現実から逃避したくなる過去の光景から、いつの間にか目が覚めていた。

 全身に漂う緊張感と恐怖が、今の現実でなくとも過去の現実であった事実を物語る。

 血相を変えたあの姿。テントの下にいた絵茉への行動。


 ――もしかして幸哉さんは。


「夏目さん、大丈夫?」


 意識を取り戻した少女は、重たそうに身体を起こした。記憶はしっかりと残っている。身を守るように両腕を抱え、顔は俯いたまま前を向かない。


「せんせ……」


 受け止めきれず、目尻に涙を浮かべた。耐えきれない滴が溢れ、零れ落ちる。


「会いたい……会いたいよ……会ってもう一度話したい」


 福沢時計店のことを教えるか、時環は頭を悩ませた。 
 出した結論は「言わない」。思い出旅行は失敗に終わった。時計店に絵茉を連れて行けば二人は再会を果たすだろうが、旅行記はこのエンドを望んでいない気がした。





 絵茉が落ち着きを取り戻すのを待って別れた後、時環は一人、いつもよりも歩幅の小さい足取りで時計店へと向かった。幸哉と顔を合わせることに一方的な気まずさが生まれるが、時計は返さなくてはならない。旅行記が発動した事実を相手が知らなくとも、足に重心はのしかかる。

 扉を開けて鳴り響くドアベルは、後戻りが出来ないと告げる音だった。