私の、たいせつなひと、は、星へ旅立った。



「じゃあ、────ページを開いてー」
 私が指示すると、ばらばらと教科書が開かれる。閉め切っていない窓から風が吹き込んで、カーテンを膨らませて揺れた。
 午後の、授業だ。眠たそうな顔もちらほら、見える。私は手持ちの教科書に苦笑いをひっそり隠して、した。

 過去の学び舎は、現在の職場になっていた。
 昔向かっていた方向と逆を向いて、私は以前私が着ていたものと同じものに身を包んだ、後輩たちへ仕事している。

 こんなはずでは無かった。
 伝統在る女子校は中高と在り、付属の女子大へ順当ならば進学する、完璧なお嬢様のベルトコンベアーだった。
 この空気が嫌で、私は息が詰まる前に、大学進学を理由に外部への逃げ出したはず、なのに。
 また私は、ここにいた。

「じゃあ、次は、」
「────深間(ふかま)先生」
 私の、チョークが急停止する。チョークとの摩擦に、ぎっ、と短く黒板が鳴った。
「……。何?」
「……。そこの、化学式なんですけど、」
 私を呼んだ生徒は、何事も無かったかのように、質疑を上らせる。私の挙動に誰も疑問は浮かばなかっただろう。突然呼ばれたから、と思っている。
 私は一度黒板を見直す振りで背を向け、目を閉じ深呼吸すると、再び向き直った。
「ああ、それはね────」

 声が震えていないと良い。
“この声”は、私の心臓に悪過ぎる。



「え、外部行くの?」
 ちょっとだけ意外性に跳ねた声が、私へ訊いた。高校生だったころ。この学校の、生徒で群衆の一部だったころ。私には親友がいた。
「うん」
「何でぇ? 天文学、やりたいからぁ?」
 夕暮れの部室、星を見るには明るい時間帯。私が星見表を片手に専門書を捲る傍らで、親友は唇を尖らせた。活発な親友は、陸上部と私のいる天文部と兼部していて、本日は天文部の気分だったらしい。手元へ目線を固定したまま、私は何でも無いように答えた。
「……あのね。天文学じゃなくて、私は、宇宙工学がやりたいの」
 正確には、宇宙航空科学がやりたかった。当時の私は。
「宇宙に行きたいの。宇宙は自由だもの」
 本気でそう思っていた。



「先生」
 放課後、廊下で呼び止められる。私は一時停止して、間を置いて、振り向く。
「どうしたの」
 ────さん、と。“さん”を強調したのは、そうしなければ、トリップしてしまいそうだからだ。
「先生、あの、」
 教科書を開いて、私に歩み寄る彼女は、私より十センチくらい高かった。彼女がやや腰を曲げて、二人、教科書を覗き込む顔が近付く。
 至近距離、感じる息遣い、体温。そっと見上げる。
「……」
 盗み見た彼女に、親友は、こんなに背は高くなかったな、と。違うところを見付けては安堵した。



「私も宇宙へ行く」
 親友が突然言い出したのは二年に進級するころだった。進路を考えるころ。親友は、仁王立ちで宣った。
 望遠鏡で星を見ていた。私の家の敷地内。キャンプの如くテントを張って、二人防寒着を着ていて。
「はい?」
「私も、宇宙へ、行く」
 私が聞き逃さないよう、区切って二度目に宣する親友。私は望遠鏡から目を離し、何の冗談だろうと思っていた。
 けれど、親友はもともと頭が悪かった訳でも無くて、運動神経抜群、スポーツでは陸上だけでなく全般で特待生になれる程で。
 事実、数年後、大学時代に親友は私を追い越した。



「ここはね、」
 私が示す指のあとを辿って、彼女の指が教科書をなぞる。赤いラインが引かれた袖口が揺れた。
 この学校は色別で学年を分ける。私と親友も赤だった。
 教科書は二年の。
 親友が。
“宇宙に行く”
 宣言したときと、同じだった。

 ……ああ、そう言えば。
“ね! ここってどうなってるの!”
 同じとこ、教えていたな。
 ふ、と私は思わず小さく噴き出していた。
 余りの軽やかさに、吐息と大差無かっただろう。

「……。先生」
「なぁに?」
 突如、私の解説に聞き入っていた彼女が開口した。目線をやると、彼女は私を窺っていて。
 そうして。
「先生は、」
 残酷な問いを口にした。

「姉の墓参り、来られますか」
 七回忌の法要ですよ、と。

 親友と同じ声で。親友の弔いを。
「────」
 どうするかと。

 瞬転して、暗転して、二人の周囲が真っ暗になった……気がした。
 気のせい。錯覚だ。

「……────草山(くさやま)さん……丹羽(にわ)、さん」
「はい」
「私は、いいわ」
「そうですか」
 教科書を閉じて、私はそれだけ、告げた。彼女は、草山丹羽さんは、それだけ、頷いた。



 私の親友。草山丹花(にか)
 スポーツ万能で、格好良くて人気者。女子校と言う箱庭では、王子、とまで行かなくても女子にモテていた。
 片や私、深間ソラはただの科学オタク、天文オタク。浮いていた。
 私たちがいっしょにいたのは、本当にたまたまだ。

“大丈夫? 滅っ茶息上がってるじゃん。ほら、座って。息、吸ってー、吐いてー”
 高校一年生。体力の無い私が、学校がレクリエーションとか嘯いて催した山登りで死に掛けていたところ、親友が────草山丹花が声を掛けたことで始まった。
“……”
“コレ飲む? 今日は暑いとは言え、汗、凄いね。脱水はやばいよ。水よりマシだから”
 丹花は父親が山登りが好きとかで、慣れていて、私の介抱も手馴れていた。

 それからだった。
“深間さーん”
 事在る毎に丹花が私を捜した。
 どうにも、単なる運動不足の私を病弱とでも勘違いしていたらしい。
 不思議と、私は丹花のお節介を鬱陶しいとは感じなかった。
“深間さ────『ソラ』って、呼んで良い?”
“……どうぞ”
 多分、だけれど。山登りで息が上がって歩けず、喋ることも出来ない私を待って、ゆっくり歩調を合わせて歩いてくれた丹花に私は『有益』と判断したんだろう。……レクリエーション、名ばかりでは無かったようだ。

 考えてみれば、私と親友、丹花が重なったのはこの時期だけだ。
 高校の間だけしか、私と丹花の歩調は合わなかった。
 そうだろう。
 いつだって、先を歩く丹花が私を待ってくれていただけなのだから。
 あの山登りでだって。

“深間さん、体弱いんだー? 色白いもんねー”
“私さー、父さんが山好きでー”
“私の名前もね、草山丹花でしょ? 実は『クササンタンカ』って花が在って、そこから取ったの”
“星形の花なんだって。母さんに告白したとき、その花が咲くところで、星空の下でしたんだって”
“ロマンチックでしょ”
 一方的に喋り倒して。

“……”
 でも、絶妙なタイミングで立ち止まって。
“深間さんも、同じ?”
 振り返って尋ねて来た。
“ソラって名前”

 私がこの質問に答えられたのは、数箇月後だった。



「もう六年か……」
 とことん、合わなかった。
 趣味も、好きなものも、特技も。
 だから。
 大学でだって、擦れ違うだけの間柄になってしまうのだ。



「先生」
「……」
「来ると思いました」
 夜の静けさに包まれた洋風の墓地で、なぜ、彼女が立っているのかと思った。
 曇り空で街灯が無いと濃い暗闇、石畳の上で二人。
 法要は、明日のはずだ。
 今日は、“正式な命日”じゃないはずだ。

 私の疑問に対する回答を、丹花にちっとも似ていないくせに、丹花と同じ声を出す制服姿の彼女、草山さんは明快に口にした。
「だって、今日でしょ。先生が、姉さんと別れた日」
 私は二の句が継げなかった。

 エンジニアを志望した私は、丹花との道が分かれた。
 宇宙船で行くより軌道エレベータを開発して、気軽に行き来出来るようになるほうが、私には魅力的だったのだ。
 だので、宇宙飛行士を目指した優秀で身体能力の高い丹花は、私より先に宇宙へ行くことが決まった。
 人が、簡単に宇宙へ行ける時代はまだ遠く、それなりの成績とそれなりの実績、そして素質が必要で。
 三半規管の強い丹花は、父親の御蔭で山登りを得意としていて、体の作りは宇宙へ行くのにも適していると考えられたらしい。
 あとは、コネか。人付き合いの上手な丹花は、伝手の在る教授と仲が良く推してもらったとか。
 若い女性が宇宙へ行くと言うのは、明るいニュースで在るし、時代に合っていたのだろう。丹花の搭乗はこうして決まって。

“ソラ”
“丹花”
 私は、共にいた研究チームの彼へ先に行ってて、と促して丹花の元へ歩み寄った。
“……仲良いんだね”
“何、急に”
 首を傾げた私を、丹花は膨れて、じとりと睨んだ。私は丹花の不機嫌の原因がわからず眉間に皺が寄ったけども、丹花は逆に興味を失った風に「ま、いいや」と勝手に収拾着けてしまった。

“あのね、ソラ。
 ────私、明日宇宙へ行くよ”
 知っていた私は、うん、と返した。明日の準備やらいろいろ在るだろうに、丹花は時間を作って私に会いに来たと言うのだ。私は呆れてしまった。
“莫迦ね。もっと行くところとか、在ったでしょうに”
“良いの! 私が宇宙目指したの、ソラが理由だから”
 確かに、この丹花の発言は間違いではないだろう。
 私が、宇宙へ行くと言ったから影響されたのだろうし。
 ただ。
 私よりいつだって丹花が先を行くだけだ。

“……”
 私が黙っていると、丹花が後頭部を掻いて。
“あのね、ソラ”
 私を呼んだ。
“私、待ってるから”
“は?”
“エレベータ。出来たら、ソラも絶対宇宙に来るでしょ? そしたらさ、また会えるじゃん”
 あっけらかんと、丹花は言った。私は呆気に取られて────笑った。
“そんな一石一朝で軌道エレベータは出来ないわよ”

“むぅ。天才のソラ様なら数年くらい縮められるでしょ!”
 丹花は私の返答が気に入らなかったようだが、私は苦笑するしか無かった。
“あのねぇ、丹花。軌道エレベータが出来るより、丹花が帰って来るほうが早いから”
“えー……それじゃ、意味無いじゃん”
“意味無いって何でよ”
“だって、……”

 丹花は一度、躊躇うみたいに唇を噤んだ。きゅっと引き結んだ艶やかな口唇を、続きを待つ私は眺めていた。
“ソラといっしょにいたかったのに”
 丹花の一言に、私は目を丸くした。

 無言の私へバツが悪そうに、丹花は言葉を重ねた。
 私が宇宙を目指すから外部進学だと話した日。丹花は本当は内部進学希望だった。けど、私といられないとわかって悩んで、進路希望を変えた。
 自分も宇宙を目標にしたら、もし宇宙は駄目でも、もっと大学や院まではいられると思ったのだと。
“結局、出来ることが違うから、学部も別々になっちゃったし、全然いっしょにいられなかったけど”
“……”
“あのさ、ソラは、わかんないかもしれないけど────”

 私は初めて、丹花が何を思って私といたか知った。

「先生なら、今日来ると思ったんです」
「……そう」
「先生なら……事故の日に、来る訳無いから。……先生、実は、認めてませんものね。
 姉が、死んだなんて。
 見ていたはずなのに」
「────」

 そうだ。私は見ていた。
 あの日。
 六年前、丹花が乗った宇宙船が……。

「────先、……ソラさん!」
 呼吸が乱れて、膝が崩れた私を駆け寄って、膝を地に打ち付ける寸でで草山さんが抱き留める。私はぜぇぜぇ息が整わないまま草山さんを見遣った。
 ああ、似ていない。丹花はこんな切れ長の瞳じゃなかった。眦は下がっている狸顔。全体的にシャープな草山さんとはまったく異なるのに。
「大丈夫ですか」
“大丈夫?”
「ゆっくり、息を吸って……吐いて」
“息、吸ってー、吐いてー”
 声だけ。声だけは、どうして、……。

 なのに。
“姉の墓参り、来られますか”
“七回忌の法要ですよ”
“先生は、認めてませんものね”
“姉が、死んだなんて”
“見ていたはずなのに”
 丹花と同質の声音で、残酷なことを言うの。

 ばっ、と私は手を伸ばして草山さんから逃れた。草山さんは驚いたみたいで、私を凝視した。手だけは私の袖を掴んでいたけれど。私は落ち着かない呼吸で「何で、」だけども吐き出した。
「そんなこと言うの」
「ソラさ……先生、」
「何で、あなたが、私にそんなこと言うのよ!」
 突き付けられる。

 あの日。
 勉強になるよ、と教授の計らいで見学させてもらった。
 リアルタイムで、丹花の乗った船の打ち上げを私は見守った。
 カメラに向かってピースする丹花は、私が見ていることなど知らないだろうに、だとしても私は丹花が私に向かってしている気がした。
 昔みたいに。
 陸上部の大会で、応援席の私へしていたように。

 発射自体は上手く行っていた。ちゃんと推進用のロケットも切り離されて、大気圏へは上がっていて。
 打ち上げた管制室も、中継を繋いでいた連携する研究所も、成功に拍手喝采だった。みんなが盛り上がった。抱き合って、私も、チームメイトの彼とよろこびを分かち合っていた。
 だけれど。

「大気圏で行方不明って何……?」
 突如の音信不通。映像を追ったのに砂嵐が映し出されて。
 衛星のカメラは、僅かな影を捉えただけ。
 デブリへ衝突。空中分解。何らかの原因で燃え尽きた。
 嫌な見解だけが出されて。
 これ切り。

 丹花は宇宙へ消えた。

「だから、逃げたんですか? 有名な企業の内定も蹴ったんですか」
 丹花に似た声が淡々と私を断罪するかの如く、問い詰める。

 そうだ。私は逃げた。
 てんやわんやする大学も研究所も何も彼も、擦り抜けて。
“逃げるのかよ!”
 追い掛けて罵るチームメイトの彼も振り切って。
 グラウンドで風を切っていた丹花とは違って、惨め極まる這う這うの体で逃げ出した。
 ついでにと取っていた教員免許を通行証に、息が詰まると思っていた学びの箱庭へ逃げ込んだ。

 けども、ゆるされなかった。
 窮屈な箱庭には、草山さんが来た。

「お姉ちゃんを放って……捜しにも行ってくれないんですね」
 丹花の声が、私を責める。
「だって怖いじゃない!」
「もし遺体を見付けたら、認めざるを得ないから?」
 真っ直ぐ、丹花と異なるシャープな双眸が、鋭い眼光を弛めず私を射貫く。
「……」
 ぐっ、と私は飲み込む。
「自分が死なせたって?」
 はっと、嘲笑が聞こえて、俯いてしまった私は再度顔を上げた。予想外に、草山さんは嗤っていなかった。
 私より、泣きそうだった。

 不意に、初めて草山さんに、……丹羽ちゃん(・・・・)に会ったときのことを想起した。
 当時の丹羽ちゃんは、ランドセルを背負っていて。もう背は高かった。
 幼かったけども顔立ちは変わらなかった。
“初めまして、……え、と、丹羽ちゃん?”
“……”
 不格好な愛想笑いの私を、泣くのを我慢するような表情で丹羽ちゃんは、見詰めていた。

「だから、形だけの弔いをするんですか。形式上、空虚な墓標だけ向き合って? 自他に言い聞かせるためだけに、本当の罪を直視しないで」
 反省してますってポーズだけですね。
 冗談じゃない。
 丹羽ちゃんは……大きくなった草山さんは吐き棄てる。私を正面から見据えた。

「私、お姉ちゃんのところへ行きます。私も宇宙飛行士になる。……私が、お姉ちゃんを捜します。で、あなたに、見せ付けて……認めさせます。
 お姉ちゃんを、本当に弔わせる!」

 お姉ちゃんの墓をあなたの感傷の、道具になんてもうさせません。
 草山さんが私に宣告する。
「……」
「勘違いしているといけないので、申し上げますけど、」
 草山さんが私の膝が浮いた不安定な中腰を、腕を引いて立たせて正した。
「あなたの本当の罪は、姉を宇宙へ行かせる切っ掛けになったことじゃないです」
 姉の気持ちを、勝手に決め付けるなと言う。

「お姉ちゃんは、行きたいから宇宙へ行ったんです。決めたのも選んだのもお姉ちゃんです。全部自分のせいだなんて背負い込むのは……傲慢です」
 私を立たせても、草山さんは放してくれなかった。
「あなたの罪は、逃げて……お姉ちゃんを捜すことを放棄して、お姉ちゃんを放置していることです」
 そのくせ、自分が悪いって嘆いて怖がっている。
 苛々する、らしい。

「逃げるなら、きちんと逃げてよ。徹底的に。付かず離れず寄って来ては逃げて。何がしたいのよ」
「……ごめん」
「そんな軽い謝罪、要りません。ちゃんとお姉ちゃんを見てよ……私にお姉ちゃんを見付けて、怯えるくらいなら」
 草山さんが、笑った。頬は乾いているのに、泣き笑いだった。

「……。ねぇ。あなたは、いつも、どこを見ているの?」
“あのさ、ソラは、わかんないかもしれないけど────”
「遠くばかりで。近くを見ようともしないの」
“いっつも、遠く見てるんだよ、ソラは”
「そりゃあ、怖くて当たり前よ。ピント、合っていないんだもの」
“だからさ、宇宙へ行けばやっとソラは私を見てくれるんじゃないかなって”
 先を歩くのも同じ原理だよ。悪戯っぽく笑っていた、丹花。

「お姉ちゃんは、いつだって、前にいたのに……ちゃんと見てよ」
 お姉ちゃんは宇宙にいるの。今も待ってるの。言い募る草山さん。
 丹花が先に行っていたのは、私が遠くを見ていたから。
 草山さんの肩越しに、空を覆っていた雲が捌けた。
「ぁ、……」
 ぽっかり空いた場所に在る墓地は、街から遠いせいか、地上の灯りが少なくて。
 満天の星が、広がっていた。

「────」
 途端に、私は涙が溢れてしまった。

“あのね、ソラ”
“私、待ってるから”

 丹花は、宇宙にいるのだ。
 漂って、私を待っているかもしれない。
 今でも。この刹那にも。
 唐突に理解してしまった。



「……大丈夫ですか」
 ベンチに座らせられ、濡れたハンカチを貰う。洗って返すと言えば、いいです、とクールに突っ撥ねられてしまった。
「まさか、認めるまで六年掛かるとか。星の光が地上に届くよりは早い程度の、長さですね」
「ぃゃ、その……」
「ああ、認めた訳じゃないんでしょうね。どちらにせよ、決意は出来たってところでしょうか」
 はぁ、と草山さんは嘆息する。何だか急に、あからさまに冷たくなったような。
「何にせよ、私がどうせ先ですから。────あなたより先に、宇宙へ行ってお姉ちゃんを捜します。あなたはせいぜい出遅れたことを嘆いてください」
 ふふん、と、なぜか得意げに草山さんが笑む。

 うーん……丹花が宇宙飛行士に選出されたのは、院へ行く前の大学四年生だった。
 アレでも特例だったのだから、どう頑張ってもあれ以上早くと言うのは難しいと思うのだけど。
 今からアレくらいで選出されても、五年は掛かる。
 私がその気になれば、もしかすると二年三年くらいで現場復帰出来るかもしれないけど。
「……」
 だけれども、私は黙っていた。
 笑い顔が丹花に似ていて、水を差したくなかったからか。
 エレベータ開発は、施工に五年じゃ足らないからか。
「……。ええ、」
 あるいは。

「良いわ。せいぜい、あなたもデブリを仕分けていなさい。私もすぐに行くから」
 目標を共有する人間が、いたほうが良いからだろうか。
 わからないけれど。
「とにかく。……あなたの成績を上げましょうか。宇宙を目指すなら。卒業までに、ね」
「……」
 草山さんは熱心なのだけれど、……ここ、も丹花との相違点だった。
 私は立ち上がった。電車が無くなってしまう前に帰らねば。

「行きましょうか。────丹羽ちゃん」
「“ちゃん付け”やめてもらえます? 深間先生」
「はいはい、草山さん」
 私たちは墓地を出る。敷地を出る一歩手前で、振り仰ぐ。

 空は晴れていた。月が顔を出して、星が瞬いている。
「……」
 下には、丹花の、(から)の墓標。
「また、あとで、ね」
 小さく囁いて、私は再び歩き出した。



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