コートやマフラー、手袋といった防寒着を着用している私は顔以外で寒さはさほど感じないけれど、仕事へ行った私の家族はそうでないだろう。この季節、この気温、コートが一枚あったところで完璧な防寒にはならない。


 バカ……。


 今から急いで帰り、スイッチを入れれば、家族が帰ってくる頃にお風呂は湧き上がるだろうか。

 軽装備の家族のために、歩くスピードを速めた。

 冷たい風が一段と激しく顔にかかり、寒さを感じた。



 誰もいない家。

 誰も帰って来ていない家。

 そこで私は家族の帰宅を待つ。

 たった一人の家族。

 私の――





「ただいま」

「おかえりなさい、先生」



 私達は教師と生徒であり、兄と妹。

 元々は普通の教師と生徒だった私達の関係は、突然と変わってしまった。

 ある日突然。

 本当に当然。



「お風呂にしますか? それともお風呂にします? もしくはお風呂なんてどうですか?」

「お風呂一択か」

「じゃあご飯にします?」



 曇った眼鏡を外し、彼はようやく私と目を合わせた。にこにこと笑う私を見て、先生としての手ではなく、兄としての手を、私の頭に乗せた。


「いや、風呂にする。ありがとう」


 先生は生徒のことを何でもお見通しらしい。

 それとも兄は、妹のことを何でもお見通し? それはない。おそらくない。

 それほどの時を、私達は家族として共には過ごしていない。

 乗せられた兄の手は想像通り、冷たいものだった。