人助けをしたらパーティを追放された男は、人助けをして成り上がる。

 蒼白の顔で硬直するウォリー達とは対照的に、ベルティーナはいかにも上機嫌な足取りで3人の前に着席した。
 彼女は机に頬杖をついて、見下すような視線を目の前の3人に送る。

「まったく、悪い子ちゃん達だねぇ〜」

 手元の書類に視線を移し、彼女は語りはじめた。

「ディーノ氏の報告によればぁ〜? ウォリー、ダーシャ、リリの3名は金庫室の警備を任されていながら、侵入者が金庫の中身を持ち去るのを許し、その後ディーノ氏に報告もせずその場で談笑をしていた。状況から見て侵入者の犯行を阻止しようとした形跡無し」

 彼女はそこまで語って、目を見開いてわざとらしく驚いた素ぶりをしてみせた。

「うわぁ〜、これは酷い職務放棄じゃ〜ん!」

 ウォリー達は歯を食いしばった。彼女の言った事は紛れも無い事実だ。自分達が確かにやったという記憶がはっきりと残っていた。

「待ってください」

 ウォリーが声をあげた。

「確かにディーノさんのその報告の通りです。しかし、あの時の僕達は正常ではありませんでした。何らかの魔術にかけられていたとしか……」
「魔術? どんな魔術よ」
「わかりません。ただ、気分が常に楽しくなっていて、目の前に泥棒が居ても許してしまう。そんな風に人を狂わせてしまうような何かが僕らに働いたのかと……」

 そこまでウォリーが言うと、彼女は大欠伸をした。

「はぁ〜、そんな曖昧な事言われてもわかんないしぃ〜。てか、あんたらが元から異常だったってだけなんじゃね?」
「ふざけるな!こっちは真剣に……」

 ベルティーナの態度にダーシャが怒りの声をあげた。

「じゃあさ〜。魔術をかけられたって言うならもっと詳細に話してよ。かけた相手はどんな詠唱をしたとか、魔術の射程範囲はどのくらいだったとか、いろいろあるじゃん?」
「そこまでは……わからない」
「わからないぃ〜? 何もわからない癖に魔術だって決めつけてんの?ウケる〜!」

 手を叩いて笑うベルティーナを、ただただダーシャは睨みつけていた。

「僕達が狂ってしまった時、金庫室には僕ら以外誰も居ませんでした。だから魔術をかけられた瞬間を誰も見ていないんです」

 ウォリーのその言葉にベルティーナの笑い声は一層大きくなった。

「はぁ〜? 部屋に入って来ても無いのにどうやって魔術をかけんだよ!あんたらマジやばくね〜!?」

 どうやらウォリー達の言葉をまともに信じる気が無いようだった。むしろ有罪であって欲しいというのが彼女の本心だろう。厄介な相手に遭遇してしまったと、3人は改めて思い知る。

「ふふん、あんた達やっべえよ。多分このまま行けばギルド追放だね〜」
「なっ!? それはいくらなんでも罰が重すぎだろ!仲間殺しをやった訳じゃあるまいし」

 堪らずダーシャがテーブルを叩いて立ち上がった。

「おすわり!」

 ベルティーナが彼女を怒鳴りつける。

「ダシャっち〜、まだ自分達のやった事の重大さがわかってないみたいね〜。ディーノといえばこの街の大富豪にしてうちのギルドに多額の出資をしてる人物なの。そのディーノ相手に粗相をしたって事は、ギルド全体に損害を与えるって事なワケ。お、わ、か、りぃ〜?」
「だからって追放なんて……」
「じゃあ何? 盗まれた財宝分の金額をダシャっちが弁償してくれるとでも言うワケ〜? あんたが一生働いても稼げる額じゃないんですケド〜」
「貴様! さっきから言わせておけば! おい、担当を代われ! お前じゃ話にならん!」

 ダーシャが今にも飛びかかりそうな勢いでベルティーナを怒鳴った。

「はぁ? なんなんその態度。ここで話した事は全部上に報告する事になってっから、私への態度はそのまま上の評価に影響するよ〜?」
「くっ……」

 ダーシャは彼女を睨みつけながらゆっくりと腰をおろした。

「んじゃっ! 犯人特定の為に侵入者の容姿についての聴き取りを行いま〜す」

 ダーシャを黙らせた事でさらに上機嫌になった様子で、ベルティーナは手元の書類にペンを走らせた。
 その後、彼女の尋問は1時間近く続けられた。






「はぁ……」

 ダーシャはもう今日何度目かもわからない溜息をついた。
ベルティーナから解放され、自宅への帰路を3人は弱々しい足取りで歩いている。

「本当に、私達追放されちゃうんでしょうか……」

 リリが言うが、ウォリーもダーシャも押し黙ったままだった。
 今の段階では何とも言えないが、ベルティーナの様子からして追放の可能性は高い方だろう。ギルドからは明日また来るようにと言われている。今日のベルティーナの報告がギルド上層部へ行き、明日にはウォリー達の処分が言い渡されるそうだ。

 暗い気持ちのまま自分達の家へ到着し、ウォリーが玄関を開ける。
 すると、ブレイブがものすごい勢いで飛び出して来た。尻尾を千切れるかというくらいに振り回しながら、リリに飛びついた。

「きゃあ! もう……こんなに喜んで」

 リリが笑みを浮かべてブレイブを撫でた。その様子に、落ち込んでいたウォリー達の表情も少し明るくなる。

「今日のブレイブはやけに興奮してるね」

 見ればブレイブは3人の前で腹を上に向けて転がってみたり、同じ所でぐるぐると回転したり、家の中へ走り去ったかと思えばまた戻って来たりと、落ち着き無く動き回っている。
 いつもウォリー達が帰宅すると喜んで出迎えてくれてはいるが、ここまで興奮しているのは珍しかった。

「もしかして僕達が落ち込んでるのを察して、元気付けようとしてくれてるのかな?」

 ウォリーは呟くと、ブレイブの頭をそっと撫でた。
「ポセイドンのメンバー、ウォリー、ダーシャ、リリ。以上この3名をギルド追放処分とする」

 ベルティーナから尋問を受けた翌日、再びギルドを訪れたウォリー達はそう告げられた。
 3人は黙ったまま俯いている。誰も反論をしようとする者は居ない。昨日の時点で、こうなる事を3人とも腹のどこかで覚悟していた。
 それよりも気になるのは2日前の事。どうして自分達があんな行動を取ってしまったのか、どこでミスをしたのか。
 あの日の事を何度も何度も頭の中で繰り返し考えていた。

「ギルドカードの返却をお願いします」

 ギルド職員に言われ、3人は黙ってギルドカードを取り出した。
 それを職員に差し出す前に、ウォリーは自分のカードをじっと見つめた。
 思えばこのカードを手にしてから色々な事があった。レビヤタンのパーティに入り、難しい依頼をどんどんこなしてついにAランクまで登っていった。Sランク目前という所で、レビヤタンを追放され、新しいスキルと仲間に出会った。
 その新しいパーティでBランクに上がり、次はAランクを目指そうという時に再び追放とは……
 カードを見つめながら色々な思いが巡って来る。
 ウォリーは一度大きく深呼吸をし、職員にカードを差し出した。






 正式にギルド追放となり、そのまま自宅に帰って来た3人はリビングでテーブルを囲んでいた。

「これからどうしましょうか」

 リリが言うと、その場の空気はさらに重くなった。
 ギルドから追放されたからといって、冒険者が出来なくなるわけではない。しかし、追放を機に解散するパーティは少なくなかった。
 追放された後も冒険者を続けていく為には、別の街に移り住み、新しいギルドに登録する必要がある。しかし、パーティメンバーの全員が同じ選択をするとは限らない。
 今の街を離れたがらず、パーティを抜けてその場に留まる者も居る。あるいは追放され自信を無くし冒険者を引退する者も。追放時に組んでいたパーティに縁起の悪さを感じ、冒険者を続けるにしてもパーティは抜けて行く者もいる。

「僕は冒険者を続けて行こうと思う」

 先に自分の答えを述べたのはウォリーだった。

「この街は離れる事になるけどね。せっかく新しい家を借りたのに、すぐ出る事になっちゃったのは寂しいけど……」

 そう言って彼は部屋をぐるっと見回した。

「ウォリー……」

 今度はダーシャが口を開いた。

「私は君とパーティを組む時、こう言った筈だ。君と組むのは本当は嫌だと。君が無理矢理組ませようとしたから仕方なく組んだのだと……」

 ウォリーはそんな事もあったなと、苦笑いをした。だが、ダーシャは真剣な顔で続ける。

「ずっと1人で冒険者をして来た。それで良いと思っていた。差別を受けている私のせいで仲間に迷惑をかけるくらいなら、1人で居る方がずっと楽だ」

 ダーシャが、そっとウォリーの手を握った。彼女の目から涙が筋を作って落ちる。

「だが今は違う。君達とここで一緒に過ごす時間は、とても暖かくて……楽しくて……私はもう、これを失いたくない。1人になりたくない。だから、君について行かせてくれ」

 重ねられた2人の手に、リリも手を伸ばした。

「私も同じです。ダーシャさんと、ウォリーさんと、離れたくない。私が冒険者になって、私の事を受け入れてくれた……初めての仲間なんです。私も2人に、ついていきます」

 2人の言葉を聞いて、ウォリーも泣いた。ギルドを追放されてパーティまで解散するのではないかという思いが、彼の心の隅には有った。また1人に戻るかもしれない事が、怖かった。
 3人はしばらく、手を握り合ったまま泣いていた。



「あ……」

 ふと、リリが部屋の隅に視線をやる。彼女の目が、小さな布のような物を捉えた。
 リリは立ち上がりそれを手に取る。

「これ、私のハンカチ」

 彼女のハンカチは、なぜかリビングの隅の床に放り出されていた。

「ブレイブが勝手に持ち出したんですね。もう、悪戯っ子なんだから……」

 ウォリーは黙って彼女の手の中のハンカチをじっと見つめた。

「リリ、そのハンカチ見せてくれる?」

 言われたリリは不思議そうにしながらもハンカチを彼に手渡した。
 ハンカチを手に取ったウォリーはそれを顔に近づけると、臭いを嗅ぎ始めた。

「な、何をしているんだ?ウォリー……」

 その奇怪な行動に、横でダーシャが顔を引きつらせている。
 しかしウォリーは深刻な表情をしたまま黙り込んでいた。
 妙な物を見るようにダーシャとリリが彼を見つめていると、やがて彼は頭を抱えて呟いた。

「やられた……」

 ウォリーは顔を上げると、ダーシャ達を見た。彼の目からは先程までの弱々しさが消えていた。何かの迷いを断ち切ったような、決意に溢れた意思がその目から感じられた。

「この街を去る前にやるべき事がある。僕達の手で、怪盗キングを捕まえるんだ」






「お前らの顔など見たくは無いわ! とっとと失せろ!」

 ディーノは目の前でひれ伏す3人にそう言い放った。
 それはウォリー達がギルドを追放された翌日の事。彼らは再びディーノの前に出向いて謝罪をしていた。

「ディーノさん。この前の事は本当に申し訳ありませんでした。僕達はギルドを追放されました。しかし、このままでは僕達の気が収まりません。なにか、お詫びをさせてください」

 ウォリーは怒りに震えるディーノの前で頭を下げたまま、言った。

「そんなもんはいらん! 今すぐ俺の前から消えろ!」
「そう言わずに何とかお願いします! 屋敷の掃除でも、仕事の手伝いでも、何でもやります。もちろん賃金はいりません」

 ディーノは何度も3人を怒鳴りつけたが、ウォリーはしつこく食い下がった。

「お前らの手など必要無いわ!今は盗まれた財宝を見つけ出すのでそれどころじゃないというのに……」
「もちろん、それについても僕達も力を尽くすつもりです。怪盗キングは僕達で見つけだします。それまでは、この街を去りません。奴を見つけ次第、真っ先にあなたにご報告致します」

 ディーノはイライラとした様子で顔を歪ませる。さっさと目の前の奴らを追い払いたい。そのような気が伝わってきた。
 その時、ウォリーがポンと手を叩いて顔を上げた。

「そうだ! そういえばこの屋敷の食糧庫にネズミが住み着いて困っていると聞きました。手始めにそのネズミの駆除を、私達にお任せください!」
「今はネズミなんぞどうでもいい。泥棒の事で手一杯なんでな」
「そう言わずにお願いします! 何かしらやらないと僕達の気が済まないのです!」

 ディーノは面倒臭そうに使用人を呼び寄せた。

「こいつらを食糧庫に案内してやれ」

 それだけ命じると、ディーノのはその場を立ち去って行った。
「ディーノ様、あの冒険者達が再びお会いしたいと……」

 自室の机に向かっていたディーノに、使用人はそう声をかける。その瞬間、ディーノの眉間に皺が寄った。
 あの冒険者というのはウォリー達の事だろう。もう顔も見たくない連中だ。

「会う気は無い。ネズミ駆除が終わったならとっとと出て行って貰え」

 使用人の方に目を向ける事もせず、ディーノは答えた。大方、ネズミを捕まえたから次の仕事を与えてくれとでも言いに来るつもりだったのだろう。これ以上ウォリー達に付き合うのはうんざりだった。
 しかし、彼にとって予想外の事が使用人の口から告げられる。

「それが、盗まれた財宝を見つけたとの事で……」

 その時初めてディーノは顔を上げた。
 使用人の目をじっと見つめる。

「なんだと?」






 ディーノの部屋に通されたウォリーの肩には、何故かネズミがちょこんと乗っていた。

「うわ! 何だそれは! 汚いな!」

 自分の部屋にネズミを持ち込まれれて、ディーノが不快そうな声をあげる。

「すみません。食糧庫のネズミを捕まえましたので、こうしてお見せしている次第です」

 ウォリーは爽やかな笑顔を作り答えた。

「なぜそのネズミは逃げない?」
「僕はテイマーに似たスキルを持っています。その能力で、この子を従える事が出来ました」

 実際にはこのネズミを捕まえるのにウォリー達はかなり手こずった。物陰から物陰へ素早く移動する相手を捉えるのは容易では無い。おまけに知能が高く、トラップの類は全て看破されてしまった。
ウォリー達はまずリリの能力で食糧庫の四方を防壁で取り囲んだ。壁の穴や扉の隙間から逃げ出さないようにする為だ。
 ダーシャとウォリーはその中を必死で走り回ってネズミを追い込み、リリの近くまで来た所で彼女のバリアジェイルによって捕獲した。
 その後調教マンを使い、何とかネズミを従える事に成功した。

「言っておくがな、ネズミ1匹捕まえた所で何の助けにもならん。今私が求めているのは、盗まれた財宝を取り戻す事だ」

 厳しく言い放つディーノだが、ウォリーは自信ありげに背筋を伸ばしている。

「はい。その財宝、つい先程見つけ出しました」

 ディーノは思わず失笑した。

「お前達は先程まで食糧庫に居たはずだ。それなのに、どうやって財宝を見つけたと言うんだ」

 嘲笑うかのような表情をウォリーに向けていたディーノだったが、ウォリーが差し出した手の中にある物を見て彼の表情は一変した。

「まずはこちらをお返しします」

 彼の掌の上に、古びたコインが置かれている。それは紛れもなくディーノが金庫に保管していた古代のコインだった。

「こ、これが……どうしてここに?」
「他の財宝の在り処も見当がついています」

 ウォリーは困惑するディーノを見つめて言った。

「案内して頂けますか? ペリーさんの部屋まで」



 ペリーの部屋は地上1階に有った。ディーノがノックすると、だるそうな表情を浮かべたペリーが扉の隙間から顔を覗かせる。
 ディーノの他にウォリー達も揃っている事に気づくと、彼は怪訝な顔をした。

「何でこいつらがここに」

 そのペリーの問いにディーノが答えるよりも前に、ウォリーが語り始めた。

「あの日、金庫室を警備していた僕達の他に屋敷の周辺にも見張りが居ました。しかし、僕達以外の誰も怪盗キングの姿を目撃していない」

 何が言いたのかわからずペリーが首を傾げた。ウォリーは続けて語る。

「金庫室に予告状を置くのも、外の見張りに気付かれずに金庫室へ入るのも、屋敷の内部の人間なら可能です。屋敷の中を自由に動ける彼なら」
「なんだお前! 俺を犯人扱いするのつもりか!?」

 ペリーが顔を真っ赤にしてウォリーに掴みかかった。だが、ウォリーは淡々と語り続ける。

「あの時の僕達は明らかに正常ではありませんでした。後から気が付きました。あの時あなたに幻惑剤を飲まされていた事に」
「幻惑剤?」

 幻惑剤とはイマジンマッシュルームというキノコから作られる薬だ。飲めば気分が高揚し、楽観的になって正常な判断が出来なくなってしまう。

「お前いい加減にしろよ、泥棒に入られたのはお前らの怠慢だろうが! 俺に罪をなすりつけるつもりか!」

 ディーノはその様子を見て困惑していた。確かにウォリー達の言い分はとんでもない事だ。しかし、彼らが盗まれたはずのコインを見つけ出した事も事実であった。信じるべきかどうか、判断に迷っていた。

「教えてくれたのはブレイブなんです」
「あぁ? ブレイブぅ?」
「うちで飼っている犬です。僕達がこの屋敷を出た翌日、ブレイブは妙に興奮していました。その時は大きな疑問は抱きませんでしたが、その後、ブレイブはリリのハンカチを咥えて持ち去っていた事が分かったんです。そう言えばあの時ダーシャが自分の服に紅茶をこぼしてしまい、それをリリがハンカチで拭いていました……」

 突然犬の話をされ訳がわからずペリーの苛立ちは増していった。顔を真っ赤にし、歯をくいしばってウォリーを睨みつけている。

「幻惑剤は紅茶の中に仕込まれていたんです。その紅茶が染み込んだハンカチを咥えたせいでブレイブは興奮状態になってしまった。そして、その紅茶を運んできたのはあなたですよ、ペリーさん」
「デタラメ言うな! そんな証拠がどこにある!」

 ペリーは鼻と鼻がぶつかりそうな距離までウォリーに顔を近づけ、怒鳴った。だがウォリーは動じる事なく冷たい視線をペリーに送っている。

「では、あなたの部屋を調べさせてください。僕の考えではそこに盗品があるはずです」

 そこで、ペリーの身体が少し退いた。怒りの表情のまま、視線をあちこちに移し、何かを考えている。

「断る! お前らに部屋を見せる筋合いは無い。プライバシーの侵害だ」
「ご安心ください。何も部屋中ひっくり返そうなんて思っていません。一箇所だけ見せて貰えればいいですから」

 そう言うとウォリーはペリーを突き放して、部屋の入り口へ向かって歩いて行った。

「おい待て! 何を勝手に……」
「あれをもう一枚持ってきてくれる?」

 ペリーを無視してウォリーは肩に留まっているネズミに語りかけた。ネズミはぴょんと地面へ着地するとペリーの部屋へ駆け込んで行った。

「なっ!? ネズミが!」

 ネズミがペリーの本棚の裏に入り込む。ウォリーはそれを確認すると、ディーノの方に身体を向けた。

「ディーノさん、ネズミの駆除を志願したのはあの子を味方につけたかったからなんです。あのネズミはずっとこの屋敷に住み着いて食糧を盗み続けている、言わばプロの泥棒です。あの子ならこの屋敷の事を熟知しているのではないかと思っていました。私はあの子を従えてすぐ、ペリーさんの部屋に入ってある物を探し出して来るように命じたんです」

 やがてネズミがペリーの部屋から飛び出して来た。ネズミはウォリーの服をよじ登って、再び彼の肩に乗った。

「あっ!」

 そのネズミの口元を見てディーノが声をあげた。ネズミの口には、盗まれた古いコインが咥えられていた。

「最初にディーノさんにお渡した1枚目も、この子がペリーさんの部屋から見つけ出したものだったんです。そして、先程この子は本棚の裏に入って行きました。財宝は、本棚の裏に隠してあるのですね?」

 そう言ってウォリーは本棚に近づいて行く。ペリーは慌ててそれを止めようと動き出した。

「てめえ! 何勝手に俺の部屋に入ってんだ!」

 ペリーがウォリーの肩を掴もうとした瞬間、ダーシャが背後から彼を羽交い締めにした。

「やましい事が無ければ見せられるはずだろう!」

 必死にもがくペリーを他所に、ウォリーは本棚に手をかけた。そして、本棚を横にずらしていく。
 本棚の裏には隠し扉があった。
 それが露わになった瞬間、ペリーの顔が青ざめる。
 ウォリーによって隠し扉が開かれる。
 金庫から盗まれた財宝の数々が、扉の奥から顔をのぞかせていた。
 ディーノ宅で盗まれた財宝が発見された翌日、ウォリー達は再びディーノの屋敷を訪問していた。

 彼らはギルドに復帰した。
 ディーノがギルドに対して口を利いた為、ウォリー達の処分は取り消しとなったのだ。
 今日ウォリー達が屋敷を訪れたのは、そのお礼をする為だった。

「今回の事は本当に申し訳なかった」

 会うやいなや、先に頭を下げて来たのはディーノだった。

「うちの馬鹿息子のせいで君達にはとんでもない迷惑をかけてしまった」
「いえ、彼の企みに気付けなかったのはこちらのミスです。ディーノさんのお陰でギルドに復帰できました。ありがとうございます」

 ウォリー達も揃って頭を下げる。
 怪盗キングの正体はペリーだった。
 自分の家の財宝を盗んだ理由を問いただすと、自分専用の別荘を買いたいと父にねだったら断られたのが原因だと言う。
 そんな事で自分達は追放を食らったのかとウォリー達は心底呆れていた。

「あいつが幼い頃、欲しがる物を何でも買い与えてしまっていた。その教育が間違っていたんだろうな。自分が望めば親が何でも与えてくれると思い込んでしまっていたようだ。私の責任だよ」

 ディーノは遠い目して語った。

「ペリーさんは今後どうなるんですか?」
「今回の事で裁判を起こすつもりはない。あんなのでも私の息子だしな、今まで甘やかして来た事を反省してきっちり教育する事にしたよ」

 3人の中で、ダーシャだけが少し不服そうな顔をしていた。ペリーという男のせいで自分達は追放まで追い込まれたのだ、自分の子供だからといって窃盗を働いた人物にそんな処分でいいのだろうか。そう言いたげな顔をしている。

「息子は、ギルドで働かせる事にしたんだ」
「え?」
「今回の件で冒険者の君達や、ギルドの方々に多大な迷惑をかけてしまった。その償いとして、あいつにはギルドの為に働き冒険者を支える仕事をさせるべきだと思ってな。もちろん厳しく指導させるようにギルドにはお願いしておいた」

 ウォリー達は顔を見合わせて苦笑いする。あのペリーにギルド職員が務まるのか、いささか不安だった。

「それからあのネズミの事なんだが……」

 昨日、全てが収束した後でディーノはネズミを引き取ると言って連れて行ってしまっていた。一度は協力をしてもらっただけに、あのネズミがどうなったのかはウォリー達も気になる所だった。

「私が経営しているカジノで飼う事にしたよ。ネズミとは言え、財宝探しを手伝ってくれた功労者でもあるからな」

 てっきり殺処分されるのではないかと思っていたウォリーは、それを聞いて胸を撫で下ろした。






 数日後、ウォリー達はギルドを訪れていた。つい先程依頼を達成したばかりなのでその報告をしようと受付へ向かった。
 今日も受付は混んでいて少し並ぶ事となった。ようやく自分達の番が来て受付の前に立つと、見知った顔がそこに座っていた。

「あっ……てめえら!」

 その男、ペリーはウォリー達の姿を確認すると怒りを露わにした。
 ウォリー達は目を見開いた。ペリーがギルドで働く事になったと聞いてはいたが、まさか受付をやっているとは思わなかった。

「何しに来やがった! てめえらのせいで俺はこんな所に……」

 ペリーが身を乗り出てウォリー達を睨みつける。何しに来たと言われても冒険者だからギルドに来るのは当たり前だが、とウォリーは呆れた顔を浮かべた。

「おいブタ! なんなのぉ〜? その態度は」

 突如ペリーの頭が叩かれたかと思うと、彼の背後から女性が姿を現した。褐色の肌をしたダークエルフ、ベルティーナだった。

「何度も言ってるっしょぉ〜? 受付はギルドの顔なの! 半端な仕事はギルドの顔に泥を塗る事になんの! ちゃんとやれこのブタ!」
「なっ!? てめえ俺にブタとは何だ!」

 ペリーはウォリー達をそっちのけでベルティーナに食ってかかる。

「俺の父ちゃんは大富豪だぞ! このギルドにも出資してるディーノだ! その息子であるこの俺にそんな態度とっていいと思ってるのか!」
「はぁ〜? 父ちゃん父ちゃんっていい歳こいてチョーダサいんですけど〜!」

 ケラケラた見下すように笑うベルティーナに、ペリーの顔はどんどん真っ赤になっていく。

「てめぇー! 絶対父ちゃんに報告してやるからな! そうしたらお前はただじゃ済まねえぞ!」

 声を荒げるペリーだが、ベルティーナは一切動じる様子がない。

「どーぞどーぞ、早くパパに泣きつきなよ。言っておくけどあんたのパパからは出資者の息子だからと言って忖度する事なく徹底的に厳しくしてやれって言われてるんで〜、あんたがパパに何言っても言いつけ通り指導してるって事で私の評価が上がるだけですから〜残念っ!」

 ベルティーナは笑い飛ばすと、ペリーの頭を再び叩いた。

「おら! さっさと仕事しろ! 列が混むだろブタ!」

 ペリーは歯をギリギリと鳴らしながら俯いた。

「クソババア……」

 小声で呟かれたそれを、ベルティーナの尖った耳は聞き逃さなかった。
 彼女はペリーの両胸の突起部分をつまむと、力一杯にねじってみせる。

「ぎやああああああああ!!!!」

 ギルド中に悲鳴が響き、周囲の人々が一斉にペリーの方に注目した。

「男の胸ってのは普通平らだが、ブタは肥えてるお陰でつまみやすいなあ? おい!」
「あだだだだ!! やめっ! ああっ! やめろおおお!!」
「さっき何つったよお前! ええ!? もういっぺん言ってみろやおらあああ!!!」
「があああああ!!! あがが! 痛い!! やめっ! あああああ!!!」

 次第にペリーの目からは涙が溢れてくる。身体を捻りながら暴れるが、彼女の手はペリーを逃さない。

「ごめんなさいいいいい!!! やめっ!!! あああああ!!! もうやめてええええ!!!!」

 ようやく、彼女の指が離された。
 ペリーはテーブルに崩れるようにして座り、顔を伏せたまましばらく呻いていた。

「そんじゃ、教えた通り受付の挨拶から言ってみましょーか?」

 ベルティーナはニコニコ顔に戻り、震えているペリーの肩を叩く。
 ペリーはゆっくりとウォリー達の前に向き直った。

「よ……ようこそ……当ギルドへ……きょ、今日はどのような……」
「声が小せえ!!!」

 ベルティーナの平手がペリーの後頭部に飛んだ。
 「うぐっ」と短く唸ると、ペリーは涙を流しながら再び口を開いた。

「よ、うぐ……ようこそっ当ギルドへっ……うっ……本日は、どのようなご用件でしょうかぁ……」

 目の前の出来事にウォリー達は唖然としていた。

 ベルティーナのペリーに対する仕打ちはほぼ八つ当たりだった。
 今回の件でウォリー達の追放が取り消された事により、彼女は調査不十分だったとして減給処分を食らった。それに加えペリーの教育係までやらされるという始末。
 自分が敵対心を抱いているダーシャの関わる一件でこうなったという事も、彼女の苛立ちに拍車をかけていた。

 目の前に居るダーシャをじっと睨むベルティーナ。
 ついに居心地の悪さに耐えられなくなったウォリー達は時間を改めようと列を抜けてギルドを出て行ってしまった。
 朝を知らせる鳥の声を聴き、宿屋の一室でミリアは目を覚ました。
 ベッドから降り、彼女は寝巻きを脱ぐ。
 裸になって、鏡の前に自分の身体を映した。
 彼女の肢体は程よく引き締められ、筋肉の形が浮かび上がっている。
 鍛え上げられた上腕の筋肉は、街で見かけるお洒落に夢中なか細い女の腕とは一線を画す。幼い頃から剣を振り鍛え続けた努力の賜物だ。
 ミリアは魔法剣士。魔術と剣術の合わせ技を得意とするが、剣術のみで戦ってもAランクの冒険者と引けを取らない。
 同じパーティには剣の達人と呼ばれるジャックがいる。だが、それは彼が剣聖のスキルを持っているからだ。
 スキルや魔法抜きでの単純な剣技なら、自らがパーティ最強である自信を彼女は持っていた。

 彼女は自分の身体の仕上がりをしばらく眺めて満足すると、冒険用の動きやすい服に着替えた。
 真っ赤な髪をツインテールに縛り、冒険者ミリアの姿へとなる。
 木製のテーブルに目をやると、昨夜眺めていたノートが開きっぱなしになっていた。
 レビヤタンのメンバーと合流する時間までまだ余裕がある。ミリアはテーブルの前に座り、もう一度ノートを見て思考を巡らせた。
 ノートには新聞の切り抜きがいくつか貼り付けてある。
 その中の1つを読み返してみる。
 ベボーテ村が盗賊の襲撃を受けた事件。村の村長が盗賊と繋がっていた事が衝撃を与え、当時は話題になった。
 その時村を救ったとされる冒険者達の中に、ウォリーとダーシャの名が有る。
 ウォリー。自分の幼馴染でありかつて同じパーティに所属していた男。そしてダーシャという女は魔人族で、そのウォリーと現在パーティを組んでいる人物だ。
 記事には毒に侵された村人達をウォリーが回復したと書かれている。治癒師の彼の回復魔法と元々持っている多量の魔力があればまあ可能だろう。だが盗賊の頭のゴメスを斬り、捕らえたのもウォリーだというのはどういう事だろう。ウォリーは近接戦闘が苦手だったはずだ。
 さらにわからないのは次の記事だ。
 サイバスの森で冒険者が神隠しに合うという事件。レビヤタンもこの依頼を受けたが結局失踪した冒険者を見つけられなかった。その依頼を達成したのがウォリー達のパーティ、ポセイドンだ。
犯人は人間で、地下に冒険者を連れ去って人体実験のような事をしていた。記事によればモンスターと人間を融合させて新生物を作っていたらしい。
 しかし姿を変えられた冒険者達は全員元の姿で救出されている。助けられた冒険者の証言では、彼らを治したのはウォリーだという話だ。
 ウォリーは治癒師だが融合された生物を元に戻す力などないはず。そこがどうもわからない。
 別の記事を見ると、つい最近街のカジノオーナーであるディーノの家から財宝が盗まれたという。その責任を負いポセイドンはギルドを追放されたが、直後に盗まれた財宝をウォリー達が見つけ出したためギルド追放は取り消された。
 盗んだ犯人が誰なのかは明かされていない。
 ミリアはディーノが経営するカジノへ行った事がある。そこにはガラスの箱に入れられたネズミが展示されていた。
 何でもディーノの財宝を探り当てたのはこのネズミだそうで、縁起が良いという事でネズミ目当てでカジノへ来る客が増加したそうだ。
 ネズミを使ってウォリー達が財宝を見つけたのだとすれば、ポセイドンのパーティにはテイマーが存在する事になる。
 ウォリーのスキルは治癒師だ。だとすればテイマーはダーシャか、もう1人のメンバーである背の高い女リリ。
 しかし、ミリアがベボーテ村の住人と、今はギルド追放となったアンゲロスというパーティのメンバーに聞き込みをした所、2人のスキルは黒炎とガーディアンだとわかった。

 ミリアの中で胸騒ぎがした。
 今のウォリーは自分が知っているウォリーでは無いのかもしれない。
 ミリアは目を閉じて彼の事を思い浮かべる。
 彼と過ごした幼い頃を思い出すと、胸が苦しくなる。
 大勢の大人から自分へ向けられる視線。
 痛々しい記憶が押し寄せてくる。
 気がつけば、ミリアは手元のノートをぐしゃぐしゃに丸めて握っていた。

(次の手を打たないと……)

 ミリアが立ち上がると、1羽の鳩が部屋に飛び込んできた。
 鳩はミリアの腕に止まると、光を放って消滅した。
 そして、鳩がいた場所からポトリと手紙が落ちる。
 魔法で作られた伝書鳩。

 ギルドからの緊急の呼び出しだった。
 ミリアはレビヤタンのメンバーと合流しギルドの会議室に入った。
 10人ほどのギルド職員がずらりと並んでいる。その中にはギルド長も居た。

「一体何事ですか」

 ジャックが口を開く。彼の視線は真っ直ぐとギルド長を捉えている。
 ギルド長は椅子の背もたれに深く寄りかかると、眉に皺を寄せた。彼は元Sランク冒険者である。Aランクでさえ達人と呼ばれるこの世界。彼は冒険者達にとって雲の上の存在だ。

「クラーケンドラゴンがダンジョンから抜け出てきた」

 ギルド長の口から低く重々しい声が発せられた。

「このまま放置すれば周囲の村や街に大きな被害が出るだろう。奴は並みの冒険者では討伐出来ん。うちのギルドのAランクパーティの中で今最もSランクに近いとされるパーティ、レビヤタン。君達に奴の討伐を依頼したい」

 クラーケンドラゴンはAランクモンスターの中でも上位。強さはほぼSランクと言ってもいい。普段はダンジョンの奥で生活しているが、たまにこうやってダンジョンの外に出ては街々を破壊するから厄介な存在だ。
 高難度の討伐依頼。レビヤタンの面々は顔を強張らせたが、その中で真っ先にジャックの表情が笑みに変わる。

「承知しました、その依頼お受けいたします。ただ、この依頼を受けるにあたり我々もギルドにお願いがございます」
「なんだ?」
「この依頼を達成した際には、我々にSランク試験への挑戦資格を与えて頂きたい」

 ジャックの申し出を聞き、岩石の様な表情をしていたギルド長が頬を緩ませる。

「ふ……そんな事か。相手はあのクラーケンドラゴンだ。討伐出来るとなれば断る理由はあるまい。よろしい、そちらの要望は聞き入れた。行ってくれるな?」

 レビヤタン一同は深々と頭を下げる。
 その後、ギルド職員から現在の標的の位置や予想される進行ルート、現在の被害状況など一通りの情報を渡され、彼らは会議室を後にした。



「いやぁ〜これは大変な事になっちゃったねぇ〜」

 ミリアがギルドの廊下を歩きながら言った。深刻な事態にもかかわらず彼女の態度はいつもと変わらず軽快だ。

「だが、これで俺達もSランク昇格への足がかりを掴んだ。チャンス到来だ」

ジャックが不敵に笑う。

「しかし、相手はあのクラーケンドラゴンだよぉ? これはかなり苦戦するかもね〜」

 クラーケンドラゴンとは体高15メートルもある巨大なモンスターだ。ドラゴンと名がつくが翼は無く飛行は出来ない。歩行用の4本の脚の他に、首の周りに10本の触手が生えている。
 このクラーケンドラゴンの厄介な所はその防御力だ。全身が常に防御魔法で覆われていて、Aランク冒険者の攻撃でも殆ど通らない。
 防御魔法を解除する為には、頭部にある2本の角を破壊する必要が有る。角さえ破壊すれば防御力は下がり討伐は圧倒的に楽になる。
 だが、その角自体が結構な硬度を持っている。魔法などの遠距離攻撃を当てても破壊は難しいので近距離で強力な攻撃を叩き込む必要があるのだが、そこで問題になってくるのが10本の触手だ。
 触手の攻撃力はかなり高く、動きも素早い。おまけに切断してもすぐに再生するという能力がある。それが10本もの数、頭を守る様に生えているのだから角の破壊は容易では無い。

「確かに強力な相手だが、俺たちの力を持ってすればきっと勝てる。ミリア、お前のスキルには期待しているからな」

 ミリアはジャックに笑みを返した。確かに今回の敵は正面からぶつかっても勝てる相手じゃない。どう立ち回るかが重要になってくる。こういう時、ミリアの持つスキルはかなり便利であった。

「Aランクパーティに加入して早々にSランク昇格か〜。俺はついてるな」

 そう言って笑ったのはウォリーの後釜として加入したヒーラーの男、ゲリーだった。
 彼のスキルは治癒師ではないので回復力はウォリーに劣るが、その分味方のステータスを上げたり敵を弱らせたりといったいわゆるバフ、デバフと呼ばれる魔法が使える。
 パーティのサポート役としてはウォリーに引けを取らない活躍をしていた。

「あんまり浮かれない方がいいわ。今は目の前の敵を倒す事に集中しましょう」

 ハナは会議室にいた時からずっと厳しい顔をしたままでいた。
 こうしている間にも標的の進行は進んでいる。急いで現場に向かう必要があった。

「よし、ここで待ち伏せしよう」

 ミリアが地図を開き標的の進行予想ルートの1箇所を指し示した。周囲を高い崖で覆われた道。戦うには狭い気もするが、ジャック達はミリアの提案に従うことにした。

 目的地までは少し距離がある。4人は馬車に乗り、街を出発した。
 土埃をあげて馬が駆け出し、ぐんぐんと道を進んでいく。ミリアは馬車の窓から移り変わる景色を眺めていた。
 馬車が森に入った時、彼女の視界に3人の男女が入る。

「ちょっと、止めて止めて〜」

 ミリアが声を上げ、馬車は3人の前で停止する。

「これはこれは〜、ウォリー君じゃあるませんかぁ」

 森で偶然会った3人の男女、ポセイドンのメンバーにミリアが明るい声をかける。

「ミリア、それにみんな……」

 ウォリーは目を見開いてレビヤタンのメンバーを見回した。レビヤタンに良い印象を持っていないダーシャとリリは、ジャックとハナの姿を見てムッとした表情になる。

「もしかして君達もクラーケンドラゴンの依頼で来ているのかな?」

 ミリアの問いに、ウォリーが頷いた。

「うん、今朝伝書鳩で緊急の依頼が来てね」

 ウォリーの言葉を聞きハナが嫌そうに3人を睨んだ。

「はあ? クラーケンドラゴンは私達の獲物なんだけど? まさかあんたらと一緒に討伐するって事じゃないでしょうね?」
「いや、僕たちの役目は進行ルート上の村の安全の確保だよ。でももしレビヤタンが苦戦した場合はすぐに加勢できる様にと言われているんだ。お互いに頑張ろう」

 キツくあたるハナの態度も気にせず、ウォリーは笑顔でそう答える。しかし、今度はジャックがウォリーを睨んで来た。

「俺達をなめるなよ、ウォリー。お前らごときの助けなど要らねえ。俺達は奴を討伐しSランクに上がる」

 そう吐き捨てるとジャックは馬車の窓をピシャリと閉めた。

「ねえ、早く行きましょう!」

 ハナが声を上げると、馬車は再び進行を開始する。
 馬が強く地面を蹴り、土埃と共にレビヤタンは3人の元を去って行った。
「相変わらず嫌味な連中だ」

 レビヤタンと別れた後もダーシャは不機嫌そうにぼやいていた。

「でも敵はクラーケンドラゴンだ。レビヤタンが戦ってくれるなら僕も心強いよ」
「確かに彼らの実力は高いとよく聞きます。でも性格に難がありますよ」

 リリもダーシャと同じく口を尖らせている。

「ウォリーは元々同じパーティだったから彼らの強さは知っているんだよな?今回の討伐、彼らだけで達成できると思うか?」
「うん、ジャックの剣術もハナの魔法も冒険者の中じゃトップクラスだし、何よりあっちにはミリアが居るからね」

 ウォリーはうっすらと笑みを浮かべて空を見上げた。

「ミリアとは君の幼馴染だったな。彼女はそんなに強いのか?」
「ミリアはユニークスキルという特殊なスキルを持っているんだ。僕は最近手に入れたばかりだけど、彼女は幼い頃からそのスキルを持っていたんだ」
「一体どんなスキルなんだ?」

 ダーシャとハナは興味深そうにウォリーの顔を覗き込んだ。

「『チェス名人』ってスキルで、発動するとチェスが上手くなるんだ」
「うん? そんな能力では、戦闘ではあまり役に立たないのではないか?」
「うん。みんな最初はそう思っていたんだ、当の本人もね。でも後になって、戦闘中にこのスキルを発動するとまた違った効果が出る事がわかったんだ」

 ウォリーは笑顔でそう語る。まるでミリアの能力を自分の事のように誇っているようだった。

「チェスとはそもそも戦争を模したゲームでしょ? チェスが上手い人は100手以上先の局面を読むとも言われている。ミリアはこのスキルで戦闘の先の展開を瞬時に予測し、場を掌握する事が出来るんだ。レビヤタンがあそこまで強いパーティになれたのも、彼女の働きが大きいと僕は思ってる」
「なるほど、だとすればクラーケンドラゴンのように倒し方が特殊なモンスターにはそのスキルは効果的かもしれないな」
「そう聞くとなおさらミリアさんをレビヤタンに入れておくのはもったいない気がしますね。あの人は他の人達みたいにウォリーさんを馬鹿にしたりしませんから……」

 リリがそう言うと、ウォリーは首を振った。

「いや、ミリアにはもっと上に行って欲しいよ。ジャックの話ではもうすぐSランクに挑戦するみたいだし」
「ウォリーさんはミリアさんを本当に尊敬しているんですね」
「うん。幼い時から一緒に冒険者を目指していたからね」
「むぅ……」

 楽しそうに話すウォリーの横でダーシャが眉をひそめている。リリはそれに気づくと、ダーシャの頬を指でつついた。

「あれ? ダーシャさんもしかして嫉妬しています?」
「ばっ……!? ばか! そういう事ではない!」

 大きく体を跳ねさせるダーシャを見てリリはくすくすと笑った。

「ほら、もうすぐ着くよ」

 木々に囲まれた道の先をウォリーが指差した。奥の方に村が小さく見える。
 3人は気を引き締めて、歩みを進めていった。






 樹齢を何千年と重ねた大木のような巨大な脚が地面を踏む。その度に周囲に衝撃が走り地震のように揺れた。
 上位のAランクモンスター、クラーケンドラゴンは地響きと共にその巨体を一歩一歩前に進めていた。
 その足元には6人の冒険者が標的に向けて攻撃を繰り出している。

「駄目! 魔法が全然通じない!」
「角を狙いたいが頭が高すぎる!」
「脚を狙え! 体勢を崩すんだ!」

 髭を蓄えた屈強な身体つきの冒険者がクラーケンドラゴンの前脚めがけて大斧を振り下ろす。
 ガキンと鉄と鉄がぶつかるような音が鳴り、斧が弾かれた。その勢いで斧を持った冒険者は大きく尻餅をついてしまう。

「駄目だ! 硬すぎる……ぐあぁ!」

 尻餅をついた冒険者に触手の先端が突き刺さった。
 冒険者は串刺しにされたまま持ち上げられ、宙に放り投げられる。

「くそ! あいつを回復しろ!」
「たかが触手1本が何て威力だっ……」

 冒険者集団による攻撃に一切怯む事なくクラーケンドラゴンは進行を続ける。
 それでも諦める事なく冒険者達は戦うが、ただただ人員が負傷していくだけだった。
 彼らはレビヤタンが到着するまでの足止め役だが、未だに標的は一歩も足を止める事が無い。

「もう駄目だ! これ以上は死人が出る、撤退だ!」

 冒険者達が一斉にクラーケンドラゴンに背を向けた時、彼らの視線の先に赤髪の女性が映り込んだ。

「どうもご苦労っ。後は私に任せてちょうだい!」

 ミリアは腰に装備した剣をゆっくりと引き抜き、目の前に迫り来る巨体を見上げた。
「チェス名人!」

 ミリアが唱えると彼女の目が黄色く光りだす。

「ハナ! あいつの弱点は電気属性だよ。左脚を中心に攻撃して」

 彼女は後方に居たハナに指示を出した。次いで、崖の上で待機させておいたジャックを見上げる。

「ジャック! 私が合図したらあいつの頭部に飛び乗ってね、剛剣の準備も忘れずに! 飛び乗ったら角を1本だけ破壊して、すぐに避難して」
「おう!」

 ミリアは剣を構えたまま動かずに立っている。
 地響きを鳴らしながら接近するクラーケンドラゴンを前に、彼女は息を飲んだ。
 敵の触手の攻撃範囲は広い。その間合いに入った瞬間、戦闘開始だ。

「サンダーアロー!」

 ハナが先制して魔法を放った。
 先端が矢じりのような形をした電撃がクラーケンドラゴンの左脚に集中して撃ち込まれる。
 だが、敵は怯む事なく行進を続ける。

「やはり硬い。今は兎に角一点集中しかないね……ゲリー、射程距離に入ったらあいつの防御力をダウンさせて!」
「わかった!」

 ミリアは岩陰に隠れているゲリーに指示を出す。恐らくゲリーの防御力ダウンの魔法よりも、敵の角から発せられる防御力魔法の方が強力だろう。
 一応指示を出してはみたものの、無いよりかはましだというのが正直な所だった。
 ゲリーの役目は回復。彼に退場されるとパーティは圧倒的に不利になる。
 その為彼には必要時以外は極力身を隠させておく。敵の攻撃は前衛のミリアがすべて引き受けるつもりでいた。

「サンダーソード!」

 ミリアが唱えると彼女の剣が電撃魔法に包まれた。
 バチバチと音を鳴らし光りを放つ剣を片手に、すぐ目の前まで接近してきた敵との戦闘に備える。

(あと1歩、奴が踏み込んできたら触手の射程範囲だ)

 ミリアは数秒後に来るであろう敵の攻撃に神経を集中させた。
 大きな音を立てて敵の前脚が地面を揺らした。
 直後、足元に立つミリアに触手が一斉に向かってきた。

 ミリアは地面を大きく蹴り右に左に跳び回る。攻撃をギリギリで躱しながら、電撃を帯びた剣で1本、また1本と触手を斬り落としていった。
 磨き上げられた剣さばきであっという間に10本の触手が地面に落とされる。
 だが、まだ安心できない。
 触手の切断面から肉が泡のように吹き上がり、元の形を形成し始める。一瞬にして10本の触手は再生してしまった。

(やはり再生するか。だが、想定内。触手が切断されてから再生までかかる時間は3秒ほどか……)

 ミリアは冷静に敵の動きを分析する。

(あの触手を何とかしない限り弱点である角への攻撃は難しい。だが、こうやって触手を斬り落とし続ければどこかで隙が生まれるはず。その絶妙なタイミングは、私のチェス名人でのみ見極める事が出来る)

 一方ハナはひたすらに左脚に魔法を叩き込んでいた。最初こそ無傷だったものの、僅かだが脚の動きが鈍り始めているのを感じ取れた。
 ダメージは蓄積されているようだが、決定打と言えるほどの傷は与えられていない。

 ミリアは斬っても斬っても再生し襲ってくる触手の攻撃をひたすらさばき続けている。防戦一方のように見えるが、ある時点で彼女の動きのパターンが変わった。
 彼女は触手を斬りつつ左脚に向かって突っ込んでいった。そして、ハナが攻撃を集中していた箇所に強力な斬撃を叩き込む。
 それでも敵は倒れはしない。だが、今まで休まず歩き続けてきたクラーケンドラゴンの動きが止まった。

「ジャック! 今!」

 ミリアが叫ぶと同時にジャックは崖の上から標的の頭部に飛び乗った。
 そのまま角を目掛けて、剣を振るう。

「剛剣!!!」

 ジャックのスキル『剣聖』は剣術が上がる効果がある他、10種類の奥義を身に付ける事が出来る。
 奥義のひとつ『剛剣』は彼の剣技の中で最も威力の高い技だ。
 だが、剛剣の難点は発動までにある程度の溜め時間が必要だという事。彼はミリアの合図があるまで、崖の上でその溜め時間を済ませていた。
 今の彼ならば飛び乗ってすぐに剛剣を放つ事が出来る。

 ガラスが砕けるような音と共に、クラーケンドラゴンの角が破壊された。角の破片はくるくると回りながら宙を飛び、地面に突き刺さった。

(さすがジャックの剛剣。あの硬い角を一撃で破壊した)

 ミリアは作戦が順調に進んでいる事を確認し、ほくそ笑んだ。
 だが、直後にその笑みは消える。

「まだまだ! もう1本行くぜ!」

 ミリアの指示ではジャックは角を1本だけ破壊したらすぐ避難する事になっていたはずだった。
 だが、角を破壊して気分を良くしたのか彼はもう1本の角にも狙いを定めて剣を構えたのだった。

(馬鹿! 何をやってんのあいつ!?)

 ミリアの目が見開かれる。戦略に長けたチェス名人のスキルを持っている彼女でも、駒が指示通り動かなければその能力は十分に発揮出来ない。

「俺はSランクに上がる男だ! このまま2本ぶった斬ってやるぜ!」

 ジャックの剣が光を放つ。剛剣の溜めが済んだ証だ。だが、その剣が角に届く事は無かった。

「ぐはぁぁっ!」

 触手が伸び、ジャックの身体を貫く。
 そして、まるで紙屑を捨てるかのように彼の身体はぽいっと投げ飛ばされてしまった。
 一体何十メートル飛ばされたのだろうか。
 触手に貫かれたまま軽々と放り投げられたジャックは遥か遠くの地面へ叩きつけられた。

「ちっ!」

 ミリアは舌打ちすると一旦敵から距離を取ろうとする。作戦が失敗した。これ以上触手を斬り続けても無意味だろう。
 その時、隠れていたはずの回復担当、ゲリーが岩影から飛び出して来た。彼はジャックが飛ばされた方を向いている。どうやら負傷したジャックを回復しようとしているらしい。

「ちょっと待って! 今勝手に動いたら――」

 ミリアが慌てて彼を止めようとするが、手遅れだった。
 クラーケンドラゴンの触手が鞭のように振られ、ゲリーに直撃した。
 彼の体は物凄い勢いで吹っ飛び、道脇の岩壁に激突した。
 ミリアは急いで彼の元に駆け寄ったが、既にゲリーは口から泡と血を吐いて失神していた。何度声をかけても意識が戻る気配はない。
 回復役を失ってしまった。ジャックの失敗から始まりドミノ倒しのように次々作戦が崩壊していく。

 すぐ近くまで敵が接近している。このままでは動けないゲリーやジャックはやられてしまう。ミリアは迅速に決断をしなければならなかった。

(依頼は失敗。プランBに移るしかない)

 彼女は狼狽しているハナに声をかけた。

「ハナ! 奴に遠距離攻撃を当て続けて! ジャックが破壊した角の傷口なら少しは効果があると思う! 奴を逆方向に誘導して、ゲリーとジャックから引き離すの!」
「わっ、わかった!」

 ハナは魔法攻撃を敵の顔面に撃ち込み始める。
 敵が大きく咆哮をあげた。
 クラーケンドラゴンの視線はハナを捉えている。どうやら注意を引くのは成功したようだ。
 その隙にミリアはジャックの元へ駆け寄って行った。

「ジャック、ジャック!」
「うぅ……」

 ジャックは辛うじて意識はあるようだ。だが、彼の脇腹からドクドクと流れる血が傷の深さを物語っていた。

(この傷……ゲリーの回復も使えないし、ジャックはもう……)

 ミリアはハナの方を振り返る。クラーケンドラゴンは既に自分達に背を向けていた。
 敵の誘導は順調に進んでいるようだ。

「ミリア! ジャ、ジャック!?」

 突然、聞き覚えのある声がかけられた。
 振り向くと、ウォリー達がこちらに駆け寄って来ている。

「ウォリー、どうして……?」
「担当された村の住人の避難が終わったからミリア達の様子を見に来たんだ。それよりジャック……酷い怪我だ!」
「ウォ……ウォリー……」

 ジャックはウォリーに気付き、すがるような視線を彼に向けた。

「た、頼む……回復を……」

 彼は口を震わしながら声を絞り出した。

「ああ! 今回復するから!」

 ウォリーがジャックに触れようとする。しかし、ミリアが彼の前に立ちはだかりそれを制止した。

「ウォリー、駄目。君が回復する必要はない」
「え!? でもこのままじゃジャックが……」

 彼女の意外な行動にウォリーは困惑する。

「大丈夫、彼は私が治すから。こんな事もあろうかと特殊なポーションをひとつ持って来たんだ。通常の何十倍もの値段がする高級ポーションだよ、これなら彼の傷も十分治せる」
「でも、そんな貴重な物を消費するくらいなら僕の魔法の方が……」
「ウォリー、分かって欲しい。これは私達パーティ内の問題なんだよ。君はもうレビヤタンじゃない。パーティ内の責任は出来る限りパーティ内で済ませたいの。別パーティの君の手を借りるわけにはいかない」
「ミリアのポーションで、本当に治せるんだね?」

 ウォリーは不安そうにミリアとジャックを交互に見る。そんな彼に、ミリアは強い眼差しを返した。

「ええ、それに君達には別にやるべき事がある。あいつの討伐は失敗した。これよりプランB、クラーケンドラゴンの撃退に移行する。今ハナが誘導してるけど長くは持たないと思う。彼女をサポートしてあげて。それから、そっちのパーティのうち誰かは周辺の冒険者に加勢を頼みに行って欲しい」
「わかった。ジャックの事、よろしくね」

 ウォリーはそう言うとダーシャ達に指示を送った。
 遠距離攻撃と防御が出来るダーシャとリリがハナの応援に向かい、ウォリーは周囲の冒険者を呼ぶために駆け出して行った。
 遠くに去っていくウォリーを、ミリアはじっと見つめていた。
 すると足元でか細い声が出てくる。

「ミリア……な、何してる……はやくポーションを……」

 ジャックが言った途端、ミリアの目が冷たく変わる。

「ポーション? そんなもの無いけど?」

 ジャックが目を見開いた。

「だ、だが……さっき……」
「ああ、私の勘違いだったわ。ごめーんね〜」

 ミリアの言葉を聞き、ジャックが地面でもがき始める。

「なっ……ウォリー……っ……回復をっ……」

 苦しみながら必死で声を出す彼を見下ろし、ミリアは鼻で笑った。

「あーあー、君にはプライドってものが無いのかねぇ?ウォリーが瀕死の冒険者を助けようとする度に怒鳴りつけたのはどこのどいつだったか。いざ自分がピンチになったらこのザマか?」
「ミ、ミリア……貴様……」

 ミリアは笑みを浮かべて視線を上にやった。

「えーと、何だっけ? 君は前に素晴らしい名言を言ったよね、たしか……そうそう、”モンスターに負けて死んだところで、それはそいつの責任だ。助ける事も間違いじゃねえが、助けない事だって間違いじゃねえ!”ってね。最後までその信念を貫いてみなよ」
「や……嫌だ……死にたく……ないっ、ウォリー……助けてくれ……ウォリーっ」

 声を出す事も苦しい程弱っているジャックだったが、それでも必死で声を出した。すがるように何度もウォリーの名を呼び続ける。しかし、既にウォリーは彼の声の届かない所まで離れていた。

「ウォリー……たす……けて……ウォ……」

 やがて体力が尽き、声を出す力も無くなっていく。
 ジャックが最後に見た光景は、自分に冷たい視線を注ぐミリアの姿だった。