「ミリア!!」

 勢いよく酒場の扉が開かれた。
 間を置かずにダーシャとリリが入ってくる。
 2人は怒りが込められた目で店内を見回した。その視線はやがて1箇所に止まる。
 レビヤタンのメンバー、ハナ、ゲリー、そしてミリアがテーブルを囲っていた。
 ダーシャ達はズカズカと大振りの歩みで3人に近づいて行く。

「おや〜、ウォリー君のお友達じゃありませんかぁ〜!」

 ミリアは両手を広げて笑顔で言い放った。

「どうしたの? あれ、今日はウォリーは?」

 その問いにダーシャ達が答える事は無かった。ミリアのすぐ隣に立ち、彼女を睨みつける。

「ウォリーを追放したのはお前だと言うのは本当か?」
「はぁ〜?」

 ミリアは答える代わりに鼻で笑った。
 ダーシャが勢いよくテーブルを叩いた。並べられていた食器がガシャンと一斉に音を立てる。

「答えろ! ウォリーはお前の事を慕っていた。それなのに裏切られた彼の気持ちがわかるか!」
「ちょっと、ちょっとちょっと〜、なになに何なのよ。追放? 裏切った? はて私には何の事だか……」

 ミリアは笑顔を絶やす事なく肩をすくめた。

「ねえ、何なのあんた達。いきなり入ってきて変な言いがかりつけて……」

 ハナがテーブルに肘をつきながら迷惑そうに言った。
 だがダーシャ達はそれを無視してミリアだけを睨み続ける。

「ジャックを見殺しにしたそうだな?」

 ダーシャが言うとハナは驚いてミリアの方を見た。どうやらハナはこの事実を知らないようだった。

「いやいや、何を言ってるのかな? ジャックの事は本当に心痛く思ってるんだよ。私も一生懸命手を尽くしたけど、思っていた以上に傷が深くてね〜」
「高級ポーションで治せると言っていただろう。ウォリーは彼を助けようとしていた。お前を信じてウォリーは彼の治癒を託したんだ」
「さぁ? 何の事だか……私は知りましぇんね〜」

 そう言ってミリアは笑うと、手元の酒を一口飲んだ。

「いい加減にしてください!ウォリーさんはあの日からずっと落ち込んでいるんですよ!?」

 リリもたまらなくなってミリアを怒鳴りつけた。

「この事はギルドに報告してやるからな。お前のやった事はジャックを殺したも同じ事だ。だが、その前にウォリーに謝れ。彼の前で手をついて謝罪しろ!」

 ダーシャがそう言ってもミリアは余裕の表情を見せている。
 皿の中のナッツを数個取ると、それを口に放り投げて愉快そうにポリポリと食べ始めた。

「ん、どーぞ」
「何?」
「ギルドに言いたいなら言えばいいよ。でもジャックを殺したのは私じゃない。彼を殺したのはクラーケンドラゴンさ。私は彼に傷ひとつつけてないんだよ?」
「そんなのは屁理屈だ」
「仮にだよ、百歩譲って君の言ってる事が事実だったとしよう。私がジャックを意図的に回復しなかったとしても罪にはならないよ」

 ミリアは立ち上がり、ダーシャの目の前に不敵な笑みを近づけた。

「モンスターの攻撃を受けたのはジャック自身のミスだ。それを助けるかどうかは現場にいる人間が判断する事さ。よく言うでしょ? 溺れている人を見ても助けるなって。パニックになった人に掴まれて自分も一緒に溺れる危険がある。助ける事がいつも正しいとは限らないんだよ」
「だが、あの時はジャックを助ける余裕が十分あった筈だ! ウォリーならば彼を……」
「だからさぁ〜、それは君が勝手に言ってる事でしょ〜?」
「貴様ぁ!」

 怒りが頂点に達したダーシャがミリアに殴りかかった。
 しかしミリアは飛んできた拳をひょいとかわすと、逆にダーシャのみぞおちに拳を打ち込んだ。

「かぁっ……はっ……」

 ダーシャニが胸を押さえてその場にうずくまった。

「そんな鈍いパンチで私が倒せるか、おらっ! おらっ!」

 ミリアは笑いながら足元にあるダーシャの頭を何度も踏みつけた。

「やめてぇ!」

 リリがすぐに防壁を出してダーシャを守る。
 ダーシャを抱きかかえると頭からポタポタと血が滴り落ちた。

「何てことするんですか!」
「何てことするんですか!」

 ミリアはリリの言葉をオウム返ししてみせる。

「先に手を出してきたのはそっちでしょ〜」

 ミリアは笑いながら再び席について酒を飲み始めた。

「おい、あんたら店で揉め事を起こすんじゃない!」

 騒ぎに駆けつけた店員がダーシャ達を外に追い出そうとする。
 ダーシャは額を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「私は魔人族だ。この国に来て周りから不気味がられたり、侮辱するような態度を取られた事は何度もある……」

 ダーシャは息を荒げながら、ミリアを睨む。隣では彼女が倒れないようにリリが支えていた。

「だが今日ほどの屈辱を感じたのは初めてだ! お前は私の仲間を裏切り、傷つけた! これ以上悔しい事は無い!」
「おい、さっさと出て行ってくれ!」

 店員がダーシャを店の外に押し出そうとするが、その手をダーシャは払いのけた。

「お前にはいつか必ず報いを受けさせてやる! 覚悟しておけ!」

 そう言い放つと、ダーシャ達は店を去っていった。

 店内はしばらく静まりかえっていたが、だんだんと元の活気が戻ってくる。
 ミリアも何事もなかったかのように酒を飲み始めた。
 その中でハナだけは、真剣な顔つきでミリアを見つめていた。