ババゴラの洞窟ダンジョンを進む1組のパーティ『アンゲロス』。所属メンバーは女性冒険者のみで構成されている。
その中でも一際目立つ女性が居た。彼女の名はリリ。その身長は185cmと圧倒的に高い。パーティと並んでダンジョンを進んでいる今も、彼女1人だけ煙突のように列から身体が飛び出している。
おまけにここは洞窟ダンジョン。通路の狭さによっては、背の高い彼女は屈みながら進まなければならなかったりと、かなり不自由をしていた。
「おらおらとっとと行く!」
パーティのリーダー、サラが先頭を行くリリの尻を蹴った。
「きゃっ」
突然の事に驚いて飛び上がったせいで、リリは天井の岩に頭をぶつけてしまう。その勢いでバランスを崩して大きく尻餅をついた。
「あーもう何やってんのよこのデカ女!」
「ちょっとー!急に止まんないでよ〜」
パーティメンバー達が口々に不満を漏らす。
「ご…ごめんなさ…」
必死で謝りながらリリが起き上がると、自分の顔を液体が伝う感触に気付いた。額を触れてみると、痛みが走った。どうやら先程頭をぶつけた時に出血したようだ。
「あの…私に回復魔法を…」
「あぁ!?何言ってんの!戦闘で怪我したわけでも無いくせに!あんたが勝手にぶつけたんじゃん!」
サラが怒鳴りつける。
「だって…急にお尻蹴るから…」
リリが言った瞬間、サラは彼女の髪をがっしりと掴んでグイグイと引っ張った。
「あ!?何?私のせいだってか!?お前がトロトロしてっからだろ!?私が悪いのか!?あ!?」
「痛い!!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
髪を掴まれ頭をブンブンと振り回されて、リリは悲鳴をあげた。
リリとサラは同じ学校の出身だった。身長は大きいが誰よりも気が小さい彼女はいつもサラにいじめられていた。
卒業後、2人が冒険者になるとサラはリリを強制的に自分のパーティに入れた。
リリがやらされる事は荷物持ちや買い出しなど雑用全般。とにかくサラが面倒くさがる事を全部押し付けられ、召使いのような立ち位置になっていた。
そればかりかパーティでダンジョンを行く時はいつもリリが先頭に立たされた。正面から敵が飛び出した時真っ先にリリを盾にする為だった。
ただ、リリのスキルを考えると彼女が先頭を行くという判断は間違いとも言えない。
彼女のスキルは『ガーディアン』。防壁魔法を得意とし、敵の攻撃からパーティ全体を守る事が出来る。
しかしサラは戦闘でリリを前面に立たせて、彼女がピンチになっても助けようとは一切しない。それどころか彼女を囮のように扱う始末だった。
サラにとって、リリは自分の命令通りに動く都合のいい人間でしかなかった。
「おお!ここめっちゃ鉱石あるじゃない!」
リリが額の傷に耐えながら通路を進んだ先、開けた場所のあちこちの岩壁に鉱石を見つけてサラははしゃぎだした。
パーティのメンバー達は各々採掘道具を取り出して鉱石を集め始める。入手した鉱石はリリが持っている袋に入れられる。
鉱石が溜まっていくにつれて袋はずっしりと重たくなっていく。こういう重い荷物持ちも毎度彼女がやらされていた。
その時、洞窟内に巨大な雄叫びが響いた。
サラ達が驚いて顔を上げると、奥の通路から巨大なトカゲ型のモンスターが姿を現した。
「ゴーレムリザード!?」
「Aランクモンスターじゃない!何でこの洞窟に!?このダンジョンの難易度はBランクでしょ!?」
「…侵入モンスターだ!」
侵入モンスター。本来そのダンジョンに居ないはずのモンスターが、何かのきっかけで外部から侵入してくる現象だ。
難易度の低いダンジョンに突然強力なモンスターが現れ、未熟な冒険者が犠牲になったりと事故も多い。
「やばい!あんなの倒せないよ!」
「リリ!防壁魔法であいつの攻撃防いで!ほら、鉱石の袋は持っててあげるから!」
「うん!」
リリは言われるままゴーレムリザードの前に魔法で壁を作った。ゴーレムリザードの爪がガンガンと壁を攻撃する。
「出来るだけ長く防いでてよ!今後ろから魔法攻撃で援護する準備してるから!」
リリの背後でサラが声をかけた。リリは魔力をさらに壁へ注ぎ、壁を強化する。
しかし、Aランクモンスターの強力な攻撃は、その壁を少しずつ破壊していった。
もうすぐ壁が完全に破壊されそうという所まで来て、リリは違和感を感じた。
ほかのメンバーの援護攻撃がいつまで経っても来ない。
リリは嫌な予感を覚えつつ振り返る。
そこにサラ達の姿は無かった。
そこでリリは初めて、自分はサラ達が逃げるための時間稼ぎに利用されたのだと悟った。
彼女は焦ってダンジョンの出口へ向かって走り出した。彼女のすぐ後ろで、防護壁は破壊される音が響いた。
振り返ればゴーレムリザードは彼女のすぐすぐ後ろまで追いついていた。彼女はすぐに防壁壁を作り出し、攻撃から身を守った。
それからは壁を作っては走り、作っては走りを繰り返した。
あれから何分経過しただろうか。
彼女は洞窟の中の小さな穴の中に1人身を隠していた。
ゴーレムリザードの姿はいつの間にか消えていた。
しかしもう魔力を使い果たし、まともに歩く事すら出来ない。
もうこのダンジョンからは抜けられない。いずれ自分はモンスターの餌のなるのだろう…と彼女は諦めたように瞼を閉じた。
「回復マン」
闇の中で最初に聞こえたのはそれだった。
直後、リリの身体が癒されて楽になっていく。ずっとズキズキと痛んでいた額の傷も完全に塞がった。
彼女がゆっくりと目を開けると、そこには2人の冒険者の姿があった。
「よかった!意識が戻ったみたい!」
冒険者の1人がそう言って笑顔を彼女に向ける。
「魔力切れによる疲労かもしれない。これも飲ませよう」
もう1人の冒険者がそう言って鞄からマジックポーションを取り出した。
差し出されたポーションを口にすると、僅かだが魔力が回復したのを感じた。
彼女の思考がだんだんと鮮明になってくる。
自分は、助かったのだ。
「僕はウォリー、彼女はパーティメンバーのダーシャ」
2人の冒険者が自己紹介をする。
「私は…リリ…です。その…ありがとうございました…」
立って歩けるほどに回復したリリは、ぺこりと頭を下げた。
彼女を見上げてダーシャが目を丸くする。
「で、デカいな…」
壁に寄りかかって倒れていた時には分かりにくかったが、立ち上がったリリの迫力に2人は圧倒されてしまった。
「あ…やっぱ変…ですよね…」
2人の反応にリリは恥ずかしそうに身をすくめた。
「あ、いや。ちょっとびっくりしちゃっただけだよ」
しばらく、その場に気まずい空気が流れる。
「ダンジョン探索をしていたら偶然倒れている君を見つけたんだ。しかしどうしてこんな所に1人で?」
ダーシャがそう問いかけると、リリの表情は一気に暗くなった。
ダンジョンに強力な侵入モンスターが出た事、そのモンスターを前に自分を置き去りにして仲間達が逃げていった事、リリは順を追ってウォリー達に説明した。
「なんという連中だ!許せん!」
リリが話し終わるやいなや、ダーシャが怒りの声をあげた。
「これはギルドに報告をした方がいいかも…パーティ内で悪質な行為が確認されれば、ギルドがその冒険者に処罰を与えると思う」
「は…はい…帰ったらそうします」
「とりあえずここから出よう。彼女1人だと危険だ」
ウォリー達はリリと共にダンジョンの出口を目指すことにした。
「すいません…そちらのダンジョン探索を邪魔してしまって…」
リリは申し訳無さそうに言った。
「いや、大丈夫だよ。それに侵入モンスターが居るとわかれば次からは慎重に進める。君のお陰で重要な情報を手に入れたよ」
そう返すウォリーの横で、ダーシャは呆れた顔をしていた。
「こいつのお人好しは今に始まった事ではない」
言われたウォリーは苦笑いをした。
「ところで、アンゲロス…だったか?そのパーティはさっさと抜けた方がいいな。何だってそんな奴らの言いなりになっているんだ?」
「はい…パーティリーダーのサラは同じ学校の同級生で…ずっといじめられてて…彼女に逆らうと凄く酷い事をされるんです…それがずっと怖くて…」
「そんな事言ったって君は殺されかけたんだぞ?命まで失ったら終わりだろう」
「は、はい…すいません」
リリは俯いた。ダーシャの語気が少し強かったせいか、怯えているようだった。
「あ、すまない!別に私は君に怒っている訳では…」
ダーシャもそれに気づいて慌て始める。
「ま、まあ、今回の件をギルドに報告すれば君をいじめてた連中は処分されるだろう。仲間を意図的に死の危険に晒したのだから重罪だ。ほぼ確実にギルド追放だろう。そうなれば君は自由の身だ!」
リリはダーシャの態度を見て警戒心が和らいだのか、その表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「それにしても、ウォリーさん達のパーティは2人だけですか?随分と少ないような…」
「いやぁ、最近パーティを設立したばかりでね。募集はしてるんだけどなかなか集まらなくて…」
ウォリーがそう言うと、リリはその大きな身体を屈めて2人に目線を合わせてきた。
「だったら、私がウォリーさん達のパーティに加入するのは可能でしょうか?…アンゲロスのメンバーがギルドを追放されたら…どの道私1人になっちゃいますし…」
彼女の提案にウォリーとダーシャは顔を見合わせた。2人の視線は互いに(どうしようか?)と語っていた。
「私…お2人には命を救われました。ご迷惑でなければお2人の側でお役に立ちたいと思っています…」
そう熱心に語るリリに、ダーシャは気まずそうな表情を見せた。
「だが、いいのか?私と同じパーティで…」
「え?」
「見ての通り私は魔人族だ。人間からは差別を受けている。こんな私と行動を共にするのは私としてはお勧めしないが…」
それを聞いてリリはニコッと笑顔を見せた。ウォリー達が洞窟で彼女と会ってから初めて見せた笑顔だった。
「何言ってるんですか?嫌われ者なら、私と一緒ですよ。私だって散々酷い目に会ってきたし、この見た目のせいでずっとデカ女って馬鹿にされてたんですから」
そう笑いかけるリリを見て、ダーシャは恥ずかしくなって視線を逸らしてしまった。
その様子にウォリーはクスッと笑うと、言った。
「うん。ダーシャと仲良くしてくれるなら、僕は大歓迎だよ」
「ウォリー様のパーティ加入希望者は…ゼロですね…」
ギルドの受付嬢の口から出たのはいつも通りの台詞だった。
ウォリーは首をかしげる。
リリをギルドに送り届けて2週間が経過した。アンゲロスを正式に抜けたら直ぐにでもギルドにウォリーのパーティへの加入希望を出すとリリは言っていたが、未だにその加入希望が来ない。
「妙だと思わないか?」
ダーシャはギルドの新聞を見ながら言った。
「ここ2週間、あのアンゲロスというパーティの記事は一切載っていなかった。仲間を囮に使うなんて悪質行為が発覚すれば、絶対記事になるはずだ」
不審に思った2人が受付で尋ねてみると、アンゲロスというパーティは特に処罰を受ける事もなく普通に活動していると返答が帰ってきた。
「どういう事だ!仲間を見捨てておいてお咎めなしとは!」
ダーシャがテーブルを叩いた。
「ダーシャ様、そもそもアンゲロスがその様な行為を行ったという報告自体がされていないのです」
ダーシャの勢いに少しおびえながら受付嬢がこたえた。
「リリは報告しなかったのか…?」
「もしかして言いづらかったのかもしれない。僕らの方からギルドに相談してみよう」
ウォリーは受付嬢にアンゲロスの行為について相談したいと伝えると、2人は奥の面談室へ通された。
2人が部屋に入ると、そこには1人の女性がソファーに足を組んで座っていた。
彼女を見た瞬間、ダーシャが「げっ」と声を上げて顔を引きつらせた。
そこに座っていたのは褐色の肌に長い耳のダークエルフ。爪に派手な装飾のされた指で金髪の髪をいじっている。
「あ、ダシャっちじゃん。おっひさ〜」
「うぇ〜い!元気してたぁ〜?」
ダークエルフの女性がダーシャに向かって手を振った。
ダーシャは返事もせず嫌そうな顔をしている。
「で、こいつは誰よ、あんたのカレシぃ?趣味悪〜」
彼女はウォリーの方を見て、言った。
「ども〜。ウチの名前はベルティーナ。ベルっぴって呼んでね〜」
彼女はそう名乗ると、自分の頰の横でピースをした。
ウォリーは苦笑いしながら自分も名前を名乗ると、小声でダーシャに語りかけた。
「ダーシャ、君の友達?」
ダーシャは大きくため息を吐いた。
「友達なわけあるか…以前に日銭を稼ぐ為に闘技場に闘士として出た事があるんだ。私は決勝まで勝ち進んだのだが、その時の対戦相手があいつ、ベルティーナだ…」
ダーシャは不機嫌そうな表情のまま、続けた。
「実力は五分五分だったんだがな、僅差で私が勝ったんだ。それ以来ずっとあの女に敵対視されるようになってな…何かにつけ私と張り合おうとしてくる。正直、私はあいつが苦手だ…」
「なに内緒話してんの〜?さっさと座っちゃいなよ!」
ベルティーナはソファに寄りかかってニヤニヤとダーシャを見ている。
2人は渋々彼女の正面に腰かけた。
「ま〜今ウチはギルドの監視員やってるワケなんだけど〜。何か急に相談者が来たとか言われて待ってたらダシャっちが来るわけじゃん?マジびびったわ〜」
監視員という言葉を聞いて2人は緊張した。
ギルドに登録している冒険者が悪質行為や規約違反などを行なっていないかを監視している人物。それがギルドの冒険者監視員だ。
もし悪い噂が立った冒険者が居れば、その冒険者の後をこっそりと付け回して、違反行為を行なっていないか調査をする。
調査対象の冒険者がダンジョンに潜っている時も尾行したりする為、監視員はそれなりの戦闘能力を持っている者ばかりだ。
「で〜。相談って何なワケ?余計な仕事増やさないで欲しいんですケド〜」
言いながらベルティーナは宙で手をひらひらと舞わせた。彼女の手の甲には、ハート形の紋章が彫られている。
「実は…」
そう切り出してウォリーは洞窟ダンジョンで出会ったリリや、彼女から聞いたアンゲロスの話をベルティーナに説明した。
「アンゲロスね〜。ちょっと資料とってくるわ」
彼女は席を立ち、10分程経って何枚かの書類を手に戻ってきた。彼女はソファに座ると、黙って書類を眺め始めた。
「ダシャっちさぁ…」
書類に視線を向けたまま、ベルティーナは言った。
「タレコミするんならもうちょっとまともな情報よこしてよね〜。こんなんウチらが動く気にもならんわ。以上」
トントンとテーブルで書類を揃えて彼女がそのまま退室しようとしたので、慌ててダーシャは引き止めた。
「どういう事だ!?ダンジョンに仲間を置き去りなど仲間殺しに等しい行為だろう!」
「まずぅ〜。仲間全員で逃げようとして、1人だけ転んじゃったりして逃げ遅れたりしたって可能性もあるわけじゃん?こういう場合意図的に仲間を置き去りにしたってワケじゃないから不幸な事故って事になんだよねぇ〜」
「そうじゃない!パーティメンバーはリリ1人にモンスターの防御を命じて、本人に知らせずに勝手に逃走したんだ!」
「それはさぁ〜、リリから聞いた話でしょ?ダシャっちが目の前で見た訳でも無いわけじゃん。まぁ、本当にリリがそう言ったのかも怪しいんだけど〜」
ダーシャは彼女を睨んだ。
「どういう事だ」
ベルティーナは鼻歌を歌いながら手元の書類をパラパラとめくる。
「そのリリって子、未だにアンゲロスのメンバーとして活動してんのよね〜。つい、3日前もパーティ揃って依頼をこなしてるし〜」
「何だと?」
「あのさ、もし本当に置き去りにされたとしてその後もパーティにずっと居続けるとかあり得ないっしょ?普通そんなとこすぐ抜けっよね〜。ダシャっちの話には信憑性がないんよ」
「いや、でもリリは…」
「しっつこ!そもそも等の本人が何の被害も訴えて無いんだからそういう事っしょ!根拠も無いのにパーティの悪評を流すとダシャっちが罰せられちゃうよ〜」
ベルティーナが不敵な笑みを浮かべてダーシャに視線をやる。
「よく居るんだよね〜。他パーティの悪い噂をでっち上げて陥れようとする奴がさ〜。そういう悪質行為は監視員として見過ごせないなぁ〜」
彼女はニヤついたまま視線の前をダーシャの顔から胸部へ落としていく。
「ま、ダシャっちをしょっ引けるならウチとしては好都合だけど〜。ダシャっちみたいな悪い子には〜…お、し、お、き、が…」
ベルティーナがダーシャの体に手を伸ばして来たのに反応して、慌ててダーシャは自分の胸を腕で覆いながら身体を逸らした。
ベルティーナはフッと鼻で笑うと、面談室を去って行った。
面談室に残された2人の周りには重い空気が漂っていた。
確かに当のリリ本人が何も言わずにアンゲロスと行動を共にしている以上、分が悪いのはウォリー達の方だった。
「ウォリーすまない、また私のせいだ」
ダーシャはそう言って頭を下げた。
「え?何でダーシャが謝るのさ」
「ベルティーナは軽い態度を取ってはいるが、腹の中じゃ私に敵対心を向けている。相談者が私でなければ、もう少しマシな対応をしていたはずだ」
彼女は悔しそうに拳を握った。
「いや、ダーシャのせいじゃないさ。彼女の言う事も一理ある。ギルドを動かしたけりゃ、リリの証言を取ってこいって事でしょ」
「だが、当の本人はそれをしない。ウォリー、もうリリに関わるのは止めるか?そもそも私達が介入する義務もない事だ」
ウォリーは眉をひそめて唸った。
「でも、このまま放っておいたらリリはまたパーティメンバーに酷い目に遭わされるかも…今回だって彼女は死にかけたんだ」
その言葉を聞いてダーシャの顔が明るくなった。
「そうだな!そうだよな!君はそう言う奴だと思ってたぞ!それでこそウォリーだ!」
彼女の反応が意外なものだったのでウォリーは驚いた。いつもはお節介焼きだと呆れられるのがお決まりの流れだったからだ。
角の生えた巨大な獣型モンスターの死体の周りにアンゲロスのメンバーが集まっていた。
メンバーはそれぞれナイフを手に、角やら毛皮やらの素材を剥ぎ取っている。
その中にはリリも混じっていた。
「いやー、大量大量!この素材は高く売れるわ!」
サラは角に指を這わせながら笑みを零す。
「リリ!こっち来て!」
言われてリリがサラの元へ駆け寄ると、サラは彼女の足元に袋詰めされた素材を置いた。
「これもギルドまで運んでね。よろしく〜」
「あ、あの、もう今の荷物でも結構重いんだけど」
リリがそう言うとサラの目が鋭くなった。
「ああぁ!?何だってぇ!?」
「ご、ごめん!持つ、持つよ!」
リリが慌てて袋を担ぐと、サラは表情をガラリと変えて満面の笑顔になった。
「いや〜。聞き分けのいい子で助かるわ〜、あんたは」
サラはニコニコとしながらリリの肩を叩いた。
「あんたが洞窟から生きて帰って来た時はびっくりしたよ。あんた、ギルドに余計な事言ってないでしょうね?」
「い、言ってない…よ」
「そう?でも今私達がこうして声を掛けてなかったらギルドに何か報告するつもりだったんじゃないの?」
「そ、そんな事ないよ…」
サラはリリの耳元に顔を寄せて囁いた。
「変な気起こすんじゃないわよ?妙な真似したらタダじゃ済まないから」
泣きそうな顔でその場に立ち尽くすリリをサラは楽しそうに眺めながら、再び死体にナイフを突き立てた。
ギルドの面談室でウォリーは1人でソファに腰掛けていた。ベルティーナとここで初めて会ってから数日後、彼は再びこの面談室へ呼び出された。
ギルドからは1人だけで来るようにとの指示だったのでダーシャはこの場には来ていない。
ウォリーが入室してから5分程経って、ベルティーナが姿を現した。
「どぉ〜も〜。悪いね〜急に呼び出しちゃって」
そう言ってベルティーナはソファに腰掛ける。ただし座った場所はウォリーの正面では無く、真横だった。ウォリーの鼻にキツい香水の香りが漂って来る。
「そ、それでご用件は?」
「ちょっとさぁ、この間の事とは別件なんだけどぉ、聞きたい事があってぇ〜」
彼女はウォリーの肩に体重をかけて寄りかかった。
「ダシャっちの事なんだけどぉ、妙な噂を聞いたんだよねぇ」
「ダーシャが…何か?」
「ギルドに匿名で手紙が送られて来たんだけどさぁ…」
彼女が封筒を取り出してテーブルに置いた。
「なんでも手紙によれば、ダシャっちはパーティ内で君に酷いいじめをしてるそうじゃん?しかも報酬の分け前もダシャっちが9割持っていってるとかぁ?」
「い、いや、そんな事は…」
ウォリーが答えると、彼女は封筒の中の手紙を広げて見せた。
「ぶっちゃけ、この手紙書いたの君っしょ?君がギルドに提出した書類の文字と瓜二つなんだけどぉ?」
彼女は目を歪めながらウォリーの顔を覗き込んだ。ウォリーは思わず視線をそらす。
「し、知りませんっ」
するとベルティーナは今度はウォリーの頭を優しく撫で始めた。
「大丈夫だってぇ、安心して。ここにダシャっちは居ない。どうせダシャっちからのいじめに耐えかねてこうやって匿名で手紙を送ったんっしょ?あの子は男勝りなトコあっから、君みたいな子は簡単に尻に敷かれちゃうのかもねぇ」
彼女の顔がどんどんウォリーの横顔に近づいて来る。
「ウチに正直に話しちゃいなよ。ウチが守ってあげっからぁ〜」
「し、失礼しますっ!」
彼女の吐息がウォリーの耳にかかった所で、ウォリーはさっと立ち上がって逃げるように面談室を出て行った。
ギルドに戻り、メンバーと別れたリリは宿屋に向かって1人歩いていた。重い荷物をずっと運んでいたせいで歩を進めるたびに身体が痛む。
もう少しで宿に着くといった所で、目の前を1人の女性が塞いだ。
「リリ、探したぞ」
ダーシャだった。
「あ…ダーシャさん…」
「リリ、まだアンゲロスに居るみたいだな、どういう事だ?」
そう言われてリリは視線を下に向けた。
「ごめんなさい…やっぱりダーシャさんのパーティには入れません。ごめんなさい…」
「別にうちに来なくたっていい!だがアンゲロスにいつまでも居てはダメだ!君を殺そうとした連中だぞ!」
リリは下を向いたまま顔を上げようとしない。
「君はこのままでいいのか?ずっと奴らの言いなりで居続けてどうする」
「…ごめんなさい」
リリの目から涙がポロポロと落ち始めた。
「私…学生の時からずっとサラちゃんに酷いことされて来て…それが、ずっと私に染み付いてるんです…こもままじゃダメだダメだって思っても…いざサラちゃんの顔見ると…怖くなって何も言えなくなっちゃう…」
ダーシャはリリに歩み寄ろうとしたが、リリは退がって彼女から距離をとった。
「もう…いいんです。こんな私…放っておいてください…」
顔を下に向けたままリリはその場を去って行く。
「リリ!」
ダーシャが彼女の背に向かって叫んだ。
「魔人族の私なんかと同じパーティでいいのかと君に聞いた時、君は笑顔で私の事を受け入れてくれて…本当に嬉しかった。あの時君と、友達になれたと思っている。それは今もだ」
リリは一瞬立ち止まったが、振り返る事なくすぐに走り去って行く。
ダーシャはその場に立ったままずっと彼女を見つめていた。
「もうはやく行けってば!」
サラに突き飛ばされリリは転倒した。その直後獰猛な鳴き声が聞こえ、3体のゴブリンが倒れた彼女めがけて襲いかかる。
ゴブリンの棍棒がリリの頭に振り下ろされたが、ギリギリの所で彼女は防壁を作り出してガードした。
棍棒が弾かれてゴブリンがよろめいた所を、サラ達が魔法で狙い撃ちにし、あっという間に3体のゴブリンは倒された。
「イエーイ!楽勝〜」
そう言ってハイタッチをするサラ達の足元で、リリは震えながら地面に這いつくばっていた。
防壁を作るタイミングがもう少し遅ければ棍棒で頭を潰されていた。そう考えると彼女の額からどっと冷や汗が吹き出した。
ここは遺跡のような造形のダンジョン。内部はあちこちに分かれ道があり複雑に入り組んでいる。
道の曲がり角ではモンスターと鉢合わせする事も珍しくないので、慎重に進まなければならない。
しかし、先の見えない曲がり角でリリが警戒している所を、サラに突き飛ばされたせいで思いっきりモンスターの目の前に倒れこむ形になってしまった。
「あんたいつまで寝てんのよ!」
サラが足元のリリを蹴る。先程モンスターに攻撃されたのにリリを心配する様子はかけらもなかった。
それでも彼女は文句も言わずに黙って立ち上がった。
彼女達が通路を進んでいくと、少し大きめの部屋に出た。中には何も無くがらんとした部屋だった。
部屋の中央まで進んだ時リリは頭上に気配を感じ、顔を上げた。
天井にモンスターが張りついている。
それは、3メートル近くある巨大な蜘蛛だった。
リリはサラ達に合図を送ると、自身達を包み込むようにドーム状の防壁を張った。
僅かに遅れて巨大蜘蛛が糸を噴射してくるが、糸は防壁に阻まれ、彼女達には届かなかった。
防壁を解除してパーティ、アンゲロスは臨戦態勢に入る。
いつも通りリリが先頭。敵が飛ばす攻撃を彼女が防壁で防ぎ、後方からサラ達が魔法を飛ばして応戦する。
蜘蛛は壁や天井を縦横無尽に移動しながら糸を飛ばすが、リリが素早く防壁を移動させ全て止めて行く。
防壁の隙間を縫うようにしてサラ達の魔法が蜘蛛に次々と命中した。
蜘蛛は緑色の血を吹き出しながらバタバタともがいている。
サラが次の魔法攻撃を準備しようとすると、蜘蛛は彼女達に向かって尻を向けた。
次の瞬間、尻の先端から太い針が飛び出す。
リリはそれを防壁で防いだが、針を受けた防壁には少しヒビが入った。
「サラ!やばい!あの攻撃は何発も防御できない!」
リリが叫んだ。
「あぁ!?ちゃんと防ぎなよ!針がこっちまで飛んできたらあんたタダじゃおなかいから!」
リリの背後からサラの怒声が飛ぶ。
そうしている間にも蜘蛛は針を連続で飛ばして来た。
2発、3発…4発目の針を受けた時防壁が音を立てて砕け散った。
針は彼女達に命中はしなかったものの、サラのすぐ横を通り過ぎていった。
「うわっ!あぶね!」
リリは再び新しい防壁を作り直す。
(3発まではあいつの針を防げる。4発目が来る前に新しい防壁に変えて行けば何とか…)
そう考えるリリの後頭部に、突然衝撃が響いた。
「ふざけんな!ちゃんと防御しろよ!!」
針に当たりかけて怒ったサラが彼女に石を投げつけた様だった。
頭に石を受けたせいで、リリは蜘蛛から視線を外してしまった。蜘蛛は壁を移動し彼女達の横に回り込むと、リリに向かって針を飛ばす。
リリは慌てて防壁を作って自身を守ろうとするが、間に合わなかった。
針は彼女の脚に深々と突き刺さった。
「あああ!」
痛みに悲鳴をあげたリリだが、すぐに声が出なくなった。それどころか身体全体が痺れて動かせなくなっている。どうやらあの針には痺れ毒が含まれていたようだ。
指一本動かせなくなった彼女に糸が飛んでいき、彼女をぐるぐる巻きにして拘束してしまう。
そして、蜘蛛は糸を手繰り寄せながら彼女を捕食しようとする。
「やば!蜘蛛があいつを喰ってるうちに逃げよ!」
そう言ってサラ達は部屋の出口へ走り出した。
その時、黒い炎がサラ達の横を通り過ぎて行った。
炎はそのまま糸を焼き切り、蜘蛛とリリを分断させた。
それからすぐに2人の人影が姿を現し、蜘蛛に向かって行く。
蜘蛛は糸を飛ばすが黒炎がそれを全て焼き消してしまった。
そしてもう1人が剣を振るい、蜘蛛の顔面に剣を突き刺した。
蜘蛛は8本の足をバタバタと振り回して暴れたが、すぐに動かなくなる。
サラ達はその様子をあっけにとられて眺めていた。
「解毒マン!回復マン!」
ウォリーがリリに手を置いて唱えると、彼女は目を見開いて大きく呼吸した。
「リリ!大丈夫か!」
ダーシャが糸を少しずつ焼きながら慎重にリリから剥がして行く。
「ウォリーさん…ダーシャさん…ごめんなさい…また、助けられちゃいました…」
彼女の無事を確認して笑顔になったダーシャだが、すぐに鋭い目つきに変わった。
ダーシャはサラ達の方を向いて怒りに身を震わせる。
「貴様ら!仲間を見捨てて逃げようとするとは何事だ!」
「ああ?何よ急に?」
ダーシャに怒鳴られたサラはイラついた様子で睨み返す。
「先程から観察していたが、お前達のリリに対する行動は見るに耐えん!仲間の命を何だと思っている!」
「そんなん部外者のあんたが口出しする事じゃないでしょ?私らには私らのやり方があんの」
サラは面倒臭そうに自分の髪をいじった。
「大体あんたら何なの?リリとどういう関係よ」
「ババゴラの洞窟で倒れてた彼女を僕達で救出したんだ」
「お前達、リリを置き去りにして逃げたらしいな!」
ウォリーとダーシャが言うと、サラは鼻で笑った。
「それはそれは、余計な事してくれたわね。あそこでリリが死んでれば、いちいち口封じせずに済んだのに」
ダーシャが思わずサラに掴みかかろうとしたが、ウォリーはそれを制止しながら言った。
「この事はギルドに報告する。君達のパーティはすぐに処分を受けると思う」
そう言われてもサラはニヤつきながら手招きをしてみせる。
「リリ〜。こっちおいで」
「あ…」
「来い!」
サラにキツく言われ、リリは震えながらサラの元へ歩いて行った。
「リリはね〜、私らの仲間なの。部外者のあんたらが何を言ったところでギルドは信じないわよ」
そう言うと、サラはリリの顔を覗き込む。
「ほら、あいつらに言ってやんなさいよ。私達があなたをダンジョンに置き去りにしたって?ねえリリ、本当?」
リリが俯いてもじもじとしていると、サラが彼女の脇腹を小突いた。
「ほら!さっさと言えよ!」
リリはうっと小さく唸ると、口を開いた。
「サ、サラちゃんは…そんな事…してない…です。私が勝手に…に、逃げ遅れた…だけ…です」
「よく言えました〜。ね?彼女は何もされてないってよ。言い掛かりやめてくれる〜?」
ケラケラと笑うサラの横で、リリは固く瞼を閉じた。
「リリ…」
ダーシャが一歩前に出て、リリに手を差し出す。
「今からでも遅くない。自分が本当に思っている事を言って。そこから抜け出すんだ」
リリはダーシャの目を見て、それからサラの方を見た。
サラはギロリとリリを睨みつけている。
「怖がる事は無い!嫌な事は嫌だと、正直に言うだけだ。言った後の事なら心配するな。私が君を守る!もう君を、傷つけさせたりはしない」
リリは小さく呻きながら、おどおどとダーシャとサラを交互に見る。
「リリ、あいつなんかに構っちゃダメよ。私達は仲良しだもん。ねーリリ、弱虫のあんたを、誰が今まで面倒みてあげてきたと思ってるの?」
サラはリリの二の腕を掴むと、ギュッと力を込めた。
「リリ、私を信じてくれ」
ダーシャはリリを真っ直ぐ見たまま手を差し出し続けている。
「リリ、私の言う事をききなさい」
サラがリリの腕を握る力を更に強める。指が食い込み、痛みで彼女の目が潤み始めた。
リリがもう一度ダーシャの顔を見ると、同じくダーシャの目も潤んでいる。
「リリ!」
「リリ!」
ダーシャとサラが同時に叫んだ。
「あああああああ!!!!」
リリはサラの手を振りほどくと彼女を突き飛ばした。
「違う違う違う!あんたなんか!仲間じゃない!!!」
そう叫んだ彼女はダーシャの元に駆け寄った。
ダーシャの差し出した手が、しっかりと握られる。
ダーシャはすぐにその手を引いて彼女を抱きしめた。
「よく言った!頑張ったな!もう大丈夫だ」
リリはダーシャの腕の中で声を上げ泣き始めた。
「てめぇ!リリ!私に逆らってどうなるか分かってんでしょうね!?シメあげてやる!」
そう怒鳴ってリリに近づこうとするサラの前に、ウォリーが立ちはだかった。
「何だお前!邪魔だ!」
「リリとダーシャは僕の仲間だ。二人には指一本触れさせない」
サラはウォリーを睨みながら視線をあちこちに動かしている。力ずくで切り抜けるか退がるか迷っているようだ。
「リリ、本当の事を言ってやれ、あいつらが君にした仕打ちを」
ダーシャがそう言うとリリはすぐに顔を上げた。もう彼女の目に迷いの色は無かった。
「私は、サラ達にダンジョンに置き去りにされた!魔法で援護するって言ったまま、帰ってこなかった!」
彼女が叫ぶと、サラは顔を真っ赤にして喚きだした。
「リリ!お前それギルドで言うなよ!言ったらタダじゃおかないから!お前の跡つけまわして、徹底的にシメてやるからな!夜も安心して眠れると思うな!」
「いや、もう手遅れだよ、サラ」
ウォリーは言って、周囲を見回した。
「そうですよね?ベルティーナさん」
彼が言うやいなや、通路の陰からダークエルフの女性が姿を現わす。
「パーティの仲間に殴る蹴るなどの暴行、戦闘中に石を投げつける妨害行為、『リリが死んでいれば口封じせずに済んだ』という発言、そしてリリ本人の口からの証言…きっちり確認しちゃいました〜」
ベルティーナは手帳を手に淡々と語る。
「誰だお前!?」
サラが睨むと、彼女はピースサインで返した。
「ギルドの監視員のベルティーナで〜す。ベルっぴって呼んでね〜ん」
「か、監視員!?」
サラの顔が一気に青ざめた。
「仲間置き去りとかやばくな〜い?ギルドに報告しちゃうから4649ね〜」
そう言ってベルティーナはアンゲロスの一人一人に視線を送る。
「ま、待って!置き去りなんてしてないわ!リリが勝手に言ってるだけよ!何の証拠も無い!」
「え〜。この期に及んで見苦しすぎ〜」
「私がいつ置き去りにしたって!?何時何分何秒!?地球が何回まわった時よ!?証明して見せなさいよ!!」
喚き散らすサラに、ベルティーナは自分の手の甲を見せつけた。
手に彫られたハート型の紋章にサラが目をやる。
「この刻印はぁ…魔術ってゆーか、呪いみたいなもんね〜。ギルドの監視員はみんなこの呪いを受けるの。この刻印が付いてる人はギルドに対して嘘をつけなくなる。虚偽の報告する奴が居たらやばいじゃん?だから〜、それだけウチの発言ってのはギルドにとって信憑性があるワケなのぉ〜」
彼女が語るにつれて、サラの威勢がどんどん弱くなっていく。
「つまり〜、ウチに見られた。聴かれた。その時点でそいつは終わりなワケ。お、わ、か、りぃ〜?」
サラは何も言い返す事なく歯を食いしばって俯いた。
「じゃ〜、君達はウチと一緒にギルドまで来てちょ〜」
ベルティーナが言うと、サラはリリの方を睨んだ。
「お前、このままじゃ済まさないからね…どこまでも追っかけて行って、ボコボコにしてやる…」
言った直後、サラの胸にベルティーナの両手が伸びた。そして彼女は胸の先端をつまむと、親指に力を込めてねじり上げた。
「ぎゃあああああああ!!いたあああああああ!!!」
サラの絶叫が周囲に響き渡る。
「監視員のウチの前で再犯予告とか、ナメてんの?ウチの事。ねぇ、ナメてんっしょ?あぁあん!?」
さっきまでヘラヘラしていたベルティーナの顔がみるみる鬼のように変わっていく。
「痛い痛い痛いいいいい!!!ああああああ!!!」
サラは痛みから逃れようとベルティーナに殴る蹴るを繰り返したが、彼女は全く動じる事なく指に更に力を込めた。
「ぎゃあああああああああ!!!!!」
「もう一回ウチの前で言ってみなよ?リリを追っかけてって何するってええ!?」
「いたいいいいい!!!取れる!!取れちゃうからああああああ!!!!!」
「ああああああ!?なんだってえええ!?」
「許してええええ!!!もうしません!!!もうしませんからああああ!!!!」
そこでようやく彼女は指を離す。サラはその場にうずくまって泣きべそをかきはじめた。
「それじゃ〜、ギルドへ行こっか〜」
ベルティーナはアンゲロスの他のメンバーに笑いかける。彼女達は顔を青くして震え上がった。
「…っ。だからあいつは苦手だ…」
ダーシャが小さく呟いた。
「あ〜そうそう、ダシャっちさぁ…ウチを利用するなんてなかなかナメた真似すんじゃん?やっぱあんたってチョームカツク」
「利用?何のことだ?」
ベルティーナは冷めた表情でダーシャを見つめているが、その瞳の奥には明らかな怒りの色が見えた。
「とぼけないでよ。あの手紙…ウチをおびき出す為にやったんっしょ?」
「手紙…?さぁ…知らんな」
「チィ!!!」
ベルティーナは足元の蜘蛛の死体を蹴飛ばした。
「おぼえてろ」
そう吐き捨て、未だに泣きじゃくっているサラ達を連れて彼女はダンジョンを去って行った。
「何とかうまく行ったね」
ウォリーはホッとした様子で言った。
「しかし、嘘でも気分の良いものではないな、私がウォリーをいじめて報酬の9割も持っていくなど…」
ダーシャが眉をひそめる。
あの手紙を出したのはウォリーの案だった。ベルティーナがここに居た理由。それは彼女がダーシャを監視していたからだ。監視員がアンゲロスを調べないのなら、ベルティーナに自分達を監視させた状態でアンゲロスを尾行すれば良い。ダーシャに敵対心を持っている彼女なら、ダーシャの不正疑惑が出ればすぐに飛びついてくるとウォリーは思った。
「ウォリーさん…ダーシャさん…ありがとうございました。腹をくくってしまえば、案外簡単なものなのですね…」
リリが2人に頭を下げる。
「私…また1から頑張ってみようと思います」
「ああ、これから3人で頑張ろう」
そう返すダーシャを見て、リリは「えっ」と声をあげた。
「そうだね、これからはリリも入れて3人パーティだ」
ウォリーもそう言って笑みを浮かべる。
「あの…良いんですか?私なんかが入って…」
「なんだ、やっぱり私と一緒じゃ嫌なのか?」
ダーシャ大げさにムッとした表情をして見せた。
「い、いえ…ただ、私は1度は皆さんのパーティに入るのを断った身ですから…」
「何言ってるんだ!言っただろう、私がお前を守るとな。言ったからには責任を持つぞ!」
ダーシャはそう言って笑うと、再びリリの前に手を差し出した。
「よろしく。リリ」
リリの顔に少しずつ明るさが戻っていく。
「はい。よろしくお願いします。でも、私は『ガーディアン』。守るのは、私の役目です」
リリは言い、2人は握手を交わした。
ウォリーは剣を抜き戦闘態勢に入る。
ダーシャも黒炎を纏い、目の前の巨大な敵を見据えていた。
ツインタートル。頭部が2つあり全身が強固な甲羅で守られた双頭の亀だ。
「あいつの身体は硬い。まともに攻撃しても通らないだろう。狙うなら、首の下だよ」
それぞれの頭がウォリー達に向かって口を開ける。そして口内が発光し、そこから魔法弾が発射された。
一方の弾は火炎。もう一方は電撃の塊。
2つの頭がそれぞれ別属性の攻撃をしてくるようだ。
ウォリーとダーシャに弾が1発ずつ迫って行く。
その時、2人の背後で構えていたリリが防壁を出現させた。
弾は防壁とぶつかり、大きな土煙が巻き起こった。
2つの頭部は再び口を開け次の攻撃を準備する。
すると、その頭の目の前にダーシャが姿を現した。
ツインタートルが首を伸ばせばその高さは7メートル近くになる。ダーシャは黒炎を翼に変え、その高所にある頭部の前で浮遊し留まっていた。
2つの口は眼前のダーシャに狙いを定め魔法弾を飛ばす。ダーシャはそれを空中で躱すが、次の弾、次の弾と、休む間も無く攻撃が飛んでくる。ダーシャの飛行速度はそれほど速くない。最初は上手く躱していたダーシャだったが、段々とついていけなくなる。
そしてついに、弾の1発がダーシャに直撃した。
だが、ダーシャは無傷のままそこに浮いている。
「凄いものだ、リリのスキルは」
『着る防壁』
その名の通り、常に防壁が自分の身体を覆うように張られる魔法。ガーディアンのスキルを持つリリの能力の1つだ。
この防壁がつけられてから最初に受ける1撃のみは無効化される。ただし連続で使用する事は出来ず、30分程のインターバルが必要である。
2つの頭は仕留めたはずの相手が平然としているのに驚いたのか、一瞬動きが止まった。
その瞬間、ウォリーがツインタートルの首の下部分を2つ同時に切り裂いた。
ダーシャが頭2つ分の視線を引きつけている間に、ウォリーは盗賊マンで気配を消し敵の首下に接近していた。
首から血が吹き出しもがき苦しむ巨大亀の前で、ダーシャは頰を膨らませる。
彼女はウォリーが切りつけた傷口を狙い、口から黒炎を吹き出して追い討ちを食らわせた。
傷口から侵入した炎が喉を通って出て来たのか、亀の口からブワッと火の粉が舞うのが見えた。
そして大きな地響きを鳴らし、2つの頭が地面に落ちる。
そのまま、ツインタートルが再び動き出す事は無かった。
「やったー!すごいすごい!」
今まさにモンスターを仕留めた2人を見ながら、リリが飛び跳ねる。
「2人ともカッコよかったです!」
「いや、リリの防壁のおかげだ。あれを身につけていたから私も遠慮せず奴の目の前まで接近できた」
興奮しながら歩み寄ってくるリリに、ダーシャはそう声をかけた。
「僕なんか剣で斬っただけだからね」
ウォリーが頭を掻きながら笑う。
「しかし、これで私達も…」
「うん。Bランクに昇格だ!」
3人は顔を見合わせながら拍手を贈り合った。
ウォリー自体はAランク出身だが、新しくパーティを作ったという事でパーティのランクはDからスタートした。ランクを上げるには一定の難易度の依頼を成功させなければならない。
彼らのパーティはリリの加入後、Cランク、そして今ツインタートルを討伐した事でBランクへの昇格条件をクリアした。
「ウォリーは前のパーティではAランクだったんだろう?このまま行けば、返り咲けるかもしれんな」
ダーシャがウォリーの肩を叩いた。
「うん。でも、それにはギルドに認められる必要があるから、まだまだ先は長いなあ」
Bランクまではどのパーティも自由に挑戦ができる。だが、Aランク以上になるとまずギルドがそのパーティの能力と過去の実績を調べ、審査した結果挑戦資格ありと判断されたパーティのみAランクへの挑戦権を得られる。
Aランクの依頼はそれなりに危険度が高く、誰でも挑戦できる形にすると無謀なパーティが次々と犠牲になっていくため今のような形になった。
「そう言えばどうしてウォリーさんは前のパーティを抜けたんです?Aランクなんて滅多になれないのに」
「私も前に同じ事を聞いたが、方向性の違いと言われたぞ」
「ええ!?そんな事でAランク抜けちゃうなんてもったいない!」
驚くリリに、ウォリーは気まずくなった。
「僕も出来れば残りたかったよ…でも、パーティメンバーの希望でね」
それを聞いて今度はダーシャがギョッとする。
「なに!?それじゃあ何か!?そいつらはウォリーに出てけと言ったって事か!?」
「まあ…そうだね」
ウォリーは俯いた。
「見る目の無い連中だな、ウォリー程の男を自ら手放すとは!」
ダーシャが鼻息を荒くしながら言い放った。
「そうそう、パーティ名をまだ決めてなかったよね…」
ウォリーは恥ずかしくなり話題を逸らす。
「ああ、Bランクに上がったんだし名前くらい決めた方がいいな」
「何かいい候補ある?」
「ウォリーズはどうだ?」
ダーシャがそう即答したのでウォリーは苦笑する。
「いや…パーティ名に自分の名前を入れるのはちょっと…」
「なぜだ!ウォリーのパーティなんだからいいだろ!」
熱心に語るダーシャに他2人は困り果てる。結局、パーティ名は決まらないまま先送りになった。
「おめでとうございます。ツイントータスの依頼達成により、ウォリー様のパーティはBランクへ昇格いたしました」
ギルドの受付嬢がにこりと笑う。
「やった!」
受付前でウォリー達3人はお互いにハイタッチを交わした。
「あら〜?これはこれは、ご機嫌ですねぇ〜」
突然、女性の声がウォリー達にかけられた。それはウォリーにとってはここ暫く聞いていなかった、それでいて昔から馴染みのある声だった。
「ミリア…」
かつてウォリーを追い出したパーティ、『レビヤタン』がそこに居た。
レビヤタンのリーダー、ジャック。魔法使いハナ。魔法剣士ミリア。そしてウォリーの後釜と思われる長髪の男が揃っている。
「ウォリー、彼らは?」
レビヤタンとは初対面となるダーシャがウォリーに尋ねた。
「僕の前のパーティのメンバーだよ」
「ほう…彼らが」
彼女は興味深そうにレビヤタンの一人一人に視線を走らせた。
「げ、こんな時にこいつと顔合わせるとか…」
ハナが嫌そうに顔を歪ませる。
「久しぶりミリア、みんな…」
ウォリーはハナの態度に一瞬戸惑ったが、すぐに笑顔になって言った。
「何?あんた魔人族なんかと組んでんの?だっさ!まぁ〜ウォリーだからね〜…あんたと組みたがる奴なんて滅多に居ないか」
ハナがダーシャを一瞥し、鼻で笑った。
「ウォリーは人の上に立てるような男ではないからな。こんな奴には誰もついて行かんだろ」
ジャックもハナに続いてそう言う。2人のは顔に薄っすらと笑みを浮かべているものの、その表情から感じ取れるのは明らかな軽蔑だった。
「あ、じゃあ僕たちはこれで…」
2人の態度からここに長居するのはまずいと思ったウォリーは、急いでその場から離れようとする。しかし…
「おい、何だ今の態度は」
ダーシャがジャック達の前に進み出て怒りの表情をむける。
「ええ?なんか文句でも?」
「かつての仲間に再会したというのにその態度はないだろう」
「仲間ぁ?こんな鬱陶しい奴仲間だなんて思った事ないわよ!」
ダーシャとハナが睨み合う。
「どーせ今も依頼中に関係無い人見つけては人助けとかしてるんでしょ?そーゆー正義のヒーロー気取りっていうの…ホントうざい」
ハナのその言葉にダーシャの怒気がどんどん強くなっていく。
「ダーシャ、もういいから、行こ」
ウォリーは必死で彼女を止めようとするが、彼の言葉はまるで耳に入っていない様子だった。
困ってリリの方に目をやると、あの温厚なリリでさえ恐ろしい表情でハナ達を睨んでいる。彼女の185cmの高身長も相まって凄い迫力だった。
「はいはい!そこまでぇ〜。それくらいにしなさい!」
火花が散りそうな雰囲気の中に割って入ったのは、ミリアだった。
「いやごめんねウチの2人が…ああ言ってるけどね、ウォリー君にはパーティのヒーラーとしてそれはそれはすごぉ〜く…活躍して貰ってたのよ。もう今は彼が抜けて寂しくて仕方がないっ!」
ミリアはダーシャの前でそう熱心に語った。先程まで苛立っていたダーシャも彼女の雰囲気に押されて戸惑っている。
「ここは私に免じておさめて頂戴よ。ね?ほら、ウォリー君も困ってるよ、ささっ。あ、ジャック〜ハナちゃん〜。ちょっと大人しくしててよね〜あんまり余計な事言うと話がややこしくなっちゃうんだからぁ〜」
ミリアの誘導で、ダーシャ達とハナ達は引き離されて行った。
「ありがとうミリア。また助けられちゃったよ」
ウォリーが小声でミリアに礼を言った。
「まぁまぁ気にすんな!私達の仲じゃな〜い」
「それにしても何かあったの?ハナ達随分イライラしてるみたいだけど」
「そうそう!そぉ〜なのよ〜。昨日依頼で失敗しちゃってさ〜大した成果あげられなかったんだよね〜」
ペシっと音を立てて、ミリアは自分のおでこを叩いた。
「え、珍しいね。Aランクのレビヤタンが…一体どんな依頼だったの?」
「森で冒険者が次々と行方不明になっている事件の調査ね。行方不明者の死体どころか荷物すら見つからなかった。こりゃ神隠しって奴だね…」
「ちょっとミリア!いつまでそいつと話してんの!」
ハナに声をかけられ、ミリアは慌ててハナ達の所へ戻ろうとする。
「じゃ、私達はこれで。応援してるよウォリー。君なら出来るっ!」
「うん。ミリアも元気そうでよかった」
そう言葉を交わしたのを最後に、2人は別れて行った。
「なんなんださっきの連中は!まるで君を邪魔者扱いじゃないか!」
ウォリー達がギルドを出てしばらく歩いてから、ダーシャが再び怒りを爆発させた。
「はい!私も流石に頭に来ました!」
ハナも口調を強めてそう言う。
「まぁまぁ、落ち着いてよ。僕はああいうの慣れっこだから」
「君が良くても私が納得いかん!仲間を馬鹿にされたんだぞ!」
ウォリーが宥めようとしてもダーシャ達は落ち着く気配が無い。
「なんであの人達はウォリーさんにあんな態度なんですか!」
2人に問い詰められ、ウォリーは仕方なく説明し始める。
「ダーシャは僕の事お節介だってよく言うよね。レビヤタンに居た時もそんな感じでさ、困っている人に出会うと良く助けてたりしたんだ。それが彼らは気に入らなかったみたいでさ」
「それの何がいけないんだ!人を助けるのだって冒険者の仕事の一部だろ!」
「いや、僕は彼らの考えも間違いじゃないと思ってるよ。ダンジョンは危険な場所だ。ちょっとの油断が命取りになる。そんな所で自分のパーティ以外の人にも気を使っていたら、パーティ全体を危険に晒す事だってあるんだ。ただ、僕はそれでも目の前の人を見殺しにはしたくなかった…だからこれは、方向性の違いなんだよ…」
すると、ダーシャがウォリーの両肩を掴んで揺さぶった。
「君がそんな自信なさげでどうする!私が盗賊の毒に倒れた時、君が見捨てずに居てくれたからこそ今があるんだ!」
「私だって、ウォリーさんが他の人を見殺しにするような人だったら、今頃ダンジョンでモンスターの餌になってます!」
面と向かってそう言われ、ウォリーは恥ずかしくなり下を向いた。
「それに価値観が違うにしたってあの態度はないだろう!」
「はい!あの人を見下すような感じ、私も前のパーティで味わっているからこそ許せません!」
ハナ達の態度を思い返しながら、2人の勢いにはどんどん拍車がかかっているようだった。
「よし!決めたぞ!」
ダーシャが大きな音を立てて手を叩いた。
「このパーティの名前は『ポセイドン』だ!」
「…え?」
突然の宣言にウォリーはぽかんと口を開ける。
「レビヤタンとは海の竜の名前だろう?ならばこっちは海の神ポセイドンだ!今日の屈辱を忘れず、私達は必ずレビヤタンを超える!その意味を込めてこの名前にしよう!」
「いや…別に僕はそんな対抗意識でパーティを作った訳じゃ…」
「良いですね!いずれAランクまで上がって、あいつらを見返してやりましょう!」
ウォリーは不服だったが、結局怒り狂う2人を止める事が出来ず強引にパーティ名が決まる事となってしまった。
さらにその後も彼女らの機嫌は治る事がなく…
「ウォリー、依頼を見に行こう!」
「え…?」
「さっきあの赤毛の女性が言っていただろう。レビヤタンは依頼で失敗したばかりだと。私達も同じ依頼を受けよう!」
「な、なんで…」
「レビヤタンが達成できなかった依頼をクリアしたとなれば、私達が奴らの一歩先を行った事になるではないか!私達の実力、思い知らせてやろう!」
「なるほど!やりましょう!」
リリもすっかりダーシャに調子を合わせてしまっている。ウォリーは流されるまま彼女達の後に続いた。
しかしこの選択が後に、ダーシャ自身に恐ろしい災いを招くことになってしまう…
翌朝、ギルドから依頼を受けたウォリー達はサイバスの森を探索していた。
サイバスの森に出現するモンスターはBランクのものが多い。その森で次々と冒険者が行方不明になるという事件が起こっていた。
捜索隊を送ろうにもモンスターが出て来ては襲って来るので、戦闘慣れしていない者は迂闊に森には入れない。
そこで戦闘の実力のあるレビヤタンにこの話が行ったそうだが、結局行方不明の手掛かりすら掴めなかったとの事だ。
単純にモンスターに襲われて死んだとしても、そこに骨や所持品などは残る筈。しかしそれすら見つからないので、冒険者達は不気味に思っていた。
「2人とも、今日の昼食だ」
ダーシャはそう言って手拭いで包んだ食料を配る。中身はおにぎりでダーシャのお手製だ。
冒険者は探索が長時間に渡る場合、ダンジョン内で食事をとる事が多い。しかしモンスターが出没するダンジョンで呑気に床に弁当を広げて食べるというわけにもいかないので、おにぎりやサンドイッチなど移動しながら食べられるものが好まれている。
「レビヤタンさえ達成出来なかった依頼だ、気合いを入れていこう!」
そう言って張り切るダーシャだが、ウォリーとしてはあまり揉め事にしたくはなかったので複雑な心境だった。
「まぁ…私もレビヤタンについてはキツく言ったがな、あの赤髪の女性についてはそんなに悪い印象ではなかったぞ」
ダーシャが言っているのはミリアの事だった。あの時レビヤタンの中で唯一、ウォリーを賞賛していた人物。
「ミリアは、僕の幼馴染でね…いつも僕をフォローしてくれてたんだ…」
遠い目をしながらウォリーは言った。
「なるほど!だからウォリーとも仲がいい訳だな?何だったら、レビヤタンなんか抜けてこっちに入ったらいいのに…」
そう言うダーシャに、ウォリーは首を振った。
「いいや、そこまでして貰うのは申し訳ないよ。レビヤタンを抜けると、色々と失うからね…特に支援金とか」
「支援金?」
「沢山の実績を上げて国に貢献したパーティは、政府から毎月支援金が貰えるんだ。その対象パーティの1つがレビヤタン。特にレビヤタンはAランクパーティの中でも1番の実績と実力があるから、結構高額な支援金を貰ってた。でもパーティを抜けたらそれも貰えなくなっちゃうからね…」
「なるほど…」
ダーシャが眉をひそめた。
「あっ!見てくださいあそこ!」
突然、リリが正面を指さす。他2人がその先に視線を向けると、そこに1人の女性が立っているのが見えた。服装からして冒険者の様だった。
「行方不明になった冒険者ですかね?」
「まさか…そんな簡単に見つかる訳が…」
「ちょっと話しかけみよう」
ウォリー達は女性に向かって歩みを進めた。だが、彼女の表情が見えるくらいまで接近した時、彼らは違和感を覚えた。
その女性はウォリー達をじっと見つめているが、その表情はまるで感情が無いかのような無表情だった。ウォリー達が「おーい」と呼びかけても、眉ひとつ動かさない。
「すいません。冒険者の方ですよね?」
ある程度近付いてウォリーがそう声をかけた瞬間、彼女の背中から何かが飛び出した。
ウォリー達の周囲に粉状のものがキラキラと輝きながら舞っている。
見れば、女性の背中からは巨大な蝶の羽根が生え広がっていた。
「え…羽根が…!?」
「まさか…人間じゃない!?妖…精…?」
ウォリー達は一瞬驚いたが、すぐに別の問題に気がつく。
「あ……れ…?」
彼らの視界がぼやけ、まともに立っていられなくなり3人共その場に崩れ落ちる。
自分達の状況を理解するよりも前に、ウォリー達はその場で眠りに落ちた。
「リリ…リリ!!」
ウォリーに揺さぶられ、リリが意識を取り戻した。かのじょははっとして急いで身体を起こす。
太陽の位置を見る限り、それほど長く眠っていた訳ではなさそうだ。
「さっきのキラキラしてた粉…恐らく鱗粉だよ。あれのせいで眠らされてたんだ」
ウォリーは落ち着きのない様子で周囲をキョロキョロと見回しながらそう言った。
「でも、私達無事みたいですけど…」
周囲は意識を失う前と同じ森の中だ。身体に傷も無い。眠らされている間にどこかに連れ去られたり攻撃を受けたりはしていない様だった。
「いや、まずい…」
ウォリーは額に汗を垂らしながら言った。
「ダーシャが何処にも居ない」
ピチャンと天井から水が落ちる音がする。
ダーシャが意識を取り戻した時、周囲の景色は見知らぬ部屋だった。
窓は1つも無く、その薄暗さと寒さから地下室だと思われる。
「くそっ!何だここは!離せ!!」
ダーシャはテーブルの上に寝かされ、手足は鉄枷で拘束されていた。
黒炎を使おうにも、何故か出せない。よく見れば鉄枷に呪文が彫ってある。恐らく魔法を封印する呪文だろう。
「ウォリー!!!リリ!!!どこだ!?無事か!?」
ダーシャは唯一動かせる口で必死に叫ぶが、返事は無い。
ギィィ…
…と錆びた扉が開く音がして、誰かが入ってきた。
白衣を着てメガネをかけた男が、ダーシャの視界に入ってくる。男はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべ、ダーシャを見下ろす。
「何だ貴様は!私をどうするつもりだ!」
すると男は、ダーシャの太ももを撫で始めた。
「ひっ!」
ダーシャの身体に寒気が走る。
「いい素材だなぁ」
男は不気味な笑みのまま呟いた。
「魔人族は差別の影響でこっちに入国してくる人は滅多に居ない。こんな所で出会えるとは…」
「貴様!やめろ!私に触るなあああ!!!」
そう叫ぶダーシャの顔を男はゆっくりと覗き込んだ。メガネの奥に、三日月のような目が怪しく笑っている。
「それじゃ、今から君の身体をたっぷり弄らせて貰うよ〜ふひひひ。大丈夫、優しくしてあげるからねぇ~」
男の言葉にダーシャは血の気が引いた。
「やめろ…やめろ!!やめろおおおおおおおああああああ!!!!!!!!」