調教師は魔物に囲まれて生きていきます。

 狼を助けたその日の夜。

 何となく眠れなくて窓から月を見ていた。思い出すのはあの綺麗な狼のことをばかりだった。
 まさかあそこまで綺麗な生物が存在するとは思ってもみなかった。

 ウトウトとしてきたのでそろそろ寝ようかと思った時、狼の遠吠えが聞こえた。
 牛と馬が襲われるとヤバいので慌てて着替える。

 俺には戦闘能力は皆無なので牛や馬が全て舎に居るかをチェックするのが俺の仕事になる。
 それが終わったら外で狼が来ないかを警戒する。昼間は助けたが牛や馬を襲うならこっちだって戦うしかない。

 ただやけに遠吠えが多い?あっちこっちから聞こえてくる。
 まぁいいか、まだ被害が出たわけではないようだし狼を見たという報告もない。

 このまま何事もなく過ぎるというならそれでいい。
 人間同士の喧嘩ぐらいならどうとでもなるが殺し合いはしたこと無いんでな、それに狼に食われて死ぬのも嫌だし。

 そう思いながら牛舎の前を陣取っていると何かが吠えた。
 吠えた方を見るとあの狼がいた。
 昼に会ったとてもきれいな狼が、群れの仲間だと思われる狼たちと共にいた。
 夜の闇に紛れて金色の瞳だけが相手の位置を教えてくれていた。瞳の数を数えるだけで十匹以上入ると思う。

 これじゃ勝てん。死ぬ気もないが牛と馬たち食わせるわけにもいかない。
 さてどうしたもんかな?

 『こんばんは、いい月夜ね』
 声が聞こえた。凛としたハスキーボイスでたぶん、俺に聞いてきた。

「ええ、いい月ですね」
 とりあえずそう答えるしかなかった。たぶんこいつらはかなり上位の魔物だ。

 魔物は基本、人語を話すことはない。
 理由は二つ、一つは人語を話すのは長命種であり長い時間をかけなければ覚えることはないというもの、もう一つはただ単に人間を見下しているだけだ。

 長命種、有名なところではドラゴンや悪魔なんかが多いが、どれも人間なんて取るに足らない相手でしかない。相手になるのはそれこそ『勇者』ぐらいなものでその他の人間じゃぁ国一つ分集まっても勝てないらしい。

 そんな奴が俺に何の用なんだか‥‥

『今日はあなたに質問があってきたの』

「質問ですか?自分に答えられるものでしたら何でもどうぞ」

 とりあえず下手に出ないと一瞬で殺される。

『あら、素直なのね。ではさっそく聞かせてもらうわ、あなたはなんで私を助けたの?貴重なポーションを使ってまで』
 さてどう答えたものかね。

 素直にあなたが綺麗だったので、なんて言って信じてもらえるとは思えないしかと言って適当な嘘ついたらそれはそれで殺されそうだし。

『早く答えなさい。私はそんなに気が長くないの』

 やっべ、これはさっさと答えねぇと。しゃーない、一か八かで正直に答えるしかないか。死んだら死んだで諦めよ。

「あなたがあそこで死ぬのは勿体無いと考えたので助けました」
『勿体無い?何が勿体無いと思ったの?』

 後ろ足で頭掻きながら聞くのはやめろよ、余裕丸出しかよ。

「綺麗なあなたがあそこで死ぬのは勿体無いと感じたので助けました」

 その言葉を聞いて狼はピクリと耳を動かした。そしてやけににおいを嗅ぐ様な仕草をしたと思ったら急に笑い出した。

『何よその理由!人間が私を綺麗だと思ったから助けた!長い事生きてきたけどそんな理由で助けたのはあなたが初めてよ!』

 そう言って思いっきり笑ってるところすみませんけどね、そっちのお仲間に一部が思いっきり威嚇してきているのをやめさせていただけませんかね?めっちゃ怖いんですけど。

『本当に面白いわ、あの遊びで助けた数少ない人間の中でも特に稀な部類よあなたは‼』

 へ、遊び!?あれ遊びだったの!なんだよそれ助ける必要無かったじゃん。

 てかよく信じたな綺麗だって言ったところ。

『ねえ私あなたの事を気に入ったわ。名前は?』

「え、あぁ自分は『畏まって言わなくていいわ』‥‥俺はリュウだよただのリュウ」

 人のセリフに割り込むな。つーか逆にタメ口で良いんだ。

『リュウね‥‥珍しい名ね。リュウ、今からあなたは私のものよ。異論は認めない』

 ‥‥‥はい?

 狼は仲間になにか伝えると他の狼たちがキャンキャン鳴いてたけど狼が黙らせた。なに、これからどうなんだ?

「えっと、私のものっていったい?」

『そのままの意味よ。今からリュウを私のペットとして連れて帰ると言うことよ』

 はあ!?何だよその突然すぎる展開は!俺をペットとして連れて帰るとか!!

『じゃ行くわよ』

 そう言って大型犬程の大きさから10メートルぐらいの大きさまで巨大化して俺を咥えた。

「ま、待てって!何処に行くんだよ!後、せめて荷造りぐらいはさせろ!」

『荷物なんて邪魔になるだけだから要らないわよ。それと何処に行くかはすぐ分かるわ』

 そのまま俺を咥えたままどっかに走り出したのだった。

 ‥‥‥‥‥マジどうなるんだろ俺。
 こうして始まった俺の冒険。今の状況はでっかい狼に咥えられどこかに移動中です!

 ……いや~何だろうここまで不思議体験になるとハイテンションになるのは何でだろ?

 何処に向かってるのかも全然分かんないし、とりあえず聞いてみるか。

「あの~俺はいったい何処に向かってるんでしょう?」

『森よ』

 何処の森だよ。
「何処の森でしょうか?」

『この大陸の中心の森よ。人間達があの森を何と呼んでいるかは知らないわ』

 大陸中心の森?確かそこって………

「確かそこって高位ドラゴンやら高位の精霊とかが住んでる森のことですか?」

『そうよ。それからいい加減その言い方はやめて、気に入らないの』

 あ、すみません。だから俺を咥える力を強くするのはやめて、地味に恐いから!

「わかったやめる。けど何でだ?お前ら高位の魔物はプライドが高いって聞いたんだが?」

『……ただの私の性格。皆私に遠慮してつまらないから、ペットのあなたにまで気を使われるのは私も疲れるのよ』

 ふーん、結構さばさばした性格と言うか気を使われるのが疲れるって魔物でも同じなのか。

「意外だな。もっと、こう何て言うんだ?傲慢と言うか人間を見下すイメージがあったからやっぱり意外だ」

『あら、それは間違ってないわ。人間何て私達より短い命だし、力も無い。そんな存在見下すなって方が変よ』

「じゃあ何で俺は良いんだ?ただ気に入ったってだけで」

『…何となく、よ』

 何となくって答えになってねーよ。ったく。
 でもま、何となく気に入った奴と一緒に居たいってのは分かるわ。俺もボッチで友達は犬猫っつー悲しい過去をもった寂しい人間だし。

『もうすぐ着くわ』

 ん?ああ、本当だ。『大森林』だ。


『大森林』、正確には『大陸中央精魔龍の大森林』だったりする。

『精霊』『魔物』『ドラゴン』の三竦みがいるバカでかい森だ。

 大森林は国によって言い方は違うらしいが、だいたいは『大森林』で通じる。

 基本的にさっき言った三種は仲が悪いと言われている。

『精霊』は樹木や湖、大地などからひょっこり生まれるらしい。精霊の本体となる樹木などは、人間には切り倒すのは難しいが昆虫型の魔物に喰われたり寄生され苗床にされたりする事もあるらしく魔物を嫌っている。

『魔物』は獲物を喰らい繁殖するので最も生物に近いと言われている。獣、鳥、昆虫、魚類型と種と数が多いのも特長の一つだ。ただ生物に近い分、種が違うと獲物にされるので魔物の中で食物連鎖はよく起こる。

 最後に『ドラゴン』だが俺はよく知らない。ドラゴンも魔物同様に繁殖はするらしいが、生物の進化によって生まれたのでは無いらしい。歴史的に見てもドラゴンは突然現れ、その強大な力で町や国を滅ぼすらしいが、理由は不明だとか。

 そして俺は、英雄どころか戦士でもない、平民の俺が暮らす場所になるのだろう。

 ………即死しないよな?俺。
 着きました!大森林‼しかもめっちゃ深い所で降ろされた!何もしてないのに涙出てきた!

 しっかし本当にデカイ森だよな、森に入ってから数分かかったしな。

 ま、今は後悔より目の前の連中に集中しないとだめか……

 目の前に居るのは狼の群れ、数は……ざっと20匹…いや、俺を拉致ってきた連中も含めれば34匹ってとこか。

 結構多いな。普通の狼の群れなら少なくて3匹、多くて10匹いるかいないかって所なんだが、一番多い状態の3倍近くとなるとここのボスがかなり強いか、ただ単に大家族なだけか……判断を間違えたら集中攻撃くらうはめになるかも。

 特にヤバそうなのは少し白髪が入った真ん中の一番デカイ狼、多分あれがボスだ。

 あぁ、マジでヤバい。何がヤバいって俺を取り囲んで皆で威嚇してんだよ、すでに。

『娘よ、その人間は何だ?なぜここに連れて来た』

『私が気に入ったので連れて来ました』

 この二人親子だったんだ。そして俺、気まずい。

『理由を聞いている』

『私が気に入ったからだと言ったでしょう、それが理由です』

『理由になっていない‼』

 っだ!何だよ今の、視線ぶつけられただけでかなり痛かったんだけど!?

 そして娘の方はさらっと流すなよどんだけ強いんだよ!

 ヤッパ駄目だ、この森で生きてく自信ねぇよ……周りが強すぎる。

『おい、貴様‼貴様は娘と何処で知り合った!』

 俺に矛先が向いた!何処って言われても、
「職場の牧場で知り合いました!」

『どうやって知り合った!』

「罠に掛かっていたとこを助けたのがきっかけです!」

『娘が人間の作った罠などすぐ壊せるわ‼』

「罠に掛かったふりをする遊びだと、この狼は言ってました‼」

『またそれか…』

 あ、何かボスのテンション下がった。途中まで変なテンションだったけど何か落ち着いた。

 って狼や、その目は何だ?そして鼻先でツンツンするのは何だ?

『余計な事は言わないで』

 余計って、仕方ないじゃん。お前の親父さん恐いし…

『とにかくそれは元の場所に返してこい』

 ………本当に娘が勝手にペット拾ってきて困ってる父親じゃん。

『嫌です』

『…それが何の役に立つ?力も無い、魔力も無い。そんな存在を引き入れてどうする』

『これは『調教師』です。これならお祖父様の具合も少しは善くなるかと』

 するとボスは俺の方を見た、何か品定めをしている様にも見える視線。それに狼の爺さんの話もでてきたし、何か訳有り見てぇだな。

『これがお義父様を救うとでも?お義父様は寿命だ。その人間でも救えん』

『それを知るために連れて来たのです』

 よくわからんが狼の爺さんは死にかけってとこか?その理由を知りたいために拉致った、てことでいいのかね?
 ま、とりあえずこの会話に参加しないと次に行きそうに無いな。

「親子喧嘩中悪いがその爺さんに会わせてくれないか?俺がそいつを診断してやりゃ良いんだろ?」

『貴様、生意気な口を‼』

「俺を連れて来たこいつはその爺さんを診断して助けられるなら助けたい。でもあんたが言うように寿命なら俺にもどうしようも無い。ならとりあえず診せろ」

『リュウ?』

 こいつは俺を不思議そうにしてるがこいつが一番手っ取り早い。

『……ならやってみせろ。その代わり診た後は消えろ』

「構わない。でも情報が欲しい、お前らの種族、その爺さんの歳、後いつからその状態になったか教えろ」

 ボスは舌打ちした後背を向けると『来い』とだけ言った。
『ねぇ、あんな事言って大丈夫なの?』

「大丈夫って何が?」

『お父様にあんな大口叩いて』


「とりあえず診て見ないとわからん。それより情報をくれ、お前らの種族は何だ?」

『フェンリルよ』

「……予想はしてたがヤッパ伝説の魔獣かよ」

 神喰狼《フェンリル》、現代においてもはや伝説の中でしか知られてない魔獣。
 伝説に書かれている内容にはその爪で全てを切り裂き、その牙で命を喰い殺すと書かれている。
 まさかそのフェンリルが一種族として繁栄してるとは思ってもみなかった。

『知ってるの、私達の生態を?』

「まさか、知ってると言ってもおとぎ話や伝説がいいところだよ。たった100年も生きられない人間が、伝説になるような存在をどうやったら調べられると思うんだよ」

『自信があるように見えたからよ。だからてっきり私達の生態でも知ってるのかと思って』

「自信あるように見えたんなら、それは調教師としての自信だろ。生態を知ってるからじゃない。それよりその爺さんの症状といつからそうなったのか教えろ」

 まずは情報だ、全部そっからだ。

『原因は皆分かってるわよ………』

 分かってる?なのに治せない?
「どういうこった」

『簡単よ、お祖父様の不調の原因は魔力不足。しかも私のせいでね』

 あぁ、何となく判ったわ。
 となると治療法は……

『着いたぞ』

 ん?あ、この狼か。
 確かにすんげぇ年期が入ってるな。
 全身白髪だけど目力は強い、がその肢体はガリガリに痩せ細っている。

 ただ色々と言わせてくれ、何で病人を地べたに寝させてる。いや何も無いからこうしてんだろうが。

『……何者だ?』

 よろよろと起きようとする爺さんを慌てて隣にいた白髪の狼が支えた。

「初めまして爺さん。俺はあんたの孫娘に連れて来られた調教師だ。あんたの病気を治しにきた」

『これは治せん。分かるじゃろ』

「治せるよ爺さん。と言ってもあんたがそこまで死にたいのなら治さない。俺は患者の意思に流されやすい性格でね、よくやぶ医者扱いされるクズだよ」

 この言葉にぎょっとしたのは狼だった。

 この爺さんを助けたくて連れて来たのに治さないと、言った様なものだと感じたのだろう。

『ほら見ろ。所詮下等な人間の言う事だ、我々を騙す気なのだろう。娘よこれを元の場所に返してこい』

『待って下さいお父様‼この人間は死にたいのなら、と言いました。つまりお祖父様が生きたいと言えば治すのですよ‼』

 隣でまた親子喧嘩が勃発したようだが俺には関係ない。
 どうする爺さん。YES or NO?

『…………本当に治せるのか?』

「治せる」

 俺は自信満々に言った。治さないものを治せる、と言うほど愚か者じゃないさ。

『何が望みじゃ。人間は欲深い』

 お、話が早くていいね。

 もちろん望みはあるし、欲も深い。

「望みは簡単だ。しばらくこの群れに居座らせてもらう。それが望みだ」

『理由は』

「生態調査さ。伝説の魔獣を近くで観察しながら生きるならこれ以上ない環境だ。もちろん他の人間達に公表する気はない」
 最後のはこいつらへの配慮って訳じゃなくただの独占欲だがな。

『本当じゃな?』

「くどい」

『では頼んでみようかの』

『お義父様!?』

『お祖父様‼』

 親父さんと狼が真逆の反応で面白いな、これ。
 でもま、とりあえず治療に入りますか‼

「あ、ところで爺さんの牙は健在か?」

『当たり前じゃ。身体は弱ろうと牙は死後も生きる』

「大丈夫なら良いんだ」

 てか死後も生きるってどういう意味だよ?ま、何かの比喩かもしんないけど。

 とりあえず準備だ準備、ズボンに入れてたろくに切れないナイフで左腕の毛を剃る。次に消毒したいんだが……酒もないし水できれいに洗うか。簡単な魔法なら使えるし、自分で水を出して洗う。

 これ結構野蛮な治療法だがこいつらは気にしないだろう。
 なんたって野良だし、野生だし。
 あと、外野の狼どもはジッと俺見るな。

「そんじゃ治療始めんぞ爺さん」

『儂は何をすればいい?』

「簡単簡単、俺の腕を噛んで血を流させろ。そしてその血を飲め」

『それだけか?』

「それだけ」

『ふん、嘘臭い』

『お父様‼』

 まぁそりゃそういう反応は当然だよな。
 でもな親父さん俺が血を流せたらこれがどれだけ手っ取り早い治療かすぐに分かる。

「早く噛めよ爺さん」

『うむ』

「あ、骨は砕くなよ」

『わかっている』

 そして爺さんは俺の腕に噛み付いた。

『こっこれは!?』

 あぁ痛って。マジ痛ってぇ。
 けど解ったろ。俺の血肉には大量の魔力がある。
 しかもその量だけなら伝説の魔獣の魔力不足を補えるほどの魔力が。

『ちょっと、どういう事!これほどの魔力が有るのに『調教師』だなんて、これの量だけなら!』

「勇者以上だよ、まぁ訳有りだけど」

『訳有り?』

「そう、訳有り」

 簡単に言うと魔力量が多すぎて体の方が付いてこれない。全力で力を使えば俺の体が爆散する。

『つまり魔力量が多すぎて逆に力が出せないって事?』

「そうそう。普通は訓練やら修行やらで魔力が上がっていくはずなんだが、俺は生まれつきこんな魔力量でな。しかも歳を重ねるごとにまた魔力が上がる。おかげでガキの時はよく体調を崩してた」

 溜めきれない魔力は熱になって散らされるが、おかげで親に心配ばかりかけてた。

「だからこの機会にここで体でも鍛えようかと思って」

『だからここに住む事を条件に?生態調査の事を言った時は嘘の臭いはしなかったけれど、そっちが本命かしら』

「まぁねぇ。でもお前らに興味が有るのも本当」

『食えない人間』
 爺さんに噛まれて数分後。

『もう大丈夫じゃな』

 そう言って俺の腕から口を離した。

 毛並みも初めて見た時より艶もあるし、肢体もしっかりと地面を踏み締めている。
 と、言っても病み上がりなのは変わらないので念のため触診したが何ともなかった。

「流石伝説様だ。魔力を補っただけで、ここまで回復するとは」

『お主の魔力がよかったからの。それよりその魔力を使いこなしたいと』

「ああ、流石に町やらで特訓する訳にもいかないからな。ここなら人もめったに来ないだろうし、いい修行場になる」

『それは構わん。しかしまずはここで生きていく力を手に入れんといかん。でなければすぐに死んでまうぞ』

 え、そこからなの?俺の修行って、そっから始まるの?

『お義父様!それはいけません‼この様な人間を群れに入れるのですか!?』

『何を今さら。儂を助ける代わりに儂らの群れに身を置くのが条件じゃったろ』

『それはそうですが、この人間はあまりにも不審です‼あの力が我らに向けばこの群れは‼』

『その時は殺せばよい』

 ヤッパ納得しない奴も出てくるか。

 どう説得するかなぁ。

 すると爺さんからとんでもない殺気が!?

『貴様、儂の命の恩人を殺すと言ったか?』

 なにこの殺気。向けられてない俺もメッチャ怖いんですけど‼
 って逃げるな外野の狼ども‼いや本当逃げないで、本当に怖いんだって‼

『やっぱりお祖父様は凄いわ、これほどの殺気を放つなんて』

「お前の爺さん何者だよ」

『お祖父様は初代フェンリルよ。修行と進化を繰り返すうちに今の存在になったそうよ』

 初代か、納得。
 そりゃ強いに決まってる。
 だって親父さん完全にビビってるし、周りの連中が逃げ出す訳だ。

「なぁ爺さん。ここで生きていくに必要な力はどのぐらい要るんだ?」

 とりあえず話をブッタ切ろう。このまんまだと話進まん。

『む、必要な力はかなり多い。しかも人間のままでは我々の領域までは多くの壁があるぞ』

「人間を辞めろ……か。ま、いいよ別にそのぐらいなら」

『案外あっさりしてるのぉ。恐ろしくないのか?』

「怖いか怖くないかの二択なら怖いよ。でも何も出来ずに死ぬよりはマシだろ」

『平然と言うのぉ』

 苦笑いしながら爺さんは言った。
 狂ってるのは自覚してる。
 でもやっぱり力は欲しい。そのぐらい良いだろ?男なんだからさ。

『まぁよい。力は持っていて損は無いからの、欲しけりゃ持って行くが良い』

 ヤッパ楽だわー、魔物は力を得ようとすることに疑問を持ったり、なぜ得ようとするかいちいち小煩くない。

「そんじゃ稽古でも付けてくれるのか?」

『まだダメじゃ。今やったら一秒も持たん、まずは体作りからじゃ』

 そりゃそうか、とりあえず今後の方針が決まっただけでもいいか。
「ところでさ、お前の事は何て呼べば良いんだ?」

 爺さんの話が終った後、俺は狼と一緒にいた。

 詳しい話は親父さんのお仕置きの後となった。

 ただ俺へのお目付け役は必要だと言われて狼が選ばれたので、終った後も一緒にいた時に、ふと思った事を口に出していた。

『そうね……お嬢様、かしら?』

「畏まったのは苦手じゃなかったのか」

『ここではそう簡単に呼ばせる訳にもいかないのよ。《名》はとても大事なものだから』

 どうもそうらしい。人間から見れば普通にある名前は、魔物から見るのとはまるで違う意味になる。

 魔物に《名》を与えるのはその存在を肯定する行為になるらしい。その際名付け親は与えられる側に魂の一部を分け与える、とまで言われている。

 実際下級の魔物を使って様々な魔物と契約しようとした者もいたらしいが、そいつらは使役する前に魂が朽ちて死んだ。
 しかも魔物によって消費する魂の量は変わるので、様々な魔物の名付け親になろうものなら、魂を全て魔物達に与える事になるので、とても危険である。

 実際、魔物に《名》を与えるのは禁忌とまで呼ぶ国もある。
 つまり魔物に対する《名付け》は魂を消費する危険な行為になる。

「それじゃぁ……お嬢でどうだ?あんまり畏まって無いだろ」

『う~ん。ま、無難じゃない』

「そんじゃ今からお嬢で」

 決まったな。
 やっぱり呼び名がないと不便なんだよ。
『私はリュウって呼び続けるから』

「ああ。問題ない」


 で、その日の朝から修行初日になった。

 内容はお嬢達と狩りをすることだった。
 俺に合わせて弱い魔物『豚頭魔獣《オーク》』が今回のターゲットらしい。

「てか、狩りそのものが初めてなんだけど……」

『人間は狩りをしないの?』

「するっちゃするが……」

 だってほら、俺平民だし…調教師だし。
 狩りも職業『狩人』とか『騎士』の戦士職の連中だし。

『人間ってそのショクギョウを気にしすぎじゃない?』

 ……そうかもな。でも俺は違うぞ、調教師だけど頑張ってますよ。

「でも武器になりそうな物ぐらいはくれよ。俺、丸腰だぞ」

『それは大丈夫よ。お祖父様からこれを貰って来たわ』

 そう言って出したのは……牙の欠片?

「これ何の牙だ?」

『お祖父様の牙よ。お祖父様はこれもお礼に渡せと仰っていたから』

 爺さんの牙?これ希少どころの値打ちじゃねぇぞ。

 大きさは短剣ほどか?リーチはないけど使い勝手は良さそうだな。

「後で爺さんに礼を言っとかないとな」

『そうね。でもオークをお土産にした方がもっと喜ぶと思うわよ』

 はいはい、狩りに行きたいのね。りょーかい。

 そんで早くも森の入口周辺。
 オークの居場所はお嬢のお供が索敵してくれるので楽チンなのである!

『そのうちリュウ一人で出来るようにならないとね』

 ……そのうちな、そのうち。
 まずは体作りだし。

 で、しばらく歩くとオークが六匹いた。
 こうしてオークをまじまじと見るのは初めてだ。本当に豚が二足歩行してる!

『リュウ。あなたはオークを一匹仕留める事が出来れば良いわ、他のオークは私達が仕留めるから一匹に集中しなさい』

「ありがとう。助かる」

 それじゃどのオークがいいかね。ある程度知能はあるのか武器持ってるんだよな。

 と言っても棍棒程度だから殴られたら痛そうぐらいか?

 でも相手は魔物だし油断大敵か、出来るだけ避けよう。

「攻撃のタイミングは?」

『好きにしなさい』

 俺に合わせてくれるのか。ありがたい。

「じゃ、行くか」

 お嬢達も駆け出す体勢をとる。

 あ、オーク達が何か警戒し始めた。ヤッパ野生の勘みたいなのはどんな生物にもあるもんか。

 一度呼吸を整える。

 初めての狩り。ヤッパ緊張する。けどこれが強くなる第一歩だ‼
 そして草むらから飛び出す。

 って速い!お嬢達が速すぎてもう一対一になった!?どんな速度だよ‼

 相手のオークもビビってるよ!そりゃビビるよな!

 その内に棍棒を持った腕を切り落とす!そのまま後ろに回って次は足!オークも俺が後ろに回ったのを見て避けようするが、その前に軸足を切る!後ろに倒れる間に次は残った腕を切る!オークが驚いているように見えたが気にせずラスト、首を切り落とした。


「はぁはぁ」

 なんとか一匹仕留めた。怪我とかは無いけどやけに疲れた。これが死ぬかもしれないプレッシャーか……

『随分バラバラにしたわね』

「お嬢…」

 ヤバイ、起き上がるのもしんどい。

『全く、運ぶの大変じゃない。頭は置いて行っていいけど』

「あぁ、考えてなかった。わりぃ」

 安全に殺す事しか考えてなかった。

『最初から頭を切ればよかったのに』

 そうぶつぶつ言わないでくれ。
 こっちだって必死だったんだよ。

「あぁ疲れた」

 とりあえず帰ろ。このオーク達は何か持ち帰るらしいし。

 お供二匹もオークを回収している。

 だから俺もオーク一匹を担いで帰った。
 朝、ちょっとした問題が起きた。

 問題とは飯である。

 食料はある。正確に言うと朝、狩りで獲ってきたオークだ。
 ただ調理道具がなければ調味料も無い。
 つまり全部生、マジこのまんまだと腹壊す。
 せめて火ぐらいは通しておきたいがフライパンも無い。焦げたの払って食うしか無いのか……

『人間って不便ね』

 おのれ野生!調理は文化の象徴だぞ!旨いんだぞ!

 と言いつつも仕方がないので洗った棒を串代わりに焼いて食うしか無いのでそうやって食った。

 何か少しずつ野生児に成りつつある気がする。


 昼頃になって爺さんに呼び出された。

 よくはわかんないが修行に関する事らしい。

「爺さん来たぞ」

『おお来たかリュウ』

 嬉しそうに尻尾を振る爺さん。俺を孫か何かと勘違いしてないか?

「爺さんいいのか、俺ばっかり贔屓《ひいき》にしてさ?良く思ってない連中も多いぞ」

『構わん。儂が引き入れたのじゃ、文句があれば儂に勝たねばならん』

 爺さんに勝つか、そりゃ無茶だな。

「で、修行に関する事って何?」

『それはこれじゃよ』

 そう言って鼻先で転がしたのは木の実だった。

「これで何すんだ、握り潰せとか?」

 触った感じそんな固くもないが……

『いやいや、それを食って『耐性』を付けてもらおうと思ってな』

 あぁ『耐性』か。つまりこれ毒のある実なのか。

『人間にはそういった毒を少しずつ体内に取り入れる事で耐性を付けると聞いた。ならばリュウも同じく事をすればよいと思ってな』

 確かに『耐性』、もしくは『無効』と言ったスキルは、一人の俺には必須のスキル。手に入れておいた方が良い。

「ありがと、爺さん。ただこの実、そんなに強い毒じゃないよな?」

『安心せい、腹を下す程度じゃ』

 爺さんが言うなら言うなら大丈夫か。

 そう思ったので俺は自ら毒を食ったのだった。


 夜になるちょっと前、修行と言う狩りが再び始まった。

 今夜の獲物は『雄鶏魔鳥《コカトリス》』だと。

 朝は豚肉、夜は鶏肉か。

 ちなみにコカトリスは昼間はかなり厄介な相手になる。魔眼持ちで見られると石化されるし、尾の蛇は毒蛇だしでかなりメンドイ。

 しかし弱点もある。
 まずはコカトリスは鳥目だということ。次に鶏なだけに飛べない。最後に尾の蛇は弱く不意討ちでもして噛まれる前に殺せば良い、ということ。

 だた更なる問題は俺一人で仕留めろと言うところ。

『リュウ大丈夫?』

「大丈夫じゃない」

 大丈夫なわけ無いだろ。朝のオークだって初めての狩りだったてのにギルドのB級冒険者のパーティーが仕留めるような大物に初心者でソロの俺が仕留めるだなんて……

『手伝ってはいけませんか?お祖父様』

『ならん。不満あるものには力を見せるのが早い』

『しかしリュウは私のものです』

『それでもじゃ』

 お嬢が心配するとはそれだけの相手になるのか。

『いざという時は助けに入るわい』

 なら最初から居てくれ。

『ほれ居たぞ』

 あー本当に居たよ、デッカイ鶏が!

 今は寝てるから良いけど起きたら手が首まで届かないなありゃ。

 えっと尻尾の蛇は……いたいた、まずあれを殺すか。

 蛇は切ってもしばらくは生きてるらしいし、頭ブッ刺して殺してから本体の鶏に攻撃するか。

「じゃ、行ってくる」

『死んだり石化しちゃダメよ』

 お嬢が俺の顔に頬を擦り付ける。
 こんな状況だけどお嬢の毛並みはスッゲー気持ちいい。

「わかってる。死ぬのも石化もゴメンだからな」

 さて……一狩り行きますか!

 茂みから一気に飛び出し蛇に向かっていく。

 って本体より蛇の方が先に起きた!?

 まぁ良い、どうせ俺の狙いは蛇だからな!

 蛇の首を掴んで頭をブッ刺して殺した、本当に毒にさえ気を付ければ本当に弱いのな。

 キェェェェーーーーーーーー!

 鶏が怒った!いや当たり前か、自分の尻尾切られれば当然怒るか。
 でもこっちだって死にたくないんだよ!

 さて次はどうする、相手は怒ってるし鳥目で向こうから余り見えてないとしても危険なのは変わらない。
 ならまず狙うのは足!鶏なら飛べないはず。動けなくなったところで狩ったらー!

「オラ!」

 足狩りじゃ!て、跳ぶな……って飛んだ‼鶏のくせに飛んだ‼
 マジかよ、鶏のくせに飛ぶのかよ……こうなるとどう攻撃したもんか。ってイッてぇ!なんだ今の、風で皮膚が軽く切れたのか。

 つまりアイツ魔法も使えるのかよ‼とりあえず木陰に退散するか。

 木陰から様子をうかがうとまだ空に居やがる。

 となると、こっちも長距離攻撃が出来るようにならんとどうしようもない。
 でもどうする?魔法の知識は精々生活を補うぐらいで攻撃にならない。

 俺の使える手札はこの爺さんの牙とあとは…魔力?待てよ、この牙に俺の魔力を載せて攻撃出来ないか?よし、やってみよう。

 まず俺の魔力を牙に少しずつ流す、どのぐらい必用かわからないから少し多めに注ぐ。じゃあとはぶっつけ本番って事で!
「死ね!」

 コカトリスの首を切るように牙を振るった。

 って本当に何か出た‼黒い線みたいなのが出た‼

 黒い線はコカトリスの首を切り落とした。

 ほ、本当に殺せた。

 首を失ったコカトリスが落ちてくる。何か現実感が無い。勝ったけど何かを得たとは思えない。

『リュウ?』

 お嬢……そっか見てるって言ってたもんな。

『その、大丈夫?』

「何が」

『何と言うか、寂しく見えたから』

「……大丈夫だろ、多分」

 実感が無いだけだろ、あんなデカイのを仕留めた実感が。

『リュウ、よくやったの』

「爺さん」

『これで群れの仲間入りじゃ』

「は、仲間入り?」

『そうじゃ、不満ある者も多いと言ったじゃろ。なので今回の狩りをお主一人で狩る事が出来れば認めろとな。

「えぇ~」

 その為にこの狩りをしたのかよ。

『リュウ!』

 力が抜けて倒れそうになった俺をお嬢が支えてくれた。あぁ柔らかい。気持ちいい。

「お嬢、疲れた」

『全くもう』

 お嬢が俺を包むように丸くなってくれた、うん暖かくて気持ちいい。

「じゃお嬢、おやすみ」

『え、ここで寝るの?』

「寝る」

 ため息が聞こえた気がするが気にせず寝た。
 私は笑う。
 何故と聞かれたら、嬉しいから。
 私の大好きなリュウが強くなるために頑張り始めたから。
 私はリュウが小さい頃から知っている。

 初めて会った時、リュウの友達が国のために遊べなくなったらしい。
 だから私が代わりに遊んであげた。
 私は普通の人間の女の子のふりをして一緒に遊んであげた。

 私も楽しかった。
 こんな風に遊ぶのはどのぐらい昔の事だったろうか?
 とにかく、夕方になるまで遊び続けた。

 ある日の事、リュウも力が欲しいと言い出した。
 なんでも友達だった勇者が大怪我をしたらしい。
 魔法使いの友達だった子や騎士団の大人達が頑張って、どうにか死だけは回避出来たそうだ。
 それをきっかけにリュウも力を欲しいと、言うようになった。
 自分だけ町で親を手伝うだけではなく、その友達だった子達のためにも強くなりたいと、言った。

 リュウは、泣きそうな顔をしながら言った。
 でもリュウの適性職業は『調教師』、たとえ強い獣を従えたとしても、魔物相手では一瞬しか時間を稼ぐ事しか出来ないだろう。

 だから私は一つの提案をした。
 私がリュウの『従魔』になると。

 リュウは私が人間で無い事に驚いたが、すぐ受け入れてくれてまた嬉しくなった。
 その後私と契約することでどんな力が手に入れるかと、どんなリスクがあるか言った。
 もちろんリスクは事細かに伝えた。
 下手をすればリュウの体と魂は保たない。
 だから出来れば諦めて欲しかった。でもリュウは諦めてくれなかった。

 正直不安だった。だからリュウが契約を成功させた時は驚いた。
 私の魔力を狙ってさまざまな人間が契約に来たが、皆私の魔力に耐えきれず死んだ。成功しても狂ったり壊れたりした。

 でもリュウは成功しても狂ったり壊れたりしなかった。私の魔力で熱が出やすくなったが、問題と言うほどの問題は出てこなかった。

 流石にリュウの魂が気になって調べたら驚いた。
 リュウの魂はとても大きく力強く輝いていた。
 長い時間生きてきたがこれほど強い魂は初めて見た。
 そして確信した。
 リュウは勇者より強く、大きくなると。

 リュウ、貴方はきっと私より凄い存在になるよ。
 だから頑張って、フェンリルのおじ様は少しずつ強くなったからきっと良い目標になるよ。
 私もいざという時は助けてあげるね。
 だから頑張って下さい。応援してます。
 私はティア。職業『勇者』
 私達は久し振りに帰ってきた。

 大規模な魔物の軍勢を討伐してきたので心身共に疲れた。
 でもきっと『勇者』の私はそんな弱音を吐く事は許されない。
 そんな事を言ったら騎士団の士気が下がり、危険が増す。
 だから毅然とした態度をとり続ける。
 私は負けてはいけない。全ての戦いに勝ち続けなければならない。

「大丈夫か、ティア?」
 私に声をかけたのは幼馴染みのタイガだ。
 職業は『賢者』。私と長い間一緒に戦ってくれている戦友でもある。

「何が大丈夫なの、タイガ」
「今回の戦いでも先陣を切って戦ったんだ。少しは休みを入れた方が良い」
「ダメよ。私は勇者、皆のために先陣を切るのは当たり前」
「休める内に休むのも仕事だ」
「それは普通の戦士がすること。私には必要ない」
「……なら僕一人でリュウにでも会って来ようかな」
「リュウに?」

 私が初めて振り向くとタイガはニヤニヤした顔で私を見た。
 また引っ掛かったと思っているのだろう。

 私達幼馴染みの中で唯一普通の人間だった。
 職業は調教師と余り良い職業ではないが私達のように戦場を駆ける事が無い分、平和に過ごしている。

 彼は少し不思議な感じがした。
 いつも私達に会っても何て事もなく受け入れてくれる優しい人。私達の周りは色々変わってしまった。雑貨屋のおばさんも、精肉店のおじさんも皆子供の私に敬語を使うようになった。もっと言うと私の親戚を名乗る大人がいっぱい出てきた。叔父さん叔母さんなら昔から知ってる。でも叔父さんの叔父さんとかは知らない。

 そんな人達がいっぱい現れた。

 でもリュウは変わらず私達にタメ口だし、特に気を使っているようには見えない。
 そんなリュウが唯一の弱音を吐ける人だった。

「どうするティア。僕は行くけど」
「…私も行く」
「なら一緒に行こうか」
 そうね。少しなら問題無いわよね。
 久々にリュウに会えると思うと嬉しく思った。


 私達はリュウに会うために町外れの牧場に向かって馬に乗っていた。

「さて今回はリュウにどんな話をしようか」
「いつもの下らない笑い話で良いでしょ?」
「えぇ、たまには別な話をしようよ。いつも同じ話じゃリュウも飽きると思う」
「ならどんな話にするの?」
 そんな土産話の相談をしながら向かっていた。

 リュウはプレゼントよりこういった話の方が好きでよく笑いながら聞いていた。
 だから今回はどんな話をするかで盛り上がっていた。
 話をしながらだったせいか牧場にすぐに着いた。

「こ、これは勇者様。今回はどうしましたか?」
 牧場主のおじさんが焦りながら聞いてきた。
 ここに来る理由はいつも同じなので普段はこんな事を聞く事はない。

「おじさん、リュウは?」
「それは、その……」
 歯切れが悪い。もしかしてリュウに何かあった?

「リュウに何かあったの?」
「あったと言うか、何と言うか……」
「ハッキリ言って」
「ティア、落ち着いて。おじさんも、そんなにびくびくしないで話してもらえないかな」
 タイガが落ち着かせるように言う。少しキツく言い過ぎたかもしれない。
 おじさんは一度深呼吸すると不安そうに言った。

「リュウは……行方不明なのです」
 行方不明?リュウが?

「行方不明、ですか?」
 タイガが聞いた。
「はい」
「一体何時からですか?」

 そしておじさんはポツポツと言った。
「2ヶ月ほど前に狼が牧場に現れたのですが、その時にリュウも居なくなってまして……」
「狼に襲われたとかは?」
「全くそんな形跡はありませんでした。ですから余計わからないのです!リュウは毎日真面目に働いていましたし、馬や牛達に気に入られていたので突然居なくなる理由が‼」
「落ち着いて下さい!とにかく襲われたとかじゃ無いのですね?」
「それは確かかと」
「だってよ、ティア」

 本当にどういう事?確かなのはリュウはここに居ない事だけ。
「ティア?」
「今日は帰ります。リュウの事、教えていただきありがとうございました」
「いえ、何の役にもたたずすみません」


 町に戻る途中。
「タイガ、私リュウの事探しに行く」
「ちょっと勇者の仕事はどうするの!?」
「勇者の仕事のついでで探させてもらうだけ。それなら問題無いわよね」
「まぁついでなら……でも何処に居るかは全くわからないよ」
「だから探すのよ。死んでたら許さない」
 絶対に見つけ出すからね、リュウ。

【後書き】
次回から本編に戻ります