一方、金沢市内で挨拶周りの二人。
ヨミの手の中にある、金の鳥。
それを見た、シオンは
「先輩?もしかしてー、その『開運おみくじ』、集めてます?ー」
そう言って、おみくじ箱を指さした。
そこには、12個の縁起物のどれかが入っていると書いている。
ヨミは、ニッコリと笑って応えた。
「初めて、『鷽替え』がでたわ。」
いそいそと、ヨミが 財布に金の鳥を入れるのを、シオンは見ながら
思い出した事を伝える。
「先輩、その鳥、見て思ったんですけど。オーナーの 『聖徳太子と、人魚の浮世絵』って、それ、滋賀の石山寺ですよー。」
「あら?後輩ちゃんの得意地域かしら?」
まあ そんなとこですねー、と頷いて シオンはヨミに付いて歩く。
「結構、有名な話なんですよー。きっと、日本で一番古い人魚のミイラに纏わる話です。因果応報?因果一如?を人魚が話すんです。あ、北陸も人魚の話ありますよね?」
ヨミは、シオンに今度は、
展示館関係を廻る事を示して
サラリと答えた。
「八百比丘尼の伝説ね。人魚の肉を食べて、今も生きているって伝説。」
シオンを、再び助手席に乗せて、ヨミは車を走らせる。
「それです!先輩!その八百比丘尼が食べた肉って、『ジュゴンの肉』だって言われてるんですよー。」
得意げに語る シオン。
お堀通りは左右に緑が多くて、
街中の道でも 気分よく走れる。
「後輩ちゃんは、本当に食べるモノなら なんでも興味、示すわよね?」
と 今度はヨミが、嫌味を含めて
微笑んだ。
「まるで、食べ物しか興味ないみたいじゃないですかー。まあ?そうなんですけど。」
左手に通称『21美』が出て来て、歌劇場が見えた。ヨミを 横目に見る。某歌劇団の講演がある舞台だからだ。
助手席のシオンが ヨミを非難する。
「早くに亡くなった義叔父が、南の出身だったんですけど、昔は その辺りで ジュゴンを漁していた事を聞いたんです。」
「えぇ!!日本でジュゴンって食べるの!それ、やだ、凄くない!」
ヨミが、思わず シオンの顔を
ガバッと見て仰天する。
右手に今度は、放送局の 鉄塔が
見えてきた。
「昔は、四国とかも いたみたいですよ。ほら、聖櫃=アークを包んでいたのも、ジュゴンの皮だって言うでしょ?ジョバンニのアザラシ皮と一緒で 耐水性あるらしいです。老不死とか媚薬に出来て、骨はお守りにしたって。涙だって、恋愛の効能があるとか。年貢としても、肉を納めてたらしいです。汎用性高いから乱猟ですねー。」
ハンドルを切って、ヨミは
裏側に回った駐車場に、車を停めた。
「弱冠、引く話だわね。あ、着いたから! 降りるわよ。ここから少し歩くわね。」
二人は 車から出て、緑の多い小道を奥に行く。
歩きながら、ヨミは 続ける。
「何、ジュゴン凄いじゃない?でも、絶滅危惧種よね?もう保護対象じゃないかしら。」
まもなく、低層モノクロツートーンの建築物が出き。
「その通りですよー。5000ぐらいしかいなかったかも。ジュゴンがモデルだって言われる人魚って、やっぱり『涙=アクアマリン』が、漁師の航海の守り石 なんです。だから、オーナーの見たっていう、船箪笥に入れているのも、国は違いますけど、ちょっと 納得ですねー。」
話て近づくと、『禅』の精神を
投影したような 建物は
とてもモダンな建築だった。
一目で有名建築家のものと解る。
「ふむ。でも私的には、人魚には、因果応報より 不老不死の秘訣を、ぜひ説いて欲しいかも。」
ヨミは 夢見る様な 目をした。
「あたしー、こないだ エンディングドレスを用意したんで、『不死』は困ります!」
間髪いれずに、
今度はシオンが ヨミに 言放つ。
木々や石垣、
モノトーンの石タイルがモダンだ。
「あのね、後輩ちゃん、貴女は 先にウェディングドレスを用意しなさいよ!!おかしいでしょう、なんでエンディングドレス先に用意するのよ?」
ヨミは 呆れながら シオンを嗜めて、
建物に入った。
入り口で挨拶をした
学芸員スタッフに、シオンが
名刺と企画のフライヤーを渡す。ヨミの知り合いらしい。
「やはり、海外に初めて 禅思考を発信した宗教家の記念館ですから、外国からのお客様が 3割も来られるんです。」
そう、いいながら、玄関の庭を
横手にヨミとシオンを、内回廊を通り 案内をしてくれる。
水鏡に佇む白い建物。
水面に 青い空が写り込む、
静寂の空間。
「シリコンバレーを代表する、
コンピュータパイオニア企業の
創立者が 思考したのが『禅(ZEN)』だと、海外で広く知られたのが、きっかけですけど。」
学芸員は重ねて語り、
水鏡の庭を建物をまわる。
無言の悟りを呼ぶ様な
雰囲気の外部回廊をまわる。
と、大きな音が響き、
波紋が出来る。
「夕方のライトアップや、
朝瞑想もできますよ。よければ
又いらして下さいね。」
丁寧にでいて、踏み込みむ事なく、
案内してくれた 学芸員は、
ヨミに頷いてから 消えた。
水鏡に立つ建物の中。
薄暗い正方形の部屋に
畳のベンチが置かれている。
部屋に入ると、外の風景が
別世界に写る。
それが どこか 金沢的だと
シオンは思った。
八百比丘尼が 入定する洞窟から
外を見ると、こんな感じ?
真ん中に空いたスペース。
「見えない四畳半」
見える長方形に
切り取られた景色は、
それこそ、『禅』の思想に
一歩でも近づけそうだ。
生と死
老いと 若い
陰と陽
因と果
人魚の涙って
守りにも
恋愛の媚薬にも
なるなんて。
どうやって、泣くの?
海亀みたいに、
生み出す時に 泣くの?
と、シオンは ぼーっと
関係無い思考を 少しする。
常に 世界の美術館ランキング
上位の美術館や、
五感が刺激される体感の場所。
街中に ユニバーサルデザインな
建築物があり、歴史と文学が共存している。
挨拶周りだけでも、
つい時間を忘れてしまいそうな
街だと、
シオンはヨミと、畳の椅子に
座り、感じる。
そして、つい 隣のヨミに、
「先輩。石山寺の 西国三十三周り。廻ると、六種類の 鳥を、お土産の土鈴で 集めれるんですよ。」
と、小声で、囁く。
「うそ?! ほんと!可愛いの?それ、欲しい。」
ヨミの反応に、にまっと
シオンは満足した。
ラクシュミー。
神々が『不死の薬』を造る為に
世界創造し、海の泡から出現した
ヒンドゥー女神。
そんな イメージが ぴったりとくる紺碧の 宗教画のような
『少女画』には、
『No.12』としかタイトルは無い。
というより、このアーティストの
絵画は、全てナンバリングのみの
タイトルなのだ。
ハジメは、カスガが 後ろに隠す様に持っているキャンバスに視線を留め、確認する。
絵画自体は、破損はなさそうだ。
木製イーゼルのネジは、
飛んでいるが。
もしかしたら、今の音で、サロンにいるマダムが 飛んで来る
かもしれないなあ~、とハジメは呑気に考えた。
レンが カスガを凝視したまま、
ハジメに 咄嗟に謝罪する。
「ハジメさん!申し訳ないです。うちのカスガが、粗相をした様で。カスガ、どうした?絵を倒してしまったか? 絵を見せて、確認する。」
レンは、カスガの表情を読みながら、近づいて行く。
と、カスガが 蒼白の顔で、
頭を振った。
「先輩っ、違う、違うんす。でも、これは、見せれません !」
後ろに持つキャンバスを
庇う様に、カスガは 二人から
距離を取る。
「「?」」
もし、後ろが崖なら、
それこそ飛び降りる雰囲気を
出すカスガの言葉の意味が、
ハジメもレンにも、
全く理解できない。
「カスガ!どうした?その絵、何かあるのか?おまえ、絵画とか、あまり興味あるとは、思ってなかったんだが。」
レンは、静かに、
そして宥めるように、
目の前で ガクガクと震える
カスガに、手を差し伸べる。
しかしカスガは口を結んで、
頭を振る。
レンは、ハジメを見て
「ハジメさん、すいません。何かあれば 弁償はします。ただ、例えば 変な絵とかじゃないですよね?」
ハジメは、動かない カスガを
前に、腕組みをして 静観してるが、
レンの台詞に 眉を大袈裟に潜める。
「止めてくれないかなぁ~Dir!いくらなんでも、精神に影響を及ぼす作品、ホイホイ置いとかないよ~。」
その 危ない ハジメの 答えに、
レンは小声で、
持ってるんですねと 呟く。
お、 アトリエの入り口に
マダムが 顔を出した。
そりゃそうだよね~。
「あのね~。そんな作品なら、もっと 高くなるもんなんだけど、残念ながら 『無名といえば、無名のアーティスト』の作品なの!今のところ!」
へぇー、というレンの視線が
ハジメを射ぬく。
そして、ご丁寧にも、レンは
入り口に向かって 会釈した。
カスガは、俯いて 無言のまま。
床には、
イーゼルが転がったままだった。
「このアーティストは、まだ 本人と 契約が出来ていないけどぉ。全ての作品は、私が 親族から、委託されているよ。だから、ゆくゆくは 全部の作品をシリーズにして 企画するつもりなのぉ。」
ここで、
カスガが 追い詰められた犯人の
ごとく、半狂乱になる素振りも
見せないからか、
ハジメは 近くにあった、
アンティークチェアに腰掛けた。
「Assoc君は、意外にも その作品を気に入ってくれた?という事かな~?。まだ、マーケットに出てないアーティストだから Dirにも お教えするよ。 弁償や、購入は これから ゆっくりとかな?」
ハジメは、カスガの持つ
キャンバスに 注視しながらも、
椅子の肘掛けに
腕を預けて組む。
「このアーティストはね、12枚、全ての作品を『少女』を題材に描いているんだ~。少女達は、その姿から全員 違う、女子高生。なぜなら、みんな いろんな制服を着ている 後ろ姿だからだよん。」
レンも、
ハジメの語る内容を
聞きながら、
カスガから 目を放さない。
「どれも、様々なブルーに 他の色をグラデーションで差し込み、背景COLORにしているのが、紫陽花みたいで綺麗だ。幻想的なんだよ。背景も 無数の気球だったりしてね。」
と 俯いていた、 カスガが ハジメを見つめた。
ハジメは、入り口に
サカキバラが 来ている事を
感じた。
とりあえず、もし Assoc君が
暴れても 安心だねぇ。
「でも、その 最後の
作品だけ ちょっと違うんだよ。いや、全然違うかも~?」
ハジメも、カスガの目を
見据え ている。
レンは、そんな二人を見つめ、
「ハジメさん、その、最後とは?作家は亡くなられた方ということですか?」
先ほどからの疑問を 挟んだ。
「判らないんだよねぇ。消息不明~。」
ハジメは、カスガから視線を
外さなかったが、この言葉に、
カスガの目に 、狼狽える色を
見ていた。
「海外に行ったままなんだよ。ねぇ、最後の作品が 他の作品と どう違うか、君の上司に教えたいから、そのキャンバスを こっちに見せてくれないかな~?」
レンは ハジメが 絵画の状態を
確認したいと、
カスガに 闇に交渉してきている
と考える。
けれども カスガの答えは、
意外なモノだった。
「知って、るっすよ、、これだけ、、後ろ向きじゃない、、正面の 、、裸の 女神だっ。」
そして、徐に 自分の上着を脱いでキャンバスに
掛け抱えた。
虚をつく 二人に カスガが
叫けび倒す。
「見るなあああっ!!こっ、、オレの だあああっ、、
同時に、
入り口から、屈強な サカキバラが
飛び出して、
床のイーゼルを カスガの首もと
にかませて、
カスガを 捻り上げた。
レンが、額に片手を翳して
深く、呼吸をしたのが、
全員に 分かった。
『キーン♪コーン♪カーンン コオーン…』
キャンバスを
サカキバラから
取り上げられた、カスガは
拘束まではされないものの、
ハジメとレン、サカキバラ夫妻を前にして 、
アンティークチェアに 座らされいる。
アトリエで 暴れられては困ると、
カスガを連れて、同じ1階にある サロンに 一行は場所を移した。
その際 キャンバスは
2階のオーナーズルームに、
マダムが持ち上がり鍵をしている。
一応、キャンバスは カスガの手前、布を覆って保管となったわけだ。
サカキバラ夫妻は、
サロンカウンターの向こうに
影を潜め、存在を消す。
『あの絵、、オレが、、その、 高校ん時、描かれたヤツ、っす。』
観念した カスガは 少しずつ
不可解な行動の 理由を、洩らし
始めた。
そうして、
カスガの 心証風景に ハジメと
レンは、聞き入っていく。
青い、学生時代に訪れる
夕暮れ時の刹那の時間に。
『キーン♪コオオオーン、』
授業の終わりを告げる
チャイムが、教室に響くと、
担任が早速 終礼をする為か、
教室に入ってくる。
「あれが、Assoc君が恋する君って事かな~?なかなか、可愛い子だよねぇ。家庭的な感じかも~。」
カスガの 熱心に視線を注ぐ、
その先には、1人の女生徒が、
髪を なびかせ 座っていた。
放課後に入る前の 慌ただしい
空気の中で、彼女の周りだけが
光って見えた。
「変な目で 見んの、やめてくださいっ。その 意味が、わからないっ。オレ、彼女、入学ん時から、ずっと好きだったんすから!」
ハジメは カスガに構わず、
廊下の窓から 顔を突っ込んで
教室の中を、 興味深々に 彼女
以外のクラスメートも 眺める。
「ハジメさんは、家庭的な女性が一番の条件でしたよね?」
レンがハジメの様子を見て、
言い放った。レンの 言い方で、
ハジメが、自分の理想に叶う
女生徒を、物色している事が
分かる。
それを聞いて 赤面した カスガは、慌てて ハジメの目を 自分の方に
反らさせた。
「Assoc君、もしかしてぇ、彼女は初恋の君ぃ?」
ハジメが 揶揄って、
そんな カスガの肩を小突いた。
「さすがにっ、初恋じゃ、ないっすけどっ、、」
それを、レンは 顔色を変えず
見ている。ハジメは、今度は
レンの顔をマジマジと観察する。
「Dirって~、初恋は いつぅ?」
カスガは、ハジメの台詞に
ギョッとするが、関心満杯で
レンの返事を待っているのが、
わかる。
「3才です、けど?」
「早っ!」
思わず 口にしたカスガが、
レンの視線に 下を向いた。
ハジメは、口笛~♪で
レンを煽る。
終礼も終わったのか、担任が
教室を出ていくと、生徒達も
各々荷物をまとめて、教室を
出てい来きはじめる。
高校時代のカスガは、生徒鞄と
一緒に、カメラバックを持って
教室を出ようとしていた。
「カスガ、高校から映像だったのか?」
レンが、高校時代のカスガを
見て、カスガ本人に 聞く。
「いえ、高校は普通っすよ。クラブで写真してて。それから、大学で映像工学はじめた感じっす 。クラブは、写真甲子園とか出てて、活動が活発だったんでっ。」
カスガが、慌ただしく離れた。
例の彼女も 荷物を持って、
クラスメートに声を掛けられ
ながら、出て行ったからだ。
「ハジメさん。初恋してます?」
レンは突然、ハジメに真面目な
顔で言ってくる。
カスガを先頭に、ハジメとレンは
彼女の後をついて、
校内を歩きながら 校内の様子も
伺っている。
「Dirはぁ、失礼だなあ~。私も初恋ぐらい、小学生でしているよぉ。ありがちだけどぉ、ほら 小学生って、勝ち気な女の子とか 友達の延長で 好きに成っちゃうでしょ~?」
そう レンを見たハジメに、
カスガさえも疑いの目だ。
「じゃあ、告白、しました?」
レンが、ハジメに突っ込んで
くる。
掃除当番の生徒が、バタバタと
遊びながら 箒を使っている。
放課後の活動に行くだろう、
生徒達も慌ただしく 三人の回りを
行き交かう。
「なんかさあ~、高校建物の感じが、シンプルだよ?こんなモノなのぉ?」
キョロキョロと教室や廊下を
珍しそうに見回しながら
ハジメは 続けた。
「告白!したよ~!でも、他の男子も皆いたんだよねぇ。これが~。クラスの勝ち気な、マドンナだったからさぁ。Dirって~どうして そんなに私に聞くのぉ?」
三人は、彼女を追いかけて
特別教室棟らしき建物へ
やって来た。
「貴方の、 恋愛観が、何時からかと、」
「・・・」
そう レンに聞かれて、
ハジメ自身が 目を瞬きさせた。
そして、
「どうかなあ。いつが、家庭的が理想の、始まり?かあ~」
廊下のずっと奥を見るように、
ハジメは呟いた。
追っていた彼女の姿が消えたが、
カスガは さして急がない。
彼女の行き先が 解っている
素振りだった。
「彼女、これから クラブ活動なのぉ?」
空気を変えるように、ハジメが
カスガに聞いた。
テニスコートが二面グランドに
作られ、ラケットを手にした
生徒が、備品の籠を運んでいる。
カスガは 彼女の行き先なのだろう、棟の階段を登って行く。
どうやら ハジメの足は、
ここでは疼かないらしい。
「彼女は 美術部っす。ここの先が、美術室で。」
三人は、 階段を登る。
ハジメは、各階をわざわざ
覗き込んでは 楽しんでいる。
まるで、女子高の学祭に来た
男子校生みたいだと、カスガは
ひっそりと 呆れた。
先を行く 彼女は、
美術室と表示が出る教室の、
隣の引き戸を開けて入って行く。
「今、彼女が入ったとこが、教員準備室なんですけど、」
カスガは、美術室に入って、
隣の教員準備室と繋がる
ドアを開ける。
美術室には、
明かり取りの窓が天井にあり、
デッサン用の彫像が並んでいる。
壁には、簡易イーゼルが数十脚、重ね置かれていた。
「カスガが持っていた、キャンバスのモデルが、彼女という事だね?カスガ?」
隣とのドアを開けると、
衝立の向こうに、
大判キャンバス用のイーゼルが
見える。
レンは
そのイーゼルに、
キャンバスが置かれて、
男性の足が、下から
見えているのを見つめて
聞いたのだ。
男性の上半身は、キャンバスに
隠れて見えない。
「あそこにいるのは、若かりしMy maestroだよねぇ?Assoc君? ということは、そうなんだ、彼女が 最後のモデルかぁ。」
隣に 先ほどの彼女が 笑顔で
座っているのが見えた。
目の前の 光景を
衝立のこちら側から、
食い入る様に見るカカスガは、
無言だ。
教師と、彼女と、それを見る
カスガの様子。
ハジメも、レンも、
なんだか 居心地を悪く感じる。
「先生は、、非常勤で 美術を教えて、て、」
カスガの歯切れは悪い。
窓から指す 明かりに 照らされ、
ボンヤリと明るく 彼女と、
教師が 浮き出される 。
幻灯機に写し出されるような
二人を 見ながら、
レンは 腕組みをして 言い放つ。
「教え子をモデルにしていたということだろう。何年かすれば、別の学校っで、またモデルを探すというところかな。」
そんな 非情な台詞を吐く
レンを
ハジメは、眉間に皺を寄せて
非難する。
「なんかぁ、言い方に刺あるんじゃない Dir?」
ハジメとレンの雲行きを見て、
カスガが 仲裁に入った。
「へんな先生じゃないっすよ。男女の生徒に人気あったしっ。先生が、三年の女子をモデルに 絵を描くのは 有名ってか。その絵は、絵画展に出るんで、結構モデルは名誉な感じっつー、女子の憧れって感じでしたっ。」
三人は、改めて モデルをする
彼女と、イーゼル前の教師を見た。
「だから、二年の時に、先生が三年の先輩モデルで書いてたのも、皆、知ってますっ!」
気が着くと、幻灯機の二人の
後ろにも、描かれたキャンバスが壁に飾られているのに、
ハジメが気が付く。
「『No.11』ってことぉ?」
「はいっ。」
カスガが返事をする。
それを 良く見れば、
紫陽花色の気球が背景に、
後ろ姿の女子高生が描かれた
絵画だ。
『コンコン!』
すると ドアがノックされ、
高校時代のカスガが、カメラを
持って 準備室に入ってきた。
「何やってるんのん?Assoc君は、ストーカーのカメラボーイ~?」
ハジメが、高校カスガを見て、やや怪訝そうに言った。
すると、
イーゼルの向こうの教師が、
カスガに声をかけ、
モデルをしている 彼女に
カメラを向けたのが 分かった。
「違う、違いますっ。あれは、 モデルにずっと彼女が来るのも悪いから、先生が写真を撮ってくれって、オレに頼んだんすっ!」
「で、おまえの分も現像したんだよね?」
レンの言葉に被さり、
カメラのフラッシュが光る。
「まあ、、そうっす。て、先生とこに 彼女が行くのが、嫌で。オレ、先生に 彼女が好きなんで、手伝って欲しいって。相談して、そしたら 先生が、彼女のモデルの時間減らすって!」
『 パシャ!!』
目映い光が 閃光になる。
「そうやって、先生を 牽制したんだな?」
『パシャ!!』
「は、い。」
「なんだか、ガキっぽいよな。」
写真を撮った後、
彼女は 美術室と繋がるドアから、外へ出て行った。
「え?」
「え~そうなかなあ?」
そうすると、高校時代の
カスガが、
イーゼルの向こうに居る教師に
現像が出来たのだろう
写真を渡している。
「いや、十代って 俺もそうだったのかなって思って。いや、カスガの場合は、若い小聡明さが 裏目に出そうで、危ういんじゃないのか?」
教師は、イーゼルの端っこに、
その写真を止めた。
「だから何が~?」
「ハジメさん、貴方は、 博愛過ぎるから、わからないですよ。」
レンが、ハジメを バッサリと
言葉で切り捨てる。そして、
「大人の余裕をぶっこいて、それこそ 彼女に おまえの気持ち、 教えてそうな 教師だな。」
カスガに 憐れな視線を向けた。
高校時代のカスガは、
その 渡したはずの写真を
勿体なさそうに、見つめている。
「止めてくれたまえ~、Dir。M y maestroは、大事なアーティストだよん。そんな、Dirみたいな、性悪じゃない~。」
今度は、レンがハジメに
瀬世ら笑うような顔を向けた。
「大事になるのは 後の話でしょ?」
そんな、高校時代のカスガに
教師は、
目もくれないで、
筆を動かしている様だった。
「先輩が、言いたい事は、、なんとなく、分かってっますよっ!でも、こん時は、こうすれば、一石二鳥だろって考えたん、す。」
「ねぇ~、彼女って。My maestroの事 好きとかじゃないの?」
「ハジメさん。」
「あのっ、それこそ、止めてくださいっ!」
「だって~、そうじゃないなら 普通モデルしないよん。」
「う、うぅ。」
そんな教師を 横から 見る
高校時代のカスガを、
ハジメとレン、
そして カスガ本人も 眺めていた。
『~♪ー♪、♪~』
吹奏楽部が練習を始めたのか
楽器の音色が、聞こえてきた。
「そうだな、 まるで、ガキっぽいよな。」
レンは、そう言って ドアから出る。
ハジメと、カスガも それに習った。
「でもさあ、Assoc君は 偉いよ!子供っぽくてもぉ、相手に、 My maestroに、ちゃんと宣戦布告してる~。」
ドアの外に出ると、
そこは 美術室ではなく、
ハジメのオフィス1階サロンだ。
ハジメは、
アンティークチェアに腰掛け、
レンも 続く。
「まあ、写真でも、先生とこにあんのは、めちゃくちゃ嫌 でしたっし、先生は人気あったっすから!言う時は、言いますっ。」
最後に、カスガが 腰掛けた。
「ふーん。だから、あの絵画も、俺達が見るのを 嫌がったのか?いつまで、ガキなんだよ?」
マダムが カウンターから、
出てきて
三人にお茶を出していく。
ハジメは、
マダムに笑顔で応えて、
出されたティーカップを
手にした。
「嫌なのは、嫌で、、すいませんでしたっ。」
そう言って カスガは
椅子に座ったままだが、
頭をテーブルに擦り付けて 謝る。
「まあ~、絵画を破損したとかじゃあないからねぇ。理由がわかれば 問題はないよ~。一応、今回はぁ」
ハジメが、口を付けて
満足そうにすると、
マダムがレンとカスガにも
遠慮するなと合図する。
二人も 甘い香りの
ティーカップに口を付けた。
濁みのないのに、
芳醇な甘薫り。
「それに~、初めて気がついたよ
。私は 小学生以来、ちゃんと告白なるものを、してないって事にぃ。」
レンは驚いて、ハジメに問う。
「これは、もしかして、月下美人のお茶ですよね?」
一瞬、
カウンター向こうの
サカキバラを見てから、
ハジメは、
口を弓なりにして
Yes と答えた。
片山津温泉郷。
シオンは、その干潟湖である
柴山潟の真ん中にある、
高さ70mの噴水を
船から見ていた。
「「いやゃああ♪ー!」」
というより、噴水の豪雨に
船が穿たれるのを
ヨミとシオンは 大きく声を上げて 楽しんでいた。
多方向に豪快な水を咲かせる
巨大噴水。
夕方から 七色にライトアップ
された噴水や、
浮御堂への遊歩道の眺めが
綺麗だ。
「先輩、見てくださいー!あれ♪ー!」
見上げると、
夕方の斜陽が噴水に 大きな虹を
掛けてる。ヨミとシオンは
そんなサプライズに 息を飲んだ。
これで 夏には、花火まで見れる
なんて、どんな贅沢だ。
と溜息をつくしかない。
船に また噴水の飛沫を
風が運んでくる。
「後輩ちゃん、今日は とりあえずだったけど、挨拶周り お疲れ様ね。」
そういって、ヨミは 纏め上げて
いる髪を 押さえた。
風が少し出てきた様だ。
それは、すこし潮を含んだ風。
日本に、風の名前は、二千以上
ある事を 何気無く、
シオンは思い出す。
日本で最も古い風の名前は、
この北陸に吹く『あいの風』だ。
「こちらこそ、1日有り難うございますー、先輩。」
シオンも、乱れ髪を 押さえ
ながら、笑顔で ヨミに礼をする。
「今日は、挨拶だけじゃなくて、いろいろ連れて貰えて、良かったです。また、先輩に 何かお礼しますねー。」
船を気持ちよく動かし、
船乗りを味方する風。
江戸時代、北前船の順風も
『あいの風』だった。
「お礼ね。まあ、楽しみにしておくわね。じゃあ、最後の顔出しをして、今日は直帰だから。」
昼間訪れた建物を シオンが
いたく称えたので、ヨミが
金沢にある、同氏設計の図書館にも 連れてくれたのだ。
『世界で一度行ってみたい図書館』に選ばれている場所だ。
船は 少しずつ日が落ちる中を、
復路へと揺蕩う。
「最後って、『晶子染め』の工房ですか?」
昼にヨミから渡された、
リストの最後を見て、
シオンが確認をする。
「そうよ。この柴山潟の底にある土と片山津温泉の源泉を使った泥染めを、金沢大学の教授が発案したの。」
ヨミは、船の上から 湖面を
指差して、続ける。
「落ち着いた 薄い紫に染まるんだけど、それが、あの有名な女流歌人が詠んだ歌に合うって、『晶子染め』って、なったのよ。」
シオンは、へぇっ!と感心する。
「『風起こり うす紫の波うごく 春の初めの片山津かな』ってね」
辺りが薄暗くなると、
ライトアップの光が増してきた。
「全国をサロンを開きながら、ご主人と旅されたんですよね?片山津にも来てたんですねー。」
「なんでも、北海道から九州まで巡業的にサロンを開いてたらしいわよ。『旅かせぎ』って言って、 100カ所は温泉だけでも回ったって。旅行先を歌で発信。今でいう元祖旅ブロガーよね。」
岸に近くなると、
ライトアップだけでなく、
湖の辺りは『青』のイルミネーションや、マッピングもしているのがわかった。
とても、幻想的だ。
「たしか、不倫の末結婚して、子供も12人?13人生んだんですよねー。愛に生きる。羨ましいかもー。」
浮御堂の横を船が行くと、
一際、黄金に輝いてみえる。
「うちの、旅するギャラリーの発想も、案外 この女流歌人の手法からかもね。」
シオンは、黄金に輝く浮御堂の姿を、電話を翳して 写真に収めた。
「 オーナー見てると、『原始女性は太陽だった』的な発言が多いですもんねー。その割り、女性への思いって、淡白そうー」
シオンは その 写真を ヨミに見せる。
「あたしも、写真撮ろっと。で、後輩ちゃん、その台詞はまた、別の人よ。」
「あれ、そうでしたっけー。」
「それに、淡白なのか?拗らせてるのか?オーナー本人も解ってないんじゃない?」
ヨミが シオンを見ずに言う。
『今、片山津温泉郷の船ですー。工房行って、直帰でーす。両足、気を付けて下いよー!』
シオンは、さっきの写真を
ハジメオーナーに
送信した。
「じゃあ、オーナーが、本当に好きになる人って どんな人なんですかねー。」
さあね。
生きてるうちに会えたらいいわねーと、ヨミの声が聞こえて、
『男は夢を追う生き物、女は現実を生きる生き物。』って、誰が言ってたかしらね。
と 重なってシオンの耳に届くと、
船はクルージングを終えた。
夕方。
斜陽傾く時間に 結局、
レンが 引きずるようにして、
カスガを ハジメのオフィスから連れ出し
今、レンとカスガは、レンが運転する車に居た。
予定通り、片山津温泉で泊まる為だ。
「カスガ、もう 落ち着いたな?。今日は、もう このまま宿に行くが、いいな?」
車は、オフィスから国道に入って、干潟の柴山潟に向かっている。
宿泊先は、一応 仕事で来ているので、ビジネスで良く使われる系列だ。
夫人が帽子を被って広告塔になっている 逆張りキャッシュ仕入れで全国展開するグループホテル。
押しだまった ままのカスガを
ミラーで伺いながら、レンは 白い手で ハンドルを握り直す。
「カスガ、今のうちに言っておくが、」
レンがそう言うと、カスガの肩が僅か少し 動いた。
外の景色は、林道のようで、前後が同じ様にみえる。
車の案内がなければ 本当に迷いそうだ。
「これから、カスガだけで、北陸を車で回る事もある。だから、敢えて伝えるが、周りの景色でわかるだろう?夜は なるべく 1人の時は、移動をしない方がいい。」
カスガは もっと別の話をされるだろうと考えていたのか、助手席で
狐に摘ままれた顔をしている。
「この辺りは、まだ平地だから
マシだが、山間部で 蛇行した道は、車のヘッドライトしかない
場所もある。案内を見るヒマも
ないぐらい、ハンドルを切る道もある。」
カスガは、ようやく 窓の外を
確認して 納得した 顔をした。
「こういうのも、変な話だが、
俺は夜、北陸のハイウェイを
走らせると、人外な力が通って
いるような気配を感じたりして、
肝を冷した事もある。『伊勢が表なら、能登は 裏のパワスポ』も、
俺は頷けるよ。何より、昔は、
拉致も多い半島だった。1人で回る時間は、夕方までにするのが、
ベターだろうね。」
レンが 静かに 説き伏せるように
助手席の カスガに語ると、
「もっと、責任とか、信用、謝罪とか 説教されるかと思ってたっす。」
カスガが、静かに呟く。
「まあ、そうだな。」
レンは、それだけしか 言わない。
景色は ようやく街に入り、
薄暗くなる中、ポツポツと幾つかのホテルの灯りが並び始めた。
温泉郷に入ったのだろう、茶屋にあるような 灯明が並んでいる。
「…ホテル、なんか何時もと違う感じっすね、」
カスガが、和風ホテル前に着くと
声を少し 上げた。
「まあ 出張宿だよ、これでも いつものグループホテルだ。それより、今回は1人部屋がないから、俺と一緒だ。四六時中、上司と一緒で、悪いな。」
レンは 苦笑しながらも、
車をホテルに入れて、
案内で ロビーに向かう。
カスガも周りを見回すが、
エントランスは広く、
天女が天井で舞い、
大階段の両脇には 青磁の大壺が
飾られている。
グループが『錦に貢献修得』したという、
もと高級老舗旅館だけはある。
入り口の和風重厚と、
中の解放感は、他のグループホテルとは一線を画していた。
まさに グループの本陣が金沢と感じる。
2階フロントで レンが受付をして、車のキーを預ける。
好印象なフロントマンが 、
片山津温泉で最大の絶景風呂から、
巨大噴水のライトアップも
見れると、説明をしてくれた。
「カスガ、いつもの出張通り、
朝食だけだ。夕メシは、 ホテルの日本食でいいか?」
カスガは、
少しボーッとしながら、
フロントビューになっている
一面ガラス張りから、
干潟湖を眺めていた。
「おまえ、大丈夫か?ハジメさんの所に顔出したのは、どうも 間違いだったな。」
レンは カードキーの1枚を、
カスガに渡しながら そのまま
食事処にカスガを促す。
「…すんませんっ。やっぱり、ハジメさん所は、当分、、行く事ないですか。」
また、カスガの歯切れが悪いと、
レンは察し、
「ハジメさんには、俺から また詫びを入れておくから、大丈夫だ。」
とだけ、言い渡して、二人は
すぐに食事をした。
結局
その後、部屋に入って、
露天風呂から帰ったレンは、
部屋からカスガの姿が
消えるまで、
カスガへの疑念は
全く脱ぐ得なかったのだ。
そして、
フロントで レンタカーの鍵を、
カスガが持って行った事を
確認すると、
ハジメに連絡を入れた。
「ハジメさん、すいません。
やっぱり、カスガが 宿を抜けて、そちらに向かっていると思います。」
そう言って、レンは
フロントビューから見える
チェックイン時よりも、
鮮やかになった
干潟湖に映りこむ
七色のイルミネーションと、
金色に輝く 浮御堂を 見つめる。
電話の向こうの
ハジメの声を 捉えつつ。
「あとは、ハジメさん次第かな」
と レンは 思考にふけった。
ハジメは オーナーズルームに、
保管していたキャンバスを
イーゼルに飾って、室内の照明を
消す。
すっかり日も暮れて
照明を消せば、カーテンを引いた
室内は 真っ暗になる。
そうして、ハジメは 飾った
キャンバスの面に、 手にした
ブラックライトを当て 見た。
う~ん。
シオン君が レポートしてくれた
作品が、『No.12』だったとはね~。
と ハジメは 愉快そうに、
その キャンバスに 目を光らせた。
さて~、
Dirの電話から、もうすぐ
この 『No.12』に ゲストが
やって来るらしい。
どうなること やらだねぇ。
ハジメは 再び 部屋の照明を
光々と点けて、デスクチェアに
座って、クルンと回ってみた。
普段なら オフィスの終業時間になれば、サカキバラ夫妻と共に、
生活をする 近くの別屋敷に、
戻るのだハジメだが、今日は
昼間の事から、戻るつもりは
無かった。
そうしている内に、
車が止まった気配がするれば、
サカキバラが ギャラリー玄の関を
開けて、上に通す手筈だ。
案の定、暫くして、ハジメがいる
オーナーズルームのドアが、
ノックされた。
「やあ~ Assoc君は、鳥でなくて、コウモリだったかなぁ?」
サカキバラの後ろから、
カスガが現れたのをハジメが視線で捉え、声をかける。
「コウモリ?っすか?」
中に促されと、仏頂面をした
カスガはハジメの前で、答えた。
「昼間に君のとこのDirが言ってたろぅ? 私が付けてる薫りが『月下美人』だって。あの花は 夜に1日だけ咲く花だけど、受粉に呼ぶのがね、鳥でも虫でもない、コウモリなんだよねぇ~。」
後ろのドアは
閉められたが、サカキバラが
気配を潜めて 隅にいるのを、
ハジメは キッチリ 確認している。
「君は バットマンてわけだぁ~。さあ、私の所から、何を持って行くつもりなのかなぁ?」
そんな のっけからの、
ハジメの挑発に、カスガは、
ハジメの横にある 布が掛けられたイーゼルを睨んだ。
「私が居なかったら、盗む勢いだよね~、バットマン?」
ハジメは、
睨んだままの カスガに
オーナーズルームの革張り
キャメルソファーに座る事を示して揶揄する。
カスガは 示されたままに、
ソファーへ座り、
「ハジメオーナーっ。その絵を 公にすんのを 止めて下さいっ!」
ハジメを真っ向から 見据え、
言い放った。
ハジメは 暫し、カスガの顔を
思案するかの様に 凝視する。
そして、覚悟を決めた
声で、カスガに告げる。
「Assoc君~。このモデル、只の片思いのお嬢さんではないよねぇ?」
そうカスガに
質問しながらも、
ハジメは、隣のイーゼルに
立て掛けている、
キャンバスに
一旦、顔を向けて、
カスガを見た。
「ここに、描かれているのはAssoc君を、スウィートホームで待つ、ハニーでいいのかな?」
「、、、」
「Assoc君 てぇ、もしかして学生結婚?で、デキ婚とか?高校卒業とかで 直ぐなんじゃない~?きっと、図星だよねぇ。」
カスガは、無言だったが、
その目に ハジメは
何かしらの焔が揺らぐのを
見つけると、
「しかも誘ってきたのが~、意外にもハニーからとかぁ?違う?」
畳み掛ける。
さすがに、カスガが口を開いた。
「ち、違いっます!ちゃんと、オレが告白してっす。」
カスガが手を、
壊れそうなぐらい
握り締めているのを、
ハジメは 気が付いている。
ああ、目の前のAssoc君も、
これは 冷や汗かいてるよ~。
「で、それも My Mestoroにでも相談して 、告白にお墨付きでも貰っての行動だった?。」
「?!その、通り、ですっ。」
はあ~、これは Assoc君は、
口にする勇気もないだろうし、
私が ハズレクジを引いたよん。
「ねぇ~、『No.12』以外の
少女達は 、本当に みんな後ろ姿の制服なんだよぉ。なのに、
この少女は 正面を向いた
半身裸体の女神。実は Assoc君、 完成品を見たのは今日が初めて
なんでしょ~?」
この言葉に、カスガの目が
大きく見開く。それは 今日、
昼間に アトリエへカスガが入ってきた時に見た顔と同じだと、
ハジメは 確信する。
「『No.12』の女神は、瞳を閉じてまるで眠っているみたいだぁ。この顔って、どんな時の表情なのぉ?Assoc君は 分かるんじゃないのかなあ~。」
もう、
そう昼間も、蒼白だったんたよねぇ。
まるで、不倫現場に遭遇した
男の顔見たいだったんだよ~、
Assoc君。
「あとぉ、1ついい~?」
ハジメは、まだ布が掛けられた
キャンバスをの淵を手にして、
「この絵~、不可視インクで、
女神に何かしら描かれてるんだけどぉ、ーーー Assoc君、
気にならないかい!?」
大袈裟な程に、
頭を振って ハジメは、カスガを
挑発する。
カスガは 昼間の再来、
崖に 追い詰められた
犯人の様な顔をしている。
「く、うぅ、」
とても、声を出せそうに無い
カスガを前に、ハジメは非情な台詞を続けた。
「まあ?いいや。で、さっきの話だけどぉ、Assoc君もわかるよね~。Assoc君の希望には、『無理だよん。』が答えだぁ。
委託さるている以上、価値を発信するのが、仕事だからねぇ。」
「、、じゃ、あ。売って、、下さい、」
呻くような、声が 相手から
発せられた。
「本気~?、そりゃAssoc君のモノにすれば、インクを確認する事もできるわけだしねぇ。」
それは、なんという表情~。
「いくら、な、んですかっ、」
「Assoc君は、
この絵を幾らで
買ってくれるの?。」
そんはに、ショック受けたみないな顔されてもね~♪
「絵ってねぇ、本当にピンから
キリだよ~。1号2万円から、
200万円も 幅があるぐらいぃ。
この絵はF40号。どう?」
ハジメは、立ち上がって
キャンバスを持ち上げる。
カスガが、そのキャンバスから
まるで目を放さないで、
「あ、80万から、、2000万円、ですっか、」
明らか 落胆した声で 嘆く。
「それが基本ねぇ。ネームバリュー付くとまた 別。さて、この絵は Assoc君には、どれだけの価値があるぅ?」
それと、現金は今日、
用意出来ないよね~と
ハジメなりに 気を使う素振りだ。
でも、いい考えを思い付いたと
カスガの左手にある
指輪を指差して、
「その、ハニーとのマリッジリングを担保に預かる~」と
口を弓なりにして、ハジメが
カスガに
提案してきた。
「「オーナー、お早うございます。」」
一夜明けて、本部オフィスに
出社した ヨミと シオンは、
朝のミーティングで
サロンに居た。
外の光が 清々しく
サロンは白く 明るい。
すでに マダムが 、二人の前に
珈琲を淹れ出しているのを、
ハジメはチラリと見る。
今日も、ハジメは
麻のスリーピース姿、
ピンクのネクタイだ。
「昨日、久しぶりのオフィス出社どうでしたか、オーナー?
それに 足、無理してませんで
しょうか。」
ヨミが、昨日回ったリストを
ハジメに渡しながら、
ふと視線を落として足を気遣う。
「ああ~、やっぱり仕事出来る
のは良いよねぇ。刺激があるよん。それに、足も 問題なしぃ」
軽口叩く ハジメの後ろから
入って来た、サカキバラは
珈琲を淹れる、マダムのカウンターへと回り込んだ。
全員の定位置だ。
サロンのアンティークチェアに、座ったハジメに、
「それは、良かったですー。
昨日は、ヨミ先輩を 半日も、
つけて頂き 有り難うございました。
無事に、県央の主だった処は
顔出し完了です!」
シオンが、ペコリとお辞儀をして
簡単に 報告をする。
昨日に、電話報告も済ませて
いるからだ。
そんな シオンに、ハジメは、
「それは何より。そうだ、
シオン君、私の部屋に リペア
クリーニング して欲しいリングが
2人分あるから、お願い出来るかな。2つ共同じ場所に 送り状も
用意してるから、宜しく頼むねん~。」
ヨミのリストを目に、2階を指差して、ハジメはシオンに、午前仕事の依頼をする。
「わっかりましたー。」
戯けて、敬礼をした シオンは、
メモに書き込みをして、
珈琲を口にした。
このタイミングで、マダムが
「ハジメ様。」
ハジメの前に香ばしい薫りを、燻らせた 珈琲を 置く。
「有り難う♪~。いつ飲んでも、マダムの珈琲は 格別だよねぇ。」
そんなハジメの顔は 満面の笑み。
朝のミーティングは、
出社の顔合わせの流れで
そのまま始まる。
まるで リビングで、
朝食を摂るような雰囲気なのだ。
「忘れないうちに、ヨミ君。『No.12』。早速、嫁入り先が
決まったよ。サカキバラに、
入金確認と配送、諸々任せる
から、リストから外してくれ
たまえ~。」
シレっと、
ハジメから告げられた内容に、
ヨミの片眉が 跳ね上がったが、
すぐに取り繕われたのを、
シオンは隣で 見逃さない。
「まあ、早いですね。畏まりました。では、オーナー。」
「なに~?」
「今週末は、アタクシ、滋賀に
参りますので、何かございましたら又 後輩ちゃんに、お知らせくださいまし。」
あ、やっぱりそうなったかと、
シオンの顔が ヨミに語る。
ヨミは 笑顔で頷いた。
「え、どしたのん! なに~、
ヨミ君も 滋賀行くんだぁ」
少し、ハジメの額に、
怒りマークが見えるのは、
もちろん、全員感じている。
けれども、とヨミは
お構い無し だった。
「はい。あ、昨日 後輩ちゃんから聞きましたら、昔、オーナーが
言われてた『聖徳太子と人魚』
の浮世絵は 石山寺だということで、
そこに行って参ります。」
その ヨミの言葉に、
ハジメの機嫌が 少し変わり、
手元のカップを 調子良く弾いた。
「へぇ、人魚のあの絵!ヨミ君、
よく覚えたねぇ」
「先輩は、鳥の土鈴品を フル
コンボゲットに行くですよー。」
ねぇー。
とヨミとシオンが声を揃えた。
ハジメは、二人の様子を
面白がって、
「何それ~、意味わからないよ~。あれ?昨日 誰かに 私も、
言われたなあ?何だっけ?」
頭を傾げる。
そんな ハジメに、
カウンターからサカキバラが、
「ハジメ様の欲求アンテナの張り方について、ご指摘された ハズですが。」
と 事務的に伝えた。
「え?そうだっけ~?」
「はい。」
ハジメは 腑に落ちない顔を
しつつも、何か 頭に閃いた 様に、
「ま、いいや~。そうだ、あのさ
人魚姫って、最後どうなる話だっけぇ?」
サロンの誰とは無しに、
口にした。
「あら、恋に破れて、海の泡になるんですよね。」
そう、ヨミが 応えると、
「そうです、で、続きは、人魚は
泡から、風になるんですよー」
シオンが 重ねて続けた。
「そうなの?」
「そうですよー。」
シオンが ドヤ顔を 皆に向けた。
そんな中で、マダムが
「自分の気持ちを、伝える声の
代わりに、両足を手に入れた、
果てが風、でございますか…。」
空を見つめて 呟くと、
シオンは、
「300年は 生きれる力を 捨てて、
人になったのにです。」
と、シタリ顔で、
手のカップをサロンテーブルに
置いた。
「はい。そういう、わけですので、私的にアンティーク家具を
買い付けまして、鳥の土鈴を
手にするべく、週末は 完全、、」
ヨミの私的な、
お願いが始まった事で、
朝ミーティング内容は
霧散の合図だ。
「やめて~。それって、有給使う気、、」
ハジメの声を 聞きつつも、
「先にリング、確認してきますねー♪。」
シオンは 早速、2階にあると言う、
作業品を確認に行く。
オーナーズルームのドアを
開いて、
ハジメのデスクを見ると、
ガラスドームを被せられた、
シルバートレーがあった。
シオンは、近寄り
ガラスドームの上から
トレーを確認する。
2つ並んだ指輪には 『Dir』と、『Assoc』と其々に付箋が
傍らに貼っていたが、
その1つの指輪を見て
シオンは 目を見開いた。
「わ、これ!最初に作った
フィレンツェ彫金リングー!
また、会えるなんて思わなかった。」
ニマニマしながら、シオンは
ガラスドームを外して、
「へぇー。 綺麗に使って貰ってるー。」
と、指輪を手にしようとした。
とたんに、なつかしいような、
最近 薫ったような記憶が、
鼻腔を掠める。
「… レン!?」
シオンは、慌てて
すぐに横にある配達用の
送り状に視線を落とす。
アドレスに覚えは無いが、
届け先の名前は、
従兄弟のレンに間違いない。
文字も、間違なく レンだ。
「そっかー。」
それだけ言うと、
シオンは デスクの後ろの出窓を
思いっ切り 開ける。
デスクの横には、
空っぽの 木製イーゼルが
立てられていた。
窓を開けると、
大聖寺川から 吹く
『あいの風』が、
カーテンを旗めかせる。
それは、
まるでシオンにとって、
風で海を割る、
十戒のシーンを想わせ、
「ははっ。」
思わず、渇いた笑いを漏らした。
亡き義叔父が 、教えてくれた
お伽噺のような、
ジュゴンの味と効能。
『甘露の甘みに、全身は 蕩けて、
夢の様に死にそうな味なんや。
疲労は たちまち 回復する。
目や耳の力が、千里を 超えて、
精神が 澄み渡わたるって。』
もし、それが本当で、
口にすれば
この風の向こうに
レンの姿を シオンも
感じれただろうか?
そう、思いながら、
シオンは 指輪の声を
静かに 聞く。
今日も、潮を孕んだ 風が
心地いい。
シオンは、シルバートレーを
持って 1階に降りて行った。
サカキバラは、
蔵中の保管庫で作業を始める為、
朝のミーティングが終わったサロンを退出する。
彼の前には、主であるオーナーが
必要以上に足を気遣い、シズシズと、歩いて サカキバラが いつも
運転する車へ歩いた。
今日も良く晴れて
風が 心地いい。
大聖寺川沿いには、
かつての北前船運搬の名残で、
川から荷出しをしやすいよう、
船着場や、蔵が並ぶ場所がある。
その一角に並列する蔵が、
ギャラリーが保管用に
管理している蔵だ。
日本の風土に合わせて
造られた蔵。
耐久もちろん、通風、耐火、湿度に優れ、作品の管理に
持ってこいの倉庫になる。
並列している蔵は、
中が1つに 繋がった空間で、
外からみる以上に広い。
その蔵の1つで、サカキバラは 『No.12』の 運搬処理を始める。
車の 後部座席に、
ハジメを 乗せて、蔵に到着。
先程
絵画の状態を 確認し終わった。
目の前の絵画は、
「星のきらめく天空の破片」だ。
ラピスラズリの美しさを表す言葉が、絵画自体をまるで、表現しているかのようある。
「ハジメ様。本当に宜しいのですか?こちらを、アフガニスタンに送りましても。」
サカキバラは、寄贈 手続きをしながらハジメに 確認をしつつ、
再び 手元の絵画を眺める。
紺碧の空間に
金糸の煌めきは、
まさに 磨かれた
ラピスラズリ鉱石を
そのまま 塗ったような
『青』の色味。
「本来なら、この絵画達の ライセンスが もとの作家様から得られば、大々的に御披露目をされる予定なのでは、ございませんか。」
中央には、蓮の花に
足を組んで寛ぐ少女神。
瞳は 惚け眠る様に閉じられ、
12本手には梵字を象った 宝。
真ん中に 合掌された手。
上半身は、裸体だが
腰からはプリーツの
スカートが纏われいた。
サカキバラは 『No.12』が
梱包処理をするの様子を
見つめる、
ハジメの表情を そっと見やる。
青の宇宙に浮かぶ如く、
神々しい、可憐な 神か、人か?
そんな 狭間を彷彿と
させる この絵画は、
あらゆる人の眼を
惹き付ける力を感じる。
サカキバラの問いに、
全くハジメは表情を
変える事はない。
「それに、ランドセルの寄付と
一緒に、彼の国に送るといのも、
随分お戯れが過ぎませんか。」
サカキバラも、
一切手を止める事をし無い。
「この作品のオーナーは、すでにAssoc君だよ~。オーナーは、『公に出て 来ないよう処理するが』、希望なのだからねぇ。」
サカキバラにも、カスガのそれは
意外な言葉だった。
まさか、『目に入らないよう』に
してくれと 頼む為に、 あんな
支払いを約束するとは。
Assocは、いや、策士なのか?
入金担保に、結婚指輪までも 置いて。
「そうかなあ、ピッタリだよ?!、『バックパッカーの天国』って言われた国だからねぇ。」
ハジメは、サカキバラに 悪戯な顔を見せる。
一体この言葉には、
幾つの揶揄が 隠されているのやら。
「なるほど、ランドセルは 原型が背のう、バックパック、でございますからね。 」
駄洒落で ございますねと、サカキバラが 技とらしい笑みを見せる。
しかも、彼の国になんてと。
そんな サカキバラに、ハジメは
「いやだなあ~、それだけじゃないよ。教育ボランティアとしてランドセル運動なら 彼の国には支援があるからねぇ。」
少し遠い目を向けて、サカキバラの手元を また見る。
「もしかすれば、彼の国で 行方知れずの Mestoroの目に触れるかもしれないと、お考えでございますか。」
『No.12』以外の 同じタッチの絵画が サカキバラの後ろに タイトルの順番に、11枚 並べられている。
「まあ~、だからと言って、私も作家の命でもある作品を、無下に破壊する事は遠慮したいなぁ。奇跡の可能性に賭けるよぉ。」
そんな ハジメに、
サカキバラは 静かに頷くだけだ。
「しかし、この青。本当に素晴らしい色でございます。さすが『風景画巨匠の愛し子』Mestoro様でございます。」
サカキバラは、書類の書き上げを始め、ハジメは 『No.12』以前のナンバリング作品を 順番に見ていく。
「天然ラピスラズリの色だよ~。
凄いよね。My Mestoroは、画材としてのラピスラズリではなく、
鉱石のラピスラズリを自分で岩絵具の様に加工して使っているぅ。
ある意味、本物の宝石絵、宗教画のイコンだよん。」
ハジメの目の前に、サカキバラが
書類を出して、決済の確認を促す。
余計な事を口にはしない。
「他のナンバーは、油絵具でございますが。」
腕を組、顎にその片手をあてて、
「それだけぇ、思い入れが違うといか。だいたい、不可視インクまで使ってるんだよぉ。よく、シオン君も気が付いたわけだけどぉ。」
ハジメは、真剣な目をした。
この案件は、微妙な扱いだな~。
そう、呟くと ハジメは、ソッと息をついた。
「結局、Assoc様は、最後まで
インクの部分はご覧になりませんでしたね。」
サカキバラの台詞に、
当分 他の作品も、蔵に寝かせる
よん。こんなドラマになるなんて、思ないからね~と、ハジメは
この 言葉を 心に留めた。
そのかわり、ハジメは、
口を弓なりにした。
「本当に!Assocは禁断の林檎
を食べなかった。郭公か否か?
そんな誘惑にAssoc君は勝ったんだ。それが愛なのか!保身なのか!」
心底、楽しそうだと顔にする、
ハジメを見て
「ハジメ様は、全て御解りでございますか。」
サカキバラが、ハジメから
書類を受け取った。
くるりと、ハジメが サカキバラに
背中を見せる。
蔵でのハジメの確認作業が
完了した合図だ。
「サカキバラ、ラピスラズリは、
エジプトではね、天空と冥府の神『オシリスの石』と言われるんだよ。」
サカキバラは、書類を手に、
梱包を手早く終わらせた 品物に
一瞥をくれる。
「その理由はね、『審判を潜り抜ける護符』 だと崇められる石だから~。エジプトでは死後、
人は オシリスの審判を合格して、
天国に行住む権利を得るんだ。
オシリスは日本でいう 閻魔なんだよ。 」
そして、蔵の扉を観音開きにして、ハジメを 外に出した。
「My Mestoroは 知っていて、
この『星のきらめく天空の破片』を使ったと、かつての『ナサケ』である 私は読むね」。
蔵の外に出て新鮮な空気を、
ハジメは深呼吸して 味わう。
「凄いよ、Assoc君も、MyMestoroも。易々と、理性の
ラインを飛び越える。それは、
パンジ川みたいな、命懸けのモノだよ。」
この台詞に、サカキバラが目を
不機嫌そうに大きくした。
「それは、ハジメ様が彼の国へ
行かれた時で ございますね。」
ハジメは 先に、蔵を出ると、
サカキバラが 後に続く。
「そう、私がMy Mestoroの消息を
探しに行った時、渡れなかった『あっちとこっちの川』さ。」
ハジメは、そのまま 庭から、
外に出る。かつて 海を運搬手段とした、船の 着場だった道路へと。
そして、
川の傍らに ハジメは腰を掛ける。
かつて、ライセンスの為に
作家を追いかけて 向かった国を
追憶するのだ。
遥かに古く
交易の道が すでに、大陸には
あった。それは、シルクロードよりも古い、紀元前3000年以上前にもなる。
ラピスラズリを指標とした
『ラピスラズリ・ルート』。
乾いた大地を
風が 頬をなぜていく。
かつて、カブールは
カトマンズやバンコクに並ぶ
『バックパッカー』の聖地、
『天国』と呼ばれ、
世界中から旅人が集まった街。
古来でも、西洋と東洋が交わる
交易の地点でもあった場所。
何故か、日本人に似た種族も
多く現地民族にみられる。
サカキバラは、そのままハジメの
傍らで立ちながら、
話を聞いている。
イスラマバードで、
ハジメは なんとか ビザを取って、パキスタンから アフガニスタンに、入国する事にした。
国際的にレッドゾーンの地域は
テロが再び息を吹き替えしている。
「無論、パキスタンで 誰もが
私を止めたよ。
なのに、国境の向こう側で
初めに目にしたのは、
パキスタンで聞かされたのが
嘘のように広がる
緑と青の美しい山々だ。
そこには
真っ赤な血で染まる
大地は無かったんだよぉ」
首都のカーブルにある、
小さな遊園地に よく知るキャラ
クターまであって、面食らった。
多彩な民族衣装。 交わる言語の中、ぼろぼろな日本語の教科書を持つ子供さえいた。
本当に ここは支配国の境
均衡危うい場所なのか?
という あやふやさ。
そして、
目の前に広がる、パンジ川の
向こうには、
ラピスラズリの産出地がある。
なのに、見えているのに、
バダフシャーン州に
どうしても ハジメは、
渡れ無かった。
踏ん切れ無かった。
「お渡りにならなくて、良かったです。本当に 無茶をなさる。」
大聖寺川からの風を受けて、
サカキバラは髪をなぜつけた。
「今でも、思うよ。あのパンジ川は、只の川じゃない。私が私を捨てれるか?それこそ、前後不覚になるような 恋愛に飛び込めるか?そんな境目だよ」
そう言い、ハジメは
目の前の川を見つめた。
川面がキラキラしている。
「サカキバラ、私も、もっと 前後が解らない十代に、恋愛すれば良かったよ。」
サカキバラは、意外そうな顔を
した。そして、目を細めて
「遅くはございませんが。」
ハジメに 答えてやる。
サカキバラは、相変わらず
ハジメが 伴侶を見つける事を
諦めていない。
「いや、無理だよぉ。人はやっぱり、社会に組み込まれると いつの間にか、打算のない恋愛なんかは出来ない。そんな 生き物 なんじゃないかな~。」
ハジメは、
なのにと、呟く。
「昨日、思ったんだけど、
そのくせ 独占欲は生まれた時から その姿に変化がないんじゃないかって。」
Assoc君を見て 気が付いたよ~と、笑うハジメは、続けた。
「貪欲に あの川を越えるか?
越えれないか?私は、後者だ。
そのくせ、ずっと 欲している。
もう、前後不覚に恋する季節は終わっているのにだよ。」
ハジメは、ゆっくりと立ち上がる。
「だから、Assoc様を羨ましいのですか。」
サカキバラは、
ハジメの手を持って 助けた。
「どーかなあ~。Assoc君だって、今は親愛の情を生きているんだろうしなぁ。それさえ、私は 羨ましいのかなあ~」
そう言いって、
良く晴れた 青空を
ハジメは サカキバラに
支えられながら
仰ぐと、
空を割る 飛行機雲が 見えた。
『キィーーーーーンンン』
『グオーーーーーツツツツツ』
『ゴオオオーツツツ』
レンとカスガが 仰ぎ見る中、
爆音を轟かせて、戦闘機が着陸
するため急旋回して降りていく。
ベースオペレーション屋上。
頭上で、コンバットブレイクしているのを、カスガは 目を輝かせ
て見守る。
何かしゃべるが、レンには聞こえ
ない。
レンとカスガがいる、小松空港。
本来は『小松飛行場』が正しい。
何故なら、いわゆる、
航空自衛隊 小松基地の滑走路を、
民間航空機が借りている
空港だからだ。
旅客機と、戦闘機、又は
練習エアバスが まるで隣に
合わせて存在するように見える。
レンとカスガは、朝早くホテルをチェックアウトして、午前中1番の小松基地見学に参加していた。
『キィーーーーーーーン』
『ゴオーーーーーツツツ』
という甲高い音、
空気を裂く音が聞こえる。
そして、起こる風。
まるで 延々、雷鳴が響いている。
そんな感覚だ。
夏、風が強い時は ランウェイ24を使って、アーミングエリア
=滑走路入り口にある駐機場で
F15が 最終確認を して飛び立つ。
「訓練は午前中が多いようだな。
今日は、戦闘機やヘリも、飛ぶようだが。」
レンは F15を 見つめて、
カスガを見る。
小松基地の隣は 企業城下町がある。
太平洋戦争中も、軍事産業に携わってきた。それが発展し、今や建設機械の大手企業があるのだ。
基地で使われる 重機や装甲車。
小松市は基地やその企業関係者の多い街。
「小松にとって、24時間この 戦闘機音は 生活音だからな、カスガも間近で聞いておけよ。」
そう説明して、出張最終の今日、
事前予約をし、レンは基地の見学にカスガを連れてきたのだった。
レンは、カスガに 電話で互いに話をする旨を、 手で合図を送る。
音が凄いのだ。
日本海を隔て、
航空機で約1時間という、諸外国に
極めて近い事から、日本海側で
唯一、空の守りを 固める戦闘機部隊が所在する 小松基地。
小松基地は領空侵犯措置の任務には時に、舞鶴の海上自衛隊の、イージス艦と連携して、空と海の防御をする。
小松飛行場は、文字通り 空港よりも、荒野の滑走路のイメージだ。
「カスガ、真ん前が空自のハンガーだ。滑走路側は撮影も可能だよ。
カスガの望遠で撮れば 良く撮れるからな。」
電話ごしに、そうカスガに伝えると、カスガが 了解とばかりに、親指を立て合図する。
そして、首に掛けた望遠カメラを構えた。
背尾に 『ファイティング・ドラゴン』『ゴールデン・イーグル』をマークにした F15達。
小松では この戦闘機体を50機、
配備している。
今度は、離陸するF15。
エンジンの音が ものすごい爆音を上げて エア音と重なる。
離陸までの迫力は、高揚する
ような 未知への畏怖のような。
『グァアアアアンンンン』
高速で低空離陸し、足が素早く格納。翼をまるで垂直に傾ければ、鋭角に旋回して高度をグイんと立ち上げる。
結局、
カスガは 深夜遅くになって
宿へ戻ってきた。
帰ってきたカスガは、左手を
レンに見せて
『ハジメオーナーにっ! 担保されたっす』
と、笑った。
その顔が サッパリとしていた事と、空になっている指が、
だいたいの事情を物語る。
「先輩!凄いっすね、あんなに一気に旋回して高度あげてっ!」
カスガは 望遠カメラを 動画に
して、戦闘機を追いかけている。
一時の小松基地は、
年間で1000回以上のスクランブル。
3日に1度はスクランブル状態だった。
凄まじい 冷戦時代も経験した
基地は、常時 5分で スクランブルができ、小松基地の管制で
24時間離着陸が可能だ。
「カスガの突拍子のない、行動と、 あの舞い上がる 機体が重なって俺には見える様だよ。」
レンは、目を細めて、ここぞとばかりに カスガに嫌味を投げつけた。
目を機体に向けたままに。
ギクリとした様子で、カスガが
そんな レンを見て、
「すいませんっしたっ」
と、折れる勢いで 頭を下げて
誠心誠意の姿で 謝った。
『オオオオオオオンンンン』
24時間体制。
だからこそ、民自共に、パイロットが安心して 着陸できる空港でもある。
その為、日本海でトラブる外国機が緊急着陸してくる事もあるのだが。
レンは、そんな小松の夜の姿を
ふと、思い描いた。そして、
レンは、大きく、 それでも
爆音に消されるだろう、
溜息をついて、カスガに 頭を上げろと手で合図した。
ションボリとした、カスガが
「先輩、そろそろ 帰りたいっすね。」
電話ごしに、思わず 呟くのを
レンは、拾った。やれやれと、レンは口を弓なりにした。
「カスガのところ、まだまだ家族
増えそうだな。」
その言葉に、カスガは、気まずいながらも、
「先輩!あれっすよ、さっき 空自の広報でみた、LOVE&PEACE !」
と、何故か自信満々で言い切った。
「お前、やっぱり、、」
レンはカスガの顔に、 残念な視線を向けて呆れる。
『フアイティング・ドラゴン』の魂は、『平和と安全』を守る意気を示しているのだ。
お前、怒られるよ。
たが、そんな カスガに、とうとう レンは大声を上げて笑った。
「ア、ハッハッハ!!お前、凄いよ。本当に、ある意味、この仕事に向いている。」
『ギィイイーーーーーーーンンンン』
「ハアー、それに 何より『引きが強い』。運が強いのも、能力だよ。頑張れよ。子供達もいるんだからな。十分 俺を越えていけるよ。」
カスガは、レンを見つめた。
「先輩。 オレ、どーしようもなく
ガキなんですよね?」
レンは 旋回から 直線に、高速 横移動を 空で展開する、機体を見ながら
「『あの時』はそう思ったよ。でも 今は少し違うな。」
カスガの問いかけに 素直に応える。
もうすぐ、基地の訓練も一段落
なのだろう。広報の係が、
合図をしているのが見えた。
「ちゃんと、自分の欲を見て、
ちゃんと、向き合って、ちゃんと進化してる。お前、俺の周りで
1番、愛すべき『人類』らしいよ。」
レンは、カスガに 広報係を
指差して、歩き始めた。それでも
まだ、電話は繋がっている。
「恋や愛とかに、ゴールがある
なら、そこまでお前は 突っ走れ
るんだろ」
レンは、歩きながら カスガを
見つめ、言葉を重ねた。
風が降りてくる。
「俺や、ハジメさんみたいな奴じゃあない、カスガみたいなのも
いるなら、安心だよ。きっと、」
そうして この後時間まで、
空港に屋上デッキのビアガーデンがあるから行くか?
まるで映画みたいなビューで
最高だぞ、戦闘機見ながら
だからな。と
「まあ、飲めないがな。まだ春江がある。この辺りの空港は 、知ってる方がいい。家が恋しいだろうけどね。」
レンが また 爆音の中で 笑った。
カスガが 見上げると、
雷鳴音が突っ込んで、
下降し始めるのだ。
青空の中、白い筋を上げて
F15の機体が 風と共に
帰えって来る。
青い空から 帰る。
その機体と、レンの背中
そして、空の指を見て、
カスガは、
やっぱり早く 帰りたいと
張り付く潮風に
喉が沸くのを
感じた。
2020年5月19日 昼 脱稿
さいけ みか