不死の軍勢を率いるぼっち死霊術師、転職してSSSランク冒険者になる。

「エルフの女子供が皇太子、ねぇ」

 ローグが嘆息すると、カルファは、その皇太子――ルシエラの後ろに凜と立つ。

「はい。血筋としては前皇王、ナッド・サルディア様の実子です。えっと……」

「良いですよ、カルファ。この者達からの信用を得ないことには、何も始まりません。それに、私はあの男(・・・)に対して微塵も尊敬の念も、親としての敬意もありませんから」

「……はっ。では。先日申し上げましたように、前皇王はエルフの美女を隣に侍らせていました。私が皇王に謁見する度に、その数も増えていて――終まいには、その者達との子も授かった。ルシエラ様は、その内の1人です。このルシエラ様には少々いたずら的に、外出先も決めずに抜け出すことがあります。ミカエラさんが、ルシエラ様に非常に似ていたために、念のために……ということで、今回はご容赦ください」

 煮え切らないカルファの言葉に、ローグは突っ込んで良いのか分からずいたのだが、いち早く切り込んだ者がいた。

「エルフと人とは一緒になっちゃいけないよって、お父さんもお母さんも言ってました……。そんなことが、出来たんですね、不思議です……」

「え、えぇ、そうね、ミカエラさん。元々、異種族間交配は何らかの支障が生じることも多くて正常な発育がされる個体も少ないとされます。前皇王は人間、そしてルシエラ様の母君はエルフ族。ですが、稀に正常発達された子は、その分異次元且つ驚異的な力を持っていることが多いのです。例えば、ルシエラ様のような類い希なる星占術などはその一種だと思われます」

 星占術は、あまりメジャーではない上に扱う者も非常に少ないとされるスキルの一つだ。
 星の動きを見て、空からの語りかけを代弁し、それを実際に行動に起こす。
 この術自体は、個人レベルというよりかは都市、国単位での動向を示されることも多く、確かに統治者向けのスキルであるとも言えるかも知れない。

「最近は星の流れが穏やかではありません。サルディア皇国にも、そして、私にも。具体的に何が起こるかまでは読めないまでも、あなた達と深い関わりがあろうことには間違いありません」

「なる……ほど?」

 ミカエラには、少し難しすぎる話のようだった。

「さて、早速ですが時間もありません。本題に入らせていただきましょう。ローグさんは、例の紙を拝見致しましたか?」

 カルファが言うのは、国際ギルドからの通達状のことだ。
 伝書鳩に乗って任務達成直後のローグの元にやってきたそれをローグがポケットから取り出した瞬間のことだった。

「……ししょー?」

「ルシエラ様、いかがなされましたか?」

 ローグとルシエラの動きが止まるのと一瞬止まると同時に、ルシエラはパタリと手に持っていたカードを伏せた。

「皇太子さんよ。この国はいつ頃から属国になってるんですかい?」

「国賓です。迎え入れましょう」

「……え? ろ、ローグさん、ルシエラ様、何が起きて――?」

 ブゥン。

 皇国の貴族街、その中央に位置する最高峰の建造物。それが大聖堂だ。
 辺りには衛兵が数多く配置され、万全のセキュリティーシステムが敷かれるミーティーングルームに、ひょいと現れた人物がいた。

「やぁやぁ、バレてしまっては申し訳ない。久しぶりだねぇ、カルファ。元気だったかーい?」

 ミーティーングルームに突如として現れた大きな黒い孔。
 そこから出てきたのは、1人の青年だった。
 燃えるような紅い瞳、そしてさらさらの紅長髪が腰まで伸びていた。
 羽織ったグレーのマントの後ろには、帝国の国章である蜷局(とぐろ)を巻いた龍が記されている。

 飄々とした様子でやって来たその男は、ぷらぷらと暢気(のんき)に手を振りながら、誰に指図されるでもなく室内の椅子に腰掛けた。
 苛立たしそうにカルファは言う。

皇国領(わたしたち)に何か用でもあるんですか、ヴォイド。自国以外にSクラスの転移魔方陣を展開するのは、連合条例違反だと認識していますが」

「あれぇ、カルファ。知らないのかい? ナッド・サルディア様が皇国領内部にバルラ帝国の魔方陣展開を許可していること」

「はぁ。そのような世迷い言は聞いたことがありませんが。ヴォイド。これは明確な条例違反――」

「失礼しました、ヴォイド卿。我が父ナッドが許可したことは、認識しております。我が家臣の無礼をお許しください」

「――って、ルシエラ様!?」

 ローグは、椅子に座りながら隣のルシエラの表情をじっと見つめる。
 頭の上に疑問詞がたくさん乗っているカルファに、ルシエラは冷淡に呟いた。
 ヴォイド・メルクール。
 《世界七賢人》の魔法術師にして、バルラ帝国の宰相の立場にある人間だ。

「落ち着きなさい、カルファ。以前の亜人襲来の少し前、小規模な対亜人戦闘が頻回に行われるようになった際、保身のことだけを考えた皇王がバルラ帝国に助けを求めていただけです」

「ど、独断で!? 家臣(われわれ)への報告も、相談も何も無しにですか!?」

「何も無しに、です。ですが、ヴォイド卿を始めとして強力な戦力が味方(・・・・・・・・)して下さっている(・・・・・・・・)ことには、感謝しかありませんからね」

「そうだよ、カルファ。かつて対魔の戦において共に闘った味方じゃないか」

「……ッ! で、では! 何をわざわざこんな所まで来たんですかね!」

 数日前の亜人襲来の件といい、皇王の殺害、そして新皇王の極秘即位など。
 山積みにされた所のヴォイド訪問は、あまりにもタイミングが悪かった。
 カルファはそう歯噛みしながらも、気丈な振る舞いはやめなかった。

「いやー、それがねぇ、ほら。件のSSSランクへの昇格資格を持つ冒険者の処遇を一任されたことと謝罪に、ね?」

 ヴォイドが、葉巻のタバコを咥える。指先に魔法力で炎を灯し、煙を吐いた。
 カルファはローグを片目でちらりと見てからヴォイドに向き直る。

「ほら、ウチのジェラート・ファルルという魔法術師のことだよ。どうやら独断で君たちの所に迷惑かけちゃったらしいじゃないか」

「独断ですか?」

「あぁ、独断だ。彼の処遇に対しては、私たちに任せてもらえないだろうか? 報告書で確認させてもらったものの、彼がなぜあのような凶行に走ってしまったのか。こちらとしても白黒させて起きたいな」

「それは出来かねますね。ジェラート・ファルルの件に関しては、皇国管轄です。治外法権は認められません」

「まぁ、そうだよねぇ。じゃ、ジェラート・ファルルの件は君に任せるよ」

「……ししょー、よくお話が分かりません」

「腹の探り合いだ。お国間の話し合いってのは、建前ばっかで本音が出ないもんだよ」

 ミカエラとローグが、ルシエラの影でぼそぼそと呟き合う。
 ジェラート・ファルルの捕縛から数日。カルファ管轄の元で監禁している彼からは有用な情報は何も出てこない――いや、何らかの呪縛のようなものがかかっているように確信しているカルファにとって、これは単なる言葉のせめぎ合いに過ぎない。
 ここでいくらジェラート、バルラ帝国間の関係を探った所で、切り捨てる気しかないヴォイドとの話は平行線を辿る一方だろう。
 
「分かりました。ジェラート・ファルルの件に関しては詳細が判明次第、ご報告させていただきましょう。それにしても、SSSランクの方はあまりにも急過ぎはしませんかね?」

 ギルド連合から出された推薦状に目を落とすカルファ。
 ヴォイドは、机上に出された紙をペラペラと手の上でまわした。

「いやぁ、これはあくまで風の噂なんだけどね。1000年以上も前に滅亡したとされる、始祖の魔王。そして世界恐慌を作り出した龍王が現世に蘇ったって話が――って、どうしたんだカルファ」

「……何でもありません」

 カルファは、つい顔を隠して笑いをこらえていたのだった。
 ヴォイドは長い紅髪をまくり上げて、机の上に大きな地図を開いた。

「とはいえ、問題自体は魔王と龍王(そのふたり)とは直接的には関係しないんだけどね」

  ローグは、自身の手をぎゅっと握るミカエラを見つめる。

「ちなみに、SSSへの昇格資格を持ったそこの――ローグ君は、世界の地理を把握しているかい? データ書によると……数日前に冒険者登録をしたばかりで、それ以前の経歴は一切不肖とされているけど」

 ローグ自身は、国家間という概念をほとんど把握していない。というより、どこにも所属せず放浪生活をしていたのだから、あまり身近な話ではなかったのだが。
 それでも身分証明が必須の世の中で、逃げ隠れする生活が長かったローグにとって、ヴォイドからの教えは非常にありがたいものだった。

「いえ、ご教授くださると幸いです」

 ローグもつられて世界地図を眺める。

「この世界地図……大きさこそ差違はあれど、かつて人魔大戦の終戦後に《世界七賢人》の代表達で北部に3国、大陸中央を一直線に横断するユーリウス山脈地帯を境に、南部に4国。一般的にミレット大陸と呼ばれる巨大陸中央から南よりにあるのが、おおよそ大陸面積の五分の一を占めるバルラ帝国。そして、バルラ帝国の東に、ミレット大陸の中でも最も東部に位置し、大陸面積の十二分の一を占めるサルディア皇国になってるね」

「サルディア皇国って、もしかして、小さい?」

 ミカエラがトントンと、地図上の小国を指でつつくのを見て、ルシエラは淡々と呟く。

「人魔の大戦で一番戦力を出し惜しみし、魔族掃討戦でも元首が兵を動かさなかったのですから当然ですよ。帝王自ら戦地に赴き、最前線で武勲を上げて壮絶な討ち死にをなされたバルラ帝国の領地分配が多くなるのも、当然のことでしょう。現在はその帝王代理として、ヴォイド・メルクール卿が政務に就いているだけです。ともあれ、前バルラ帝国王の戦争好きも目に余っていたのも事実ですがね」

「お互い情勢は良くないだろうしね。黎明期の国を運営するのは骨が折れるね」

 放浪生活も長く、来た敵を何も考えずに屠ってきたローグにとって、どこかの国へ所属するということは新鮮だった。
 だからこそ、聞き逃さないよう、見逃さないように地図を凝視していると、ヴォイドは思い出したかのようにポンと手を叩いた。

「本題に戻ろうか。今回、どこかしらか漏れ出た魔王の再臨に関して、北東部に閉じ込めていた抑圧分子が始祖の魔王を象徴として戦力を集め始めたんだよね。純血魔族というよりは亜人共が主体となったものだけど、どいつもSランクほどの強敵揃い。どこの国も、その対処にまわす余力(・・・・・・・・・・)はない(・・・)。SSSランク昇格試験を行うこと自体が前代未聞なんだけど、引き受けてみないかな?」

 ヴォイドがへらへらと笑顔を浮かべると、ローグは疑問を投げる。

「ちなみに、SSSランクになるとどんなメリットがあるんですか?」

「いいことを聞いてくれたね。それこそ、ぼくやカルファなんかは立場上も相まって、SSランクで止まっているけど。SSSランクは現状、ギルドの中でも最高ランクに位置づけられているんだけど、長い歴史上でまだ2チームしかないんだ。」

「チーム、ですか」

「あぁ。だって、個人でSSSランクの強さを保有するなんてことは有り得ないからね。SSランクの能力や技術を持った個人が集まり、互いが互いを補填して『パーティー』となる。難易度は毎回違えど、死者も出るような任務を乗り越えてからSSSランクパーティーになっていくからさ。メリットとしては大きく2つだ。世界中を自由に行き来することが出来る。国境を超える際の面倒くさい手続きは踏まなくてもいいし、何より富も、名誉も、女も手中に収め放題だよね。どんな面子で挑むかは、君次第だよ。また準備が出来次第、連絡して欲しい。とまぁ、こんな所かな? 国際ギルド連盟からの通達内容としては」

「へぇ……。それは興味深いですね」

 ローグがにやり笑みを浮かべると、少し嫌そうな表情になったカルファが、ヴォイドをジト目で見る。
 その様子を勘ぐったヴォイドは、辺りをキョロキョロと見回しながら呟いた。

「じゃ、そちらの鑑定士さんにもどうやら嫌われているようだし、ぼくはこの辺で国へ帰るとしようかな。――武運を祈るよ、ローグ・クセル君」

 日暮れが近付いたのを見て、何かを焦るようにしてヴォイドは席を立った。
 行きと同じようにミーティングルーム内にダークホールを作り、転移魔法によって姿を消す。


「……ふぅ」

 余程息を張り詰めていたのか、ルシエラは深くため息をついて椅子に深く腰掛けていた。
 ミーティングルーム内に西日が差し込む中で、陰鬱な雰囲気が漂い続けていたのだった。
 ――同日深夜、サルディア皇国のとある湿地帯に、薄暗い影が数千、整列していた。。

「お帰りなさいませ、ローグ様」

『む、帰ってきたか主よ。して、ミカエラの奴はどこだ?』

「ただいま、イネス、ニーズヘッグ。っつーか、こんな深夜帯にあんな子供ここまで連れてこられる訳ないだろ?」

『……そうか、それもそうだな』

「今は鑑定士さんと一緒にルシエラ皇太子の所に行ってもらってるよ。どうも、ルシエラ皇太子とミカエラの2人、気が合うみたいでさ。こんな所を見せるよりはいいだろーよ」

 巨体を地面に寝かせ、露骨にがっかりした様子をしているニーズヘッグ。
 夜の風が吹き抜ける中で、イネスはローグの前で後ろを振り返った。
 ローグ達の目の前に広がるのは、《不死の軍勢》。戦場跡を駆け回り、《蘇生術》を施して自らの駒にしたゾンビ・スケルトンの軍団が列を連ねている。
 
 イネスは、手元に展開させた《死霊術師・傀儡》の電子表をローグの前に差し出した。
 同時に、本来のローグのステータス表示も行われ、そこには《死霊術師・主》と主従の関係を現す細い糸のようなものが繋がっているように表示されている。

「残存戦力は3648。先の対亜人野戦によって、全戦力の6%の消失が確認されています」

 淡々と事実を連ねるイネスに、ローグは「なるほどね」と腕を軽く組んだ。

「行方不明、身体の腐敗、部位欠損などの諸症状のある闘えない者、総じて《死霊術師の蘇生術》が解除されている者ははこちら側で選別・処分致しました」

『いつも通り我の龍・火混合属性の魔法で焼却させておいたぞ』

「その件ですが、ローグ様。最後に《死霊術師の蘇生術》を行使して2年が経っています。現在、小規模紛争が起こっているバルラ帝国南西部では、有力な魔法術師達の戦死も多数報告されています。上手く行けば、6%以上の戦力補充を行えるかもしれません」

『なんだ? あの国はまた落ち着かないのか、相変わらず忙しないことだ』

「領土が大きいからと言って、資源が豊富な所でもありませんからね。それよりも今、かの帝国が厄介なのが――ろ、ローグ……様? どこか、体調が優れないのですか……? お、お熱ですか!? 夜風が身体に障りましたか……!!??」

 イネスがステータス表とにらめっこしつつローグを振り返る。

 ――ローグさん、カルファ。あの男には用心してください。

 ギルド連合会議直後、ルシエラは机の上に2枚のカードを伏せた。

 ――ピエロに、悪魔……ですか。

 カルファが不可思議そうに呟く中で、ルシエラはため息交じりに言う。
 明後日に控える新皇王の即位。
 その日、ルシエラはサルディア皇国の新たな王になる。
 それと同時に前皇王ナッド・サルディアの崩御も正式に公表するなど、異例尽くしの神事になる。

 ――もしかすると明後日、私は殺されるかもしれません。

 脈絡もなくそう話したルシエラの姿が、ローグの頭の裏にいつまでも焼き付いていた。
 どこか虚ろな表情で、湿地帯の仮初めの玉座に退屈そうに座るローグはぽつり、呟いた。

「戦力なら、そろそろここらでも手に入るんじゃないかな」

「……はぁ」

 要領を得ないローグの言に不可解に思うイネスだったが、ニーズヘッグは自嘲気味に笑う。

『戦力の残存が確認されたのなら、我からも報告だ。主の現状も把握しているつもりではあるが、おおよそ北の方角に、淀んだ魔力の集合体反応が接近中だ。現在は山脈付近に止まっているようだがこの国に入るのも時間の問題だろう』

「気になることとして、私からも一つ。ローグ様がカルファ・シュネーヴル達との談合中にギルド『アスカロン』の方に大量の亜人出現の依頼が届いている模様です。グラン・カルマ、ラグルド・サイフォン共に早朝からの出撃を余儀なくされている状況ですが……どのクエストもDクラス級と、そこまで難を要するものでもなさそうです」

「北からも内部からも、亜人出現ってことか」

「どうも、出現範囲も狭く、本来ならば存在しない地域からの出現とのことで対処に時間と戦力を取られている様子です」

『……なんだか、聞いてる限りだとこの国はどうもチグハグ(・・・・)しているな。主よ、いっそ活動拠点を変えてみればいいではないか。もうこの国に縛られ続ける必要もあるまい。また放浪生活を続けるのも悪くないのではないか? くははははは』

 茶化すニーズヘッグだったが、イネスもその案には否定的でないようだった。

「私も、ニーズヘッグの案に反対ではありません。ローグ様が大切にしておいでの戦力を投じてまでこの国に尽くすことはありません。カルファ・シュネーヴルへの義理も充分果たしているはずです」

 2人の説得に苦笑いを隠せないローグは、「昔の俺ならそうしてたかもな」と前置きした上で小さく話す。

「ラグルドさんに、グランさん。ミカエラだって、ルシエラ皇太子だって、みんな鑑定士さんが繋げてくれた仲だ。割と俺はこの国が嫌いじゃないから――滅亡する所(・・・・・)なんて、見たくないんだよ。もう二度も居場所失うなんて、耐えられないだろうしさ」

 ローグの目からしても、この国は危機に瀕していることは明らかだった。
 人魔大戦も終結し、各国が再建に走り回る中で明らかに国力が低いサルディア皇国にはもう後がないにも等しい現状で、ただ1人奔走していたのがカルファだった。

「昔は守れる力がなかった。追い出されはしたけど、やっぱり故郷の孤児院が侵略されてた時に何も出来なかったのは悔しかったんだ。けど、今なら守れる範囲も広い。理由なんて、そんなもんだろ」

『主がそう言うのであれば、我等は付き従うのみだな』

「ローグ様が守りたいものは、私たちが守りたいものと同義です。ローグ様はお優しすぎるのが唯一の弱点なのかもしれませんね」

 寄り添うようにローグの肩に額を当てたイネスの頬は、仄かに紅潮していた。
 辺境の孤児院で静かに暮らしていた頃の二の舞は踏むまいと。
 新たな居場所が出来たのならば、今度こそ、平穏無事に仲間と一緒に楽しく暮らしていくために。

 《不死の軍勢》を前にして夜空を眺めながら固く誓ったのも束の間。

 突如として事態が急変したのは次の日だった。

 ――サルディア皇国内で、深夜の亜人族討伐に赴いた冒険者ギルド『アスカロン』の冒険者達が全滅した。

 早朝、ローグの耳に飛び込んできた情報は、時を同じくしてサルディア皇国全土に知れ渡っていった。
 国家機密的に進むルシエラ・サルディアの即位式が迫った前日の出来事だけに、大聖堂内部にも大きな波紋が広がっていた。
 それは早朝のことだった。
 《不死の軍勢》のメンテナンスを終えたローグ達が冒険者街に赴くと、そこには異様な雰囲気が漂っていた。
 ミニマム化して、ローグの肩に貼り付いているニーズヘッグ、イネスと共に冒険者街の象徴――《アスカロン》の前に妙な人だかりが出来ていたのだ。
 人混みを分けてアスカロン敷地内に脚を踏み入れると、そこはまるで野戦病院さながらの状況だった。

「し、ししょー! 大変です! た、大変なんです! いくら治療しても治療しても、次から次へと重傷者が――!」

 ベッドも足りずに床に転がされている冒険者達の側で献身的に回復魔法をかけ続けるのはミカエラ。
 翡翠の美しい髪が頬に貼り付いていた。

「カルム! 冷たい水を組んできて! 受付嬢さんは倉庫からありったけのタオルとポーションを!」

「――はッ!」

「も、もうポーションの残量も20個ほどしかありません! 近頃の物資不足も相まって、供給量も少ないですし、何より集中治療室に運ばれた回復術師さん達にほとんどが使われています……!」

「完全なポーションでなくても構いません! ポーションはバケツに移して水を注いで、薄めてから使います! 魔力回復薬(MPポーション)は!?」

「そ、そんな高い代物1つしかありませんよ!?」

「あるなら、MPポーションはミカエラさんに! ありったけ……! とにかく、全員死なせないで下さいッ!」

 重たい銀鎧を脱ぎ捨てて、床に広がる冒険者達の血が身体に付着していてもなお、関係無しにと士気を取っていたのは、カルファだった。

 ついこの間まで団らんの雰囲気に満ちていた『アスカロン』がたった一日で早変わりしている。
 そんな様子に流石にイネスやニーズヘッグが押し黙ってしまう。

「そ、そこのお三方! 手が空いているのなら手伝って下さい!」

 受付嬢の焦る怒号にローグが頷くと同時に、イネスやニーズヘッグもギルドの奥についていく。
 事の様子を訝しむローグに、「う、動かないで下さい!」とミカエラが静止している一つの影が話しかけた。

「よぅ……ローグ。っはは。久々の夜任務かと思やこの有様だ」

「あ、あはは、ってて……。俺たちでも、軽い方なんだけどね」

「ぐ、グランさん、ラグルドさん!」

 Bランクのパーティーリーダーが2人揃って、アスカロン前の固い土の上に寝そべっている。
 所々流血している上に、切り傷も相当深い。
 だが、それ以上に不可解なのはそれぞれに凍傷、火傷などの外傷や、止血しても失血が続く状況など明らかに、どこかしら『魔法』の存在が窺えることだ。
 俊敏性を持ち、毒塗り小刀で相手を斬るゴブリンや戦斧を振るうミノタウロス、鈍い動きながらも怪力を振るって戦闘するオークなどの獣人型低級魔物は、刀傷や打撲傷が主となるのにも関わらず、だ。

「むしろ、俺なんかはどーだっていい。むしろやべーのはギルドん中行った回復術師(ヒーラー)だ。班員さえ守れなくって、何が冒険者だってんだ」

 ラグルドよりも重症性の高いグランは、握り込んだ拳を地面に叩き付けた。

「いいから、今は休んでください! 中の回復術師(ヒーラー)さん達は、必ず救けますから……!」

 荒ぶるグランを差し押さえて治療するミカエラ。

「……おはようございます、ローグさん」

 額の汗を拭って、カルファがローグの隣に立つ。
 うめき声をあげるギルド所属冒険者達を横目に、グラン達に気付いたカルファは呟いた。

「グランさん、ラグルドさん、意識、戻されたんですね! 良かった……! も、申し訳ないのですが状況を詳しくお願いします!」

 ラグルドはゆっくりと、確認するかのように言う。

「カルファ様、ありがとうございます。昨夜の夕方から夜にかけて、皇国王都近縁に多数の亜人出現が確認されました。等級はおおよそDランク相当です」

「Dランク? それでラグルドさん達がこんな目に?」

「俺が確認した所では……確かアスカロン所属全12チームが出撃していたと思います」

「12チーム、ですか。それはそれで……昨今の魔物出現の中でもかなり異色に思えますね」

 カルファが腕を組んで考えると、グランは「異色どころじゃねーだろ」と唇を尖らせた。

「任務内容ん所にゃ、『どっからともなく湧き出てきた』って文言ばっかだ。1つや2つ、気付かなくて侵入を許した所はあるだろう。だが、任務全部でそれがまかり通ってんのはどう考えても頭おかしいだろ。それにどのチームも回復術師(ヒーラー)が致命傷を負って、ギルド内部の集中治療室で治療を受けてんだ」

回復術師(ヒーラー)を戦闘不能にしておけば、パーティーが瓦解することを低級魔物が理解してたってことですか……」

「だろうな。Dランクの魔物がそこまでの知性を持ち合わせているとは思えないが、状況を見るとそう判断せざるを得んね。どっから拾ったか分かんねぇが、魔法具なんて贅沢なモンも使ってりゃ、ランクも一気に跳ね上がるだろうよ」

 ――魔法具。
 それは本来、魔法術師が補助具の役割で使う魔法力を使用した武具の総称を言う。
 サルディア皇国においてはポーションよりも高価なものとして扱われており、決して低級魔物程度が持てるようなものではないはずのものだった。

「よりによって、こんな時に――ッ! どこからともなく、ともすれば皇国兵を王都各地に配備強化するしかない……? かといって戦力消失した皇国兵を宛がう訳にもいきませんし……なにより、ルシエラ様の護衛を減らすのは絶対に……!!」

 頭を抱えるカルファだが、ローグは「どこからともなく湧き出てきた……?」と、ふと思考を巡らせていた。

「イネス、お前、確か転移魔法使えたっけ?」

 ローグの言葉に、ポーション瓶をいくつも抱えたイネスが「はっ」とすぐさまローグの方に向き直る。

「転移魔方陣を点、そこを流れる魔法力を線として移動するだけの下級魔法ですね。それならば遙か昔に習得しております」

「……下級? あれって、確かSランク相当の……」

 カルファが本気のはてなを浮かべるが、ローグは続ける。

「んじゃ、その転移魔法は本人以外の他者でも介入は可能だろうか?」

「基本的には不可能です。転移魔法は、転移魔方陣を点とし、最低2カ所に設置することによって成り立ちます。転移魔方陣間には人が瞬間ワープ出来る程度の魔法力の線――例えるならトンネルのようなものを形成させる分の魔法力が必要になりますから。魔法力は人それぞれで性質も種類も大きく違うので、一般的には拒絶反応を起こしてしまうことから、転移魔法は個人でしか扱えないのです。とはいえ、無害な魔法力でトンネル全体をコーティングすれば不可能でもないですが、理論上の話でしかありませんね」

「理論上の話は……ねぇ」

 ぴかんと何かがひらめいたローグは手をぽんと叩く。

「ん、ありがとう。鑑定士さん、ミカエラ。この場は任せた。イネス、ニーズヘッグ、支度してくれ」

「も、元よりそのつもりですが……!」

「了解です、ししょー!」

「仰せのままに。目的地はどう致しましょう」

『なーんかまたアホなことを思いついたのか、ウチの主は?』

 一同の反応を見たローグは暢気な顔で天井を指さし、言った。

「空行くぞ。一度この国をじっくり見てみよう」

 緊迫した状況での、あまりの暢気さには、流石のイネスとニーズヘッグも口をあんぐり開けるほかなかったのだった。
 サルディア皇国上空に浮かぶ3つの人影。

「悪いな、イネス。俺たちの代わりに翔んでもらって」

「とんでもございません。この程度のことに、ローグ様のお力を使う必要などありません」

『むぅ……この小さな身体だと予想以上に高度飛行は体力を使ってしまうな。元の姿に戻れば造作も無いのだが』

 イネスの後背部に現れた漆黒の翼が一対。
 飛翔魔法は事前の準備とそれ相応の魔法力が必要なため、敵への威圧程度にしか使い道はない。 それに対し、戦闘時でもよく飛翔するイネスに抱えられて、ローグ達3人はサルディア皇国の上空へと来ていた。
 イネスとしても、合法的にローグを落とさないように強く抱きしめて、そのふくよかな胸を存分に主の頭に押しつけることが出来るために満更でもない様子だ。

「ええと、皇国上空に何の用事が……?」

 イネスが眼下のローグに問う。
 ローグ達の真下に広がるサルディア皇国は、一望すれば全土を見渡すことが出来る。
 ローグ達の仮拠点である湿地帯、この国におけるエルフ族の故郷、ゴボルド地区や、果ては皇国北部に聳えるユーリウス山脈地帯までもが見渡せる。

「多分、俺の推測が正しければ、向こう側(・・・・)の魔法術師は全部狙ってやってるんだと思う」

「件のヴォイド・メルクールでしょうか?」

「あぁ。多分、俺が来る前から相当仕組んでたんだろうな」

 そう言って、ローグは手の平に淡黒の魔法力を練り上げた。
 近くで見ているだけでヒリつくような極大量の魔法力に、イネスもニーズヘッグも思わず息を飲む。

「イネスは、転移魔方陣いくつほど設置出来るんだ?」

「おおよそ4つです。転移魔方陣を2つ展開し結ぶだけでも相当量の魔法力と技術が必要となりますし、拒絶反応が起きないように別の形の魔法力でコーティングして、ローグ様やニーズヘッグを通すと考えればそれが限界値ですね。私1人だけの時ならば6つほどは出来るでしょうが、私たちであれば飛んだ方が遥かに早いかと」

『主の持つ《不死の軍勢》連中を大移動させるにも、転移魔方陣は流石に使えまい』

「当たり前でしょう。何百・何千の駒を動かせるならば、何もないところから唐突に伏兵が出せるようになりますから。どれだけ集団戦略が楽になるでしょうか」

「それだよイネス。だから(・・・)アスカロン(・・・・・)冒険者は(・・・・)壊滅したんだ(・・・・・)

 ブゥン。

 ローグが手の平に溜めた極大量の魔法力が、サルディア皇国全体に広がっていく。
 広がっていた魔法力は、徐々に黒い粒となって皇国の地上に規則的な紋様と、線として繋がっていく。

「こ、これは――!?」

(アンチ)転移魔法、旅人の軌跡(ゲオメトリ)。使う魔法力はバカデカいが、これで転移魔方陣の大まかな場所と結んだ場所が分かるんだが……何とも、大胆なことしてるねぇ」

『ほう、帝国(やつら)の国章の刻まれた転移魔方陣か。……にしても主はいつそんな魔法を覚えたのだ』

「幼い頃からイネスの転移魔法を真似して真似して真似しまくってる途中の副産物として習得したんだ。小さい頃は、突然イネスがいなくなったりしてて寂しかったからな。ひょんなことでイネスの転移魔方陣を探れるようになってたんだ」

『それはもはや転移魔法よりも遙かな難易度だと思うのだが――』

 横で少し引き気味のニーズヘッグだったが、そんなことなど全く耳に入らないのはイネスだ。
 自らの何倍もの転移魔方陣を魔法力の線で繋ぐという規格外の所業が目の前に広がっているのだから。

「王都を中心とした12の巨大転移魔方陣……ですか。アスカロンに集まった亜人出現数と巨大転移魔方陣の数も完全に合致しています。ですが、有り得ません。人間如きがこれほどの巨大な魔方陣を構築するなんて!」

『なるほど転移魔方陣の位置と、アスカロンに寄せられた亜人討伐依頼場所も全部一致するな。人間め、なかなかに面白いことを企む輩がいるではないか』

「……ッ!」

 悔しそうに歯噛みするイネスに、ローグは言う。

「こればっかりは、俺たちが持ってない国単位の『集』の力だ。1人の力じゃなく、何十人も、何百人もの魔法術師達の魔法力がこの転移魔方陣に詰まってるんだ。帝国は、本気で皇国を滅亡させにかかってるんだ」

「サルディア皇国皇王が死去、亜人襲来で皇国正規兵の4割の消失と、この度のアスカロン冒険者の壊滅。となると――」

「恐らく、今夜にでも仕掛けてくるだろうな。あれほどの大規模転移魔方陣を持続させるだけでも相当だろう。今回の亜人襲撃はいわば前哨戦だ」

 イネスは、そう告げるローグの身体をぎゅっと抱きしめた。

「ローグ様、如何致しましょう」

「決まってる。目下、SSSランク昇格試験は後回しだ。鑑定士さんに話して、すぐさま皇国正規兵を各所に配備してもらおう」

『良いのか? 主の話によれば、この機を逃せば次の昇格試験などいつ来るか分からないと言うではないか』

「そしたら、またラグルドさんやグランさん達と、地道にランクを上げていくしかないよ。それに――」

 ゾワッと。すぐ近くにいるイネスが首筋に冷や汗を流す。
 得体の知れない魔法力が、少なからず怒気をはらみながらも冷静さを微塵も失うことのない冷徹な魔法力が、主の身体から迸っていたからだ。

「――大切な、大切な先輩方を傷つけた奴をのさばらせておくほど、俺は優しくはないんだ」

 得体のしれない新人冒険者であるローグを、快く迎え入れてくれたギルド『アスカロン』。
 新人任務にも嫌な顔一つせずについてきてくれたラグルドやグランが、宴の楽しみ方を教えてくれた皆が、倒れ伏せていたあの状況は、とても看過できるものではなかった。

「イネス、ニーズヘッグ」

「はっ」

『あぁ』

 ローグは、サルディア皇国全土を見据えて不適な笑みを浮かべた。

「次の皇国襲撃が本戦だ。二度とこの国にちょっかいをかけて来られないほどに、この地に足を踏み入れた者は俺たちで徹底的に叩き潰すぞ」

『「仰せのままに」』

 サルディア皇国上空に流れた不穏な魔法力は、風に乗ってどこまでも、どこまでも揺蕩っていくのだった。
 地上に降り立ったローグ達は、傷病者が数多く転がっているアスカロン前で一休みをしていたカルファの前に立っていた。
 ミカエラの献身的な治療や、大聖堂から派遣された皇国正規兵の回復術師達、大聖堂の奥の方から引っ張ってきたらしいポーションなどをフル活用して悲観的な状態からはようやく脱することが出来ていたようだった。
 ラグルドやグランなどは包帯を巻いているものの、他の傷病者の手当に回れるほどには
回復が完了している。

 そんな中、新たに銀鎧を纏ったカルファは皇国兵に渡された紙とにらめっこしていた際に、ローグは言う。

「鑑定士さん、分かってるとは思うけど、恐らくこの襲撃はまたすぐ来ると思う」

「……帝国側からのメッセージですかね」

「なんだ、知ってたのか」

「えぇ、まぁ。ルシエラ様もおっしゃっていましたが、元々帝国は前帝王の時代から侵略国家を思わせる節がありましたからね。国土は広くとも資源はそれほど多くない帝国に比べ、我が国は国土こそ広くないものの資源には自信があります。彼らが狙いを定めるのも充分理解出来ますよ。それに、さぞかし懐柔しやすかったでしょうしね」

 ローグ達の知らない前皇王には、カルファも随分参っている。
 だが、その都度かつての負債を取り戻すかのように悪戦苦闘しながらも国の存続を憂うカルファには、ローグも関心が高まるばかりだった。

「対魔族掃討戦が終わり、共通敵もいないとなると後は身内同士の政争になるのは分かりきっていたことです。私たちに力が無かったことも事実ですが、やれることは全部やります。ルシエラ皇太子殿下と、皇国民を守ることこそが、今の私の最大の使命ですから」

 吹っ切れた様子で呟くカルファに、ローグは疑問を覚えざるを得なかった。

「そうまでして守りたいもんかね、『国』ってモンは」

 嘆息気味のローグの言葉に、カルファは苦笑いをしながらも「もちろんです」と答える。

「皆の故郷です。なくなれば、悲しいでしょう。何より、ルシエラ様が悲しまれます。個人的にルシエラ様に忠誠を誓う身として、あの方は将来必ずやサルディア皇国に光を取り戻して下さる方だと、私は信じています」

 カルファは、銀鎧の胸中央部に描かれた皇国の国章に手を宛がった。

「前にもお話ししたとおり、ルシエラ様は前皇王様の実子です。ですが、父親に愛されたこともありません。母親は、彼女を産んだ直後に亡くなりました。それでもルシエラ様は常にこの国を憂い、この国の未来を健気に占ってきています。ルシエラ様の星占術によって皇国の運命が変わったことは数知れません。そんな彼女のこれまでの頑張りを無駄にしないためにも、私は走り続けないといけないのですよ」

 カルファは、ニーズヘッグが咥えていたいくつもの書類を受け取った。
 ローグはそれを見計らって言う。

「12個。それが、帝国側が皇国に仕掛けてる転移魔方陣の数だ。おおよそ、一個中隊が入れるほどの魔方陣が、皇国王都周りを囲ってる状態だ。皇国側の戦力で太刀打ち出来そうかな?」

 予想を上回る敵の工作に目を疑うカルファだったが、すぐに気を取り直して皇国の大きな地図を見渡した。

「正直言って、厳しいかと思われます。皇国正規兵の6割全てを投じても、これだけ広範囲だと――。それに、恐らく大将として攻めてくるであろうヴォイドがどこに現れるかが分からない以上、皇国最大の戦力であるカルムらは王都中央に置いておきたいのですが――」

 と、そんなローグやカルファ達の元にやってきた集団があった。

「カルファ様、どうかその戦力の中に俺たちを加えてはくれませんか。俺たちだって、このまま黙って寝てるわけには、いきません……!」

「皇国正規兵との共闘なんざ考えたくもないくらいだが、俺たちゃ俺たちで引き下がってらんねぇんだよ」

 全快とまでは行かないものの、何とか立ち上がれるようになっているラグルドや、グラン――そしてその後ろに控えたのは、アスカロン冒険者達だった。
 皇国正規兵と、冒険者との間には大きな溝があることも確かだ。
 皇国正規兵は主に貴族街周囲を中心とする駐屯部隊であり、魔法力の含有量を含め、産まれながらにしてかなりのステータスを保有する者が多い。
 反対に、冒険者は産まれながらにして平民出身であり、直接的な任務などを通して地力を上げて、優良なステータスを築き上げる者が多い。
 冒険者ギルド『アスカロン』出身者の中で唯一皇国正規兵として招集されたカルムを羨ましがる冒険者も多いが、その2つの勢力は相容れないもの同士とされている。

 そんな中で、グランは言う。

「俺たちは今、魔法力こそ全快じゃぁないが、これまで鍛え上げてきた地の利と経験がある。今朝の襲撃で無様に敗走した身で偉そうなことも言えないが、頼む」

 グランと共に、ラグルドや、受付嬢、そして他の冒険者達も頭を一様に下げた。

「皇国正規兵の魔法力と、俺たち冒険者の経験や地の利が合わされば、何とか奴等の侵攻を食い止めることが出来るなら、いくらでも使ってくれ」

 「無論、他の奴等とも相談したしな」と。
 そう言うグランの後ろでは、満身創痍ながらグーサインを作る冒険者の姿があった。

「……ぁ」

 カルファは、一度押し黙る。
 ローグと出会う寸前の対亜人戦では、皇国正規兵も無様な敗北を余儀なくされた。
 皇王の逃亡も相まって、国のトップが亜人勢によって屠られ、地の利もなく崖に追い込まれて全滅寸前にまで追い込まれた。
 あそこでもし、地の利や経験が豊富だった冒険者を頼っていたら結果が大きく違っていたかもしれない。
 それでも、カルファを含めた皇国正規兵達は誰1人として冒険者街へは赴かなかった。 それどころか、皇王の死や亜人襲来に関しては、一切の箝口令を敷いていた。

 カルファは、国を憂う仲間としての冒険者達の瞳を見て思わず俯いてしまっていた。
 だが、すぐ顔を上げて後方に待機していたカルムにすぐさま令を出した。

「カルム、今すぐ動ける皇国正規兵をアスカロン前へ集合させてください。アスカロン冒険者の知恵を仰ぎましょう」

「――はっ。グラン、恩に着る」

「国が潰れりゃ元も子もねぇからな。っははははは」

 蓄えた口髭をさすりつつ豪快に笑うグラン。
 ローグは、カルファに向き直った。

「それじゃ、俺はどこにいればいいんだろうね。俺や、イネスやニーズヘッグ(こいつら)だったら多少無茶な所に行っても何とかしてみせるよ」

 と自信満々に言って見せたローグだったが、ラグルドやグランは「何を言っているんだ……?」と心底不思議そうにしてローグの頭を叩いた。

「お前はSSSランク昇格試験に行くんだ。こんな機会、滅多にあるもんじゃねぇ。それに――」

 ラグルドとグラン、受付嬢を始めとしたアスカロン冒険者はにかっと笑みを浮かべた。

「お前のことだ。パパッと任務クリアしてこっちの手助けしてくれりゃ、何の問題もなかろうて」

「……グランさん、それじゃ俺たちローグさんにおんぶに抱っこじゃないですか」

「あぁ。情けねぇがな。だが、ローグが帰ってくる頃くらいまで食い止めることくらいは出来らぁよ」

「そ、それこそカルファ様が許すわけがないじゃないですか、ね、ねカルファ様!?」

 ラグルドが怯える様子でカルファを向く。
 冗談交じりに笑い合う冒険者間の中で、カルファだけが唯一ぶつぶつと呟きながらも、冷静に言葉を紡いでいた。

「いえ、ローグさんには予定通り昇格試験に赴いてもらいます」

 カルファのはっきりと呟いた言葉に、ローグは耳を疑うしかなかったのだった。
「か、カルファ様、その、流石に無茶っす、俺たちだけで全軍防ぎきるのは、流石に自信ないっす」

 プライドをいの一番に投げ捨てたラグルドが、おずおずと手を挙げる。
 カルファは腕を組みながら、ローグの持つSSSランク昇格試験の受注用紙に目を向けた。

「その受注を行った当人は、恐らくヴォイドです。となれば、私たちは普段通りの行動を取るべきなんです。ヴォイドは、ローグさんが昇格試験を受けるべく出立することを前提として皇国侵攻を企てていることでしょうから」

「つまり、極力帝国の脅威になりそうなローグさんを昇格試験の為に別の場所に追い払っておいて、その隙に皇国を乗っ取ろうと考えてる……ってことであってますか?」

「その通りです、ラグルドさん。そして、私たちが唯一優位に立っていることと言えば、帝国の転移魔方陣の存在と、侵攻を事前察知出来たことです」

「だ、だったらなおさらローグさんに今出て行ってもらわない方が、俺たちにしちゃ助かるじゃないですか! それだったら、帝国も攻めてこない可能性もありますし!」

 ラグルドの必死の説得に、グランはため息を吐きながら「お前にゃプライドはねーのか」と硬い拳で拳骨を喰らわせていた。

「もしローグさんがこのまま昇格試験に出向かなければその通りになる可能性は高いでしょう。ヴォイドとて、犠牲を多くは出したくはないでしょうしね。ですが、勝機があるとするなら今しかないんです」

 カルファは地図を見渡した。

「皇国正規兵の既存兵力はおおよそ前回の6割。今朝の亜人襲来によって冒険者は壊滅。そしてローグさん達は昇格試験へ。これは、彼らにとっては絶好の機会でしかありません。仮に昇格試験へと赴かなければ、帝国は再び戦力を増強して、改めて攻め入ってくるでしょうが、不確定期の侵攻に耐えられる国力は今の皇国にはありませんから」

 グランは、「なるほどねぇ」と相づちを打ちながら後方の冒険者軍を見渡した。

「一番大ピンチなのが今であるのと同時に、奴等が最大限油断する可能性もあるってのも今でしかないのか。何とも、国のトップ補佐ともあろうものが大博打をするもんだな。下手すりゃ全滅だ」

 不適な笑みを浮かべるグランだったが、カルファは金の長い髪を左右に振って立ち上がった。

「ですが――もし、ローグさんが再びここへ戻ってきたときに、SSSランクとなっているならば。それは帝国側にとっても大きな脅威となります。皇国に強大な戦力があることを、帝国以外の他国家に認知させることも出来ます」

『ほぅほぅ。主の存在自体が侵攻と、他国友好への抑止力ともなるということか。随分と信頼が厚いのだな。くはははは』

 凜とした表情でローグを見据えたカルファは、ぐっと唇を噛みしめていた。
 カルファは、信じ切っている。
 だからこそ、ローグがSSSランクになって帰ってくることを前提として今の作戦を構築していることは明白だった。
 ローグは冒険者達と、カルファを見渡す。その強い瞳を確認したローグは不適な笑みを浮かべた。

「夜までです」

「夜……ですか」

「それまでには、帰ってきます。だから、先輩方のご好意に甘えて俺は、昇格試験に行ってきます」

 ローグの決意表明に、カルファはほっと胸をなで下ろす。グランや、ラグルド、受付嬢を始めとしたアスカロン冒険者は次々にグーサインを出した。

「それでこそだ。アスカロン初のSSSランクになってこい、ローグ」

「こ、こっちはこっちで何とか凌いでおくから、なるべく早く帰ってきてねローグさん!?」

 快活に笑うグランと、ビビりまくるラグルド。
 ローグの背中をドンと押したグランは、顎髭に手をやりながらにかっと笑う。
 そんな冒険者達の人だかりを懸命に掻き分けてやってくる少女がいた。

「ししょー! 全員分の治療が終わりました。みなさん、魔法力もたくさん減ってたので、流れをちょっといじくって元通りにさせてもらいました!」

 ピシィッと敬礼ポーズと共に尖ったエルフ耳をピクピクさせてやってきたのはミカエラだ。

「よぉしよぉしよくやってくれたぞ~」

「うへへ~~」

 わしゃわしゃとミカエラの翡翠の頭を撫で回すローグに、ミカエラは心酔しきっているようだった。
 カルファはふと疑問を覚えてミカエラに問う。

「魔法力の回復、ですか。現実には聞いたことがありませんね。ちなみにローグさん、ミカエラさんの能力って鑑定させて貰ってもいいでしょうか?」

「そういえば、見たことは無かったが……ミカエラ、大丈夫か?」

「はい、ししょーがいいというなら喜んで!」

 ミカエラが元気の良い返事をすると共に、「それでは――」と意気込み、ブゥンと左目に魔法力のオーラを滾らせた。

【名前】ミカエラ・シークレット 【種族】エルフ
【性別】女          【職業】回復術師(ヒーラー)
【所属】ローグ・クセル
【ギルドランク】無
【レベル】13/100     【経験値】5,460
【体力】D           【筋力】E
【防御力】E          【魔力】S+
【俊敏性】E          【知力】D
【スキル】完全回復術Lv.10
     MP回復術Lv.5
     王の血族

「色々気になる所はたくさんありますが、魔法力(MP)回復なんて出来る回復術師(ヒーラー)が存在したとは……。にしても、王の血族……?」

 不審がるカルファを横目に、ローグは言う。

「本来ならミカエラにも来てもらいたい所だが、危なすぎるからお留守番だ。鑑定士さん、お願いするよ」

「は、はい、分かりました」

「いってらっしゃいなのですししょー!」

 一日にして、アスカロン冒険者間のアイドル的存在に昇格したミカエラが、明るく呟くと同時に――。

「鑑定士さん、頼みがある」

「はい?」

 ローグは他の誰にも見られないように、カルファに複数枚の紙を手渡した。

「魔方陣、ですか」

「あぁ。どうしてもって時にはこれを使うと良い。日中は使えないが、召喚魔法の魔方陣だ」
 
「何から何までローグさん頼りで申し訳ありません……。その代わり、帰ってきたら皆さんでお祝いをさせてください」

 そして深々と頭を下げるカルファ。

「お祝い、期待しておくよ」

 皆の声援と期待を込めて、ローグ、イネス、ニーズヘッグの3人はサルディア皇国の王都を後にした。
 それを見計らったかのようにして、彼らの出立から程なく3時間後、皇国全土に謎の魔法力反応が現れることになる――。
「エルフ居住地のゴボルド地区に3隊配置、王都外壁ガジャ地区にはBランク『獅子の心臓(レグルス・ハーツ)』、両隣の地区の戦力が集中しそうなダルン地区に『ドレッド・ファイア』、シャルロット地区にはカルムら皇国正規兵のカルム小隊……。ヴォイドが現れるとするなら――」

 日も西に傾き始めた大聖堂中央のミーティングルームで、カルファはぶつぶつと長方形の駒を戦力に見立てて動かしていた。
 王都の中で一番権威付いた大聖堂を中心に、円上に広がる貴族街、その外に広がる一般市街、更に外を囲う冒険者街。
 王都周囲を取り巻く、ローグから教えてもらった12の巨大魔方陣に即して戦力を分けたカルファは大きくため息をついた。

 パチリ、パチリと数枚の手札を伏せていくルシエラ・サルディアは落ち着いた声色で言う。

「この国にもはや安全な場所などありませんよ」

 ルシエラがペラリと(めく)ったそのカードには、何も描かれていなかった。
 悪魔も、天使も、ピエロも、何一つ描かれていない白紙のカードだ。
 白黒つかないカードの結果に嘆息しながら、ルシエラは小さく呟いた。

「万が一、私の身に何か起ころうものならば後を託しても良いですか、カルファ」

 皇国に流れる空気は驚くほど穏やかなように思えた。
 このまま何もなく、新皇王の即位式をこなせるならばどれほど平穏か。
 このままいつものように夜になり、朝を迎えることが出来るならばどれほど安心か。

 ドン底に陥っている弱小国家の年若き皇女が、自らの命を達観している。
 皇国にではなく、ルシエラ・サルディア個人への忠誠を誓っているカルファは、頭を上げた。

「ルシエラ様は、皇国の心臓です」

 ルシエラはつまらなさそうに数十枚のカードをシャッフルした。

「ルシエラ様の予期するとおり、今回の襲撃があるとすれば、彼らは前回の討ち漏らし(・・・・・)を逃さないでしょう」

 前皇王ナッド・サルディアは、皇国の長でありながらも、実質的な他国からの脅威としては見られていなかった。
 可能性があるとすれば、次代の王。
 サルディア皇国再興を根絶させたければ、ルシエラ・サルディアを狙ってくることは明白だった。

前皇王(ナッド)様が民を捨て、貴族達が王都を捨てて地方に散らばる中でもこの地に残って下さいましたね。覚えておられますか、あの日のことを」

「えぇ、天使と悪魔のカードが出た日でしたね。占術をやっていて、両極のカードが出たのは初めてで戸惑ったのを覚えていますよ」

「ルシエラ様のカードのお告げがなければ、私とてローグさんに声をかけられなかったかもしれません。忌避職持ち(死霊術師)のローグさんに、恐怖を抱かなかったと言えば、嘘になります」

「それが今や皇国存亡を託すほどの人物になるとは、考えていませんでした。彼を皇国側に引き込んだカルファには、頭が上がりませんね」

「……私には、他の《七賢人》のような武は持ち合わせてないものですから」

 昔話でもするかのように語る2人。

「ルシエラ様は、この国難を乗り越えたら何がしてみたいですか?」

 そんなカルファの一言に、ルシエラは思わず口をぽかんと開けて呆気に取られてしまっていた。

「してみたいこと……ですか」

「何でもいいんですよ。貴族街の高級レストランに行けば、ルシエラ様なら貸し切りに出来ます。一般市街に赴けば、全ての市民が傅くでしょう。冒険者街は……臭く汚らしい光景が広がっているのでオススメは出来かねますね。それに、ミカエラ様のお母君の故郷でもある、北西部の《エルフの古代樹》へ赴けば、ルシエラ様の遠方の親戚もたくさんいるかもしれません」

 前皇王ナッド・サルディアを父に、そしてナッドが勝手に懐柔して妻に召し抱えたエルフ族を母に持つルシエラは、いわゆるヒトとエルフ族のハーフでもある。
 サルディア皇国エルフ保護地区のゴボルド地区にあるエルフ族は、数にして300程度の人口だが、彼女らの本来の故郷である大陸北西部・《エルフの古代樹》には5000あまりのエルフ族が住んでいて、今も絶えず増え続けていると言われている。

 先の大戦において《七賢人》の一角を担ったエルフ族の女帝が、人魔大戦の報酬としてエルフ族の故郷を貰い受け、世界中に散らばったエルフの同胞を集めて独立国家を形成しているという話もあるほどだ。
 エルフ族にとって今一番過ごしやすいのは、《エルフの古代樹》であることに間違いない。

「で、ですが、バルラ帝国を通り抜けないといけない以上、不可能です。越境には身分証明も必須です。今の私たちが行こうとしたところで、捕らえられるのが関の山です」

 少し赤面して言うルシエラだったが、カルファはそんな彼女の頭を優しく撫でる。

「でも、行ってみたくはないですか?」

「そ、それは……母様(かかさま)の故郷なら、一度は行ってみたいですけど……」

 恥ずかしそうにエルフの耳をピクピクとさせるルシエラ。

「ですから、バルラ帝国なんてやっつけてしまえばいいんです。彼等の戦士も、宰相のヴォイドも跪かせてしまえば簡単に帝国の土を踏めるのです」

「驚きましたね。カルファがそんなに前向きな考えになるなんて。少し前までは、『私、いつが死に時なんですかね……』なんてものが口癖だった、あなたが」

「うぇっ!? 私、そんなに病んでましたか!?」

「覚えていないんですか?」

「あ、あはは……。あなたの父親の私利私欲に塗れた衆愚政治を制止するので精一杯でしたから……。私、産まれながらにして《武》の才能をどこかの(どぶ)に捨ててきちゃったみたいで……」

「父の蛮行はこの目にしっかり焼き付いていますからね。私が皇王になった暁には、あのような民を顧みない(まつりごと)などは決して…………あ……」

 何かに勘づいて、顔をぱっと上げたルシエラは、今日初めてカルファと目が合ったことに気付いた。

 その瞳に映っていたカルファは、笑っていた。
 空虚な笑みでもなく、諦めたような笑みでもなく、苦笑いでもなく、長らく見てこなかった年相応の女の子の表情で、ルシエラとガールズトークでも繰り広げているかのように、心の底から笑っていた。

 唇をぎゅっと結んで、ルシエラは真っすぐにカルファを見た。

「ありがとうございます、カルファ。少し、目が覚めた気がします」

 ルシエラは、手持ちのカードをじっと見つめてから一枚の札を取り出した。
 吉兆を現すとされる、天使の絵柄のカードだ。

「失礼しますッ!」

 ルシエラが新たに決意を固めた所に、1人の衛兵がミーティングルーム内に飛び込んでくる。

「王都周辺区画にて、未確認の魔法力反応を検知! 昨夜のものより遥かに大規模です!」

 衛兵の言葉を聞いた2人は、互いに示し合わせるかのように顔を見合わせた。

「カルファ。最も戦禍の大きそうな場所はどこになるか、見当つきますか?」

 そう問われたカルファは、「はっ」と短く応答した。

「私の勘が正しければ、そこは――」

 にやり、含んだ笑みをカルファは浮かべる。

「最も臆病で、最も堅実な闘い方をする、新進気鋭の冒険者パーティーの担当区域です」
「んぉぉぉぉぉなんかいっぱい出てきたぁぁぁぁぁ!?」

「……いやぁ、ホントにたくさんすぎてちょっと勘弁して欲しいねこれは」

「ちょっと昇格試験するタイミング悪すぎたかな!? あのタイミングであがらなきゃこんな大仕事任されてなかったよね!?」 

「さーな。昇格試験(あん時)みたいにシャンとしてくれ、リーダー。アタシらはそれについていくだけだからさ」

 嘆息しつつ、持ち武器である長槍を肩にトントンと当てるのは、とあるパーティーの槍使い。その名を、シノン。

 ――ダルン地区。
 王都外壁にあるその一帯を、ヒトは『王都の裏玄関』と称する。
 『王都の正門』とも呼ばれるガジャ地区(獅子の心臓(レグルス・ハーツ)担当区域)は、正面とも言われるからこそ、煌びやかな街並と地方からの出稼ぎ商人達による、物品販売拠点となっている。
 だが、その反対に冒険者街に最も近いダルン地区は、冒険者用の防具・武具や怪しい裏通り、泥臭く、寂れたような街並みだった。
 鉄と血生臭さが一体となるこの地区は、見栄えこそ悪いものの冒険者活動の要である。
 この要所を潰しておけば、冒険者も再起は出来ないという狙いもあることだろう。

 ブゥンッ。

 そんな鈍重な音と共に小さな魔法力反応がいくつも合わさって、地面に巨大な円が描かれた。
 バルラ帝国国章と、転移召喚の呪文式が刻まれた大円から、紫色の光が迸る。
 まるで地面から生えてくるように、その魔方陣からは次々と亜人の群れが現れてきている。
 地面はぬかるみ、生ぬるい風が過ぎる湿地帯。
 ベチャリ、ベチャリと生々しい音を立てつつゆっくりと前進してくる亜人の群れに、思わず後方から声が漏れる。

「気味の悪い……ッ!」

 ラグルド達の後方では視界を覆う者までいた。
 対亜人戦闘においては、皇国正規兵よりも冒険者達の方がはるかに実戦経験が豊富だ。

 新生Bランクパーティー『ドレッド・ファイア』を中心に冒険者パーティーが4組、皇国正規兵の小隊が5つの総勢150余。
 その先頭指揮を頼まれているリーダーのラグルド・サイフォンは腕に巻いていた炎色のタオルを頭に巻く。
 ラグルドに近寄ってきて、皇国正規兵は言う。

「敵勢力、Eランク級ゴブリンが120、Dランク級ゴブリンキング10……は分かるんですが、あれは――?」

 正規兵の指す先には、大きさの違う3つのゴブリン集団がいた。
 E、Dランク級は正規兵も闘ったことのあるものだが、その戦闘を歩く1つの大きな巨体。
 緑色の素肌に、デコボコと盛り上がった筋肉質の体躯。下半身の二倍ほどもある上半身を柔軟に使って、大地に拳をぶつければ、大きな大きなクレーターが形成されている。
 下顎に生えた野太い牙からは止めどなく涎が垂れ流されている。
 全長にしておおよそ3メートル。ヒト2人分ほどもある化け物は、他のそれとは明らかに体格も、魔法力量も別格だった。
 ラグルドの背筋が思わず強張った。

「あ、あれ、ゴブリンロードだよね? よりによって今鉢合わせるとか……!?」

 ラグルドの背中をポンと叩く槍使い、シノンは言う。

「確か、1国に1頭。その国のゴブリン全てをとりまとめるバケモンがいるってのはよく聞くが、実際見るのは初めてだな」

 ドレッド・ファイアのラグルドとシノンの会話についていけない正規兵は、頭の上に疑問符がいくつも並んでいるようだった。
 見かねたシノンは進軍するその亜人部隊を見て呟く。

「ゴブリンロード。推定ランクA、ゴブリンの真の王だ。数百年単位で生き長らえ、勢力を伸ばし、属性不明の魔法を行使することもある。アンタらが前闘ってたってゴブリンキングが中将だとするなら、ゴブリンロードは大将って考えりゃいいよ」

「……ッ!? そ、それなら――」

 皇国正規兵の間に動揺が走る。
 以前彼らが大敗したものがゴブリンキングなのだから、当然だろう。
 
「ローグの旦那に、いいとこ見せるんだろ?」
 
 シノンは手持ちの槍柄でラグルドの腰をポンポンと叩く。
 言うや否や、ラグルドは思い出したかのように呟いた。

「そうだ、俺たちでもローグさんが帰ってくるまでには、持ちこたえてみせる……! いや、倒しきってみせる!」

 先ほどまでの臆病な素振りは微塵も見せないその表情で、腹を決め、大きく息を吸った。

「各個撃破優先して、5人1組を崩さずにして混戦だけは避けて! 皇国上級兵とCランクパーティーは道を作ってくれ! ドレッド・ファイア(おれたち)がゴブリンロードを打ちのめす!」

 四方に目線を移しながら呟く司令塔に、皆が大きく頷いた。

「や、やっとウチらのリーダーがやる気になったか……」

「ま、まぁまぁシノンさん。いつものことですし!」

「エンジンかかるまでが長いんだよッ!」

 好戦的な目をしたラグルド達に向けられる敵意。

「??????????,????????????????????」

『ォォォォォオオオッッ!!!』

 冒険者・皇国正規兵連合軍の前に現れた敵亜人軍の主力級の戦力は、大きく雄叫びをあげると共に、ゴブリンの群れは小刀武器を片手に各々突っ込んでくる。

「全員、生きて帰って、朝まで飲み明かすぞッ!」

『うぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 大地を揺るがす咆哮にも負けず、ラグルドは先頭に立ってゴブリンの群れに向けて、直剣を振り下ろしていったのだった。