本来なら、到底信じられる話ではない。
喫茶店の話はともかく――自分の寿命が、あと少ししか残っていないだなんて。
泣いて、喚(わめ)いて、そこら中を転げ回ってもまだ足りないくらい、ショックを受ける内容のはずだ。
だけど、不思議なことに、少年の言葉はすとんと胸に落ちた。
 私は二十一歳で死ぬ。
急病で倒れて、運ばれた先の病院で。
いつも仕事が忙しいお父さんも、私の死に目には間に合って、最期(さいご)を見届けてくれる──。
 そういう意味では、目の前のいたいけな少年は、やっぱり死神なのかもしれない。
死神という言い方が悪いなら、神様のもとで働く天使。最初に抱いた印象は、間違っていなかったということだ。
 だけど──彼は一つだけ、大きな勘違いをしているようだった。
「ちょっと、指摘してもいい?」
「何でしょう?」
「今日が土曜日だから、三日後の四月九日は火曜日だよ。さっき見せてもらったチケットには金曜日って書いてあったけど」
「……あれ? すみません、二十四時間営業の喫茶店で働いているもので、曜日感覚が」
「それに、私、十八歳だよ? この四月に大学に入ったばかりの一年生。確かに明後日には一つ歳を取るけど、二十一歳なんてまだまだ」
「嘘だ、そんなはずは――」
 少年は手元のチケットを見つめると、弾かれたように立ち上がり、上着の内ポケットから小さな手帳を取り出した。
 その両目が大きく見開かれる。薄茶色の瞳が泳ぎ、赤い唇がわなないた。
「ご、ご、ご、ごめんなさいっ! 八重樫さんの命日は、二〇二一年の四月九日でした!」
 やっぱりね、と未桜は頷く。
今日は二〇一九年四月六日。チケットに印字されていた『四月九日(金)』というのは、二年(、、)と(、)三日後の日付だ。そういうことであれば、享年(きょうねん)二十一歳という内容に間違いはない。
 先ほどまでの落ち着きようはどこへやら、少年はすっかりしどろもどろになっていた。
「やや、どうしてこんな凡ミスをしちゃったんだろう……まさか、二〇二一年だなんて! 本当にすみません。それは素直に受け入れられないはずです、二年も早くネタバラシをしちゃったんですもんね」
「人の寿命をネタバラシって……言葉に重みがないなぁ」
「わっ、わあっ、本当に申し訳ありません! 二年後に出直しますっ!」
 少年は、今にも土下座せんばかりの勢いで直角に頭を下げた。ズボンのポケットから小さな砂時計を取り出し、目の前に掲げてみせる。
「僕の注意不足のせいで、とんだご迷惑をおかけしてしまいました。今すぐ記憶を消しますね!」
「そんなことができるの?」
「はい。チケットをお見せした後は、いつも必ずこの処理をしていますから。こちらの砂時計をひっくり返すだけで済みます。それでは、大変失礼しました――」
 そう言いながら、少年は胸を張り、掌サイズの砂時計を逆さにした。
 しかし……何も起きない。
 一回、二回、三回と、少年は砂時計をひっくり返した。彼の額に、脂汗が浮かび始める。
「お、おかしいな。どうして記憶が消せないんだろう!」
「……ねえ、これって、新手の詐欺じゃないよね? 本当に私、二年と三日後に死ぬんだよね?」
「それは本当です! 誓(ちか)って本当です!」
 彼は嘘をついていない。直感がそう告げていた。