「ふう。意外とノンアルコールカクテルのほうが売れるのね。お祭りっていっても、昼間だからかしら」

 響さんが、お酒のボトルの在庫を数えながらつぶやく。お祭りが始まってから、一時間ちょっと。屋台では、桜餅とノンアルコールカクテルがよく売れていた。

「車で来ている人が多いからかもしれませんよ。毎年、臨時駐車場ができているみたいですし」

 ドリンクメニューは、カシスオレンジやカシスウーロンといった定番のカクテルのほかに、桜をイメージしたピンク色のカクテルも取りそろえている。苺のシロップを使ったノンアルコールカクテルが特に人気だ。

「まだ十時で、時間が早いからな。昼が近くなったら、売れるものも変わってくるだろ」

 ちらし寿司の注文が全然入らないので焦っていたのだが、一心さんは冷静だ。

「確かに。ちらし寿司と一緒にさっぱり系のお酒が売れそうよね。準備しておかなくっちゃ」

そのとき、屋台に向かってくる人の中で、見知った顔を見つけた。

「あれっ、裕樹くん!」

 私服姿だから一瞬わからなかったが、それは去年の十二月に知り合った橘裕樹くんだった。当時は高校三年生で学生服だったから、私服姿を見るのは初めてだ。

「こんにちは。お久しぶりです」
「裕樹くんか。久しぶりだな。橘さんは元気か?」
「はい。今日は仕事なので僕ひとりですが」

 そう答える裕樹くんは、なんだか落ち着いて大人っぽくなった気がする。以前は思春期の男の子といった印象だったのに、表情にも話し方にも余裕がある。

 裕樹くんは去年、受験のストレスとお父さんとの確執で悩んでいた。一心さんが、亡くなったお母さんの思い出料理である『鍋焼きうどん』で父と子の橋渡しをして、ふたりの間に横たわっていた誤解をとくことができたのだ。

 あのあと、受験勉強が忙しくなったみたいでお店には姿を見せなくなったけれど、受験の結果はずっと気になっていたのだ。