========================
◽︎ウォリー
◾︎スキル:お助けマン
◾︎体力:1280
◾︎魔力:3470
◾︎攻撃力:71
◾︎防御力:53
◾︎魔法攻撃力:115
◾︎魔法防御力:82
◾︎素早さ:32
========================
ウォリーはギルドに寄る前に鑑定師の元を訪れていた。
鑑定師スキルを持つ者には冒険者のステータスを数値化して表示する能力がある。ギルド周辺には冒険者をターゲットにして、ステータス鑑定を行っている店がいくつか存在している。
「やっぱりヒーラーでずっとやってて戦闘する事が少なかったから魔力以外の数値が低いなぁ」
しかも今は回復魔法も使えない。この状態でクエストを受けるのは危険すぎた。
そこでウォリーはさっそくお助けマンの能力を試してみる事にした。彼は今日の昼にペンを拾った事で100ポイント入手している。
「えっと、ポイントを使うにはどうすればいいんだ?」
とりあえずポイントを使用したいという思いを込めて念じてみる。すると、すぐにメッセージ音が鳴る。
≪ポイントの使用目的を選択してください≫
≪ステータスアップ≫
≪お助けスキル取得≫
ステータスアップの方を頭の中で念じると、さらにメッセージが鳴る。
≪アップしたいステータスを選択してください≫
≪体力アップ:1900ポイント≫
≪魔力アップ:5200ポイント≫
≪攻撃力アップ:1000ポイント≫
≪防御力アップ:800ポイント≫
≪魔法攻撃力アップ:1700ポイント≫
≪魔法防御力アップ:1200ポイント≫
≪素早さアップ:700ポイント≫
「げえっ!」
ウォリーは急いで選択を中断した。
「殆ど1000ポイント超えだ…100ポイントじゃ全然足りないじゃん…」
彼は深くため息をついた。どうやらそう都合よくポンポンと強くなれる訳では無さそうだった。
「でも、あのお爺さんは人助けの内容の大きさで取得ポイントが変化するって言ってたよな…ペンを拾う程度じゃなくて、もっと凄い人助けをすれば沢山ポイントが入るかも…」
そう思うと彼の気分は一転。街中で困っている人がいないか探し始めた。
それから数時間。結局彼が稼いだポイントは1000程度だった。
大きな困難に襲われている人が街中で簡単に見つかるわけもなく、荷物持ちだったり道案内など小さな手助けを重ねて稼いだポイントだった。
「なんか、人が困る事を望んでいるかの様で自分が嫌になってくるなぁ…」
そう呟きながらウォリーは本来の目的地であったギルドへ向かっていった。
今日のギルドはかなり混雑していた。受付には冒険者がずらりと並んでいる。ウォリーはその列に並び、自分の番が来るのを待つ。
彼がギルドに来た理由は、新パーティの設立とそのメンバーの募集だった。ギルドを通して募集をかけると、掲示板に張り出されてフリーの冒険者に情報が行くようになっている。もしパーティ加入希望者が現れれば、ギルドからウォリーに通達が行く。
彼自身パーティ設立は初めての事だったので、緊張気味で列が進むのを待っていた。
すると、ウォリーの後ろに1人の女性が並んだ。
見れば肌の色は全身紫色。頭には角が生え、人間の白眼にあたる部分は真っ黒に染まっていて、その中で金色の瞳が怪しく輝いていた。
魔人族か…とウォリーは思った。
魔国と呼ばれる国に住んでいる種族。この種族の王は魔王と呼ばれている。大昔は人間族と魔人族は敵対関係にあって何度も戦争を繰り返していたが、現在は和解し双方共に平和な関係を目指している。
「おっと、邪魔するぜぇ」
突然、別の冒険者がやって来て魔人族の女性を突き飛ばし、ウォリーの後ろに割り込んで入ってきた。
「おい、そこは私が並んでいたのだが…」
当然彼女は抗議したが、冒険者の男は悪びれる様子もなかった。
「悪いが、このギルドは人間様優先なんでな」
国同士、今は争ってはいないものの、過去の歴史やその外見の不気味さから魔人族を差別する人間は多い。
彼女は割り込んできた男を睨んだがそれ以上言い返す事は無かった。こういう事には慣れているのだろう。
「あのー、ここどうぞ。代わりに僕が最後尾に並ぶんで」
ウォリーはそう魔人族の女性に声をかけた。差別されるのが日常だった彼女はそんな言葉をかけられるとは思ってもいなかった為、驚いて目を丸くした。
「いや、私はここで結構…」
「いやいやどうぞ遠慮なさらず!」
そう言ってウォリーは断ろうとした彼女の背中を押して強引に列に押し込んでしまった。
彼が最後尾に並ぶと、目の前の、さっき割り込みを行った男がチッっと舌打ちをしたのが聞こえた。
≪お助けポイントが30000ポイント付与されました。≫
「さ、ささ、3万!!?」
予想外の数字に大声を出してしまったウォリーに、周囲の冒険者達の視線が集中する。
彼はあっと気付いて自分の口を押さえた。
何かの聞き間違いだろうかと、ポイント残高の確認をしたいと頭で念じてみる。
≪現在のお助けポイントは31100ポイントです。≫
やはり聞き間違いでは無かったと分かり、ウォリーは現状を必死で理解しようとした。
彼がやった事と言えば列を少し前に譲っただけだ。街中で複数の人助けをしても1000ポイント貯めるのがやっとだった事を考えても、このポイント加算の量は異常だった。
彼があれこれと考えているうちに列が進んでいき、受付が目の前まで迫っていた。
ウォリーはひとまず受付で手続きを済ませると、ギルドの出口へ向かって歩き出した。
すると、彼の前に先程の魔人族の女性が立ち塞がってきた。
パンッ!
どうしました?と彼が声をかけるよりも前に、彼女の平手打ちが飛んだ。
「二度と私に話しかけるな」
彼女はそう言って真っ黒な目でウォリーを睨むと、ずかずかとその場から去っていった。
ヒリヒリと痛む頰を撫でながら、ウォリーはぽかんとしてその場に立ち尽くしていた。
「うわぁ…ひでえなあの女」
「やっぱ魔人族は野蛮だ」
「兄ちゃんも災難だなぁ。何を血迷ったか魔人族に列譲るなんて。まぁこれでわかったろ?あいつらは最低の種族だ」
今さっき魔人族の女性に平手をくらい、呆然としているウォリーの周りで冒険者達が口々に言う。
ウォリーは何か気に触る事をしてしまっただろうかと思いを巡らしながらギルドを後にした。
ギルドを出て、彼はステータスアップをもう一度試してみる事にした。何故かはわからないが3万ポイントが急に飛び込んで来たので今度は足りるはずだ。
彼はステータスアップを頭の中で起動させると、アップしたい項目を選択した。
選択したのは攻撃力アップと防御力アップ。ステータスで特に低い部分をカバーしようという考えだった。全部使い切るのはもったいないと思い、残ポイントを約1万程残して攻撃力アップを8回、防御力アップを9回行った。
ステータスアップを終え、ウォリーはもう一度鑑定師の店に寄ってみる。アップしたと言ってもどれぐらい強くなったのかまだ本人には実感が無かった。
========================
◽︎ウォリー
◾︎スキル:お助けマン
◾︎体力:1280
◾︎魔力:3470
◾︎攻撃力:103
◾︎防御力:89
◾︎魔法攻撃力:115
◾︎魔法防御力:82
◾︎素早さ:32
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「おお!本当に上がってる。攻撃力は100超えたよ」
一瞬でステータスがここまで上昇する事は普段無いので、彼もつい上機嫌になった。
しかし『レビヤタン』メンバーと比較すればまだまだだった。特に幼馴染のミリアは攻防ともに200は超えている。
加えてステータスが高くなればなるほど支払うポイント量も増えていく様だったので、今後はさらに伸びにくくなると考えられる。
(でも、これだけあれば僕でも近接戦闘が出来るんじゃないか…?)
そんな事を考えウォリーは剣を振る素振りをしてみながら、宿屋へ向かって歩いて行った。
「満室!?他の宿も全部そうだったぞ!今日は祭りでもあるのか!?」
ウォリーが宿屋に戻ると聞き憶えのある声が耳に飛び込んで来る。
見れば受付で先程の魔人族の女性が何やら揉めている様だった。
「他に部屋は無いのか?この際倉庫でも構わない!」
「いや〜悪いけど余裕ないね」
受付の中年男は面倒くさそうに応えている。
どうやら彼女は部屋を取ろうとしたが、満室で断られている様だった。
だがウォリーにはこの受付が嘘を言っている事がすぐにわかった。彼はこの宿屋をよく利用する常連だから知っているが、ここの部屋が満室になる事なんて滅多にない。
恐らく、嘘をつく理由は彼女が魔人族だからだろう。周囲から差別を受けている彼女に部屋を貸すのは宿にとって不利益だと宿側は考えている。
あの様子だと、あちこちの宿屋から断られたらい回しでここに来たといった感じだった。
「すいません。ここの部屋取ってるウォリーですけど…」
「おや、これはウォリー様。お帰りなさいませ」
ウォリーが受付に話しかけた途端、受付の男は態度をコロッと変えた。
「実は連れと一緒に部屋を使いたいんです。今泊まってる部屋に1人追加してもらって良いですか?」
「そうなりますと、追加料金が発生しますがよろしいですか?」
「はい。料金は前払いでお願いします」
ウォリーは料金を支払い鍵を受け取ると、魔人族の女性を指差して、言った。
「じゃああそこにいる彼女が僕の連れなんで、よろしくお願いしますね」
「え、ちょっ」
予想外の事に受付の男が慌て始める。指を刺された彼女もウォリーの行動に気付き困惑している様子だった。
「部屋が空いてさえすれば泊まれすよね?お金も払いましたし」
そうニッコリと語るウォリーに、受付の男は力なく頷いた。男が何も言い返せなかったのは彼がAランクパーティの出身者でここの常連だという事も大きかったのかもしれない。
受付で了承を貰うとウォリーは魔人族の女に鍵を差し出した。
「これ、部屋の鍵だから使ってください。あ、僕は出ていって他の宿を探すから安心してください。流石に男女で同じ部屋は不安でしょう。あとお金は前払いしてあるんで…」
「貴様!ちょっと来い!」
彼女は睨みを効かせてウォリーを怒鳴ると、腕を引っ張ってウォリーが取った部屋まで連れ込んで行った。
扉が閉められると同時に彼女は物凄い形相で再びウォリーを怒鳴りつける。
「貴様!さっきからどういうつもりだ!いちいち私にお節介を焼きおって!さては私を詐欺にでも嵌めるつもりか!?」
「いや、別にそんなつもりは…あ、この荷物だけ持って僕は出ますんで、使ってくださいねこの部屋」
そう言ってウォリーは部屋の荷物を急いでまとめて部屋を出ようとしたが、彼女がはウォリーの腕を掴んでぐいっと部屋の中へ連れ戻した。
「使えるか!見ず知らずの人から施しを受けるわけにはいかん!」
「いや…自己満足でやった事ですから気にしないでください。僕、困ってる人を見るとつい助けちゃう性格で…」
「ふざけるな!お前私を誰だと思ってる!魔人族だぞ!この国で私がどんな扱いを受けているか知っているはずだ!」
それについてはウォリーも理解しているつもりだった。差別を受けている彼女を助けるという事は自分も巻き込まれて差別を受ける危険性があるという事だ。その危険を犯してまで助けようとしてくる彼の行動が、彼女には理解出来なかったのだろう。
「でももうやっちゃった事ですから今さら遅いでしょう。お金も支払っちゃいましたし。ここを出てもあなたは行く当て無いんでしょう?」
ウォリーの言葉は彼女を困らせた様で、眉をひそめて何か言いたそうにもじもじとしている。その隙に彼は部屋を出ようとするが、またしても腕を掴まれてしまった。
「まて!分かった!泊まればいいんだろう泊まれば!だが私の為にお前を部屋から追い出すのは私自身納得がいかん!お前も一緒に泊まれ!」
「…あのー…あなたは一体何をしているのです?」
「置物だ。私は置物になるのだ」
彼女の行動にウォリーは困惑していた。
遡る事、数十分前。一緒に泊まれと言ってくる彼女の要求に対して、流石に初対面の男女が同じ部屋に泊まるのはまずいとウォリーは拒否をした。
しかし彼が部屋を出ようとするたびに彼女は腕を掴んで強引に部屋に連れ戻すのでついにウォリーの方が根負けしてしまった。
ちなみに彼女がこの部屋に泊まることを了承した瞬間、お助けポイントが5万加算された。やはり彼女を助けると何故か多量のポイントが入る様だった。
「楽にして貰ってて良いんですけど…」
「ここは元々君の部屋だ。そこに居座らせて貰っている私が住人として振る舞う事は出来ん!私は置物としてここに居させて貰う事にする」
そう言って先程から彼女は部屋の隅っこで正座をしたまま動こうとしない。
ウォリーが困り果てていると、彼女が突然思い出したかのように立ち上がりウォリーの前まで歩み寄ってきた。
「失礼、私の名を名乗るのを忘れていた。私はダーシャ。魔国から遥々この街に来て、冒険者をやっている者だ」
「あ、どうも。僕も冒険者で、名前はウォリーって言います」
「それから…」
ダーシャはそう呟くとウォリーの足元に手をついて土下座をした。
「先程は大変失礼な事をした!どうか許してくれ!」
「わっ!何ですか急に!?頭上げてください!」
突然の謝罪に訳がわからずウォリーは焦り出す。
「ギルドでの事だ。君の顔を打ってしまった」
彼女がなかなか頭を上げようとしないので立っているのも気まずくなり、ウォリーもその場にしゃがみ込む。
「いえ、気にしてませんよ。僕を守る為にやってくれたんでしょう?」
そこでようやく彼女は顔を上げた。
「なんと、気付いていたか」
「はい。僕があなたを助けた事で、僕まで差別に巻き込まれるんじゃないかと心配してくれたんですよね?だから周りの冒険者達に見せつけるような形で僕を突き放した。自分一人が悪役になるために…」
彼女は身を起こして正座の姿勢になる。
「そうだ。助けて貰っておいて何だが、君ももう少し自分の身を大切にした方がいい」
「はは…それはお互い様ですよ」
そこまで言ってウォリーは気付いた。彼女を助けた際に大量のポイントが入った理由はこれかと。
周りから差別を受けている彼女を助ける事は、ウォリー自身にも大きなリスクが伴う。
危険を犯してまで彼女を助けた事があの大量のポイントに繋がったのではないかと、彼は推測した。
「言いたい事はそれだけだ。では…」
そう言うと彼女は再び部屋の隅に行って正座をした。
「よいしょっ」
ボフッっと音を立ててウォリーは両手いっぱいに抱えていた布団を床に置いた。
「宿屋の人に布団貰ってきました」
ダーシャがここに来てから2時間程経ったが、未だに部屋の隅で正座している。
足が痺れないのだろうかとウォリーは気が気でなかった。
「じゃあ僕は床で寝るんでベッド使ってください」
そう言いいながら彼が床に布団を敷き始めると、今まで本当に置物の様だった彼女が急に反応した。
「おい!何だって君はいつもそう私に気を使うんだ!ベッドは君が使え!」
「いや、しょうがないじゃないですか。ここ本来1人用の部屋だし…女性を床に寝かせるわけにもいかないですし…」
ダーシャは拳を壁に叩きつけた。
「だからそういう気遣いは無用だと言っている!私は置物だ!置物と思ってくれ!」
「あなたが使わないなら僕もベッドは使いません」
そう言ってウォリーは床に敷いた布団に潜り込んだ。
「こいつ!引きずり出してでもベッドで寝かせてやる!!!」
そう言って立ち上がった瞬間、彼女は凄い勢いでその場に転げ落ちた。
ウォリーが驚いて見ると彼女は涙目で自分のふくらはぎをさすっていた。
「やっぱり痺れてたんだ…」
苦笑いをして呆れているウォリーを、彼女がキッと睨んだ。
「よろしい。お互い頑固なようだ。ここは双方納得する形で決着をつけよう…」
まだ痺れが引かないのか、震える足でゆっくりと彼女が立ち上がった。
「私と何かしらの勝負をしろ!勝った方が床で寝る。負けた方がベッドで寝る。これでどうだ?勝っても負けても恨みっこ無しだ!」
「…なるほど、わかりました。僕としても正座のまま寝るとか言われても困りますしね。それでいきましょう」
ウォリーは布団から身体を起こした。
「で、何の勝負をするんです?」
「うむ…何がいいかな…君は何か使えそうなもの持っていないか?」
「今僕が持ってるのですと…チェスくらいですかね」
「おお!チェスなら出来るぞ!よしそれで行こう!」
ウォリーは気まずそうに頰を掻いた。
「言っておきますけど…僕結構強いですよ?」
「上等だ!やろう!」
どうやら彼女の気持ちはチェス一択で固まってしまったらしく、ウォリーは仕方なくチェス盤を取り出した。
そして、30分後…
「だああああ!負けた!!!」
ダーシャは叫び声を上げてチェス盤をひっくり返した。チェスの駒があちこちに散らばっていく。
「ちょっと!やめてくださいよ!片付け大変になるじゃないですか!」
「…あ、すまない。悔しくなるとついやってしまうんだ…」
ダーシャは焦りながら駒をせっせと拾い始めた。
「しかし本当に強いな。まさかここまでとは…」
「僕の幼馴染がめちゃくちゃチェスが上手いんですよ。その人に昔からよく鍛えられてましたからね…」
駒の回収が終わると、ダーシャは再び盤に並べ始めた。
「よし!もう一戦だ!」
「ええ!?一回勝負でしょ!?恨みっこ無しって言ったじゃないですか!」
「ああ、ベッドの件はもういい。負けたから私が使ってやる。ここからは私が個人的にやりたいからやるんだ」
どうやら彼女は相当負けず嫌いなようだった。正直眠たいんだけどと思いつつも、ウォリーは彼女に付き合う事にした。
「ダーシャさんはどうしてこの国に来たんですか?色々大変そうですけど…」
チェスを指しながら彼女に疑問をぶつけてみる。
「人間族と分かり合う為だ。知っての通り我々は国同士で争う事は無くなったものの、まだ国民同士は互いを良く思って居ない。私は、この状況を何とかするには私自身が相手の国に赴き、そこで人々と分かり合う必要があると思ったのだ」
「凄いですね。どうしてそこまで…」
「魔王様の意思だ。魔王様は人間が魔人を嫌い、魔人が人間を嫌っている今の状況に頭を悩ませておられた。双方が完全に和解する事が、魔王様の望みなのだ」
「とすると、ギルドで僕をビンタしたのはまずかったかもしれませんね。周りから魔人族の印象が悪く見えたかも…」
ウォリーは申し訳なく思った。その状況を作ってしまったのは元々はと言えば自分の行動が原因だったからだ。
「実は私も人間族に親切にされたのは初めてだったんだ。だから、あの時はどうすればいいのかわからず混乱して居たんだ」
ダーシャは恥ずかしそうに頰をポリポリと掻いた。
「だが私の今の目標はこの国で冒険者として成功する事だ。冒険者としてこの国に貢献出来れば、周りの人間達もきっと私を認めてくれる。そう信じて私は冒険者をやっているんだ。今の魔人族の印象は私が功績を上げる事で払拭してみせよう!」
彼女の駒を持つ手に力が入る。決意の表れか、金色の瞳がギラギラと燃えているように見えた。
ウォリーもそれに応えるかのように駒を動かす。そして…
「だあああああ!!!!負けた!!!」
チェス盤が天井まで跳ね飛ばされた。
「だからそれやめてくださいって!」
「ギルドから依頼を受けてやって来ました。ウォリーと申します」
「おお、よろしく頼むよ」
口の周りに濃い髭を生やした男はにっこりとほほ笑んだ。
「私がこの村の村長のシドだ」
ウォリーはシドと名乗った男と握手をする。
昨日ギルドに寄った際、ウォリーはパーティ設立の手続きついでに依頼を受注していた。ベボーテ村の付近に盗賊が潜伏しているらしいとの事で、その討伐をせよという依頼だった。
本来ウォリー1人に盗賊の討伐は荷が重いのだが、今回の依頼は複数の冒険者が同時に依頼を受けて臨時パーティを組み協力して行うというもので、ウォリーが村に到着した頃には既に3人の冒険者が集まっていた。
ちなみにダーシャはと言えば今朝ウォリーが目覚めた時にはまだ眠っていたので、起こさないようにこっそり抜け出して出発した。
「村の者が近くの山道で何度か襲われてな、こもまま放っておくといずれ村へ襲撃に来るかもしれん。なんとか村人の不安材料を取り除いてほしい」
シドは冒険者たちに語りながら頭を下げた。
「失礼。ギルドから盗賊討伐の依頼を受けて来たのだが…」
その時、また新しい冒険者がやって来た。その人物を見てウォリーはあっと声をあげる。
今村に到着したばかりの冒険者、それはダーシャだった。彼女もウォリーの存在に気付いたのか、目を丸くした。
「なっ…ウォリー!?まさか偶然同じ依頼を受けていたとは…」
「あー…冒険者さんね。はいどうもどうも」
シドがダーシャにそう声をかける。ウォリーは彼の態度が自分の時とかなり違う事に気付いた。
「あー、悪いけどな、あんたはいいや。帰ってくれ」
そう言ってシドはシッシと野良猫でも追い払うかのような仕草をした。他の冒険者たちは見て見ぬふりをして黙り込んでいる。
ダーシャはシドの考えを察したのか何も言い返さずその場を去ろうとした。
「ちょっと待ってください」
たまらずウォリーが声をあげた。
「なぜ彼女が参加できないんです?まだ盗賊の人数も把握していません。人は多いに越したことはありません」
「なぜって…魔人族なんかの手を借りられるか」
シドは苛ついた様子で答えた。
「それって冒険者を追い返す正当な理由にはなりませんよね?ギルドに報告したら違約金を払う事になりますよ?」
国が魔国との平和的関係を目指している以上、ギルドは表立って人種差別は行えない。宿屋がダーシャを追い返そうとした際に名目上は満室という事にしたのはその為だ。
「ウォリー、もういい。私はこういうのは慣れている」
ダーシャがそう言うがウォリーは引き下がるつもりは無い。
「ダーシャさん。あなたもこの山奥の村にわざわざ移動してきたんでしょう?それを魔人族だからという理由で追い返されたらここに来るまでに費やした時間や費用は無駄になってしまいます。参加できなければあなたに報酬もありません。あなたはここに居てもいい権利があります」
「もういい!勝手にしろ!」
シドが怒鳴った。どうやら彼の方が折れたようだった。ぶつぶつ何かを呟きながら彼はその場を後にした。
ダーシャは気まずそうにウォリーの横に立つ。
「おい!なんだってお前はそう余計なお節介を焼くんだ!」
「僕は当然の事を言っただけですよ」
ウォリーとダーシャが揉めていると、冒険者の一人が声をあげた。
「まあまあ、あれこれ言っていても仕方ないだろ。俺たちの敵は盗賊であって魔人族じゃない。今は力を合わせるのが最優先だ。だが盗賊のアジトも人数もまだわからない状況だ。今日は一日周辺の調査と作戦会議に集中して、もし盗賊の居場所が分かれば明日行動しよう。」
その冒険者の発言から場の流れは変わり、盗賊討伐に向けてそれぞれ意見を言い始めた。
「盗賊は夕方から夜間に活動して人を襲う事が多い。昼間に攻撃を仕掛ければ寝込みを襲えるかも」
「今夜は交代で村の見張りを立てよう。向こうから襲撃してくる可能性がある」
「この付近で潜伏できそうな洞窟は…」
冒険者同士の話し合いが終わり、チームを分けて村周辺の調査が始まった。
ウォリーとダーシャは同じチームになり、二人で周辺の山道を調べることになった。村長からの情報によれば、山賊がよく出現するポイントだ。
「だいたいお前は周りの目も気にせずいつもいつも…」
ダーシャは先ほどのやり取りが未だに不服だったで、調査中もグチグチとウォリーに文句を言ってきた。
彼は彼で、それを軽く受け流しつつ盗賊の痕跡などを探していた。
「誰か!誰か!!」
突然叫び声が聞こえ、二人が声の方へ走ってみると、そこには馬車と血まみれの二人の男が居た。ウォリーが察するに二人は商人のようだった。馬車の荷物がほとんど無くなっている所を見ると、盗賊に襲われ奪われたのだろう。
「ウォリー!二人を頼む!盗賊はまだ遠くへ行ってないはず!」
「待って!相手の人数は未知数です!今一人で行動するのは危ない!」
ウォリーの言葉に駆け出そうとしたダーシャが足を止めた。彼は傷を負った商人の一人にポーションを飲ませて回復させる。治癒師のスキルを失った今の彼は回復魔法が使えない。その為、ポーションに頼るしかなかった。
ウォリーのポーションで一人はある程度回復したが、もう一人はあまりにも傷が深く、ポーションを飲ませても回復しきれなかった。
「頼む!助けてくれ!息子なんだ!!」
先に回復した商人が涙を流しながらウォリー達に訴えた。どうやら二人は親子で商業を営んでいるらしい。そうは言ってもウォリーの回復手段はポーション以外に無い。ダーシャが悔しそうに歯を食いしばっているのを見る限り、彼女も回復魔法は使えないようだった。
その時、頭の中であのメッセージ音が鳴った。
≪お助けスキル『回復マン』の取得が可能になりました≫
「お助けスキル…そうか!まだこれがあった!」
時間がない。手遅れになる前に…とウォリーは急いで頭の中でお助けマンを起動させ、お助けスキルを選択する。
≪回復マン≫
≪対象に手を触れた状態で回復マンと唱えると対象を回復させる事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:35000ポイント≫
先程2人の商人のうち片方を助けた事でポイントが増え、今のポイント残高は80900。スキル取得には十分足りる。
ウォリーは迷う事なくポイントを支払った。
「回復マン!!」
重体の商人の身体に触れてウォリーが唱えると、あれ程深かった傷がみるみるうちに治っていく。
その回復力にウォリー自身も驚いた。彼が治癒師だった頃でさえ、これほどの効果を持つ回復魔法を出せただろうか。
「ウォリー!何をした!?こんな魔法が使えたのか!?」
ダーシャも驚きの声を上げる。
回復された男が目を開けると、男の父親は彼に抱きつきウォリー達に何度も礼を言った。
「みんな聞いてくれ!盗賊のアジトがわかったぞ!」
ウォリー達が調査から帰り他の冒険者と情報を交換し合っていると、村長のシドがそう言って飛び込んできた。
「さっき偶然森の中で奴らを見かけたんだ。後を追ってみたら…」
シドはテーブルに村周辺の地図を広げる。そして、森の中のある箇所を指差した。
「ここだ。あいつらはここに潜伏してる」
冒険者達の目が一斉に地図に注がれた。
「なるほど。良く見つけたな…」
「どうやって攻め込む?」
「まず先に誰か偵察に行った方がいいのでは?」
「時間帯は…」
彼らがそう話し合っているところに、シドが口を挟んだ。
「待ってくれ。それだけじゃないんだ。奴らの話し声を少しだけ盗み聞きする事が出来たんだ。奴らは昼頃の13時に就寝する者が多いらしい。だからその時間に攻め込めば寝込みを襲える」
さらにシドはペンを取り出して地図に線を引いた。
「俺はここの村に長く住んでいるからな、この辺りの地形は熟知している。このルートで行けば、奴らに気付かれにくくアジトに接近する事が出来る」
冒険者達はシドの助言を頼りにしばらく話合った後、明日にアジトへ攻め込む事が決定された。
翌日の昼。ウォリーやダーシャを含める冒険者達はアジトを目指して森の中を進んでいた。
事前に向かわせた偵察からの情報では、確かにそこに盗賊達が居るという事で間違いないようだった。
アジトが近づいてくるにつれて、冒険者達の足はゆっくりになる。
こちらの気配に気付かれないように、足音を立てずに慎重に前へ進んでいく。
彼らの手にはシドが進行ルートを書いた地図が握られている。そのルート通り、正確に彼らは進んでいった。
ヴォン…
突然妙な音が鳴ったかと思うと、冒険者達の足元に巨大な魔法陣が出現した。彼らがそれに反応する間もなく、その場の全員の身体に強烈な電流が走った。
バタバタとその場に倒れていく冒険者達…
それを囲うように周囲から盗賊達が集まってきた。
ウォリーが目を覚ますと、冷たい岩に囲まれた場所に居た。どうやら洞窟の中のようだった。
目の前には巨大な鉄格子があり、外に出られないようになっている。見ればダーシャを含め他の冒険者達も一緒に閉じ込められている様だった。
ウォリーは鉄格子の扉を掴んでガシャガシャと強引に揺らしてみる。
「ウォリー、無駄だ。鉄格子に魔術がかけられて強化されている。私達が攻撃しても壊れなかった」
ダーシャが彼の背後から声をかけた。
他の冒険者達もうなだれている。どうやら既にあれこれ手を尽くした後のようだった。
「はははは!実に間抜けな冒険者達だ!」
鉄格子の向こう側から笑い声が聞こえたかと思うと、影の中から盗賊の1人が姿を現した。
「お前らあんな都合の良い情報を鵜呑みにするなんて、どうかしてるぜ」
盗賊はにやにやと冒険者ひとりひとりを見回しながらそう言った。
「どういう事だ?」
ウォリーの問いに、盗賊は大きく溜息を吐いた。
「どうせお前らはここで終わりだから教えてやるよ。あのシドっていう村長がお前らが来る時刻とルートをこっちに流してくれたのさ。お前らはあいつに裏切られたんだよ」
盗賊はそう言い捨てると、高笑いをしながら闇の奥へ消えていった。
「くそ!どういう事だ!」
冒険者の1人が冷たい石壁を殴りつけた。
「あの村長が盗賊とグルだったって?本当かよ!」
「あそこに魔法陣のトラップが仕掛けられていたという事は、僕たちがあのルートを通る事を事前に知っていたとしか…」
しばらく洞窟内に沈黙が続いた。
冒険者達は怒りに唇を震わせ、目を血走らせている。
「村長が情報を流したとして…一体何の為だ?ギルドに依頼したのは村長本人のはずだ…」
ダーシャがそう言って頭を抱えた。
「あいつ、自分の村を潰すつもりか?」
「今回は助かったぜ。冒険者とやり合うのは面倒だからな」
盗賊のアジト内。リーダーのゴメスは笑みを浮かべながら酒を口にする。
彼とテーブルを挟んで向かい合っているのは、べボーテ村の村長シドだった。
「冒険者達はあなたに差し出しました。約束は守ってくれるんでしょうな」
シドの問いに、ゴメスはふっと鼻を鳴らした。
「安心しろ。約束通り俺たちは今後村には一切手出しをしない。数日中にここを出て行くよ。冒険者達が討伐失敗という情報が流れれば国が兵隊を送ってくる可能性もあるからな」
それを聞いてシドの口元が微かに緩んだ。
「しかしお前、何でこんな事をする?これがギルドに知られたらお前…ただじゃ済まねえだろ?」
僅かに笑みを浮かべていたシドが、すぐに真顔に戻った。瞳の奥には怒りの感情が浮かんでいる。
「ギルドの連中。魔人族の冒険者なんかこっちに寄越しやがった。俺はな、魔人族が大嫌いなんだ」
「ほう…」
「もし、魔人族にこの村が救われるなんて事があってみろ。我が村の汚点だ!あんな奴に手柄を立てさせるわけにはいかん」
怒りに震えるシドの言葉を、ゴメスはニヤつきながら聞いていた。
「村は守る。魔人族には手柄を渡さない。俺にとっては一石二鳥のこの方法が一番なんだよ」
ゴメスは一回、大欠伸をすると天井を見つめた。
「さぁ〜て、あの冒険者達はどうするかな。遠ぉ〜くの国に奴隷として売っちまおうか…」
ゴメスがそう呟いていると、彼の部下が寄ってきた。
「お頭、例の品の準備が出来ました」
「おぉ〜そうか、ご苦労。こっちへ持ってこい」
ぞろぞろと部下がやって来てシドの横に木箱を積み上げていく。
「なぁ村長さんや。あんたらには迷惑をかけたが今は協力関係にある。これは今までの詫びだと思ってくれ」
「これは…?」
「酒だ。かなり上質なものさ。盗品じゃないから安心しろ。沢山あるから今日にでも村のみんなに配ってやってくれ」
ゴメスはシシシッと声をあげてシドに笑いかけた。
「ああ、これを村まで運ぶのは部下に手伝わせてやるよ。誰かに見られても村人の変装をさせときゃ盗賊だって気付かれねえだろ」
「…わかった。では有り難くいただこう」
シドは積み上げられた木箱の1つを手に取る。ゴメスが「おい」と一言合図すると、部下の盗賊達がシドに続いて木箱を運んでいった。
「…本当に間抜けばかりだ…」
ゴメスは手元の酒を飲み干すと、そう呟いた。
ウォリー達が閉じ込められて5時間が経過した。
未だに彼らは脱出の方法を見つけられないでいる。
「何とかして出る方法を見つけないと、このままじゃ俺たちどうなるかわかんねぇぞ」
冒険者達は焦っていた。場合によっては死を覚悟しなければならない。
「チャンスがあるとすれば、盗賊がここから俺たちを移動させようとする瞬間だろう。盗賊はずっと1箇所のアジトに留まり続ける事は無い。盗賊がここを移動する時が来れば、その時奴らはここの扉を開けるはずだ」
別の冒険者が溜息をついた。
「今は下手に動かず機を窺うしかないってことか…」
「いや、そんな余裕は無いと思います」
ウォリーが鉄格子を握り締めながら、言った。
「僕らがずっとここに居たら、一体誰が村を守るんです?一刻も早くここから出て村人の安全を確保しないと…」
「おいおい。こんな時に他の人間の心配してどうする。今は俺たち自身が殺されそうだってのに」
冒険者の1人が鼻で笑う。それでもウォリーはここでじっとしているのが我慢ならなかった。必死に頭を回転させ、脱出の方法を考える。
その時、鉄格子から見える通路の奥。その暗闇の中からかすかに声が聞こえた。
ウォリーが必死で耳をすますと、盗賊が2人、会話をしているようだった。
「武器の準備はできたか?」
「ああ、最後に一儲けだ」
「それじゃ行くか。村中から金目のもん全部奪ってやる」
ウォリーは絶望した。盗賊達は村を襲撃するつもりなのだ。
「まずい!盗賊が村を襲おうとしてる!しかも今からだ!!」
冒険者達にそう叫んでも彼らは動こうとしない。どの道ここからは出られないのだ。彼らにとってこれ以上暴れるのは無意味な事だった。
ウォリーは何度も鉄格子の扉を蹴りつけた。
(村の人達が危ない!何としてもここから出ないと!助けないと!!!)
「へへへ。こんな楽な仕事はねぇ。村を襲ってもみんな無抵抗なんだからな」
ゴメス率いる盗賊達はべボーテ村を見渡しながら邪悪な笑みを浮かべる。
村内ではあちこちから呻き声が聞こえていた。
村人達は地面に倒れ、喉をおさえながら苦しみもがいている。
そんな地獄のような光景の中を、盗賊達は悠々と歩いて行く。
「ゴメス…これは…どういう事だぁ…」
ゴメスの足元で1人の男が声を絞り出すようにしてそう言った。村の村長、シドだった。
彼も他の村人と同じように地面に倒れもがいている。
「間抜けめ。あの酒には毒が入っていたんだよ。即効性は無いがじわりじわりと苦しめて最後は死にいたらせる毒がな」
ゴメスは道端で死んでいる虫を見るかのような視線をシドに注いだ。
「ふざけ…るな…約束と…違う…冒険者を…差し出してやっただ…ろ…」
「バカかテメェは。その冒険者を雇ったのはテメェ自身だろうが。こっちはハナから約束なんて守るつもりはなかったんだよ」
「この…外道…が…」
シドのその言葉に思わずゴメスは吹き出した。
「知らなかったのか?俺たちは盗賊だぜ?」
その後もシドは何かを言おうとしていたがゴメスは無視して村の中心まで足を運んだ。
「数人が村の出入り口を塞いで村人が逃げられないようにしておけ。それ以外の奴は家々を漁って食料、金目のものを徹底的に集めてこい。毒を飲んでない奴が居たら縛り付けておけ。抵抗するようなら…殺せ」
ゴメスがそう命じると盗賊達は雄叫びをあげて村中に散っていった。
「くそ!」
ウォリーは鉄格子を殴りつけて、その場にへたり込んだ。
(こうしている間にも村人達は…)
彼が悔しさに歯を食いしばっていると、突然頭の中で音声が鳴った。
≪お助けスキル『盗賊マン』の取得が可能になりました≫
「盗賊マン…?」
頭の中でスキルを起動し、詳細を開いてみる。
≪盗賊マン≫
≪発動中は手先が器用になり、鍵開けやトラップ解除などが可能になる。また、気配や足音を消して移動する事も出来る。取得の為に必要なお助けポイント:30000ポイント≫
(鍵開け…!?そうか、これを使えば)
ウォリーは急いでポイントを支払い、スキルを発動させた。
「誰か、細長い…針金のようなものを持っていませんか?」
突然のウォリーの問いかけに冒険者達は顔を見合わせた。
「これでは駄目か?私のヘアピンだが…」
そう言ってダーシャがピンをウォリーに差し出した。
「ありがとうございます!」
ウォリーはそれを受け取ると鉄格子の鍵穴に差し込む。特別な知識は無かったが、直感に任せると自然と手先が動いた。
ガチャリと音がして1分も経たないうちに解錠された。それを見て冒険者達から驚きの声が上がる。
「おおお!?何だお前どうやって開けた!?」
「っていうかそんな技術持ってんなら何でさっさとやらなかったんだよ!」
口々にウォリーを問い詰めるが、彼は適当に流した。今さっきスキルを覚えたなどという話しを説明しようとするとややこしくなる。それに、今はそれよりも優先しなければならない事がある。
「村が危ない!急ぎましょう!!!」
冒険者達は急いでその場を駆け出した。
ウォリー達が村に到着した時、村内の様子は悲惨だった。
女性や子供は縄で身体を縛られ、男達は地面に倒れてもがき苦しんでいる。彼らの肌は青く変色しており、毒を盛られたのだと一目でわかった。
泣き声や苦しみ喘ぐ声の中に、盗賊達の笑い声が混じって聞こえる。
ウォリー達は木々の影に身を隠しながらその様子を窺っていた。
「村長の野郎は裏切られたようだな」
「ふん!盗賊と取引なんかしようとするからだ」
「しかし村人に罪はありません。何とか救出しましょう!」
冒険者達は地図を地面に広げる。
「2チームに分かれて挟みうちにする形で攻め込もう」
ウォリーとダーシャの2人は村の南側の入り口から、それ以外の3人は北側から攻めて行く事になった。
冒険者達は別れ、それぞれの配置へ向かって走って行く。
村の出入り口には盗賊の見張りが2人立っていた。ウォリーは剣を抜いて戦う準備をする。
彼にとって、新スキルで強化されたステータスを試す機会でもあった。
ダーシャは魔法を使って戦うつもりなのか、見た所武器らしいものは所持していない。
あの村の惨状を目にした時から彼女が怒りで震えているのを、隣でウォリーは感じ取っていた。
ウォリー達が敵前に飛び込んでいく。盗賊達も気付き剣を構えるが、ウォリーが切り込むよりも速くダーシャの方が前に出て行った。
彼女の身体から黒と青が混じった不気味な炎がみるみると溢れ出て、彼女の身体を覆っていった。
魔人族のみが発動出来ると言われる特殊なスキル『黒炎』。黒い炎を身体に纏って自在に操ることが出来る能力。
直接目にするのはウォリーも初めてだった。
炎が彼女の両手に集まっていき、それは巨大な鉤爪のような形に変化した。
見張りの盗賊2人相手に、彼女は炎の爪を振るい、一瞬にして敵を切り裂いてしまった。
そのまま彼女は村内に飛び込んでいくと、襲い来る盗賊を次々倒して行った。
ウォリーもそれに続いて行く。
村に入って早々2人の盗賊に囲まれたウォリーは、前後からの攻撃を上手く受け流しつつ、隙をついて2人の盗賊の脚を斬りつけた。
立つ事が出来なくなり崩れ落ちる盗賊達。レビヤタンに居た時は回復中心で戦う事は滅多になかったが、それでも彼はAランクパーティと行動を共にしていた。
さらに今はお助けポイントによるステータス強化も加わっている。数人の盗賊相手ならウォリーでも十分勝負になるようだった。
その時、ウォリー達から見て村の反対側も騒がしくなる。どうやら別のチームも攻撃を開始したようだった。
「こいつら…どうやって抜け出した!?」
ゴメスは焦りながら周囲を見回す。そして、黒炎を操り盗賊を圧倒しているダーシャが最も厄介と判断したゴメスは、部下達に指示を出した。
「あの女だ!魔人族の女をまず仕留めろ!!」
ダーシャに対しての集中攻撃が始まった。
たちまち彼女は10人近い盗賊に囲まれてしまう。
それに気づいたウォリーは援護に向かおうとするが、別の盗賊が妨害してきてなかなか進めない。
すると、今までダーシャの両手に集中していた黒炎が彼女の腕を伝って背中に移動し始めた。
盗賊の剣が彼女に向かって振り下ろされた瞬間、彼女は真上に高く飛び上がった。
盗賊達が空を見上げると、空中に留まったままの彼女の姿があった。彼女の背中に集まった黒炎は左右に大きく広がり、巨大な翼を形成していた。
炎の翼を羽ばたかせて盗賊達を見下ろす彼女が、頰をプクッと膨らませた。
そして次の瞬間、口から黒炎の塊を盗賊めがけて吹き出し始めた。
下に居る盗賊達はパニック状態だった。既に何人かの盗賊は火球が直撃して焼かれている。多人数で彼女を囲って攻撃するつもりが、空を飛ばれてしまっては剣も届かない。
盗賊達の中で遠距離攻撃に長けた者が彼女に向かって矢を射った。しかし彼女が吐き出す炎によってその矢は焼け落ちて行く。
「ば、化け物だぁ!」
盗賊達は恐れをなして彼女から距離を取ろうとする。
ゴメスは1人の盗賊に合図を送った。
盗賊は捕まっている村人の中から幼い少女を選んでダーシャの前に引っ張って行った。
盗賊が少女の喉元に剣の刃を押し当てる。
「おい魔人族!大人しくおりてこい!この子供の喉を掻っ切るぞ!」
少女を人質に取られ、ダーシャは仕方なくその場に降りて行った。ゴメスは彼女が少女に気を取られてるのを確認し、別の部下に「今だ」と合図する。
それと同時にダーシャの脇腹を矢が貫いた。
口から血を吐いてダーシャはその場に倒れた。
ウォリーはお助けスキル『盗賊マン』を発動させた。このスキルは鍵開けの他に自分の足音や気配を消す能力がある。
ウォリーは建物の影を走り抜けて、少女を人質に取っている盗賊の背後へ回った。音もなく盗賊の近くまで瞬時に接近すると、背中を切りつけた。
盗賊は倒れ、少女が解放される。
そのままウォリーはダーシャの元へ駆け寄った。
「ダーシャ!!!」
そう声をかけるが彼女の目は虚ろな状態で、全身は力なくぐったりとしていた。彼は回復マンを発動させ傷口を癒す。
傷は完全に塞がったが、それでも彼女はぐったりとしたままだった。
「ウォリ…毒だ…矢に毒が…塗られ…ている…」
彼女が息も絶え絶えにそう言った。傷自体は無くなったが、全身を回った毒までは治せなかったようだ。
「私は…ここまで…だ…後を頼む」
その時ウォリーに向かって矢が飛んできた。ウォリーは剣でそれを叩き落とす。
すると今度は剣を持った盗賊が彼に斬りかかってくる。ウォリーはそれを剣で防御し、足で盗賊を思いっきり蹴り飛ばした。
「おい!その女はもうダメだ!放っておけ!」
近くで戦っていた冒険者の1人がウォリーに声をかけた。
「そうだ…私に…構うな。お前まで…危険に…なる」
しかしウォリーは彼女を庇うように立ち、剣を構えて周りを囲う盗賊達を威嚇した。
(ここを離れたら動けない彼女は間違いなく殺される…)
ウォリーの顔を汗が伝った。
斬りかかってくる盗賊と刃を交えながら、彼は心の中で必死に叫んだ。
(頼む…助けて…)
数人の盗賊を切り倒し、ウォリーがダーシャの方をちらりと見ると、彼女の目の光が消えかかっていた。意識も殆ど無いようだ。
ウォリーは叫んだ。
「助けて!!!お助けマン!!!!」
≪お助けスキル『解毒マン』の取得が可能になりました≫
ウォリーは次々襲ってくる盗賊と戦いながら、頭の中でスキル取得を選択する。
≪解毒マン≫
≪対象に触れ「解毒マン」と唱える事でその対象を…≫
「ポイント全部使い切ってもいい!!スキル取得だ!!!」
頭の中の音声がスキル詳細のを言い終わる前に、ウォリーは叫んだ。
左右から盗賊の刃が迫ってくる。ウォリーは地面を転がるようにしてそれを躱し、ダーシャに手を置いて「解毒マン」と唱えた。
すると彼女の目にどんどん光が戻って行く。
ウォリーはそれをみて安堵したが、その喜びに浸る間も無く盗賊が攻撃を仕掛けてくる。
盗賊達の刃を受け流し、近くにいた3人程を何とか斬り倒す。
ウォリーも連戦で呼吸が乱れてしまい、その場に立ったまま大きく深呼吸をした。
その背後から盗賊が弓を引いているのを彼は気付かなかった。
ウォリーの背中めがけて矢が放たれる。
その瞬間、黒炎が吹き上がってウォリーを包み込んだ。
ウォリーが驚いて周囲を見回すと、彼とダーシャを囲む形で黒炎の防護壁が作られていた。
飛んできた矢は黒炎の壁に飲まれてウォリーに届く事は無かった。
「私に構うなと言っただろう。このお節介焼きが…」
ダーシャがゆっくりと立ち上がった。
「卑劣な手を使いおって!ただじゃおかん!」
復活したダーシャが両手を広げると、2人を取り囲んでいた炎が彼女の両手に集まって行く。その炎が再び巨大な爪へ変化すると、彼女は盗賊達に向かって走っていった。
盗賊はまた人質を取るため村人に接近しようとするが、ダーシャは怒りに任せて戦っていた先程とは違い、村人達を守るようにして戦うようになっていた。
彼女が盗賊達を圧倒している隙に、ウォリーは毒で苦しんでいる村人に解毒マンと回復マンを使って復活させて周っていた。
「冒険者ばかりに戦わせておけねえ!俺達が村を守るんだ!!」
ウォリーによって復活した村人達は倉庫から武器や農具を手に取って一斉に盗賊達への反撃を始めた。
「くそっ!何がどうなってる!!」
次々に復活していく村人達を見てゴメスは焦りの表情を浮かべる。
強力なダーシャの能力に加えて、大勢の村人が加勢して人数面でも盗賊側が劣勢に立たされた。
「退くぞ!お前ら!退けえー!」
ゴメスは勝てないと見て遂に撤退命令を部下達に下した。
盗賊達が村の外へ一斉に走って行く。
しかし、逃げようとする盗賊の頭上に火球が降り注ぎ次々に彼らを焼いていった。
ゴメスが顔を上げると、黒炎の翼を広げた魔人が怒りの表情で見下ろしていた。
「外道どもが!誰1人として逃がさん!!」
ダーシャは金色の瞳をギラつかせながら次々火球を吐き飛ばしていく。
「この魔人族がああああ!!」
そう叫ぶゴメスの背後へ、ウォリーが走って行く。
盗賊マンを発動し気配を消した彼は、ゴメスに気付かれる事なく攻撃範囲まで接近した。
ウォリーの剣が、ゴメスのアキレス腱を断つ。
「ぐあぁ!?貴様いつの間に!?」
ウォリーは縄を手に取り、それを痛みで倒れるゴメスに巻き付けた。
盗賊マンで手先の器用さが上がっている彼は、あっという間にゴメスを縛り上げ動けなくしてしまった。
盗賊達は大勢の村人に囲まれ、逃げようとしても頭上のダーシャから狙い撃ちにされ、加えてリーダーのゴメスまでもがやられた事で完全に戦意を喪失した。
彼らは武器を地面に捨て、両手を上げて降伏した。
これにより、盗賊達との戦いは完全に決着した。
冒険者や村人達は歓喜の叫びを上げた。
ダーシャも黒炎を解除して地上に降り立った。
縛られていた村人達も次々に解放されていき、彼らは冒険者達の周囲に集まって口々に礼を言っている。
あちこちで歓喜の声が上がっている中で、突然ウォリーが力が抜けたかのように膝を折り倒れ込んだ。
周囲に居た村人達が慌てて彼を支える。
ダーシャもそれに気付いてウォリーの元へ駆け寄っていった。
「ウォリー!どうした!?まさか奴らの毒が!?」
心配そうに声をかける彼女を見上げながら、ウォリーは笑みを返した。
「いや…ただの魔力切れです…」
ウォリーの回復マンや解毒マンは無制限に使える訳では無かった。取得した後は、普通の治癒魔法同じように魔力を消費する。今日彼は毒に侵された大勢の村人に一人一人回復と解毒を同時に使って周っていたため、彼の魔力は底をついてしまっていた。
しかし、あれだけの人数を全員回復して周れるほどの魔法使いは滅多に居ない。元々高い魔力値を有していた彼だからこそ出来た事だった。
倒れた原因が魔力切れだと分かり、ダーシャは安心した様子だった。
「そうか…」
そう呟くと彼女はウォリーを抱きかかえた。
「ウォリー…今回はよく頑張ってくれた。君のおかげで私は救われたよ。ありがとう。今はゆっくりと休んでくれ」
聖母のように微笑むダーシャの顔を眺めながら、ウォリーは彼女の腕の中で眠りに落ちていった。