配になることは光栄なことに決まってるじゃない!!」

「だったらあたしは略奪愛がいい!!」

 新しい女の声だ!
 で、出たー!!
 ヒロイナ!!

 プラチナブロンドの、見た目は美少女、中身は打算と腹黒でドロッドロな司祭、ヒロイナである。
 俺の天敵その二と言えよう。

「セキュリティはどうなっておるんだねエンサーツくん!!!」

 俺は目を血走らせながらエンサーツに抗議した。

「すまんな。勇者の仲間を務めたレベルの、強力な司祭を食い止められるような奴はこの国にはいないんだ」

「なん……だと……!?」

「ショート! あたしに会いに来てくれたのね!」

「違う! ショートはわたしの王配になりに来たのだ!」

「違うよ! ショートは赤ちゃん用のグッズを買いに来たの!」

 カトリナの一言で、トラッピアとヒロイナが凍りついた。
 ぬうー、一撃必殺。
 二人に対して圧倒的アドバンテージを持つ、まさに天敵、カトリナ。

「ああああああああ、赤ちゃん!?」

「まままままままさか、あたし以外の女とそんな」

 面白いから真実は教えないでいてやろう……。

「グハハハハ、ご想像におまかせします!!」

 俺はそれだけ告げると、カトリナと手をつなぎ、エンサーツを引き連れて買い物にでかけるのだった。
 後ろから、ゾンビのようになった二人が追ってくる。

 買い物ついでに、王都の様子も見回って行こう。

 王都の市場は大変賑わっている。
 そこに女王が現れたので、誰もが騒然となった。

 エンサーツが、トラッピアを入口あたりで押し止める。

「陛下、民が怯えますのでこの辺りのベンチにいてください」

「失敬ねえ」

「城内クーデターを起こして前王を幽閉し、彼に従う派閥を粛清した苛烈な女王は普通に怖いものだと思いますがな」

「そりゃ怖い」

 初めて詳しい事情を聞いて、俺はドン引きした。
 そんなとんでもないことやってたのか。
 いや、お陰でハジメーノ王国は滅亡を免れたわけだが。

「それじゃあ、顔から布でもかぶればいいでしょ。ちょっとお前、この布を買うわ。はい、金貨」

「うひぃぃぃありがとうございますぅ」

 店主が腰を抜かした。
 1万ゴールド金貨!?
 一枚あれば店の布がほとんど買えるじゃん。

 トラッピアは適当な布を頭から被って、スカーフにした。

「これで問題ないでしょ」

「そこまでしてショートのお買い物についてきたいの?」

 カトリナの素朴な疑問に、トラッピアは当然、と応じる。

「ストレス解消なのよ。私の隣に彼がいれば一番なのだけど」

「それはだーめ」

 鉄壁のカトリナが許さない。
 ヒロイナはさっきから、俺に近づくチャンスを伺ってチョロチョロしている。
 だが、カトリナガードがそれを通さないのだ。

 かくして、俺たちは赤ちゃん用品を売っているお店へ。

「うおっ、赤ちゃん用品だけで何店舗もある!!」

「王都は今、ベビーブームなの。魔王が倒されて平和な時代が来たでしょ。安心して子どもを産んで育てられるってね」

「乗るしか無いわ、このビッグウェーブに! だからショート!」

「だめー! ふんっ!」

 飛びかかろうとするヒロイナを、空中で受け止めるカトリナ。
 そして、堂に入った動きでヒロイナをボディスラムした。

「ウグワー!」

 うーむ!
 プラチナブロンドの美少女があげてはならぬ悲鳴だな!

「正直、わたしもいつまでもショートに関わっていられなくなりそうなのよね。女王にならなければ国がなくなるというところだったから、勢いで女王になったけれど……。王配は間違いなく必要になるわ」

「ほう……それで俺を」

 ヒロイナを倒したカトリナは、安心して赤ちゃん用品を選んでいる。
 おむつ用の布はたっぷり買い込み、ベビーベッド用の大きなカゴや、おしゃぶりなどを吟味しているようだ。
 その目は真剣そのもの。将来的に俺たちも必要になるしな。

 カトリナをチラチラ見ていた俺。
 彼女が振り返り、

「ちょっとこっちで色々選んでいくから、ショートはゆっくりしてていいよ」

 自由行動の許しをもらった。
 市場のフードコートみたいなところでまったりすることにする。

 そこで、エンサーツとトラッピアとテーブルを囲む。
 横のベンチでは、白目を剥いたヒロイナを転がしてある。

「王配というのが、女王の夫であることは知ってるわね?」

「今初めて知りました」

 トラッピアが頭を抱えた。
 代わって、エンサーツが説明を始めた。

「いいかショート。陛下はな、一人でも別に問題はねえ。だが、何らかの力やコネを持った夫を迎えることで、国家運営が楽になるんだ。例えば、魔王を倒した英雄を夫に迎えれば、その代の間はハジメーノ王国を攻めようっていうバカは出てこない」

「ほうほう」

「つまりお前だよ」

「俺か!!」

「お前が王配になると、その武力で周囲の国は一切手出しができなくなる。力で黙らせるわけだ。今回の戦争みたいにな」

「あ、そうだそうだ。戦争はもう大丈夫そうなのか?」

 俺の問いに、トラッピアが顔を上げた。

「各国にスパイを放ってるのだけど、あの怪しい新聞はまだ出続けているみたいね。ただ同時に、勇者がハジメーノ王国を守るために立ち塞がったという情報も出回っている……というか、わたしが広めさせたわ。あなた、本当に世界中でたくさんの人を救ったのね。お陰で、あの勇者様が味方をするなら、ハジメーノ王国を攻めるべきではない、という声が大きくなってきているわ」

「ははあ、俺も捨てたもんじゃないな」

 全然実感はないが。

「そうよ。だから、わたしがあなたを求めるのは、わたしの好みが半分、実利が半分。それなりに理由はあるの。それをさっさと身を固めちゃって……。勇者じゃなければ無理やり引き剥がしたりもできるけど、勇者にそれをやったら世界ごと滅ぼされてしまうわ」

「世界を滅ぼすとか人聞きが悪いな、ハハハ」

 俺は笑った。
 だが、トラッピアとエンサーツは引きつり笑いを返すだけだ。
 そ、そんな目で俺を見ていたのか!

 俺は危なくないぞー。

「まあ、ショートを王配にするのもいいところ半分、悪いところ半分だな。ショートが寿命で死んだ後、力で押さえつけられていた各国が暴れだすかも知れない。お前という個人に安全保障を任せると、そういう危機があるんだな。だから、陛下の選択肢がもう一つある」

「ほうー」

「ここからはわたしが説明するわ。わたしにね、縁談が来ているの」

「ほう!」

「グンジツヨイ帝国からよ」

「グンジツヨイ帝国!」

 グンジツヨイ帝国とは、人間の国家でありながら、魔王と真っ向から戦い続けた大変あっぱれな帝国だ。
 そりゃあ凄まじい被害を出しはしたが、お陰で戦後の今も、各国から相応のリスペクトを受けている。
 国力はガクンと落ちたはずだが、魔王軍との戦いで磨き上げられた軍隊の強さは世界最強だろう。

 そこがトラッピアに縁談を持ってくるとは。

「正直、気乗りしないのよね。そこの第二皇子、ハナメデルがわたしの相手なのだけど」

「あーあー、知ってる。会った。めっちゃくちゃ優しそうで線の細いやつだったな」

「ショート、お前ほんとに世界中に知り合いがいるのな」

 エンサーツが感心する。

「この国と、グンジツヨイ帝国が同盟を結べれば安全になるわね。わたしが子どもを産めば、それが二国をつなぐ存在になるわ。長く平和を保つならこれなのだけれど」

 そこまで言って、トラッピアがぐたーっとテーブルに伸びた。

「やる気にならないのよねえー」

 なるほど、これは大問題である。
 国を守り、俺の身の安全を保証するためには、グンジツヨイ帝国のハナメデル皇子にトラッピアと結婚してもらわねばならん。

 これは、俺が一肌脱ぐ時が来たようだな!
 この縁談、成立させてみせる!

「ショートー! 荷物持つから手伝ってー!」

「はーい!」

 おっと、カトリナがお呼びである。
 詳しいことは後で考えるとしよう。


 荷物を買い込み、ブレイン用に読みごたえのありそうな旅行記や文学書を3冊ばかり買い込み(これが一番高かった)、いよいよ帰ることになった。

「ハナメデル皇子をショートが鍛えてくれるなら悪くないわね」

「それは遠回しに俺に婿を強化しろと言っている?」

「ショート、多分トラッピアさん、直接言ってるよ」

 カトリナの言葉に、トラッピアが頷いた。ちょっと仲良くなった?
 近々、ハナメデル皇子をスローライフ人ショートのブートキャンプにご案内せねばならんようだ。

「勇者を引退したってのに、ほんとお前はいつまでも忙しいな」

「エンサーツだって忙しいだろ。お互い様だよ。俺はこっちの世界に来て悟ったんだが、仕事は仕事があるやつのところにしか来ない……。不公平にできてるのだ」

「全くだ」

 俺とエンサーツで、ワハハ、とやけくそになって笑う。
 これでは本格的に引退できるのはいつになることか。

 俺は辛うじて、勇者村という辺鄙なところに引きこもっているから比較的自由でいられるだけである。
 それでも、国が戦争に巻き込まれそうになったら出てこなきゃならなくなるしな。

「ショート」

 後ろから声がかかった。
 ヒロイナである。

「な、なんだね」

 俺はスッと距離を取る。

「連れて行って」

「はい?」

「あたしを! 勇者村に! 連れてって!!」

「な、な、なにぃぃぃ!」

 何を考えているんだこの女はーっ!!
 俺は戦慄した。

 俺とパワースと言う二人の人生を大きく狂わせたのみならず、自分の人生まで狂わせる怪しいパワーを持つやつである。
 こんなものを勇者村に連れて行っては……!

「ふーん」

 カトリナが目を細めている。

「向こうなら、私からショートを取れると思ってたりする?」

「うっ」

 カトリナ強い。
 トラッピアが初めて勇者村に来た時よりも、遥かに余裕があるぞ。
 まだ式は挙げていないが、名実ともに俺の奥さんになったという自信から来る余裕であろう。

 それに俺はカトリナが超絶大好きなので、絶対浮気しないぞ。

「むっ、村ができたなら、教会くらいあったほうがいいでしょ! あたし、一応司祭なんだからね」

「おお、そう言えば」

 ヒロイナは、ハジメーノ王国で広く信じられている、ユイーツ神教の司祭なのだった。
 世界のあちこちにいろいろな教えがあるが、ハジメーノ王国やトナリノ王国などはこのユイーツ神教だな。
 神様が一人しかいないので分かりやすい宗教だ。

 表向きは一人なんだよ、表向きはな。

「確かに村が大きくなれば教会はあったほうがいいし、教会ができるまでは一部屋空いてるから泊めてやれるな」

「そう言えばそうだねえ。ショートは私と一緒の部屋だもんね」

 カトリナの何気ない言葉で、トラッピアとヒロイナがまたダメージを受けたようだ。
 だって事実だもんな……!

「このように、君にダメージを与える状況がすぐ近くにあるが、本当に来るかね……」

 俺はカトリナという後ろ盾を得たので、ブッダの如き余裕を持ってヒロイナに相対した。

「い、行くに決まってるでしょ!! 王都にいたって、ここ年功序列の権威主義だから、あたしの仕事は見た目を活かした若い男の信者を動員するようなのしかないの!」

「元勇者パーティだというのに大変だなあ」

 俺はちょっと同情した。
 うちのパーティ、全員ろくな目に遭ってないじゃん。

 ヒロイナ的には、好きでもない男たちにわあわあ持ち上げられても、空虚な気持ちらしい。
 だが、勇者村に行ってもある意味地獄では無いかと思うんだがなあ。

「カトリナ、どう?」

「いいと思うよ」

 さらりと許可が降りてきた。

「ではヒロイナも連れていくことにする。だが気をつけろ。洒落にならんくらい辺境だぞ。何せ貨幣経済が無いからな」

「えっ!?」

 ヒロイナが考えていた以上の辺境だったようだ。
 彼女が一瞬硬直する。
 そんなヒロイナをアイテムボクースに放り込む。

「ウグワー!」

 これで持ち帰り準備完了だ。

「ヒロイナに対しては、雑に扱うわね……」

 トラッピアに言われて、俺は肩をすくめた。

「カトリナ以外の女性をお姫様抱っこするわけには行かないだろ」

「ぬぐぐ、絆が強い……」

「まあ、カトリナちゃんはショートをいろんな意味で助けてくれたからな。分かるぜ、俺は分かる」

「分かってくれるかエンサーツ!!」

 俺とスキンヘッドなおっさんの二人で、ワハハハ、と笑いながら互いの肩をばしばし叩く。

「じゃあな、エンサーツ! たまにはまた遊びに来いよ! トラッピア、皇子はそのうち迎えに行って鍛え直す。ハナメデルとの縁談は進める方向で?」

「選択肢がそれだけになりそうだもの」

 盛大にため息をつくトラッピア。
 この辺り、こいつは大人だ。
 早急に俺を諦めていただきたい。

 かくして、王都を後にする。
 カトリナを抱っこして、バビュンと飛ぶのだ。

 夕方頃には、勇者村に到着した。

「ホロホロー!」

 また外に出てきていたトリマルがお出迎えしてくれる。

「ホロロ」

「なんだトリマル。俺のアイテムボクースから変なにおいでもするか。正解だ。出てこいー」

 ポイッとヒロイナを、アイテムボクースから取り出す。

「ワー!」

 ウグワーを言い掛けてたのか。
 スタッと勇者村の地面に降り立ったヒロイナ。

「……ここは?」

「勇者村だ」

「建物が二つしか無いんだけど……!」

「俺たちの家と新婚夫婦の家だな。ちょっと離れて川べりにカエルの家がある」

「カエルって何!! 明かりとか全然無いんだけど!!」

「山奥の出来たての村に明かりがあるわけ無いだろう」

「そっ、想像を遥かに超える辺境!!」

 ちょっと森の奥に入ると、ジャバウォックとか出てくるからな。
 凄い辺境であることに違いはないぞ!

 俺たちの到着に気付いて、村人たちも集まってきた。

 司祭の登場に、ブルストは村が充実していくと満足げに頷き、フックとミー夫妻は礼拝ができると喜んでいた。
 最後に来たのは、クロロックとブレインである。

「ブレイン、あんたこんなところに……くっさ! くさーいっ!!」

 鼻をつまんで叫ぶヒロイナ。
 これに対して、クロロックがクロクローと喉を鳴らした。

「我々は肥料を作るという崇高な仕事をしているのです。これは誇りの匂いです」

 におい、のニュアンスが明らかにいい方の匂いだったな。
 決して臭い(におい)、ではないのだ。

「肥料って、あんた、こんな臭いの……」

「クロロック。ヒロイナも明日から肥料を作らせましょう」

「いいですね。ともに肥溜めをかき混ぜましょう」

「な、な、なに言ってんのよあんたたち!? ちょっとショート!」

 ヒロイナが必死の形相で振り返ったので、俺は笑顔でサムズ・アップした。

「い、いやああああああ! 肥溜めはいやあああ!!」

 日暮れの勇者村に、新たな仲間、司祭の悲鳴が響き渡るのだった。