人助けをしたらパーティを追放された男は、人助けをして成り上がる。

「ク、クラーケンドラゴン!?」

 受付嬢からその名前を聞き、ウォリー達の顔は凍りついた。

「はい。以前レビヤタンが討伐に失敗し、撃退をしたクラーケンドラゴンを仕留める事が今回の試験内容となります」
「難易度が高すぎないか? Aランクのレビヤタンが倒せなかったモンスターの討伐など……」
「前回の戦いでクラーケンドラゴンの角は片方折られています。それに、ポセイドンのメンバーのうち2人は元レビヤタンのメンバーです。それらを考慮してギルドはこの試験内容は妥当だと判断致しました」

 ウォリー達は顔を見合わせる。この試験を受けるかどうか、互いに視線で尋ね合っていた。

「もし依頼を受けて失敗した場合、1年間はAランク試験を受ける事が出来なくなります。ムキになって何度も再挑戦し、命を落としてしまうパーティが出ては困りますのでこのような決まりがあります。ご理解ください」

 受付嬢はそう言って軽く頭を下げた後、さらに続けた。

「先程も言いましたが試験を受けるか辞退するかの判断は慎重にお願い致します。Aランク昇格試験は大きな危険を伴います。自分達の実力を冷静に分析し、安全第一でお願い致します」

 受付嬢の言葉にウォリーは頷くと、仲間達一人一人に視線を送った。

「みんな、Aランクに上がりたい気持ちは僕にもある。だけどこれはみんなの命にも関わる問題だ。急がずにゆっくり考えた方がいいと思う」

 結局その日、ウォリー達はすぐに返答をする事は出来ずこの問題は一旦持ち帰る事となった。






「へぇ〜クラーケンドラゴンねぇ」

 その夜、レストランでミリアとハナは食事をしていた。
 ウォリー達のAランク昇格試験の話はハナを通じてすぐにミリアの耳に入る事になった。

「もし、私達が討伐に失敗したクラーケンドラゴンをウォリーが討伐したとなれば、あいつらをAランクに上げてしまう事だけでなく私達よりもあいつらの方が上だと証明してしまうようなもの……この試験は絶対に阻止しなくちゃいけない」

 ミリアは小指程の大きさの小瓶をテーブルに置いた。
 瓶の中には黄色い粉末が入れられていた。

「これは何?」

 ハナが聞くと、ミリアは不敵な笑みを浮かべる。

「睡眠薬よ」

 ミリアはその瓶を6本テーブルに並べると、ハナの方に突き出した。

「試験前になったら隙を見てこの睡眠薬をダーシャのマジックポーションの中に入れてくれる?」
「えっ!?」
「あなたがくれた情報によればダーシャのスキルは魔力の消費が激しく、彼女はマジックポーションを常備しているそうじゃない。そのポーションの瓶にこれを混入させておくの」

 ミリアは小瓶をひとつ摘むとそれをじっと眺めた。

「これはそんなに強くない。飲んだところで強烈に睡魔に襲われるなんて事はない。ポイントは少しずつ、少しずぅ〜つ弱らせていく事だよ。ポーションを飲んでいきなり眠り込んだら怪しまれるからね。なんか今日ダルいな〜って程度に留めておくのがいいんだよ。それでも相手はあのクラーケンドラゴンだ、小さな体調不良が大きな危険に繋がる。Aランク昇格を阻止するには十分だ」

 邪悪な表情で語るミリアに、ハナは寒気を覚えた。

「どうして……ダーシャなの?」
「クラーケンドラゴンの角の破壊の難点はその頭の高さにある。残る一本の角を破壊するためにはあの高さまで上がらなきゃいけない。となれば、ダーシャの飛行能力、これが1番効果的だ。この試験の要となるのはダーシャなんだよ。逆に言えば、ダーシャさえ脱落させれば試験を達成する事は出来ない」

 ミリアはハナの手を取ると、強引に小瓶を握らせた。

「安心してよ〜。ウォリー達が試験に失敗したらハナちゃんの任務は終わり。またレビヤタンに戻してあげるから。そうしたらまたマロンちゃんの治療に十分な金を受け取ることが出来る。あ、ウォリー達が仮にAランクに上がっても支援金は貰えないよ。あれはAランクに上がった後1年以上活動してる事が条件の1つにあるからね」

 ハナは気が進まなかった。
 当然、ミリアの言いなりに動く事は癪に触る。
 しかしそれだけではない。ポセイドンに入って初めの頃は、ウォリー達がAランクに失敗しようがどうでもよかった。しかし最近は、彼らを裏切る事への罪悪感が日に日に大きくなっている。
 ハナは自分の変化に戸惑っていた。
 あれだけ嫌いだったウォリーを以前よりも受け入れているのは何故だろうか。ダーシャとはいつも喧嘩をしているが、不思議と嫌いになれないのは何故だろうか。
 手にある小瓶をじっと見つめて考え込む。
 目を固く閉じると、妹、マロンの顔が頭に浮かび上がってきた。
 マロンはあとどれくらい生きられるだろうか。有名な医者を何人もあたったが、彼女の病気を治せる者は居なかった。
 おそらくもう治らないのだろう。
 ならば少しでも、たった1秒でも長く生きさせてあげたい。その為なら何だってする。
 ハナはギュッと瓶を握りしめた。


「わかったわ……」

 気がつくとハナは涙を流していた。
 目を赤くして睨んでくる彼女を、ミリアは愉快そうに見つめた。
 ウォリー達ポセイドンのメンバーは揃ってギルドを訪れていた。
 昨日Aランク昇格試験の事を受付で知らされ、彼らは自宅に帰ったあと話し合いを行った。
 クラーケンドラゴンの強さはメンバーの全員が思い知らされている。すんなり受けようという風にはならないだろうとウォリーは思っていた。
 しかし、彼の予想に反して話し合いは簡単にまとまってしまった。
 昇格試験を受ける。その方向で意見は一致していた。
 ダーシャも、リリも、メンバーの互いの強さを信頼しているようだった。
 クラーケンドラゴンは確かに強い。しかし正直な所、ウォリーもこのメンバーならば勝算があると思っていた。
 仲間達を過大評価しているつもりはない。純粋に彼女達の強さを信頼していた。

「お願いします」

 ウォリーは受付に立ち、書類をテーブルに置いた。
 ポセイドンのメンバー全員の署名が入ったAランク昇格試験の受験申請書だ。

「受験申請ですね。少々お待ちください」

 そう言って申請書を受け取ったのはペリーだった。かつてウォリー達に散々牙を剥いてきたこの男が、今では生まれ変わったかのように大人しく受付業務を行なっている。
 一体何があればここまで人間が変わるのか、ウォリーはベルティーナが彼にどのような教育を行なったのか想像するだけで寒気がした。

「お待たせしました。こちらが試験の詳細な日時や場所の資料でございます」

 ペリーが丁寧にウォリー達に資料を手渡した。

「くれぐれも返り討ちに合わないようにお気を付けください」

 ペリーがそう言って不気味な笑みを浮かべた。ウォリーはペリーが完全に心を入れ替えたのかと思っていたが、それは間違いだった。
 態度こそ丁寧な受付係だが、彼の心の芯の部分には邪悪な感情が残っている。
 彼の不敵な表情がそれを物語っていた。
 ウォリー達の身を案じるような言葉を吐く裏で、内心彼はウォリー達が試験に失敗する事を望んでいるのだ。
 ペリーがそれを期待するのも無理はない。それ程に今回の試験は難易度が高い。

 ウォリーは渡された資料に目を通しながらギルドを出て行った。
 資料にはクラーケンドラゴンが潜んでいるダンジョンの位置や、試験の期日が記されていた。
 クラーケンドラゴンは今回はダンジョンの外には出ていない。ウォリー達の方から敵の巣穴に飛び込んでいく事になる。
 試験の達成条件は期日までにクラーケンドラゴンの首をギルドに提出する事。
 その期日までにはまだ6日程ある。
 ウォリー達は試験までは万全な状態を保つため、他の依頼を受ける事はしないと決めていた。
 しばらくは武器のメンテナンスを行なったり、買い出しに行って戦闘に必要な道具を揃えたりする事になるだろう。
 ただ、ウォリーにはそれ以外にもやっておきたい事があった。

「ハナ、ちょっとお願いがあるんだ」

 ギルドからの帰り道を歩きながらウォリーは言った。

「何?」
「試験までにはまだ時間がある。その前にハナの妹に会っておきたいんだ」

 ハナは驚いてウォリーを見つめた。

「何でよ、マロンの事はあなたには関係ないでしょ」
「でも、心配なんだよ。病気なんだよね?」
「別にあなたが心配するような事じゃないわよ。私の家族の問題なんだから!」

 ハナは少し苛立った様子を見せた。これは彼女にとってもデリケートな問題だ。ウォリーもそれは理解していた。

「僕に何か出来る事があれば……」
「簡単に言わないでよ! そんな事があればとっくに妹は治っているわ! 今までどこの医者に頼んでも治せなかったんだから!」

 ウォリーは回復魔法が使える。しかし、回復魔法が効力を発揮するのは戦闘で受けた新しい傷などに対してのみだ。長期間に渡って身体を蝕んでいく病気には効力は無い。
 もし回復魔法で治癒できるのなら、ハナはウォリーが治癒師だった頃にとっくに頼み込んでいた事だろう。

「今更あなたに何が出来るっていうのよ」
「……わからない」

 ウォリーの返答に、ハナは呆れたように溜息を吐いた。

「でも、僕のスキルなら助けてくれると思うんだ。スキルの事は前にも説明したよね?」

 それを聞いてハナははっとして顔を上げた。

「お助けマンのおかげで、今まで何度もピンチを切り抜けて来れた……お助けマンはその時々に応じて必要なスキルを与えてくれるんだ」
「本当に……出来るの?」

 先程までの怒りの篭っていたものとは違う、期待が生まれ始めたような声でハナは言った。

「お助けマンは特に、僕が誰かを助けたいと願った時に力を貸してくれる」

 ウォリーは瞳に力を込めてハナを見つめた。

「僕は、マロンさんを助けたい」

 場に少しの沈黙が落ちた後、ハナはゆっくりと頷いた。

「わかったわ……」
「よし! 決まりだな!」

 ハナが答えた瞬間、ポンと彼女の肩が叩かれた。
 今まで黙って聞いていたダーシャだった。

「妹の好物は何だ? せっかくだし作って持って行ってやるぞ」
「マロンさんは犬は大丈夫ですか? ブレイブも連れて行っていいですかね……?」

 笑顔でそう言うダーシャとリリを見て、ハナが慌て出す。

「ちょ、あんた達も来るの!?」
「当たり前だろ。確かにお前は嫌味な奴だが、それでも同じパーティの仲間だ」
「ハナさんの妹さんがどんな人なのか興味もありますしね」

 2人に言われて恥ずかしそうにしているハナを見て、ウォリーは微笑んだ。
 そこは街から少し離れた場所。周囲は緑で囲まれ、風の音と鳥の声だけが聞こえるような静かな空間の中に一軒家がぽつんと建てられていた。

「ここよ」

 ハナはその家を指差した。

「こんな所に家が……」

 ウォリー達は意外そうな様子で周囲を風景を見渡している。

「街の騒がしさからなるべく遠ざけたかったの」

 ハナが玄関の扉を開くと、中年のメイドが出迎えた。

「あら、ハナ様。おかえりなさいませ」

 メイドは挨拶を終えてすぐウォリー達の姿に気付き目を丸くした。

「珍しいですね、この家にお客様をお連れになるなんて」

 ハナはウォリー達の方に振り返った。

「みんな、この人はソフィアさん。マロンの身の周りの世話をしてくれているの」

 そう言ってすぐにハナはソフィアと呼んだメイドの方に向き直った。

「ただいま、ソフィア。この人達は同じパーティのメンバーなの。左からウォリー、ダーシャ、リリ」
「それからブレイブです」

 リリがブレイブを繋いでいるリードを揺らしてハナの言葉に付け加えた。

「これはこれは、ハナ様のお仲間の方々でしたか」
「メイドが居るとはリッチだな……」

 ダーシャがソフィアをまじまじと見ながら言った。

「こっちには毎日戻って来るわけじゃないから。私は冒険者の仕事があるし、その間マロンの世話をする人が必要なの」

 ハナは言いながら家の中へ進んでいった。
 閉められた部屋の前でハナは立ち止まると、扉をノックする。
 女性の声が小さく返ってきたのを確認して、ハナは扉を開いた。

「マロン、ただいま」
「お姉ちゃん!」

 ベッドの上で横になっていた女性は入室したのがハナだと分かってすぐに身を起こした。

「具合はどう?」
「うん、特に変わらないよ。ところで……」

 マロンはハナの後ろに並んでいるウォリー達に視線を移した。

「ああ、この人達はね、私が今居るパーティの仲間なの。マロンに挨拶したいんだって」
「本当!? お姉ちゃん滅多にここにお医者さん以外の人を連れて来ないからびっくりしたよ」

 マロンはウォリー達の方にニッコリと笑みを向けた。

「はじめまして、マロンです。お姉ちゃんがお世話になってます」

 姉妹というだけあってマロンの顔はハナによく似ていた。ただハナと対照的なのはその明るい笑顔だった。
 普段ハナはあまり笑う事が無い。むしろ怒ることの方が多い彼女と比べると、マロンの雰囲気はまるで違って見えた。
 重い病気を抱えている事を感じさせないその笑顔に圧倒されて、ウォリー達は少しの間言葉を失ってしまった。

「は、はじめまして。僕はウォリー」
「私はダーシャだ、よろしく」
「私はリリと言います。で、この子はブレイブ」
「わぁ、犬ですか? かわいい」

 マロンは目を輝かせてブレイブを見つめた。

「ちょっと触ってもいいですか?」
「はい、どうぞ」

 リリがブレイブを近づけると、マロンはブレイブの首回りをわしゃわしゃと撫で始めた。
 ブレイブは気持ちよさそうに目を細める。

「ははは、犬を見るのなんて何年ぶりだろ……ずっと家にこもっていたから」

 マロンはブレイブを撫でながら今度はダーシャの方を見上げた。

「あなたはもしかして、魔人族ですか?」

 マロンにそう問われ、ダーシャは気まずそうに苦笑いした。

「おっと、もしかして魔人族は苦手だったか? まぁこの国ではあまり歓迎されてないようだから無理もないな……」
「まさか、珍しかったので驚いただけですよ。魔人族にお会いするのは初めてなんです。ここに居ると殆ど人と会えないから、今日は色んな人と会えて嬉しいなぁ」
「そ、そうか? それなら良かった」

 ダーシャは少し恥ずかしそうにして頰を掻いた。

「実は今日は昼食は私が作ろうと思ってな、食材も買ってきたんだ」
「わぁ、それは楽しみです」
「ふふ、任せてくれ。事前にハナから君の好みは聞いてあるからな。ハナ、ちょっとキッチンを借りるぞ」
「あ、私も手伝うわ」

 そう言ってダーシャとハナは部屋を出て行った。

「これ、君が描いたの?」

 ウォリーは部屋のあちこちに飾ってある絵を見て言った。
 マロンの部屋の四方の壁には全て絵が飾られていた。そのどれもが風景画だった。
 その中にはウォリーの見覚えのある風景もいくつか存在している。

「そうです。私は病気で外には出られませんから、いつも読書をしたり絵を描いたりして過ごしています」
「すごいな……まるでその場所まで行って描いて来たかのようだよ」
「1度は私も行った事のある場所です。まだ私が元気だった時に。その思い出を頼りに描きました」
「すごい才能だよ。思い出だけでここまで細かく描けるなんて、すごい記憶力だ」

 ウォリーは感心した様子でマロンの描いた絵をうっとりと眺めた。

「絵を見ていると、少しだけその場所に行ったような気持ちになれます。でも、本当は絵なんかよりも直接行きたいんです。この部屋から飛び出して、色んな場所に行ったり、色んな人と話をしたい……」

 マロンは少し悲しそうに視線を下に落としたが、すぐに先程の明るい表情に戻ってウォリーに笑いかけた。

「だから今日は皆さんが来てくれて嬉しいです。久しぶりに楽しい人達と会えました。あ、そうだ!」

 マロンは思いついたように声を上げ、両手を合わせた。

「お姉ちゃんの事、色々聞かせてくれませんか? 今までどんな仕事をしたのかとか……どんな場所へ行ったのかとか……色々知りたい」
「うん、ハナは凄く頑張ってるよ。この前もハナのお陰で悪い人達を捕まえることが出来た」
「そうなんですね。私も1度お姉ちゃんが戦っている所見てみたいです」
「ハナは本当に凄い魔法使いだよ。実力はこの世界じゃトップクラスだと思う」

 それからもウォリーはハナとの冒険の思い出を語り続けた。
 マロンは飽きる様子もなく目を輝かせながら話に聞き入っていた。
 ハナの話をするとマロンは嬉しそうな反応を返すので、語っているウォリーも楽しくなる。

 そうして時間も忘れ話し込んでいると、ハナが部屋に戻ってきた。
 彼女の手にはトレーがあり、そこに2人分の食事が乗せられていた。

「みんな、お昼ご飯が出来たわよ。食卓まできてちょうだい」

 それを聞き、ウォリーとリリは腰を上げて部屋を出ようとする。
 するとマロンが寂しそうな表情でウォリー達を見つめた。

「また後でお話し聞かせてくださいね」
「マロンは一緒に食べないの?」
「私は食卓まで移動出来ないから、ここで食べます」
「1人で?」

 ウォリーが心配そうに言うと、ハナが割り込んできた。

「仕方ないでしょ、この部屋では皆で食事するには狭すぎるもの。でも安心して、私がマロンと一緒に食べるから、あなた達は食卓の方で食べてらっしゃい」
「やった! お姉ちゃんと一緒にごはんだ!」

 嬉しそうにはしゃぐマロンを見て、ウォリーとリリは安心して部屋を出て行った。
 部屋にマロンと2人きりになったハナは小さなテーブルをベッドの側に置き、そこに料理を並べていった。

「ねえお姉ちゃん……」
「なに?」
「ウォリーさん達、とてもいい人……これからもあの人達の事、助けてあげてね」

 マロンの言葉に、料理を並べるハナの手が止まった。

「え、ええ、もちろんよ……」

 ハナは無理に笑顔を作った。

「ハナ! ちょっと来て!」

 その時、食卓へ行ったはずのウォリーが戻ってきた。
 慌てた様子のウォリーに言われるまま、ハナはマロンの部屋を後にする。

「どうしたのよ」
「新しいスキルを取得出来たんだ。ついさっきの事だよ、これでマロンを助けられるかもしれない!」
「本当なの!?」
「スキルは『調合マン』 アイテムを調合して新しいアイテムを作り出せる能力だ、これでマロンの病気に効く薬を作り出せるかも……材料が必要ではあるけれど」
「わかったわ! 何でも言って、掻き集めて来るから」

 ウォリーは目を閉じて意識を集中させた。
 調合マンを発動させると、自身が望んでいるアイテムを頭の中で念じる。
 すると、アイテム調合のレシピが頭の中に浮かび始める。

「薬草、マンドラゴラ、サラマンダーの爪……」

 ウォリーが頭に浮かんだ調合材料を声に出し始める。
 ハナは必死にそれを紙に書き出し始めた。
 6つ目のアイテムを書き終えた所で、ウォリーが黙り込んだ。

「これで終わり?」
「……駄目だ」
「え?」
「素材が足りない」
「どう言う事?」
「最後のアイテムだけは、市場に滅多に出回らない希少なアイテムだ。ダンジョンに取りに行くにしても、高難度のダンジョンの奥深くでしか手に入らない。そこまで行けたとしても100%手に入るとは限らないレアアイテムなんだ。どこかのパーティが奇跡的に持ち帰って来たとしても、それが一般の市場に出回る事は殆どないと思う」

 紙とペンを握るハナの手から力が抜けた。

「じゃあ、マロンは治せないの?」
「今すぐには出来ない。でも、そのアイテムが手に入りさえすればいいんだ。可能性はある。でもそれを手に入れるためには時間がかかる。だから、マロンを助けられるのはAランク試験の後になると思う」
 ウォリー達がマロンに会いに行った日から4日が経った。
 いよいよ明日、ポセイドンはAランク昇格試験に挑戦する。

「はい、こちらが注文の品だよ」
「ありがとうございます」

 ウォリーは街の武具屋に来ていた。
 クラーケンドラゴンとの戦いに備えて、装備も優れたものを揃えておきたかった。
 ウォリーが店主から受け取ったのは特注の剣。
 今までウォリーが使っていたものと比べれば遥かに斬れ味の良い品だ。
 かなり値段が張ったが、試験に合格する為には金を惜しむつもりはなかった。

 ウォリーは店を出てから道場へ行き、新しい剣の試し切りを行った。
 剣は、木材の標的に吸い込まれるように入り込んでいく。
 凄まじい斬れ味がウォリーの手元に伝わって来た。
 Aランクモンスターの素材を用いて作られたこの剣が、相当な優れものである事をウォリーは改めて実感した。
 しかしこれ程優れた剣をもってしても、クラーケンドラゴンに大きなダメージは与えられないだろうとウォリーは思った。
 あの圧倒的な防御力を崩す為には、頭の角を破壊しなければならない。
 角は1本。しかし、斬っても再生する触手の猛攻を潜り抜けて角を破壊するのは容易ではないだろう。
 結局はどのように立ち回るかがものを言う。上質な武具を揃える事は気休め程度にしかならなかった。


 ウォリーが道場を出て自宅へ向かって歩いていると、正面から見知った人物が来るのが見えた。
 その人物を見てウォリーは足を止めた。一瞬にして顔が強張る。
 相手もウォリーに気付いた様子だった。

「あら? あらららら〜? ウォリーじゃ〜ん」

 その人物、ミリアは大袈裟に両手を広げて笑顔を浮かべた。

「いや〜奇遇だねぇ。何してんの?」
「ちょっと買い物だよ、ミリア」

 ミリアはぐるりと囲むように歩きながら、ウォリーを観察した。

「高そうな剣だねぇ、もしかして新品かな〜?」

 ニヤニヤとした笑顔のままミリアはウォリーの装備を見つめる。

「あ、そうだそうだっ、聞いたよぉ〜今度Aランク昇格試験を受けるんだって? すごいじゃん、流石はウォリーだ、うんうん」

 一見喜んでいるように見えるミリアだが、それが本心ではない事をウォリーは分かっていた。明るく振る舞うその裏で、彼女は何かしらの闇を抱えている。

「でも相手はあのクラーケンドラゴンでしょ? 困ったねぇ〜、いくらウォリーでも難しいんじゃないかな〜」
「ミリア、教えてくれ」
「ん〜? どうしたの」
「僕は明日、試験を受ける。でもその前にはっきりさせておきたいんだ。ミリアの目的は一体何なの?」

 ウォリーをレビヤタンから追放したのはジャックだが、そのきっかけを作ったのはミリアだ。そして今もミリアはウォリーに対して敵意を向けている。
 ウォリーはなぜミリアがそうまでするのかを知りたかった。

「僕達は小さい頃から一緒に冒険者を目指して頑張ってきた仲じゃないか。何でこんな事をするんだよ」

 ミリアはしばらく黙ってウォリーを見つめていた。先程までの笑顔は消え去っている。
 そして、ミリアはゆっくりとウォリーとの距離を詰めて行った。
 鼻と鼻がぶつかるかというくらいまでミリアが近づいてくる。
 ウォリーの視界いっぱいに、怒りの表情のミリアの顔が広がった。

「そりゃあ、お前の事が嫌いだからだよ」

 先程の笑顔で陽気に振る舞う彼女とは違う、その裏に隠された本物のミリアが姿を現した。

「ウォリー、お前は幼くして人並み外れた魔力を有していた。周りの大人達からは神童と言われ将来を期待されていた。それに比べて私は、お前と同年代というだけでいつも比較対象にされていた。私がどれだけ頑張っても、いつもお前と比べられる」

 ミリアの口からギリギリと歯を食いしばる音が鳴った。

「私の扱いがさらに酷くなったのはあの日……私のスキルが目覚めた日だ。『チェス名人』……効果はチェスが上手くなるだけ。ダンジョンでは何の役にも立たないゴミスキルだと、散々馬鹿にされた。あの時はまだ私自身もスキルの真価に気付いていなかった。神はなんと不公平なんだと絶望したよ」

 ミリアは悔しそうな表情のまま腰に装備している剣を撫でた。

「魔力ではお前に敵わない。スキルはゴミスキル。ならば、せめて剣を極めようと、私は必死に剣術の訓練に励んだ。お前が周りの大人達にちやほやとされている裏で、私は血の滲む努力をしてきたんだ!」

 ウォリーはショックだった。ミリアが必死に努力していたのは知っている。しかしそこにある彼女の思いには、気づく事が出来ていなかった。

「その後私は自分のスキルの真の能力を見出し、Aランクまで成り上がった! だがな、まだ私は満足していない! お前よりも上に立たなければ、散々比較対象にされてきたお前よりも上に立っていなければならない! 私がそこに居ることで、初めてあの頃の自分を慰めてやる事が出来るんだ!」

 ミリアの怒気に圧倒され言葉が出なかったウォリーは、震える唇を何とかこじ開けようとした。

「……ごめん」

 ようやく絞り出したのはその3文字だった。長い間一緒に居ながら、彼女の苦しみに気付いてあげられなかった。その罪悪感がウォリーを襲っていた。

「ごめんだと? 今さら謝ってももう遅い! 私を敵に回したらどうなるか、明日はっきりと思い知らせてやる」

 そう言ったのを最後に、ミリアの顔から怒りの表情が消えた。にっこりとした笑顔が張り付いた、いつものミリアに戻っていた。

「ま、そういう事だから。試験、頑張ってねぇ〜。まぁ無理だと思うけど〜」

 明るくそう言い残して、ミリアは去って行った。
 残されたウォリーはしばらく呆然と立ち尽くしていた。

 ミリアが望むのなら、明日の試験は辞退してもいい。

 過去のウォリーならばそう思っていたかもしれない。しかし、今は違う。
 ダーシャ、リリ、ハナ。
 自分を頼ってくれている仲間達がいる。
 ミリアの為ではなく、仲間達の為に冒険者でいる事を決心していた。
 ウォリーは拳を固く握ると再び歩き出した。


 明日、クラーケンドラゴンとの対決の日。
 ダーシャは眼前に広がる森のダンジョンを眺めて言った。
 今日は試験当日。ポセイドンの4人は標的であるクラーケンドラゴンが潜むダンジョンの入り口に立っていた。
 入り口に立つだけでそこが普通の森ではない事が伝わってくる。
 真っ直ぐではなく、ぐにゃぐにゃと曲がった不気味な形の樹木が群生しており、地面は所々ぬかるんでいて、紫色の霧が充満している。
 森全体がまるで異次元を思わせる異様な雰囲気を放っていた。

「皆、準備はいい?」

 ウォリー達はそれぞれ顔を見合わせる。
 決意を込めた目で互いに頷き合うと、彼らは森の中へ足を踏み入れた。

 霧で満ちた森の中は、見通しが悪い。
 時々、動物なのかモンスターなのか、何かの鳴き声が響いて聞こえてくる。
 ウォリー達は警戒しながら慎重に進んでいった。

「みんな! 上!」

 危機に真っ先に気付いたハナが声をあげた。
 直後に頭上から巨大なコウモリのモンスターが5体飛びかかってきた。
 ハナが魔法を飛ばし、2体を撃ち落とす。
 続いてさらに2体をウォリーが剣で斬り倒した。
 残る1体がダーシャに向かっていく。しかし、彼女は黒炎を出さずにただ立っているだけだった。
 コウモリのモンスターがダーシャの目の前で壁にぶつかり弾かれる。リリの防壁魔法だ。
 体勢を崩したモンスターをウォリーが斬り、息の根を止めた。

 敵の全滅を確認し、再びウォリー達は歩き始めた。
 先程ダーシャが攻撃をしなかったのは事前に決めていた作戦だった。
 クラーケンドラゴンとの戦いではダーシャの飛行能力が肝となる。
 しかし彼女のスキルは魔力消費が激しい。
 標的に出会うまではダーシャは極力魔力の消費を抑えて、他の3人で彼女を守りつつ進む事にしていた。


 襲い来るモンスターを倒しつつ進んでいくウォリー達。
 やがてウォリーはある異変に気がついた。
 周囲がやけに静かになっている。
 先程まであちこちで聞こえていたモンスターの鳴き声や動く音が一切しなくなっている。
 不気味さを感じつつもさらに奥へ進むと、広い空間に出た。
 霧のせいではっきりとは見えないが、その広く空いた空間の中央に巨大な岩のようなものが見える。
 ウォリー達が慎重に近づくと、その岩のような影がピクリと動いた。
 直後、そこから数本の触手が飛び出てくる。岩のように見えたのは巨大なモンスターだった。
 太い丸太のような4本の脚によってその巨体が持ち上がり、光る2つの目がウォリー達を見下ろした。
 モンスターの顔のシルエットは左右非対称。右片方には稲妻のような鋭い角が生え、左片方の角は欠けている。
 ウォリー達の標的、クラーケンドラゴンだ。

「皆! 作戦通り行こう!」

 ウォリーが声をかけると全員が戦いの準備を始めた。
 まずダーシャをウォリーの加速マンで強化する。
 ハナは少し離れた場所から遠距離魔法を撃てるように構えた。
 ウォリーは剣を構えながらクラーケンドラゴンへ近づく。
 リリはそのウォリーの後に付いていく形で移動する。
 そしてダーシャは黒炎の翼で上空へ。

 ウォリーが敵の射程距離に入る。
 直後に触手が襲いかかってきた。
 ウォリーは剣を素早く振るい、触手を切断する。
 彼の側に立つリリは防壁で触手をガードしてウォリーの負担を減らす。
 さらにハナが魔法攻撃を飛ばし、触手1本1本に器用に当てていく。

 作戦はウォリー、リリ、ハナの3人で触手の攻撃を引きつけ、出来た隙をついてダーシャが頭部まで飛んでいき、角に攻撃を与えるというものだった。
 ウォリー達が真っ先に触手の攻撃を引き受けた効果で、ダーシャに向かってくる触手の数は少なかった。
 ダーシャは黒炎の剣で触手を斬りつつ、クラーケンドラゴンの角を目指して飛行した。

「今だ!」

 ウォリー、ハナ、ダーシャの攻撃のタイミングが重なり、全ての触手が切断された瞬間が作られた。
 ダーシャはそれを見逃さず、角に向かって突っ込んでいった。
 力を込め、黒炎の剣で角に思い切り攻撃を叩き込む。

「何っ!?」

 角を攻撃してすぐ、ダーシャが驚きの声をあげた。
 ダーシャは全力で剣を叩き込んだ筈だが、角は折れていない。
 クラーケンドラゴンは角自体の強度も高いと聞いてはいたが、その硬さはダーシャの予想を遥かに上回るものだった。
 焦りによりダーシャは一瞬硬直してしまう。

 その瞬間、再生したばかりの触手の攻撃がダーシャに直撃した。
「ぐぅぅ!」

 触手の攻撃を受けたダーシャはそのまま弾き飛ばされ、木に叩きつけられた。

「ダーシャ!」

 ウォリーはクラーケンドラゴンの攻撃の間合いから離脱し、ダーシャの元へ駆け寄った。

「大丈夫だ……リリにバリアスーツを事前にかけてもらったいた」

 ダーシャは体についた土を払いながら立ち上がった。

「やっぱり硬いわ。前はジャックの剛剣があったから折ることが出来たけど、あの角、並みの攻撃じゃ破壊出来ない」
「いや、手応えが全く無いわけじゃない」

 ダーシャは標的の角を指差した。
 よく見れば角には少しだが傷が付いている。

「1撃で折るまでは行かないが傷は与えられる。あと何発か叩き込めば、いずれは折れる」
「でも、私のバリアスーツで攻撃を無力化出来るのは1回だけです。もう1度使うには30分待たなければいけません。次また攻撃を受ければダーシャさんは……」

 リリが心配そうにダーシャの手を握った。

「いや、大丈夫だ。私が傷を負ってもウォリーが回復してくれる」

 ダーシャは鞄からマジックポーションを取り出して栓を開けた。

「問題なのは私の魔力がもつかどうかだ。やはり飛行魔法は魔力消費が激しい。奴の角が折れるのが先か……私の魔力が尽きるのが先か……」

 ダーシャはポーションを一気に飲み干した。

「クラーケンドラゴンが来る! もう一度やってみよう!」

 ウォリーの合図で再び4人は戦闘態勢に入った。

 先程と同じく、ウォリーが触手の攻撃を引きつけようとする。
 ダーシャは空中に飛び、角を攻撃する隙を窺う。
 しかし、クラーケンドラゴンの攻撃は先程とまるで違っていた。
 ウォリーの方に向かってくる触手はほんの僅か。大半の触手がダーシャを狙っていた。

「何で!? あいつダーシャを優先的に攻撃している!」
「ダーシャ! 1回離れ――」

 ウォリーが言い終わらないうちに上空でダーシャが触手に貫かれた。
 触手の先端がダーシャの腹に風穴を開け、下に居たウォリーに血が降りかかった。
 そのまま彼女は地面に払い落とされる。

「ダーシャあああああ!」

 ウォリーは急いでダーシャの元へ走って行った。
 彼女に触れ、回復マンを使う。
 回復魔法の力で彼女の傷が塞がり、何とか助ける事が出来た。
 しかし、ダーシャの体を抱き起こそうとするウォリーに触手が襲ってくる。
 咄嗟にリリが防壁を作り、2人を守った。

「一旦離れましょう!」

 ウォリーとダーシャはその場から走り、クラーケンドラゴンから距離を取った。

「何で私の方に触手が集中していたんだ!?」
「多分さっき角に攻撃を与えたせいだよ。あの攻撃でダーシャを警戒し始めたんだ!」
「どうしましょう、これじゃあもう角に攻撃を当てられない」

 クラーケンドラゴンから距離は取ったものの、向こうもウォリー達を追ってくる。次の手を考える猶予は殆ど無かった。

「やつの左脚を狙いましょう!」

 焦るウォリー達に、ハナがそう声をかけた。

「前回の戦いであいつの左脚を集中攻撃したの。その傷はまだ残っている筈よ。左脚を攻撃して、怯んだ隙にダーシャが角を狙うの」
「よし、奴はもうすぐそこまで迫ってきている。その作戦で行こう」

 ダーシャは再び翼を出すと、上空に飛び上がった。

「ウォリー! 脚への攻撃は任せたぞ!」

 ダーシャに言われ、ウォリーは頷くとクラーケンドラゴンの元へ走って行った。
 何本かの触手がウォリーを襲う。
 リリはウォリーの後ろに付きながら防壁で触手を防いでいった。

 空中でダーシャは新たにマジックポーションを2本取り出し、飲んだ。

(くそ、マジックポーションで回復できる魔力は僅かだ。魔力消費に追いつかなくなっている……)

 ダーシャは焦りを抱きながらウォリー達が攻撃の道を開いてくれる事を祈った。

 直後、クラーケンドラゴンの体が大きく前のめりに傾いた。明らかに怯んでいる。
 ウォリーの攻撃が標的の左脚に直撃したようだった。
 ダーシャはすぐに角めがけて飛び込んで行った。
 大量の触手がダーシャに迫ってくるが、敵の足元をウォリーが剣で斬りつけるたびに触手の動きが止まった。
 触手を切断しながら、ダーシャは突き進んでいく。
 とうとう角まで辿り着いた彼女は再び黒炎の剣を振り下ろした。
 狙いは1点。最初の攻撃でつけた傷跡だ。
 ガキンと金属がぶつかるような音がしてダーシャの剣が弾かれた。
 剣は角に直撃したものの、未だ折るまでには至っていない。しかし、角の傷は先程よりも大きくなっていた。

「よし、このまま行けば……うわっ」

 気付けばダーシャは触手に囲まれていた。
 慌てて彼女は上方向に飛び、攻撃を回避する。

「連続して角を攻撃するには隙が足りないか……」

 ダーシャは再びクラーケンドラゴンから距離を置き、次のチャンスを待った。
 敵は触手がダーシャに届かないとわかると、今度は足元のウォリー達を攻撃し始めた。
 ウォリーとリリは斬っても斬っても止まない触手の攻撃の中、必死に左脚を狙い続けた。
 ハナも魔法を放ってウォリー達を援護する。
 霧に囲まれた森の中で激しい戦いの音が暫く続いた。





 10分が経過した。

 あの後ダーシャはさらに2発、クラーケンドラゴンの角に攻撃を当てた。
 最初は表面に薄く出来ていただけの角の傷は、亀裂に変わっている。
 角の破壊まであと少しの所まで追い詰めていた。
 しかし、ウォリー達のスタミナもかなり消費されていた。
 止まらない触手の攻撃を受け続け、皆息切れをしていた。

「ああああああ!!!」

 ダーシャが叫んだ。
 魔力を消耗している自分の身体に鞭を打ち、力を振り絞る為だ。
 もう少しで角が折れる。ここで倒れるわけにはいかないとダーシャは全身に力を込めた。
 黒炎の翼を広げ、高く飛び上がる。
 だが、数メートル飛び上がったところで翼が溶けるように消滅した。

「なっ!?」

 ダーシャは慌てて再び黒炎を出そうとする。
 しかしどれだけ絞り出しても、火の粉のような頼りないものしか出てこない。
 直後にダーシャの全身を強烈な疲労感が襲う。

(嘘だ……あともう少しなのに……)

 絶望に包まれながらダーシャは地面へと落下した。
 地面に落下したダーシャは必死に身体を起こそうとする。しかし、力が入らない。視界もぼやけ始めている。
 倒れたダーシャに大量の触手が迫って来る。クラーケンドラゴンから離れようとしても這う力すら出す事が出来ない。
 その時、リリの防壁が現れダーシャを触手から守った。
 ウォリーが駆け寄って行き、ダーシャの身体を背負う。

「ダーシャ! 大丈夫!?」

 ウォリーはダーシャを背負ったまま安全な場所へ移動するために走った。

「魔力切れのようだ……」
「マジックポーションは!?」
「駄目だ……全て使い果たしてしまった……私はここまでだ……」

 逃げるウォリー達の背後から地響きが鳴る。クラーケンドラゴンの足音だ。

「あいつ追ってきます! どうしましょう!」
「ダーシャはもう戦えない。残念だけど、撤退しよう!」

 ウォリーにとって、クラーケンドラゴンを倒す事よりもダーシャの安全確保が重要だった。
 リリは時々防壁を出してクラーケンドラゴンを足止めする。しかし、それでもウォリー達を追い詰めつつあった。

「ウォリー……息切れをしているぞ……」

 ウォリーの背中にぐったりと身を預けながら、ダーシャは言った。
 ウォリーの走る速度が遅くなっている。その原因は自分を背負いながら走っているせいだとダーシャは分かっていた。

「ウォリー、私を置いていけ。このままでは……全員奴の餌食だ……」
「何言ってるんだよ! そんな事出来ない!」
「私を背負いながら逃げ切るのは無理だ……皆の足を引っ張りたくない……頼む……」

 ウォリーは足の力を振り絞り無理に速度を上げた。

「大丈夫だ、必ず、必ず逃げ切るから!」
「ウォリー……私は悔いは無い。君は魔人族の私にも平等に接してくれた……君のような人が居ると知れただけで……この国に来た甲斐があった……私は君に未来を託したい。だから……私をここに置いて行ってくれ……」
「駄目だ! 絶対にダーシャを守る!」

 そう返すウォリーだったが、彼自身もどんどん体力が無くなっていく。
 もうすぐ近くまでクラーケンドラゴンは迫っている。
 ウォリーはがむしゃらに両足を動かした。しかし、その足がもつれて彼は大きく転倒してしまった。

「ウォリーさん!」

 焦ったリリが防壁でクラーケンドラゴンを足止めする。
 触手が防壁を攻撃し、ヒビが入る。
 リリの足止めは長く持ちそうにない。

「早く私を置いていけ……それで皆助かる」

 ダーシャに言われ、ウォリーは唇を噛み締めた。頭を左右に振り、再びダーシャを担ぎ上げようとする。
 しかしウォリーが立ち上がるよりも早く、防壁が砕かれてしまった。
 クラーケンドラゴンが再び歩き出そうとする。
 その時、矢の形をした電撃がクラーケンドラゴンの頭部に連続して撃ち込まれた。

「私が何とか気をそらすわ! だから早く逃げなさい!」

 電撃を撃ち込んだ主、ハナが敵の前に立ちはだかった。
 リリもハナの隣で新たな防壁を作り出そうとしている。

「馬鹿が……お前達も早く逃げろ……」

 虚ろな目をしたダーシャが、呆れたように言った。
 ダーシャの願いと反して誰も彼女の側を離れようとしない。

「絶対に皆無事で、この森を抜け出す!」

 ウォリーが自分に言い聞かせるようにそう叫んだ。
 その時、ウォリーの頭の中で声が聞こえた。


≪お助けスキル『貸出マン』の取得が可能になりました≫
≪貸出マン≫

≪自分の魔力を一時的に他人に貸し与える事が出来る。取得の為に必要なお助けポイント:100000ポイント≫


 ウォリーはすぐにスキルを取得した。
 ダーシャに魔力を与えられれば、魔力切れから助け出すことが出来る。
 ダーシャに触れスキルを発動させると、ダーシャの身体が光り輝き始めた。

「これは……!?」

 ダーシャが驚いて自分の身体を見つめる。
 先程まであった疲労感が徐々に消えて行き、手足が動くようになっていく。
 彼女は自らの足で立ち上がった。
 その姿を見て、側にいたウォリーは安心して表情を緩ませる。

「ウォリー、君がやったのか……?」

 ダーシャは目を丸くしてウォリーを見つめた。

「早く逃げるわよ!」

 ハナが叫んだ。
 彼女には何が起こったのかわからなかったが、とにかくダーシャは回復した。ならば急いでこの場を離れる事が最優先だと判断した。
 敵を足止めするのももう限界に近い。

「いや、戦おう」

 ダーシャがクラーケンドラゴンと向き合って言った。

「何言ってるの!? また魔力切れを起こすわよ!」
「いや、もう少しで奴を倒せるんだ。次で決める」

 ダーシャは追い込まれたせいですてばちになっているのだとハナは思った。しかし、ダーシャは確信していた。今ならクラーケンドラゴンに勝てると。

「どうやったかは知らないがウォリーが私に魔力を与えてくれた。普段の私ではあり得ない量の魔力を感じる……すさまじい魔力量だ。力がみなぎっている。今なら、最高出力で戦える」

 ダーシャは落ち着いた目で仲間達を見つめる。
 ハナはそれ以上何も言わなかった。ウォリーとリリも、ダーシャに頷き返す。
 ダーシャの姿を見て、彼女が決して強がりを言っているのではないと伝わった。

「もう一度戦おう。次が最後のチャンスだ」

 ウォリー達は再び戦闘態勢に入った。
 戦法は変わらない。ウォリーとリリとハナで触手を引きつけ、ダーシャが角を狙う。
 ダーシャは大きく深呼吸すると、黒炎を発動させた。
 彼女の背中に炎の翼が出現し、高く飛び上がる。だが、その姿は以前の彼女とは大きく違っていた。
 翼の大きさが倍以上大きくなっている。
 ウォリーの膨大な魔力を受けたダーシャは、底知れぬ力を出せるようになっていた。
 強力な魔力に反応しているのか、彼女の角と目が光を放っている。
 ダーシャはさらに黒炎を操り剣を作り出す。
 それは5メートル近い長さの巨大な剣だった。

「魔王……?」

 ウォリーは思わずそう呟いてしまった。
 いつだったか、彼が歴史に関する本を読んだ時の事。
 そこに1枚の挿絵が載せられていた。
 かつて人間と魔国が争っていた時、戦場に現れた魔王の姿を再現した絵だった。
 その絵と、今のダーシャの姿が似ているように感じられた。

 クラーケンドラゴンが触手を一斉にダーシャに向けて伸ばした。
 ダーシャは素早く剣を一振りする。
 その一振りで、全ての触手を切断してしまった。

「はあああああああ!!!!」

 雄叫びと共にダーシャはガラ空きになった頭部へ突っ込んでいく。
 巨大な黒炎の剣を天高く掲げると、相手の角めがけて思い切り振り下ろした。






――2時間後


 ギルドには冒険者達が集まっていた。
 彼らは何かギルドに用事があって来ているのではない。
 ただ、ウォリー達の帰還を待っていた。
 皆、ウォリー達とは面識のない冒険者ばかりであったが、それでも試験の結果がどうなるのかいち早く知りたがっていた。
 もしウォリー達が試験を達成する事が出来れば、このギルドに新たなAランクパーティーが誕生する事になる。
 Aランクに上がる冒険者はそう多くはない。皆、その瞬間を見届けようとギルドに集まっていた。
 ウォリー達の帰りを待つ人集りの中に、ミリアの姿があった。
 彼女は周りに居る冒険者とは違い、Aランクパーティの誕生など期待してはいない。
 そして彼女は確信していた。ウォリー達は試験に失敗すると。

(ウォリーは最後まで気付かなかった。私がハナという駒を潜り込ませているという事に)

 ミリアは心の中で呟き、笑みを浮かべる。

(ウォリー、こうなったのはお前のお人好しな性格のせいだ。自分の追放に賛成していた相手なのにも関わらず、ハナをパーティに迎え入れてしまった。人助けをしたせいでパーティから追放されたお前は、人助けをしたせいで試験に失敗するんだ)

 ミリアが1人ニタニタと笑っていると、ギルドの外が騒がしくなった。

「帰ってきたぞ! ウォリー達だ!」

 そんな声が聞こえてくる。

(ほう……命は失わずに済んだか)

 そう思いながらミリアはギルドの入り口を見つめた。
 今、彼女が思い描いているのは、クラーケンドラゴンに敗北しボロボロになって戻ってくるウォリーの姿。
 その想像が現実になるだろうと信じて、ギルドに彼らがやってくるのを待った。
 入り口の扉が開かれ、4人の男女が入ってくる。
 ウォリーのパーティ、ポセイドンだ。
 しかしその姿は、ミリアが想像していたものとはまるで違っていた。
 ウォリー達は台車をギルドの中に運び込む。
 台車の上に乗っているものを見て、ギルドに集まっていた冒険者達は歓声をあげた。
 ただ1人、ミリアだけが言葉を失っていた。

 台車の上には、クラーケンドラゴンの首が乗せられている。
 台車に乗せられた首。
 それが意味するのはウォリー達がクラーケンドラゴンを討伐したという事、そして彼らがAランクに昇格した事を意味する。
 ギルドの冒険者達は興奮してウォリー達を祝福した。

「ハナァ!!」

 ギルドに怒声が響く。
 先程までざわついていたギルド内が一瞬で静まり返った。
 声をあげたのはミリア。
 彼女は怒りの表情でずかずかとハナの前に寄って行く。

「これはどういう事?」

 ミリアがハナを睨みつけるが、ハナは動じず涼しい顔をしていた。

「ああミリア、ちょうど良かった。あんたに返すものがあったの」

 ハナはそう言ってバッグから小瓶を取り出し、ミリアの足元にばら撒いた。
 それはミリアが用意した睡眠薬。ダーシャのポーションに仕込んだはずの薬だった。ミリアがハナに渡した分きっちりの数の瓶が床に散らばっている。
 それを見てミリアの表情がより険しくなった。顔を真っ赤にして、怒りで拳を震わせはじめる。

「なんでこれが……お前っ……仕込まなかったのかハナァ!!」
「ええ」

 ミリアが怒鳴りつけてもハナは全く引く様子がない。当然と言わんばかりの態度でミリアを睨み返している。

「何を考えてる! お前はレビヤタンに戻れなかったら妹の治療費が払えないはずだろ! マロンがどうなってもいいのか!?」
「無駄だよ、ミリア」

 ウォリーが声をかけた。
 状況がわからないミリアは息を荒げてウォリーを睨んだ。

「僕達は既に全部知っていたんだ。この試験を受ける前から……君がハナとつながっていた事も。全てハナが正直に話してくれた」
「何だと?」
「ハナの妹……マロンの病気はもう治ってる。ハナが君に従う理由はもう無いんだ」

 ウォリーの言葉を聞き、ミリアは凍りついたように固まった。先程までの勢いが消え、唇を小刻みに動かしている。

「馬鹿な……そんなわけ……あの病気はどの医者にも治せなかったはず……」

 ミリアはマロンの病気については念入りに調査をしていた。だからこそ利用できると思っていた。それだけに、マロンが治ったというウォリーの言葉はとても受け入れられるものではなかった。






――5日前


「じゃあ、マロンは治せないの?」
「今すぐには出来ない。でも、そのアイテムが手に入りさえすればいいんだ。可能性はある。それを探し出す時間が必要なんだ。だから、マロンを助けられるのはAランク試験の後になると思う」

 先程『調合マン』を取得したばかりのウォリーにハナは期待を寄せていたが、材料が足りないとわかりがっくりと肩を落とした。

「わかったわ。でもマロンの病気は重い……あまり時間は残されていないわ……」

 俯きながらそう呟くハナ。
 その姿を見てウォリーの気持ちも沈んでいく。
 その時、ウォリーはふとある事を思い出した。

「まって、ハナ! もしかしてあの時の花はまだ持ってる!?」
「花……?」
「青龍花だよ! 前に僕がレビヤタンだった頃、森の奥で見つけたでしょ? たしかあの時ミリアが手に入れて、それをハナに渡したはず」
「足りない調合の材料って……もしかして……」
「そう、青龍花だよ。あの花があれば薬が作れるんだ!」

 ハナはその言葉を聞いてすぐ、家の奥の方へ走って行った。そして、戻ってきた時には手に大きめの瓶を持っていた。
 瓶の中には青い色の花が保存されている。
 青龍花だった。

「あの後この花を持ち帰って、もしかしたらマロンの治療に使えるかもって思ったの。それで色々な調合師の所をまわったんだけど、どこへ行っても取り扱いが難しいから調合出来ないと断られてしまって……」

 ハナの手にある青龍花を見て、ウォリーの表情に希望が差し込み始めた。

「ありがとうハナ、これ以外の材料は入手難易度はそう高くない。これで薬が作れるよ!」
「わかった! じゃあ他の材料を集めてくるわ!」

 ハナは材料を書き留めた紙を握りしめて、家を飛び出して行った。
 それから暫く経って、ハナが材料を買って戻ってくる。ウォリーはそれをテーブルにひとつひとつ置いていった。
 最後に青龍花を置き、全ての材料が並べられる。

「ウォリー、大丈夫なの?」

 テーブルの材料と向き合うウォリーを、ハナが不安そうに見つめる。

「青龍花の調合は失敗する確率が高いって、どこの調合師を訪ねてもそう言われたわ」
「今は信じるしかない。自分のスキルを……」

 今ある青龍花はひとつだけ。
 これに失敗すれば新しく材料を調達するのは困難になってしまう。
 ウォリーは目を閉じて、心の中で祈った。

(助けて、お助けマン……)






――現在


「マロンの病気が治っただなんて……そんな事あるわけ……」

 ミリアは困惑しながらウォリーを睨み続けている。

「これが現実よ、ミリア!」

 そう言うハナの強気な態度は、ミリアから見てもハッタリとは思えなかった。
 マロンが治ったと嫌でも信じるしかなかった。

「私はもうあんたの駒じゃない! 今の私は……ポセイドンのメンバー。ウォリー達の仲間よ!」

 ハナはそう宣言すると、周囲に群がっているギルドの冒険者達を見回して言った。

「皆さん、聞いてください! 私、ハナは……ここにいるミリアに脅されていました。ここに散らばっている睡眠薬を仲間のポーションに混ぜて、試験を妨害するように指示されていたんです!」

 ハナの告白にギルド内がざわつき始める。

「ミリアが? まさか……」
「マジかよ……」

 疑惑の視線を向けてくる冒険者達を見て、ミリアは慌てだした。

「いや、いやいや! 皆信じないでよ! こいつが言ってるのはデタラメだよ! 私を陥れようとしてるんだ!」

 ミリアはハナをまっすぐと指差して叫ぶ。

「今さら見苦しいわよミリア!」
「うるさい! 私は何も知らないね! 知らないったら知らない!」

 睨み合うハナとミリア。
 周りの冒険者達は混乱した様子で2人を眺めている。

「ちょっといいかな」
「ああ!? 今取り込み中だ! 部外者は引っ込んで――」

 ミリアはそこまで言って言葉を途切らせた。
 彼女の背後から声をかけた男。それはギルドのトップだった。

「ああ、ギルド長。聞いてくださいよ、ハナが私にいちゃもんをつけるんですよ、試験を妨害したとか何とか……」
「ああ、全部見ていたよ。だが私はハナ君の言い分の方が信憑性があると思うがね」
「は!? 何を仰るんです!」

 ギルド長は床に落ちた小瓶をひとつ拾い上げると、それをミリアに突きつけた。

「君はハナ君が床に投げ捨てたこの小瓶を見て明らかに動揺していた。この場に居る冒険者達はハナ君から説明があるまで瓶の中身が何なのか分からなかったが、君だけは真っ先に反応していた」
「う、それは……」

 先程まで顔を赤くして怒り狂っていたミリアの顔が一気に青ざめる。 

「さらに君はその後こう言った、”仕込まなかったのか“と……」

 ミリアはそれを言われて初めてハナの策略にはまっていた事に気がついた。
 ハナはあえて瓶を床にばらまいてミリアに見せつけたのだ。ポーションに仕込んだはずの薬を晒す事でミリアを逆上させ、平常心を奪って失言を引き出した。
 ギルド長の言葉を聞き、冒険者達の空気は一変した。

「ミリア、お前そんな奴だったのか!」
「ひでえ事しやがる!」

 批判的な視線が一気にミリアに集中する。冒険者達は口々に彼女を責め始めた。

「お前なんかに冒険者の資格はねえ! 出て行け!」
「そうだ! ギルド追放処分にしろ!」

 立場が弱くなったミリアは思わずスキルを発動させた。
 チェス名人。戦況を予測し最善の手を導き出す能力。
 しかし今はどれだけ頭を働かせてもこの状況から抜け出す道は見えてこない。
 完全に“詰み”だった。

 ミリアは自分を囲む冒険者達をぐるっと見回す。
 自分を非難する目、目、目……
 その中にひとつだけ異質な視線がある。
 ウォリーだった。
 彼は今にも泣きそうな、悲しい目でミリアを見つめている。

(こいつ、私を哀れんでいる……)

 その瞬間、ミリアのプライドはズタズタに引き裂かれた。

「あああああああああ!!!」

 ミリアは絶叫し、頭を掻きむしった。
 突然の事に周囲で非難を浴びせていた冒険者達は思わず黙ってしまう。
 ミリアにとって、最も負けたくない相手……そのウォリーから哀れまれるという事はこの上ない屈辱だった。

「ああわかったよ! 出てけばいいんだろ! 出てってやるよ!!」

 そう怒鳴ってミリアはギルドの扉に手をかけた。

「お前ら全員死ね!!」

 ミリアはギルドから一歩外に出るとそう吐き捨て、壊さんばかりの勢いで扉を叩き閉めた。