その数日後、私とマオ君は一緒に体験入園に行くことになった。
廉冶さんに伝えると、眠そうな顔で畳の上に寝っ転がったまま、ひらひらと手を振ってくる。きっと昨日も仕事で徹夜していたのだろう。
「じゃあ行ってきます」
廉冶さんは「おう、頑張ってこい」と言って、また眠りに落ちていく。
マオ君は廉冶さんの言葉に、無言で頷いた。
何度も何度も、とにかく尻尾と猫の耳が出ないよう気を付けるんだよと話した。
だが私は彼と同じ体質でないので、耳と尻尾が出るのを我慢するのがどのくらい大変なことなのか、分からない。彼に無理をさせたくはないけれど。
私はマオ君と手を繋いで、二人でゆっくりと坂道を降りる。
車が来ると危ないからと言うと、マオ君は素直に手を繋いでくれた。
この辺りの道は、ほとんど車なんて通らないのだけれど。
本当に少しずつだけれど、マオ君と距離が近づいていると思う。
初夏の太陽が、アスファルトを照らしている。蝉の鳴き声がどこかの木から聞こえて、もうそんな季節かと考えた。
「今日も暑いねぇ。マオ君、喉がかわいたらお茶を飲んでね」
「うん」
マオ君が歩く度に肩にさげた水筒から、カラカラと氷がぶつかる音がする。
繋いだ小さな手も、しっとりと汗をかいている。
私たちが歩いていると、物陰にいた灰色の猫がこちらを見てにゃあ、と鳴いた。
「今日も猫、たくさんいるなぁ。みんな暑くないのかな」
マオ君は猫たちを見ながら言った。
「猫は涼しいところを見つけるのが得意だから、大丈夫」
確かに猫が寝そべっている場所に近づくと、他のところより気温が低くてひんやりしている。
マオ君がにゃあ、と猫そのものの声で鳴くと、灰色の猫がそれに答えるようににゃお、と返事をする。
私は驚いてマオ君に問いかけた。
「すごい、マオ君って猫の言葉が分かるの?」
マオ君は少し照れくさそうにほっぺを手で擦る。
「うん……。別にすごくないです。僕も半分猫だし」
「でも猫と話ができるなんて、楽しそうだな。羨ましい」
幼稚園への道をまた歩きだすと、寝そべっていた灰色の猫が起き上がり、マオ君の後ろを着いて来た。
「見送ってくれるって言ってます」
「え、そうなんだ。友達思いなんだね」
道すがら、退屈そうにしている猫たちにマオ君が声をかけると、その後ろにも、いつの間にか別の猫が並ぶ。
気が付くと、マオ君の後ろに五・六匹の猫がぞろぞろと並んで歩いていた。まるで隊長さんみたいだ。
「マオ君、人気者だね」
「みんな退屈みたいです」
「へぇ」
猫たちの暇つぶしなのかな。ちょっと面白いな。
マオ君が幼稚園に到着すると、猫たちは彼を取り囲むように半円の形に座る。
「ありがとう、もう大丈夫です」
そう声をかけると、猫たちは思い思いの方向へ歩いていった。
門の向こうからそれを見ていた男の子が、ぽかんと口を開く。
「すげー」
「あ、悠人君」
見覚えがあると思ったら、喜代さんのところの悠人君だ。
悠人君はしばらくマオ君を取り巻いていた猫たちを凝視していた。
まずい、さっそく怪しまれている。
私は彼の意識をそらすために質問した。
「悠人君、園長先生ってどこにいるか知ってるかな?」
「あぁ、園長先生なら、いつも園長室にいるよ。その子、成瀬先生の子供だろ?」
「うん、そうなの。マオ君っていうんだ。一緒に遊んでくれるかな?」
悠人君は笑顔でうんうんと頷く。
「まかせろよ! 今、ブランコで遊んでるんだ。マオも来るか?」
呼びかけられたマオ君は、少し恥ずかしそうに私と悠人君を見比べる。
「遊んできたら? 私、園長先生とお話してくるから」
マオ君はこくこくと返事をする。
マオ君の隣にしゃがみ、こっそり耳打ちした。
「マオ君、耳とか尻尾、気を付けてね」
「はい」
そう返事をして、マオ君は悠人君と一緒にブランコの方へ走っていった。
ブランコに乗ろうとすると、周囲にいた小さな子供たちも二人の周りに集まってくる。
悠人君は面倒見がいい性格のようで、みんなにマオ君のことを紹介してくれているようだ。
よかった、すぐにお友達ができそうだ。