今も「福沢時計店」の文字の下には「(逆行店)」と記された文字がある。この字が見えない人は、幸福に近づいた証とも言える。
「この店は端から見ればただの時計屋だ。ここがどういう時計を扱っている店なのか知って貰う必要があり、知らない人が普通の時計を求めて訪れた人なのか、特別な時計を必要としている人なのか見極める必要がある。だから奇跡の時計を必要とする人にだけ見えるよう、逆行店の字は特殊なチョークで書いてあるんだ。店のことを知らなくても奇跡の時計を求めていることに、俺達が気付けるように」
過去に戻りたいと、追い詰められるほどに願う人ならば、例え非現実的な内容だとしても興味本位を装って問いかける。
逆行店とは何ですか――と。
「ちなみにチョークは企業秘密だから聞かれても答えないぞ? あれも自家製のオリジナルだ」
「不思議な時計を作れる人が、不思議なチョークを作ったって別に驚かないよ」
どちらも平凡な日常を過ごす人に非凡を体験させる、神様のような技術だ。
「ま、そういうわけで。刻間さんも逆行店の文字に惹かれてこの店を訪れた。父さんは旅行記を薦めて刻間さんはその力で未来を変えた。お前はこれを聞いてどう思う?」
「どうって……」
「刻間さんの今は、旅行記によって成り立っているものだと思うか?」