私鉄に乗り換えて、本社にたどり着くと、さっきまで忘れていた緊張をまた思い出した。勤務する支社とはオフィスの規模からして桁違いだ。
「まず社長に挨拶してから、会場に向かおうか」
小熊さんはそう言って、本社のエントランスへ軽やかに歩みを進めた。受付のスタッフに要件を告げて、案内されたエレベーターに乗り込む。
「小熊さん、随分慣れてるんですね。あんまり来たことないから緊張しちゃいます、私」
「そう? 俺も数えるほどしか来てないけどね。本社勤務の知り合いがいるからちょっと気が楽なだけ」
そう言ってはにかむ顔がかわいいな、などと私はまた浮かれ気分になりかける。いい加減きをひきしめないといけない。
「しかし、本社ってほんとに広いですね。うちと大違い」
「日下部は、こっちに来たのは入社式以来?」
「そうです。二年ぶりですね。もう覚えてないなあ」
チン、と軽い音がして、エレベーターのドアが開く。音とか色といったものが一切感じられない無機質なフロアの奥に、社長室がある。息をしていたかどうかわからないうちに挨拶を終えて、会場のあるフロアへ移動した。ここは参加者が集まっているせいか、ざわめきがあって今の私にはちょうどいい。
「始まるのは午後からだし、荷物だけ置いて昼飯に行こうか。飯なんかのどを通らなさそうな人もいるけど」
「だ、大丈夫です。行きます」
こうやって小熊さんが声をかけてくれるおかげで、がちがちにこわばった心が少しずつほぐれてきている。はじめは一緒に来ること自体に戸惑いがあったけれど、彼がいてくれなければ緊張しっぱなしのままで本番に臨むことになっていただろう。
軽く食事を済ませて会場に戻る。改めて見るとそこそこの人数が集まっていて、私たちと同じ年代の社員から、ベテランとおぼしき年配の社員まで、幅広くエントリーしているようだ。パフォーマンスの順番は全スタッフごちゃまぜでランダムに決められており、当日発表とのことだったので、入り口の掲示を確認しに行くと、
「あ、水澤さん、トップバッターですね」
「嘘」
日下部くんが横から指さした先には、確かに「水澤桃子」の名前。その頭には一、と印字されている。
「俺は二一番です」
「日下部はちょうど真ん中くらいだな。俺は四〇番だから、かなり後半だけど……水澤」
「なんで……なんで一番なんて……」
ほぐれたはずの緊張が、嫌な感じにぶり返してくる。動けなくなった私を、二人が引きずるようにして会場から引きずり出した。
「無理です、最初なんて……」
「まあ確かに、トップバッターは不利って言われますけどね。でも早く終わらせられるんだからいいじゃないですか」
「そうだよ。それに、他の人のやり方に惑わされずに、自分の思った通りのやり方でできると思えば、むしろチャンスじゃないか? どうしたって、人間は見たものには影響されてしまうし」
「そんな自信、ないですよ」
「大丈夫だって。お世辞じゃなくて本気で、水澤の応対パフォーマンスは最高だと思ってるから。一発目で見せつけてやれよ」
恐る恐る視線を上げると、小熊さんの強い視線がまっすぐに私を射抜いていた。
ああ、好きな人にこんなふうに言われたら、やるしかないじゃないか。
溢れかけていた涙を拭って、私は深呼吸をした。
「わかりました。そこまで仰ってくださるなら、頑張ります」
「おう、頑張れよ。俺らも頑張るから。三人で入賞を目指そうな」
「はい!」
「そうですね。やってやりましょう」
小熊さんが叩いてくれた背中が温かい。こんなふうに勇気づけてくれる彼を尊敬しているし、好きだなあ、と実感する。
間もなく始まります、というアナウンスが聞こえて、私たちは会場に戻った。
「まず社長に挨拶してから、会場に向かおうか」
小熊さんはそう言って、本社のエントランスへ軽やかに歩みを進めた。受付のスタッフに要件を告げて、案内されたエレベーターに乗り込む。
「小熊さん、随分慣れてるんですね。あんまり来たことないから緊張しちゃいます、私」
「そう? 俺も数えるほどしか来てないけどね。本社勤務の知り合いがいるからちょっと気が楽なだけ」
そう言ってはにかむ顔がかわいいな、などと私はまた浮かれ気分になりかける。いい加減きをひきしめないといけない。
「しかし、本社ってほんとに広いですね。うちと大違い」
「日下部は、こっちに来たのは入社式以来?」
「そうです。二年ぶりですね。もう覚えてないなあ」
チン、と軽い音がして、エレベーターのドアが開く。音とか色といったものが一切感じられない無機質なフロアの奥に、社長室がある。息をしていたかどうかわからないうちに挨拶を終えて、会場のあるフロアへ移動した。ここは参加者が集まっているせいか、ざわめきがあって今の私にはちょうどいい。
「始まるのは午後からだし、荷物だけ置いて昼飯に行こうか。飯なんかのどを通らなさそうな人もいるけど」
「だ、大丈夫です。行きます」
こうやって小熊さんが声をかけてくれるおかげで、がちがちにこわばった心が少しずつほぐれてきている。はじめは一緒に来ること自体に戸惑いがあったけれど、彼がいてくれなければ緊張しっぱなしのままで本番に臨むことになっていただろう。
軽く食事を済ませて会場に戻る。改めて見るとそこそこの人数が集まっていて、私たちと同じ年代の社員から、ベテランとおぼしき年配の社員まで、幅広くエントリーしているようだ。パフォーマンスの順番は全スタッフごちゃまぜでランダムに決められており、当日発表とのことだったので、入り口の掲示を確認しに行くと、
「あ、水澤さん、トップバッターですね」
「嘘」
日下部くんが横から指さした先には、確かに「水澤桃子」の名前。その頭には一、と印字されている。
「俺は二一番です」
「日下部はちょうど真ん中くらいだな。俺は四〇番だから、かなり後半だけど……水澤」
「なんで……なんで一番なんて……」
ほぐれたはずの緊張が、嫌な感じにぶり返してくる。動けなくなった私を、二人が引きずるようにして会場から引きずり出した。
「無理です、最初なんて……」
「まあ確かに、トップバッターは不利って言われますけどね。でも早く終わらせられるんだからいいじゃないですか」
「そうだよ。それに、他の人のやり方に惑わされずに、自分の思った通りのやり方でできると思えば、むしろチャンスじゃないか? どうしたって、人間は見たものには影響されてしまうし」
「そんな自信、ないですよ」
「大丈夫だって。お世辞じゃなくて本気で、水澤の応対パフォーマンスは最高だと思ってるから。一発目で見せつけてやれよ」
恐る恐る視線を上げると、小熊さんの強い視線がまっすぐに私を射抜いていた。
ああ、好きな人にこんなふうに言われたら、やるしかないじゃないか。
溢れかけていた涙を拭って、私は深呼吸をした。
「わかりました。そこまで仰ってくださるなら、頑張ります」
「おう、頑張れよ。俺らも頑張るから。三人で入賞を目指そうな」
「はい!」
「そうですね。やってやりましょう」
小熊さんが叩いてくれた背中が温かい。こんなふうに勇気づけてくれる彼を尊敬しているし、好きだなあ、と実感する。
間もなく始まります、というアナウンスが聞こえて、私たちは会場に戻った。