「ヤベッ、間違えた? スイマセン、間違え電話でした。……って、オレの名前……言った?」
『回線は確かに滝上梢恵の携帯電話へと繋がろうとしたよ。しかし悪いけど、その回線に割り込ませてもらった。私がキミとおしゃべりしたくてね』
落ち着いた、大人びた語り口調。されどやや幼げな声の質から想像するに、年齢は自分とそう変わらないと大地は勘ぐった。
「誰だ、アンタ? 知り合いってわけじゃあなさそうだ。その声、聞き覚えはねぇ」
『聞き慣れてはいないだろうけど、聞き覚えはあるはずじゃないかな?』
キョロキョロと周囲を警戒し、無意識のうちに未来の記念碑に目を向けた。夕暮れとなってもなお、街におけるその存在感は健在だ。
『おや、ひょっとして今、記念碑を見なかったかな?』
「……ッ!?」
『図星みたいだね。視線を感じたんだ。まあ、それはさておきだ。キミは私の正体を知りたがっていそうだしね、まずはそれについて話そうか』
「……何者だ?」
『私は“情報生命体”。別の名を《マージナル・ハート》。キミたち人間とは一線を画す存在さ』
「情報、生命体? マージナル……、はーと? なんだ……そりゃ?」
携帯端末を握る手に自然と力がこもり、そして全神経を声に傾ける。
『要は自我を持ったコンピュータとも呼ぶべきか。ただし人工知能、いわゆるAIともまた違う概念だがね』
愛らしさを含む声は、冗談めかしい微々たる笑いをマイクに放ち、
『技術的特異点という用語は存じないかな? 自我を持つほどに発達したコンピュータにより、人類主導で送られていた文明が占領される瞬間を表す意味だけどね』
「なんだァ? その情報生命体サマとやらがオレたち人類を乗っ取ろうって言うのか? 宣戦布告か、この電話は? だとしたらオレは人類から選ばれた主人公ってトコかよ?」
『私も人恋しくなる時があってね。宣戦布告では断じてないよ、安心してくれたまえ』
「それで、オレに何を伝えたいんだ?」
『私は0と1の存在、だから2進数で構築される世界ならばどこでも介入することが可能だ。それは当然、――拡張世界ですらもね』
拡張世界? なぜ、その言葉を今この会話で? いや、そもそも……、
(拡張世界って用語自体、“未来人の落とし物”にあった造語だよな? って、ちょっと待てよ。この前も誰かが拡張世界って口にしたような……、ハッ!)
脳裏によぎったのは、薄暗闇に包まれた銀髪の後姿、顔を覆う仮面――――、
「まさかアンタ、バスの中で――……」
だが、電話口の少女は一方的に、
『先ほどはあの女からヒントを教えてもらったようだね。あんな女に頼らずとも私から教えてあげたのに。楽しみが奪われて残念だ』
「あの女……? 神代先輩のことか? どうしてヒントの話を知ってる?」
『私が名乗った別の名が答えさ。にしてもあの女のヒントは難解だね。天才って連中の思考はどうも読めない。ただ、悔しいがどれも的を射たヒントだ。私が保証するよ』
「それをオレに伝える理由がわかんねえ。目的はなんだ?」
『さあね、人とのふれあいに飢えているからかな。どうだろう?』
電話越しの彼女は断言しない。掴みどころのない言い回しをする。
『なんにせよ、そこに到達するためのヒントは十分に与えられている。本当はヒントではなく答えを教えたいところだけど、私の立場でもそれは難しくてね』
「ハッ、ヒントで十分だ。答えを与えられても面白くねえ」
『さすがは研究部というだけある。ところでキミは〈拡張戦線〉を探っているんだよね。だったら急いだほうがいいかもしれない。次のタームの開催はもうじき締め切りだから。それが最後のタームになるね』
「え、マジか!? つーことは、〈拡張戦線〉は“そこ”で今も開かれてるってことか!?」
『おっと、口が滑った。なんにせよ待っているよ、キミの来訪を』
「ちょ! 待て! って、…………」
呼び止め虚しく、プー、プー……と通話は途切れてしまった。
(急いだほうがいいかもしれない、か。ああ、言われなくてもそのつもりだぜ。焦らせるなよ)
現状、宇宙飛行プロジェクトを追うためには〈拡張戦線〉の手がかりが必須だ。逆に〈拡張戦線〉の手がかりを見失えば、宇宙飛行プロジェクトの謎を追うチャンスを逃すことになる。
大地は手中のスマートフォンを見つめて、
(ヒントは……十分に与えられている? それに……到達する?)
電話の女は確かにそう言っていた。まるで別世界の存在を示唆するような言い草で。
「表からだけではなく裏も見ろ。高次元からの観測。……紐づかねぇ」
小町から話を聞いた時と変わらず、ヒントにピンとこない。特にわからないのが二つ目。だからひとまず一つ目の『表からではなく裏も見ろ』というヒントに焦点を当ててみる。
(裏といえば……)
思い当たる節がある。ここ最近になり、大地が触れるようになった“世界”。
彼はスクールバッグに入れていたメガネケースを取り出し、
(拡張世界は肉眼では見られない世界だ。現実が表とすれば、拡張世界はある意味で裏とも言える。あの銀髪女を見たのだって拡張世界だ。だから答えは――……)
大地は《パラレルレンズ》を掛けて電源を入れ、辺りを見回してみる。けれども、
(くそう、現実と変わらねえ!)
ARと言えるようなオブジェクトは確認できない。それも当然か。《NETdivAR》という技術はネットワーク上に専用のAR情報を設定する必要があるのだ。
だが、その時。
「うわっ、なんだ!?」
ぴろんっ、というメールの着信のような音が《パラレルコネクタ》内蔵のスピーカーから鳴ったのだ。するとARオブジェクトのカラー封筒が彼方から飛んできて、目の前で封が開く。中から浮かび上がったのは、便箋と輝く鍵。
『残念。拡張世界は次元に関係ない。けど、あながち間違いではないね。スマホを開いてごらん、メールに同じメッセージと添付が届いているはずだ。添付が贈り物の鍵だよ』
便箋に目を通した大地は、届いているメールを見た。添付を開くと、それは何の変哲もないQRコードで、
(このQRコードが、鍵? ハァ、なんの鍵だよ!? これだけじゃあわからん!)
どうやら一つ目のヒントのみでは答えを明かせないようだ。結局、二つ目からは逃げられないというわけか。
(二つ目……高次元。どういうこった? あークソッ、一人で悩んでも時間がもったいねえ! ここはレミとあおいに頼るか!)
さっそく大地はレミへ電話を繋げる。彼女はすぐに出てくれ、
『もしもしー、どうかしたー? もう寮に帰ったところだけど』
「宇宙飛行プロジェクトの件で今日は出かけるって言ったよな? あの城ケ丘高校の神代小町先輩に会ったんだよ」
『マジで? あの天才に? 何か聞き出せたりした?』
「最先端技術の出所についてのヒントはくれたんだ。答えを教えるのはマズイらしくて、あくまでヒントなんだがな」
『で、そのヒントを解くのに困ったから電話をくれたってこと?』
「話が早いな。で、ヒントなんだけど――……」
大地は小町に教えられた二つのヒントを順に伝える。第一のヒントから拡張世界を導き、鍵を手に入れたことも含めて。どうやらレミはあおいの部屋にいるらしく、夕飯の準備をしているあおいにも話を伝えてくれる。
『次元のヒントは、私よりもアンタやあおいのほうが得意そうよね。う~ん、より高い次元から観測をする?』
「たとえば紙を眺めるだろ? 紙は二次元だ。で、オレたち観測者は三次元の住人。つまり紙を三次元に、オレたちを四次元にすり替える。それがヒントの意味だとは思うんだが……」
『無理でしょ。あおいだって無理と言ってるわ。……あ、いや、ちょっと待って!』
「わかったのか?」
『あおいの部屋って寮の四階じゃない? で、ちょうどベランダで電話してるんだけど』
「ベランダ?」
『下の道を歩いてる人がここから見えるわ。走る車も道路標識も、コンビニもね。要はこの視点でいいんじゃないの?』
「あ、そういうことか! ――高い所から見ればいいんだ!」
『そうね。あくまで地上に限れば、高い場所から全貌が把握できるわ』
「なるほど、アリな考えかもしれん。で、高い場所で思い浮かぶといえば――……」
『未来の……記念碑?』
「だよな、オレも真っ先に思いついた」
街の中央にそびえる未来の記念碑は、この未来都市で最も高い塔。そこの頂上からは未来都市を見渡すことができるであろう。常時入口が施錠されており、一般人が入ることはできない。
「もしかしてこのQRコード、記念碑に入るための鍵ってことか? おお、繋がってきた!」
『ええ。おそらく技術の出所や〈拡張戦線〉の開催場所は、私たちの目に届かない世界にある。私とあおいもそういう話を今日耳にしたわ。今から記念碑の前で合流しましょう。あおいとすぐに駆けつける』
「わかった、オレもすぐ向かう」
約束し、大地は電話を切った。ここから未来の記念碑までは駆け足で想定十分強。時刻は午後五時を過ぎたところ。日の入りまで一時間を切る。夕焼けが濃くなり、影も伸びて、建物にもぼちぼちと照明が灯される。
寮、研究施設、教育施設等、多くの建物がひしめく街並みを通り抜け、未来の記念碑から50メートルほどの距離を隔てた狭い路地の端で、大地は目指すそれをしっかりと目に収め、
(目指すはあのテッペンだ! あのテッペンにいったい何が……。……、なんだこの感じ? 何かに見られてるような……? 気のせいか?)
拡張世界が答えではない。それを承知しつつも、大地は再び《パラレルレンズ》を掛けてみる。その時――、
『キミならここに来てくれると思ったよ。さ、あと少しの辛抱だ』
メガネの小型スピーカーから聞こえたのは、少女の声。
(この声、さっきの電話の? って、な――――ッ!?)
高さのない平坦な建物が記念碑の周りに広がっているはずなのに、――なぜか視界にあるのは、ネオンで輝く高層ビルがそびえ建っている光景。ビルとビルの合間には、一風変わった形状のロボットが縦横無尽に徘徊している。だけど目前の塔――未来の記念碑だけは、その馴染ある形様を保っていた。
『――――ようこそ、虚数空間の世界へ』
大地の見上げた記念碑の中腹辺りでは、白いローブを身に纏う、仮面で顔を覆った少女が逆さに浮いていた。色褪せた長い銀髪をも重力に逆らわせて。
『この景観は気に入ってくれたかな? ここは夢と空想で創られたおとぎ話のような世界。けれどもはっきりとした現実でもある。訪れたければこの頂上を目指してみようか。ふふ、より高い世界を目指すことはあの宇宙飛行プロジェクトとも通じるね』
「…………」
大地は見惚れるように幻想的な少女を凝視するも、その時、
「大地くーんっ!!」
か細い声を懸命に張り上げ、背後から大地の名を呼んだのは、白い無地のシャツに紺色の秋物ジャケットを羽織る先輩のあおい。チェック柄のスカートから覗く肌は、普段の制服姿よりも露出が大きい。
あおいの背後では、レミが追従しながら息を切らせて、
「はぁ……はぁ……っ。待ちな……さいっ」
身動きの取りやすい桃色のパーカーと黄色の短パンに、太ももまでを覆う黒のニーソックスを履いている。平然としているあおいとは対照的に、苦しそうに目元を歪めている様子を見るに、運動不足が見事に露呈していた。
「大地くん、お待たせ。え、誰かと話してた?」
「アレの正体はまだわかんねえ。けど行ってみようぜ、テッペンに。そこに答えがあるはずだ」
「うん」
「ふう……、行きましょう」
『回線は確かに滝上梢恵の携帯電話へと繋がろうとしたよ。しかし悪いけど、その回線に割り込ませてもらった。私がキミとおしゃべりしたくてね』
落ち着いた、大人びた語り口調。されどやや幼げな声の質から想像するに、年齢は自分とそう変わらないと大地は勘ぐった。
「誰だ、アンタ? 知り合いってわけじゃあなさそうだ。その声、聞き覚えはねぇ」
『聞き慣れてはいないだろうけど、聞き覚えはあるはずじゃないかな?』
キョロキョロと周囲を警戒し、無意識のうちに未来の記念碑に目を向けた。夕暮れとなってもなお、街におけるその存在感は健在だ。
『おや、ひょっとして今、記念碑を見なかったかな?』
「……ッ!?」
『図星みたいだね。視線を感じたんだ。まあ、それはさておきだ。キミは私の正体を知りたがっていそうだしね、まずはそれについて話そうか』
「……何者だ?」
『私は“情報生命体”。別の名を《マージナル・ハート》。キミたち人間とは一線を画す存在さ』
「情報、生命体? マージナル……、はーと? なんだ……そりゃ?」
携帯端末を握る手に自然と力がこもり、そして全神経を声に傾ける。
『要は自我を持ったコンピュータとも呼ぶべきか。ただし人工知能、いわゆるAIともまた違う概念だがね』
愛らしさを含む声は、冗談めかしい微々たる笑いをマイクに放ち、
『技術的特異点という用語は存じないかな? 自我を持つほどに発達したコンピュータにより、人類主導で送られていた文明が占領される瞬間を表す意味だけどね』
「なんだァ? その情報生命体サマとやらがオレたち人類を乗っ取ろうって言うのか? 宣戦布告か、この電話は? だとしたらオレは人類から選ばれた主人公ってトコかよ?」
『私も人恋しくなる時があってね。宣戦布告では断じてないよ、安心してくれたまえ』
「それで、オレに何を伝えたいんだ?」
『私は0と1の存在、だから2進数で構築される世界ならばどこでも介入することが可能だ。それは当然、――拡張世界ですらもね』
拡張世界? なぜ、その言葉を今この会話で? いや、そもそも……、
(拡張世界って用語自体、“未来人の落とし物”にあった造語だよな? って、ちょっと待てよ。この前も誰かが拡張世界って口にしたような……、ハッ!)
脳裏によぎったのは、薄暗闇に包まれた銀髪の後姿、顔を覆う仮面――――、
「まさかアンタ、バスの中で――……」
だが、電話口の少女は一方的に、
『先ほどはあの女からヒントを教えてもらったようだね。あんな女に頼らずとも私から教えてあげたのに。楽しみが奪われて残念だ』
「あの女……? 神代先輩のことか? どうしてヒントの話を知ってる?」
『私が名乗った別の名が答えさ。にしてもあの女のヒントは難解だね。天才って連中の思考はどうも読めない。ただ、悔しいがどれも的を射たヒントだ。私が保証するよ』
「それをオレに伝える理由がわかんねえ。目的はなんだ?」
『さあね、人とのふれあいに飢えているからかな。どうだろう?』
電話越しの彼女は断言しない。掴みどころのない言い回しをする。
『なんにせよ、そこに到達するためのヒントは十分に与えられている。本当はヒントではなく答えを教えたいところだけど、私の立場でもそれは難しくてね』
「ハッ、ヒントで十分だ。答えを与えられても面白くねえ」
『さすがは研究部というだけある。ところでキミは〈拡張戦線〉を探っているんだよね。だったら急いだほうがいいかもしれない。次のタームの開催はもうじき締め切りだから。それが最後のタームになるね』
「え、マジか!? つーことは、〈拡張戦線〉は“そこ”で今も開かれてるってことか!?」
『おっと、口が滑った。なんにせよ待っているよ、キミの来訪を』
「ちょ! 待て! って、…………」
呼び止め虚しく、プー、プー……と通話は途切れてしまった。
(急いだほうがいいかもしれない、か。ああ、言われなくてもそのつもりだぜ。焦らせるなよ)
現状、宇宙飛行プロジェクトを追うためには〈拡張戦線〉の手がかりが必須だ。逆に〈拡張戦線〉の手がかりを見失えば、宇宙飛行プロジェクトの謎を追うチャンスを逃すことになる。
大地は手中のスマートフォンを見つめて、
(ヒントは……十分に与えられている? それに……到達する?)
電話の女は確かにそう言っていた。まるで別世界の存在を示唆するような言い草で。
「表からだけではなく裏も見ろ。高次元からの観測。……紐づかねぇ」
小町から話を聞いた時と変わらず、ヒントにピンとこない。特にわからないのが二つ目。だからひとまず一つ目の『表からではなく裏も見ろ』というヒントに焦点を当ててみる。
(裏といえば……)
思い当たる節がある。ここ最近になり、大地が触れるようになった“世界”。
彼はスクールバッグに入れていたメガネケースを取り出し、
(拡張世界は肉眼では見られない世界だ。現実が表とすれば、拡張世界はある意味で裏とも言える。あの銀髪女を見たのだって拡張世界だ。だから答えは――……)
大地は《パラレルレンズ》を掛けて電源を入れ、辺りを見回してみる。けれども、
(くそう、現実と変わらねえ!)
ARと言えるようなオブジェクトは確認できない。それも当然か。《NETdivAR》という技術はネットワーク上に専用のAR情報を設定する必要があるのだ。
だが、その時。
「うわっ、なんだ!?」
ぴろんっ、というメールの着信のような音が《パラレルコネクタ》内蔵のスピーカーから鳴ったのだ。するとARオブジェクトのカラー封筒が彼方から飛んできて、目の前で封が開く。中から浮かび上がったのは、便箋と輝く鍵。
『残念。拡張世界は次元に関係ない。けど、あながち間違いではないね。スマホを開いてごらん、メールに同じメッセージと添付が届いているはずだ。添付が贈り物の鍵だよ』
便箋に目を通した大地は、届いているメールを見た。添付を開くと、それは何の変哲もないQRコードで、
(このQRコードが、鍵? ハァ、なんの鍵だよ!? これだけじゃあわからん!)
どうやら一つ目のヒントのみでは答えを明かせないようだ。結局、二つ目からは逃げられないというわけか。
(二つ目……高次元。どういうこった? あークソッ、一人で悩んでも時間がもったいねえ! ここはレミとあおいに頼るか!)
さっそく大地はレミへ電話を繋げる。彼女はすぐに出てくれ、
『もしもしー、どうかしたー? もう寮に帰ったところだけど』
「宇宙飛行プロジェクトの件で今日は出かけるって言ったよな? あの城ケ丘高校の神代小町先輩に会ったんだよ」
『マジで? あの天才に? 何か聞き出せたりした?』
「最先端技術の出所についてのヒントはくれたんだ。答えを教えるのはマズイらしくて、あくまでヒントなんだがな」
『で、そのヒントを解くのに困ったから電話をくれたってこと?』
「話が早いな。で、ヒントなんだけど――……」
大地は小町に教えられた二つのヒントを順に伝える。第一のヒントから拡張世界を導き、鍵を手に入れたことも含めて。どうやらレミはあおいの部屋にいるらしく、夕飯の準備をしているあおいにも話を伝えてくれる。
『次元のヒントは、私よりもアンタやあおいのほうが得意そうよね。う~ん、より高い次元から観測をする?』
「たとえば紙を眺めるだろ? 紙は二次元だ。で、オレたち観測者は三次元の住人。つまり紙を三次元に、オレたちを四次元にすり替える。それがヒントの意味だとは思うんだが……」
『無理でしょ。あおいだって無理と言ってるわ。……あ、いや、ちょっと待って!』
「わかったのか?」
『あおいの部屋って寮の四階じゃない? で、ちょうどベランダで電話してるんだけど』
「ベランダ?」
『下の道を歩いてる人がここから見えるわ。走る車も道路標識も、コンビニもね。要はこの視点でいいんじゃないの?』
「あ、そういうことか! ――高い所から見ればいいんだ!」
『そうね。あくまで地上に限れば、高い場所から全貌が把握できるわ』
「なるほど、アリな考えかもしれん。で、高い場所で思い浮かぶといえば――……」
『未来の……記念碑?』
「だよな、オレも真っ先に思いついた」
街の中央にそびえる未来の記念碑は、この未来都市で最も高い塔。そこの頂上からは未来都市を見渡すことができるであろう。常時入口が施錠されており、一般人が入ることはできない。
「もしかしてこのQRコード、記念碑に入るための鍵ってことか? おお、繋がってきた!」
『ええ。おそらく技術の出所や〈拡張戦線〉の開催場所は、私たちの目に届かない世界にある。私とあおいもそういう話を今日耳にしたわ。今から記念碑の前で合流しましょう。あおいとすぐに駆けつける』
「わかった、オレもすぐ向かう」
約束し、大地は電話を切った。ここから未来の記念碑までは駆け足で想定十分強。時刻は午後五時を過ぎたところ。日の入りまで一時間を切る。夕焼けが濃くなり、影も伸びて、建物にもぼちぼちと照明が灯される。
寮、研究施設、教育施設等、多くの建物がひしめく街並みを通り抜け、未来の記念碑から50メートルほどの距離を隔てた狭い路地の端で、大地は目指すそれをしっかりと目に収め、
(目指すはあのテッペンだ! あのテッペンにいったい何が……。……、なんだこの感じ? 何かに見られてるような……? 気のせいか?)
拡張世界が答えではない。それを承知しつつも、大地は再び《パラレルレンズ》を掛けてみる。その時――、
『キミならここに来てくれると思ったよ。さ、あと少しの辛抱だ』
メガネの小型スピーカーから聞こえたのは、少女の声。
(この声、さっきの電話の? って、な――――ッ!?)
高さのない平坦な建物が記念碑の周りに広がっているはずなのに、――なぜか視界にあるのは、ネオンで輝く高層ビルがそびえ建っている光景。ビルとビルの合間には、一風変わった形状のロボットが縦横無尽に徘徊している。だけど目前の塔――未来の記念碑だけは、その馴染ある形様を保っていた。
『――――ようこそ、虚数空間の世界へ』
大地の見上げた記念碑の中腹辺りでは、白いローブを身に纏う、仮面で顔を覆った少女が逆さに浮いていた。色褪せた長い銀髪をも重力に逆らわせて。
『この景観は気に入ってくれたかな? ここは夢と空想で創られたおとぎ話のような世界。けれどもはっきりとした現実でもある。訪れたければこの頂上を目指してみようか。ふふ、より高い世界を目指すことはあの宇宙飛行プロジェクトとも通じるね』
「…………」
大地は見惚れるように幻想的な少女を凝視するも、その時、
「大地くーんっ!!」
か細い声を懸命に張り上げ、背後から大地の名を呼んだのは、白い無地のシャツに紺色の秋物ジャケットを羽織る先輩のあおい。チェック柄のスカートから覗く肌は、普段の制服姿よりも露出が大きい。
あおいの背後では、レミが追従しながら息を切らせて、
「はぁ……はぁ……っ。待ちな……さいっ」
身動きの取りやすい桃色のパーカーと黄色の短パンに、太ももまでを覆う黒のニーソックスを履いている。平然としているあおいとは対照的に、苦しそうに目元を歪めている様子を見るに、運動不足が見事に露呈していた。
「大地くん、お待たせ。え、誰かと話してた?」
「アレの正体はまだわかんねえ。けど行ってみようぜ、テッペンに。そこに答えがあるはずだ」
「うん」
「ふう……、行きましょう」