好きな子がいた。
幼稚園の年少から中学まで同じだった幼馴染みで、別の高校に進学しても頻繁に連絡を取り合うくらい仲が良かった。
明るくて、笑顔が素敵だった。思い出の中の彼女はいつも笑っていた。どれだけ辛いことがあっても前を向いて走っていける、とても強い子でもあった。
名前は篠崎椿という。
小学生くらいのときは篠崎の気を引きたくて、軽いいたずらなんかをしてしまったこともある。いわゆる好きな子いじめというやつ。今考えたら、そんなことで好きになってもらえるはずないのに、あのときはそれしか思いつかなかった。本当にバカなことをしたと思っている。
ただ中学生になる頃には僕も心を入れ替え、ちゃんと優しく接することを心がけた。おかげで最初はかなり不審がられた。「どういう風の吹き回し?」と目を細めて聞かれた。
修学旅行での肝試しで篠崎とペアに決まった日の夜は、嬉しさのあまり眠れなかった。ただペアに決まったというだけでそれだったから、前日なんて当然一睡も出来なかったし、当日は当日で変に緊張してしまって本来男である僕がエスコートするべきなのに、僕の方がエスコートされてしまった。どうやら緊張を怖がっていると勘違いされたらしかった。あとでどれだけ弁解しても、全然信じてもらえなかった。だから篠崎の中の僕は怖がりという不名誉な肩書を与えられてしまっている。
卒業式のとき、ほんの少しだけ篠崎は泣いていた。長い付き合いだけど、彼女が泣いているところなんてほとんど見たことがなかった。だからこのときの涙はとても印象に残っている。篠崎が泣いたのは、彼女と同じ高校に進学する人が同じ中学内にいなかったからかもしれない。
そんな篠崎を元気付けたくて、僕はよく彼女に連絡をした。予定が上手く噛み合わず全然会うことは出来なかったけど、連絡だけは取っていた。「今度何処か遊びに行こうよ」とかそういう話が膨らんでは萎んでいった。それでも良かった。たとえ会えなくても、いつか会うときの話をしているだけでも楽しかった。
だから篠崎が重い心臓の病気を患い入院していたのを知ったのは、高二になったばかりの頃、彼女が死んでからだった。
篠崎は高校入学時の健康診断で引っかかって、そのまま入院することになった。難しい病気らしく、彼女はずっと病院のベッドの上で生活していた。僕が会えなかったのは、病気で入院していたからだったのだ。
それを知ったとき、僕はどうして気付けなかったのかと悔やんだ。でも悔やんだところで篠崎が帰って来てくれる訳ではない。死んだ人間は戻って来ない。もう二度と会うことは出来ない。悲しいけどこの世界はそういうふうになっている。
だから篠崎が死んでから一週間経った日。
僕は自分の目を疑った。
学校から帰ると、僕の部屋に篠崎がいた。
幻覚を見ているのかと思った。篠崎が死んだ悲しみのあまり、彼女の幻覚が見えている。そうとしか思えなかった。
「し、の、ざき?」
なのに僕は話しかけてしまった。
「え、洸基、私が見えるの?」
そしてあろうことか返事が返って来てしまった。
高二の春、僕は彼女が死んだことによって失恋をした。
一週間後、彼女は幽霊となって僕の前に現れた。
そう、だからこれは。
僕のどうしようもなく報われない恋の物語だ。