親は子供よりも先に死ぬ。長い時間を一人で生きなくてはならなくなる。一人の時間を少なくするには、結婚するのが一番だ。結婚により生じる女側の不利益といえば一生の家事だが、佐藤旭の場合は家が貧乏にならない限り無縁だろう。代わりに本来男側の苦労、一生の労働が付き纏うが、自営業なら結婚した方が夫に苦労を分散出来る。夫婦喧嘩のストレスを除いて不利益はないと思うのに、変わった娘だ。


「婿養子をとって、家を継ぐことは決まっていましたから、そういうわけでは……いえ、そうかもしれません。それが決められた道だから、その上を歩くことが当たり前になっているだけで本心では歩きたくないのかも。他に道があるのなら、そこを歩きたい。でも、道なんて目に見えないから、だから――」


 自分で用意したわけではない、人に用意してもらった道を歩くしかない。立ち止まるという考えは彼女にはなく、分からないのであれば、立ち止まるより歩き続けた方が良いと信じている。この道でいいのかと疑問に思いながら、もやもやして。


「先生?」


 無意識に彼女の頭を撫でていた。

 どう言い訳しよう。頭を回転させても出てくるものはなく、からかうように「可愛いな」と笑うことしか出来なかった。


 彼女は怒った。

 悪口は言っていないというのに、子供扱いされたみたいなのが気にくわず、ご機嫌斜め。それでも自分にとって重要なコミュニケーションは、とることをやめない。


「佐藤先生が兄とは信じていませんけど――」


 それなら何故一緒に暮らす。


「仮に本当に兄妹だとして、私と先生の関係は学校では秘密でお願いします」

「なんで?」