「行事は何をなさいますか?」


 言いたくないことを口に出した。

 ガイドとしては言わなくてはならないため、言わずに済ませることは残念ながら出来なかった。


 今城先生はやはり、目を細めてあからさまに嫌そうな顔を示す。前の現実で、仕事以外では丸一日中ゲームをしていた彼は根っからのインドア派だ。人付き合いも必要最低限に留め、集団行動を好まない。学生のときもそうだったのだろう。今彼の脳内ではきっと、学生時代の面倒な行事メモリーが途切れ途切れに再放送されている。ディスクは傷み、フル再生は幸い叶わないと推測。


「生徒達の行事ですよ? 今城先生はいつも通りここから観察するだけです。生徒の成績やステータス、設備のチェックとか色々。やるべき事は数えきれません」

「そうだった……。この学校で僕は行事に参加しなくていい。前準備も当日準備も作業も後片付けもしなくていいんだ」

「そんなに顔色を悪くして、頭抱えるほど嫌がらなくても……」


 面倒くさいのは分かるが、行事の日は授業がない分身体的疲労はプラマイゼロだったと記憶している。

「生徒達の達の思い出作りのために貢献、立派でしたよ先生」

「全員が全員楽しんでいたわけじゃない。ああいうイベント行事を僕のように地獄だと感じる者もいる。実際に僕は学生時代、良い思い出とは感じなかったし感じたであろう良い思い出は全て記憶から葬り去られた」

「嫌な記憶ほど覚えていて、良い記憶は忘れるものですからね」

「そもそも学校行事なんてやる意味あるのか。特にこの学校で行う行事は生徒達の思い出作りのためというよりも、入学希望者を増やすためのアピールだろう」

「否定出来ません」

「よく保護者からクレームが来ないな。行事の開催も授業料に含まれてるというのに」

「それは先生がクレームを望んでいないからです」



 ――望みますか?



 目で問い掛けた。


「……まあ、日々強制的に勉強させているのだからたまには息抜きをさせてやるのもいいだろう」

「では、この時期の行事は何を開催するか選んでください」


 手書きのリストを手渡した。必要予算と現在の資金を比較し、学力系や体育会系等どの層にアピールするかを考え、なるべく多くの生徒達が好みそうなものを選ばなくてはならない。


「文化祭は今から準備しても大した規模にはならないから却下。これだとマイナスアピールにしかならない。修学旅行って……三年しか参加出来ないだろ」

「一、二年は林間学習にすれば良いのです」

「宿泊先もプランも直ぐには立てられない。却下!」

 修学旅行もなしに卒業する三年生……可哀想に。


 この人は自分が修学旅行に行きたくない人間だから、修学旅行が重要なものだとは考えもしていないのだろう。相手の気持ちになって考えることが出来ない人ではないのに、そのようなことを口に出すということは、ただの言い訳の一つとして使用しているだけの可能性もある。


 だけどその場合、修学旅行を開催する意思があるということ。今城先生からそんな様子はさほども感じられない。今城先生の中で、修学旅行をいうものは必要不可欠どころかなるべく開催してあげたいと思わない、優先順位の最下層に位置づけられているのだろう。

 その考えを覆してあげたいところだけど、計画を立てる時間がそんなに無いのも事実。今日は特に何も反論せず、私は先生に選択を求めた。


「自分で書いておいてなんですが、百人一首祭は冬休み後の方がよろしいかと。短期で用意出来る者に絞って、体育大会か合唱コンクール、映画鑑賞会あたりはどうでしょうか?」

「体育祭は短期で準備出来るか?」

「体育大会です、先生。走って跳んで投げて蹴って打つだけなら準備は白線と道具を出すくらいで済みますよ。日差しを我慢させるのが可哀想だと思うならテントの設置も追加で」

「えらく適当だ。そんな規模の体育祭は却下だ、ユウくん」

「これでも今城先生が小学生だった頃の運動会を参考にしたんです。体育大会ですよ、先生」

「運動会と体育祭を一緒にしてはいけない。参考にするなら高校時代の体育祭にしなさい」

「ですから体育祭ではなく体育大会です。今城先生の経験は体育祭で正解です。あの頃の体育祭の規模は小中学のときとは比べものになりませんでしたね。まさか競技場を貸し切るとは、驚き桃の木でした」

「お金だけは無駄にある学校だったからな。日陰の観客席から優雅にくつろげて、快適だった。競技への参加もサボったところでお咎めなし、そもそも気付かれたかどうかも分からない」

「でも私は……小学校の頃の運動会が一番楽しかったです」

 日陰が無く、生徒達は常に日差しの下か雨の下。エレベーターが使えず階段で自分の椅子を運動場に下ろし、終わった後に土で椅子の足を拭かなきゃいけないのを承知上でそこに腰を降ろす。昼食時は皆がにぎわって家族と行動を共にする。家族が来れなかった家は友達の家族に混ぜて貰う。


 私は今城先生と二人きりで過ごした。先生は寂しさを紛らわすために、私に沢山話しかけてくれた。彼にとっては最も嫌な体育行事だけれど、それが私にとっては最も楽しかった体育行事だ。

 私は先生にとって思い出したくない思い出を掘り返してしまった。先生は私を怒らない。何も言わない。でもその話を続けられたくないようで、逸らした。


「合唱コンクールは嫌がる生徒が多い。大きな声が出せない者や、音程が取れない者は勿論、人前に立つのが苦手な背の低い生徒は、最前列になったとき当日の世界が地獄に変わる。消去法で映画鑑賞会だな」


 何を上映するのか。興味の無い映画だと眠りの世界に入るだけ、学習系の内容は却下された。今城先生は生徒全員が知っているであろう、猫型ロボットアニメを選択した。


 映画鑑賞会なため、正しくはそのアニメの映画をだ。








 三学期になり、三年生達の進路指導は大詰めになる。進学を希望する生徒がいれば就職の道を選ぶ生徒もいる。

 学校の評価を考えると、進学するなら難易度の高い学校を、就職するなら大手の就職先を希望し、その夢を叶えてほしいところだ。しかし生徒のレベルや能力を学校側が上げるには限界があり、ましてや学習へのやる気なんてものは下手に関わると下げるだけとなってしまう。


 結局のところ、学校というものはサポートに過ぎない。生徒個人の努力で進路は決まる。

 努力をしても報われない生徒だっている。



「また、進路指導か……」


 今城先生はそんな生徒達に再度進路指導を受けさせる。でなければ彼らは浪人、もしくはフリーターという道を歩まなくてはならなくなり、学校の評価も落ちてしまう。


「合格率八十パーセントを切っている生徒は、大事をとってもう少しレベルを下げさせたほうがよろしいかと思います」

「いや、八十も怪しい。八十パーセントで去年も落ちたやつが数人いただろ」

「ええ。ですが、今城先生の精神面の負担は少なく済みます」


 報われない生徒達に、君が希望しているところは難しいと伝えるのはわりと心苦しいらしい。プレイヤーの今城先生は判断を下すだけで、それを伝えるのは教師陣の役割なのに。先生は苦しいと言う。感情移入をしてしまっている。

 今の現実を現実呼ばわりするだけのことはある。


「嫌な仕事より、生徒のことを考えてあげるのですね」

 私が褒めても、今城先生は喜ばないだろう。彼は自身を苦しめる教師という職業を決して好きではない。

 これを前の現実にいる彼の知人の人達が聞けば、こう言う。



 ならどうして教師になったの? どうして教師をやってるの?



 答えは簡単。今城先生が凡人だから。

 行きたい学校に進んだ人は沢山いても、なりたい職業に就けた人なんてほんの一握り。大半の人は、片っ端から面接を受けて、内定を貰えた中から一番良い……言い換えれば、マシだと思ったところを一つ選ぶ。


 マシだと思った職業に就くことを選択する。


 今城先生もそうだ。一番マシだと思ったのが教師で、働いてもいいと思った私立の学校に就職した。それだけ。

 だから決して、教師という仕事が好きなわけではない。



「つくづくロクなところじゃないな、学校は。生徒の功績を自分のものにして、功績だけのために生徒を導かせるとんでもない場所だ。彼らの結果が不利益になると思ったら、彼らの希望を曲げさせる。そんなことを自分がさせていると思うと、反吐が出る。もっとも――」


 今城先生は眉間に皺を寄せた。


「何よりも反吐が出るのは、それを分かっていて同じように行ってしまう自分自身だ」


 運営ゲームが好きで、前の現実でも何度も同じような場面を繰り返した。あの頃はこんな風に自己嫌悪に陥ることなくプレイしていたのに、今は違うのは、現実でなかったものが現実になってしまっているから。



 ――時折、考えてしまう。



「今城先生は、この世界が楽しいですか?」

 趣味は趣味のままにしておくのが一番のように、フィクションもフィクションのままにしておくのが一番なのではないか。

 彼はフィクションを今の現実にしてしまったことで、運営ゲームというものが好きでなくなってしまうのではないか。


 不安に思った。


 私といて楽しいと以前先生は言ってくれたが、それはイコールこの舞台が、このゲームが楽しいには繋がらない。キャラは好きでもストーリーは好きじゃない、そんな感想を持ち合わせていても、なんら不思議じゃない。


 今城先生と見つめ合って数秒間。彼は立ち上がって、私の頭の後ろに手を回した。僅かに込められた力によって、先生の胸に顔を埋めることになる。私はその手のぬくもりに未だに慣れず、この香りを、物に、誰かに触れられることを、いまだどこか非現実的だと感じている。


 感じるこの穏やかさは嘘か本当か。


 私といて楽しいと言ってくれた彼は、この世界も楽しいと感じているのか。



「ユウがいれば、楽しい。ユウがいるから楽しいんだ。ユウがいない運営ゲームなんてする価値もない。ユウがいるからこの世界は楽しくて、価値がある。本当……神様にお願いして良かった」

 嘘か本当か確信出来なくて、想像しか出来ない今が恨めしいと感じ、同時に今が幸せだとも感じる。彼に触れることが出来なくて、触れられることがなかったこの私が今、こうして彼に触れることが出来、触れられている。失ったもの手にしたもの、どちらが大きいかと問われると、私は答えられない。


「何も心配しなくていい。ユウは何も、失っていないよ。僕にはユウの不安が分かる。ユウも僕の不安を、喜びを、分かるだろう? だって――さあ、一緒に口にしてごらん?」


 私に勇気をくれた。

 間違えても優しい先生は怒らないだろう。

 間違えたときは間違えたときで、嬉しいと言ってくれる。そういう人だと私は知っている。


 私は、先生が続ける言葉を、またしても口先で動かした。





『……言わなくても分かるだろう? だって──』





「僕は君で──」

 君は僕で──

「僕は君の──」

 君は僕の──








「「友達なんだから」」








 そう。

 私はあなた。

 あなたは私。

 私はあなたが生み出した。

 あなたの理想。

 あなたの友達。

 私はあなたの──




















 イマジナリーフレンド。
























 ねえ、――号室の今城さん、まだ目覚めないの?

 通勤中、トラックに衝突したんだって。

 命に別状はなかったのが幸いだけど……。

 可哀想にねぇ。後遺症とか残ってたら大変よ。

 でも、そんな心配はなさそうなくらい、凄く穏やかな表情で眠ってるのね。

 事故に遭ったと思えない。

 なにか――








 良い夢でも見ているのかしら?











―了―



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