片山津温泉郷。
シオンは、その干潟湖である
柴山潟の真ん中にある、
高さ70mの噴水を
船から見ていた。

「「いやゃああ♪ー!」」

というより、噴水の豪雨に
船が穿たれるのを
ヨミとシオンは 大きく声を上げて 楽しんでいた。

多方向に豪快な水を咲かせる
巨大噴水。
夕方から 七色にライトアップ
された噴水や、
浮御堂への遊歩道の眺めが

綺麗だ。

「先輩、見てくださいー!あれ♪ー!」

見上げると、
夕方の斜陽が噴水に 大きな虹を
掛けてる。ヨミとシオンは
そんなサプライズに 息を飲んだ。

これで 夏には、花火まで見れる
なんて、どんな贅沢だ。
と溜息をつくしかない。

船に また噴水の飛沫を
風が運んでくる。

「後輩ちゃん、今日は とりあえずだったけど、挨拶周り お疲れ様ね。」

そういって、ヨミは 纏め上げて
いる髪を 押さえた。

風が少し出てきた様だ。

それは、すこし潮を含んだ風。
日本に、風の名前は、二千以上
ある事を 何気無く、
シオンは思い出す。

日本で最も古い風の名前は、
この北陸に吹く『あいの風』だ。

「こちらこそ、1日有り難うございますー、先輩。」

シオンも、乱れ髪を 押さえ
ながら、笑顔で ヨミに礼をする。

「今日は、挨拶だけじゃなくて、いろいろ連れて貰えて、良かったです。また、先輩に 何かお礼しますねー。」

船を気持ちよく動かし、
船乗りを味方する風。

江戸時代、北前船の順風も
『あいの風』だった。

「お礼ね。まあ、楽しみにしておくわね。じゃあ、最後の顔出しをして、今日は直帰だから。」

昼間訪れた建物を シオンが
いたく称えたので、ヨミが
金沢にある、同氏設計の図書館にも 連れてくれたのだ。
『世界で一度行ってみたい図書館』に選ばれている場所だ。

船は 少しずつ日が落ちる中を、
復路へと揺蕩う。

「最後って、『晶子染め』の工房ですか?」

昼にヨミから渡された、
リストの最後を見て、
シオンが確認をする。

「そうよ。この柴山潟の底にある土と片山津温泉の源泉を使った泥染めを、金沢大学の教授が発案したの。」

ヨミは、船の上から 湖面を
指差して、続ける。

「落ち着いた 薄い紫に染まるんだけど、それが、あの有名な女流歌人が詠んだ歌に合うって、『晶子染め』って、なったのよ。」

シオンは、へぇっ!と感心する。

「『風起こり うす紫の波うごく 春の初めの片山津かな』ってね」


辺りが薄暗くなると、
ライトアップの光が増してきた。

「全国をサロンを開きながら、ご主人と旅されたんですよね?片山津にも来てたんですねー。」

「なんでも、北海道から九州まで巡業的にサロンを開いてたらしいわよ。『旅かせぎ』って言って、 100カ所は温泉だけでも回ったって。旅行先を歌で発信。今でいう元祖旅ブロガーよね。」

岸に近くなると、
ライトアップだけでなく、
湖の辺りは『青』のイルミネーションや、マッピングもしているのがわかった。
とても、幻想的だ。


「たしか、不倫の末結婚して、子供も12人?13人生んだんですよねー。愛に生きる。羨ましいかもー。」

浮御堂の横を船が行くと、
一際、黄金に輝いてみえる。


「うちの、旅するギャラリーの発想も、案外 この女流歌人の手法からかもね。」

シオンは、黄金に輝く浮御堂の姿を、電話を翳して 写真に収めた。

「 オーナー見てると、『原始女性は太陽だった』的な発言が多いですもんねー。その割り、女性への思いって、淡白そうー」

シオンは その 写真を ヨミに見せる。

「あたしも、写真撮ろっと。で、後輩ちゃん、その台詞はまた、別の人よ。」

「あれ、そうでしたっけー。」

「それに、淡白なのか?拗らせてるのか?オーナー本人も解ってないんじゃない?」

ヨミが シオンを見ずに言う。

『今、片山津温泉郷の船ですー。工房行って、直帰でーす。両足、気を付けて下いよー!』

シオンは、さっきの写真を
ハジメオーナーに
送信した。

「じゃあ、オーナーが、本当に好きになる人って どんな人なんですかねー。」

さあね。
生きてるうちに会えたらいいわねーと、ヨミの声が聞こえて、

『男は夢を追う生き物、女は現実を生きる生き物。』って、誰が言ってたかしらね。

と 重なってシオンの耳に届くと、

船はクルージングを終えた。