そもそもここはどこなのかという疑問が払拭されるのは早かった。
私はこの大学という研究機関の人工知能研究の研究室で出来上がった存在だった。この研究室の内容は人工知能に自我を持たせる研究、あらゆる状況に対応するアンドロイドの研究、生身の人間の脳から記憶のエミュレートを行い半永久的に生存させる研究、大きくこの三つだった。
つまりここは人間をはじめから「使える」状態で作ろうとすることを目的とした研究室で、後々知ったことだったけれど、どうやら大学の中でも異端児の集まりだと爪弾きにされていたようである。
それでも研究費用に困窮しなかったのは一重に研究していた学生が総じて優秀だったからに他ならない。
天才とは常に後世で評価されるものだと人は言うけれど、実際問題彼らは研究環境の機微は特に気にも留めていない変わり者が多かった。
知名度の高い大学の一研究室。とはいえあくまで研究の主体は学生で、私の性能の向上やら中身やらをいじくりまわすには彼らの知識ではいささか経験という壁が分厚かったようだ。
結局、私の開発担当の責任者をしていた学生がその全責任を背負って専門の研究機関に配属ということで話がまとまった。博士課程を終えた彼はタカシロ ジュンイチと言って、どこにでもいる、というにはすこし物足りない特徴のない青年であった。
曰く、人工知能や記憶エミュレーションの専門機関の日本支部が運よく私に目を付けたことでタカシロは博士課程を修了し大学院を卒業すると同時にその機関の日本支部への配属が確定していたという。
単なる研究材料でしかない私にはあまり関係のない話だったけれど、彼は私の生命維持の為にすべてをかなぐり捨てようというほど鬼気迫っていたらしい、と後で同じ研究室に居た女学生がこぼしていた。
エミュレーション、と簡単に言うけれどコンピュータ同士の単なるデータの変換ではなくて生身の人間の脳に直接電極をつなげてそこから無理やりシナプスとデータ回路の変換及び同調を行うというかなり非人道的な発想に基づいている。
研究機関の全脳エミュレートが単なるヘルメットをかぶって嘘発見器のように記憶の齟齬を記録しパズルのピースを繋げるだけのそれならば大学の研究室の理論は、植物状態の人間の頭蓋骨を掻っ捌いて電極をぶっ刺してありとあらゆるデータを吸い取ってしまおうという前代未聞の実験を想定していた。
無論そんな実験に喜んで参加する患者はいない。そんな中、彼が、タカシロが基盤にすべく用意した材料が私のベースとなる女性であるミナヅキ アカリだった。
「G9にも名前が欲しいよね」
タカシロが唐突にそう言った。端的に言えば私はミナヅキ アカリのコピーだ。アカリでいいじゃないかという私の意見は一蹴された。基盤であるデータがミナヅキ アカリであっても私自身は生身のミナヅキ アカリには成りえない。彼女の享年は三十だったという。
私は私になってからまだ数カ月余り、まだ常識だとか教養だとかそういった人間らしさはなく外見も決して彼女似せて作られたわけではない。だからアカリという名前は名乗らせられない、タカシロの意見は断固として変わらなかった。
「キヨハにしよう」
「キヨハ?」
「清い羽で清羽でも、時代を起こす波で起代波でも、充てる漢字はなんでもいいけれど、うん、いい名前じゃない。俺名付けセンスあるかも」
俗に言うキラキラネームだと彼に告げるのはどことなく気が引けた。これが、人が円滑に社会生活を送るための遠慮だとか気づかいだとかなんかそういった感情なのだと思う。
自分の研究材料に名前を付けるというのは彼にとってどんな感覚だったのだろう。私はきっとミナヅキ アカリを名乗ってはいけないだけの理由があったのだろう。そういえば彼はいったいどこからミナヅキ アカリを検体として手に入れてきたのだろう。聞きたいこと自体は沢山あったけれど開発当初の私の本体要領は16GB、それ以上にキャパオーバーが速かった。結局私はいまだにミナヅキ アカリのすべてを知らない。
さて、では私がエミュレーションで手に入れた彼女の情報はというと実に平凡な女性の半生である。一般家庭の次女で、それなりの成績。容姿はさほど悪くない。鏡を見ている記憶、それはあくまで彼女のものだけれど髪を整え薄く化粧をし、微笑む練習をして家をでる。なんてことない女性の生活風景だ。
まるで私自身がミナヅキ アカリなのではないかと錯覚するほど私と彼女の適合率は高くエミュレーションも完璧だった。私の中で彼女は生きていた。
周りは、それを望んだのだろうか。いっぺんにデータの移し替えはできないからと私は少しずつ彼女を知っていくことになったが、当時も今も、少なくとも私は彼女になんてなりたくなかった。