お風呂に入って、家を出てからも残してくれている自分の部屋に入る。学習机は撤去してしまったが、ベッドや本棚はそのままだ。

 ベッドの上に腰かけて、一心さんに送るメールの文面を考える。母が無事退院したこと、あさってには帰って、しあさってからは出勤できることまで書いて、指が止まる。

 おばあちゃんの甘いカレーの正体、一心さんならわかるだろうか。

 メールで聞こうにも、説明しづらいし長文になってしまう。電話してしまったほうが早いけど、迷惑ではないだろうか……。

 時計を見ると、二十三時。閉店作業も明日の準備も終わって、一心さんが二階にある自分の家に帰るくらいの時間帯だ。

 かけて、みようか……。携帯電話に表示される一心さんの電話番号を見ていたら、うっかり通話ボタンを押してしまった。

「わ、わっ……」

 切ろうかどうしようか迷っている間に、コール音がやむ。

『もしもし。……おむすび?』

 あわてて耳に近づけると、ちょっとくぐもった一心さんの声が聞こえてくる。

「い、一心さん、こんばんは。今、お時間大丈夫ですか?」
『ああ。ちょうど家に帰ってきたところだ。どうした? お母さんになにかあったのか?』

 あれ。声だけ聞くと、一心さんってすごく優しい話し方なんだなって気づく。落ち着いていて、心地よくて。ずっと聞いていたくなる。

「いえ、なにもないです。手術もうまくいったし、経過も順調で、予定通り今日退院できました」
『そうか、よかった』

 流れる、沈黙。一心さんの息づかいが聞こえて、ドキドキする。

「本当は、メールで報告しようと思って、途中まで書いていたんですけど……。一心さんに、相談したいことがあって」
『なんだ?』

 言葉が少ないのは電話でも変わらないんだなあ、と頬がゆるむ。逆に、そのいつも通りの感じが、電話で話しているという緊張を少しだけなくしてくれた。

「実は……」

 私は、お母さんの思い出カレーの話、バターチキンカレーだと思って食べに行ってみたけれど違ったという今日の出来事を話した。