眼前に立ち塞がる見慣れた姿を前にして、四人は足を止めた。
 ドレスのような甲冑。明るい橙色の髪。籠手と剣が一体化した特殊な武器。こんな格好をしている人間を、フォン達は一人しか知らない。

「ようやく見つけたわ、フォン。ずっと待ってたのよ」

 アンジェラ・ヴィンセント・バルバロッサ。
 王都最強の一角でもある女騎士が、腕を組み、ひどく気難しい顔で立っていた。

「……アンジー? どうしたんだい、そんな顔をして?」
「久しぶりね。すっかり様子が変わったみたいだけど、どこかで修行でもしてたのかしら?」
「そんなところだよ。街を空けてたのは悪いけど、有益な時間を過ごせたよ」

 普段はフォンに優しいはずのアンジェラだが、今日ばかりはどこかぴりぴりした態度だった。まるで、デートの約束をすっぽかされた恋人のようだ。
 とはいえ、そんな理由ではないということだけは、彼には分っていた。一方で事情を理解していない様子のカレンはというと、うきうきした調子で口を開いた。

「もしかして、おぬしも聞きたいでござるか? 拙者達の大大大冒険譚を……」
「興味はあるけど、今は結構よ。それよりも、大事な話があるの」
「大事な話?」

 話を遮られて頬を膨らます青毛の猫を無視して、アンジェラはフォンに話を続ける。

「ええ。帰ってきて早々で悪いけど、そこのカフェで話しましょう」

 アンジェラは直ぐにでも何かの相談をしたい様子だったが、どこか傲慢にすら感じられる彼女の態度をクロエが咎めた。

「本当にいきなりだね……荷物をまとめる時間くらい、くれてもいいものじゃないかな」
「クロエの言う通りでござるよ。拙者の言えたことではござらんが、不躾でござる」

 アンジェラ・ヴィンセント・バルバロッサといえば、ギルディアから少し離れた王都ネリオスでは名を知らない者がいないほど高名な騎士だ。国王直属の五人の剣士『王の剣』の紅一点でもあり、相応の立場にも就いている。
 だからこそ、クロエ達は礼儀の一つも知らないのかと言及してやった。正確に言えば、礼儀を知っているはずだろうに、どうして無礼に見えるほど急いているのかと聞きたかった。
 カレンが口頭で同意し、サーシャは無言ながら威圧感を醸し出す様を見たアンジェラは、交渉に失敗したかのように苦い顔を見せたが、フォンだけは違った。

「……いや、話を聞こう」
「師匠!?」

 少しだけ考え込んだ彼がアンジェラの提案を呑んだのを聞いて、三人は驚いた。
 無礼や傲慢さを最も窘めるはずのフォンが、まさか彼女の乱暴な相談をあっさりと承諾すると思わなかったからだ。
 勿論、彼も考えなしに話を聞く姿勢を取ったわけではない。

「アンジーが礼儀を知らないはずがない。それを踏まえたうえで僕達に話を聞くよう言ってくるってことは、相当危険な案件のはずだ……そして、大事件のはずだからね」

 フォンの予想は、のっぴきならないほどアンジェラが切迫した状況に置かれていると言っていた。荷物を宿に置くより先に、休息を取るよりも先に共有すべき事柄を抱えているのだと、彼は思ったのだ。
 そして、その予想は当たっているようで、アンジェラは軽く微笑んだ。

「察しがよくて助かるわ、フォン。ああ、お代は奢るから安心して」

 くっつけたようにも見える笑顔を浮かべた彼女に先導されるがまま、一同は一番近い喫茶店へと歩いて行った。

「……なーんか、嫌な予感がするけどね」
「サーシャ、同意」

 クロエとサーシャの言葉が聞こえているのかいないのか、テラスにどっかりと座ったアンジェラは、彼女と同じ円形のテーブルに腰かけた四人に手を翳しながら、とてとてと駆け寄ってきたウェイトレスに言った。

「コーヒーを四つ。そこのお嬢さんには、オレンジジュースを」
「かしこまりました」

 ウェイトレスがぺこりと頭を下げてカウンターに向かったのを一瞥もせず、アンジェラは四人に向き直った。表情はまた、さっきまでの神妙さを取り戻していた。

「それじゃ、事情を話させてもらうわね。少し長くなるけど、我慢して聞いて頂戴」

 フォンを含めた四人が頷くと、アンジェラが重い口を開いた。

「……ことの始まりは、貴方達がギルディアを出て間もなくよ。クラーク一味が使っていた薬物の出どころについて調査を続けていた私に、王都に戻ってくるように命令が下ったの」

 どんな話を叩きつけられるのかと思いきや、話は意外にもあっさりしたものだった。
 王都騎士団に属するアンジェラ、ましてや騎士団を率いるほどの立場であるなら、ギルディア担当とはいえネリオスに戻るよう命令されるのは珍しい話ではない。むしろ、これまで一度だって帰還していないのなら、そちらのほうがおかしいと思えるくらいだ。

「王都騎士団が王都に戻るなんて、別におかしな話じゃないわよね?」

 クロエが当然の問いを口にすると、アンジェラは首を横に振った。

「問題は、命じられた理由よ――クラーク達勇者パーティを収監した牢獄が、何者かによって破壊されたの。犯罪者連中と一緒に、彼らは逃げ出したわ」

 今度こそ、一同は帰還を命じられた理由の異常性を理解した。
 彼らが最もよく知る犯罪者集団の脱獄は、まさしく寝耳に水であった。

「なんだって!?」

 クラーク、もとい勇者パーティといえば、つい最近、ギルディアにおける犯罪の数々を暴かれた末に投獄された犯罪者だ。噂では脱獄不可能と謳われる牢獄に収監されたと聞いていたが、まさか脱走してのけたとは。
 勇者の随伴者であったクラーク、武闘家サラ、剣士ジャスミン、魔法使いにして最も根の深い邪悪な意思を持つマリィ。ナイトのパトリスが抜けたとはいえ、どこかで犯罪を行うには十分すぎるメンバーだ。
 これならば、勇者パーティと縁の深いフォン達を頼るのも理解できる。
 だが、アンジェラが彼らに声をかけたのは、これに輪をかけたトラブルがあるからだ。

「犯人は不明、看守は皆殺し……これだけでもまずい事態だけど、更に重なったのよ」
「重なったって、何が?」

 アンジェラは少しだけ間を空け、怒りと悲しみを吐き出すかの如く、呟いた。

「――四日後に、私の同僚『王の剣』の四人が殺されたわ。忍者の仕業よ」

 ウェイトレスが飲み物を持ってきたのにも、一同は気づかなかった。
 王都最強の騎士の連続死、忍者の関与。
 二つの事実は、それくらいの衝撃をテーブルに奔らせたのだ。

「忍者……!?」
「それに、アンジェラの仲間が死んだって……!」

 テーブルに置かれたコーヒーに視線を移しながら、アンジェラは思い返した。

「……そうよ。王都ネリオスに、この国に今、未知の危機が迫っていのよ」

 顔を上げた彼女と、四人の目が合った。

「『王の剣』が襲われた、最初の事件から話すわね。ことの始まりは――」

 ――ここからは、たった数日間の間に起きた、ネリオスを震撼させる恐るべき回想。
 そしてとある場所に赴くまでの回顧録である。