中学に進学しても、相変わらず人との話し方がわからないでいた里津は、自分の席で本を読んでいた。

「ねえねえ。私、河西雪。よろしくね」

 すると、前の席の子が振り向いて名乗った。その女子は別の小学校だったのか、知らない顔だった。

「……木崎里津、です」

 少し緊張気味に自己紹介を返す。雪はそんな里津を笑った。

 里津はバカにされているような気がした。

「……今、笑うところあった?」

 里津の言葉は鋭かった。

「だって、木崎さんの顔に、緊張してますって書いてあるんだもん」

 雪は里津のことなど気にせず、笑い続ける。新しい反応に、里津は困惑した。

 環境や人が変われば、状況も変わってくるらしい。

 里津は少しずつ彼女に心を開いていき、そのうち雪と一緒にいることが当たり前になった。


 そして中学一年生の冬、里津はいつものように雪と話していた。

「雪、あの人のことが好きなの?」
「う、うん……」

 雪は頬を赤らめた。

 そして次の瞬間。

「でもあの人、そんなにかっこよくないよ。どこがいいの? 雪にはもっといい人がいるんだし、やめたほうがいいよ」

 本当に雪といる時間が楽しくて、里津は無意識のうちに悪い癖が出てしまったのだ。

 雪は涙目で里津の頬を平手打ちすると、教室を飛び出した。

 里津は何が起こったのかわからなかった。

「今のは木崎さんが悪いよね」
「河西さんかわいそう……」

 近くの席で、偶然里津たちの会話を聞いていた女子が小声で話す。

 里津は混乱していた。

 どうして自分が悪いと言われているのか、責めるような目で見られているのかわからなかった。

 だが、大切な友人を傷つけてしまったのだということだけはわかる。自分の発した言葉のせいで、雪は傷ついた。

 昔、和真に言われた言葉を思い出す。

『人の気持ちを考えずに話すのは、悪いことなんだ。言葉で、人の心を傷付けているかもしれない』

 里津は人を傷つけて初めて、目に見えない凶器がどういうものなのかを理解した。

「雪に謝らないと……」

 そして雪を探しに教室を出たが、休み時間が終わるまで見つけることができなかった。予鈴を聞いて思い教室に戻ると、雪は席に着いていた。ずっとすれ違っていたらしい。

 授業が終わって、真っ先に雪のところに行った。

「雪、さっきは」
「ねえ、今の数学の授業なんだけど、この問題がわからなくて」

 謝ろうとすると、雪はあからさまに里津を無視した。里津に背を向け、後ろの席の子とわからない問題について話している。

 里津はこういう反応を知っている。

 だが、小学生のときと決定的に違うのは、相手が里津の友人であるということだ。仲がいい人に無視されてしまうと、想像以上にショックだった。

「あの、河西さん、木崎さんが」

 雪に話しかけられた子が、里津を見る。

「人の気持ちも考えられない人のことなんて、知らない」

 雪は里津にも聞こえるようにはっきりと言った。

「……ごめん」

 本当は目を見て謝罪したかったが、それは叶わないようだったので、里津はそうこぼしてその場を離れた。

 自分の席に戻って、雪の反応を思い返す。いつも見せてくれていた笑顔とは、正反対の表情だった。こうなってしまったのは、自業自得だ。

 小学生のときに、少しでも和真の言葉を理解しようとしていれば、こうならなかったのかもしれない。

 しかし今さら後悔しても遅い。

 今から変わっていけばいいとも思ったが、変わったところで雪を傷つけた事実は変わらない。

 悩んだ結果、里津がたどり着いたのは、もう誰とも話さないということだった。

 言葉遣いに気を付け、意識をしたとしても、気が緩んでしまえばまた今回のようなことになってしまう。それならば、初めから誰とも仲良くならなければいい。

 そして、誰とも話さない日常が戻ってきた。