一夜が明け、何かものすごいベッドから起きると、何故かリル達が人型でそろって寝ていた。
しかも俺にくっ付くように。
確か風呂から出た後に一度俺の中に戻ったはず。
そのあとゲンさんから、ティアに情報としてアオイとの修行姿を記録した映像を見せていいか聞かれて、いいよって言って、その後特にする事もないから寝て……
うん、この状況、俺も知らないわ。
起きたら美人ハーレム、夢いっぱいだ。
しかしこの事はティア達には隠して……いるのか?
最低でもアオイはばれてるだろうけど、他の三人はどうなんだ?
多分アオイが魔物である事はゲンさんから言われたと思うし、どうなってんだろう。
その辺も後で聞いとかないとな。
俺は優しく声を掛けながら皆を起こす。
一応ここにはタイガ達も居るからな。
リルとカリン、オウカは寝ぼけながら起床、アオイだけは赤面してすぐに目が覚めたご様子。
その後、ゲンさんがまた飯だと言ってきたので、タイガやグランさんとも一緒に食堂に行く事になったが、何故か空気が重い。
確かにあまりいい関係を築いてはいなかったが、ここまで空気が重くなる事はしてないはずだ。
「ゲンさん、俺昨日何か仕出かしたっけ?」
「昨日の映像を見てからだ。普通はああなる」
「まさか昨日見せて良いって言ったあの映像?最前線で戦ってるならあのぐらい……」
「だから普通はない。お嬢ちゃんは戦闘よりその後の映像の方がショックだったようだが」
俺がリル達と仲良くしてる映像か。
あれは俺の方からティアに見せて欲しいとゲンさんに言った。
少しでもティアが魔物に対する考え方が変えられればと思って見せるように頼んだが、どうやら少しは効いたらしい。
「それでティアは?」
「かなり混乱していた。教会で教わっていた常識が壊れた瞬間だったからな」
「教会?何でそこで教会が出てくる?」
「文字の読み書きや歴史を学ぶ場合、ほとんどは教会で学ぶ事の方が多い。リュウは違うのか?」
「俺は猟師のおっちゃんや、前の職場で調薬に関する勉強のついでに教わったから知らなかった」
俺が教会に関わったのは精々カードを貰う時だけで、後は特にない。
細かい事ではあったかも知れないが、ろくに覚えていない。
「そうだったか。とにかく教会は魔物を特に敵視している。気を付けておけよ」
「忠告ありがと。教会と何か仕出かすつもりはないが気にしておく」
どうせ何もないと思うけど。
食堂に着くと既に女性陣は着いていた。
女性陣からは特に重たい空気は感じられない。
「リュウおはよ」
「リュウちゃんおはよう」
「リュウさんおはようございます」
「おはよう」
うん。昨日とそんなに変わんない。
思い悩んでいるのは男性陣だけって事か?
その後も特に変な部分は女性陣からはなかった。
普通にお喋りをしながら飯を食って、特に何もない。
飯を食い終わって席を外した時にティアから声を掛けられた。
「ねぇリュウ、この後暇?」
「ん?まぁ確かに用事はないけどなんか用事か?」
「用事っと言うよりはお願いかな」
「だから何だよ、お願いって」
「私とデートして」
…………はい?
デート?何でデートがここで出てくるんだ?
「ダメ?」
「ダメって言うより何でそうなったかが分かんねぇ」
女性陣はにやにやしてるがタイガの奴はコップを素手で割るかも知れないぐらい握りしめてるぞ。
あと俺の中にいるリル達が猛抗議してくるし。
「デートはいいが、良い場所なんて俺は知らねぇぞ」
「問題ないよ。デート先は私が決めてるから」
ゲンさんの話だと混乱してるって聞いてたが、これはその混乱による影響なのか?
しかもタイガの顔がものすごい事になってるし。
タイガくーん笑ってぇ、いつもの優男顔がとんでもない事になってるぞー。
てな事に突然なって、勇者とデートをする事になりました。
行先は不明で決闘前に何してんだよ、と自分でも思う状態になった。
飯食ってすぐに行く事になった勇者とのデート。もちろん後ろには勇者パーティーの参謀、賢者タイガが率先して前に出ている。
せめて邪魔しないように、隠れるなら隠れるでその殺気は止めろ。
デートと言う割には俺もティアもおめかしなんてしてないが、お互い防御力ゼロの普段着と剣を持って国の外に出た。
会話のない移動だが俺から話すには話題もないし、何を望んでいるのかも分からない。
そんな微妙な空気の中で何もない平地に着いた。
「ここならいいかな」
「なぁティア、こんな所に来て何がしたいんだ?」
「会ってみたくって、リュウの従魔に」
「……何でだ?理由によっては会わせらんないぞ」
ティアが俺の従魔を気にする理由はなんだ?
倒すとかそんなんだったら会わせねぇぞ。
「聞いてみたいんだ。何でリュウと一緒にいるのか、何でリュウを選んだのか」
「……傷付けないと約束できるなら会わせてもいい」
「うん。約束する」
だってさどうする?
『私から参りましょうか?恐らく映像から人型で現れても問題ないのは私でしょう』
『私はまだ怖いから遠慮するのだ』
『私も辞めておく、この人はまだ信用できない』
『……アオイさん、今回は私に譲ってくれない?』
リル?
何でお前が?
『勇者がここまで来たのは私のせい、私に話をさせて』
『……危険ですよ』
『大丈夫でしょ、この勇者は私より弱い』
『……分かりました』
『リュウもいいでしょ?』
いいよ。
いざって時は俺が護るから。
そう頭の中で言うとリルは俺の中から狼の状態で出てきた。
ティアはその光景に驚きながらも剣に手を伸ばそうとはしなかった。
『初めまして、勇者。私はリル、リュウの従魔よ』
「初めまして……話せたんだ」
『当たり前よ。それで私がリュウと一緒にいる理由だったかしら?』
「はい、それと何故リュウを選んだのかを聞きたくて」
リルはティアに動じる事無く答える。
その光景を見るとまるで俺とリルの出会いに似ている気がする。
『そうね。一番の切っ掛けは面白かった事かしら』
「面白い?」
『ええ、私を見て動じる事無く接するリュウに興味を持った。同時にこの人間ならお祖父様を助けられるかもと思った』
「助ける?まさか昨日言ってた魔物のボスって」
『私のお祖父様よ。そして私がリュウを連れ去った』
え、それ言っちゃうの!?
流石にまずいんじゃ……
その時、やはりティアから良くないオーラが流れ始める。
「……何でリュウだったの?他にも調教師は」
『何でも何も、リュウ以外の調教師じゃ治す以前の問題だったからよ。他の調教師では唯々泣き喚いて何もしない、魔物に動じない調教師が必要だった。そして偶然見付けたのがリュウだった』
少し強く言ったリルの言葉にティアは言い返せない。
ティアのオーラも揺らぐ。
『感情を持った生物は何も人間だけじゃない。魔物と言われる私達やドラゴンにだってある、血の繋がった誰かを助けようとするのは当然でしょ』
「ならすぐに返してよ!私はずっと心配だった!行方不明になって、もしかしたら魔物に殺されたかもって思う度に頭の中がぐちゃぐちゃになって、おかしくなりそうだった!ううん、おかしくなってた!」
今度はリルが黙る。
静かにティアの言葉を聞く。
「勇者としての仕事をしながらリュウを探して、次の町、次の町って魔物の被害が起こった場所に行って、同時に魔物に殺された人達の安置所に行ってリュウがいないか確認してた!死んでなくて安心したけどすぐに別な場所で殺されてないか、食べられてないか不安だった!」
『それはリュウに文句を言いなさい。森に残ると言ったのはリュウよ』
「え?」
『リュウは力を持っていた。その力を使いこなすために森に残ったのだから』
それを聞くと今度は俺を見るティア、ああ言い辛い。
「そう……なの?」
「まぁ、な。俺が普通じゃないのはご覧の通りだ。だから人に見つからない所で修業したくてさ」
「なんで、別に人前でも……」
「怖くってさ、人間で調教師のくせにとんでもない力があって、それが理由で人間扱いされなくなるのが怖かった」
本当はウルの存在と力を隠すのが目的だったが、まぁいいか。
「そんなの、私は気にしないのに」
「お前がしなくても他の連中は気にするんだよ」
「でも……」
『もう一つは一緒にいる理由だったかしら』
落ち込むティアにリルが強引に話題を変えた。
話題はティアが言ってたもう一つ聞きたい事。
『理由は簡単、好きになったから。それだけよ』
「…………え」
『だって修行していく内にリュウったらどんどん強くなっていくし、ちょっと傲慢な所はあるけど個人的にはそれもいいし』
リルは尻尾を振りながら俺の足に顔を擦り付ける。
それを見たティアはさっきよりも更に危険なオーラを出す。
ごめんちょっと怖い。
「…………魔物は魔物らしく同族と交尾でもしたら?」
『嫌よあんな向上心のない奴らなんて』
「でもリュウは人間だよ。いくら力があっても子供は出来ないよ」
『それは問題ないわ。私が人型になれば良いだけだから』
そう言ってリルは人型に姿を変える。
ティアは驚く場面なのに動揺一つ見せず、唯々オーラと瞳の奥が深く、暗いものに変わっていく。
どう見ても勇者が出しちゃいけないにオーラだよそれ!
「どれだけ姿を変えても結局は犬だよね」
「あら、リュウはこの耳と尻尾をよく喜んで触ってくれるわよ?それに私は狼よ」
「どっちにしろリュウに媚びる雌犬って事は変わんないよね」
「黙れ人間」
「リュウから離れろ雌犬」
だから二人とも怖いって‼
寒気はするは震えは止まらんは体内で残ったカリンとオウカがアオイにくっ付くはで大変な事になってるぞ!
後ろの野次馬共もがくがく震えてるぞ。
『えーっと、リュウ、こんな時だけど報告しなきゃいけないに事が出来た』
何だよウル!あれよりやばい事か?
『アジ・ダハーカが復活する』
…………このタイミングで?
ダハーカが復活する。
それはどんな風になるのでしょう?
つーかヤバくね?
こんな所で復活されたら大問題だぞ!
「えーっと、少し用事が出来たので離れまーす」
「「逃がすか」」
両方から肩を掴まれて動けなくなる俺。
ちょっと待って、リルは分かるけど何でティアの手が振り解けないんだ?
俺より弱いんじゃないの?
「あーもう!ちょっとごめん!」
「え、ちょっと!」
俺はティアを抱き上げて走る。
リルは突然俺が本気で走り出したのを見て慌てて追いかける。
ティアは何故か俺に抱き上げられてから硬直して動けない。
少し本気で走って人気がない更地で止まった。
「ちょっとリュウ!どうしたの突然走り出して」
「緊急事態だ。ダチが復活する」
「……え、早すぎない?」
「俺だってそう思ってる。でも連絡が来たんだからそう何だろうよ」
「えっとどう言う事なのか教えてくれない?」
一人付いて来れないティアが小さく挙手をしながら顔を赤くしながら言った。
俺はそんなティアを優しく降ろしてから言う。
「聞くより見た方が早い、少しそこで待ってな。リル、不満かも知れないがティアを守ってくれ。それと暴れない様に見張っといて」
「分かった」
ティアは降ろされたままの状態でいるが俺は少し歩いて離れる。
復活した際にどんなことが起こるかも不明だし、ティアなら復活の余波だけで死んでもおかしくない。
で?勝手に復活するのか、ウル。
『一番手っ取り早いのはリュウが呼ぶ事。肉体や精神、魂は完全に修復されているから後はリュウが呼べば起きるはずだから』
呼べばって簡単に言うな。
少し疑問を持ちながらも何て呼べば起きるか考えてみる。
普通に名前で呼んでみるか?
それともダチ公とでも呼べばいいのか……
そんな間にも俺の身体から何かが迫り上がってくるのを感じる。
多分これがダハーカの魂かオーラなのだろうがどうやらサッサと呼ばないといけなさそうだ。
いつの間にか大気が震えだし、俺の体を包むように発光し始める。
それじゃ大声で呼んでみるか。
「起きやがれ、アジ・ダハーカ!」
その時俺から大量の魔力が抜け出た。
少しふらつきながらも抜け出た魔力を目で追うと俺のすぐ前で魔力が集まって、前に見た黒を中心に星空のように様々な色が入った卵が出現した。
その卵はすぐに孵り、強い漆黒の光を出しながらアジ・ダハーカが復活する。
俺の目の前にいたのは以前に見た白亜のタフな巨体に、俺を切り裂いた鋭い爪と牙、そして俺をじっと見る三つの頭と六つの目。
ただ少し以前と少し違うのは白亜の巨体に何か刺青の様なものが全身に描かれていた事か。
グォォォォォォォォォォォォォォォォォ‼
復活の雄叫びが辺り一帯に響き渡る。
俺は何てことなく嬉しく聞いていたがティアとリルは耳を塞いでいた。
「久々の外の空気はどうだダチ公?」
『ああ、とても心地よいものだリュウ。私自身これほど早く復活出来るとは思っていなかった』
「多分ウルの奴が上手い事してくれたんだろうさ。それでどうだ、新しい身体は?」
『調子はかなり良い。では以前言っていた喧嘩でもするか?戦わなくては詳細には分からんだろう』
「はいストップ。今は大人しくしてくれ、今はドワーフの国に居るから出来るだけ静かに居ていたいんだよ」
『んん?リュウはドワーフの国に所属していたのか?』
「そうじゃない。新しい刀を作ってもらいに来たんだよ」
『なるほど。それで先程からそこで腰を抜かしている人間の雌は何者だ?』
ん?あ、本当だ。
ティアがすっかり腰を抜かして動けないでいる。
「大丈夫か?」
「大丈夫かって大丈夫な訳無いでしょ!あのドラゴンこそ何者よ‼」
「あいつはアジ・ダハーカ、俺のダチだ」
「アジ……!?」
ティアは口をパクパクさせながら動けないでいる。
『ほう、その雌が今回の勇者か。では一つ手合わせを』
「ごめんマジで止めて。こいつそんなにまだ強くないから。今死んだら人類大変な事になるから」
『む、それはつまらんな』
「それよりダハーカも人化出来るんだろ?人前に出る時とか面倒臭いし今の内にしてくれよ」
この魔術を極めた邪龍なら何て事のない話だろう。
『このままではダメか?』
「ダメだ。すぐにばれて俺が二度と人間のいる町に行けなくなる」
そう言うと仕方ないように術を発動した。
白亜の巨体が小さくなり、俺と背が変わらないぐらいの男になった。
ただダハーカの方が数段イケメンである事に少しショックだ。
髪は白く、腰まで伸びているが決して不潔な雰囲気はなく、くせ毛もあるがどちらかと言うとワイルドな空気が出ている。
目は鋭く、紅いので怖いと思う者も多いかも知れないが俺から見れば十分にかっこいい。
絶対ワイルド系が好きな女性にモテまくるぞこいつ。
「何で、何でいつも魔物が人化すると美男美女になるんだよ……意識してたりするのか?」
「意識などしてはいない。我々の人化の術はもっと単純なものだ、決して好きな容姿になるための術ではない」
「つまり……どう言う事?」
「簡単に言えばもしも人間だったら、と言う姿に変化させるだけの術なのだ。他の人間の姿にはなれん」
ふーん。
よく分かんないけどいっか。
「やっぱりお前って男だったんだな」
「私に性別の概念はない」
「と言うと?」
「元の姿では無性だ。人化の際に雄か雌か選択できるが雌の方が良かったか?」
「いや、そのままでいい。これ以上女が増えると肩身が狭い」
本当にね。
これ以上女の子が増えるとリル達の目線がとっても痛いのですよ。
「それじゃ帰るか。ティアもデートはここまでいいか?」
「……うん。今日はなんだか疲れた」
「リュウ、今度は私が勇者を運ぶから」
「ありがとリル。それじゃ早く帰って他の勇者パーティーを安心させるか」
ほとんど拉致みたいなものだったし、多分今頃タイガの奴が大騒ぎしてるだろうな。
そう言えばダハーカって俺の中に入ってなくていいのか?
久々の外だし出来るだけ外に居させたかったがこれでも伝説の邪龍だしな。
「ダハーカ、お前人間のふりは出来るか?」
「私からすれば造作ない」
「なら出来るだけ人間のふりをしてくれ。切り札は取っておかないとな」
「了解した」
走りながらそう話していたが元の場所にタイガ達はいなかった。
「あれ、もしかして探しに行っちゃったか?」
「でもそれならすれ違うでしょ。方向ぐらいは見えてたと思うわよ」
「えっと、そろそろ降ろしてくれません」
ティアはリルに降ろしてもらってから辺りを見渡している。
ティア以外は『魔力探知』や気配、聴覚を頼りに探しているが見つからない。
「ドワーフが来たな」
ダハーカが言った。
確かにフォールクラウンから誰かが向かってくる。
「皆さん早く避難して下さい‼外は危険です!」
よくは分からないが指示に従った方がよさそうだ。
俺達は素直に指示に従ってフォールクラウンに帰ってきた。
一体何事だ?
フォールクラウンにしては珍しく大したチェックもされず帰ってきたがこの雰囲気は何だ?
殺気立ってると言うか、何と言うか。
とにかく今が緊急事態であるのは間違いないようだ。
リルもこの国に入ってから俺の中に戻っていった。
「こりゃ一体どうなってんだ?」
「この雰囲気、大型の魔物が国に接近した時と雰囲気が似てる」
「大型の魔物?帰って来る時そんな気配はしなかったが……」
ティアの説明によると大抵は大森林から出てきた魔物が現れるとこうなるとか、大森林の魔物は多くの国から恐れられているのは知っている。
ただティアから見てもこれ程の緊張感を出すのは珍しいとか。
「つまりこれは数百年に一度のとんでもない魔物が出てきた可能性が高いって事か」
「そうなるね」
「でもそれが本当なら他の国からも救援が必要なんじゃないか?特にライトライトとか」
「そうね。でもまだ何の魔物が出てきたかは把握できてないみたい。多分あそこに居るのは偵察隊だろうからこれから確認しに行くと思うよ」
ティアが言っているのは多分移動重視なのか最低限の胸当てなどの装備を付けた兵士の事だろう。
馬を用意している所を見ると少し離れた所にいるようだ。
「ティア無事ですか!?」
「ティアちゃ~ん!」
「嬢ちゃん無事か!?」
「勇者様!リュウさん生きてますか!?」
わらわらと出てきたのは勇者パーティーとアリスだった。
人を掻き分け近付いて来る。
俺はティアの背を押して行けと促す。
ティアは俺に一つお辞儀をするとタイガ達に所に行った。
ゲンさんの姿が見えないのは何故だ?
この騒動に関する情報を探しているのか?
「まさかこんな状況に出くわすとは私達も運がありませんね」
「え、マークさん?」
突然現れたマークさんに俺は驚いた。
何せ声を掛けられるまで気付けなかった。
やはりこの人は……
「お久しぶりです。この国に来てから会えなかったの心配しましたよ。どこにいたんですか?もしかして商人仲間の所ですか?」
「いえ、少し上司の所で商売についての報告をしていました。心配をかけたようですみません」
「いえ無事ならいいんですよ。それよりこの騒動は一体?」
「情報が確かならドラゴンが大森林から出て来たそうです」
「ドラゴン?弱い奴ですか、それとも伝説級の?」
「さぁどうでしょう。それを確認しに今から向かうようですからね」
そう言ってさっきの集団に目を向ける。
普段は使われない巨大な方の門開けているのが見える。
大門を開くとはそれだけの事態って事か。
「リュウさんはどう思います?まだドラゴンが居るか居ないか」
「さぁな、興味ない」
「それは残念。ドラゴンの血の一滴にまで破格の値段が出るほどですから興味あるのですが、リュウさんには興味ありませんか」
「俺は食う目的以外では滅多に生物を殺さねーよ。殺す時は相手が嫁やダチを殺しに来る時だ」
「とても分かりやすく好感が持てます」
いつもの商人スマイル、でも今日はいつもと違うように感じる。
何となく違う。
「……一つ契約、いえお願いを聞いて貰えますか」
「お願い?珍しいですね。いつもはお願いじゃなくて契約しませんか?って言ってきますのに」
「あはは、自分でもビックリです。不確かなお願いをする何て」
どこか乾いた笑みで言うマークさん。
目をあっちこっちに動かしながら、言葉を選びながら言った。
「何時の日か私を雇っていただけませんか?」
「雇う?今の仕事に何か不満でも?」
「不満ではなく貴方とならもっと大きな事が出来ると思ったからです。なので頭の片隅にでも覚えてくれればと」
「俺、雇用云々は全くの素人だけど良いのですか?」
「構いません。私は貴方の元で働きたい」
そんな強く言われちゃ断れねぇな。
雇用云々は後で学ぶか。
「分かりました。その時はよろしくお願いします」
「私こそいきなりこんな事を言ってすみません。では私はこれからポーションを売りに行くのでまたその内」
「はい、またその内」
そう言ってマークさんは人混みに消えた。
本当に言いたい事はあれだけだったのだろうか?
「リュウ、今の男は」
「止めろよダハーカ。あの人もダチだ」
今まで黙っていたダハーカがマークさんが居なくなると声を掛けてきた。
いつも謎の雰囲気を纏っているあの人もきっと何かあるんだろう。
「それよりこの騒動絶対俺達のせいだよな」
「だろうな。私の存在に気付いた者は少ないと思うが警戒はしておくか」
まぁ国に入れた時点でだませているとは思うけど。
しっかしこの騒動がどのぐらい広がってるかが問題なんだよな。
近隣諸国からは色々説明しないといけない様な事も出るだろうし、居なくてもしばらくは警戒するだろう。
そうなると外で修業は出来ないな。
「リュウさんも大丈夫ですか?」
「お、アリス。勇者様の相手しなくていいのか?」
「勇者様には皆さんが居るので問題ありません。しかしその人は?」
アリスがダハーカを見て首を傾げる。
そう言えば何て言おう。
素直にアジ・ダハーカです、とは言えないしな。
「私はリュウの友人で名はダハーカだ。よろしく頼む」
「よろしくお願いします、ダハーカさん。リュウさんのご友人はイケメンですね」
あれ?普通に受け入れてる。
てっきりダハーカの名は売れまくってると思ってたが違うのか?
アリスはダハーカの身体を珍しそうに触っている。
「リュウよ。この少女は?」
「こいつはアリス。一応十九歳」
「一応とは何ですか一応とは」
一応の言葉に頬を膨らますアリス。
やっぱり子供にしか見えない。
「リュウ、それでは宿の方に行こうか。この国に来たばかりで私には泊まる場所がない」
「ああ、そうだな。ドワルに聞いて同じ宿に入れさせて貰えないかな?」
「それは聞いてみないと分かりませんね。でもリュウさんならすんなり聞いてくれるんじゃないですか?」
「ま、泊まる泊まらないはおいといて今はとりあえず俺達の宿に行くか」
仕方ないので今泊まっている宿に三人揃って向かう。
ダハーカが通るたびに女性の目が輝いている様に見えるのは気のせいだろうか?
冒険者から見ると俺と一緒にいると言うだけで普通じゃないレッテルが貼られている様だがこれは逆に好都合か?
俺と言う化物と一緒に居ればある程度やり過ぎても受け入れてくれそうだし、上手く誤魔化せそう。
問題は禁呪を使わないかだが……そこは強く言って聞かせれば問題ないか。
ダハーカは話が通じない相手じゃないし。
しかし宿は表向きはそんなにバタバタしていなかった。
裏でこっそりと動いているのは気配で分かるがこんな時ぐらいバタバタしても仕方ないと思うぞ。
支配人俺達の出迎えをしてくれた時にダハーカを見たがすぐに部屋を用意してくれた。
ダハーカの部屋も家みたいな状態だったので男子部屋から移動させてもらう。
だってやっぱりダハーカを一人にしておく訳にはいかないじゃん。
「リュウは良いのか?友人なのだろ?」
「ダハーカもダチだろ。俺が決めたんだ、ついでにリル達もこの部屋の中なら自由に出来るから都合よかったし」
そう言うと俺の中からリル達が出てきて思い思いにくつろぎ始める。
リルはソファーでくつろぐし、カリンとオウカはベッドの上で飛び跳ねている、アオイは部屋に備え付けられていた茶葉でお茶を入れ始める。
「皆最近は俺の中にずっと居てつまんなそうだったし良い気分転換になると思う。だから気にすんな」
「その様だな。しかしリュウ、まさかティアマトまでお前の仲間になるとは。私が言うのもなんだが規格外だな」
「そりゃどうも。あと今度魔術教えてくれよ、出来るだけ戦闘に使えるやつ」
「もう私の知識から魔術は使えるだろう?」
「所詮知識は知識だ。教科書読んですぐに理解出来るほど俺の頭はよくない」
「そうか、では今度教えるとしよう」
「頼む」
「リュウ様、お茶が入りました。カリン様、オウカ様いい加減淑女としての自覚をお持ちください」
「ベッドふかふか!」
「なのだ!」
「二人とも埃が舞うから止めなさい!」
そんな光景を見て俺は落ち着く。
ダハーカも笑いを堪えながらこの光景を見ていた。
今日の騒動も夜になると落ち着いてきた。
偵察部隊からの報告は発見出来なかったとの事、おそらく森に帰ったと思われているが詳しい事は不明と帰ってきた。
警戒は続いているが朝ほどのピリピリした空気はなくなっている。
そして昼の内にダハーカを皆に紹介、一応魔術師と言う事にしてもらった。
その時にはゲンさんも帰ってきていて後で俺とゲンさん、アリスだけになった時に聞かれた。
前に話に出た魔術師か、と。
それで俺があっさりそうだと言うとゲンさんもダハーカの監視をするようになった。
そして現在、昨日と同じ混浴に皆で入っていた。
「これが風呂と言うものか」
「入るの初めてか?」
「初めてだ。川や湖で水浴びぐらいはする時もあったが湯に入るのは今回が初めてだ」
「そっか。まぁ俺も最近までは旅をしてたから滅多に入れなかったけどな」
「……よくこんな状況で普通に話せるな」
ダハーカが珍しそうにしているので聞いてみたらやっぱり初めてだった。
そして何故かゲンさんが身体を小さくして俺達から離れようとしない。
「こんな状況も何も仕方ないだろ、混浴なんだから」
「ゲンは雌が苦手か?」
「苦手とかじゃなくて何で平然と出来るんだよ!みんな裸だぞ!」
そう、もちろんここにはリル達とアリスもいる。
今回は事前にゲンさんとアリスが一緒に入る事を伝えたのだが皆タオルを巻くのを嫌がった。
仕方ないのでせめて水着にしたらと言っても聞かず、結局アオイとアリス以外は裸のまま。
アオイとアリスはきちんとタオルを巻いているがそれでもゲンさんは直視出来ないでいる。
「諦めろ、ここでしか顔を合わせて話し出来ないし部屋だとお前ら都合が悪そうだったし」
「それでも何で風呂なんだ。他にも場所はあったろ」
「なら俺らの部屋に来るか?タイガに変な目線が来るけど」
そう、都合が悪いのは主にタイガのせいだったりする。
タイガは賢者らしく今回の騒動は俺達が絡んでいると思っている様子。
おそらくティアにも聞いたと思うがはっきりとした答えは返って来なかったのだろう。
俺にも聞きに来た時はダハーカを迎えに行った、で押し通った。
「しっかし情報部隊長も大変だな。色んな人から情報くれってせがまれてるんだろ?」
「特に教会やタイガからな。おそらく明日には今日の騒動も治まるだろ。全く、ダハーカと聞いてもしやと思ったがまさか伝説の邪龍本人だったとはな」
「それほど私は意外か?」
「意外だよ。まさか邪龍とこうして話が出来るとは一度も思った事はない」
普通はそう思うけど。
「私も聞きたいけれど他の邪龍はどうなってるの?」
当然リルが俺達の会話に割り込んできた。
リルが近づくにつれてゲンさんが遠ざかっていく。
「他とは?」
「お祖父様に聞いた事があるのよ。このアジ・ダハーカとは違う厄介な邪龍がもう二体いるって」
「それは『三日月邪龍《クロウ・クルワッハ》』と『原初海邪龍《アポピス》』の事か?」
「そう、その二体よ」
俺は聞いた事ないなその邪龍。
「どんな奴なんだリル」
「詳しくは知らないわ。どちらも別な島にいると言われているもの」
「また懐かしいお話をなされていますね」
「アオイも知ってるのか?」
「私はお母様に聞いただけです。おそらくダハーカのほうが詳しいと思います」
ほほう、では聞いてみるか。
「どんな邪龍だったんだダハーカ」
「どんなっと聞かれると困るが……そうだな。かなり特殊な者達だった」
「だからどんな?」
「クロウはとある魔王に自ら仕える変わり者だ。戦闘方法は主に近接戦闘ばかり、ブレスは当然使えるがあまり好んでは使わなかったな。アポピスが戦っている所を見た事はない。あいつは今も原初の海で泳いでいると思うが……」
ダハーカは古い記憶を探るように言う。
実際に俺から見れば大昔なんだろうが途方もないな。
「魔王に仕える邪龍とずっと海で泳いでる邪龍か。それって変わってんの?」
「基本邪龍は好き勝手していますが何者かに仕えるのも、戦わず停滞しているのも珍しい部類です」
「へ~。いつか会ってみたいな」
「あの、リュウさんが言うと本当になりそうなので止めてもらえませんか」
遠くからタオルを巻いたアリスが言ってくる。
そんな離れなくてもいいじゃん。
タオル巻いてんだから。
「リュウ、今回はアリスの言う通りしばらくは止めておいた方が良いわよ。実力がまるで足りない」
「そうですね。それに魔王と原初の海が関わると大抵は良くない事が起こりますから」
「魔王は分かるが原初の海って危険な場所なのか?」
「滅茶苦茶危険な場所だぞ。古い文献では誰も帰って来なかった」
大分遠くに行ったゲンさんも言う。
「そんな危険な場所に何で大昔の人は行ったんだ?」
「エリクサーの原料がその海の海水らしい。弱い者がその海水に触れるとその者が原初の海の一部になってしまうと言われている」
「正確に言うと魂が弱い者だがな。ちなみにエリクサーの材料は原初の海の海水の他に天龍の涙、仙桃の花びらだな」
「え、たったの三つで完成するの?」
「材料は少ないがどれも加工と入手方法が困難なのだ。天龍は希少種な故滅多に見つからんし、かなり強い。今は……どうなのだティアマト、確かお前の国に数体いただろう」
「いますが若い者達は皆混血です。おそらくエリクサーは作れないでしょう」
「そうか。やはり純血でないとダメか」
ゲンさんの説明に捕捉をつけながら言ってるがいいのか?
かなり重要な情報を言った気がするが大丈夫か?
あ、ゲンさんが耳塞いであーあ言ってる。
やっぱ重要な情報だったんだ。
「にしてもドラゴンの涙ってどうすんだ?泣くまで腹でもくすぐればいいのか?」
「天龍の涙は別名慈愛の涙。気に入られ、自然と流すのを待つしかない」
「慈愛って難しいな」
「仙桃もかなり高い山にあるが大抵そこに行くまでに寒さと息苦しさでたどり着く前に死ぬ。たとえ着いても花が咲いているかは別問題だがな」
世の中って非情だ。
奇跡の薬を作る前に多くの人が死ぬ事になるぞ。
「で、海水の方は?」
「海水は言った通り魂が強ければ何てことはない。ただリュウのような魂の強い者は滅多に現れないためほとんどは死ぬ」
「ちなみに何でその三つの材料でエリクサーが作れるんですか?」
聞いたのはアリス。
ゲンさんが驚いている所を見ると聞かない方が良い質問だったらしい。
「海水は魂を修復し、涙は精神を癒し、花びらは寿命を延ばす」
「えっと?」
「つまりそれぞれの素材は別なものを癒す最大の薬なのだ。それを加工し、一つに纏めたものこそエリクサー」
「普通の薬でもあるだろ、風邪薬でも頭痛と熱を同時に治す薬が。エリクサーもそれと同じって事」
「リュウさんの例えは分かり易いですがありがたみが減りますね」
「例えなんてそんなもんだ」
物事を簡単に説明するのが例えだからな。
そりゃありがたみも減るさ。
「そういえばゲンさんの方は何か無いの?」
「あるぞ。ドワーフ王が決闘の日時を決めた。闘技場の手配が終了したそうだ」
「それでいつ?」
「一週間後の正午だ。お嬢ちゃんには既に伝えておいた」
「了解」
「パパのかっこいいところ見れる?」
「私も久しぶりに見たいのだ!」
お子様二人が俺にくっつく、頭を撫でながら考えてみたがあまり本気は出せないよな。
「それは分かんねぇよ。ダハーカ、明日は朝から魔術の修行つけてくれ」
「分かった」
決闘の日時も決まったし明日の修行に向けて今日はゆっくり休むか。
風呂から上がってすぐに寝た次の日、俺は殺気に気付いて目が覚めた。
そっと目を開けると、黒いオーラを出しながら俺を笑顔で見るティアが何故かそこにいる。
「えっと、おはようティア」
「おはようリュウ。で、この状況は何?」
この状況と言われるとリル達と寝てる事か?
そう言えばティアが会った事があるのはリルだけで、まだ他の皆は紹介すらしていない。
しかも今日は皆人型で寝ていた。
ここは……正直に言うしかないか。
こんな状況じゃただの従魔との関係と言っても納得しないだろうし。
「皆俺の従魔だよ。あと嫁だ」
その言葉にティアは固まった。
ティアは一人一人品定めする様に見るとさらに黒いオーラが噴き出した。
「へ~お嫁さんねぇ。へ~~」
「あの、ティア?」
「確かに可愛い子と綺麗な人がいると思うけど皆魔物でしょ?」
「それは、まぁ」
「ならリュウも人間同士で結婚しないとダメじゃない?」
「でも皆俺の事好きだって言ってくれたし」
「それは主としてのリュウじゃないの?それともリュウはペットを嫁って言っちゃう人なのかな?」
「ペット感覚じゃねぇよ。本気で、本当の意味で嫁だ」
「子供が混じってるけど?」
「オウカは婚約。まだ子供だからそう言う形になった」
話を重ねる毎に黒いオーラが増していく。
ヘルプだ‼
誰かこの空気を壊してくれ‼
「リュウ、朝食の時間……なんだ勇者か。お前も早くせねば遅れるぞ」
何でダハーカなんだよ!
ここはゲンさんが来てくれる場面じゃないの!?
「ダハーカさん。この状況は一体?」
「状況?何か変だろうか」
「変に決まってるじゃないですか!リュウが従魔の子達を嫁って言ってるんですよ!?」
「変では無いだろ。確かに従魔関係は様々な形になるが、夫婦という関係になった者もいなくはないぞ」
まさかの他にもいる発言!
俺も知らなかった。
「そんなはずは!」
「私は見た事があるぞ。私に挑んで来た者の中にな」
その人達って絶対死んでるよな。
絶対大昔の人だろ。
「勇者は何故それ程までに否定する?亜人と人間も交わる世の中だ。人型の魔物と人間が交わるのは自然だと思うが」
ダハーカは自然と言う。
ティアは言葉を探すと俺に一言だけ言った。
「リュウのバカ‼」
そう言って部屋を飛び出してしまった。
何となく誤魔化すのはダメかな、と思って言ったがやはり突然過ぎたか。
「リュウ、飯を食いに行くぞ」
「はいはい。ほれ皆起きてるだろ。早く入れ」
そう言うと皆はティアとは逆に機嫌が良さそうな顔をしていた。
食堂でまたティアと顔を合わせるとあからさまに避けられた。
マリアさんやグランさんは不思議そうな顔になっていたが、タイガだけは嬉しそうだった。
そんな時にゲンさんが俺達に言う。
「飯を食ったらドワル王様の使者が闘技場に案内してくれるらしい。それと耐久テストのためにもそこで練習をして欲しいそうだ」
ほー、耐久テストね。
そんなに俺の攻撃力が怖いか。
食いながら聞いているとマリアが遠慮がちに聞いてきた。
「あの、勇者様と何かありました?」
「ああ、俺と従魔達が一緒に寝てるの見られた」
「それ大丈夫なんですか!?」
「ティアの方が大丈夫じゃないな。明らかに」
話が聞こえて思い出したのか、また黒いオーラが漏れている。
それを見たアリスが俺に言う。
「ちゃんと謝って下さいよ」
「謝るって言ってもなぁ」
「難しいのは何となく分かりますが謝って下さい!」
「……はい」
はいとは言ったけど、どう謝ったもんかな。
ティアの言いたい事は何となく分かるが、正直言うタイミングが悪すぎるんだよな。
だってもう過ぎた話だし。
そう思いながらも謝る言葉探しながら飯が終わった。
ドワルからの使者は本当にすぐに来て案内してもらった。
この国の北西にある一番大きい闘技場でするようだ。
戦う場所は砂で敷き詰められ、地面に倒れたぐらいでは怪我一つ負わない。しかし少し歩き辛い。
「何か確認しておきたい事はございますか?」
「このドーム型の結界ってどのぐらいの強度なの?」
「技術者によれば上級魔術十発には耐えられると」
後ろにいた魔術師の団体が自信ありげな顔をしている。
そう言うが何だかぼこぼこの結界に見える。
ここはダハーカさんに直してもらうか。
「ダハーカ」
「壊していいのか?」
「その代わりダハーカが直して」
「分かった」
そう言って初級魔術一発で結界が壊れた。
これには案内してくれた使者やその後ろにいた魔術師達が驚いている。
「確かに上級魔術に耐えられる術式ではあったが、その分細かい式が疎かになっていた。だから点の魔術攻撃に耐えられんかったのだ。では見本を見せるか」
そう言って先程と見た目は変わらない結界を張った。
俺は軽い魔力を放ったがビクともしない。
「きちんと細かい所まで構築すれば問題ない。大方急いで書き上げた術式なのだろう。次は丁寧にな」
ダハーカが魔術師に言うと魔術師達は「はい!」と言った。
詳しい事は分かんないがやっぱりスゲーな。
あんなデッカイ結界を一瞬で造れるんだから。
「ここで練習して良いと聞いたが間違いないな?」
「は、はい。むしろここ以外では練習しない様にと言われています」
「分かった。ではリュウ、さっそく魔術の練習を始めるぞ」
「ほ~い」
そんな感じで魔術の修業が始まった。
レッスン1、魔術に関する簡単な授業。
ダハーカから簡単な魔術の基礎を教えてもらった。
まずは火、水、土、風などのポピュラーな魔術を一通り使いながら聞いた。
四大元素と呼ばれるさっき言った属性は、魔力さえあれば誰にでも使える魔術であり、そう難しいものではない。だが、そこから攻撃に発展させるには、各元素について理解する必要があるらしい。
どうやったら火は起きるのか、どうやったら水が湧くのか、どうやったら土は盛り上がるのか、どうやったら風が吹くのかを理解しないとダメだとか。
火を起こすだけでも様々な方法がある事をダハーカから教えてもらった。
日の光を集める方法、摩擦による発火、あとは落雷による火事など様々な方法があるらしい。
その様々な方法の中から自分に合った魔術の使い方によって得意分野が変わるとか。
ちなみに今の俺と相性が良いのは火と風だ。
理由はリルとカリン、アオイにオウカが契約しているからだとか。
風はリルから、火はカリンにアオイ、オウカから力を無意識に借りているらしい。
それからティア、と言うか『勇者』や『聖女』と言った特殊な職業にのみ使える魔術がある事も知った。
ティアが使えるのは聖属性と言われる属性だとか。
なんでも『不死者《アンデット》』などに効果のある、祓い、清める力の強い特殊属性らしい。
この知識もダハーカは所持してはいるが使えない。
レッスン2、詠唱を覚えよう。
魔術を使う際に詠唱が必要なものがあるらしい。
ほとんどの詠唱が必要な魔術は上位魔術ばかりだそうで、俺だとそう使う機会は少ないだろうとも言われた。
ついでに言っておくと、ダハーカが俺との戦闘で詠唱しなくても魔術が使えたのはスキル『詠唱破棄』があるからだ。
俺にもスキル『魔賢邪龍』にあるが初めぐらいは詠唱しろと言われた。
どうやら『詠唱破棄』は一度唱えた魔術しか詠唱を破棄できないらしい。
だから今は長ったらしい詠唱を棒読みで詠みながら一つずつ登録するしかない。
レッスン3、魔法陣と術式を書けるようになってみよう。
魔法陣と術式は詠唱を必要としない代わりに一々描かないといけない使い捨ての魔術だとか。
使い捨てと言ってもまた新しいのを書けば良いし、俺が好んで使う付加術もこの中の一つらしい。
すぐに効果が消えるものと消えないものもあるので要注意だと。
特に魔法陣はオリジナルのものを創りやすい魔術らしいので色々あるとか。
それから堅い魔術壁や結界の類のほとんどは無属性と言われ、他の属性との相性による弱点も無い代わりに決め技も少ないらしい。
レッスンファイナル、魔術限定の実戦。
「ギャァァァァァァァアアアアアアアアア!」
「どうしたリュウ。先ほど魔術は教えただろ」
「だからっていきなり二桁で攻撃するなよ!」
「リュウにも詠唱破棄は私経由で所持しているのだから出来るだろ。またいくぞ」
「ギャァァァァァァ!」
ダハーカの魔術でぶっ飛ばされるたびにティアが不幸な人を見るような視線を送っていた。
午前のダハーカによる修行は終わった。
結局防御の一点張りで耐えきっただけだった。
ダハーカの攻撃に合わせて魔術を当てろとか無理。
魔術を習ったばかりでいきなり二桁の魔術なんか出せる訳がないだろ。
「リュウ様こちらをどうぞ」
「ありがとアオイ」
アオイから渡された水筒の水を一気に飲む。
獣状態のリルやカリン達が体を擦り付ける様にして労わってくれる。
癒されるわ~。
しかしその光景を見てティアがまた黒いオーラを出してくるのでマリアさんとグランさんが脅えている。
もうどうしたらいいんだろう?
「リュウ様、簡単にですが昼食をお持ちしました。ダハーカの分もあります」
「ん、すまない」
アオイが持って来てくれたサンドイッチを少しずつ腹に入れる。
その間ティアの修行を見ていたがとてもきれいな剣筋だった。
俺のような勝てばいい剣術ではなく、きちんとした騎士の剣だ。
てか俺の周りに剣を教えてくれる人なんていないんだけどね。
皆武器よりも強い爪や牙があるから必要ないんだよな。
「どうしたリュウ、勇者をじっと見て」
「いや、俺もきちんとした剣術を学んだ方がいいのかなぁと、思ってさ」
「そうか?あのような型の決まった動きでは簡単に読まれる気がするが」
「でも相手を効率よく切る動きも入ってる訳だし少しぐらいは学んだ方がよくね?」
「リュウ様の言葉にも一理ありますが我々の中には武器を扱う者がいませんからね」
「しかも剣と刀では扱い方も違うみたいだからな。剣は押し切るのがメインで、刀は切るの一点特化みたいだからな」
前にドワルから言われた事を思い出しながら言う。
剣は刃が分厚く硬いが、刀の刃は薄いがしなやかに動く。
他にも色々言われてはいるが、長ったらしいので要所要所だけ覚えておいた。
簡単に言えば似てはいるけど近くて遠い武器が剣と刀らしい。
しかもこの辺は剣を使う者ばかりで刀を使う奴はいない。もし刀の使い方を学ぶのなら、ドワルが言ってた東の国に行く必要があるかもしれない。
「しばらくは勘頼みで扱うしかないな」
「一応ドワルの方に確認を取っておきましょう。もしかしたら他にドワルに刀を依頼した者がいるかも知れません」
「そうだな。その時は頼んでみるか」
飯を食いながら相談しているとティア達の修行も終わったようだ。
俺は軽く「お疲れ」とだけ言っておいたがあからさまに無視してどこかに行ってしまった。
「やっぱダメか」
「ごめんなさいね。ティアちゃん不機嫌みたいで」
「いえ、こっちにも非はあります。突然過ぎたんですよ」
「でもあんな態度じゃなくてもいいと思うけどね」
そう言うマリアさんの視線にはティアが居る。
その視線はどこか母性的なものを感じる。
「ティアちゃん、ずっとリュウちゃんの事気にしてたから、いきなりお嫁さんの話が出て不機嫌になっちゃったのね。皆綺麗だし」
マリアさんはリル達を見て言った。
この人はティアの様に魔物をどうこうしようとする意志が少ない気がする。
「マリアさんはティアの様に魔物を殺しつくそうとする意志はないんですか?」
「私は……それ程じゃないかな。怖くないって言ったら嘘になるけど、私は危険を避ける事さえ出来るならそれでいいかな」
「教会は魔物嫌いだと聞いていますが」
「それは本当よ。実際に私の様な回復系より戦闘系の人の方が多いもの。確かに魔物の脅威をどうにかしないといけないのは賛成するけど、そのために多くの人が犠牲になるのは矛盾してると思う。その考え方のせいで私は教会から変な目で見られるんだけどね」
どこか自虐的に話すマリアさん。
俺はこの人が立派だと思う。
戦闘からの目線だけではなく、治癒する人の目線から変えようとしている。
「いい考えだと俺は思います。全て力でどうにかしようとするならそれは魔物と変わらない」
「ありがと、同意してくれて。それから私からも質問良い?」
「どうぞ」
「もしあなたが魔物と人間の戦いを無くすとしたらどんな方法を取る」
マリアさんの目は本気だった。
しかし魔物と人間の戦いを無くす事なんて一度も考えた事がない。
そんな中で答えを出すとすれば……
「俺は魔王になります」
「え!?」
「魔王になってある程度の魔物を従えます」
「その後は?」
不安そうに聞いてくるマリアさんに笑いながら言った。
「色んな国と仲良くします。そうすれば最低でも知性の高い魔物とは上手くいくでしょ?」
「…………ふふふ、なるほど。確かにそれなら少しは戦いが減るかも。でも思い付いてもそんな事は普通は言わないでしょ。しかも人間との戦いを減らすために魔王になるなんて」
「そう笑わないで下さいよ。俺だって思い付きで言っただけで出来るなんて思っていませんから」
確かに夢物語かも知れないがすぐに思い付いたのはそのぐらいだ。
だからそんなに笑うなって。
「あーでもリュウちゃんなら出来ちゃうかもね」
「何でです?自分で言っといて何ですが出来るとは思えませんよ」
「なんとなくよ。無理に理由を付けるなら、リュウちゃんにはすでに魔物の子達に囲まれてるからかしら」
「そんな簡単な事でですか?」
「簡単じゃないわよ。たとえ知性が高くても魔物と聞けば怖がる人の方が多いもの。そうね、どちらかが歩み寄らないと解決はもっと遠くなるかもね」
そっと最後に何かつぶやくと、マリアさんは俺の頭を何故か軽く撫でてからティアの方に行った。
「それじゃあリュウちゃん、私は私のやり方で頑張ってみるから」
「そっちも頑張って下さい」
そう言った後で手を振ると、向こうも笑いながら手を振り返してくれた。
そのあと俺はまた魔術の修業を開始した。
午後の修業が終わった後、久しぶりにドワル達の所に向かった。
刀の製作がどれぐらい進んだか見るのと刀の使い方について聞くためだ。
いつもの門番の人に聞くと今日もドワル達は工房に籠っている様子、早速工房に行く。
工房に着くとそこには疲弊しまくったドワルとドルフの姿があった。
「お前ら何してんの!?大丈夫か!」
「………ああ、リュウか。……まだ刀は完成してないぞ」
「それよりどうしたんだよその状態。ヘロヘロじゃねぇか」
「……リュウ殿、ただの疲労ですので……ご安心を」
全く安心できねぇよ。
とりあえず休憩室まで二人を引きずって椅子に座らせる。
こりゃまず事情を聴かねぇと。
「で、どのぐらい作業してたんだ」
「朝からですよ。良い刀を作ろうと調子に乗り過ぎました」
「ちゃんと休んでんのか?」
「休んでますよ。きちんと休息を取らないと上手く鎚を振れませんから」
ならいいがこの疲弊ぐあいは何だ。
前の時はここまで疲れてはいなかったはず。
「それにしても気難しいな、女王の爪は」
「そうですね。なかなか心を許してはくれません」
「何の話だ」
いきなり気難しいとか心を許すとか訳わからん。
「リュウが持ってきた女王の爪の事だ。前にも言ったが素材の状態からすでに持ち主を選んでいる場合がある」
「しかしそれは持ち主限定の話であり我々鍛冶師には関係のない話なのですよ」
つまり俺に心許してもドワル達には許してないと。
「大変そうだな」
「だが完成させる」
「それが鍛冶師としてのプライドです」
それならいっか。
「それでよドワル、ちょっと聞きたい事があって来たんだがいいか?」
「何が聞きたい?」
「刀をよく使う場所に行きたい。確か東の国って言ってたよな」
「確かにその国の者に刀の作り方を学んだがまさか行く気か?」
「そりゃね。だから場所と行き方を教えてくれ」
しかしドワルは渋そうな顔をしてなかなか答えない。
東の国の事情でもあるのか?
「兄上が危惧しているのは魔王の事です」
「魔王?まさか縄張りの近くなのか」
「はい。しかも二体の魔王の縄張りの隙間を通るような道が一本あるだけなので、とても危険なのです」
確かにそれは危険な旅になるかもしれない。
しかも二体とかそりゃ渋るわ。
「ちなみにどんな魔王なのか分かるか?」
「北の火山付近には鳥型の魔王、南の草原には獣型の魔王が居ると聞いています。東の国の者が植えた街路樹に沿って行けばどちらの魔王にも出くわす事はないと思いますが……」
「でも様子見ぐらいはしてくるかもな、強い魔物を連れてれば余計に目立つだろうな」
「はい、兄上もその事を危惧しているようで」
「なら手紙でも送って来てもらうのは?」
「それも難しいかと、魔王は東の国でも恐れられています。しかも二体。おかげで交流はほとんどないのです」
そうなると俺らが行くしかないっか。
流石に何のちょっかいも出さなければ喧嘩売ってくる事はないだろうし、大人しく通れば問題ないよな?
ただ問題はうちの子達か。
皆勝ち気だからな。
「ちなみに歩いてどのぐらい時間がかかる」
「人の足で十日程です」
「やっぱ遠いな」
そうなると食料の問題もあるし、向こうでどのぐらい修業する事になるかも分からないし、準備は十分にしないとな。
「ちなみに向こうで金貨って使えるのか?」
「使えなかったはずです。しかし向こうには両替屋があったはずなのでそこで両替すればいいかと」
「随分詳しいな。もしかして行った事があるのか?」
「一度だけ兄上と一緒に。その時に東の国の刀の打ち方を学びました」
「と言っても曰く付きの鍛冶師だったようだがな」
ようやく考え事から戻って来たかドワル、それで教えてくれるのか?
教えてくれなくても行くつもりだけど。
「で、刀を教えてくれそうな人の名前は?」
「名はハガネ、刀の扱い方を教えてくれる道場の師範でもあったはずだから問題ない」
「そりゃいい。都合よすぎて怖いぐらいだ」
「しかし厳しい者だから気を付けろ。下手すれば斬られる」
おお怖い、でもそのぐらいの方がちょうどいいか。
いっつもそんな状況だし。
ドワル達から話も聞けたので城から出ると、何故かティアが居た。
「ティア?」
「リュウお帰り」
「あ、いや、そのお前こそどうしてここに?」
「アリスちゃんに聞いた。お城にいるって」
あいつ一体何の真似だ?
謝れって言ってたがそのためにか?
「リュウ付き合って」
「えっとどこに?」
「買い物、とにかく付き合って」
そう言って歩き出すティアの後ろを慌てて追いかける。
特に話すわけでもなく、ただ離れないように歩いている。
そうしている内に商店街をぶらつく。
たまにティアが店に寄った場所で時間を潰し、特に買う訳でもなくただ付き合う。
そうしている内に宿に戻ってしまった。
特にする用事もないからこのまま部屋に戻って寝るか。
「私の部屋、来て」
…………本当に何がしたいのか分からん。
仕方ないので女子部屋にまで付いて行くと。
「座ってて」
そう言ってリビングのソファーに座らせられた。
ティアはどこかに行っちまったし、仕方ないので大人しく待つ。
しばらくするとお茶と菓子を持ってティアが戻ってきた。
「食べながらでいいから質問に答えて」
「おう」
菓子に手を付けながら質問を待つ。
「あの子達とはいつからその、お嫁さんとして一緒にいるの」
「皆ごく最近だよ。大雑把に言うと一か月から二か月ぐらい前」
「……短い間にそういう関係になってたんだ」
「確かに時間だけで言えばかなり短いだろうな。けど俺はあいつらと一緒に居たいと思ったから嫁にした」
「それじゃ、いつからあの子達と一緒になったの」
「そこはバラバラだよ。一番最初に会ったのはリルで、前にフォールクラウンに来た時にカリンと出会って、次にオウカとアオイに会った」
「あの子達の事、皆好きなんだ」
「好きじゃなきゃ嫁にしねぇよ」
そう言った後、ティアは黙った。
いや、黙ったと言うよりは、聞きたいけど声に出せないといった感じか。
少し待つとようやく言った。
「私の事は、嫌い?」
「は?何でいきなりそうなる」
「だって黙っていなくなるし、ゲンさんの話を聞く限り私の事避けてたみたいだし、最初に会った時もリルさん達の事黙ってたから嫌いなのかなって。そう思ったら怖くなって…………」
俯いたまま手を強く握りしめるティアに少し頭が真っ白になった。
久しぶりに会った時にかなり不安な思いをさせたと感じたが、どうやらそれでもまだほんの少ししか気付けなかったらしい。
本当に俺は色んな事に鈍感だな。
「えーっと、その、避けてたのはお前が魔物嫌いだって聞いてたからで、その、お前とリル達が争うのを見たくなくてさ。ごめん」
「いーよ仕方ないし、事実私は魔物が嫌い。それと争いが見たくないってやっぱりリルさん達のため?」
「俺としてはどっちもだったんだけどな」
「え?」
「リル達を護るためってのも本当だし、ティアを護るためってのもあった。口が足らなかったな」
「え、本当に?私のためでもあったの?」
「賭けの勝利報酬もな。お前を護るためだよ」
そう言うと顔を赤くして多分さっきとは違う意味で俯く。
多分変な事は言ってないはずだ。
「俺からも質問良いか?」
「どうぞ」
「何で俺にそこまで気にする。お前にはタイガが居るだろ」
「え、何でそこにタイガが出てくるの?」
「何でっていつも一緒にいるのはタイガなんだから、何かあったらタイガに甘えればいいじゃん」
なんか変なこと言ったか?
「…………鈍感」
「何でそうなる。あいつだって幼馴染の一人なんだからいいじゃん」
「そうじゃなくてその、リュウじゃないとダメなの!」
「じゃあ理由は何だよ。俺じゃないといけない理由って?」
そう言うと口をパクパクして顔を赤くするティア。
すると俺の肩を掴み何か決意した表情で言った。
「だから私はリュウが好きなの!幼馴染としてじゃなくて女の子として好きなの‼」
「え、ええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼」
「そこまで驚くことなの!?ちょっとショック」
「だって俺、てっきりタイガと出来てるとばっかり!」
「やっぱりそう思ってたんだ。私、前にタイガに告白されたけど断ったよ」
「断った、マジか!」
本当に知らなかった。
いや、タイガがティアに惚れてたのは知ってたけど、ティアが俺に惚れてたのは知らなかった。
「うっわータイガに何て言おう」
「で、返事は?」
あーどうしよう。
さすがに保留にしたら殺されるし、受け入れたらリル達に殺されそうだしって事は詰んでね?
俺どっち選んでも死ぬじゃん!
まさかのティアからの告白に動揺する俺だが、ここは慎重かつ、正直に言わないとダメだろうな。
まず俺は魔物といるのだから、堂々と付き合ってるとは言えない関係だ。
教会が最も顕著だが、やはり他の人間からも非難は受けるだろうし、リル達の事は受け入れてはもらえないだろう。
ってそうじゃなくて今はティアの気持ちに答えるのが先か。
次は落ち着いてティアについて考える。
確かにティアは美少女だし男としてはこれ以上ないお誘いだろう。
背も高く、澄んだ瞳、綺麗な長い金髪、胸は少し小さめだが全くないとも言えない。
そんな美少女が俺の事を好きだと言ったんだ。
普通ならはいの一択だろう。
でも俺の感情は?ティアの事は女の子として見てはいるけど、そこには本当に恋愛感情があるのか?
リルやカリン達には確かに恋愛感情だと思うものはある。
でもティアにはない。
それが答えでいいのか?
「……決めたよ。ティア」
「それで返事は?」
「答えはごめんなさいだ。俺はティアの事も大事だけど、そこに恋愛感情はない」
「そっか……」
やはり落ち込むティア。
そりゃ落ち込むよな。
「やっぱりダメか。そうだよね、だってリュウが私を見る眼とリルさん達を見る眼は違うもん」
「そんな分かり易かったか?」
「分かるよ。今まで見た事のない表情だったから」
どこか寂しそうな顔を見せる。
こんな顔を見るとやっぱり揺らぐ。でもきっとその感情で接してはいけないのだろう。
「その、こんな状況で言うセリフじゃないと思うけどさ。リル達とは違う意味だけどやっぱり俺はお前に傷付いたりはして欲しくない」
「本当に、こんな状況で言うセリフじゃないよ。まだ希望あるかもって思っちゃうじゃん!」
「これからも腐れ縁として、親友として頼む」
そう言ってから俺は部屋を出た。
部屋を出たところにタイガがいた。
「……なんて言った?」
「断った。俺はあいつに恋愛感情はない、それなのに付き合うのはダメだろ」
「そう。ろくに考えず断ったならまた殴ろうかと思ったけど、ちゃんと考えて断ったなら殴らないでおく」
「それにしても俺の知らないところで三角関係になっていたとは驚きだ」
俺は自分の部屋に向かって歩き出す。
タイガは自然と俺を追いかける。
「気付いてないのはリュウだけだったからね。僕達は知ってたけど」
「てかティアの事慰めなくていいのか?」
「さすがにここは女性陣に任せようよ。僕には出来ない」
「ならここは二人で恋愛トークでもするか?場所は……どうする?」
「しないよ。でもリュウの部屋に行きたい。彼女達に会って話を聞きたい」
「本気か?てか今までの黒いオーラはどうした?」
「わざとだよ。いや、わざとでもないか。なんだかティアを弄んでいるようで嫌だったんだ」
確かにそれじゃあ気に入らないだろうな。
ティアの気持ちを知らなかったとはいえ、俺もはっきりとした態度を取らないといけなかったんだろう。
そして俺達の部屋に着いた。
部屋の中にはリル達がいる。
「ただいま~」
「パパお帰り!」
「お帰りなのだ!」
扉を開けていきなり飛びついてきた二人に驚きながらも抱きしめる。
う~んこの抱き心地はたまらない。
「えっと」
「この人は確かパパのお友達?」
「そうそう、お友達でお客さんだから少し落ち着きな、お前達に少し話が聞きたいんだとさ」
「話とはどんな内容なのだ?」
「それは本人に聞いてくれ。ほれ入んな」
「お邪魔します……」
少し気圧されながらも入ってくるタイガ、たぶんゲンさんが見せた映像では二人は人型になっていなかったので分からないのだろう。
アオイはすでにお茶の準備をしていた。
「こんにちは賢者」
「こんにちは、えっと」
「リルでいいわよ。それで話とは私から聞きたいの?」
「いえ、できれば皆様全員に聞きたいのですがよろしいでしょうか?」
「私は構わない。カリンとオウカはどう?」
「難しい話じゃないならいいよ」
「私はお祖母様と相談しながら答えるので問題ないのだ」
「ありがとうございます。では早速よいでしょうか」
いったい何を聞きたいのか気になるな。
タイガは賢者、頭の回転なら俺よりも早い。
こいつは昔っから頭が良かった。
「貴女方知性の高い魔物から見た人間はどんな存在でしょうか」
「どんな、と言うと?」
「感想でも構いませんが、魔物側から見た人間と言う種について聞いてみたいので、そう言わせてもらいました」
つまりタイガは魔物が人間ついてどう考えているか聞きたいって事か?
「まず私から言わせてもらうけど、どうでもいい存在だわ。弱く短命な生物。武器や魔法を発展させて対抗してはいるけれど、私から見れば取るに足らない相手よ」
「では自ら害ある存在として排除する事はない、と」
「基本的にはね。でも私たちの縄張りで何かするつもりなら、容赦なく排除させてもらうわ」
「ありがとうございます。では次は……」
タイガがリルに質問をしている内にアオイがお茶を入れてくれた。
話の邪魔をせず、そっと置く姿はまさにプロだ。
「紅い髪の人はどう思ってますか?」
「私はカリンだよ。えっと感想でもいいんだよね?」
「構いません」
「私は人間って複雑な事をいつも考えてる気がする。パパもだけど、良い人と悪い人に別れてて、それに複雑で私には理解出来ないところが多いって思う」
「ちなみに人間に対して怒りなどを感じたときはありますか?」
「あるよ。前にエルフの村を襲おうとしてきた人間は嫌だったから、全員燃やした」
さらっと全員燃やしたとか言わないの。
燃やす発言でタイガの目が大きく開いたぞ。
「分かりました。ではそこの小さい子はどう思ってますか?」
「小さいは止めるのだ。お祖母様、好きに言って構わないか?」
「構いませんよ。ただしちゃんと伝わるように言いなさい」
「うむ。人間にあったのはリュウが初めてであったが、人間はよく分からんと言うのが感想なのだ。おそらくカリン姉さまと同じだと思う。あまり会った事がないと言うのもあるが、リュウの志向を見る限りすぐに答えを出すのは難しいのだ」
「ではせめて人間のイメージだけでもお願いします」
「イメージは……とにかく種として弱いのだ」
伝わったかな~?
結局大した答えはまだ持ってないみたいだし子供にしては答えられた方かな?
「では次にメイドさん」
「私はアオイと申します。ほとんどはリル様と同意見ですが、私は人間を警戒しています」
「警戒ですか?」
「はい。私は長い時間生きていましたが、稀に、本当にごく稀にですが、リュウ様の様な強者が現れる事もありますので警戒はしています」
「現れた場合はどうしますか」
「そこはその者によるとしか言えません。敵となるなら排除しますし、我々に干渉せず生きるのなら我々も干渉する事はありません」
これはどう感じたんだ?
よく言えば敵意を出さなければ襲わないと言ってる様なものだし、逆に言えば敵意があるなら殺すと言ってんだ。
しかも強者が警戒してる発言もどう取るか気になる。
「……分かりました。皆さんの言葉を直接聞けて良かったです」
「何かいい事は聞けたか?」
「収穫はあったよ。皆さん人間に対してそんなに敵意はない事、そしてこっちから戦いを挑まない限りはそっちからも戦う事はもなさそうだ」
どこか疲れたように言うタイガはお茶を一口飲んだ。
一息付くとソファ-に寄りかかる。
「それに皆さんがすぐに話してくれたからスムーズにいけた」
「俺の嫁は悪い子じゃないからな」
俺も茶を飲みながら答えるとタイガは立ち上がった。
「それじゃあ僕はもう行くね」
「茶一杯飲んだだけでいいのか?」
「やっぱりティアの事も気になるし早めに行くよ」
「……フォローよろしく」
「はいはい、いつだってティアをフォローするのは僕の役目だからね」
そう言って部屋を出た。
告白を断った次の日、少しばつが悪いまま朝を迎えた。
今日は一人で起きる。
何でもリル達は夜中に女子会をするとか言って別の部屋に行った。
正直一人で考えたい事もあったため俺としては都合が良かったので、そのまま見送った。
一人で考えたい事とはティアの事だ。
恋愛感情がないからふったが、やはりどこか後悔している俺がいる。
他の言い方はなかったのか、もっと傷付けないような言い方はなかったのかずっと頭の中でぐるぐると思考だけが止まらない。
恋愛感情という意味ではリル達にも初めは持っていなかった気がする。
リルの事は綺麗だとは思っていたが嫁にしたいという感情はなかった。
カリンも最初は娘感覚で付き合っていたし、正直下心より親心の方がある気がする。
その分俺に迫って来た時は驚いたが、結局そのまま行為に及んだ。
オウカも俺は世界を見る手伝いをしたいと思ったのがきっかけだったし、第一にあんな出会いで惚れられるとは思ってもみなかった。
アオイについては今も嫁としての位置は微妙だ。
いつも隣でそっと支えてくれるし、確かに俺はあの人が欲しくてほぼ無理やり連れてきたが、それも恋愛感情とは違う気がする。
そう考えると親友と言ったがもっと別な言い方があった気がする。
……結局、俺は何がしたいんだろう。
あれもこれもと欲張っているくせに理由が弱い。
相手の好意にただ答えているだけで、俺から好きだと言った事はないのかもしれない。
……完全にダメ男じゃん。
そんな事を考えながら食堂に着くと何故かティアが明るかった。
普通に挨拶をして、普通に飯を食う。
逆に普通過ぎて違和感を覚える。
「タイガ、ティアの奴、昨日の事ってあまり気にしてない?」
「それはないと思うけど。実際あの後会った時はまだ落ち込んでいたし」
そう、そのはずだ。
まだ引きずっている様に見えたし、それが一晩でここまで復活するとは思えない。
きっと何かあったんだろう。
「あの、本当に頼むんですか?」
「頼むわよ。あの人達も承諾してくれたし」
「でもあの人達普通じゃ……」
アリスとティアの会話に何か引っかかりを感じるがあまり気にしなくていいか。
「リュウ、ちょっとお願いあるけどいいかな」
「ん?なんだ」
「今日だけグラン達と手合わせしてくれない?私今日から少し本気で鍛えるからさ」
「それって逆にいいのか?いつもはグランさん達に鍛えてもらってるんだろ?」
「いいの。しばらくは臨時教師がついてくれるから」
臨時教師?魔術系を中心に鍛えるのか?
とりあえず了承はしたが何がしたいのかさっぱり分からない。
さらに分からないのはリル達だ。
全然俺の中に帰ってくる気配がない。
普段は飯の前には俺の中の戻ってくるが今日は帰ってこない。
多分昨日からなんだろうが連絡が全く来ない。
女子会が盛り上がり過ぎて寝坊でもしてるのか?
そう思って部屋に戻ってもまだ帰ってこない。
仕方ないので今日は俺とダハーカだけで闘技場に向かった。
「って、心配してたのに、何でお前らはティアと一緒にいるんだよ!」
「つい盛り上がっちゃて」
「女同士だし盛り上がるのもいいが、連絡ぐらいはしろよ、ったく」
「ごめんってリュウ」
そう、何故かリル達はティア達と一緒に現れた。
理由は不明、聞いてもはぐらかせれる。
ティアと仲良くなったのは嬉しい事だが、何か嫌な予感がする。
「ではさっそくするか」
「待ってくれダハーカ。今日の午前はタイガ達が相手してくれるらしいから、ダハーカとの修業は午後から頼む」
「む、そう言えばそんな話をしいていたな。では午後まで待つとしよう」
そう言って観客席まで跳んだダハーカ、今日の相手はタイガ達勇者パーティーだ。
久しぶりの一対複数だ。
この際勇者の仲間の実力を体験してみるか。
「よろしくお願いします」
「よろしく頼むよリュウ」
「それじゃさっそくしましょうか」
「そうだな」
タイガとマリアさん、グランさんが陣形を取りながら武器を構える。
タイガとマリアさんは杖を、グランさんは剣を構える。
俺は……素手でいいか。
ゲンさんは今回戦いに参加せず、審判としてそこにいる。
「それでは始め!」
ゲンさんの声で最初に動いたのはマリアさんだ。
「ウォールディフェンス、スピード!」
へぇ、付加術も使えるのか。
てっきり回復系の魔術だけだと思ってた。
しかも、かけたのはグランさんにだ。
「ふん!」
付加術の効果か、それなりに早い。
ティアの師匠と言うだけあって綺麗な剣筋だ。
と言ってもまだまだ余裕で避けられるが。
軽く避けていると、グランさんの横を風の魔術が抜けた。
「ウィンドショット」
避けた先で点による攻撃、仲間に当たらないよう繊細な制御が必要だが、それをこなすタイガも中々のものだと思う。
と言っても生存本能やら魔力探知で、撃つタイミングはまる分かりだが。
「そっちも攻撃してこい!」
「ほーい」
そう言われてグランさんの腹を殴る。
鎧に守られているからそこまでのダメージはないはずだが、その殴られた衝撃で身体を軽く浮かせてからタイガにぶつかる様に真っ直ぐ殴った。
「く!」
所詮軽くなのですぐに地面に着くが勢いだけは止まらない。
しばらく砂煙を上げながら踏ん張っていたが結局かなり遠くまで動かした。
「ヒール!マジックブースト!」
マリアさんがグランさんを回復させ、さらにタイガに魔術を強化する付加術をかける。
タイガの身体は付加術の効果によってオーラが強く光った。
「ウィンドトルネード!」
「マジックウォールアーマー!」
地面の砂を巻き上げながら来る小さな竜巻に、俺は魔術に対する耐性を強化する付加術を自身にかける。
そのままくらうがダメージはない。
そこにグランさんが斬りかかるが俺は簡単に避けた。
「ファイヤートルネード!」
ここはあえて前衛のグランさんを無視し、マリアさんに魔術で攻撃する。
選んだのは複合魔術と言われる二つの属性を混ぜた魔術だ。
タイガがさっき放ったトルネードに炎の属性を足した事になる。
ファイヤートルネードは炎で焼くと言うよりは熱風で焼くと言った方が正しい魔術だ。
「グランドウォール!」
タイガが地面を盛り上げて守る魔術は炎と風に強いのでいい選択だ。
しかし使用者の視界も塞ぐ事になるので、使ったを見て俺は今のうちにグランさんを倒す事にした。
「おっら!」
「はあ!」
正直に言うとグランさんの剣はかなり遅い。
何せ俺が相手をしてきたのは、魔物の中でもトップクラスに強い連中ばかり。今更普通の人間の中で強いぐらいでは俺を止める事は出来ない。
グランさんの剣が振り落とされる前に、俺はグランさんの腹を殴った。
と言っても本気で殴ったら死ぬので死なない程度にだが。
倒れるグランさんを横目に残った二人に近付く。
「っ!サンドトルネード!」
「付加術、スピード!」
ほぼ同時に使った魔術で勝ったのは俺だった。
上空に向かって使った魔術で足止めをしようとした様だが、その前に俺の拳が届きそうになったとき。
「そこまで!」
ゲンさんが止めた。
「勝者はリュウだ。文句はないよな」
その一言にタイガは杖を下した。
「まさかあのサンドトルネードより早く来るとは思ってなかったよ」
「それは付加術のおかげ。普通に走ってたら間に合わなかった。それとゲンさん、なんでタイガを倒そうとした時に止めたんだ?まだマリアさんが居たのに」
「マリアは攻撃魔術をろくに使えないんだよ。だからグランとタイガが倒されたらそこまでって事だ」
ふーん。
そんな弱点があったのか、今はマリアさんはグランさんを治療するために走っているがしばらくは痛みは取れないと思うぞ。
「それよりリュウ」
「何だよタイガ」
「あれって何?」
「あれって何だ」
「目を背けないで言ってほしい。ティアが相手しているあれは何?」
実はずっと後ろの方で派手な音がしているのを俺はずっと無視していた。
何が起こっているかは大体予想できてたし、それに見たくなかった。
「あの人達本当に何者?」
まさかのティアの臨時教師はリル達だった。