「学校はどうだ」

 この人が関心があるのは本当に俺の学校生活なんだろうか。成績か、人付き合いか、じゃなきゃ素行か、あるいは今ここで行う問答での俺の態度か。父親が興味のあることがなんなのか俺は未だにわからない。

 この人は政治家で、人気と実力がないとやっていけない世界に生きていてそんなんで本当に俺自身に関心があるんだろうか。本当に興味があるのは俺が生み出す成績や体裁なんじゃないだろうか。

 「レイ、どうした、答えなさい」

 「ああ、うん。テストは全部埋まったし自信もあるよ。変な奴とは付き合ったりしてないし大丈夫」

 「そうか、ジュンイチが高校生のときも優秀だった。兄さんを見習ってお前も頑張りなさい」

 「わかってるよ」

 頑張るなんてのはこの家では当然のことで、結果がすべてで、結果を出すことだって当たり前で。兄さんは幼稚園さえ受験をするような私立に通ってた。いつだって成績は一番で、それだってほとんど満点に近い点数ばかりで、友人は少ないなんて言っていたけどそう思ってるのは兄さん本人だけで周囲には心配してくれるような人だって沢山いたんだ。

 あの人はまごうことなき天才なのに、それの弟として生まれて来るなんて俺は本当についてない。

 兄さんにはもう長いこと会ってない。大学を卒業するのと同時に、音信不通になったらしい。幸いしばらくの間は院にいたことが分かってたから、父さんは安心していたらしいけれど、院を博士までストレートで卒業してからは本当にぷっつりと所在が分からないらしい。理系の院をストレートで卒業するなんてどんな頭してるんだろう。

 いつだって父さんは兄さんを気にかけていた。自分のやり方が間違っていたのか、母さんを亡くしたときにあいつの前で必死に泣かないようにしていたから冷血だと思われたのかもしれないって、秘書のコゴオリさんと話しているのを聞いたこともある。兄さんは大切にされてた。愛されてた。俺みたいな出来損ないとは違って。

 「私はまた出るけれど、お前はしっかり休むんだぞ」

 「うん、あ、あの、父さん」

 「なんだ?」

 「…いや、なんでもない。いってらっしゃい」

 「ありがとう。おやすみ」

 母さんと過ごした時間も、父さんから向けられてた期待も明らかに兄さんのほうが大きくて、だからこそ兄さんが家を出ていった理由もよくわからない。進学の時に父さんと揉めていたのも一因なのか、そもそも何を揉めていたんだろう。別に父さんは兄さんが理工学部や数学科なんかに行きたいって言いだしてもそんなに嫌な顔してなかったはずだけど。

 「俺、部屋引っ込むね。おやすみ、ササガワさん」

 「はい、おやすみなさいレイおぼっちゃん」

 家政婦さんに声をかけて部屋に戻る。土日を挟んでテスト返却されて来週の今頃はもう夏休みだ。何の予定も書きこまれていないカレンダーを指でなぞると体の中身まで空っぽになったみたいで空しくなる。
 
 誘いはかかってる。カラオケ行こうぜ、飯行こうぜってそれくらいならいくらでも行くけれどマユが言っていた海だのプールだの遊園地だの、あれはもしかして社交辞令だったのかもしれないって。

 教室での俺はうるさいし、明るく振舞ってるけど万人受けするスクールカーストのトップなんかじゃない。どこにでもいそうなアホな高校生で、俺のこと嫌いな奴だっているだろう。

 でもそれしか方法がない。この家と学校と、自分がどうやって生きていなきゃ許されないのかを考えたら成績はキープして、でも友達が多いように見えなきゃいけない。だってそうできないと、兄さんより不出来な俺は存在ごと透明になってしまうかもしれない。

 キヨハのあれも、社交辞令なのかな。

 「レイも遊びに行こうね」そう彼女は言っていた。普段あまり表情を変えない編入生はその容姿と表情が相まって男たちから人気が高い。とはいえ騒がしいのは好きじゃなさそうだから俺はてっきり第一印象で嫌われたんだと思ってたけど、いつもは崩れないその顔が俺に向かって微笑んでいた。嘘かもしれないって、そんなひねくれたことばかり考えてしまう自分が嫌になる。

 綺麗な子だと思った。動きも、話し方も、声も、見た目も全部かわいいとか綺麗な部分だけ集めて組み立てたみたいで本当に同じ人間なのかって疑いたくなるくらいに。同じ苗字でちょっと嬉しかったなんて話したらまたマユにセクハラだって怒られるかもしれない。

 劣等感を強く刺激された。間違えたかもなんて言ってたけどテスト中にこっそり盗み見た彼女はどの科目の時も一度も考え込んだ素振りを見せなかった。すらすら解いて、見直しをして、そのあとに絵を描いてたらしいところまで見てしまった。何もかも完璧なやつっていたんだ、って叫びだしそうになったっていうのに。

 「レイも、遊びに行こうね」

 耳にこびりついた彼女の声が離れない。頭が熱い。あの笑顔が瞼の裏から消えてくれない。
 どうして、俺が兄さんみたいに優秀だったらキヨハにこんな汚い感情を抱く必要だってなかったのにどうして。
 机の上のスマホが鳴る。知らない番号、非通知じゃない。誰だろうと思いながら通話ボタンを押した。

 「もしもし?」