芋として育てるため、種代わりとした芋は種芋である。
種芋を植えたその晩、いきなり奴らはやって来た。
枯れ草ベッドの上で爆睡していた俺は、警報音によって目覚める。
「来たか、芋泥棒!!」
こんなこともあろうかと、芋畑一帯には芋を掘り返そうとする意思を持ったものの接近を感知し、俺に知らせる警戒魔法ゾクダー(俺命名)を仕掛けておいたのだ。
下着一丁のまま、魔法を使う。
「瞬間移動魔法、シュンッ(俺命名)!」
俺の姿はシュンッと消え、出現場所として指定しておいた芋畑の中央に現れた。
そこでは、畑に今にも入り込もうとしている三頭の猪の姿が。
「猪……可愛そうだが、今は芋をお前らにくれてやるわけにはいかない」
「ピギィ!」
「ブギィ!」
猪が興奮している。
俺に向かって突っ込んでくるつもりだな。
だが、畑には踏み入れさせんぞ!
芋のために、フワッフワにした土なのだ。
俺だってこうやって立っている用に見えるが、浮遊魔法フワリで一センチくらいの高さに浮かんでいるのだ。
「空間固定魔法、ピキーン(俺命名)!」
俺の指先から放たれた魔力波は、光と同じ速度で猪へと飛ぶ。
当然、荒ぶる野ブタに過ぎぬ奴らに避けることができるはずもない。
魔法抵抗力すら無いただの猪は、そのまま空間に縫い付けられて動けなくなった。
「下手に、侵入者撃退能力を持つ柵を作ったら、カトリナやブルストが引っかかるかもしれないからな。俺がちょくちょく見に来るのが一番安全だろう」
固定した猪を、まとめて回収する。
そして、苦しまないように介錯してやるのだ。
「パーンチ!」
「ブグワー!」
「パーンチ!」
「ブグワー!」
「パーンチ!」
「ブグワー!」
三頭の猪は首を折られて死んだ。
弱肉強食。
野生の掟は厳しいのだ。
明日はバーベキューだね。
肉が悪くならないよう、収納魔法アイテムボクースに詰め込んでおく。
この中では、時間が経過しないのだ。
俺はそのまま戻り、熟睡する。
朝までぐっすりだ。
そしてどれだけ深く眠っても、夜明けには……。
「おはよう!」
目覚める。
朝の日課の水汲みを終え、芋畑への水やりを済ませると、朝食の時間だ。
ここで昨夜の話をすることにする。
「実はな、昨夜、芋畑に猪がやって来た」
「なんだと! あいつら、懲りねえなあ!」
「人間が埋めた芋は簡単に掘り返せるからな。だが安心してくれ。全部倒してやったぞ」
「全部!? 夜に物音はしてなかったと思うが……」
「猪狩りは得意なんだ。猪猟師ショートと呼んでもらって構わない」
「お前、毎日二つ名がコロコロ変わるなあ」
ブルストが感心した。
「で、猪はどうしたんだ? 放っておくと狼も寄ってくるだろ。早く血抜きして肉にしねえとだぞ」
証拠もないのに、俺が猪を狩ったということを信じてくれるブルスト。
いいやつだ。
「よし、飯が終わったら外でやろう。そこで見せたいものがある」
「おう」
「見せたいもの?」
カトリナが首を傾げた。
朝食の後片付けを終え、二人を連れて家の前に出る。
そこで俺は、収納魔法アイテムボクースを展開した。
取り出すのは、三匹の猪。
ブルストもカトリナも、目を丸くしてこれを眺めている。
「な……なんだ、そいつは。もしかして、アイテムボックスってやつか! すげえ高価な魔法の道具じゃないのか」
「えっ! アイテムボックスっていうマジックアイテム、もうあるのか!? 知らなかった。これはアイテムボクースという俺が作った収納魔法でな」
何せ国王、俺が旅立つ時は50Gしかくれなかったし、武器は銅の剣と防具が布の服だったからな。
そんな高価な物、買うどころか存在に気付くことすらできなかった。
「名前似てるなあ……。しかしショート、お前、本当に魔法が得意だったんだな。すげえな!」
「猪をしまっておける魔法なのね! すごいよショート!」
うむ。
アイテムボクースはどうやら、猪専用収納魔法として認識されたらしい。
それでいいや。
「そこでだ。猪のさばき方を伝授してもらおうと思ってな、ブルスト師匠」
「し、師匠!? グフフ、よせやい」
「あっ、お父さんが照れてもじもじしてる。かわいい」
娘に可愛い呼ばわりされるおっさん。
だが、猪のさばき方を習うのは大事なことだ。
野生動物を使ったジビエ料理は、スローライフの肝っぽいだろう。
将来的に、家畜を飼って行こうとも思っている。
その時には絶対に、動物をさばく技術が必要になる。
「頼むぜ師匠」
「よーし、よしよし! そんじゃあ、俺のやることをしっかり見てろよぉショート!」
「おうよ!」
「お父さんすっごくやる気になってる。楽しそう。ショートのお陰だね」
カトリナがウインクしてきた。
「お、おう」
今度は俺がもじもじした。
女子がウインクしてくることって本当にあるんだな……!!
マンガとかの中だけの話かと思ってたぜ。
「お父さんね、私を守るために必死でね、ずーっと気を張って頑張って来てたの。ショートが、お芋掘り尽くしたらどうするんだーって言ってたでしょ。あれもホントは私たち、心配だったんだよ。だけど、畑は猪にやられて失敗しちゃって、お父さん落ち込んじゃって……」
「うりゃ! こうして! 毛皮をズバーッと剥いでだな! 見てるかショート!」
「おうよ!」
「そうそう。そんなとこで、ウグワーッて言って生水のんでお腹壊した人がいたから、落ち込んでる場合じゃなくなっちゃったの」
「俺か!」
「そう、ショートのこと。ありがとうね、ショート」
「お、おう」
いかん、集中力が削がれる!
俺はドキドキするのを無理やり抑えつつ、ブルストの仕事ぶりに集中する……する……す……。
「これからもショートがいてくれたら助かるな。ううん、わがまま言っちゃだめだよね。でも、ショートいる間はお父さんも……私も楽しいから」
集中できるか──────────ッ!!
結局、ブルストの実践は全く頭に入ってこなかったので、この光景を記録魔法ウツシトールで撮影し、後で復習することにしたのだった。
猪三頭ぶんの肉ともなると一気に消費はできないし、後で食えるようにしておくのは大切なので、加工することになる。
「基本は干し肉だけどよ。外に干しとくと獣に食われるんだ。だから中で干す」
「ははあ」
空気が乾燥する、台所辺りで干すそうだ。
ここは朝飯と夕飯の準備の時、カトリナが薪を焚くからな。
ここでは、外の力仕事はブルスト、家の中の管理はカトリナ、という仕事の手分けが決まっている。
芋掘りはストレス解消にもなるので、二人揃って出かけるらしい。
たまに魚釣りもすると言ってたな。
さあ、肉の加工だ。
と言っても、薄くスライスしてヒモに通して台所にぶら下げるだけ。
脂身は不味いらしいので、それだけ切り離し、塩味の液に漬けてから干す。
ブルストは頭をぶつけそうな高さだが、それよりも頭一つ以上小柄なカトリナならば、ぶつかる心配はない。
三人総出で肉をスライスし、吊るし、そしてスライスして吊るした。
革はのんびりとなめして、後で加工する。
「村に物々交換に行くときにもってくの」
カトリナが猪の毛皮を積み上げながら言う。
「ほんとはあんまり行きたくないんだけどね。でも、ショートの服も作りたいし、布をもらいに行かなくちゃ」
「行きたくないのか」
そりゃまたどうして。
やっぱり、亜人だからあまり良くない扱いを受けるとかだろうか?
魔王は、モンスターや亜人を従えて人間に戦争を仕掛けた……と一般には思われている。
なので、世の中では亜人に対する迫害が起きたりしてるそうだ。
魔王と戦った俺からすると、そんなのは単なる風評被害で、魔王軍に下ったのは人間の方がよっぽど多かった。
仲間を嬉々として襲い、魔王に喜んで尻尾を振る人間を何人やっつけたことか。
「大体予想はできるので、村に行くときは俺もついていくね。それで、カトリナとブルストが感じてる嫌な状況をひっくり返してやる」
「どうするの?」
「秘密だ」
教えると、俺が勇者であることをばらしてしまうからな。
俺は、記録魔法ウツシトールによって、魔王軍との戦いを記録してあるのだ。
これはもともと、魔王軍の戦い方を研究するためだった。
強い敵と戦った後、その攻撃パターンを研究し、似たパターンの敵をすぐさま倒せるようにするためだ。
だが、途中で俺のレベルが限界を突破したので、割と普通に勝てるようになった。
そこからは、趣味で戦いを記録している。
どうやら俺の記憶魔法が火を吹く時が来たようだな。
この半分は人間を裏切って魔族化した人間との戦いだぞ。
音声もバッチリ入ってるし、あっと驚くような世界的有名人がわんさかいるからな。
これを公開すると、世界中で大混乱が起こること必至だ。
だけど、村でサラッと公開するくらいは問題あるまい。
「おうおう、どうした? 肉は二日くらいで出来上がるからよ。そしたら村に行こうぜ。ショートの服がいるだろ」
「ブルストも気にしてくれてるのか」
「そりゃあな。お前、そんな上等な服でずっと野良仕事やっててもったいないだろ」
俺が身に着けているのは、いわゆる勇者の服だ。
これ自体がマジックアイテムで、あらゆる呪いや毒を寄せ付けず、食らった全ての攻撃魔法の効果を減衰させるようになっている。
副次的効果で汚れない、という能力もあり、お陰で綺麗なままだ。
「そうそう。お仕事用の服はちゃんと持っておかないとね。丈夫な服は、何回も洗えるんだよ」
ちなみに、この世界は服が高い。
布を作るだけで手間暇かかるからな。
綿花みたいなものがあって、これを使って糸を作るのだが、栽培技術が未熟なために数を作れないし、手作業で糸にしていってそれを布に加工するのだからさらに手間がかかる。
一人あたり、二着くらいしか服を持ってないとかざらだな。
夏場はみんな下着だけで動き回るし。
……ほう、夏場は下着だけで?
じっとカトリナを見た。
「なーに、エッチな目で見てー」
彼女がくすくす笑った。
そう、おかげで夏場は、この世界における恋の季節だったりするのだ。
ちなみに今は秋だ。
くそう。
二日ほどしたら、いい感じに肉が干し上がってきた。
味見をしてみたら、凝縮された肉の味がした。
店で買う保存食の干し肉よりも美味いな!
「干し肉も日持ちはするが新しいほうが美味いな。燻製にするやつは、日が経っても美味いけどよ」
家で食べるぶんと、物々交換につかうぶんを取り分けるブルスト。
こういう辺境では、貨幣はほとんど使われていない。
物々交換がメインだ。
金があっても使うところがほとんど無いからな。
「たまにね、商人の人が来るの。珍しい商品を持ってくるから、その時は私たちも村に行ってお買い物はするなあ。まあ、そこでも私たちは物々交換なんだけど」
村から離れて暮らしている彼らには、お金はそこまで必要ないんだろう。
「よーし、こんなもんだろ! 毛皮に、干し肉! これだけあればそれなりに布がもらえるだろう」
「猪三頭分の毛皮と干し肉で、それなりなのか」
「ああ、まあなあ」
ブルストが頭を掻いた。
こりゃあ、村の側が足元見てぼったくってるに違いないぞ。
俺の腕の見せ所ではないか。
村人にはぜひ、世界の真実というものを知ってもらい、考えを改めてもらうとしよう。
準備万端。
俺たちは村に向かった。
毛皮をたっぷりと肉をたっぷり、背負子にくくりつけての出立だ。
どうしても三人分の物資しか運べないから限度があるな。
俺のアイテムボクースを使う提案をしたのだが、ブルストがいやいやと断ったのだ。
「これは俺たち親子からの、新しい仲間へのお祝いみたいなもんなんだから、お前はのんびりついてくるだけでいいんだ」
「そうそう。お祝いは私たちの力でやりたいもの。いい布をもらって、動きやすい服を作ってあげるからね」
おもてなしの心である。
俺、感激する。
ということで、獣道をトコトコ歩く。
常人の足ならば丸一日歩き通しだし、下手をすると遭難しそうな道のりだ。
だが、オーガの親子と元勇者にとっては舗装された道路と同じだぞ。
もりもり突き進み、途中でお弁当を食べた。
芋である。
「そうか、村には芋以外もあるのか」
「うーん」
カトリナが微妙な笑顔になった。
「食べ物は……あんまり期待しないほうがいいかも」
「ああ。割に合わねえからな」
やはり、村人によるボッタクリ……!?
俺が勇者パワーを見せつけねばならぬのかも知れぬ。
やがて村が見えた。
思ったよりも大きい。
百人くらい住んでるんじゃないか。
村は、でかい丁字路の上にある宿場町と言う感じだった。
俺たちは、丁の字の上辺りから獣道を掻き分けてやって来たことになる。
ぐるりと村の周りの塀を回り、入り口にやって来た。
「いらっしゃい……なんだ、お前らか」
露骨に態度を悪くする、見張りの村人。
「おう。毛皮と肉を交換に来た」
「ふん。田舎くさい猪か。まったく、いつもいつも代わり映えしないものをなあ」
背負っている荷物を値踏みする村人。
若い男なのだが、カトリナを見るときだけ好色な視線になった。
カトリナはうつむいて、ブルストの陰に隠れる。
村人が舌打ちした。
俺はスッと歩み出て村人に腹パンした。
「ウグワーッ!!」
お腹を抑えてのたうち回り、奇怪な芋虫のダンスみたいな動きをする若い村人。
「ウォッ! ショ、ショート、お前何を……」
「俺が腹が立ったので個人的に腹パンをしたのだ……」
「お、お、おま、こんなことしてただで済むと……」
「悪夢魔法エターナルナイトメア(俺命名)」
「ウグワーッ!! 白昼の悪夢ーっ!!」
これで三日間悪夢の中から出てこれないのだ。
「さあ行こうか」
俺はにこやかに微笑んだ。
「う、うん!」
カトリナが微笑む。
うんうん、笑顔が一番だ。
ブルストもまた、ちょっと気分が良くなったようだ。
今の村人の態度は良くなかったからな。
だが、態度が悪いのはこの村人だけではなかったのである。
「ちょっと! 家の前を通らないでおくれ! 魔物が村の中をうろついてるなんて、治安が悪くて仕方ないよ!」
「オーガめ! 魔王軍にいる化け物がまた何の用だ! ここは人間の村だぞ!」
「ばけものめー! ゆうしゃさまにころされちゃえー!!」
おばはんやおっさんが罵ってくるし、ガキンチョは石を投げてくるし、これはひどい。
あ、石は反射魔法カキーン(俺命名)で正確にガキンチョの頭部へと反射しておいた。
「ウギャワー!」
頭から血を吹いて芋虫のダンスみたいなのをするガキンチョ。
「石を投げるなんて!」
「外道!」
「化け物!」
ん?
ん? ん?
あれかな? 死にたいのかな?
悪意を投げかける相手は選ばないと死ぬって知らないのかな?
やれやれ、ぬるま湯で生きてきた連中はお花畑だなあ。
いっちょ、現実というやつを教えてあげねばなるまい。
これを食らって反省したまえ。
「極大焦熱魔法デッドエンド・インフェルノ(俺命名)……」
俺はついカッとなって、頭上に半径100mほどの極大超高温火球を出現させた。
反省するのは地獄でだがなッ!!
「ひ、ひいーっなんだあれー!」
「あぎゃー! 家の屋根が燃え始めたー!」
「あばばばば、魔王の再来だあ」
村人どもが泡を食って腰を抜かす。
「はははは! 怯えろ! 竦め! 己がした事の愚かしさを噛み締めながら燃え尽きるがいい!」
「待って! 待ってショート! やりすぎ! やりすぎだから! っていうかこれ、ショートが出した魔法なの!? なにこれ!?」
いかん!
俺はただの魔法が得意な人という設定なのだった。
デッドエンド・インフェルノをスッと引っ込める俺だ。
危うく、俺が不死者の軍勢を率いる不死王を再生不可能なくらい焼き殺したエンディングと同じ結果になるところだった。
命拾いしたな、村よ……。
「消えた……。なんだったんだ、ありゃあ」
ブルストが空を見上げて呆然としている。
「ただの幻術ですよ……」
俺はごまかした。
「幻術で屋根が燃えるの……?」
「燃えたのも幻ですよ……」
俺は無詠唱で鎮火魔法ショボン(俺命名)を使って家々の屋根を鎮火してごまかした。
ごまかすのは力技で行くぞ。
「しかし村人の態度はひどいな。一体どういう育ち方をしたらあんなふうにネジ曲がった人間になるのだ」
俺の抱いた疑問に、ブルストがため息で応じた。
「仕方ねえんだよ。おれらの種族は魔王軍に参加したからな。人間と争ったから、すっかり今じゃ魔物扱いだ。こうして殺されず、物々交換してくれるだけここの奴らはマシなんだよ」
「これでマシか。しかし魔王軍に参加した人数では人間の方が遥かに多いのでは?」
俺が実体験から得た経験談を、明朗に口にした。
すると、周囲の村人どもの顔がこわばる。
「う、嘘だ! 人間が魔王の手下になるわけねえだろ!」
「そいつらはもともと魔物だったんだよ! だから俺らとは違うんだ」
ほう……。
なかなか大した精神的防御である。
お前ら、自分だけは綺麗なままだと思ってるんじゃないだろうね?
後で、現場を見てきた者の貴重な意見を脳裏に直接焼き付けてやるとしよう。
取引所にやって来た。
賑やかなところだったが、俺たちが足を踏み入れると同時にその賑わいはスーッと引いていった。
みんなこちらを見ているな。
さて、ここは村には不似合いなくらいでかい取引所だ。
宿場町のようになっているから、あちこちの商人が集まってくるんだろう。
取引のためのテーブルが幾つも並べられており、荷馬車ごと中に停めてあるものもある。
そして取引所の壁面には……おうおう、あるある。
"商売の神様”と呼ばれた大商人、ドルモット・タクランデルーの肖像画だ。
商人にとっては、この取引所という概念を作った人でもあり、まあ神様だな。
そしてその神様には裏の顔があることを俺は知ってるんだが、世の中では知られてない。
ドルモット・タクランデルーは先々月辺りに謎の死を遂げた。
偉人の急死ということで、彼への信仰みたいなのはより一層深まったわけだな。
ああ、ちなみにこの世界は一ヶ月三十日、十三ヶ月ある。
俺がこの世界に転移して魔王をぶっ倒すまで、三十七ヶ月掛かった……。
「ねえ、どうして遠い目をしてるの?」
「いやあ、ちょっとな」
あれ?
あの肖像画、ちょっと魔力が残ってるな。
俺の魔力感知魔法クンクーン(俺命名)ですぐ分かるのだ。
もしかしてこの肖像画、ドルモットが世界中に自分で配ったやつだったりしないか?
「オーガかよ」
誰かが吐き捨てるように行って、ぺっと地面に唾を吐いた。
取引所の空気が険悪になっていく。
一部、険悪じゃないのもいるが、あれは外から来た商人だったりするんだろうな。
地元民の村人は、基本的に亜人に対する悪感情を持っているようだ。
「毛皮と肉を交換に来た。布をもらいたい」
「ふん」
対応したのは、おばさんだった。
「これだけある。布は何枚もらえる?」
「三枚だね」
三枚?
「待ってくれ。少なすぎる。前は猪一頭で三枚だったはずだ」
「うるさいね。ここでしかあんたらと取引するような所は無いんだよ! 嫌だったら消えな!」
「だが、猪三頭ぶんの毛皮と肉で布三枚はおかしい……!」
ブルストが呻く。
実に悔しそうだ。
これはボッタクられてるな。
カトリナも不安そうだ。
「三枚あれば、なんとか一着くらい……」
うーむ。
ブルストもカトリナも、いいやつだな。
だが、世の中はいいやつがむしられるようにできているのだ。
この俺が、世の汚い奴は殴って粉砕せねば分からないということを教えよう。
「ぼったくりでは?」
俺は素直な感情を口にした。
「は!?」
おばちゃんが目を剥いて俺を睨む。
「なんだい、あんたみたいな若造が! この商売の何が分かるってんだい!!」
「王都の相場では、この量の毛皮と肉ならば一頭で布十五枚ぶんになる。相場魔法モウカリマッカー(俺命名)」
俺たちの目の前に、光で描かれた今日の布相場が出現した。
これは俺がボッタクられないために開発した魔法である。
どんな場所でも、刈り取ったモンスターの素材を適正な価格で換金するためである。
これを見せられてなおごねる奴はいたが、そういう奴とは穏健な話し合いで決着をつけてきた。
「こ、こ、こんな……こんなもんが信用できるかい!!」
「ほう? この村の相場は、王都よりも上位なのか? ほう~」
俺はネットリとした口調で尋ねる。
「そ、そうさ!! 遠くにある王都よりも、この村のルールの方が絶対なんだよ!」
「それはいい事を聞いてしまったなぁ~。では、実際に王都の中央取引所の長、エンサーツを呼んで聞いてみようか。遠距離接続魔法コルセンター(俺命名)」
俺の横に、四角い光の空間が生まれた。
そこが透き通っていくと、一人の男の横顔を映し出す。
スキンヘッドの巨漢で、傷だらけで強面、上質な革の衣装を身につけた男である。
「あっ、あっ、あっ」
おばちゃんが口をパクパクさせた。
取引所を運営する人間であれば、この男の顔を知らないはずがない。
ハジメーノ王国にある全取引所を統括する、国王直属の中央取引所所長、エンサーツである。
こいつに話をすると、俺の居場所が王に伝わるから嫌なんだよな。
だが、ブルストとカトリナのためならば仕方ない。
「おいエンサーツ」
「あん? うおっ! コルセンターの魔法じゃねえか! てめえショート! 王と姫の顔を潰してどこ行ってやがんだ!」
「それには深いわけがあってな。一言で言えば約束を反故にされたわけだ」
「あ、そりゃあ良くねえな」
エンサーツが急に俺に同情的になった。
商売人にとて、約束……即ち契約とは絶対だ。
「それでだなエンサーツ。今日の王国の布相場を知りたい。猪の皮と肉がこれだけある。何枚になる?」
「おお! 三匹分じゃねえか。だが、肉は目減りしてるな。これで二枚ずつ減らすとして……布なら三十九枚が相場だな」
「ほう……。俺の見立て通りだ。だがエンサーツ。ここはとある村なんだが、ここの相場じゃこの猪三頭が、布三枚なんだそうだ」
「は!? なんだそのボッタクリは!! 遠隔地でも、相場情報の遅れによる誤差は許されてるんだが、そいつは誤差なんてレベルじゃねえぞ! ボッタクリをやったら布の相場が狂うだろうが! お前か!!」
「ヒギイ!」
おばちゃんはエンサーツに睨まれて真っ青になった。
「そこはどこだ! 俺が直々に乗り込んで指導してやる……!!」
「や、やめてください村がつぶれてしまいます」
おばちゃんがへこへこした。
後ろで見ていた村人たちも、すっかり青ざめている。
「おやあ? 村の相場は、王都の相場よりも上なんじゃあなかったのかあ? おやおや、ここに記録魔法ウツシトールでさっき偶然記録した、このおばちゃんの映像が音声付きで……」
『ほう? この村の相場は、王都よりも上位なのか? ほう~』
『そ、そうさ!! 遠くにある王都よりも、この村のルールの方が絶対なんだよ!』
「あ”?」
おっ!
エンサーツ、キレた!
「てめえ……。首洗って待ってろよ。おいショート、あとでそこの情報送れ。それで陛下に報告するのは許してやる」
「おっ、それくらいで呼び出したのがチャラになるならお安い御用だ」
「お前には、悪魔神官だったドルモットをぶっ倒してもらった恩があるからなあ。お陰で王国は持ってるようなもんだ。だが、次は無いからな」
「おうおう。じゃあな」
エンサーツとの映像が途切れる。
「え? は?」
村人たちが呆然としている。
後日、ここには王都の取引所からの監査員が入ることになるだろう。
「いやあ、口は災いのもとだなあ。気に入らない亜人相手だからって、不公正な取引を吹っかけたら地獄に落ちるのだ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待っておくれよ、あんた」
おばちゃんが真っ青を通り越して白い顔になりながら、俺に尋ねる。
「さ、さっき、ドルモット様が悪魔神官だなんて、そんな……」
「ああ。あいつは商売の方面から王国を攻撃してきた悪魔神官だった。もちろん、正真正銘の人間だ。ああいう偉人とされる連中の大半は、人間を裏切って魔王についてたんだよなあ」
「う、嘘だ!」
「そんなバカなあ!」
「人間が魔王軍に!?」
「ありえねええ」
取引所に叫び声があふれる。
事態の急変に、ブルストもカトリナも目を白黒させている。
「ど……どういうことなんだ、ショート」
「猪三頭が、布三十九枚になるだけだよ」
「わ、わーい。三十九枚もあれば、服がたくさん作れるねえ……」
カトリナが喜んでくれて何よりだ。
さて、帰る前に、俺は彼らに悪魔神官ドルモット討伐の記録映像を見せてやらねばならない。
ちょうど、人間の姿のドルモットが悪魔神官に変貌するところから撮ってあるんだよな。
取引所から外に出たら、もう俺たちを悪く言うものは誰もいなかった。
(主に俺を)こわごわと見つめるばかりである。
「今日は正当な取引ができてよかったな。俺の知り合いのエンサーツもこっちに来るから、もっと風通しがよくなるぞ」
「ショート、お前一体……。ただの行き倒れじゃねえと思っていたが」
「ふっ、魔法が得意だといろいろな人の縁ができるもんだ」
「なるほどなあ。魔法ってのはすげえな」
ブルストがあっさり納得した。
この人の良さは好きだな。
「ありがとう、ショート!」
「うおーっ!?」
何やら感極まって、カトリナが抱きついてきた。
なかなか凄いパワーだが、それ以上に大変柔らかくて大変だ。
「うーん、これには俺も昇天」
「あ、ご、ごめんなさいショート!」
「ははは、気にせず続けてくれていいんですよ……」
俺はすっかり賢者モードになった。
「でも、ショートがいてくれてから、今までが嘘みたいにたくさん布が交換できて……。あなたがいてくれてよかった!」
「ああ。オーガだからって不当に扱われるのは間違ってるからな。そもそも、勇者は魔王と戦ったけど魔王に与した個人とは敵対しても、種族全体を敵だと思っちゃいなかった。個人の問題なんだよ、全部。それを単純化するからこの村みたいになるんだ」
しかし、他の村だと亜人をもっと迫害してるっぽいことをブルストがにおわせていたからな。
その辺、取り締まらせるために王国に接触しておかないといけないなあ。
ああ、面倒くさい。
魔王を倒すまでも大変だったが、魔王を倒した後はもっと大変なんじゃないか。
こうして俺たちは十分な収穫を手に、帰途についたのだった。
その夜。
俺は、村に戻ってきた!
「諸君! 約束通り、ドルモット・タクランデルーが悪魔神官だった証拠映像と、俺がそれと戦った記録をお見せしようじゃないか」
広場に集まった村人たちが、ごくりと唾を飲む。
彼らは一様に俺を恐れているが、それと同時に、俺が凄まじい魔法を使うことを理解している。
そんな俺が、記録をみせると言うので、興味を抑えきれないのだろう。
この世界には娯楽が少ない。
なので、俺の記録映像みたいなのは、吟遊詩人の歌みたいな大いなる娯楽にもなるのだ。
現に、なんか串焼き肉の屋台が出てたり、みんな酒や茶を手にしている。
ちょっとしたお祭りのようだ。
「では、始まり始まりー」
おおおおおー、とどよめく村人たち。
彼らの頭上に、俺が魔法で作り出した巨大なスクリーンが出現した。
記録魔法ウツシトールは情報を入力する魔法だが、それを出力させるとこんなこともできる。
画像の中では、王都の取引所が映し出されていた。
『わしを追い詰めたつもりかね、勇者ショート』
いっけね!
音声編集するの忘れてた!!
だが、俺は、ここでいきなり中断するほど無粋ではない。
流れで全部行っちゃおう。
『追い詰めたつもりじゃない。ここでお前は死ぬんだ』
『横暴な……。そんな有様では、勇者であろうと許されんぞ』
『王国の法ではお前が裁けないからこそ、俺はお前を俺の法で裁く。観念しろ悪魔神官ドルモット』
村人たちが、ごくりと唾を飲む。
ドルモットの顔が、悪意に満ちて歪んだ。
『ぐわはははは! そうか、そうか! わしが魔王マドレノース様にお力を頂戴し、それを使って取引所のシステムを完成させたという証拠を掴んだのだな! これはいかん、いかんなあ! お前を生かして返す訳にはいかなくなったぞ、勇者ショート!!』
「勇者?」
「勇者……」
「勇者……!?」
村人のどよめきが大きくなってきたぞ。
後で記憶を操作せねばなるまいな……。
『見よ、これがわしの真の姿! 闇のローブよここに! わしこそが、悪魔神官ドルモット! ハジメーノ王国を影で操っていた魔王軍幹部である!!』
ドルモットの額にカッと第三の目が輝く。
村人たちから悲鳴が上がった。
『ああ、話が早くて助かる……! 行くぞ、ドルモット!!』
こうして、俺とドルモットの戦いが始まった。
数々の魔法を操るドルモットは、他の魔王軍幹部同様、レベル上限を突破した強さだった。
俺の仲間たちは戦力外だったので、外で避難誘導をしてもらった。
ということで今回も俺と魔王軍幹部の一騎打ち。
俺とドルモットの激戦は、5分間に及んだ。
一瞬のようだが、見ている側には一時間にも感じられただろう。
ドルモットは強かった。
魔王に寝返った人間の中では、最強に近い力を与えられていただろう。
だから、奴から失言を引き出しまくりながら倒さないように戦うのは苦労した。
『はっ! 人間など力あるものには頭を垂れる存在よ! 魔王様に従わぬわからず屋どもは滅ぼすだけだ!』
『相場システム!? わはははは! あれは魔王様のお知恵によって生まれたものよ! 全ては人の世界の物資を魔王様が把握するためのな!』
『世界中に置かせたわしの肖像画!? ぐわははは! あれは取引所に集まる馬鹿者どもから精気を吸い上げていたのよ! そして魔王様に献上していたのだ!』
いやあ、喋る喋る。
あまりにも何もかも洗いざらいぶちまけるので、これを見ていた村人たちは次第に怒りの表情になっていったのだ。
「お、お、俺たちはドルモットに騙されていたんだ……」
「人間があんなにも醜く、魔王に従うのか……!」
「取引所まで魔王の手のひらの上だったなんて……!」
『全てを聞いた以上、お前を生かしておくわけにはいかん、勇者ショート!! 死ぬがいい!』
嵐のように撃ち込まれるドルモットの魔法を掻い潜り、奴の切り札的な召喚獣を一撃で斬り伏せ、俺は肉薄する。
『ば、馬鹿な、強すぎる! さっきまでとは別人……!!』
『よく囀ってくれた! お前の言葉があれば、偉人ドルモットの洗脳に掛かった連中を正気に戻せるだろう! さらばだ用済みとなったドルモット! エクスラグナロクカリバァァァァァァァァッ!! アルティメットッ斬ッッッッッッ!!』
ついに俺の聖剣、エクスラグナロクカリバーがドルモットに炸裂。
奴が多重に張り巡らせた防御障壁を連続でぶち破り、ついに本体を真っ向から両断した。
『ウグワーッ!!』
「やったー!!」
「ドルモットを倒したぞー!!」
わーっと盛り上がる村人。
すっかり俺の側に感情移入している。
抱き合ったり、乾杯したりしている。
そうそう、人間、基本的には単純なんだ。
特にこの世界の住民は純朴なので、すぐに染まってしまうんだよな。
そして映像の全てが終わった後、彼らは憑き物が落ちたようなキラキラした瞳をしていた。
「あたしらは間違ってたよ……!! 亜人が悪いんじゃない。人間だってドルモットみたいに汚い奴がたくさんいるんだ……!!」
「ああ、俺は、カトリナちゃんに謝りたい! エッチな目でいつも胸とか尻とか二の腕とか太ももを見ていて、いや、確かにエッチだが」
「お前は俺が腹パンしてエターナルナイトメアを掛けたけど映像を見せるために目覚めさせた村人!!」
「あんたの腹パンで目が覚めたぜ……」
俺と村人は握手を交わしあった
とりあえず村人全員と握手をした。
俺は爽やかに笑いながら言う。
「人間は誰だって間違える。だがやり直せるんだ。いやあ……村ごと焼き払ってなくてよかった」
村人たちが真っ青になった。
「勇者ショートは怒らせないようにしよう……」
「ドルモットより怖いよこの人……」
村人たちと平和的に分かりあった俺。
ついでに、俺が勇者ショートであるという事を口止めしてきた。
あまり俺がいることが知れ渡ると、ハジメーノ王国の手の者がやってきて、スローライフの邪魔をするからな。
やって来た連中の記憶を操作したり、根回しをせんといかん。
なんで現実世界では永遠の自由人だった俺が、こっちでそんなめんどくさいことをせねばならん。
いや、今までもやって来たんだがな。
なのでエンサーツなんかともコネがある。
「どうしたの? ショート、難しい顔してるけど」
「ああ、いや、なんでもない! それよりも、みんなオハナシをしたら分かってくれたぞ。もうあの村で、カトリナとブルストが嫌な思いをすることはない。あとおみやげ」
「ありがとうショート! ……おみやげ?」
俺はアイテムボクースから、それを取り出した。
「あっ!」
カトリナの頬がゆるむ。
「卵!」
「そう。たくさんもらった。ホロロッホー鳥の卵だ」
ホロロッホー鳥とは。
地球で言う鶏みたいな鳥だな。
色は緑色をしていて、草むらや茂みに隠れられるようになっている。
こいつらが緑色の卵を産むのだが、だいたい鶏の卵と同じように料理できる。
「やったね、ショート! じゃあ、今夜は卵料理にしちゃう?」
「いいね……! 卵料理大好き! ああ、幾つか残してもらっていい?」
「どうして?」
「卵を孵して、ホロロッホー鳥を育てる」
卵をホロロッホー鳥にすれば、今後継続して卵を取れるのではないか。
それが俺の目論見だった。
ちなみに!
俺は、現実世界において、生き物を育てたことは一度しか無い。
小学生の頃のメダカの飼育委員である。
3日で全滅させた事がある。
あれ以来、俺は卒業するまで、デスハンドのショートと呼ばれ続けた。
「……俺が育てて、育つのか……!?」
登校した時、全てのメダカが腹を見せて浮かんでいた衝撃を今でも忘れていないぞ。
もし、孵ったホロロッホー鳥が全て腹を見せて浮かんでいたら……。
いやいやいや。
魚じゃないんだ。
水に浮かべる必要はないだろ!
「大丈夫、俺は勇者だ。最強の魔法を無数に使いこなす最強の勇者……ハッ、俺の魔法は破壊することに特化している物が多い……!!」
回復魔法も、俺の魔法は大雑把なので、掛けた辺りの植物が異常成長したりするのだ。
一度パワースに魔法を掛けたら、回復しすぎて鼻血を出して倒れたな。
パワースを一撃で倒す回復魔法……。
これをホロロッホー鳥にかけたら……。
「どうしたのショート? それに、勇者って?」
「いやいやいや、なんでもない。俺は今から、卵孵し人ショートとして励むことにするのだ」
「お芋の畑もあるし、一人で何もかもやらなくていいんだよ?」
「ハッ」
後頭部を鈍器で殴られたような衝撃!
またも俺は、全てを一人で抱え込もうとしていたのか!
だってパーティの仲間たちあてにならないんだもん……!
「なんだ、ショートは卵を孵すのか! 確か、知り合いのオーガでもホロロッホー鳥を育ててる奴がいたなあ。一個どうにか孵しゃ、後は勝手に親鳥が温めて孵すだろ。一個目が勝負だって聞くぜ」
やって来たブルストが耳寄りな情報を口にした。
ほう、なるほど……!
最初の一個を!
なるほど……。
何かを育てる、ということに不向きなオーガでも飼えるそうなのだ。
これは俺でも行けるのではないか?
「ありがとう、カトリナ、ブルスト。俺の力が及ばない時は二人の手を借りるよ」
「うん! いつでも言って! 布がたっぷりもらえたの、ショートのお陰だもん。それに、村も前よりはちょっと雰囲気良くなるんでしょ?」
「それは約束する」
俺はサムズアップした。
ブルストが、がはがは笑いながら俺の背中を叩く。
うむ、今の俺には、頼れる仲間たちがいるのだ。
スローライフは一人では成らず。
仲間とともに成していくものなのだ……!
それはそうと。
「オムレツできたよー! えへへ、ショートが持ってきてくれた卵、ほとんど使っちゃった」
「やったー! オムレツだー! いただきまあす!」
「イヤッホウ! ごちそうだあー!!」
ふっくら特大のオムレツを前に、俺とブルストが快哉を上げた。
村で手に入れたソースを掛けて、ガツガツと食う。
後はいつものシチューと芋を食う。
「うめえうめえ」
うーん!
食生活に鮮やかな黄色の色彩が加わったな。
卵を安定生産できるようになれば、常にこの豊かな食事が約束されるようになるってわけだ。
「がんばって卵を孵さなきゃな! カトリナ、残った卵あとでくれ」
「はーい。どうぞ」
カトリナが、卵を一個手渡してきた。
「うん? 他の卵は?」
「ここ!」
カトリナがオムレツを指差す。
「おほー! この美味しいオムレツになったのかあ! ……えっ」
俺は我に返る。
あれ?
卵一個しか残ってない?
もしかして失敗は許されない?
この一個の卵から全てが始まる感じ?
「ぬうおおお……」
プレッシャーを感じる俺に、カトリナが焦りだした。
「ご、ご、ごめんなさい!! ついつい張り切っちゃってー! その、卵料理なんで本当に久しぶりだったし、ショート頑張ってくれたし、美味しいもの食べて欲しいなーって」
「いや、カトリナは悪くない! 大丈夫、俺を信じてくれ! 一個で十分だ! 俺は……卵孵し人ショートだ……!! 俺が持つ全ての能力を駆使して、この卵を無事に孵し、育ててみせる……!!」
俺は誓うのだった。
そして、そんな俺たちの横で、ブルストが実に美味そうにオムレツを平らげていくのだった。
卵を孵すには何が必要か?
俺は考えた。
適切な温度と、そして孵るまで割れない環境だ。
そして、俺は家の中でずっと卵を暖めるわけにはいかない。
つまりどういうことかと言うと。
「働きながら! 卵を割らないように守りつつ! 温める!!」
この三つの要件を満たす必要がある。
「どうしたのショート。さっきからブツブツ言って」
すぐ横で、俺の作業服を作ってくれているカトリナ。
俺の懊悩に気付いたようだ。
「いやな、卵を温めようと思って。どうやって働きながら温めるか」
「働きながらは難しいよねえ。魔法でも使わないと」
「魔法を!?」
ここで俺の脳細胞に電撃走る────!!
そうか、卵を温めるための魔法を作ればいいんだ!
「ありがとう、カトリナ! 解決した!」
「えっ、本当に!? ど、どういたしまして?」
目をパチパチしている彼女の前で、俺は卵に触れながら意識を集中する。
魔法を作り上げるのは慣れたものだ。
まず、使用する魔法の属性を選択し……。
今回は、低温の保温魔法、防御障壁魔法、反重力魔法の三つを組み合わせる。
この反重力魔法がなかなか曲者だが、上手に制御すれば自在に卵のポジションを変えられる。
これは絶対に外せないな。
次に、それぞれの魔法の順番を決定してブレンドする……。
俺の手のひらの上で、赤と黄色と青の光が舞い上がり、回転しながら絡み合う。
やがて光が一つになり、まばゆい輝きを放つ。
そして、魔法を掌握する。
俺は輝きを握り込んだ。
すると、光は消えた。
俺の中に宿ったのだ。
新たなる魔法、完成。
我ながら、卵を温めるだけのための魔法なのに、大変高度な魔法の術式を使用してしまった。
だがこれはごく小規模の範囲にしか影響を及ぼさないので、低燃費で使い勝手がいい魔法だと思うのだ。
仮に名を、保温保管魔法マホウビーンとしておこう。
魔法とマホウが被ってしまったな……。
俺のネーミングセンスが悪いことは今更だ。
「マホウビーン使用」
すると、卵がフワリと浮かび上がった。
そして俺の頭上に乗る。
ピクリとも動かなくなった。
重力制御成功だ。
触るとほんのり温かいから、保温魔法も成功している。
そして最後はこれ。
俺はドキドキしながら、エクスラグナロクカリバーを抜き、その刃をコツンと卵に当てた。
このコツンで、モンスター化したトロールの頭蓋を粉砕する威力を秘めている。
だが、卵は揺らぐことすらなかった。
表面に傷一つ無い。
よし!!
これならば、卵を頭に載せたまま魔将クラスの相手とやりあっても、卵は無傷であろう。
世界で一番安全な場所に、ホロロッホー鳥の卵はあるのだ!
「よし、よしよしよし!」
「せ、成功したの? 良かったねえ」
「ありがとう、カトリナのお陰だよ」
「わっ、私の!? 私、なんにもしてないってばー」
照れて、カトリナが頬をおさえる。
赤くなっていてとても可愛い。
俺は彼女の照れ顔を堪能した後、本日の仕事に出かけて行った。
野良仕事である。
「おうショート! お前はしばらく卵を温めるんだと思ってたが……って、なんだその頭の上のは!?」
「何って、卵だが?」
俺はちょっと得意げに返した。
「いや、卵なのは分かるけどよ。危なくねえか……?」
「ブルスト。俺は卵孵し人ショートだぞ? 無論、俺が頭に卵を載せているということは、万全の準備をしているにきまっているのだ」
「そうか……。なんかお前がそんなすげえ自信で言い切るからには、本当にすげえんだろうなあ」
「すごいぞ」
俺の魔法は、いわば戦闘用魔法だからな。
それをスローライフをするために使っているわけだから、戦闘にも耐えられるほどのスローライフ用魔法が誕生したということだ。
これはとても安全なスローライフ……!
かくして、俺とブルストの野良仕事が始まった。
何をするかと言うと、芋畑を拡張するために森を切り開いていくのだ。
村と関係が良くなったからな。
作物ももらえそうだし。
自生していた芋ばかり栽培しなくてよくなるぞ。
つまり、目標であった麦の栽培に一歩近づくわけだ。
ブルストが木を切り倒し、俺が切り株を抱えて、「ほっ」と掛け声を上げて引っこ抜く。
勇者のパワーでやると、まるでゲームみたいに切り株が引っこ抜けるな。
これにはブルストも目を丸くしていた。
「俺でもあちこち散々掘り返さねえと引っこ抜けねえのに、とんでもないパワーだなショート!」
「鍛えてるからな。さながら俺は、切り株引っこ抜きのショートだ」
ちなみに切り株ってのは結構深くまで根が張ってあるから、牛馬でも使わなきゃまともに抜くことはできない。
自力で抜けるブルストは、オーガという種族でもかなり強い腕力を持っているからこそできるのだ。
俺の場合はレベルの暴力ね。
ああ、こうやって切り株を何本も引っこ抜いていると思い出す。
「吸血樹の森と戦った時も、最後はこうやって一本残らず引っこ抜いて回ったなあ……。燃やし尽くせば良かったんだが、吸血樹を燃やすと有毒のガスが出るからな」
「へえ、大変な仕事をしたんだな」
「そりゃあ大変だった」
三日三晩掛かって、森を全部引っこ抜いたんだ。
本当に大変だった。
それに比べれば、開墾など天国のようなもの……。
だが、油断は禁物だった。
幾つめかの切り株を引き抜いた時、その下に隠れていたモンスターが俺に襲いかかったのである。
ジャイアントシケイダーという、巨大モンスター蝉の幼虫である。
鋭く尖った口で、俺の頭を突き刺そうとして……。
卵に当たって口がポキっと折れた。
「ミングワーッ!」
ジャイアントシケイダーが地面にポトッと落ちてのたうち回る。
「危ねえ! 卵を強化してなかったら割れてたぜ……。いけない蝉だ! パーンチ!」
「ミングワーッ!」
ジャイアントシケイダーを倒した。
「お!! ショート、いいもん捕まえたな!」
「なにっ」
「こいつはな。なかなか美味いんだ……」
「む、虫を食うというのかーっ!!」
スローライフ、恐るべし……!
今日も今日とて卵を温めて野良仕事。
森は切り開かれ、徐々に畑に変わっていっている。
そして終わることなき、野生動物とのバトルだ。
鹿だ。
鹿が出た。
なんか角がまっすぐで四本生えている見たこと無い鹿が、畑を荒らしに来た。
「おのれ、まだ芋の芽くらいしか出てないというのに」
「ブエー!」
野太い鳴き声をあげる鹿と、俺は戦った。
またたく間に四頭を打ち倒し、隙間をすり抜けようとする猪をふっ飛ばし、おこぼれを狙って顔を出した熊の腹を抱えあげてフロントスープレックスで投げた。
俺の大勝利である。
「ぐはははは、野生動物ごときがこの俺に勝てると思ったか! 今日は鹿肉料理だな」
倒した四頭の鹿を見回す。
向こうから、ほくほく顔でブルストが走ってきた。
「おっ、今日は鹿か! ショートが畑を作ってから、寄ってくる動物が食えて助かるぜ……! 俺とカトリナだけの時は、肉なしの日もあったからなあ」
鹿を次々、その場で捌いていく。
血抜きをする速度が凄いな。
俺も魔法を使えば一瞬だが、技術として覚えておきたい。
「ブルスト、俺に血抜きのやり方を教えてくれ」
「おう、いいぞいいぞ。これをこうやってだなあ」
「ふんふん」
二人でワイワイと鹿を解体していると、家の方から鍋をカンカン叩く音がした。
カトリナが呼んでいる。
なんだなんだと駆けつける俺たち。
すると、そこには今にも死にそうな顔をしている村人の男と、汗びっしょりでしんなりとしている馬がいた。
「た、た、助けてくれえ勇者ショートぉ」
「勇者?」
「勇者?」
「おおっと時空魔法トキモドール!」
ちょっと時間を巻き戻して、村人がその危険ワードを発する前に口をふさいでやるのだ。
「どうした村人よ。そして次からその言葉を発したらあれだぞ。悪夢の中に七日七晩閉じ込めるぞ。これは魔将の一人の精神を破壊したとっておきの精神攻撃で……」
真っ青になってコクコク頷く村人。
勇者という危険ワードを発さないと約束したので、話させてやることにした。
「あれ? さっき何か言いかけてなかった?」
トキモドールは完璧に時間を巻き戻すのだが、周囲の人間の記憶だけは戻しきれない時が多いんだよな。
使い所に注意せねば。
「気にしない気にしない。大したことじゃないよ。で、村人よどうした」
「じ、実は王都から査察隊が来て、村の取引所を調べまくってるんだ……」
「あー! 俺が呼んだやつか! あの時はまさか、後で村の連中と和解するとは思ってなかったからな! 徹底的に潰すつもりでエンサーツを焚き付けたな!」
ポンと手を打つ俺。
「お、お陰で村がピンチなんだー! 村人がごっそり連行されちまうー! な、なんとかしてくれええ」
「身から出た錆じゃないか」
「そうだけどよお!」
ここで、俺の肩に手を置くブルスト。
「助けてやろうぜ、ショート。こいつら、改心したんだろ」
「うん、私も助けてあげていいと思う。あれから、布や食べ物を分けてくれるもの。仲良くやっていこうよ」
「二人がこいつらを許すなら、俺としては言うことはないな。よし、村に行くぞ」
「へ? 村に行くって……」
きょとんとしている村人を、俺はひょいっと小脇に抱えた。
「ちょっと行ってくる」
「いってらっしゃーい。夕飯までには帰ってきてね」
「後の仕事は俺がやっとくからな!」
二人に見送られながら、俺は浮遊魔法フワリと高速移動魔法バビュンを連続使用した。
これでおおよそ、現実世界のジャンボジェットくらいの速度で飛べる。
しかも、加速はゼロから一気にマックスに……。
おっと、発生するGで村人が死ぬな……!!
ここは巡航速度で行こう。
時速百キロくらいでいいだろ。
「ぎえええええしぬうううううたすけてええええ」
百キロでもいかんのか。
難しいやつだなあ。
「ちょっと我慢してろ。すぐだから」
遮るものもない空中を行くので、ものの十分もしないうちに到着した。
村人がダメージを受けないよう、ゆっくりと制動を掛けて……っと。
そして村の中央にふんわりと優しく着地だ。
目の前で、腕組みをしたスキンヘッドの大男が待っていた。
「そろそろ来る頃だと思ってたぜショート……なんだ頭の上の卵は」
「おお、エンサーツ。所長自らお出ましか」
「お前が焚き付けたんだろうが! いやあ、ひでえなこの村。俺らの目が届かないのをいいことに、不正やりまくりじゃねえか。魔王軍の魔将と知らないまま取引してた記録まであったぜ」
「真っ黒であったか。でもそいつ、人間が変身した魔将だったろ?」
「そりゃもちろん。お前が倒したドルモットの部下のやつだよ。最近、全国の取引所を当たってるんだがよ。みんなあれだ。人間なら無条件に信用していいってことで、魔将どもにいいように使われてた形跡ばかりでな」
「魔王軍最大の協力者が同じ人間って、まあまあショッキングな事実だもんなあ」
うんうん、とうなずき合う俺とエンサーツ。
その横から、縄で縛られた取引所のおっさんやおばさんが連行されるところだった。
「た、助けてくださいませえ、勇者ショートぉー」
おばちゃんが助けを求めている。
彼女の声に気づいた村人が、一斉に俺に駆け寄ってきた。
「勇者ショートー! 助けてえ! もう悪いことしません!」
「心を入れ替えて生きますから! 王都で強制労働はいやだあ」
「俺たちに悪気はなかったんですぅ」
大変なことになってるな!
「エンサーツ、ここは俺の顔を立てて……」
「ダメだろ。それってショートがここにいるって事を、王国に知らしめるようなもんじゃねえか」
確かに。
俺は考えた。
「じゃあ、ちょっと手間はかかるが、かわりばんこに一ヶ月ずつみんなで強制労働でどうだ」
「それならまあ……。実はまだ、魔王軍に協力した連中の罰則が決まって無くてな。こいつらがテストケースになる」
「悪意があったらスパッとやって、悪意がなかったら温情のある強制労働でいいと思うぞ」
ということで、村への扱いは決まった。
取引所の人間や、村の要職についている者を一人ずつ王都に連行し、一ヶ月ずつ強制労働させる。
行き帰りは公費で。
こんなもんだろう。
途中でどうにか逃げたりしてもいいが、そうなると連帯責任で村が罰せられる。
それに村人が村を逃げ出して、行ける場所など無いのだ。
罰を取り下げるところまではいかなかったが、かなりマシな着地点ではないか。
「ありがとう、ありがとう勇者ショート!」
「あんたは村の恩人だあ……!」
村人がみんな、泣いて俺にすがってくるので暑苦しいことこの上ない。
「ところでショート、お前が世話になってるところに連れて行ってくれ」
ここで、エンサーツがとんでもない事を言い出した。
「俺はお前の友人として、元勇者がきちんと、人様に迷惑を掛けずに暮らしているか見届ける義務があるからな」
なん……だと……?
「ところでショート、頭の上の卵はなんなんだよ」
エンサーツを背負って、空を飛ぶ。
こいつは鍛えてるから、時速百キロ程度ならピンピンしているのだ。
「お前におぶられて飛ぶのも久々だなあ」
「俺はあんまりおっさんを背負いたくはないけどな」
「はっはっは、そう言うな。もう何回も運んでもらった仲じゃねえか」
「不本意ながらな! なんかこう、俺はおっさんにモテるんだ……!」
あっという間に、ログハウスに到着だ。
野良仕事の続きをやっていたブルストが、すぐ俺に気付いた。
「おーいショートー! なんだ、誰か連れて来たのか」
「おいショート。オーガの男がいるな。誰だあれは」
地上に降り立つ俺。
右手にオーガのおっさんブルスト。
左手にスキンヘッドのおっさんエンサーツ。
くそう、おっさんに挟まれても何も嬉しくないぞ。
だが悲しいかな、俺は女子に挟まれたことはない。
「一度でいいから女子に挟まれてみたいものだ」
俺がぼそりと呟いたら、何やら脳内を、ビビビッと電撃のようなものが駆け抜けた気がした。
この呟きが現実になる予感だ。
だがフシギと、あまり心躍らない現実としてそれがやってくるような気もしたのだった。
「ほう、あんたがショートを助けてくれたのか! そいつは世話になったな!」
「へえ、王国取引所の所長? そんな偉い奴がショートの友達とはなあ」
「俺もショートには世話になったからな。あいつの活躍がなければ、俺は死んでいただろう」
「そいつは大恩人だな! 俺もショートには色々助けてもらってよ。娘がいるんだが、あいつがよく笑うようになったんだ」
「ほう! ショートが女を? わはは! ついにあいつにも春が来たか!」
「それがよ、両方とも奥手でなあ」
「おお、長引きそうだな」
おっさんどもが二人でキャッキャウフフと会話してやがる。
こいつら、ともにでかくて筋肉ムキムキなので、二人並ぶと視界の大半が埋め尽くされる。
俺をダシに盛り上がるのはいかがなものか。
「ショート、戻ったの? お昼ごはん……きゃっ、この間ショートがお話してた人……!?」
俺たちを呼びに来たカトリナが、エンサーツを見てびっくりした。
そりゃあ、いきなりスキンヘッドの強面マッチョが増えてたら驚くよな。
素手で下位魔族を制圧できるほどの肉体を持つこの男が、ハジメーノ王国でも名うての凄腕文官だというのだから世の中は分からない。
かくして、エンサーツも昼食をとることになった。
今日の昼飯は、戻した干し肉のスープだ。
味付けはシチューとほぼ一緒だな。
「うまいな」
「だろう。カトリナの飯はうまいんだ」
「わっはっは、娘の飯は王都の飯屋にも負けてないぞ!」
男三人で、昼食をガツガツ食べる。
うまいうまいと言われて、カトリナは嬉しそうだ。
「ずっとお父さんしか食べる人がいなかったけど、最近はショートもいるし、新しい人もくるし、作りがいがあるなあ」
ちなみにこっちの世界の住人は、平気で毎日同じものを食う。
なので、同じ材料でちょこちょこ料理の仕方を変えるカトリナは、かなり凝り性な方だ。
食材が増えると、もっと食べ物の種類にも幅が出るかもな。
「ショートが辺境に潜んでるって聞いて驚いたもんだがな。思ったよりもいい暮らしをしてて安心したぜ。なんなら羨ましいくらいだ。俺は毎日仕事ばかりでなあ。まあ、魔王が倒されたから、平和な時こそ俺は忙しくなるんだが」
「王都から来た人が魔王が倒されたって言うなら、本当に倒されたんだなあ……」
しみじみとブルストが呟く。
ここ最近、急速に魔物たちの動きが穏やかになってきているのだ。
もう、普通の動物と変わらない。
魔王が倒されたらしいという話は世界中に広がりつつあり、長い間この世界、ワールディアを包み込んでいた絶望的な空気は消え去りつつあった。
多分、ハジメーノ王国で言うとこの辺境が一番端っこだと思うけれど、ここまで魔王倒される、という噂が広まるのに大体一ヶ月かかったな。
つまり、俺が魔王を倒してから一月経つわけだ。
「今日は無理やり休暇ってことにした。っていうか、ショートが俺を呼んでくれて、お陰で王都を離れられたんだ。ちょっとゆっくりさせてくれ」
「エンサーツ、俺をダシにしたな?」
「わはは! いいじゃねえか。またこの借りは返すからよ」
このやり取りを聞いて、ブルストがなにか考えたようだ。
「なら、釣りにでも行くか」
「おお、釣りか!」
目を輝かせるエンサーツ。
「あ、私も行きたい!」
元気に挙手するカトリナ。
「ほう、釣りか」
腕組みしながら偉そうに言ってはみたが、俺は釣り未経験だぞ。
この世界に来て、魔王軍に勝つ以外のことはほとんどやってなかったからな!
「ショートはきっと、釣り得意だよね」
「ふふふ」
いや、未経験なのだカトリナ……!
俺は釣りの能力ではこの中でも最弱……!
「あ、こいつ、釣りはしたことなかったぞ」
「こらエンサーツ! ……いや、助かった。危うく強がって大恥をかくところだったぜ」
「そうなんだ。じゃあ、私が教えてあげるね?」
カトリナが、俺に……!?
これは大変なことになって来ましたぞ。
新たな経験と、カトリナと堂々とイチャイチャできそうな予感に心ときめく俺なのだった。