魔王を倒した元勇者、元の世界には戻れないと今さら言われたので、好き勝手にスローライフします!

『ウグワーッ!! おのれ、おのれ勇者めえーっ! まさかこのわしを倒すとはーっ!』

「ああ、長い戦いだったぜ! さよならだ、魔王マドレノース!!」

『こ、これで終わらんぞ勇者! わしが死んでも、まだ星辰の彼方より魔王種が何度でも飛来する……! 戦いは永遠に……!』

「ツアーッ!」

『ウグワーッ!!』

 それが魔王の最期だった。
 俺の聖剣エクスラグナロクカリバー(俺命名)が炸裂し、魔王マドレノースは光の中に消えた。

「やったぞ!」

「やったわ!」

「勇者の勝利だ!」

 仲間たちが快哉をあげる。

 戦士パワース、僧侶ヒロイナ、賢者ブレインの三人だ。
 こうしてマドレノースを倒し、世界を闇の脅威から救った俺たちを、ハジメーノ王国は大歓迎した。


「よくぞやってくれた、勇者よ!!」

 国王、ザマァサレ一世が告げる。

「そして勇者の仲間たちよ。お前たちのお陰で、世界は救われた! 勇者ショートよ! お前には真の勇者としての名誉と、そして私の娘、トラッピア王女との結婚を許そう」

 ザマァサレ一世の横で、ちょっと気が強そうな王女が微笑む。

「勇者ショート。わたくしとあなたが結婚したら、ハジメーノ王国はきっと発展しますわ! そして女王としてわたくしが立ち、世界を統べますの……!」

 集まった家臣たちが、うわーっと盛り上がる。

「ばんざい! ハジメーノ王国ばんざい!」

「ハジメーノ王国に栄光を! 勇者ショートに栄光を!」

 城の外では、民衆も盛り上がっている。
 まさに、古き良きRPGならばクライマックスシーン。

 ここでエンディングが流れるところだ。

 だがちょっと待って欲しい。

「国王、俺は元の世界に帰りたいのだが?」

 俺が告げると、国王と王女の笑顔がピシリと凍りついた。

「俺は魔王を倒す約束で召喚され、スキルを得てレベルを上げて、仲間を増やして伝説の武器を手に入れて、魔王を倒した。約束は果たしたはずだ」

「うむ」

「俺を元の世界に返して欲しい」

 俺の言葉に、謁見の間がシーンとなった。

「ごほん、ごほん」

 王が咳払いする。

「お主には伝えていなかったな。召喚魔法は片道なのだ」

「はい?」

「お主を元の世界に戻す魔法はない」

「はい!?」

「だから諦めて、トラッピアと一緒になれ。そしてハジメーノ王国をもり立ててやってくれ!」

「はいぃぃぃぃ!?」

 俺はようやく理解した。
 は……はめられた!!

 こいつら、俺を元の世界に戻す気なんか無かったのだ。

「俺は! 地球に戻りたいんだよ! スマホと! ソシャゲと! コンビニ飯とコンビニスイーツがある世界に戻りたいんだ! ダラダラ寝転がって自堕落にソシャゲをしてガチャを回しながらスイーツを食って、気付いたら寝落ちして朝を迎え、やべえ学校遅刻するとか思ったけど、よく考えたら卒業してたし就職もしてないから、問題ないやって朝を迎えたいんだ!」

 そこまで一息に告げてから、俺は肩で息をする。
 あれ?
 よく考えたら地球は地球で、俺は詰んでない?

 ああ、でもまあ、こっちには娯楽がないしなあ。
 あっちでアニメとかマンガを楽しみたい……。

 しかし、悲しそうに王は首を横に振った。

「ならん。勇者よ。これまで召喚されてきた者達も、皆この世界に骨を埋めたのだ。お前もそうするのだ」

「どうして俺を召喚できる魔法があるのに、送還はできないんだ!」

「色々余裕がないし、この世界に勇者を送還するメリットが無いから全く研究されておらんのだ!!」

「な、なるほどぉ」

 俺は納得してしまった。

「よし、者共! 宴の用意だ! そしてその宴でなし崩し的に世界に向けて、勇者ショートとトラッピアの婚約を発表するぞ!」

「うおおお! 既成事実を作って俺を逃さないつもりだな!! やらせはせん、やらせはせんぞ国王!!」

 俺は吠えた。

「浮遊魔法、フワリ(俺命名)!!」

 俺が呪文を唱える。

「いかん! 勇者が逃げようとしておる! 捕まえろ皆のもの!!」

「マジックウェブ!」

「マジックストリング!」

「勇者よ待てーっ!!」

 あちこちから妨害の魔法や、兵士が飛びかかってきたりする。
 ええい、しゃらくせえ。
 魔王や魔将どもの攻撃に比べれば、そよ風にも劣るぜ!

「高速移動魔法、バビュン(俺命名)!!」

 俺は叫んだ。
 その瞬間、俺の体が加速する。
 王の頭上の壁面に突っ込み、レベルに任せた防御力で石の壁を粉々に砕く。

「ウグワーッ!?」

 俺の飛ぶ勢いで、みんなふっとばされて悲鳴を上げた。

 念のため、誰も犠牲にならないように広域回復魔法を掛けておく。

「広域回復魔法、グントナオール(俺命名)!!」

 いちいち俺命名とついているのは、この魔法はすべて俺のオリジナルだからだ。
 そう、俺にネーミングセンスは無い。

 こうして俺は、ハジメーノ王国を飛び出すことになった。

 魔王を倒した勇者が!

 王国を逃げ出して!

 まさかの放浪スタート!

 仲間たちは国から金をたっぷりもらって、一生遊んで暮らせる身分になっている。
 ヒロイナなんかパーティの紅一点だし俺とちょっと仲良かったし、これは俺にとってのヒロインじゃないのかなーって思ってたけど、なんかそんな事はなかったし!
 てか、いつの間にパワースとくっついてんだよ!

 さらば昔のパーティ。
 お前らとも会うことはあるまい……。

 案外、昔のRPGのエンディングもその後はこんなんだったのかも知れないな。

 さあ、どこに行こうか……。

─────────
壮大なる冒険が終わり、なんか終わった……何もかも……となった勇者が、最強無敵の力だけを持て余しつつスローライフに挑戦する物語がスタート!
ヒロインとヒロイン(おっさん)のダブルヒロイン体制です。
 城が見えなくなるくらいまで飛んで来たら、ちょっと喉が乾いてきた。
 森の中に小川が見えたので降り立つことにした俺。

「魔法解除!」

 その瞬間、俺は落下した。
 そう!
 俺の魔法は細かいコントロールが一切できないのである!

 敵と戦うために必要なのは、威力だけだったからな。
 あと、独学だし。

 俺はズドーンッと音を立てて地面と激突した。
 そこに、俺の形をした穴ができる。

「ふう……レベルが高くなかったら即死だったぜ」

 穴から這い上がると、俺は小川の水を掬った。
 おお、きれいな水だ。
 いただきます。

 飲む。

 しばらくして。

「ウグワーッ!!」

 俺のお腹がポンポンペインになった。
 な、なんだーっ!!
 川の水に毒が含まれていたのか!!

「くそう、毒消し魔法、ドクトール(俺命名)!!」

 毒消しの魔法は、もっと効率がいいのを僧侶のヒロイナが使える。
 だが、いつの間にか戦士のパワースとくっついた女から回復魔法を受ける気はしないのだ!!
 ということで根性で身につけた魔法だ。

 お腹の痛みは消えた。

「ふう……。まさか、川の水に毒があったとはな」

 俺は立ち上がる。
 すると、これを見ていたらしい何者かが姿を現した。

「おいおいお前さん、まさか川の水をのそのまま飲んだのか? そりゃあ腹を壊すぞ」

「誰だ?」

 振り返ると、そこには体の大きな男がいた。
 額には角があるから、オーガ族だろう。
 敵意は無さそうだ。

 まあ、敵意があっても怖くはない。
 俺はレベルが高いからな。

「おれは、木こりのブルストだ。こっちは娘のカトリナ」

 オーガの木こりの影から、小柄な少女が顔を出し、ちらりを俺を見た。
 赤毛に緑の瞳をした女の子だ。
 可愛い。

「川べりでのたうち回っている奴がいたからよ、こりゃあ毒キノコか川の水に当たったなと思ってな」

「へえ、川の水って当たるのか……!!」

「そうだぞ。何が溶け込んでるか分からねえ。煮沸したり、濾過(ろか)したりして飲むもんだ」

「そうだったのか……。水は今まで、買って飲んでたからな。全然知らなかったぞ」

 俺は一つ賢くなった。

「……お腹、だいじょうぶなの?」

 おずおず、という感じでカトリナが聞いてきた。

「ああ。俺は解毒の魔法が使えるからな。毒にあたってもすぐ回復できるんだ」

「すごい」

「そりゃあすげえな! お前さん、魔法使いか何かか?」

「魔法使いどころではない。俺は勇し……いや、なんでもない。なんか魔法が使える男なのだ」

 勇者ということがバレると、王国から追手がかかりそうだ。
 ここは身の上を黙っておくことにした。

「お前さん、どこかに行くのか?」

「急にそんなことを聞いてきてどうした。天下無敵の行き先なしだぞ」

 俺が胸を張ると、カトリナがくすっと笑った。
 おっ、女子が俺の話で笑ったのは嬉しい。

「そうかあ。お前さん、このまま放っておくと毒キノコを食って死にそうだな。うちに来いよ。ちょうど人手が欲しかったところだ。俺の手伝いをしながら、そのへんの知識や生き方を身に着けたらどうだ」

「見ず知らずの男を家に誘うとは不用心な」

「油断ならねえ奴は生水飲んでウグワーッて言いながらのたうち回らねえよ」

「確かに」

 俺は納得した。

「お父さんは自給自足のプロなの」

「ほんとか」

 カトリナが凄いことを言うので、俺は目を見張った。
 自給自足。
 それはこれからの俺に必要になりそうなスキルではないか。

 俺が今持っているスキルと言うと、攻撃魔法を超強化するものや、聖なる武具を装備できるものや、他人の魔法を模倣できるものや、弱いモンスターを寄せ付けないもの、そして罠を解除するスキルくらいのものだ。
 ああ、レベル上限突破があったな。

 だが!
 自給自足をするために!
 レベル上限を突破してどうする!!

「さらば勇者のスキル。俺は実生活に役立つスキルを身に着けるよ」

「勇者のスキルって?」

「なんでもないよ!」

 カトリナの疑問をごまかして、ブルストの家に向かった。

 そこは、ログハウスだった。

「おっ、本格的だな」

 俺が褒めると、ブルストが笑った。

「だろう? 俺の腕も大したもんだろ。魔王が暴れだす前はな、町で大工をやってたんだ」

「えっ!?」

 俺は驚いた。

「そうなの。私たちはオーガだから、魔物の仲間だと思われて町から追い出され……」

「自分で家を作ったのか!? このログハウスを!? すごいな!? プロみたいじゃないか……!! ……あ、カトリナすまん。なんか言った? ちゃんと聞くからもう一回言って」

「ううん、なんでもないよ」

 カトリナがくすくす笑う。
 なんだなんだ。

「器がでかいのか変なやつなのか。両方だろうなあ、お前は! おれの目に間違いはなかったぜ。よし、入りな! おれとカトリナの二人じゃ、開拓もあんまり進まなくてよ……。手伝いが欲しかったところなんだ」

「おう。俺としても願ってもないぜ。このままじゃ、野宿だったからな……! あと、森の中で食べ物を見つける方法とか知らないからかなり危なかった」

「お前さん、本当にあれだなあ……。森に一人で入っちゃいけねえぞ……」

「うん。君、すぐ死んじゃいそう……。そういえば。君はなんていう名前なの?」

 おっと、まだ名乗ってなかったな。

「俺は勇し……じゃない、山歩き初心者の男、ショートだ。よろしくな」
「薪割りやったことあるか?」

「アニメで見たことはあるな」

「あにめえ? なんだそりゃ?」

 ブルストが不思議そうな顔をした。
 現代っ子の俺にとって、薪割りなんてのはファンタジーだったのだ。
 今どき、地方都市に行っても薪割りなんかしてないだろうしな。

「見てろよ。これを、こうして……」

 ブルストが、ひとつかみほどの太さになった薪を、台座代わりなのであろう切り株の上に乗せる。

「こうだ! ふんっ!」

 薪に斧を食い込ませてから、振り上げて降ろす!
 すると、カコォーンッ! という小気味良い音とともに薪が割れた。

「おおっ、お見事!」

 俺はパチパチと拍手をした。

「いや、大したことねえよ」

 照れるブルスト。

「よし、俺もやってみるか。刃物はちょうど持っててな」

 抜き放つは聖剣、エクスラグナロクカリバー。
 魔王を殺すために神々が鍛えた業物だ。
 魔王によって殺された戦神の魂が触媒に使われており、俺の意思に反応して聖なる光を帯びてビームを放つ。

「おいおいショート。そんな剣なんかで薪は割れねえぞ」

「こいつが、俺の使い慣れた刃物なんだ。やってみるさ!」

 これを、薪にぐっと食い込ませ……。
 おっ、なんか豆腐を切るような感触でするっと食い込んだな。

 んで、これを持ち上げて、力いっぱい叩きつける!!

 ズバァァァァァァーッ!!

 果たして、薪は割れた!
 そして台座の切り株も割れた!
 さらにその下に広がっていた大地も割れた!
 大地が続く先にあった森と山も割れた!

「ウグワーッ!」

 衝撃のあまり、ブルストが尻餅をついた。

「キャー!」

 カタリナがよろける。
 俺がスススっと動いて受け止めた。
 あっ、柔らかくていい匂い!

「な、何が起こったの……!?」

「何も起こってないぞ。時空魔法、トキモドール(俺命名)!!」

 俺はちょっとだけ時間を巻き戻せるので、時空魔法でさっきのを無かったことにした。

 つまり、状況が巻き戻って俺がエクスラグナロクカリバーを抜いたところである。
 俺はそのまま、聖剣を鞘に戻した。

「うん、剣で薪を割るのはダメだよな! いけない! 大地を割るんじゃなくて薪を割るんだもんな!」

 爽やかに告げた。

「お、おう。俺、さっきなにか信じられないものを見た気がしたんだが……」

「気のせいだよブルスト。いやあ、ほんとにレベル上限突破とか聖剣装備できるスキルとか、日常生活の役には立たんな……!!」

 俺は斧に薪を食い込ませると、ブルストがやったのを見様見真似で再現してみた。

「オリャアーッ」

 カッコオオオオオオオンッ!

 薪が割れる!
 割れた薪が跳ね返る!
 俺の顔面に当たる!

「ウグワーッ!!」

 俺はのたうち回った。

「ショート!?」

「だ、大丈夫だ! 素の防御力が高いから、痛いけどダメージはない」

 俺は額に薪の跡を付けながら立ち上がった。

「いや、だが大したもんだ。お前さん、おれよりパワーがあるな? だが、力を入れ過ぎだな。薪割りは、カトリナくらいの力でもできるんだよ」

「うん、見てて、ショート、これをこうしてね。こうして、こう! えいっ」

 カトリナが斧を振ると、くっついた薪が切り株にぶつかって、カッコオーンと二つに割れた。

「大したもんだ……!」

 俺が拍手すると、カトリナが照れた。

「そ、そんなことないよう」

 もじもじする彼女を、俺は執拗に拍手してリスペクトする。

「まあまあそこまでにしてやってくれ。娘は恥ずかしがり屋でな。だが、初対面の相手にここまで喋るのは初めてだぞ? お前みたいなのがタイプなのかもな」

「もう! お父さん!」

 カトリナが赤くなって、ブルストをポコポコ叩いた。
 なんとも微笑ましい。
 そして俺みたいなのがタイプだって?
 ハハハ、またまた。

「知らない! 私、御飯作るからね! 薪は後で持ってきてね!」

 真っ赤なカトリナは、鼻息も荒く家の中に入ってしまった。

「……まあ、あれだ。娘も、年頃の近い奴がいて嬉しいんだよ。お前さん、ここにいる間だけでも相手をしてやってくれないか」

「ああ、構わないぞ。彼女からも学ぶスキルは多そうだ……!」

 その後、俺は薪割りを繰り返し、完全にこの技をマスターしたのだった。
 難易度的には、大型モンスターの討伐くらいだな、これ。

 こうやって火種となる薪が作られ、料理や暖房や風呂になるのだなあ。
 もしや、これがスローライフというものだろうか。

 なるほど、スローライフとはどうやら、勇者の冒険に負けぬほどのスリリングなものらしい。

「面白い。勇者の看板を下ろしたとは言え、この薪割り入門者ショート、新たな試練に挑んでやろうじゃないか」

「勇者?」

「なんでもないぞ」

 俺はごまかした。
 そう、今の俺は勇者ではない。
 ただの薪割り入門者だ。

「ブルスト、これからの薪割りは俺に任せてくれ。どんどん持ってきてくれ! 一年分の薪を割ってやるぞ!」

「いや待て待て。張り切るのいいんだけどよ。あんまり割りすぎても、放っといたら湿気っちまうだろ。そこそこの量でいいんだよ。それにこの板だって、薪にする以外に使い道があったりするからな」

「薪にする以外にも!? 奥深いな、スローライフ……!!」

 俺は武者震いする。
 こいつは、挑みがいがありそうだぜ……!

 と、いうことで……飯だ。
 俺が割った薪は油を含んでるんで、すぐに使って燃やし、その火力で豪快に煮込んだシチュー。

「うひょお、まさかこんな辺鄙(へんぴ)なところに来て、シチューが食えるとは思わなかったぜ!」

 きのこと芋を煮込み、恐らくは野生動物の肉がたっぷり入っている。
 料理はこれ一品だけだが、それだけで十分なボリュームがある。

「うめえうめえ」

「たんと召し上がれ……って、凄い勢いで食べてる……!」

「お代わりください」

「はい、どうぞ」

「お、なんだ。カトリナの味付けが気に入ったか? どんどん食え! こいつ、めちゃくちゃたっぷりシチューを作るんだが、お陰で三日はこれを食うことになるんだよ。だが、お前がいればすぐに片付きそうだな!」

「お父さんが大きい猪を取ってくるからでしょ? 新鮮なお肉を食べるには、シチューが一番なの。肉汁も脂も全部活かして作れるんだから!」

 うむ、カトリナのシチューは美味い。
 ちょっと獣臭いのを、なんかハーブみたいなのを豪快に散らしてごまかしているが、そこも美味い。
 ちなみに俺は、味さえついていれば何でも美味しく食えるタイプだ。

「うめえうめえ」

 二杯目を平らげ、三杯目を腹に収め、四杯目を胃に流し込み、五杯目からじっくり味わい、やっぱ大味だなこれは、と結論づけて、だがそこがいいと頷く。
 結局七杯食って終わりとした。

「ごちそーさん」

「ごちそ?」

「俺の国の、美味しかったですありがとうって意味」

「へえー! いっぱい食べてくれて、ありがとうショート!」

「どういたしまして」

「お前、おれよりも食うんだなあ。おれよりも小せえのによ」

「俺は燃費が悪くてな」

 若さと魔法とスキルの力だ。
 そして、俺はこの世界に来てから大切なことを習った。
 器を持って、立ち上がる。

「洗ってくる」

 自分で使った食器は自分で洗うという、この意識だ。

「えっ、洗ってくれるの!? じゃあ、外の汲みおきの水を使ってね」

「うーす」

 カトリナに教えてもらった場所には、食器洗い用の水が貯めてあり、ここでごしごし洗う。
 辺境には明かりが無いな。
 お陰で、周囲はすっかり真っ暗だ。

 星を見上げながら、物思いに(ふけ)る。
 つい数日前に魔王を倒し、今日王城に行き、直後に王国を出奔した。

 そして今、オーガの親子と食卓を囲み、たらふくシチューを食った。
 人生、何が起こるか分からんなあ。

「ショート!」

 戸口から、カトリナが顔を出した。

「お、なんだ?」

「お風呂沸かすけど、先に入る?」

「入る入る。風呂まで入れるのか……! すげえなあ」

「お陰で、朝は水汲みが大変だけどね。お水をたくさん使えたほうが健康にはいいもの」

「なるほど、道理だ」

 俺は納得した。
 ここでは、たくさんのことを学べそうだ。

「それじゃあショート! 薪をくべて湯を沸かすには、何をしたらいいと思う?」

 カトリナが、クイズを出してきた。
 これはつまり、食器洗い用の水があるということは。

「風呂用に汲んだ水があるんだな? そして、薪でガンガンに湯を沸かす」

「その通り!」

 風呂沸かしミッション開始だ。



「ここは俺に任せてくれ」

「おお、強気だな!」

 ブルストがにやりと笑う。

「ふはははは! この俺が、本来ならきつい肉体労働であろう風呂を沸かす作業を楽々終えてみせようじゃないか!」

「頑張って、ショート!」

「頑張る!」

 期待の声を背に受けて、俺は薪置場へ向かった。
 そこには、俺が割った薪が積み上げてある。

 隣にはブルストの薪があるが、俺のはなんとも不格好で不揃いだな!
 これは本来、燃え上がり方が変わってしまうだろう。
 しかし。

 魔法で燃やせばそんなことは大差なくなるのだ。
 風呂桶はでかい岩を削ったもので、これに湯を貯めて板を沈め、熱する。
 板の上にしゃがみ込むようにして入るわけだ。

 風呂は、専用の炉の上に乗っかった露天式。
 こりゃあ風情がある。

 水を入れ、板を沈め、薪をくべて……。

「行くぞ! 小規模火炎魔法、ハジメチョロチョロ(俺命名)!」

 薪が燃え始めた。
 やはり、最低限の炎の魔法でちょうどいいな。

 すぐに湯が温まってくる。
 熱しすぎないように、火加減をコントロールせねばならない。
 これは、勇者である俺の腕の見せ所……。

 いや、今の俺は勇者ではない。
 湯沸かし人ショートだ。

「じゃあ、お風呂お先しちゃうね。うわあ、あったかーい」

 この声は!!

「ああー……。きもちいい……。やっぱり、お風呂は好きだなあ……」

「ほうほう」

 美少女が湯船をちゃぷちゃぷやっている音がする。
 俺は情景を想像するのが得意なんだ。
 いいぞいいぞ、お約束の光景だこれは。

「ショート、お風呂は一発で上手く行ったね。お風呂沸かす才能があるのかな」

「ほう、意外な才能が俺に……!?」

「うん、絶対才能あるよ」

 カトリナが湯船の中で、調子のいいことをいう。
 だが、俺はすぐに調子に乗るぞ。

「そ、そうか……!」

 俺は鼻息を荒くして、魔法の操作に少しだけ力を込めてしまった。

「あ、あれ? ちょっとお湯が熱くなってきてない?」

「なにっ! ちょっと待て。小規模冷却魔法、ブルット(俺命名)!!」

「きゃあ、今度は冷たい!」

「なにっ!」

 俺はちょっと焦って立ち上がった。
 ちょうど、そうすると風呂場に顔が覗くことになる。

 そこで、思わず湯から上がったらしいカトリナと目が合ってしまった。

 ほう、さすがはオーガの娘。
 いい発育だ……!!

「みっ、見ちゃだめえー!!」

 次の瞬間、カトリナが思いっきりオーガのパワーで湯船を叩いた。
 跳ね上がる強烈な水しぶき。

「ウグワーッ!! 目が! 目があー!」

 目に飛沫が入り、のたうち回る俺なのだった。
 
 朝。
 爽やかに目覚めた俺。
 寝床は空き部屋を使わせてもらい、運び込んだ枯れ草を敷き詰めてベッドとした。

 そりゃあもう、夜空の天井じゃないというのは最高だ。
 雨に備えなくてもいいし、風だって吹きつけてこない。
 大の字になって爆睡し、日の出とともに目覚めた。

「モンスターの気配で起きなくていいのはいいな! 文明的って感じがする!」

 どうやら起きるのは俺が一番早かったようだ。
 外の水瓶から必要分を器に移し、顔をざぶざぶ洗う。

「おう、早えな!」

「おはようブルスト! これから水汲みだろ?」

「おう。何往復かするぞ。瓶の容量には限界があるからな」

 ブルストが用意したのは、背負うタイプのちょいと変わった形の瓶だ。
 ふむ、俺の収納魔法アイテムボクース(俺命名)を使えば小さな湖ひとつ分くらいの水は全て溜め込んでおけるが……。

「郷に入れば郷に従えと言うしな! 瓶で行こう、瓶で。ここで勇者の力を使ってもやっぱり役立たないかも知れん」

「勇者?」

「なんでもない。今の俺は、水運び人シュートだ」

 ブルストとともに、俺は出発した。
 何事もなく小川まで到着する。
 ここで水を汲み、ぐんぐん汲み。

「いっぱいになってしまったな」

「ああ。だからこれで往復しなきゃならん。朝の日課ってやつだな。昨日まではおれ一人でやってたが……」

「おう。俺がいるから効率は二十倍……いや、十倍だな」

「でかいこと言うなあお前……!」

 ブルストが目を丸くした。

「ハハハ」

 謙遜したつもりだが、まだ謙遜が足りないようだ。
 魔法を使えば一瞬だが、ここは足を使って地道にやり、ペースを掴むべきであろう。

「おいおいショート、そんななみなみと注いで、大丈夫か? 重いぞ、水は」

「ハハハ。心配してくれてありがとう。あんたは良い奴だなあ」

 俺は笑って応じた。

「おいおい、おれを褒めても何もでねえぞ?」

 ブルストが照れてるな。
 褒められ慣れてないな、おっさん。
 俺は軽率に褒めるぞ……!

「まあ、行こうぜ師匠」

「師匠!?」

「あんたは俺の、スローライフの師匠だろう?」

「うへへ、し、師匠か。悪くねえな」

 おう、照れる照れる。

 ということで、照れるブルストと二人で水を運ぶのだった。
 二人がかりだと、三往復ほどで一日分だ。

「お前、体格の割にパワーがあるな。水をいっぱいに溜めた瓶を背負っても、足腰がしっかりしてやがる」

「レベルが高いからな」

「レベル……? お、おう。体力的なレベルは高いな」

 おっと、いかんいかん。
 この世界、レベルという概念はあるんだが……みんな自分にレベルがあるということを認識していないのだ。
 俺がこの世界に召喚された時に得た能力は、レベルを認識することだったと言っていいだろう。

 このお陰で、意識してレベルを上げることができた。
 俺はどんどん強くなり、やがて無数のスキルを手に入れ、ついにレベル限界突破に至った。
 そして俺は……ほぼ一人で魔王を倒したのだ。

 まあ仲間たちはレベル限界突破してなかったし、レベルを認識してなかったからな。
 仕方ない。
 彼らは努力した。レベル限界を抱えながらよく頑張った。そこは認める。

 だがヒロイナ、いつの間にパワースと付き合ってたんだ!
 いや、仲良くなる機会は何度かあったものの、基本的に極めて奥手である俺が声を掛けなかったために横からパワースにかっさらわれた気もする。
 パワースも悪いやつじゃないんだが、あいつ陽キャだからな……。本来は俺とは相容れぬ存在。一度は決着を……いかんいかん、俺とあいつではティラノサウルスと芋虫ほどの戦力差がある……。獅子はウサギを狩るためにも全力を尽くすと言うが、ティラノサウルスが芋虫を狩るために全力は尽くさないだろ……。

「どうしたショート。おっそろしい顔をしてるぞ」

 ブルストが気を遣って声を掛けてきた。

「すまん。内なる闇と戦っていた……」

「そうか。詮索はしないが、生きてりゃ色々あるもんだからな」

「ああ、全くだ」

「……お前、なんつうかまだ若いくせに達観した顔をするなあ」

「なに、失ってから初めて、あの時ああすりゃよかったなあなんて考えてしまうどこにでもいる男だ」

「ああ、あるある」

 ブルストが俺の背中をバンバン叩いた。
 この男、聞き上手だな。
 心が安らかになる……。

 ちなみに俺たちが今何をしているかと言うと、瓶を火にかけて煮沸している。
 こうして消毒して飲めるようにするわけだな。
 で、使えるようになった水は蓋をして余計なものが入らないようにしておく。

「お父さん、ショート、朝ごはんだよー!」

 カトリナが呼びに来た。

「ショートは昨日、いっぱい食べたでしょ? 今日はね、大盛りにしておいたから」

「ほんとか!!」

「ほんとだよー」

 カトリナの笑顔が眩しい。
 ああ、闇に染まっていた心を照らし出してくれるようだ。
 さようなら過去!
 こんにちは未来!
 いただきます朝食!

「うめえうめえ」

「すげえ勢いだな!」

「たくさん食べてね!」

 朝食は、山盛りの蒸した芋と、昨日の残りのシチュー。
 この土地では炭水化物は芋で取るんだな。
 パンって何気に手間暇かかるもんなあ。

 よし、じゃあ、俺の当座の目的は、パンを食えるようにすることでどうだろう。
 カトリナのシチューをパンで食ったら、美味いと思うのだ。

 パンを食うためには……パンを作らねばならんな。
 あれ? パンって何でできてるんだ? 小麦? 小麦を水でこねるんだっけ。
 まあいいか!

 俺の思考は食欲に飲み込まれていくのだった。
 
「主食が芋ということは……」

「おう、掘りに行かなきゃな。めちゃくちゃ食うやつが増えたからな」

「ハハハ、カトリナの料理が美味いのだ」

「ええー。ふ、蒸しただけだよー」

 もじもじするカトリナが大変かわいい。

「まだ口説くなよ」

 ブルストに肘で小突かれた。
 結構なパワーだが、俺のほうがレベルが高いので揺るがないのだ。
 ちなみにいつなら結婚を申し込んでいいので……?

「おっ。朝の水汲みでも思ったけどよ。ショート、お前、すげえ馬力だよな」

「レベル……いや鍛えてるからな」

「いいぞいいぞ。その調子で、お前が凄いやつだってところを見せてくれりゃ、カトリナだって惚れるかも知れねえぞ」

「ちょっと、お父さん!!」

 カトリナが、ブルストをポカポカ叩く。
 あ、いや、ボスボス音がしてるな。

「痛え! いてて!」

「もー! お父さん、私はそんなんじゃないからね!」

 この打撃音、さすがはオーガだな。
 オーガの女性は人間の女性よりもちょっと大柄な程度だが、体組織が根本から違うのでとんでもない馬力があるのだ。
 オーガの男ともなると、でかい牡牛と互角くらいのパワーがあると言うな。

 優れた身体能力があるから、二人きりでもこんな辺境で暮らしていけてるんだろう。

「さて、芋掘り芋掘り」

 基本的に詮索はしない主義だ。
 俺自身、詮索されたら困る立場だからな。
 国を捨てた救世の勇者だぞ? しかも王女との政略結婚を放り出している。

 なるべく目立たないように、目立たないように暮らさねばな……!
 王女の夫なんぞになったら、毎日公務で大変そうじゃないか。
 人前で喋らされそうだし、社交パーティとかやるんだろ?

 誰がそんなめんどくさいことやるか!
 というか、なんかトラッピア王女怖いんだよね。
 あれ、愛情とかなしで俺を道具と思ってるでしょ。

 魔王をタイマンで倒した勇者を道具として使えると思ってる辺りがダメダメな香りがする。

 俺はあえて魔法を使わず、芋掘りに取り掛かった。

「どれどれ? 地面は硬いが……まあ、卵の殻を割らない程度の優しさで掘ればいけるだろう」

 そーっと地面をなぞる。
 すると、みるみる土が抉れていった。
 むき出しになる芋。

「ショート! お芋は生で食べちゃだめだよ。毒があるからね。しっかり蒸さないと、毒が消えないの」

「おう! というか、世の中は毒があるものばかりだなあ。やはり、スローライフするための技術と知識を身に付けなければ俺は生きてはいけなかっただろう……!! カトリナとブルストには感謝しか無い」

「そ、そんな大したことないよー」

 カトリナが掘り出した芋を抱きしめてもじもじしている。
 可愛い。
 それから、その芋大きいな!

 ブルストとカトリナはスコップを使って芋を掘り返している。
 どうやら、森にはかなりの量が自生しているようだ。

「しかし、たくさん取ったら無くなったりしないのか?」

「場所を移して収穫する。取り尽くさねえで、ちょっと残しておくんだよ」

 芋の小山を作ったブルストが説明してくれる。
 ここの芋は、ちょっとの残しておけば一ヶ月くらいで増えるらしい。

 だが、自然の物を採集するのはちょっと安定度がな。

「なあ、芋を持ち帰って栽培とかしないのか?」

「栽培? ああ、それもいいな。だが、この辺りには猪が多くてな。芋を掘り返して食っちまうんだ。何度かやろうとしたが、みんな猪にやられちまった。芋畑を作っても、二十四時間見張っているわけにはいかねえしなあ」

「なるほど、そこで捕まえた猪がシチューの具だったわけだ」

「そういうわけだな」

「安定して肉もあるといいよな」

「なんだお前、猪まで飼うつもりか。手が足りねえぞ!」

「でも、ショートは色々考えるんだねえ。凄いと思うよ?」

 そうかな?
 だが、俺はふんわりと、ぼやーっとしたイメージでそういうことを言っているだけなのだ。
 というか、オーガ親子が採集生活をしてるのが意外だな。

「スローライフと言うと畑作をするものだと思っていたんだが」

「畑かあ」

「うーん」

 ブルストが後頭部を掻いて、カトリナは苦笑いした。

「ダメなのか」

「ダメというかなあ」

「あのね、ショート。オーガってもともと、狩りとか、あとは略奪とかで生きてた種族だからね」

「ああ、もともと畑作向きじゃないのか」

「そういうこと。そうも言ってられないんだけどねえ……」

「なるほど。では、畑担当は俺ということだな」

「畑作るの!?」

 カトリナが目を丸くした。

「無論。食料供給を安定させねばならないからな。猪に掘られない芋畑を作ってみせよう。俺には夢ができたんだ」

「夢?」

「パンを食う」

「パン? パンって、あのパン?」

「そのパンだ。なんか、ムギで作るんだろ? 作り方は知らんけど」

「知らないんだ」

「知らねえのかよ」

 オーガ親子が笑う。

「おれたちも知らねえがな」

「私も」

「ってことは、俺たちはパンの作り方を知らない三人か……!」

 これは、パンの完成まで大変だぞ。
 だが、千里の道もまず一歩からと言う。

 パンを作るために、俺はまずこの掘り出した芋を使って芋畑を作らねばならぬ。

「よし、俺は勇者改め、芋畑職人ショートだ!」


 芋を山程掘ってきたので、一部をもらいうけて芋畑用とする。
 家の裏側は木々が切り倒されていて、地面があちこち掘り返されていた。
 どうやらここで、ブルストは芋畑を作ろうとしたのだな。

 だが、オーガとは生来生産するということに向かない種族らしい。
 適当にやっていたら、近くに埋めすぎた芋同士が栄養を取り合って痩せたものしか取れなかったし、痩せた芋すら猪がみんな食ってしまった。
 怒ったブルストが猪を殴り殺し、シチューになって俺の腹に収まったというわけだ。

「生命は繋がっているな。こうして俺の空腹を満たしたと思うと、ブルストの失敗も無駄ではない。いや失敗しないに越したことはないんだけどさ」

 俺は芋を前にして、考えた。
 さて。
 小学校の頃、じゃがいもを植えて観察したな。

 まあ、芋なんてのはあんなノリでいいだろう。
 だが、あの時、小学生だった俺は貴重な気付きを得たはずだ。

 それは、じゃがいもの芽が全部の穴から出るようにしてると、しっちゃかめっちゃかになって大変だということだ。
 きっとブルストの芋畑で起きたことも同様だろう。

 幸い、この芋はさつまいもタイプではない。
 じゃがいもタイプだ。

 俺の知見が生きる。
 これが、現代知識チートってやつだな……!
 この世界の農夫も同じ知識を持ってるような気がするが!

「まずはお見せしよう。これこそ、俺が魔王城の結界を切り裂くために編み出した切断魔法! ジゲンキール(俺命名)!」

 俺の突き出した手の先で、虹色に輝くひし形のフィールドが何枚も生まれる。
 それは猛烈な勢いで回転をしており、これそのものが世界を切り裂くほどの強度を持つ刃となっているのだ。

 そしてこれをそ~っとしゃがみ込んで、芋に当てる……。
 スパッと大きなサイコロ状になった。

 よしよし、意図したとおり、芽が出てくる穴はサイコロごとにあるな。
 気を抜くとこの辺りの世界のテクスチャーを切り裂き引き剥がしてしまうからな。
 だが、大は小を兼ねると言うし、強大な魔法はうまく使えばスローライフの助けになる。

 俺は魔法を引っ込めた。

「なにそれ?」

「うおわーっ!!」

 いきなり声を掛けられてびっくりした。
 カトリナである。
 殺気がない相手が後ろから近づいてくることなんて滅多にないから、察知できなかった……!

 俺は無意識のうちに、敵対する可能性のある相手を識別、判別する自動防壁魔法エーテフィールド(俺命名)を張り巡らせているのだが、これをするりとくぐり抜けてきたのはカトリナが初めてだ。
 あ、いや、ブルストも普通に抜けてくるな。なんだあのおっさん。

「どうしたんだカトリナ。もうちょっと先から声を掛けてもらえると安心だ」

「あ、そうか。お芋を切ってるもんね」

「そういうことだよ」

 お芋を切ってる魔法を使う時、手が滑ったら世界が滅びかねないからね。
 何せ、本来ならば魔王が張った結界を破るために、神々が作り上げた世界を割る槍が必要だったのだ。

 しかし魔王マドレノースは狡猾。
 槍を作ろうとした鍛冶神をなんやかんやあって、人間の娘に化けて籠絡し、油断したところを殺してしまった。
 鍛冶神は最後の力で穂先を作ったが、それは魔王に奪われてしまった。

 ということで、力技で結界を突破する羽目になったのだった。
 大変だった……。
 だがなんとかなった。

 ちなみにその穂先こそが、俺の腰に()いた聖剣、エクスラグナロクカリバーなのだ。
 レベル限界突破してない奴が振ろうとすると食われるからね。
 触っちゃだめだよ。

「それで、どうしたんだいカトリナ」

 思い出から現実に戻ってきた俺が尋ねると、オーガの娘はにっこり微笑んだ。

「お弁当持ってきたの。お仕事頑張ってるでしょ」

「えっ!! こいつはありがたいなあ!」

 俺はジーンと来た。
 なんて親切な娘なんだろう。
 結婚したい。

 陶器の器にシチューが入っていて、ざく切りになった蒸した芋が載っている。

「古い器だから、食べ終わったら割ってその辺にまいておいてね。新しいのはお父さんが作ってると思うから」

「へえ、この器はブルストの手製だったのか」

「何もかもそうだよ。今着てる服は私が縫ったものだし、この辺りを切り開いたのはお父さんだし……。全部自分たちで用意しなくちゃいけなかったからね」

「そうか、大変だったな。だが、これからは一人増えたから、スローライフするパワーは十倍だぞ」

「あはは、十倍! そう言われるとなんか元気になってきちゃう」

 カトリナが可愛くガッツポーズした。
 そんなカトリナが用意してくれた弁当がまずいはずがない。

「うめえうめえ」

 と食べきって、心身ともにエネルギー充填だ。
 何ていうかここは、俺一人で頑張らなくていいのが新鮮だな!

 お言葉に甘えて、器は地面に叩きつける。
 土で出来てるから、こうして放っておくと土に還るんだそうだ。

 ってことで、芋を植えていく。
 土を、範囲限定の地震魔法ユラユラ(俺命名)で揺さぶって柔らかくほぐし、そこに間隔をもって芋を植えていく。
 小学校の頃にじゃがいも栽培で身につけた俺のスキルは錆びついちゃいなかったようだ。

 さながら俺は、じゃがいも栽培人ショートだな。
 フフフ。