勇者召喚に巻き込まれたおっさんはウォッシュの魔法(ウィッシュのポーズ付き)しか使えません。


 おっさんが拠点の構築を進めている頃に、カリンは森の探索を行っている。

 おっさんには、森の状況を確認すると伝えている。

 実際には・・・。

「バステトさん。朱雀か玄武が居るのですよね?」

”にゃ!”

 バステトも、本当に居るのかは解らない。
 気配を感じているのだが、どこに潜んでいるのかは解らない。

 ただ、自分が近づけば出てくると確信している。

 朝の早い時間に拠点を出立して、日が落ちるまでには戻ってくる生活をカリンは行っている。

 おっさんは、カリンが自分に相談をしないで、行動しているのは解っていた。何も言ってこないので、バステトにしっかりと護衛を務めるようにお願いするに留めている。

---

 カリンが、聖獣を求めて森を探索している頃・・・。

 領都では、おっさんから齎された情報に関して、辺境伯を交えて会議が連日にわたって行われている。

「ダストンは、まーさんから渡された資料を読んだのだろう?」

 今日は、代官としてダストンが呼ばれて会議が行われている。
 おっさんが領都に送った資料は、拠点(おっさんとカリンのダミー拠点)の近くにあったダンジョンに関する事だ。

 それ以外にも、森には龍種が住んでいて、”邪悪な者を封印していると思われる”と書かれていた。

 他にも、森の全域を龍種の長である黄龍が結界を張っているが、綻びがあり、魔物が領都や近隣諸国に溢れる可能性が言及されていた。

 そんな爆弾を受け取った、ロッセルとイーリスは、ダストンに書類を読ませてから、王都で社交(パーティーへの参加)を行っていた辺境伯に連絡をした。おっさんからの報告の内容は伏せた。

 イーリスの機転で・・・。
”まーさんからの新しい報告があり、辺境伯にご相談したい。領都だけではなく、領内に関係する案件”

 フォミル・フォン・ラインリッヒ辺境伯は、必ず出なければならないパーティーだけに出て、あとは領内でスタンピードの兆候があると言って、領都に向った。
 そこで、渡された書類を読んで、関係者を集めて会議を開いている。

「はい」

「それで?」

「え?」

「はぁ・・・。そうだな。まずは、黄龍様の件は、置いておこう。まずは、まーさんの拠点だ。他にも、ダンジョンに関しての話もしなければならない。解っているのか!」

「はっはい!」

 ダストンは、おっさんからダンジョンが森に存在していて、領都からダンジョンの入口に向かう道を作っていると書かれていた。

 森は、どこの国にも属していない。
 誰の領土でもない。しかし、不文律として、開拓した場合には、その土地は開拓した者が領有を宣言できる。
 これは、帝国でも近隣諸国でも同じだ。

 森の開拓した場所は、帝国でも近隣諸国でも、おっさんとカリンの領地となる。
 二人が、帝国に所属すると言えば、形だけの貴族に叙せられて、領主としての権限を与えられるだろう。

 しかし、おっさんは最初から、帝国には属さないとはっきりと宣言をしている。
 これも、辺境伯としては、頭の痛い問題だが、”法”が定めている不文律として、貫こうと思っている。

「ダストン。まーさんは、利用料の領収はしないと言っている」

「はい。よくできた御仁です」

「違う。ダストン。まーさんは、確かに”領収はしない”と言っているが、利用料は、何を利用するための料金だ?まーさんに確認はしたのか?」

「え?」

 カリンもロッセルも驚いた表情をしている。
 流石は辺境伯だ。おっさんの書き方の危険性に気が付いている。

 素直に読めば、利用料は”ダンジョンや拠点に繋がる”道の利用に必要な料金だと思える。
 しかし、おっさんは、”道”の利用料とは書いていない。

「いいか、開拓をまーさんがしている。ここまではいいな?」

「はい」

 カリンもロッセルも頷いている。
 辺境伯は、他に会議に出ている者たちを見回して、皆が納得しているのを確認する。

「帝国の法では、開拓した者が領有権を主張できる」

 辺境伯は、ここで言葉を切って、皆を見回す。
 この場にいる人間で、領有権の話を質問するような人物は居ない。

「よし。まーさんは、”利用料”は取らないと言っている」

 これも、書類を読めばはっきりと書かれている。

「森に入る時や、ダンジョンに入る時に必要になる。料金には言及していない」

「それは・・・」

「そうだ。帝国の法では、森に入る。ダンジョンに入る。街に入る。これらは、”利用料”だ」

 これも初代が定めた定義だ。王都と呼んでいるのと同じで、初代が”自分”がわかりやすいように定義した言葉だ。
 おっさんは、王都と呼ばれている事情を知ってから、”法”を調べていた。

 そして、ミスリードを誘うような書き方をしたのだ。

 ロッセルとイーリスは、辺境伯が懸念している状況の理解が出来た。

「フォミル様」

「イーリス様。私も・・・。まーさんが、帝国と言うよりも、辺境伯領の領都に不利な契約はしてこないと、思っています。しかし、今の状況では、彼があまりにも有利な状況なのは、わかっていただけたと・・・」

「そうですね」

 イーリスと辺境伯のやり取りは、現状の確認が出来ている者にしか解らない。
 具体的に言えば、辺境伯とイーリスとロッセルだけだ。

「ラインリッヒ辺境伯様。しかし、手が出せないのも事実なのでは?」

「そうだ。まーさんが、我々の庭先を使うことで・・・。多少でも安くしてくれることを祈るしかない」

「あっ!」

 ダストンが何かを思い出して、声を上げた。

「どうした?何か、思い出したのなら、全ての情報を出してくれ」

「はい。まーさんと、森の入口で話をした時に・・・」

 おっさんは、ダストンを呼び出して書類を渡した。
 ダストンを呼び出すのに、イザークたちを使ったのだ。

 その時に、ダストンやアキやスラムに住んでいた者たちに”森の開拓を手伝わせたい”から許可が欲しいと言っていた。
 ダストンは、スラムの者たちなので、下に見ていた。その者たちを使うのなら勝手に使ってくれて大丈夫だと伝えていた。

「・・・」

「・・・」

「え?え?」

「ダストン。領都に住んでいたスラムの人間たちが手伝ったのだな」

「はい。多分・・・」

「フォミル様!」

「イーリス様。アキ嬢やイザーク君は知っていますか?」

「はい。二人から話を聞きます」

「まーさんと交渉をお願いします」

「わかりました。工賃はどうしますか?」

「まーさんが提示しているイエーンの倍は・・・さすがに・・・。そうですね。5割増しでお願いします。諸経費も払いましょう」

「わかりました。提示されていなかったら?」

「そうですね。その時には、まーさんと話し合ってください。工賃は、一般的なイエーンを支払うことにしましょう」

「わかりました」

 辺境伯とイーリスの話は、一気にまとまった。
 おっさんの思惑通りに進んだことになるのだが、辺境伯としても、これ以上の手がないのも事実だ。

 これで、森の開拓に、辺境伯領が手を貸したことになる。

 主な開拓が終わっている事から、今から森の領有を主張するのは難しい。
 辺境伯もイーリスもロッセルも解っている。

 そして、おっさんが帝国に”属さない”と明言していることから、”通行料”という定義が、おっさんの領域で通用しないことになる。
 言葉遊びのような話だが、”法”では言葉遊びが重要になることも多い。

 そして、おっさんはダストンにスラムの人間を使うと伝えている。
 ダストンは、”どうぞ”とおっさんに答えている。

 おっさんが、工賃は”ダストンが持つ”と思えるような言い方をしている。
 辺境伯とイーリスは、今更開拓には加われないことが解っている。しかし、道の開拓に力を貸した事実を持って、今後の通行料や税に関しての交渉を行える土壌を作った。

 おっさんは、スラムの人間たちに、武器や防具の提供。食事の提供を行っている。工賃も、通常の工賃を日払いで渡している。

 辺境伯とイーリスは、この支払いの全額を辺境伯で持つという提案をおっさんに行おうとしている。

 おっさんが、拠点の建築をドワーフの代表であるゲラルトと行っている。
 ダミー拠点は、自分たちの屋敷と宿に使える建物と商店に使える建物とギルドに使える建物を建築した所で、適度な広さを持つ様に城壁を建築した。

 街道側に二重の門を設置した。
 城壁は、おっさんの趣味で星形になっている。三角形部分は独立した防衛のための施設になっている。内部の五角形部分に施設がまとまっている。防衛の為の塔は作っていないが土台だけは準備している。
 住民が増えたら塔の建築を行えばよいと思っている。

---

 おっさんが、ダミー拠点の出来にご満悦になっている頃・・・。

 カリンは、バステトと黄龍から紹介された白蛇を連れている。

 黄龍の眷属は居ないが、黄龍を崇めている白蛇族が存在していた。その中から、カリンと相性がよく探索と護衛に適したスキルを持つ者が、探索に付き合っている。

「バステトさん」

 カリンが声をかけると前を歩いていたバステトが振り返る。
 バステトの上には、白蛇が乗っている。

 バステトが聖獣としての訓練の為に、魔物の駆除を最低限にしている為に、白蛇が護衛役を担っている。

”にゃ!”

 大丈夫とだけ伝えて、前を向いて歩き始める。
 今回は、野営を行って山の麓をしっかりと探索を行う予定にしている。

 機関は、5日ほどの予定にしている。
 過保護なおっさんは、食料などを十分(これでもか!)(ってくらいに)持たせている。護衛として、白蛇を黄龍にお願いしたのもおっさんだ。

 バステトだけでも過剰戦力な感じもするが、バステトが常にカリンに張り付いているわけではない。
 おっさんは、カリンの戦闘力もスキルも信頼をしているが、護衛は絶対に二人以上が好ましいと考えている。複数の人を護衛として一緒に行かせようと考えていたが、黄龍にあまり大人数で動くと、それだけで魔物の歓心を買って襲われるリスクが上がると言われて、バステトと白蛇だけで送り出した。

 山の麓の開けた場所を、ベースにして探索を行っている。
 3日目に、ベースに作ったテントでカリンが目覚める。

 違和感を覚えて目が覚めた。

「あれ?バステトさん?白蛇くんも・・・。居ない?」

 両者が、カリンの側から離れることはない。
 護衛の役割がある為に、どちらかは必ず近くに居る。テントの中で寝る時には、必ず側に居る。

『起きたか?』

 そこには、緋色の目を持ち、漆黒と言えるような身体から緋色の翼が生えている。素晴らしく美しい一羽の鳥が居た。

 白蛇は、テントの入口で警戒に当たっている。
 バステトは、テントの入口から少しだけ離れた位置に座っている。

 カリンは、バステトの様子から、危険がないと判断した。白蛇が警戒しているのは、生き物としての格が違うために、警戒をしても意味がないが、黄龍やおっさんから、カリンを守れと命令されているために、精一杯の抵抗として、テントの前で威嚇している。

 カリンは、鳥からの問いかけが、自分にしか聞こえていないのだろうと判断して、まずは、白蛇を落ち着かせる。
 白蛇の頭を撫でながら、大丈夫だと伝える。

『起きたのか?』

「はい。お待たせしてしまったようで、もうしわけありません」

『構わぬ。承知している。面白いことを考える者だ』

「え?バステトさんが説明したの?」

『バステト?』

”にゃ”

『読めない文字だが、我もバステトと呼んでいいのか?』

”にゃにゃ”

『そうか、承諾した』

”にゃぁにゃにゃにゃぁ”

『そうだな。5000年くらい経ったか?白虎の先代は?』

”にゃ”

『そうか、今代の白虎は異世界から来たのだな』

”にゃにゃ”

『娘。近くに来て欲しい』

「え?あっはい」

『娘。我に、名を・・・』

「いいのですか?」

『我ら朱雀は、次代も育っている。守りは問題ではない』

「そうなのですか?」

『それに、貴殿たちは、封印されている者を倒すのだろう?我ら、聖獣の力が必要になるだろう』

「ありがとうございます」

『娘よ。我と契約してよいのか?もう、人としての()()は望めなくなる可能性が高いぞ?』

「構いません。私の()()は、聖獣との契約を結んだ先にあります。私の()()は、私だけの(幸せ)です」

『そうか・・・。人は強いな。バステトよ』

”にゃ!”

「朱雀。貴方には、性別はあるの?」

『人が考える性別では、”女”になる』

「わかった。貴方の名前は、”朱里(シュリ)”」

『和が名は、シュリ。糸野(いとの)夕花(ゆうか)との契約を承諾する』

「シュリ。カリンと呼んで欲しい」

『わかった。カリン』

 朱雀は、シュリという名を与えられて、カリンと契約を結んだ。

 残りの二日をかけて、カリンはシュリとの戦闘訓練をして、連携して魔物を倒す訓練を行った。

 バステトと白蛇は自分たちの役割が変わったと考えて、テントの周りでまったり過ごしていた。

---

 カリンがシュリを眷属して、寿命の概念が外れた存在になった頃・・・。

 王都に残っている勇者たちにも変化が訪れていた。

 変化の前に、現状が酷い物だ。
 勇者たちは、傲慢に、そして、傲慢に振舞っていた。

 剣崎(けんざき)凱斗(かいと)は、聖剣を使って奴隷を殺してスキルアップを行っている。
 他の勇者たちも同じように、奴隷をいたぶって何も感じない精神状態になってしまっている。

 そして、剣崎(けんざき)凱斗(かいと)は帝国が用意した奴隷だけではなく、王都にあるスラムに出向いては、スラムの住民を殺している。女は、犯してから殺す。男は、女と一緒の場合には女を殺してから、男を殺す。弱い者を中心に殺している。

 白銀に輝いている聖剣は、徐々に濁り始めて、最近では浅黒く鈍く光を放つようになっていた。

 勇者同士は、既に連携を考えられないほどに拗れてしまっている。
 会話らしい会話もない。挨拶をしない事も多い。

 元々は、おっさんが仕組んだ毒が回り始めているのだが、自業自得の側面が強い。

 おっさんが特許として登録した物は、辺境伯の派閥や中立派閥の者たちに権利として譲渡していた。
 辺境伯の派閥や中立派の貴族たちが持つ権利は、当初は誰でも使えるように思えていた。しかし、商品が氾濫してきた時に、権利の行使が行われた。それも示し合わせたかのように一斉に・・・。

 困ったのは、宰相派閥や皇帝派閥の者たちだ。特に、勇者を抱え込んで、勇者が求める物を与えていた者たちは、莫大なイエーンを請求されることになる。これは、商人からの要求なら、踏み倒したり、商人に罪を着せて投獄したり、無茶を言って揉み消すのだが、相手は同格かそれ以上の者たちだ。後ろには、敵対派閥が存在している。

 そこに、奴隷条例が加わった。
 ダメージは、貴族家が潰されるほどの事ではないが、確実に派閥のパワーバランスが崩れた。

 勇者を確保した宰相派閥と皇帝派閥の者たちは、我が世の春から一気に叩き落された。
 イエーンがなくなることはないが、予算が組めなくなる自体になってしまった。

 我儘な勇者にも当然の様に皺寄せは行われる。
 元々は、勇者の我儘から始まった自体だ。勇者が貴族家を盥回しにされる事態になった。

 勇者たちも、盥回しにされる現状になって、自分たちの立場が以前と変わって来た事を、肌で感じ始めていた。

 しかし、一度知ってしまった甘い蜜の味を忘れる事が出来ない。
 それなら、どうしたらいいのか?
 自分たちで、おっさんと同じように開発が出来ればいいのだが、人生経験の違いなのか、知識としては持っているが、詳細は解らない。詳細が解らない曖昧な情報を伝えて、開発を貴族家に託す。
 開発費だけが積み上がっていく、実際に出来た物は、勇者たちが考える物から劣っていた。そして、それらの特許は既におっさんが申請を行っている状況だ。

 簡単に言えば、勇者たちは追い詰められていた。

 おっさんは、(本当)の拠点に建築した屋敷で寛いでいた。
 表の拠点の作業も概ね終わって、現在は街道の整備を行っている。

 そして、おっさんは意外なことを知ってしまった。
 ドワーフたちは、”酒”特化なのは想定していたのだが、他のサラマンダーやウィンディーネやエルフも酒造りを行って、かなりの人手を割いてしまっている。
 種族で役割分体でもあるのか、ドワーフたちは武器と防具しか作らない。小物か日用品は、サラマンダーの方が得意なのだ。エルフは、仕掛け物が好きで馬車などを作るのを得意としている。材料の加工もおこなえるので、エルフたちが物作りを担当することが多くなっている。一番の意外に思えたのが、ウィンディーネたちが服飾を得意としていたことだ。
 おっさんが期待していたドワーフたちがポンコツすぎた。その代わりに、あまり戦力として考えていなかったエルフが拠点の整備に役立っている。

「黄龍様。妖精から進化したドワーフとサラマンダーとウィンディーネとエルフは、もしかして、親となる龍族の性質に引き摺られているのか?」

 黄龍は、人に擬態をして、おっさんたちの屋敷の近くに少しだけ小ぶりな屋敷を立てている。他の龍族も同じように、黄龍の屋敷の周りを囲むように屋敷を建てた。おっさんも別に拒否するような事でもないので、好きにさせている。

「まぁ・・・。そうだな。まーさんの好きに使っていいぞ」

 言われなくても、おっさんは遠慮をしていない。
 最初は、遠慮をしようと考えたのだが、本人たちが、おっさんを”主”と認めて、仕事を欲するようになっていた。ただ、”主”と認めたのが”酒造り”に関する知識だった。おっさんを釈然としない気持ちにさせていた。

「そうか?」

 おっさんは、街道の状況を調べてから、領都に戻る予定にしていた。

「おっまーさん。誰か、拠点に向っているぞ?」

「カリンか?」

「表の拠点だ。人族の男が二人と女が二人だな。二人は、幼体から少しだけ大きくなったくらいか?」

「どのくらいで到着する?」

「儂たちなら数分だな」

「参考にならない。どっちの方角から来ている?」

「もう少しで結界に接するだろう」

「わかった。表に行って待っていればよさそうだな」

 おっさんは、黄龍が結界で止まらないことを示唆したので拠点までは来るだろうと考えた。
 おっさんには、拠点に近づいてきている者たちの予測が出来ている。イーリスとロッセルとイザークとアキだと考えた。戦闘力では難しいが、結界までならなんとか来られると思っていた。結界の中に入れば、安全に移動ができるようになる。街道に当たれば、誰かが案内をするだろう。

 おっさんは、伝言を残して、表の拠点に移動した。

 裏の拠点にはバステトの結界と龍族の結界が6重になるように張られている。
 魔物だけではなく、許可されない者も、弱者も入ることが出来ない。

 裏の拠点には、ダンジョンに至る道が用意されているが、ここにも結界で蓋がされている状況だ。
 ダンジョンの入口は、おっさんとカリンと龍族だけが入ることができるようになっている。

 ダンジョンには、表の拠点に作られた入口から入る方法しかない。

 おっさんが、表の屋敷で待っていると、工事を行っていたエルフの一人が屋敷に駆け込んできた。

「まーさん!」

「いいよ。通して、イーリスとロッセルだろう?」

「え?え?そうです。あと、イザークとアキと名乗っています」

「それなら知人だよ。結界も通り抜けられたようだし、問題はないよ」

「わかりました」

 エルフの男性は屋敷から走り去った。
 そして、15分くらい経ってから4人を連れて戻ってきた。

「ようこそ、名も無き拠点へ」

 おっさんの胡散臭い笑顔に迎えられた4人はそれぞれの想いを込めた表情になっていた。
 ロッセルは、笑顔になろうと頑張っているが頬が引きつっている。
 イーリスは、どこか諦めた表情でおっさんを見ている。
 イザークは、単純に豪華な屋敷に驚いている。
 アキは、久しぶりに見るおっさんを複雑な表情で見つめている。おっさんの周りを見てカリンが居ないことに・・・。

「まー様。お久しぶりです。今日は、前触れも出さずに失礼を致しました」

「大丈夫ですよ。森の一部に結界が張られているので、誰かが来たのは察知できます。それで、どのような御用ですか?」

 さらっと伝説級のスキルが使われていると話をする。
 ラッセルは、話を聞いて辺りを見回すが、もちろん結界を見つける事は出来ない。イザークは、解らないけど凄いことだと感心の表情を浮かべている。イーリスは、やっかいなことになりそうだと、おっさんを見る目に力を込める。

「今日は、先日、まー様から頂いた情報の確認と今後の話を」「いいですよ。なんでも聞いてください。まだ出来たばかりで人が居ないのですが、どうぞ、座って話をしましょう」

 イーリスが言い切る前に、おっさんは話をぶった切って、応接室に案内をするために、歩き始めた。
 おっさんの背中を少しだけ睨んでからイーリスはため息を吐き出して、後に続いた。ロッセルとイザークとアキも、慌ててイーリスの後に続いた。

「形だけ整えた所で、飲み物も出せないけど、話はできるだろう?」

 おっさんは、それだけ言って、中央に置いてあるソファーに腰を降ろして、4人にも座るように手で合図をする。

 おっさんは、”形だけ”と言っているが、エルフやドワーフの技術で作られたソファーだ。継承権を放棄しているが皇女であったイーリスが見ても躊躇してしまうくらいに高級なソファーだ。簡単に座れと言われて座れるのは、物の価値に疎い者だけだ。

 話が出来ないから座ってくれと、おっさんが催促する形になった。観念したイザークを除く3名がソファーに腰を降ろした。

 部屋にノックオンが響いた。

「ん?誰だ?」

「エミリーエです。黄龍様から、客人が来たと教えられまして、飲み物の一つでも出さなければ、主様の権威が地に落ちてしまいます」

「わかった。わかった」

 まーさんが入室の許可を与えると、エミリーエを先頭に4名のエルフが飲み物を持って部屋に入ってきた。

「ありがとう」

 4人の前に飲み物を置いた。
 おっさんの前には、一つだけ違う色のカップが置かれた。飲み物からは湯気が出ている。

「いえ。主様の名誉を守るのも私たちの役目です」

 綺麗に頭を下げてから、部屋を出ていく。

「せっかく飲み物が出てきたのだし、飲みながらになってしまうけど、話を聞こう」

 おっさんがカップを持ち上げて、飲み物に口をつける。
 最近、エルフたちが食事の時に出してくる飲み物だ。

 おっさんは気にしていないのだが、ロッセルが青い顔をして、飲み物をにらみつけている。

「どうした?」

 ロッセルの様子がおかしなことに気が付いたおっさんは、ロッセルに問いかけた。

「まーさん。この飲み物は?」

「あぁエミリーエ。さっきの女性だけど・・・。エミリーエたちが、毎朝採取してくる、樹液を蒸留してから、冷やした物だな。それを、香料を入れて温めた物が、持ってきてもらった飲み物だ」

「・・・。まーさん。大事な所を省略しましたね」

「わからないな。ロッセル。何を聞きたい、はっきりと言ってくれた方が嬉しい」

「・・・。それなら、はっきりと聞きます。これは、世界樹の樹液がベースですよね?」

「え?」「は?」「え?何?それ?世界樹?」

 イザークだけが、世界樹を知らなかった。
 アキは、手伝いに言っている場所で薬品を取り扱っているので、世界樹の重要性と貴重性を認識していた。小指のサイズほどの小瓶に入った樹液が、金貨100枚で取引されていた。
 もちろん、イーリスは世界樹の伝説を知っている。

「残念だが世界樹ではない」

「違うのですか?本当に?」

「あぁ聖樹の樹液だ」

「・・・。まーさん。まーさん。聖樹ですか?貴方は・・・。本当に、聖樹なのですか?」

「龍族にも確認している。人が飲んでも大丈夫だぞ?」

 おっさんは、とぼけているのか、ロッセルを鎮めることが出来ない。

「自分で何を言っているのか・・・」

「ロッセル。落ち着けよ」

「・・・。まー様。聖樹と言われましたが、世界樹ではなく、聖樹なのですね」

 イーリスが、立ち上がっていたロッセルを座らせて、おっさんとの会話を引き受ける事にしたようだ。
 誰が主導しても、話は変らない。

 今日は、イーリスたちはおっさんに確認しなければならない事があったのだ。
 そして、飲み物で、聞かなければならないことが増えてしまった。

 一人だけ意味が解っていなかったイザークが、カップに注がれた飲み物を飲み干した。

「イザーク。”おかわり”は居るか?」

「うーん」

 イザークは、周りに居る者に視線を送るが、皆が首を横に振っている。

「おっちゃん。ダメみたい」

「そうか、残念だな。それなら・・・」

 近くに立っていた者に、おっさんは視線を向ける。
 頷いて部屋から出ていく。

「まー様?」

「気にするな。さっきの物とは違う。別の飲み物も用意している」

 別の飲み物と聞いても、イーリスとロッセルの警戒が緩むわけではない。
 おっさんが用意したのは、アキとイーリス向けのジュースだ。

 複数の種類の果実を絞ったジュースを用意していた。
 ロッセルには、アルコール度数だけが高くなってしまった蒸留酒を少しだけ混ぜたカクテル風の飲み物を用意した。

「ロッセルの前の物には、酒精が入っているから、話が終わってからにした方がいいかもしれないな」

「はぁ・・・。まーさん?ちなみに、ジュースの原料は?」

「森で採取した果実だな。カリンが研究して美味しい組み合わせを考えたものだ」

 イーリスとロッセルは、完全におっさんのペースに嵌っていると認識はしているが、覆すだけの(ネタ)が無いのも事実だ。

 アキとイザークがジュースを飲んで美味しいと騒いでいる。
 おっさんは優しい視線で二人を見ている。ロッセルとイーリスもアキとイザークのやり取りをほほえましく見ている。

「さて、イーリス。ロッセル。訪問の理由を聞かせてもらえるか?」

 おっさんが、姿勢を正してイーリスとロッセルをまっすぐに見据える。
 二人は、おっさんとの会談には、辺境伯領の未来が・・・。そして、大きくは帝国の未来がかかっていると考えていた。

 大げさな話ではなく、おっさんは最大戦力と考えられる龍種との関係を築いてしまった。
 そして、人を寄せ付けなかった森の中央部を領有と言っても問題がない状況を作ってしまったのだ。

「まー様は、建国を宣言されますか?」

 イーリスがいきなり本題を切り出す。
 おっさんの考え次第では、話の進め方を変えなければならない。イーリスもロッセルも、最初に確認しなければならない事だと認識している。

「あぁ面倒だ。帝国に庇護して欲しいとは思わないが、自分たちだけでは、限界があるのは確かだ。それに、街道を整備しているのは、見て知っているよな?」

 おっさんの言葉に、イーリスとロッセルは首肯する。

「あの街道を、王国と共和国にも繋げようと考えている」

「え?それは・・・」

「ダンジョンを、王国にも共和国にも解放する」

「・・・。まー様。それは、建国と何が違うのですか?」

「まぁ話を聞け、俺としては、俺たちの居住区の安全を考えている」

 おっさんの話に、イーリスとロッセルは黙ったまま耳を傾けるしかない。
 相槌を打つことも忘れて、しっかりと聞くことに集中している。
 特にイーリスの態度は真摯を通り越して居るようにも思えた。今までのおっさんのやり方を聞いて見てきたのは、カリンを除けばイーリスが多い。その為に、おっさんが言葉にいろいろな意味を含ませる事や、行動に表と裏を持たせることを知っていた。

「安全が保証されるのなら、建国は必要ないと?」

 ロッセルが、おっさんの言質を取るように質問をするが、おっさんはにこやかに笑って答えない。

 ロッセルもイーリスも、おっさんの事を理解したつもりになっているが、根本が間違っている。
 おっさんが安全にしたいと思っているのは、本当の拠点だ。ロッセルとイーリスが考えているのは、自分たちを招き入れた場所の事だと考えている。

「なぁおっちゃん」

 実は、おっさんが話し相手として怖いと思っているのが、アキとイザークだ。
 アキは、聖樹で牽制しているので、黙っているが、イザークはジュースを飲み終わって、カリンが作ったお菓子に手を伸ばしている。

「ん?」

「おっちゃんとカリン姉ちゃんが、本気を出せば、大抵の奴らには負けないよな?それは、安全じゃないのか?」

 おっさんは、ニヤリと笑ってから、イーリスとロッセルを交互に見てから、ヒントを口にする。

「俺たちも無敵じゃない。そうだな。帝国に居るという・・・。噂の勇者たちが俺たちの敵に回ったら怖いな」

「!!」「!?」

「勇者?へぇ強いの?おっちゃんよりも?」

「強いぞ!多分だけどな」

「でも、帝国の勇者なら、おっちゃんの敵じゃないのだろう?」

「そうだな。でも、俺とカリンがこの場所で、ここは”俺とカリンの土地だ”と宣言したら、帝国は面白くないだろう?」

「そうなの?」

 イザークは、おっさんの答えが解らなくて、アキに聞こうとしたが、アキはアキで自分では難しいと、イーリスとロッセルを見ている。

「まー様の懸念はわかります。しかし」「アイツらならあり得るよな?」

「・・・」「イーリス様。隠してもしょうがないでしょう。あの勇者と言うよりも、ブーリエならやりかねません」

 ロッセルが、イーリスの言葉を遮るように、おっさんの真実を告げる。
 おっさんも既に把握が出来ていることだが、この場で話が出たのなら、おっさんの敵が勇者と帝国だと判断ができる。話のベースができたことになる。

「ははは。ロッセル。言い切ったな」

 ロッセルの思い切った話は、おっさんとしても意外だった。ロッセルではなく、イーリスが言い出すと思っていたのだ。イーリスは、アキやイザークが一緒なのを気にして言い出せなかった。

「はい。隠してもしょうがないです。アキやイザークも知っておくべきです」

「だからこそ、俺は二つの事を考えている」

 おっさんは、テーブルに手を置いた。
 握りこぶしを作って、右手と左手にそれぞれの案があるかのように見せている。

「二つですか?」

 案が二つあると聞いて、ロッセルは眉間に皺を作った。
 イーリスは、なんとなく想像が出来ているのだろう。おっさんの握った手を見ている。

「そうだ。一つは、最初に考えた計画で、この土地を各国から簡単に来られるようにする」

 おっさんが、右手を開いて説明を始めた。

「え?」

 最初に反応したのはイザークだ。

「おっちゃん。それじゃ、いろいろな人が来るから、危ないよな?」

 おっさんは、意外そうな表情をした。
 最初に反応するのは、アキだと思っていた。

「そうだな。でも、イザーク。俺が怖いと思うのは、いろいろな人に紛れて、俺とカリンの安全を損なう奴だ」

 開いた手を今度はテーブルの上に伏せてから、イザークの質問に答えた。

「??」

 何が違うのか解らないようだ。イザークは、アキを見るが、アキも意味が解らないようだ。イーリスは、なんとなく解ったようだが、自分が答えるよりは、おっさんの答えを聞きたいと考えている。ロッセルは、別の事を考えて、話を半分程度しか聞いていない。

「イザーク。まーさんが言っているのは、勇者や暗殺者は怖いけど、それ以外なら対処ができる。そして、人が多く集まるようになれば、どうなる?」

 アキは、おっさんの答えは解らないが、自分が考えた事を、イザークに教えるように話し始めた。

「えぇと、そうか!おっちゃんたちがやることが少なくなる!」

「まぁそうだな。俺たちを隠すのに、他国が入り込んでいる状況は都合がいい」

「へぇ・・・。そうか、おっちゃんたちを守る人も出て来るのか?」

「そうなるといいな」

 おっさんの後ろには龍族が居ると思わせる事で、各国が牽制しあう状況が作り出せる。おっさんとカリンが邪魔な存在だと思えても、龍族の怒りを買うのは得策ではない。誰かがババを引いてくれるのを期待して、監視を続ける状況が作り出せる。
 力のある馬鹿は何処にでも居る。勇者は、カリンを狙う可能性もあるが、その時には報復を考えればいいだけだ。報復のための虐殺をおこなえば、以降が手を出してこない可能性が高い。一度の報復で、その後の安全が買えるのなら安い買い物だと考えている。

 おっさんは、この案はベターであって、ベストではないと思っている。
 ベストの方法は、イーリスやロッセルから提案して欲しいと考えている。その為のヒントも散りばめて話をおこなった。

 おっさんの話を聞いて、イーリスは何かを感じた。と、考えている。
 実際に、解っていたことだ。今の帝国には未来がない。

 そして、勇者召喚に巻き込まれたおっさんに帝国の問題を押し付ける行為は間違っている。

 イーリスは、来た時とは違った表情に変っている。
 考えがまとまったのではなく、気持ちが固まったのだ。覚悟ができたと表現してもいいかもしれない。

 イーリスとロッセルは、二人だけで話す時間が欲しいとおっさんに申し出て、部屋の用意をお願いした。
 おっさんは、近くに居たメイドを呼んで部屋の用意と案内を頼んだ。

 部屋に残ったのは、おっさんとイザークとアキだ。

「イザークとアキは残るのか?」

 おっさんは残った二人に話を聞くことにした。

「うん!おばばに頼まれた薬草が、この辺りなら採取できる!」

 おっさんは、部屋に残るのか?と聞いたのだが、イザークの答えはその先に進んでいた。

 おばばは、イザークとアキだけではなく、スラム近くに住んでいた子供たちを、おっさんに任せたいと考えていた。
 手始めに、イザークとアキを送り込んできた。おっさんも、働き手が欲しいので、迎え入れるのには抵抗はない。

 二人が、住む場所を自由に決めればよいと考えている。

「そうか?アキ?どうした?」

 おっさんは、周りをキョロキョロと見ているアキが気になった。
 何かを探しているようには思えない。あるべきはずの”何か”を探しているようだ。

「まーさん。カリンさんは?」

 アキは、おっさんの近くには必ずカリンが居ると思っていた。

「カリンは、バステトさんと一緒に森に探索に出ている」

「え?一人だけで?」

「バステトさんが一緒だから大丈夫だろう?護衛も居る。それに、カリンは一人で帝国の軍隊と戦えるぞ」

 カリンが強いのは、アキもイザークも知っている。
 自分たちよりも格段に強いとは思っているのだが、それがどの程度の強さなのか把握ができていない。

 おっさんよりも強いと言われても、納得はしないだろう。イザークとアキだけではなく、スラムの子供たちから見たら、”最強”はおっさんなのだ。そのおっさんが強いと言っているカリンも強いとは思っているが、帝国軍と戦えるとは思っていなかった。

「おっちゃん!おいらも強くなりたい!」

「そうだな。イザークたちが、この場所に住むのなら、ダンジョンに潜って、素材を取ってきて、生活していれば、自然と強くなれる」

「え!」

「でも、無茶をしたら簡単に死ぬからな」

「・・・」「まーさん?」

「最下層には、龍族たちでも封印するしかなかった者が居るらしい」

「え?」

「その者から漏れ出た波動が、ダンジョンに満ちているから、ダンジョンは潜れば潜るほど強い魔物が出て来る」

「そうなのか?」

「あぁその代わり貴重な素材も深い場所の方が多い。アキは、大丈夫だろうけど、イザーク。絶対に無理はするなよ。ダンジョンは行きも大事だけど、それ以上に帰りが大事だからな」

「帰り?」

「そうだ。イザークに怪我を負わせた魔物たちから逃げられたとして、そんな奴らが沢山居る場所から逃げなければならない。ギリギリまで攻め込んでいくのもいいけど、帰りも同じだけの距離を移動しなければならないのだからな」

「あっ!森の中に入ったら、ちょっと疲れたと思う位で引き返すのと同じ?」

「そうだな。体力以外にも、武器や食料などの持ち物の消費も考える必要がある。イザークには難しいか?」

 おっさんの挑発的な言葉をイザークは”できる”と即答したかったが、自分でも難しいと考えてしまった。

「まーさん」

「ん?」

「まーさんは、ダンジョンには入るのですか?」

「うーん。黄龍は、俺とバステトさんに入って欲しいみたいだけど・・・」

「入らないのですか?」

「入ることは入るけど、奥までは行かない」

「”行かない”のですか?”行けない”のではなく?」

「そうだな。カリンやバステトさん。黄龍や眷属の力を使えば、行けるとは思うけど、それで倒せるかは解らない」

「え?そんなに?」

「黄龍たちが倒せなかったらしいからな」

「おっちゃんなら倒せる!」

「イザークに、そう言ってもらえるのは嬉しいけど、急いで倒す必要はないだろう。しっかりと準備して、時間をかけて、倒せるように頑張ればいい。倒す約束はしていない。倒せるように努力はするけど、それよりもやることは沢山ある」

 おっさんのいい加減とも取れる言い方に、驚いたのはイザークだ。アキもそんな感じで大丈夫なのかという表情をしている。
 実際に、おっさんは倒すと約束はしていない。倒せる可能性が出てきたら頑張るが、自分から倒しに行く必然性が見つかるまで放置しておこうと考えていた。封印が破られそうになれば、黄龍たちが教えてくれることになっている。
 黄龍たちの時間軸は、人の時間軸とは尺度が違いすぎる。
 1000年後に結界が破られると言われても、おっさんからしたら、気にしなくていいほどの時間がある。
 訓練を行う時間を考慮しても、1000年前に教えてもらえれば、十分に対処ができると考えている。

 そもそも、そういう戦いは”勇者(自称)”に任せてしまいたいと考えていた。

 おっさんとイザークとアキの雑談は、ロッセルとイーリスが戻って来るまで続けられた。

---

 おっさんから部屋を借りたイーリスとロッセルは、向かい合う形でソファーに腰を降ろした。
 ローテーブルには、おっさんが指示を出したメイドが飲み物を置いた。

 メイドは、二人の様子を見て、大きめのポットを置いてから退室した。

 二人は別に聞かれても大丈夫だとは思っていた。二人が、話を始めなかったのは、おっさんが用意した飲み物がまた”素晴らしい”物だと思って躊躇してしまったからだ。ついてきたメイドは、おっさんから二人が話を始めたら部屋を出るように言われていたのだが、その前に部屋を出る事にしたのだ。

「イーリス様」

「ロッセル殿。まー様が望んでおられるのは、辺境伯領の独立です」

「え?独立?」

「はい。正確には、まー様の治める森の後ろ盾です」

「逆なのでは?まーさんが持つ武力を後ろ盾にして、辺境伯領が独立をするのでは?」

「それでは、政治的な後ろ盾にはなりません。まー様が欲しているのは、政治的な後ろ盾です。武力を背景にした独立なら、政治的な後ろ盾は必要ありません。違いますか?」

「しかし、それでは・・・。辺境伯では、弱いのでは?」

「はい。だから、私なのでしょう。帝国の姫です。覚悟を決めろと言われているように感じました」

「イーリス様?」

「まー様は、領都に続く、街道を作るようです」

「そうですね。まっすぐに伸びた綺麗な道が敷かれていました」

「あれが、領都だけではなく、他国に繋がるとしたら?」

「え?」

「まー様が治めた場所は、交易の中心になるでしょうね」

「あっ」

「森の中には、貴重な草木が生えている。珍しい魔物も居るでしょう。そして・・・」

「ダンジョンですか?」

「そうです。資源の宝庫です」

「確かに・・・」

「その資源を求めて、商人が殺到する」

「イーリス様。まーさんは、その役割を辺境伯に?」

「どうでしょう。でも、今なら役割を担うことができます。政治力も強まります。何よりも・・・」

「はい。イエーンが集まります」

「そうです。それで、権威としての私が居れば・・・」

「話は・・・。イーリス様のお考えはわかりました。しかし、辺境伯が承諾するでしょうか?」

「しますよ」

「え?」

「その為の私です」

「??」

 辺境伯には、子息は居ない。
 正確には、居たのだが殺されている。

 イーリスは、養子の話を前々から打診されていた。

---

 伴侶は、まー様が一番ですが、難しいでしょう。
 カリン様を崩せるとは思えません。

 ロッセル殿も及第点ですが、もう少しだけ、まー様から知識を吸収したら・・・。


 イーリスが、辺境伯領の独立を考えている頃、おっさんはカリンと会話(対峙)していた。

 聖獣を連れたカリンが帰ってきたのだ。そして、おっさんに”聖獣を眷属にした”と告げたのだ。

「糸野さん。聖獣を眷属にした弊害は理解していますよね?」

 おっさんは、カリンを日本で使っていた苗字で呼んだ。驚いたのは、おっさんだ。自分で思っていた以上に感情が外に出てしまっている。理由にも心当たりがある。そして、”いつか”が近づいて来ているように思える。
 そして、その”いつか”を・・・。待っているのか?受け入れているのか?感情が制御できなくて、困惑している。

「はい。聖獣の祝福は解っています。私が望んだことです」

 カリンは、”祝福”と呼んだ。
 おっさんは、”祝福”だとは思っていない。”契約”であり、”呪い”だと考えていた。しかし、カリンにとっては”祝福”なのだ。

 既に契約を済ませている。
 おっさんが、大川大地と結んだ契約と同じ物だ。おっさんの場合は、転移時に結ばれた縁である。既に結ばれた契りを解除することは出来ない。

 カリンの肩には、小鳥が留まっている。
 次世代の朱雀がカリンと共に居る事になった。聖獣は、1柱だけの存在だ。しかし、朱雀だけは次世代を育むことができる。

「そうか、糸野さんが決めたことなら、俺が何かをいうのは無粋でしょう。それにしても、朱雀ですか?」

 青龍・白虎・朱雀・玄武
 実際には、青龍は黄龍と龍族の相称だと言っていた。そして、青龍は聖獣ではない。

「はい。あと、玄武もいるらしいのですが、寝ている時期らしく、契約は無理だと言われました」

 白虎は、バステトだ。そして、朱雀がカリンと契約をした。残るのは、玄武だが、玄武は起きて来る気配がない。

「ん?誰に?」

 おっさんは、カリンの言葉に違和感を覚えた。
 朱雀とのコミュニケーションがとれているのはわかるが、朱雀が知っているのか?

 バステトも朱雀と玄武がいるように感じていたようだが、どんな状態なのかは知らなかった。

「朱雀に」

「え?」

「この子の親なのだと・・・。多分、親です。あぁそういえば、まーさんには、説明していませんでした」

 カリンは、簡単に説明をした。説明ができていると思ったのだが、バステトが補足をしたので、なんとか伝わった。

「わかった。朱雀であって、現状では、聖獣の朱雀ではないのだな?」

「うんうん。そんな感じ!」

「でも、カリンは朱雀を眷属にしたのだよな?」

「そうだよ。契約は、この子にも引き継がれる。らしい」

”にゃにゃ”

 バステトの補足が入って、おっさんは納得した。おっさんの契約も、”白虎”との契約なので、次世代の白虎が現れた場合に契約が移譲されるらしい。おっさんは、バステトだから契約したのだと、隣に座っているバステトの頭を撫でる。
 嬉しそうに喉を鳴らして、おっさんにバステトが甘える。

「それで?」

「何?」

 バステトを撫でるおっさんから、同じく朱雀を可愛がっているカリンに質問の形ではるが、何を聞いているのか解らない問いかけをする。

「朱雀の名前は?」

 おっさんは、カリンに違うことを聞こうとしたが、聞けなかった。
 そして、お茶を濁すように、朱雀の名前を聞いた。

朱里(シュリ)。かっこかわいいでしょ!」

「そうだな」

 おっさんは、どう反応をしていいのか迷ったが、無難な言葉を口にした。
 カリンが嬉しいそうにしているので、問題はないという結論を導き出した。

「まーさん」

「なに?」

 カリンは、おっさんから聞いて欲しいことがある。
 おっさんも、カリンに聞かなければならないとは思っているが、躊躇してしまっている。バステトとの契約で若返っているが、中身は40を過ぎているおっさんだ。そのために、カリンが聞いて欲しいと思っているのは解っている。解っているつもりになっている。

「・・・」

 カリンも、おっさんが何を考えているのか、大凡は解るようになってきた。
 自分に向っている感情も解って嬉しく思っている。

「どうした?」

「ううん。なんでもない。シュリと訓練をしてくる」

 カリンは、朱雀を眷属にしたことを報告した時に、おっさんが憤ったことを思い出して、今は”これ”で”いい”と考えた。

「わかった」

---

”にゃにゃ”

「わかっていますよ」

”にゃぁ”

「そう・・・。いじめないでください」

”にゃぁにゃ!にゃ!”

「そうですね。えぇもう・・・。でも、もう少しだけ、本当に・・・」

 おっさんは、もう通信が繋がらないスマホを取り出して、日付を確認する。

”にゃ?”

「けじめ・・・。ですかね。それが・・・。いいわけですね」

”に、にゃ?”

「大丈夫ですよ。俺は、俺です」

 おっさんは、スマホをポケットに仕舞った。
 ソファーに足を投げ出して、肘掛に頭を乗せて目を瞑った

”にゃぁぁ”

 バステトの鳴き声に合わせて、おっさんが光に包まれる。
 5秒後には、おっさんから安定した呼吸音が聞こえてきた。

”にゃ!”

 おっさんが完全に寝たのを確認してから、バステトは足下で丸くなって寝る事にした。

---

 部屋がノックされた。
 2回ほどノックされたが、中からは返事がない。ドアが開けられて、シュリを肩に乗せたカリンが部屋に入ってきた。

「本当だ。シュリ。ありがとう!」

 カリンからのお礼を受けて、シュリは身体をカリンにこする様にした。親愛を伝えるためだ。

「まーさん!まーさん!」

 普段なら、ドアが開いただけで起きる人物がしっかりと寝ている。
 カリンは、おっさんの珍しい寝顔を見ていた気持ちが芽生えたが、用事があるので、しょうがないので、肩を揺らして起こすことにした。

 おっさんは、身体を揺すられて、目を開けた。

「あぁ・・・。カリンですか、すみません。落ちてしまいました」

 おっさんは、目を開けると、すぐに覚醒した。
 寝起きの機嫌が悪い人には無理な話だが、おっさんはおきてすぐに、通常運転が可能な人物で、日本に居た時から変わらない。特技だと言っても差支えが無い。

「・・・。それは、いいけど、イーリスが訪ねてきたよ。話がしたいと言ってきているけど?どうする?」

 カリンは、何を謝っているのかわからないけど、自分の方が”ごめんなさい”と言いそうになって、口を噤んだ。
 そして、シュリが自分の頬を啄んだことで、部屋に来た用事を思い出した。

「通して、そうだ。カリンも一緒に話を聞いて欲しい」

 おっさんには、イーリスが訪ねて来るのは早かったと思った。そして、早いという事は、自分の意図が伝わったのだろうと考えた。
 そして、イーリスが辿り着いた結論を、伝えに来たのだと考えたのだ。

 この場所は、確かに青龍たちが大切にしている場所だが、おっさんにも重要な場所になる。
 そして、おっさんは、これからの話なので、カリンにも影響することを思い出して、カリンにも一緒に話を聞いて欲しいと思った。

 自分の判断だけではなく、カリンが判断をしなければならない場面が出る可能性もある。

「え?私も?」

 カリンは、自分がイーリスとおっさんの話に加われるとは思っていない。
 加わりたいとは思っている。おっさんとイーリスが二人で話をするのは、”嫌”だと、はっきりと思えるのだが、一緒に話を聞く権利が自分にあるとは思っていない。

「そうだよ」

「でも、まーさん。私、政治とかよくわからないよ?イーリスとの話なら、政治の話でしょ?」

 カリンは、自分が一緒に話を聞いてもいいのか?
 おっさんの横に居ていいのか?

 いろいろな感情が混じったままで聞いてしまった。

「どうだろう?」

「・・・。うーん。よくわからないけど、わかった。まーさんの隣に座って、話を聞けばいいよね?」

「そうだね。あっ!出来たら、議事録は、難しいだろうけど、スマホでもいいから、話した内容の大事な所を、まとめてくれる?」

「うん!」

 カリンは、入って来た時とは違う感情を伴って、イーリスを呼びに戻った。

 イーリスが緊張した面持ちで部屋に入ってきて、おっさんの正面に座る。
 おっさんの横には、カリンが座っている。もちろん、反対側にはバステトが座って、カリンの肩には、シュリが止まっている。

 イーリスは、最初におっさんを見てから、カリンが横に座っているのを見て、少しだけ顔を歪める。そして、カリンの肩に居るシュリを見て驚愕の表情に変わる。最後に、おっさんとカリンの座っている場所を見て、何か納得した表情をしてから、背筋を伸ばす。

「まー様。カリンさん」

「なんだ?」

「辺境伯フォミル・フォン・ラインリッヒは、辺境伯の地位を帝国に返上して、ラインリッヒ公国を宣言する運びになりました」

 びっくりするカリンとは対照的に、おっさんはどこか面白そうな雰囲気を醸し出している。

「そうか?それで、俺たちに何を望む?」

「はい。まず一つは、公国とまー様たちの拠点との友好的な関係構築を」

「わかった。今までと同じでいいよな?」

「はい。領都から人を出して、街道を繋げたいと降ります。ラインリッヒ公からの依頼として、まー様たちが構築した街道に繋げるご許可と、問題がない範囲で護衛をお願いしたい」

「繋げるのは大丈夫だ。護衛は、タダでは無理だ」

「はい。報酬をお支払いいたします」

「個別に対応するのは面倒だろう。食料と調味料の支援。伐採した樹木の所有権でどうだ?」

「・・・。わかりました。報酬の食料は、街に繋がる街道が出来てからでいいですか?」

「そうだな。分割で運んでもらえると助かる」

「その方が、こちらも助かります。ラインリッヒ公としては、まー様が治める街との街道は、領都だけにしていただけると嬉しいと・・・」

「そうだな。俺としては、ラインリッヒ公が無茶を言い出さない限りは、他の街に繋げるのも面倒だから、作らないが。他の街が作ることを規制するつもりもない」

「ありがとうございます」

 カリンが、おっさんの服を引っ張る。

「ん?」

 カリンが、スマホをおっさんに見せる。
 そこには、イーリスとのやり取りが簡単に書かれている。

 修飾された言葉ではなく、カリンが読み取った内容が箇条書きで書かれていた。

「これでいい?」

「十分」

 おっさんの言葉は少ないが、カリンの掻いた内容で満足をしているのが解る。
 カリンも、おっさんの言葉でほっとした雰囲気を出している。

「さて、イーリス」

「はい?」

 おっさんはイーリスに話しかける。
 話が終わったと思っていた、イーリスはおっさんの呼びかけに表情を変えてしまった。経験の差なのか、おっさんがタイミングを見ていたのか微妙な状況だが、イーリスが心の隙を見せたのは間違いなかった。

「そんなに、緊張しなくていい。ラインリッヒ公の建国宣言は、どのくらい後になる?」

「え?」

「まだなのだろう?」

「・・・。はい」

「え?まだ?何が?」

 カリンの驚きの表情でイーリスを見る。

「この短時間で、ラインリッヒ公に、連絡がつけられたとしても、決断を聞いて、動くのは無理だろう。それに、公は帝国に居て、まだ身動きが取れない。俺たちの動きを聞いて、判断を迷っている。だから、イーリスは、何か手土産を持って、王都に向かう予定なのだろう?」

「・・・」

「違うな。ロッセルが、既に向っているのか?」

 おっさんの指摘をイーリスは肯定する。
 ロッセルが、領都に向ったと報告が来ていることを、おっさんは知っているが、知っていることを告げていない。

「はい」

 イーリスは、おっさんからの指摘を受けて、内容を認めるような発言をしてしまう。

「あまり、賢いやり方ではないな。イーリス。一つでもタイミングがずれたら、全部がダメになるぞ?」

 辺境伯領の独立は、イーリスとロッセルの独断専行の考えだ。
 そして、おっさんが街道の件を認めてくれると考えて、街道の有益性と独立の意義を、ロッセルがラインリッヒ辺境伯に伝える役割を持って、王都に向っている。タイミングが少しでもずれたら、全てがダメになる可能性がある綱渡りな交渉だ。
 イーリスの緊張は、綱渡りだということが知られることで、全部をひっくり返されてしまう危険性を考えていたからだ。

「はい。解っております。その時には、私とロッセルの独断として・・・」

「はぁ・・・。わかった。協力してやる。でも、これが最後だ。こんな方法は、気に入らない」

 イーリスは賭けに勝った。
 最初は、ロッセルにおっさんへの対応を頼んで、自分が辺境伯の説得を行うことを考えていた。辺境伯と自分との婚姻が餌になることも解っていたためだ。しかし、イーリスはおっさんとの交渉を自分が行うことにした。
 それは、気持ちの問題もあるが、ロッセルではおっさんから妥協を引っ張り出すことが出来ないと考えたからだ。

 おっさんが懐に入れた人間に対して甘くなることを、イーリスは見抜いていた。アキやイザークへの対応を見れば、解ることだ。そして、アキやイザークよりも、自分の方がおっさんと近い位置で接してきたと思っている。

「はい。もうしわけありません。でも・・・」

 テーブルの上に置いた手を強く握って、まっすぐにおっさんを見つめる目からは、涙が流れ始める。
 慌てたのは、カリンだ。

 カリンは、おっさんの横から立ち上がって、イーリスの隣に移動した。
 持っていたハンカチ状の物で、イーリスの涙を拭こうとしたが、イーリスがやんわりと、カリンの手を制した。

 今の涙は、恥ずかしい涙ではない。決意の涙と、おっさんを落とすための涙だ。

「解っている。帝国の礎を残したいのだろう?初代の功績を食い潰す奴らを許せないのだろう?」

「・・・。はい。父も、母も、兄も、姉も、弟も、宰相も、殆どの貴族も・・・。どうしても、どうしても、許せない」

 イーリスの心の叫びに近い言葉は、カリンに衝撃を与えるのに十分だ。

「帝国をどうしたい?」

 おっさんも、イーリスの言葉を聞いている。心に響いている。
 しかし、それでおっさんが動くことはない。イーリスとは優先順位が違っている。イーリスが大事な物を抱えているのと同じで、おっさんもおっさんだけが認識している大事なことがある。

「出来るのなら、滅ぼしたい。です。でも、帝国には、5000万以上の臣民が居ます。何も知らずに、何も罪もなく、日々の生活を送っている人たちが居ます」

「そうだな」

「まー様」

「イーリス。考えすぎるな」

「え?」

「イーリスが全部を背負う必要はない」

「・・・」

「腕の長さは決まっている。腕を伸ばした状態で、荷物を持てば疲れてしまう。お前が、ロッセルが疲れて倒れてしまったらどうなる?」

「・・・」

「疲れない程度に、無茶にならないように、無理をしないように、そして、疲れたら休め」

「・・・。はい」

「協力はしてやる。でも、判断をするのは、自分たちだ」

「はい」

 握った手が涙で濡れているが、新しく手を濡らす涙は流れていない。

「イーリス。不躾な質問をするがいいか?」

「はい?なんでしょうか?」

「エルフの血が入っているのか?」

「え?なんで?ご存じなのですか?」

「いや、感というか、イーリスの考え方が、長命種・・・。黄龍に近いと思っていな」

「そうなのですか?」

「あぁ短期的な利益は、ロッセルが考えたのだろうが、長期的に不利益にならないようにしたのは、イーリスだろう?」

「え?」

「街道の整備に、人を出すと言い出したのは、イーリスだろう?」

「・・・。はい。なぜ?」

「ロッセルみたいな人間は、利益を最大限にすることを考える」

「・・・」

「まぁいい。それで?」

「まー様のおっしゃっている通りです。実際には、ハーフではなく、クォーターなので1/4がエルフです。でも、初代様の妃にもエルフが居たと言われています。その流れで、ハーフエルフが産まれることがあります」

「そうか・・・」

「・・・」

「棚上げだな」

「そうして頂けると助かります」

 カリンだけ意味が解らないのか、キョロキョロしている。
 おっさんは、イーリスの隣に座っているカリンを呼び寄せて、気にするなと話をした。

 イーリスは、おっさんからの言葉を受け取って、領都に向った。
 領都では、準備が進んでいた。

 反対意見は有ったが、最終的な判断は王都に居るフォルミ・フォン・ラインリッヒ辺境伯に委ねられた。

 領内をまとめたのは、代官だったダストンだ。ダストンにも打算はあった。正確な言い方をすれば、打算しかなかった。辺境伯領として、意思の統一を行う必要があった。丁度、代官と各町や村の長が領都に集まっていた。
 同調圧力が無かった・・・。とは、言わないが、概ね独立はいい方向に捕えられていた。以前から、辺境伯領は、周りの貴族家から疎まれていた。その為に、国境とは別に領境にもはっきりとわかるように土塁を積んで、対応を行っていた。

 イーリスが領都に戻ってきて、おっさんからの伝言がきっかけになった。

 おっさんは、あろうことか、領境に大河を作る提案をしてきた。城壁で領を囲むことも可能だが、メンテナンスだけではなく、警戒を呼びかねない。それなら、自然の現象と言い切れる”川”を作ってしまったほうが早いというのが、おっさんの言い方だ。
 ラインリッヒ領は、山があり、おっさんが逃げ込んだ魔の森がある。他領に向かう場所は、検問があるだけの状況だが、この場所に幅100メートルの川を作ってしまえと言うのが、おっさんの提案だ。池でもいいが、池だと流れが無いので、水が澱むことが考えられる。先に、橋のような物を作って仕舞えば、通行にも困らない。
 木材は、魔の森に交易路を作っている時に伐採した木々がある。生木の乾燥は、龍族が簡単にやってくれる。あとは、人の手配だけだ。人は、おっさんの所からも派遣するが、基本はラインリッヒ領内で準備を行うことになる。
 川は、そのまま、領内にも引き込まれて、人工のため池に蓄えられる。
 最終的には、魔の森に返される流れになるが、ため池から各町や村に水が回されることになる。各町や村への用水路の整備は、ラインリッヒ領内での話となる為に、おっさんはノータッチだ。

 辺境伯が領都に帰ってきた。
 主だった家臣も連れてきている。王都の治安が悪くなったというのが表向きの理由だ。

 領都と魔の森の中心と思われている場所が街道で繋がった。
 おっさんは、街道に門を設置した。
 魔の森の魔物や動物が領都に向かわない為だと言われて、誰も文句が言えなかった。その後、おっさんは門の左右に城壁を構築した。広い魔の森を覆うような城壁だ。
 これで、魔の森は他国には繋がらない。
 その代わりに、城壁に沿って移動すれば、領都に辿り着けてしまう。地図が秘匿されている世界では、格好の目印になってしまっている。
 頭を抱えた辺境伯だったが、税収だけではなく、人の往来が増えたことで、一時期は治安が悪化したが、すっかり前よりも治安が良い方向に進んだ。辺境に接する国からの流入が増えたことが影響している。

 帝国の宰相たちも、辺境伯の動きは掴んでいる。
 情報統制を行っても、情報は漏れてしまう。

 辺境伯とイーリスとロッセルが相談しているが、いいアイディアが出てこなかった。
 その為に、おっさんに助言を求めた。

 おっさんは、簡単に漏れる情報なら流してしまえばいい。もっともらしい反証が出てくるような情報と一緒に流せたら、情報を取得した方は、混乱する。そのうえで、本当に隠しておきたい情報だけは隠しておけばいい。

 3人は、その話を聞いてから、準備がほぼ終わっている状況で、隠しておくべき情報は、建国宣言の日だと思ったが、おっさんは、建国宣言の日なんて都合があえば何時だっていいはずだ。多分、奴らが欲しいのは、こちらの戦力であり、経済圏だ。と、言い切った。
 戦力は、おっさんの所に龍族がいる事を既に流している。他領や他国からの流入で、領民が増えていて、その中から兵士になった者たちが居る。

 川の発生と同時に、税を帝国に送らないことも決められている。

 これらの情報から、橋をかけた対外的な理由の為に、おっさんは川ができる場所に、深くはないが、横断するのに苦労する谷を作った。対外的には、谷を渡る為に必要な橋だと伝えている。

 おっさんが川を作る為に用意した方式は非常識だと断言できる。
 山々から小さな小川が流れていた。それらの流れを、龍族の力で強制的に変えたのだ。川の上流地点には、湖が出来上がっている。反対側は、ラインリッヒ領とは関係が良くない領と聞いて、遠慮なく水の流出を止めた。十分な湧き水があるのが解っていたために、川を流す提案をしてきたのだ。
 領内には、今までと同じか、それ以上に水が提供される。おっさんの概算では、3/4が他領に流れていたのを、止めてしまったのだ.川の水量が確保出来るのは、当然の話だ。
 それだけではなく、山にも手を入れた。
 領内に山越えで入られないように山の形を変えてしまった。大きな岩を配置して、崖を作った。山の高さも1.5倍程度に高くしてしまった。
 一言で言えば、やりたい放題だ。おっさんが実験してみたいと思っていたことを、試している状況になっている。全部が成功したわけではないが、殆どがラインリッヒ辺境伯領にいい方向に働いている。

 ラインリッヒ辺境伯には、いろいろな領から苦情が届けられているが、辺境伯は”龍族が行った事で、自分たちには関係がない”という内容を伝えている
苦情は、龍族に行って欲しいという文言をつけている。
 山を作り、谷を作り、川を作り、水の流れを変えるような自然と同等の力を持つような、龍族に勝てるわけがないと、殆どの者たちが思い始めている。だからこそ、なんとかして欲しいと、辺境伯に苦情を伝えるのだが、”糠に釘”状態で、辺境伯も取り合わない。

---

 辺境伯が、領地に病状を理由に引き籠ってから、3年が経過した。
 既に、領境”近く”を川が流れて、領に入る為に、橋を渡らなければならない。そして、橋の両側を、辺境伯家が抑えている状況だ。水の利用を認める代わりに、領の境を150メートルほど動かした。橋の両側は、辺境伯の領土で、小さな町が出来上がっている。
 橋への攻撃は皆無では無かったが、辺境伯領の兵によって撃退されている。橋の素材は、魔の森の木々が使われている。おっさんは知らなかったのだが、魔の森の木々は、通常の木々と違って魔力を纏っている。その為に、乾燥してから数か月は通常の木々と変わらないが、時間が経過して魔力だけが木々に残ると、信じられないくらいに硬くなる。石よりも硬くなる性質がある。その為に、橋の強度は通常の城壁以上の硬度を持っている。龍族のブレスでなければ崩れない。

 川の流れも落ち着いた。
 人が泳いで渡れるような流量ではない。流量が変わってしまった川もあり、治水や村の移動が行われた。水の流れが変わってしまったのだからしょうがない。これが、領民の考えだ。より豊かになるので、文句を言うものは少ない。

 そして、遂に、辺境伯が建国を宣言する。
 おっさんは建国を宣言しないが。辺境伯が、魔の森にダンジョンが発生したこと、及び魔の森の中心に集落が出来て、国として対等に接すると宣言を行う。既に、帝国以外の国には通告を出している。
 概ね認めるという返事が来ている。もちろん、他国から帝国に情報が伝わっているのは辺境伯も把握している。

 準備はしてきた。
 あとは、宣言を行うだけだ。

 そして、仮想敵国は”帝国”だ。
 他国も、辺境伯の反乱と考えている。工作を専門に行う部隊が実施した情報操作がうまく行っている。その為に、帝国内部の不満分子による”クーデター”だと簡単に考えられている。

 フォルミが先頭に立ってバルコニーに向かう。
 帝国の様な宮殿は作らない。元々の領主の館が公城となる。

 フォルミは、いろいろとあった候補から、ラインリッヒ公国と決めた。自分が、初代公王となると宣言を行う。

 付き従うのは、ロッセルとイーリスだ。

「イーリス様」

「いい加減に”様”は辞めてください」

「そうですね、イーリス。行きますよ」

「はい」

 イーリスは、フォルミの息子と婚約した。

 フォルミが民衆の前で、建国を宣言した。

 建国宣言で一番盛り上がったのが、龍族が住まう森に繋がる街道の公開と龍族が隣人として付き合っていけるという内容だ。

 辺境伯は、公王を名乗ることになる。
 おっさんの助言もあり、ラインリッヒ公国を名乗ることになった。

 イーリスが、公王の長男と婚約が発表された。
 民衆からは好意的に迎えられた。

 イーリスが、辺境伯領に来てから行っていた行動が評価された結果だ。一部の者たちからは、帝国との橋渡しを期待する声も聞こえたが、イーリスが帝国の名前である。アルシェの名前を外したことから、失望する声も聞こえてきた。

 イーリスも、公王も気にした様子を見せない。

 イーリスが帝国の名前を外すのは、決められていた。そして、おっさんは、帝国を排除することで、一種の踏み絵の役割を果たすと説得した。
 帝国の一部であった辺境伯は、帝国から”辺境伯”の地位を与えられて、領地を統治が出来ていた。

 独立を宣言して、建国を宣言した。
 実質的には、統治する権限は持っていない。民衆の支持だけが、公国を支えている。

 民衆だけではなく辺境伯に恭順を示した貴族家の支持は、龍族の支援が期待できることに起因している。
 安全に生活ができる事が、大きな理由だ。

 そして、帝国からの制裁も気になっている。
 当初は、イーリスが帝国からの制裁を緩めるのではないかと期待されていたが、帝国の名前を外したことで、イーリスでは帝国の盾にならないことが解って、手のひらを返す者たちが現れた。

 帝国でも、辺境伯の動きに合わせて、各地で反乱が発生した。
 勇者たちを押し付けられた、下級貴族が連合を組んだ形だ。

 ラインリッヒ辺境伯に呼応するように、勃興した国は、帝国の圧力に屈することになった。ラインリッヒ辺境伯領は、建国のために準備を行っていた。国境線に砦や塀を築いている。公国だけで、自給自足が可能な状況になるまで我慢をしていた。
 全ての準備が整ったことを確認してから、フォミルが帝国の王都を脱出して、辺境伯領に入り、建国を宣言したのだ。

 おっさんとカリンが、辺境から魔の森に居を移してから、既に5年が経過している。

「まー様とカリン様は、本当に・・・」

 イーリスは、戦力の貸し出しをお願いするために、おっさんの所を訪ねていた。
 頻繁に来ているのだが、それでも二人の姿が変わらないのには驚いている。

 おっさんが変わらないのは、年齢だと言えるのだが、カリンも最初に会った時と変わらない姿で交渉の場に来ている。

「久しぶりだな。イーリス。それで?結婚の報告か?」

 おっさんは、カリンが持ってきた珈琲を飲みながら、イーリスの見た目に関する話を無視する形で、終わらせる。

「いえ、婚約はしましたが、結婚は公国が落ち着いてからです」

「ん?敵対してきそうな所は、潰したよな?」

 落ち着かないと言っているが、既に公国は、帝国や魔の森からの支援がなくても、独り立ちして行けるだけの経済力と同等の軍事力を持っている。
 数万程度の敵なら、防御戦という条件は着くが、問題なく撃退ができる。

 実際に、建国宣言後に、帝国は挙兵したが、公国が組織した防御ラインを突破できなかった。おっさんだけではなく、カリンも力を貸していたのだが、それでも公国が帝国を追い返したのは、十分にインパクトがある結果だ。
 それだけではなく、帝国が内部分裂を行うように仕向けた。

「はい。しかし、面倒な連中が残ってしまいました」

「勇者たちか?帝国は、また勇者召喚を行おうとしたのだろう?」

 本来、力を殺いで置きたかったのは、勇者として召喚された者たちだ。
 別々の貴族家に囲われている関係で、お互いに力を合わせて戦う事が無かったので、それほどの脅威では無かったが、腐っても勇者だ。勇者が出てきた戦場では、公国は苦戦を強いられた。
 おっさんが取った戦略は、勇者が居る部隊を徹底的に避けて、孤立させることで、戦力として使えなくすることだった。

「はい。そちらは、潰れました。実際には、まー様が仕掛けた罠(置き土産)が有効に働いたのですが・・・」

「それは、それは・・・。それで?」

「はい。お願いがあります」

「できる事と、出来ない事がある」

「はい。まー様。いえ、カリン様にとって必要なことかと思います」

「え?私?」

 カリンは、急に自分の名前が出て驚いてしまった。帝国には、もう関係がないと思っていたのだ。

「はい。カリン様とまー様の姿絵が出回ってしまって帝国が引き渡しを要求してきました」

「ほぉ・・・。姿絵?」

 おっさんは、イーリスを鋭い目つきで見つめる。おっさんとカリンの姿絵は、公国の建国祭後に行われた、帝国侵略後に書かれた物だけだ。
 戦争で奮戦したおっさんとカリンの姿絵を民衆が欲しがったという理由でイーリスが求めたのだ。

 おっさんは、自分とカリンの姿絵は戦争時の様子だけを許可して、普段の姿は許可しなかった。
 当然、絵師の前でポーズを取るような拷問は受けなかった。

 全ての姿絵を見たわけではないが、おっさんとカリンだと解るような物は無かった様に記憶していた。

「・・・。はい」

「まぁ・・・。いい。それで?」

「公王は、知らないと突っぱねましたが、帝国の貴族・・・。数家が連合を組んで、攻め込む準備を始めています」

「公国に?」

「はい。開戦の理由が、まー様とカリン様の引渡しでして・・・。まー様たちの助力を願いたいと考えております」

「まーさん?」

「イーリス。想定される、相手の総数は?」

「7家です。兵数は、総数10万と予測されています。連合軍は、30万の軍隊と言っています」

「さすがに、その人数だと公国だけだと辛いか?」

「はい。”負ける”とは思いませんが、犠牲が多くなってしまいます。問題は、数か所は・・・。多いと、5箇所の開拓村は諦める必要が出てきます」

 おっさんは、指でテーブルを数回ほど弾いてから、地図を取り出した。

「イーリス。攻め込まれる方向は?」

「3方向です」

 イーリスは、防御壁がある場所の近くに、石を置いた。
 3か所から攻められることが解る。

 おっさんは、イーリスに想定される家と総数を、書き出すように伝える。

「ん?」

 イーリスが書き出した貴族家の名前を見て、おっさんは不思議に感じた。

「どうしました?」

「この連合は、本当に攻めて来るのか?」

「はい」

 イーリスは、おっさんが言っている話が解らなくなってきた。
 貴族家の名前を見てから、おっさんは何かを考えているようだ。

 そして、自分の書いたメモを取り出して、何かを見つけてから、新しいメモに何かを書き出した。

「イーリス。貴族家の当主や関係性は、変わっていないよな?」

「大きくは、建国当時と変わっていません」

「この連合軍は、攻めるのが本筋の目的としていないぞ?」

 おっさんは、書いたメモを地図上に置いて見せた。

「え?」

「鈍ったか?」

 以前のイーリスなら、この時点で事情を把握していたのだろうが、公国の内政に携わることが増えて、外務がおろそかになっていた。
 そして、勘所を嗅ぎ分ける嗅覚が鈍っていたのかもしれない。

「どういう・・・。あっ!」

「まーさん。どうするの?」

「ん?援軍は出す。サラマンダーやエルフやウィンディーネの中から、暴れたい者たちを選出する」

「いいの?」

「あぁ戦闘にはならないと思う」

「え?どうしたらいいの?攻めてきているのだよね?」

「あぁこの7つの家に間違った家向けに送ったと思わせる。伝文を拾わせる」

「ん?」

「流言を持って、この戦争を終わらせる。それだけだと、兵士数が減らないから、また攻めてくるだろう?」

「うん。誰も傷つかないのはいいけど、また攻め込んできたら面倒だよ」

 ニヤリと笑ったおっさんは、メモに新しく何かを書き込んで、地図嬢に広げて見せる。

 借金で雁字搦めになっている7家が連合軍を組んで攻め込んでくる。なら、どこかの一家が抜け駆けして、公国と交渉を行ったと思わせるだけで、連合軍は瓦解する。それが、7家がそれぞれに仲が悪かったり、利害関係が相反したり、協力体制が悪かったり、それぞれに蹴落としたい貴族が裏切り者だと思われる書簡が届けられたら、簡単に連合軍は疑心暗鬼になり、瓦解する未来が待っている。

 イーリスは、地図を見てから、メモを拾い上げて読んで納得をした。
 あとは、タイミングの問題と、犠牲を抑える施策を行う必要がある。

 ただ、おっさんはこの7家の連合軍の撃退は、流言だけで勝てると考えているが、帝国がしっかりとした御旗を掲げて攻めて来る時期が早まっているように感じている。