魔王を倒した元勇者、元の世界には戻れないと今さら言われたので、好き勝手にスローライフします!

「それで、子どもはいつ作るんだ?」

「もう、お父さん!」

 真っ赤になったカトリナが、ブルストの肩をポカポカ叩く。
 音は可愛いが、なかなかいい打撃が入っているぞ。

「いて! いてててて!! 分かった、分かったからやめろカトリナ! 痛い痛い!」

 オーガのポカポカは強いようだな。
 昨夜はお楽しみだった後の、今は昼。

 やっと起き出してきたカトリナが、慌てて昼飯を準備したところだ。
 ブルストとクロロックは、丁字路村で仕入れてきた醸造の方法について論議を戦わせていた。

 そこに、蒸した芋と昨日の残りのシチューが出てきたので、飯を食いながら昨夜の話になったわけである。

「しかしショート……お前、チャンスを見逃さないでモノにしやがったなあ……。もっとおっとりしてるもんだと思ってたが」

「まあ、俺も勇者だからな。魔王軍との戦いでは、躊躇してたら犠牲者が増えるばかりだった。即断即決即実行。これが俺のモットーだ。行けそうな時に全力で行く」

 カトリナが、俺が勇者であると知っていたのだから、もうこの秘密は解禁してしまっていいだろう。
 当然、父親であるブルストも知っているはず……。

 おい。
 なんで目を見開いて口をポカーンと開けて、信じられないようなものを見る目を俺に向けているのだ。

「えっ、おま、え? ショート、お前、勇者……?」

「ブルストは知らなかったのかよ!?」

 おっさんは天然だった……!!

 これには、カトリナも笑い出す。
 クロロックは無表情っぽいが、口をパカッと開けているのであれも笑っている。

 しまったー!
 正体をばらしてしまった!
 いや、なんでブルストだけ知らないんだよ、とも思うが!

「それでカトリナ、いつ気付いたんだ?」

 昨夜の続きの疑問を投げかける。

「それはね、多分、最初から」

「最初から!?」

「そう。私たち、魔王の手先だってフシナル公国でいじめられて、追い出されちゃったの。国を背にして逃げ出して……。でも、行き場所なんかないから、近くでキャンプして暮らしてたのね。そしたら国はどんどんおかしくなっていって……。国から出てくる兵士の人は、紫色の顔をしててモンスターになってた。私たち、慌ててキャンプを遠くで張るようにして、それでもじっと国を見てたの。その時、キャンプのところに勇者一行が来たの」

「あー、あれか」

 俺は思い出す。
 まあまあ前の話だ。少なくとも一年以上。

「勇者様の仲間の人たちは、私たちの避難誘導をしてくれて、勇者様が一人だけ国に飛び込んでいったの」

「やったやった。あ、じゃあもしかして、不死王との空中決戦を見られていた……?」

「見てた。勇者様の姿はそこで覚えてたもの。すごく厳しい顔をしてて、怖かった。仲間にも気を許してなかったみたいだった。でも、一人じゃ危ないから、私、危ないよって声を掛けたの」

「ああ、あの時、オーガの子どもが俺に声を掛けてくれたな。仲間も、俺が戦うのは当然みたいな扱いだったんで、まあまあやさぐれてた時だったので心が大変安らいだ……。あれっ!?」

 俺は大変なことに気付いた。

「あの時の子どもがカトリナですか……」

「うん! 私だよ!」

「えっ、おいくつ……?」

 ここでブルストが俺の背中をバンバン叩いた。

「がっはっは! 安心しろ! こいつ、この間ちゃんと成人したからよ! あの頃はちっこかったのに、あっという間に背が伸びてな! そうかあ、あの勇者様がショートかあ。今はこんなに気の抜けた顔してるのになあ」

「うむ。今は一人で全部やらなくていいからな」

 俺の言葉に、カトリナがうんうん、と頷いた。

「優しい顔になってたから、最初は気づかなかったもん。だけど、使う魔法とか強さとか、やっぱり勇者様だった。なんでここにいるのかなーって思ったけど、一緒にいると楽しいし、私とお父さんのことを気にかけてくれるし……気がついたら、いつも目で追うようになってて」

「それで好きになったので一線を越えたわけですね」

 クロクローと喉を鳴らしながらクロロックが言った。
 カエル……!!
 言葉を濁すということを知らんな……!

 カトリナが角まで赤くなって黙ってしまった。

「ま、事情は知らんが、お前さんが俺たちと一緒に暮らすことを選んでくれたのは嬉しいぜ! なんか王女を袖にしてたしな! 確かにあの王女は怖えよなあ」

「ああ。すごく怖い。それに絶対、政治とか社交とかやらなくちゃいけなそうであまりにも大変過ぎる。なので俺はこっちで暮らすのが一番いいのだ。カトリナもいるので」

「もう、ショートったら!」

 カトリナが照れに照れまくって、俺をポカポカ叩いてきた。
 おっ、なかなかいいパンチだ!
 レベルが高くて物理防御力が極めて堅固な俺にダメージを与えるほどではないがな……!

 ひとしきりみんなで笑った後で、昼食を平らげた。
 そして今後の話になる。

「どうしてもよ、頭数的に足りねえ。ショートがいりゃなんでもやってくれそうだが、俺らもちゃんと働いてこそ飯が美味いってもんだろ。開拓を手伝ってくれる家族とかを迎え入れないとな」

 ブルストの発案に、皆頷いた。

 畑は芋ばかりではなく、麦なども作っていきたい。
 そのためには畑の面積を広げなければならないし、果樹園だって大きくしたい。

 ブルストは酒を作るために醸造所を建設せねばだし、クロロックは醸造にかかりきりになると肥料に手出しできなくなる。
 それにトリマルたち、ヒヨコ軍団も大きくなり、これから卵も生まれて数が増えることが予想される。

 人の数が足りなかった。
 つまり、勇者村は本格的に、村となるべく村人募集をかける必要がでてきたのである!

 求む、新たなる住人!

 村人を募集するため、カトリナと二人で丁字路村に向かった。
 彼女をお姫様抱っこし、空を飛ぶのだ。

 時速百キロなんか出さないぞ。
 そんな速度を出したらカトリナが可哀想じゃないか。
 だが村人とかは時速百キロで運ぶ。

 ということで、そこそこのんびりな速度で一時間。
 時速二十キロ弱かなあ。
 丁字路村が見えてきた。

 俺の姿が見えると、村人がわあわあ騒ぎ出す。
 次々に家の中から村人が現れ、小さい子は家の中に隠れ……。

 おい。
 俺は災害か何かか。

 カトリナがこれを見てくすくす笑う。

「ショートの薬が効きすぎてるかもしれないね」

「うむ、まさかこれほど畏れられるようになるとは思ってなかった」

 すたっと降り立つと、村の代表者が駆け寄ってきてひざまずいた。

「ははーっ」

「そういうのやめなさい」

「み、皆のもの! 立っていいと勇者様が仰せじゃ」

「おお……ハジメーノ王国のトラッピア殿下の威光すらはねのける、不可侵の勇者様が立っていいと仰られた」

「立つべ立つべ」

「俺への恐れが何かパワーアップしている気がするが?」

「ショートをよく知らないと、勇者様は怖いもんね」

 その後、思わず勇者様と口にしてた件で、また村が大騒ぎになるのだが。
 今後は勇者呼ばわり解禁ということで落ち着いた。

「村長、これは観光資源になるのでは」

「だな。勇者様の立像を作るべ」

 たくましいなこいつら!

「それで勇者様、今日は何をされにいらっしゃいあそばされましたのでございまするか」

「ああ。実は勇者村の新しい村人を募集にな。どうだ、誰か来ないか?」

 村人たちはみんな引きつった笑顔を浮かべて、ちょっと後ろに下がった。
 いかん、恐れられ過ぎた。

「では、募集しているという話を旅人に流してくれ。開拓していくために人が必要なんだ」

「はい。今も何組か旅人が来ているので、声を掛けてみますぞ」

 ということで、広場の真ん中に豪勢な椅子を持ってこられて、報告を待つ俺とカトリナなのである。
 なんだこれは。
 お茶とお菓子まで出た。

「あまーい」

 カトリナが満面の笑顔で、お菓子を頬張っている。
 家の周りには甘いものなんて、丘ヤシしかないからなあ。

 しばらくすると、村長が戻ってきた。
 後ろに一組の男女を連れている。
 格好からして、この辺りの人間じゃないな?

「旅芸人の夫婦がおりまして。妻が身籠ったのでどこかに落ち着こうとしていたところらしいです」

「ほうほう」

 男の方は、日に焼けた快活な印象。
 女の方も日焼けしていて、活発そうだ。

「王都まで行こうとはしてたんですがね。でも、俺らの芸はいまいち、ハジメーノ王国じゃ受けが悪くて……」

「そうそう。それに、あたしらはコンビで芸を見せてたので、あたしが動けなくなると稼ぐ手段が不安で……。そこで、移住者を探してるって話を聞いたんだよ」

「そうかそうか。じゃあちょっと待ってね。善悪判断魔法ハラゲイブレイカー(俺命名)!」

 俺の手から、モワアッと曖昧な感じの光が漏れる。

「う、うわーっ」

 夫婦は光に包まれて悲鳴をあげた。
 この魔法、その人間が抱いている、俺に対するよこしまな心を感知する魔法である。
 人間誰しもよこしまな心はあるが、これが危険レベルを超えると敵だと思って間違いない。

 この夫婦は……。
 おっ、よこしまな心がほとんど無いじゃないか。
 正直な人たちだな。

「どう、ショート?」

「合格だな。よし、二人とも勇者村にようこそ! 連れて行くよ!」

「ありがとう!」

「ありがとうー! で、さっきの光は? 勇者村って?」

 その説明は、おいおいやって行くのだ。
 丁字路村で荷馬車を買い上げ、馬は数に余裕がないから勘弁してくれと言われたので、自前で用意することにする。

 念動魔法で馬が牽引するような力を加え、荷馬車を引っ張っていくのである。

「馬もいないのに荷馬車が走り出した……!!」

「あれも勇者様の魔法か!?」

「恐ろしい恐ろしい」

「だけど勇者様が勇者の名義を使うのを許してくれるとはなあ」

「これから俺たちは勇者村の手前村だ! 稼ぐぞ!」

「ここは勇者様降臨の地! 碑を立てるべ!」

「これは勇者様が三歳のころのしゃれこうべ……」

 商魂たくましい連中である。

「ほああああ……、に、荷馬車が勝手に……」

「ああああ……な、なんか凄い人なんじゃ、この人……」

 夫婦が怯えている。
 混乱する彼らに、カトリナが俺のことを説明してくれた。

「この人は、勇者ショートだよ。勇者本人だよ。事情があって辺境で開拓をすることになったの。今はスローライフ人だったよね? それで、私のー、そのー、旦那様……! きゃっ」

 可愛いッ。

 俺がニヤニヤしてると、夫婦は大変合点がいったようであった。
 お互い夫婦みたいなものなので、シンパシーを感じたのかも知れない。

「なるほど、二人は夫婦だったのか。種族を越えた愛っていいよなあ」

「あたしと旦那はね、同じ村の生まれだったんだけど、そこが魔王軍にやられてねえ。ずっと、綿花を育ててたのに、残りはこの種だけになっちまった。ほんとはあたしら、どこかに根を張って綿花を育てていこうと思ってるんだけど、気付いたら旅芸人として暮らすことになっちゃってさあ」

「なるほど、苦労したんだな。ところで、そろそろ君たちのお名前を」

「あ、悪い、あまりにいろいろな事が立て続けに起こるんで忘れてた! 俺はフック」

「あたしはミーだよ」

「ミーはまだ腹は目立たないけど、きつい仕事はさせたくねえ。俺が気合い入れて働くからよろしくな!」

「よし、よろしく。あと、家ができるまでしばらくは、俺らの家で暮らしてもらうが……部屋数がなあ」

「ショート、あのね、ショートの部屋を使わせてあげればいいと思う。それで、ショートは私の部屋で……」

「なるほどっ!!」

 俺は目を見開いた。
 そうか、堂々とカトリナとイチャイチャしていいのである。
 部屋数的にも、フックとミー夫婦を泊めるためには仕方ないなあ!

 ということで、俺たちにとっても良いことがたくさんある、移民の受け入れ第一弾。
 村の人数も増えて、開拓も本格化だ。

 綿花を持っているそうだから、それの栽培もいけそうか?
 この辺りはクロロックに相談せねばな。

 フックとミー夫妻が仲間に加わった。
 彼らは、迎えに出てきたブルストとクロロックを見て、明らかに腰が引けた様子だったが俺が説得した。

「確かに、開拓地に来たらでかくていかついオーガと、何を考えているか分からないように見えるカエルが出迎えてきたら驚く。だが俺が保証する。いい人たちだぞ……」

「ゆ……勇者ショートが言うなら確かだよな」

「人? を見た目で判断したらだめだね」

 ということで、無事に二人を迎え入れる。

「いやあ、頭数が増えるとこなせる仕事も増えるからな。歓迎するぞ! ほう、お前の奥さんは妊娠してるのか。ちょうどいい。家の仕事も増えてきたんだ。カトリナ一人だと大変だから、二人で家周りを回してくれると助かるな」

 ブルストがテキパキと、今後のことについて話をする。
 地に足がついている男なので、こういうのは強い。

 フックも納得したようだ。

「ミーが家にいて仕事をしてくれるなら俺も安心だ! こっちのカトリナさんだったら怖くないしな……! 俺のことならこき使ってくれていいぜ! 力仕事でも畑仕事でも、なんでもやってやる!」

「おお! 頼もしいな! 両方あるから好きな方やれるぞ!」

「ワタクシ、醸造関連も彼に手伝ってもらうのがいいかと思いますが」

「そうか、クロロックは肌の粘膜が酒に弱いからな」

「ええ。見学に行った醸造所で肌荒れを起こしました」

「クロロック本格的にアルコールダメになったのかあ」

「少量を飲むのならば問題ないんですが。面目ありません」

 ケロロー、と喉を鳴らすクロロック。
 これはしょんぼりしてるな。

 俺はここでまとめに入った。

「よし、じゃあ担当だ。俺が畑作と開墾な。ブルストは開墾と建築、醸造。フックは畑作と開墾と醸造。クロロックは肥料と畑作と開墾」

「いいな! 開墾はみんなでやるからなあ。頭数が生きてくるぞ!」

「ワタクシもそれに賛成ですよ」

「分かった! 任せてくれ! いやあ……開拓してるって聞いたから、しばらく贅沢はできねえと思ってたけどよ。まさか酒を作ってるとはなあ」

「丘ヤシの酒だぞ。煮詰めて蜜を作るところからやってんだよ。将来的には蒸留酒も作りてえな……」

「いいなあ! 俺、今からよだれが出てきそうだよ」

 フックは早くもブルストと打ち解けたようだ。
 さすがは旅芸人、コミュ力が高いな。

 一方、カトリナとミーは……。
 俺はちょろっと見に行った。

「力仕事はまだいける? 私が大体やるけど、ミーさんが得意なこととかある?」

「あたしね、縫い物が得意。芸人の衣装、大体あたしが作ってたからさ。料理は西国風で良ければ!」

「あ、西国風の料理!? それは知らないなあ」

「えーとねえ、ハーブと油をめっちゃ使うの。油ある?」

「油かあー。少ないかもなあ」

 そう言えば、うちの料理は煮物と汁物が中心で、炒めものや揚げ物はほとんど無かったな。
 獣がとれた時、そいつの油を使って作るくらいだった。

「お二人さん……」

「きゃっ! ショート、いつの間に!」

 肩口から声を掛けたら、カトリナが文字通り飛び上がった。

「油は俺が探してこよう。揚げ物が作れるくらいたっぷり油が手に入るぞ」

「ほんと!? でも油なんてどこに……」

「任せてくれカトリナ。もう勇者だって隠さなくて良くなったからな。俺はどのモンスターがどれだけ油たっぷりなのかをよく知っている。ちょっと取ってくるぜ」

「今から!?」

「夕方までには戻る。リミッターの外れた俺はちょっと違うぞ! はあっ! フワリ、そしてバビュン!!」

 俺は一気に超加速した。
 一瞬でハジメーノ王国を飛び出し、その南部にある砂漠の王国サバッカへと到着する。
 上空から砂漠を見回した。

「おうおう、いるいる」

 空の上からでも確認できる、大きな緑色の物が動き回っている。
 そいつの周囲は、砂漠の色が黒くなり、湿っているように見えた。
 一部では炎が上がっている。

 砂漠の国の気温と直射日光で自然発火するのだ。
 そう、あの黒いのは、油。
 石油じゃない。
 ちゃんとした食用油だ。

「おーい、サボテンガー!」

 声を掛けると、そいつは俺に反応してうねうね動いた。
 こいつは巨大サボテンのモンスター、サボテンガーである。

 体内にたくさんの水と油を詰め込んでおり、砂漠に存在するあらゆるオアシスを支配すると言われている。

『あら、勇者じゃないー』

 サボテンガーが親しげに手を上げてきた。
 こいつはかつて魔王軍に与していたが、俺との激闘を経て友情を育んだのだ。
 勇者ショート砂漠編は、それだけで一冊の本になるくらいの量なので割愛しておくぞ。

「油を分けて欲しいんだ」

『へえー。油なんか、人間の世界ならいくらでも手に入るんじゃないの?』

「それがこっちにも事情があってな。油の自前調達ができるようにしたい」

『だったら……ほいっ』

 サボテンガーがむきっと力こぶを作ってみせる。
 すると、こぶの一箇所がもりっと膨らみ、どんどん膨らみ……そのごく一部分がちょっぴりだけ、プツンと切れた。

『これ、アタシの子ども。あっちで育てなさい』

「今の住まい、高温多湿なんだが」

『あらー、それじゃあ枯れちゃうわねえ。適当にあんたの魔法で品種改良しといて』

「簡単に言うなあ」

『何よ、神々の力を譲り受けた全能の勇者ならやれるでしょ』

「今は全能っていうか全農だけどな」

『あらオヤジギャグ』

 俺とサボテンガーで、わっはっは、おほほほほ、と笑った。
 よし、じゃあこのサボテンガーの子どもを、湿ったところでも大丈夫なタイプに改良だ。
 これで油を使った料理は解決、と。
 いやいや、これから品種改良のために新しい魔法を作らないといけないんだから、全然解決してないんだけどな。

 ということで。

 うちの畑に、サボテンが生えることになった。
 幹に穴を空けると、油が採れるのである。

「油だー!」

「これで西国風料理もできるね!」

 女子たちがキャッキャと喜んでいる。
 いい仕事をした。

「ショートさん、畑、畑!」

「すまねえショートさん! 畑仕事教えてくれえ!」

 あっ、まだ仕事が終わってない!
 辺境の開拓、幾らでもやる仕事はあるのだ。
 醸造がほどよく進み、肥料は完成し、芋畑からはもりもりと芋が取れ……。
 トリマルたちも、またさらに一回り大きくなった。

 開拓はばりばりと進み、畑の面積はこりゃあ多分、二倍くらいになったんじゃないか?
 夜間にやって来る獣も増えてきたので、罠をばんばん張って捕らえている。
 お陰で、肉も毛皮もたっぷり取れた。

「なかなか、勇者村も軌道に乗ってきたんじゃないのか?」

「そうだねえー。お芋もたっぷり採れるようになったし……そろそろ、ショートが言ってた麦の栽培、行けるかもね」

 俺とカトリナの関係も、まあ、大変仲良くやっています……!!
 何せ、隣の部屋のフックとミーが大変仲良しだからな。
 俺たちも負けじと仲良くせねばなるまい。

 そうそう、ミーの腹はちょっと大きくなってきた。
 それでも元気に働いているのだが、力仕事は本格的にカトリナが担当するようになっている。
 最近のミーは、洗い物と縫い物がメインだな。

 かくして、俺たちの生活は順調なままどこまで続いていく……。
 というわけではなかった。

 ある時突然、丁字路村に入ってくる商品の品数が減ったのだ。

「どういうことだ?」

 村の取引所で尋ねてみる。
 値段も明らかに上がっているが、王都の相場も同じように上がっている。

「実は……物が入ってこないんですよ勇者様。いよいよ、戦争が始まるっていう噂でねえ……」

 おばちゃんが不安そうに告げる。
 戦争……?
 そう言えば、特戦隊が言ってたな。

 魔王の時代に、ザマァサレ一世があちこちで不義理を働きまくったせいで、各国にハブられてると。
 これはつまり、周りが敵ばかりになっているということでは?

 それを考えると、今までよくぞ物流を保ってたなと言う気になるな!
 で、恐らくここで物資が滞ったってことは、他国が団結してハジメーノ王国に攻めてくるということではあるまいか。

 いかん……。
 それはいかんぞお。

 ようやく、俺の安らかで楽しいスローライフが軌道に乗ってきたばかりなのだ。
 俺は、帰る場所と、師匠と、友と、村人と、ペットと、そして可愛い可愛いハニーを手に入れてだな!
 毎日いちゃいちゃして過ごす予定だったのだ!

 そこに戦争だと……!?
 ええい、ザマァサレ一世、どこまで俺の足を引っ張れば気が済むのだ。

 俺は怒りに燃えた。
 だが、自ら助けに行くのは癪なので、この日は買えるだけの麦の苗を購入して帰った。

 帰ってきた俺を見て、クロロックが何か察したらしい。
 カエルながら、こいつはとても鋭い男だ。
 親友である俺のことをなんでも分かっている。

「ショートさん」

「ああ、分かるか、クロロック。これだけしか買えなかった」

「ええ。肥料の配分は難しいです。麦は少量から作ったほうがいいですね。分かってくれましたか」

 全然分かってねえ!!

「違う違う! あのな、丁字路村に物が無くなってきてるんだ。というか、国中から物が無くなってる」

 すると、クロロックは腕組みをして、クロクローと喉を膨らませた。
 もう分かるぞ、こいつがこの仕草をするのは、色々と誤魔化してる時なんだ。

「つまり、戦争が起こるんだな?」

 ブルストが核心的な発言をした。

「流石ブルストだ。間違いなく、でかい戦争が起きるな。しかもこれは、人間と人間の戦争だ。実にバカバカしい」

「うーむ」

 ブルストが顎を撫でる。

「俺らオーガはな、部族同士の争いなんてのは挨拶みたいなもんだった。何せ簡単にゃ死なねえ頑丈な体だからな。本気で殴り合ってもまあどうにか生きてる。ってことで、カジュアルに戦争をやるんだよ。で、勝った側が略奪する。だからまあ、俺は人間が戦争をするって言ってもな」

「文化の違いだなあ」

 ちなみに、このやり取りを横でフックが聞いて、ほっと胸をなでおろしている。
 この辺境にいる限りは、ミーと腹の中にいる赤ん坊は無事だと思ってるんだろう。
 それは全くもってその通り。

 さらに、今戦争が起きたとしても、俺たちはこの辺境に引きこもってても構わない。
 当座困らないだけの量の布はあるし、芋に丘ヤシがある。

 あちゃー、こんなことなら、野菜をもっと手に入れておくんだった。
 野草でしばらくは過ごすか。

 ハジメーノ王国、あんま強くなさそうだし、他の国が徒党を組んで戦争を仕掛けるなら、サクッと敗戦するだろ。
 それで、こっちまで勝った側の国がちょっかいを出してきたら、殴り返せばいい。

「よし、これだ。これで行こう。俺はもう、歴史の表舞台には立たないと決めたのだ……」

 俺はこっちで楽しく過ごすのだ……。
 だが。

 元勇者とは言え、俺を放っておいてくれるほど世界は甘くなかったらしい。

 その日の夕方に、猛烈な勢いで特戦隊がやって来たのだ。

「勇者殿! 勇者殿ーっ!!」

「聞こえない! 何も聞こえないぞーっ!!」

 耳をふさぐ俺。 
 だが、特戦隊は俺を取り囲んでひざまずき、頭を下げてくるのだ。

「お助け下さい勇者殿ーっ!!」

「トラッピア殿下が外交でどうにか食い止めていましたが……ついに限界が……!!」

「クーデターを起こした殿下がザマァサレ一世陛下を地下牢に幽閉し、政権を奪取したのですが時に既に遅く……!」

「勇者殿に会ってから、トラッピア殿下のモチベーションが復活したようで……」

 ええ……凄いことになってたんだな……!!

「どうか! どうかお願いします!!」

 だが、ここは俺一人で決められることではない……。

 スッとカトリナを見る。
 すると彼女は、眉間にシワを寄せている。

「あの王女はどうでもいいんだけどね。戦争って、私あんまり知らないけど……たくさんの人が困るんでしょ?」

「そうなるな」

「だったら、私、ショートには戦争を止めて欲しい」

「カトリナさん!?」

「ただし!! 私も!! 行くから!!」

「カッ、カトリナさんんんんっっっ!?」

 ということで。
 ハジメーノ王国vs連合国軍の戦争に……。

 この俺、勇者ショートが参戦なのだ……!
 事が起こる前に、村の人員が増えていて本当に良かった。
 俺は仲間たちに見送られながら、カトリナをお姫様抱っこしてフワリと飛び上がった。

「超特急と遊覧飛行、どっちがいい?」

「超特急って速いほう?」

 カトリナが少し考え込んだ。

「じゃあ、超特急で! みんな困ってるんでしょ」

 むむう、戦争が起こることで困っている、他の人たちのことを考えるなんて。
 カトリナは本当に優しいなあ。
 好きになってよかった。

 ということで、俺はまず、風水圧遮断魔法バーリアー(俺命名)を張る。
 その後、フワリしてバビュンで飛んだ。

 これで風が来なくなるので、体に来るのは加速の重圧だけになる。

「む、むぎゅう」

 カトリナが可愛いうめき声をもらしながら、俺にぴったりしがみついた。
 うむ、一般人なら失神してるレベルの加速Gだからな。

 だが、さすがはオーガ。
 カトリナは意識がちゃんとあるようだ。

 ものの十分ほどで、王都に到着。
 王城の前に降り立った。

 カトリナを下ろすと、ちょっとフラフラしている。

「ふ、ふわあああ……。あっという間についちゃった。私、王都は初めてなんだよね」

「初めての王都がいきなり王城かあ。観光もできなくてすまんね」

「いいのいいの。落ち着いたら、二人でゆっくり回ろ?」

「よし、回ろう!!」

 俺は鼻息を荒くした。

 そんな俺たちのやり取りをみて、門番がわなわなと震えた。

「ゆ……ゆ……」

「ゆ?」

 カトリナが首を傾げる。
 門番はすぐさま、(きびす)を返すと城の中に駆け込んでいく。

「勇者様がおいでになられたーっ!! 我らを助けに降臨なされたぞーっ!!」

 次の瞬間、城中で、うわーっ!! という大歓声が巻き起こった。
 城だけではない。
 街中から人が溢れてくる。

「勇者様! 勇者様!!」

「どうかお助けを!」

「あのバカ王がやらかしたんです!」

「戦争で負けるのはいやだよー!」

 こりゃあ凄い。
 大パニックだ。

 普通なら、戦争が起こるけど負けないよ! とかプロパガンダをするものである。
 だが、そうなっておらず、よくよく見たら街も荒廃してきている。

 これは暴動とか略奪が起こっているな?
 カトリナと、新婚旅行気分の観光どころではないではないか。
 最高級ホテルで最高級ディナーをとりながら、満点の星空を眺め、そのままベッドインしてジュニアを作るなんてできないではないか。

「いかん……いかんぞぉ。戦争はいかあん」

 俺は決心した。
 必ずやこの戦争を止め、王都の治安を元通りにしてみせる。

「ショート、やる気だね!」

 カトリナが微笑む。
 うむ、君のためにやる気になったぞ!!

「来たのねショート!」

「ショート! 久しぶりー!」

 二つの声が聞こえてきた。
 ハッとして振り返る。

 片方は、大勢の取り巻きを引き連れた、金髪碧眼の俺が一番苦手な女子、トラッピア姫。
 もう一方は、見ていると俺のトラウマがえぐられる、プラチナブロンドに赤茶色の瞳の娘。
 僧侶ヒロイナだ。

 ぐううーっ!!
 パ、パワースの彼女が今更俺になんの用だ……!

 おっと、いかんいかん。
 落ち着けスローライフ人ショート。
 お前も今や、リア充ではないか。

 こんな超絶可愛いくて優しい嫁が隣にいるのに、過去など思い出してどうする?

「助けに来たぞ、トラッピア姫。そして久しぶりだなヒロイナ」

「ええ、信じていたわよ! 早速作戦会議に入るわ。ハジメーノ戦争対策本部に来てちょうだい」

「ショート……なんだか大人っぽくなったね。あたしもね、ちょっと大人になったんだ。あのね、どこが変わったか分かる?」

 あっー!!
 ヒ、ヒロイナが近づいてきてなんだかアピールしてくるーっ!
 危険危険!

 俺はガクガク震えた。
 そして、カトリナは敵の出現に気付いたようだ。

 ずん、と前に踏み出して、ヒロイナの前に立つ。

「何か用? ショートの元お仲間さん?」

「あら……。あなたはだあれ?」

 ヒロイナの声もなんか怖くなる。
 やべえー。
 女子こえええー。

「あなたはショートと最近仲良くなったんでしょう? あたしはね、三年も一緒に旅をしたのよ? そりゃあ、一時の感情で間違った選択をしてしまったこともあったかも知れないけど……。あたし、本当に愛するべき人は違うんだってこの間気付いたの」

 うわーっ!?
 何を言っているんだヒロイナ!!

「ま、まさかパワースと別れたのか?」

 俺が震えながら指摘した事に、トラッピアが「なんだそんなことか」と応じた。

「あの男は、王宮で近衛兵として取り立てられたのよ。だけど、そこで勇者ショートの悪い噂を流しまくったわ。お陰で特戦隊は馬鹿な事をして、こうしてあなたを王都に呼ぶために大変な回り道をしなければいけなかった。なので地下牢に放り込んだわ」

 パ、パワースーっ!!
 やべえ、トラッピア。

 父王も容赦なく地下牢にぶちこむし、魔王退治の英雄も地下牢にぶちこむぞ。

「あたし、騙されていたの!! 口先だけの男なんてやっぱりダメね! 男はハートだわ!!」

「今更調子良すぎない?」

 ぴしゃりと、カトリナ。
 彼女の背中しか見えないが、俺には分かる。
 今のカトリナは、目が据わっている。

「だから、あなたは誰なの? ポッと出の女はお呼びじゃないんだけどなー。ほら、あたしとショートには絆があるから……」

 ヒロイナが勝ち誇ったように言う。
 トラッピアがこれを聞いて、ふんっと鼻で笑った。
 だがしかし。

 今日のカトリナは強かった。
 いや、以前トラッピアと会った時よりも、遥かに強くなっていたのだ……!

「私は、ショートの妻です!!」

 カトリナがその言葉を口にした瞬間、トラッピアとヒロイナが凍りついた。
 うん、文字通り凍結したな。
 微動だにしなくなった。

 一言で女子二名を叩きのめしたな。

「ブラボー……!!」

 俺はカトリナに向けて拍手した。
 よくぞ言ってくれた!

「じゃ、行こうか、対策本部へ。止めなくちゃな、戦争!」

 俺が爽やかに告げる。
 特戦隊や取り巻きは真っ青。

 トラッピアとヒロイナは、死んだ魚みたいな目になっている。
 
 さあ、このドリームチーム()で戦争を止めなくちゃな。
 対策本部には、見知った顔があった。
 エンサーツがいる。
 城の偉い連中がいる。

 あと、賢者ブレインがいる。

「あれっ!? 賢者ブレインじゃないか。久しぶりだなあ。今何やってるの」

 俺は賢者ブレインの隣に座った。
 俺のもうかたっぽうの隣には、カトリナが腰を下ろす。

 ブレインの横にはヒロイナが座った。
 すごい目でこっちを見ている。
 いや、カトリナと火花をバチバチ散らしている。

 恐ろしいなあ。
 しかし俺、モテ期かなあ。
 こんなモテ期、来てほしくなかったなあ……。

「やあショートさん。僕はですね、今は国の図書館で働いているんですよ。司書としてですね」

「元勇者パーティにしては地味な再就職先だな」

「僕は世渡りが下手なので、あっという間に権力闘争で負けて、ハニートラップで醜聞を作られたんですよ。お陰で一人暮らしギリギリの給料をもらって、賃貸で暮らしています」

「なんてことだ」

 俺はショックを受けた。
 お前めちゃめちゃ悲惨なことになってるじゃん。
 過去の栄光も何もあったものではない。

「ちなみにこの対策本部会議はお給料出るの?」

「無料ですね」

「うっ」

 俺は悲しくなって、ブレインの肩をばんばん叩いた。

「お前、この戦争が終わったらうちの村に来い」

「なんと! ショート君の村ですか」

「ブレインはさ、俺と活躍場所が被ってて、目立たなかっただろ。だけど何気に現地人では最高レベルの魔法の使い手だってのは、俺は知っているんだ。お前の活躍場所は、勇者村にある……!!」

「なるほど。今の仕事もお給料は安いですが気に入っているんですけど」

「世界を救った英雄が、安い給料でお仕事してていいわけないでしょ……! まあ、勇者村は貨幣っていう価値観自体が無い気がするが」

「ショート君がそこまで誘うなら行ってみましょう。実はハニートラップ仕掛けられてから、女の人が怖くて、仕事でもちょこちょこ困ってたんですよね」

「大問題じゃん……。カトリナ、こいつを連れて帰るけどいいよな」

「うん、もちろん!」

「あたしは? あたしは?」

「ヒロイナは絶対連れていかねえ」

「なんでーっ!!」

 ちなみにヒロイナは、ハジメーノ王国大神殿の特別大司祭とかいう役職についているそうだ。
 名誉職だが、各種イベント事に顔を出して、アイドル的な活動をするだけでガッポリと金がもらえる美味しい仕事だ。

 世界を救った英雄のために、国が作ったポジションだな。

 パワースは体育会系で割と世渡りができたので、騎士団顧問になっていたはずだが、今は地下牢に幽閉されているな。
 あいつの人生は終わったかもしれん。
 だが、奴は裏で俺の有る事無い事、悪い噂ばっかり広めてたみたいだから自業自得と言えよう。

「パワースはね、ショートにずっと嫉妬してたの。ショートってほら、あたしが好きだったでしょ?」

「うわっ、いきなり危険な話題を振るなヒロイナ!!」

 俺は戦慄した。
 真横で、カトリナから何かオーラのようなものが立ち上っているのが分かる。

「パワースは何をどう頑張っても、絶対ショートに勝てなかったもの。だから、昔の騎士仲間とかを抱き込んで、王国でロビー活動をしたりしたんだよね。あたしを口説いたのも、ショートから何かを奪いたかったからじゃない? 付き合ってみたけど、人間がちっちゃいのよね。前のあたしだったらパワースで良かったかもだけど、ショートみたいな得体のしれない凄い男子を知っちゃうと、パワースじゃ物足りなくって……」

 恐ろしいことを言う女だ。
 ちなみに既に会議は始まっており、俺とヒロイナに挟まれているのに、ブレインは平然と会議で発言をしている。
 トラッピアの刺すような視線が、ヒロイナに注がれているな。

 恐ろしい……。
 とんでもない三角関係である。
 俺を取り巻く、女子三人の火花をちらし合う三角関係。

 無論、既にカトリナが勝利確定している。

「ねえショート、今からでもいいわ。あたしと一緒になりましょう? あたし、凄いんだから。三年も一緒のパーティだったじゃない。あたしのこと好きなんでしょ?」

「ヒロイナ、何か勘違いしているようだから言っておくが……。モテない男は、女子としばらく一緒にいるだけで好きになるので、その感情は軽いものなのだ……。あと、俺はカトリナとハッピーに暮らしてるのでそっちにつくのはないです。ダメです」

「な、なんですって」

 カトリナが俺にピタッとくっついた。

「ショート、会議でもちゃんと喋らないと。エンサーツさんこっち見てるよ」

「あいつ、笑いをこらえる顔してやがる……!! あのおっさん、いい性格してるぜ……!」

 しかしまあ、ブレインを間に挟んで良かった。
 真隣にいたら、ヒロイナの誘惑でちょっと揺らいでいた可能性もある。
 俺のそっち方面の抵抗力は、スーパーベビー級なのだ。すぐ誘惑されるぞ。

 それを考えると、ハニートラップで地位が失墜し、慎ましく一人暮らしをしているブレインの気持ちも分かる……。
 いや、お前はあり得た未来の、もう一人の俺だ……!

「ちょっと! あたし、いきなりスルーされる感じになってるんですけど!」

「ええいさっきからぺちゃくちゃと色恋の話ばかりして!! 特戦隊! そこの女をつまみ出しなさい!!」

 トラッピアがキレた!
 特戦隊がわーっとやって来て、ヒロイナをわいわいと担ぎ上げる。

「ちょ、ちょっと!! 特別大司祭ヒロイナ様に何してるのよあんたたち!! うわーっ、やめろー! 外に連れてくのやめろー!」

 わっしょいわっしょいと、運ばれていってしまった。
 これには耐えきれず、この場にいたお歴々が爆笑する。

 くっそ、みんな耳をそばだててやがったな?
 後で聞いた話だが、パワースに同調して俺やブレインの追い出しを図った貴族や騎士が大勢いたようだ。
 そいつらは全員地下牢にぶちこまれている。

 この場は、トラッピア派か、風見鶏派か、勇者派しかいないというわけだ。

「では勇者ショート。連合軍を止める方法について、あなたの意見は?」

「方法も何もないだろ」

 トラッピアに問われて、俺は初めて意見を口にした。

「俺が突っ込んでいって、くだらん戦争は止めるようにオハナシしてくればいいんだ」

 簡単な話である。
 思い立ったが吉日と言う言葉がある。
 既に、ハジメーノ王国と連合国は開戦寸前というか、最前線では小競り合いが起こっているらしい。
 俺が戦争を止めるために動くと決まったので、すぐに戦地に向かうのが良かろう。

 戦争にかまけている暇はないのだ。
 俺は作物を育てねばならん。

 せっかく芋が収穫できて、次は何を育てようかという話になっていたところだ。

「芋の次は何がいいんだろうな。やっぱり芋かなあ。……あれ? 同じ作物を連続して育てると良くないって聞いたことがあるような、無いような……」

 俺はうんうん唸りながら、戦場へ向けて一直線に飛んでいった。
 すると、おおよそ十五分ほどで戦場に到着だ。

 この世界の一国は、そこまで広くないからな。
 バビュンは、風水圧遮断魔法を使うと、大体マッハ10くらいまで加速する。
 これだとほぼ一瞬で到着するな。

 ただし、俺が生み出したソニックブームで辺り一帯が大変なことになる。
 今回はジャンボジェット程度の飛行速度でのんびり行った。

 到着すると、既に双方の軍隊がわあわあと叫んでやり合っている。
 戦争もう始まってるじゃないか。

 俺は戦場の只中に、バビュンで速度を出したまま降り立った。

「ウグワー!」「ウグワー!」「ウグワー!」

 俺が着陸した衝撃で、辺り一帯の兵士がぶっ飛ばされる。

『戦争はまあちょっと待て』

 俺は拡声魔法スピッカー(俺命名)を用いて、戦場中に声を送り届けた。

『俺は魔王を倒した勇者ショートなのだが、戦争を止めに来たぞ』

「勇者ショート!? 我が国を暗黒竜ダルガスと大空中戦を繰り広げて救ってくれたあの勇者ショートか!」

「勇者ショート!? 我が国に押し寄せる大津波を食い止め、海底魔城に乗り込んで魔将オダゴンを打ち倒したあの勇者ショートか!」

「勇者ショート!? 魔王に寝返ったうちの王様を腹パンして引退させたあの勇者ショートか!」

 ほう、俺の評判が広まっている。
 これは楽勝な気配?

 ハジメーノ王国も、俺の登場に盛り上がっている。

「勇者ショートが来てくれたぞ!」

「来た! 勇者来た! これで勝つる!」

「今だ、攻めろー!!」

 うわーっと鬨の声をあげて、連合国に襲いかかろうと……。

「やめろっつってんだろうが念動魔法!」

「ウグワーッ!」

 聞き分けのないハジメーノ王国軍は、全員まとめて念動魔法で空に浮かすのだ。
 これで半日浮かびっぱなしで何もできない。

「おお……本当に勇者ショートだ……!」

「神の如き恐ろしい魔法の力……!」

 連合国軍は、一瞬で戦う気をなくした。
 俺は彼らの中にいる、偉そうなヤツに事情を聞いてみる。

「なんでいきなり戦争するって話になったの。ハジメーノ王国がアホなことしたのは分かるけどさ。クーデター起こって国王が地下牢に幽閉されたでしょ。あれもう一生外に出てこれないから、これで溜飲が下がるとかそういうの無いの」

「そ、それは分かってるが、国民感情が……」

 偉そうなヤツは、ちょっと青ざめながら解説してくる。
 なるほど。
 ハジメーノ王国のひどい仕打ちにキレた国民が戦争を望んで、それに乗っかって連合国軍が結成されて、一斉に攻めてきたというわけだ。

 それにしたって、魔王を倒してちょっとしか経ってないのに、すぐ戦争起こすとかアホすぎだろ。
 各国、まだ国力回復してないでしょ。

 これは責任者に会いに行かなくちゃね。
 俺は偉そうなヤツの脳内を読み取ると、そのまま連合国軍の本陣へと飛んだ。

 到着。
 近い。

「こんにちは、勇者ショートです」

「うわーっ」

 いきなり俺が本陣のテントに入ってきたので、そこにいた連中は飛び上がるほどびっくりした。
 とっさに切りかかってくる護衛の兵士を、デコピンでふっ飛ばしておく。

「ウグワーッ!!」

「デコピンなら死なないだろ。さて、俺は戦争を止めに来た。戦争を止めなさーい」

「ほ……本当の勇者ショートだ……!!」

「勇者ショートはあの外道なハジメーノ王国に味方するのか!! 人類の救い主は、人類の敵になるのか!」

「ハジメーノ王国民も人類でしょ。主語がでかい。あのな、魔王が君臨してた時代に、人間かなり死んでるだろ。ぶっちゃけ、向こう百年は戦争どころじゃないだろ。なんで今こういうことするの」

「そ、それは……」

 各国から来たらしい将軍が、もごもごした。
 それっぽい言い訳をしてくるが、俺が心の中を読む読心魔法テレパッシー(俺命名)で看破し、論破する。

 それで結論が出たのだが、どの国も国民が戦争を望んでいるではないか。
 なんか不自然だな?

 ということで、彼らの思考を詳しく調べてみた。
 調べられている間、将軍たちは白目を剥いて口を半開きにしている。
 傍から見るとヤバい光景だな!

 そこで判明。
 魔王との戦いで疲弊した各国に、謎の人物から救援物資が届いていた。

 この物資の中に、毎回新聞が入ってるんだそうだ。
 で、新聞には、ハジメーノ王国がいかに悪であるかが書かれている。

 娯楽なんてあんまりない世界なので、みんなこれによって、今の苦しい生活は何もかも、ハジメーノ王国が悪いんだと思ってしまたのだそうだ。

 まあ、大体半分くらい合ってるな。
 ハジメーノ王国のザマァサレ一世が全部悪い。

「しかし戦争をされると俺のスローライフの邪魔なので、止める。その新聞とやらを今持ってきている者はいないか?」

「あー」

 白目を剥いて口を半開きにしたどこかの国の将軍が、新聞を差し出してきた。
 ゾンビ状態っぽくてキモいな。

 俺は新聞を回収。
 正気に戻った将軍たちに、「戦争再開したらお前ら全員腹パンするぞ」と忠告してからハジメーノ王国へと戻るのだった。

 ふーむ、魔王との戦いの後、平和になろうとしている世界に再び戦乱を起こそうとしている者がいる。
 あの将軍たちを腹パンしても、新しい将軍が派遣されてきて戦争は続くだろう。

 各国の国民全員を腹パンすれば話は早いのだが、そうすると罪もない国民まで腹パンしてしまうことになるので気が引ける。
 この新聞を詳しく洗ってみなければならないな。

 だが、それはトラッピアの仕事なので丸投げしよう。

 その後、俺はハジメーノ王国軍と連合国軍をどちらも戦闘不能した。
 具体的には双方とも念動魔法で浮かせっぱなしにした。

 浮遊魔法を使ってもいいのだが、こっちは浮くだけで体の自由が効くんだよな。
 念動魔法は相手の全身を拘束できる。

 ということで、戦争にならなくなったので、一時停戦となった。
 戦場で得た情報を持って帰ってくると、もうすっかり夜である。

「あー、めんどくさいめんどくさい。他人が起こした戦争に関わってると、無駄に一日が過ぎてしまう。俺は勇者村をもり立てたり、カトリナとイチャイチャしたりで忙しいのに」

 ぶつぶつ言いながら、瞬間移動用のポイントにしていた対策室へと現れる。
 すると、突然俺が出現したので、周囲にいた連中がビクッとした。

「う、うわっ! 勇者殿か!」

「トラッピア陛下ー! 勇者殿が戻ってこられましたぞー!」

 トラッピアが陛下になっている!
 父王をクーデターで引きずり下ろしたのだから、まあ陛下か。
 女王トラッピアなんだな。

 向こうから、トラッピアが走ってきた。

「ショート! よく帰ってきたわね!! で、どうだったの?」

「ショート、怪我はない?」

「ショートー! 帰ってきた、そこはあたしをハグしなきゃでしょ!」

 カトリナは優しいなあ。
 あと、ヒロイナが放し飼いになってるぞ!
 あの危険人物をなんとかしてくれ!

 女子たちと、対策室の重鎮たちに囲まれ、俺は戦争の状況について説明した。

「停戦させてきた。だが、あれだな。連合国の国民が戦争を望んでるから、こりゃあ何回も起こるんじゃないか? この国は分かりやすい悪役にされてるから、魔王との戦いで溜まった鬱憤晴らしに利用されてるぞ」

「国民が……? 各国が統一してそういう意思を持つのはおかしくない? 誰かが先導しないと……」

「この新聞が先導してた。各国へ送られた支援物資に入ってたそうだ。支援物資の送り主は不明らしいが」

 新聞を前に、トラッピアとこの国の連中が、ああだこうだと騒ぎ始めた。

「よし、じゃあ状況は終了! 俺は帰宅! じゃあな!」

「あ、ちょっと待ってショート! やはり女王の傍らには最強の剣が必要だと思うのよ!」

「ショート! ずっと昔から、あたし、ショートの事が好きだったの! ねえ、今こそ昔の思いを叶えよう?」

「うるさいぞ!? 背筋がゾクゾクするからやめなさい!」

 俺は女子二名を振り払い、カトリナをお姫様抱っこした。

「ブレイン! 俺の背中に掴まれ!」

「あ、はい」

 ブレインがトコトコやって来て、俺の背におぶさった。

「で、さらばだ諸君」

 俺は彼らに告げると、瞬間移動魔法を使用した。
 今度の移動先は、城門だ。
 ここに降り立った時、ポイントを設置しておいた。

 そして、そこから浮遊して高速移動しながらの帰還となる。

「初めまして、ブレインです。ショートの奥様だとか。いやあ、どうも。ショートがいつもお世話になっています」

「いっ、いえいえ、こちらこそ! 勇者村はいいところだから、ブレインさんもきっと楽しく暮らせると思うよ!」

 ブレインとカトリナが、俺を挟んで挨拶している。
 やはり、ブレインは勇者村向きだな。

 この男は賢者と言うだけあって、それなりに広範な知識と、多種多様な魔法が使える。
 いろいろな仕事のヘルプ要員として活躍できるだろう。
 こいつほどの男が、王都の片隅でほそぼそと暮らすのはあまりにももったいない。

「というかブレイン、トラッピアからリクルートされなかったのか?」

「りくるーと? ああ、勧誘のことですね。実はトラッピア陛下の取り巻きの方々が猛反発しまして。自分たちの仕事が取られると」

「ははあ……。有能なやつを排斥しようとしたのだな。よくあるよくある」

 どっちにしろ冷や飯喰らい確定だったわけか。
 では連れてきて正解だったな。

 一時間ほどのんびり飛ぶと、勇者村が見えてきた。
 完全に真夜中なので、灯りも消えている。

 上空から見下ろすと、俺たちの家の近くに、建てかけのログハウスがある。
 フックとミー夫妻用の家だ。

「家も自分たちで建てているんですね。僕はですね、新たに建築学を学んだのでお手伝いできますよ」

「ほんとか! 家造りは元大工のブルスト一人がやってたから助かるなあ」

 勇者村へと降り立つ俺たち。
 詳しい話は明日にしよう、という事になった。

 大部屋に行くと、ブルストがぐうぐう寝ていた。

「ひとまずここで寝てくれ。お疲れー」

「お疲れさまです」

「また明日ね、ブレインさん」

 ということで、その夜は気疲れからか、俺は深く深く爆睡したのだった。
 あの二人が並ぶと、本当に体が持たない。
 もう王都には行きたくないな!

 朝になり、ブレインを仲間たちに紹介した。
 ブルストは、助手ができたと大喜びである。
 フックとミー夫妻の家造りも急ピッチで進みそうらしい。

 そしてクロロックが、ブレインと出会ってしまった。

「ほう、様々な知識を持つ賢者ですか」

「ほう、多様な知識を持つ学者ですか」

「ワタクシの専攻は農学でして。畑を耕し、肥料を作っていますよ」

「肥料……。興味があります」

「ありますか」

「やらせてもらえますか」

「是非」

 あっという間に意気投合した二人が、肥料をかき混ぜに行ってしまった。

「あの二人、キャラが被ってるよな」

「キャラ?」

 俺の言葉に、首をかしげるカトリナなのだった。

 かくして、万能お手伝い要員の賢者ブレインを仲間にしたぞ!

「な……なにぃ……!? 芋畑に、芋じゃないものが埋まっている!!」

 俺は衝撃を受けた。
 隣で、クロロックがパカッと口を開けた。
 ニヤリと笑う、みたいなニュアンスかな?

「芋をですね。連続で育て続けると、大変なことになります」

「大変なこと!?」

「土の中の栄養素が偏るので、育ちが悪くなり、作物への病気も発生するのです」

「ほうほう。ほう……?」

 何言ってるんだこいつ?

「クロロック、あまり難しいことを言うとショートが混乱しますよ。つまりですね、土は、同じ作物を連続して育てられるようにはできていないんです。なので、交代交代で別の作物を育てて、土を休ませるんですね」

「なるほどー!!」

 さすがはブレイン、付き合いが長いだけあって分かりやすい。

「それで、何を育ててるんだ、これ?」

「フックとミーが持ってきた綿花です」

「おおーっ! ついに!!」

 これが育って綿が取れるようになれば、布を自給自足できるようになる。
 これは凄いぞ!

「これを二毛作と呼ぶのです……!!」

「二毛作!? つ、強そう」

 クロロックの言葉に、震える俺。
 そして一つ賢くなった。

 さあ、本格的にスローライフの再開だ。
 戦争なんてアホらしいものに関わってしまった。

 何か進展があったらあっちから言ってくるだろ。



「ホロロッホー!」

「うおー! ついに、ついにトリマルが大人に!!」

 立派なホロロッホー鳥となったトリマルが、トテトテと辺りを走り回っている。
 奥さんたちも元気そのもの。
 トリマルに続いて、ぱたぱた走る。

 そして。

「ホロー!」

 ホロロッホー鳥となったトリマルの口から、見事な魔力光線が放たれる。
 それが木々を薙ぎ払い、ふっ飛ばした。

「これは、開拓がバリバリ進むぞ。トリマル!」

「ホロ!」

「お前のビームは、ホロロッ砲と名付ける!」

「ホロロー!」

 俺とトリマル、最強コンビの誕生だ!
 トリマルが幹をビームで破砕する!

「ホロー!」

 俺が切り株を引っこ抜いてバックドロップで投げ捨てる!

「ツアーッ!!」

 次々に森が開拓されていく!
 まあ、ありていに言って自然破壊だな!

 だが!
 人間は!
 自然では生きていけないのだ!!

 なので俺は自然を破壊するぞ!!
 穴だらけになった地面を埋め戻すのは後だ。
 今は農地を広げる。
 ただ、ひたすらに広げる……!

「いやあ、凄いなあショートさん……。あの鳥ともコンビネーションが凄い……」

「そりゃあ、ショートは勇者だし、トリマルはその勇者が卵を孵す魔法を使って孵した特別なホロロッホー鳥だからなあ。ありゃあちょっと凄いぜ」

「そうなんだなあ……。なんか、新しくやって来た人も凄く仕事ができるし、ショートさんの周りには凄い人たちが集まってくるよな」

「そりゃそうだ。魔王を倒して世界を救った男だぞ? ついで、俺の自慢の娘の、自慢の婿だ。凄いに決まってる。ほれほれフック! 手が止まってるぞ! お前ら夫婦の家を建ててるんだからな!」

「そうだった! うっす、俺、頑張るぜえ!」

 おっ、背後では槌音も高らかに、家ができあがっていく。
 いろいろな作業を並行でやっていたせいで、なかなか家を作る方は手つかずのままだったんだよな。
 だが、ブレインが増えて畑作が楽になり、トリマルが成長して俺とともに開拓を担当できるようになったことで、ブルストの手がようやく空いた。

 今こそ、建築シーズン!

 ちなみにブレインだが、ブルストと一緒に大部屋で寝起きしている。
 最近、本が読みたい読みたいと言い始めているので、どこかで本を入手してきてやらなければな……。

 それに、ブレインも家があった方がいいんじゃないのか?
 人が増えるたびに、家が必要になるな。

 この辺りは湿気が多くて、虫が多い。
 野宿をするにはちょっと危ないんだよな。

 温暖で、常夏みたいなところなのはいいところだが。

「みんなー! お昼ごはんだよー!!」

 カトリナの声が響く。
 男どもが一斉に集まってきた。

 昼のメニューは、芋を蒸したやつに、昨日俺が倒した鹿で作ったシチューだ。
 カトリナのレパートリーは基本的に、なんでもかんでも全部シチューになる。

 鍋料理は食材を無駄にしないので、これはこれで有効なのだ。
 そしてたまに飯の当番をするブルストだが、任せると飯が全部串焼きになる。

 豪快な親子だ。
 俺が飯の当番を引き受けると、豪快な丸焼きだな。
 それ以外の料理はできない。

 食材の内部に、極小のデッドエンド・インフェルノを打ち込み、内側からこんがりと焼くのだ。
 同時発生させた超小型デッドエンド・インフェルノで周囲をカリッカリに焼くと、これがもう美味い。
 味付けは塩とハーブだけというのが玉に瑕……。

「あたしとフックの里でさ、たまーにスパイスを売りに来る商人がいてさ」

 目に見えて分かるくらいお腹が大きくなってきているミー。
 彼女が、スパイスの話をしだした。

「スパイス……?」

「スパイスなあ」

「あれは直接肌にかけると粘膜に悪いです」

 クロロックは何でも触ってみて確かめてるな?
 どうやら、カトリナもブルストも、スパイスを知らんらしい。

 スパイスを使った料理は、もっと乾燥した地域でよく遭遇した気がする。

「ショート、スパイスは普段、私たちが使っているハーブと同じものですよ」

 ここでブレインが説明してくれて、俺もカトリナもブルストも、フックもミーもえーっとびっくりした。
 どうやら、ハーブを焙煎したり、乾燥したりしたものがスパイスになるらしい。

 この辺りでは、あまりにも新鮮なハーブが採れるので、そのまんま使ってしまっていた。
 ほうほう、耳寄りな話を聞いた。

「じゃあ、このハーブ、売り物になるんじゃないか?」

 俺は考えた。
 来るか?
 勇者村に、貨幣経済……!