高田馬場の「月刊陰陽師」編集部に行き、真名が今日の授業であったことを話して一部記事の内容をその院生に渡せないだろうかと言うと、泰明はこう言った。

「却下だ」

 さすがドS陰陽師の面目躍如といったところだ。

「はは……。ですよねー」

 絶対零度の眼差しで斬り捨てられた真名が乾いた笑いを浮かべる。けれども、泰明が真名の言い分を却下した理由は、想像していたこととはやや違っていた。

「そもそも最初から否定している人には何を見せても無駄だ。目の前で霊現象を起こしても適当に理由をつけるか、偶然と思うか、『でも、信じない』とかたくなに否定する。そういう連中の無明をかち割るためにモーセは海を割ったし、イエスは死から復活したし、陰陽師は式神を使うのだけど」

 泰明がため息をついた。編集長席の昭五が付け加える。

「今回の特集は、結局、明確に神仏やあの世を信じていないけれども、パワースポット程度は信じている、というごく普通の〝パワースポット巡り〟の人たちで困っている現場への助言だからね。真名ちゃんが話したレポートをまとめた院生のような確信犯は本当に困るんだよね」

「打つ手がない、みたいな?」

「そうそう。聖域を荒らされるからね。締め出すしかないかもなあ」

 真名は入稿準備が整ってきたページのうち、例のパワースポット特集を手に取った。

「パワースポットになったとき、神さまを怒らせないために気をつけること」「パワースポットで観光客が増えたときの磁場の守り方」などの見出しが躍っている。
 近くのコンビニで売っている雑誌ではまず取り上げないテーマだった。
 さすが業界紙である。物事は切り込み方や角度でずいぶん印象の違う記事になるのだなあと真名は妙な感心をしながらも、ふつふつと疑問が湧いてきた。

「パワースポットになって人がたくさん来るようになると、神さまって嫌なんですか?」

 原稿の手を休めた泰明が、真名の方に椅子を回転させる。

「神さまによる。人間と一緒で神さまにだって個性があるからな。来る者拒まずで人をもてなすのが好きな神さまもいれば、神さまは静寂で聖なる空間で神さまらしい威厳を保つべきだと考える神さまもいる。今回の特集にも書いてあるけど、特に問題なのは峻厳で威厳のある神さまを祭っている場所が〝パワースポット〟となること」

 真名が手元の紙束をめくった。威厳のある神さまの場合は、やはり人間が礼節を護らなくなったら〝神罰〟が下ることもあるとさらっと書いてある。

「〝神罰〟が来るんですか」真名は戦慄した。

「こういうのはうちじゃないと書けないからなあ」と泰明がすっかりぬるくなったコーヒーを一口ふくんだ。
「神罰を与える神さまなんて神さまじゃないなんていう思い上がった人間が山のようにいるからな。そういうヤツらほど神さま信じてないし。メディアの影響は大きい」

 泰明が苦々しい顔で説明する。

「でもでも、積極的に人間をいじめようとしているわけではないんですよね?」

 真名が確認するように尋ねると今度は昭五が答えた。

「それはそうさ。ただ日本のような美しい国土で、四季にも恵まれ、豊かな稲の実りもあるのだから、まず私たち人間はそれに感謝をすべきだってことだよ。感謝の気持ちもないのに、〝パワースポット〟と称して神さまの力を自分のために抜いていこうとする連中は――やさしい神さまはそれでも力を貸してくれることもあるけど――まるで自分たちが大きくなったのは自分たちの力で、親なんて最初からいなかったんだと威張ってる子供のように見えるんだよ」

 昭五に言われた感謝の部分が真名も身につまされる。今日のランチだって、白いごはんをおいしくいただいたけど、神さまに深く感謝したかと聞かれれば、米粒一粒ほどもしていない……。

「そうしたら、パワースポットとかって行かない方がいいのでしょうか」

 これ以上、神さまから〝奪って〟はいけないのではないかと思ったのだ。けれども、昭五はいつもの犬のような愛嬌のまま首を横に振った。

「うんうん。いいね、いいね。そういう気持ちがある人は、まあ大丈夫さ。神さまも信じている。神さまにも感謝している。神さまたちは、そういう人にこそ神さまのパワースポットでもっと元気になって、もっと幸せになってほしいと思っているんだよ。そういう人が遠慮して、反対の人がパワースポットに押し寄せてばかりではかえって神さまがかわいそうさ」

「ああ、なるほど……」

「要するに〝感謝を忘れて、自分のことばかり考えるなよ〟ということだ。――これ、これチェックよろしく」
 と泰明が記事を一つよこした。